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忘却の糧 4
「忘却の糧 4」
演習の当日は快晴に恵まれていた。
中央と四支部が集まった演習場は、合同演習場の中でも最大の規模を持つ訓練場で、
中央から西に近い地域に、広大な敷地を持ち広がっている。
街自体、軍の関係ばかりや軍関係者を中てにした商売をしている市民達で集われ、
特に産物も工業もないひなびた田舎町だ。
ここで、ロイとエドワード達は3日間の演習を行う事になる。
演習の勝敗は簡潔で、敵方の陣営に立てられている紋章の旗を取って
天幕で観戦している自分の司令官に捧げれば勝となる。
が、司令官に捧げるまでの道程で取り返すなどの野暮な行為は
暗黙で禁止されているので、実質旗を自分の陣営に取り込めれば
勝負は終わりだ。
演習は5チーム総当り戦なので時間制限が設けられており、
時間内で勝負が付かない場合は、捕った捕虜の数で勝敗を決める事になっている。
最も多くの旗を取った司令官の支部が優勝となる。
「エドワード、用意は出来たかね?」
この演習の間だけは、さすがに通常の業務から開放されているので
仮設の執務室も無い為、宛がわれた彼の部屋へと出かけてみる。
ガチャリと開けた部屋の中には、戦闘服に着替えたエドワードが窓辺に佇んでいる。
髪を高く1つに結い上げた彼の姿は、凛とした中にも燃え上がるような闘志が滲み出ているようだ。
暫くその姿を眺め。
「君に、緊張しているか等の言葉は、必要ないな」
と、ロイは静かに微笑む。
エドワードは眼下に広がる演習場から目を離して、ロイの方へと視線を廻ると、
不敵な笑みを浮かべて言葉を告げてくる。
「ああ、俺にはそんな言葉は必要ない。
あんたは俺に、一言だけ命令してくれればいいぜ」
真っ直ぐな視線が、強い意志を示してくる。
「ああ、そうだな・・・」
ロイは小さく、満足そうに頷くと、腹に力を入れて一言だけ吐き出す。
「全ての旗を我が元に」
その言葉に、エドワードは敬礼を返して「イエス サー!」と高らかに返してくる。
その後颯爽と、兵士の居並ぶ階下へと降りていくと、皆が二人の気迫に影響を受けたように
背筋を伸ばして姿勢を改める。
「勝利を! マスタング閣下と、我らが指揮官に!」
「勝利を!」「勝利を!「勝利を!」
自分達の司令官と指揮官の名を連呼し勝利の時の声を上げる大歓声に、
他の支部の将軍や佐官、兵士達が気圧されされていく。
前例に無い演習前の歓呼に、他の将校たちは渋い顔を見せ、
他支部の兵士達は内心の動揺が隠せないようだった。
第1戦は西方のチームとの演習だ。
西方は防御には強いが、攻撃力にややかけると噂されている。
仮想の戦場には、決められた準備時間に壕を作ったり、楯を立てたりと大忙しだ。
西方ががっちりとした土豪を組んでいると言うのに、東方では左右に簡素な囲いしか作っていない。
「良いか、捕虜に構うな。
捕まりそうな奴を助けるなんて、無駄な行動もだ。
捕まる奴は潔く捕まって待ってろ。
捕虜に構う時間があるなら、陣形を絶対に崩さない事に力を注げ!
以上だ!」
短い作戦ともいえない指示に、誰一人疑問も挟まない。
それだけの信頼を、エドワードと兵士は訓練の中で培っている。
「これはまた・・・、君のところは大丈夫なのかね」
これ見よがしに、陣形にケチをつけてくるのは、今回の対戦相手の司令官殿だ。
「そうですね、全ての指揮は彼に任せておりますので、
彼がやりやすいと踏んでのことでしょう」
ロイが当たり障りの無い言葉で返すと、それさえも気に障るようだ。
「ふ・・ん。 若い者は全く・・・兵法の何たるかも理解してないようじゃないか」
小馬鹿にした言葉に、追従の笑いを零しているのは西方のグループだ。
そんな茶番に付き合うことも無く、悠然と戦闘の開始を見守るロイの様子に、
西方のメンバー達も鼻白むと、後はこそこそと悪態を付くだけになる。
前方をがっちりと土豪で固めた西方と、三方の山形の陣営を組んだ東方との睨み合いの中、
鳴り響く開始の合図が大きく轟いた・・・瞬間に、東方の中心部隊がいきなり突進を始める。
「わぁー!!」「行け、進めー!」
怒号と共に雪崩込んでくる相手に、西方が度肝を抜かれたようになる。
「なっ、なっ、なんだー、非常識な!」
西方の指揮官が、慌てて応戦の指令を飛ばす頃には、突進してきた部隊は
一戦だけ交えて、あっさりと下がっていく。
それに追いすがろうとすれば、三方の片側が横から突進してくる。
慌てて方向を変えて、陣形を組みなおそうとしている間に、
2番手の突撃隊も引いて、全く逆側の部隊が隙を見せている横手へと襲い掛かってくる。
右を向けば左が、左に展開しようとすれば真ん中が、応戦始めると左側からと
信じられない戦闘展開で、次々と戦闘意欲を削っていく。
倒された捕虜にも構う事無く、演習場で待機している救護班が大忙しで救出に向かうのが良く見える。
ロイの横では、顔色を無くしている西方の司令官が、
怒りで小刻みに身体を震わせている。
西方の混乱が頂点に達しようとしているとき、一際良く通る声が号令を響かせる。
「突撃! 全軍突撃だ!」
その声が響くや否や、時の声を上げながら東方全軍が前進していく。
西方の陣営は、既に翻弄されまくり、陣形さえままならない状態の処を
全軍が奔流となって迫ってきたのだ、堪ったものではない。
「あっ、あっあ・・・、わぁー!」
模擬戦とは思えない気迫に呑まれ、一人、また一人と散りじりに逃げ惑っていく。
崩れ始めるとあっと言う間に、隙が生まれていく。
「馬鹿者! 逃げるな、闘え! 迎え撃たんか!」
悲壮な声で叱咤を飛ばすが、気づけば自分の守りも姿を消している。
そして・・・。 ドカリと打ち据えられ、西方の指揮官は、試合の勝敗を見届ける間もなく
地面へと昏倒し、救護班の手によって戦線離脱したのだった。
それは演習始まって以来の不名誉な出来事となって、後々まで語り草になる。
『白目の指揮官』と失笑を伴って・・・。
指揮官が離脱した直後、大歓声が上がったかと思うと、
西方の旗がグラリと揺れた。
そしてその旗は、驚くほどの速さで、一直線に進んでいく。
その先には、天幕から1度として動かなかったエドワードへと向かっているのは
観戦していた人々の目にも明らかだった。
整然と整列した軍の真ん中を横断して、小部隊の者達が恭しく旗を掲げて持ってくる。
「よくやった、見事だった」
労いの言葉と共に旗を受け取り、高だかと上げると、勝利の時の声が轟き渡る。
「な、なっ! そんな馬鹿な・・・、始まってまだ・・・」
茫然と呟いているのは、ロイの横で貴賓室に座っていた西方の司令官だ。
開始から僅か1時間ほどの時間で、戦闘は終了した。
これも、演習始まって以来の最短時間の勝利だった。
「くっ・・・。 この若造どもが!
戦を弁えておらぬ輩ばかりだな!
あ、あんな奇襲を使うとは、卑怯千万だ!」
負け惜しみの罵倒に、ロイが冷めた視線を廻るより先に、祝意が飛び込んでくる。
「見事なものだな。 あれは、波形の陣の変型かな?」
その声に、口汚く罵っていた唇をあんぐりと開けて、声の方向へと振り返る西方の指揮官と、
泰然と声の主に敬礼を示すロイが立ちあがる。
「だ、大総統・・・閣下」
数人の護衛を引き連れ、演習場を査察していた総統グループが、思いのほか試合結果が
早く出た場所へとやってきたのだろう。
「若いのに、かなりの知恵者のようだな、エルリック少佐は」
感心したように頷いて告げられた言葉に、ロイも返答を返す。
「はっ、彼は勤勉な性質ですから、色々と学んだようです」
「そうか、感心、感心。 古来の戦法をあれほど斬新に使いこなせるとは、
行く末が頼もしい若者だな」
「ありがとうございます! 閣下のお言葉は、エルリックにとって何よりの励みになることと
思います」
和やかな歓談中に、顔色を失ったままの西方の指揮官は、冷える頭で
事の流れに思い至って、小さくなっている。
そんな相手に鋭い一瞥を投げかける総統が、途端に表情を緩めて前方を見る。
「おや、どうやらやってきたようだな」
ロイも同方向に視線を流すと、金の王冠を被ったようにも見えるエドワードが近づいてくる。
陽を背に歩いてくる彼は、まさしく燃え盛る太陽そのものだ。
立ち止まった彼は、総統に敬礼を行って敬意を表明すると、ロイに向かって
勝利の報告と、旗を捧げてくる。
「大総統の恩恵に預かり、勝利を得る事が出来た事に感謝しつつ、
我が司令官、ロイ・マスタング閣下に捧げます」
決まりに則った勝利報告の宣言だ。
が、エドワードが告げてくれるだけで、今まで1度として受けた事のない思いが溢れてくる。
「良くやった。 エルリック少佐と、少佐の兵の勝利を心から祝う」
そして、受け取った旗を演習場の兵士にも良く見えるように掲げてやる。
大歓声の歓呼の中、ロイはエドワードの肩を軽く叩いてやる。
「まずは1本目な。 後3本待ってろよ」
片目を閉じて、茶目っ気タップリに伝えてくるエドワードに、
ロイも「ああ」とだけ短く返した。
ーーー4本の旗。 ロイが指揮官の間には揃えれなかった数だ。
若くして伸し上がったロイは、実力を示しつつも、やりすぎには注意していた。
だから、総統のお膝元の中央には勝つことが出来なかった。
妥協も駆け引きとしては必要だ。 先は長いのだから・・・と。---
が、特に出世を望んでいないエドワードなら、思いっきり望んでいける。
まぁ、多少は後から嫌味や皮肉を流され、聞かされるだろうが、
歳若い彼の勇み足、教育者、ロイの躾け不足程度で済まされることだろうから。
『彼は、それさえも判ってて行動してくれてるのか・・・』
昔とは違う。 エドワードの勝利は、ロイの功績へと積み上げられていく。
エドワードが興味のない演習に力を入れていたのは、もしかしたら自分の若かりし頃の無念と、
今の現状を考えてくれての事なのかも知れない。
そんな事を考えながら、次への戦闘へと向かう彼の後姿を見送っていた。
余りに早い展開を見せた1戦目のせいで、時間が繰り上げられて、本来なら順番としては
明日に当たる筈だった待機の南方との戦闘が午後を待たずに行われることとなり、
観覧していた南方の陣は、慌てふためいて準備を始めなくてはならなくなる。
不甲斐ない西方を罵りながら、東方の鬼人のような相手に少々腰が引けてしまうのは
仕方がない事だろう。
演習場の別の区域では、そろそろ時間制限が近づいている両者が、最後の決戦に入っているそうだ。
その終了を待たずして、2戦目が始まろうとしている。
1戦目の圧勝で、志気が高まっている東方軍は、次の勝利も確信しつつ
落ち着いて構えている。
「いいか、攻撃に定評がある南方だ。
挑発には乗るなよ。 痺れを切らせて相手が出てくるのを待て。
その時に必ず隙が生まれる。
生まれたら・・・一気呵成だ」
エドワードの言葉に、皆が陣形を頭に叩き込む。
陣の乱れは負けに繋がる。 指揮官が時を読んで、展開を思いえがいたときに
その通りに素早く動ける事が大切だ。
昼の日差しがきつくなる頃、2戦目の火蓋が切って落とされた。
最初の演習を見ていた為、いつ東方が仕掛けてくるかと、緊張を漲らせて待ち構えていたが、
相手は一向に動く気配を見せてこない。
何度か揺さぶりをかけに突撃するが、応戦しては陣営に戻っていく東方に、
もともと気の短い南方の軍が苛々を溜めていく。
対戦する度に、少しずつ両者の睨みあう距離が短くなり、近づいていく。
接近戦の雰囲気を醸し出していく場内では、忙しなく行き来している南方の兵士たちと、
静観を決め込んだように動かない東方の兵士達の対比がはっきりと見えている。
「そろそろ来るぞ」
エドワードの言葉に、周囲の少数部隊が頷いて緊張感を高める。
1戦目では天幕から動かなかったエドワードだが、今は前線近くまでやってきている。
そしてそのエドワードを中心に、気概が高まって渦巻いている。
その時。
「動きました!」
「どこだ?」
物見が口早伝えてきた事に、寸暇を入れずに聞き返す。
「10時方向の小部隊、人数30名ほどの部隊が突撃してくる模様です」
エドワードがそれに頷き返事を返すや否や、東方軍が一斉に動き出す。
「全隊、10時方向に突撃、応戦しろ」
一つの部隊に、全隊で攻撃に挑む。
呆気に取られたのは、南方の軍勢だろう。
小競り合いが始まると思って構えていた分、動きが鈍る。
気づいたときには、勇んで飛び出した部隊は壊滅に近い状態だった。
「お、応戦しろ! Aグループの援護を・・・」
指揮官の指示に、慌てて陣形を変えて片翼へと兵士を移動させていく。
「わぁー!!」
声は南方の陣の中央辺りから届いてくる。
「な、なんだ!?」
天幕では、状況の判らなくなっている参謀たちが、声がした方向を見定めようと
身体を乗り出している。
「べ、別働隊が!!」
斥候が、急ぎそれだけを告げに走り寄ってくる。
「はっ? べつ・・どうたい?」
思わず視線を右に流すと、先陣の戦闘は終わっているらしく、
流れは本陣へと変わっている。
他の者たちは、そちらに集中して応戦している。
その中を、疾風の如く駆け寄る1軍があった。
砂塵の巻き起こる中でも、燦然と光っているのは、先頭の人物の彩のせいか・・。
「ま、まさか・・、指揮官自ら・・・。
か、固めろ! 旗の周辺へと、守りを厚くしろ!」
翻弄されながらも、その場で1番適切な指示を出せたのは、さすがと言うべきだろうが。
「遅いー! 旗は貰い受けるぜー!」
群がる兵士をものともせずに、エドワードは突き進んでいく。
そして、立てられた旗を掴み上げると、身を翻して戻り去っていく。
「追えー!追えー! 相手の陣地に戻すなー!」
先頭を切っていたエドワードが身を翻した後には、追従してきた守りが退路を確保している。
エドワードは遮る物もない中を、旗を掲げて戻っていく。
両者の陣営が接近していた事が仇となり、あっという間に自分の陣営に帰還したエドワードが
自軍の旗の横に、奪ってきた旗を立てる。・・・戦の終了だ。
遠くの方向からは、2戦目の開始の音が響いている。
それを聞きながら、東方の2戦目は終了を告げた。
この日の演習の結果は、2勝利が東方、1勝利が中央と北方。
一敗が南方と、2敗が西方の結果で幕を終えた。
宛がわれた官舎は司令部別になっている。
意気消沈して精彩を書いている館もあれば、意気揚々と歌声を響かせている館もある。
が、どこも上の者は明日からの演習の作戦を練っていることだろう。
違っていたのは、東方の館位だろう。
「ほい、次ー! お前ら掠り傷位で、並んだら容赦しないぞ!」
官舎の入り口のロビーでは、待ち列の人の為ごった返している。
エドワードを探していたロイが、声に吊られるようにやってくると・・・。
「君は、何をしてるんだね・・・」
思わず呆れた声音になりながら訊ねてみるのは仕方がない事だろう。
そこには、救護班と一緒に、せっせと兵士の治療を行っているエドワードの姿があった。
「えっ? あっ、ああ、怪我の酷い奴の治療を手伝ってんだ。
おい、お前。 こん程度の掠り傷なら、嘗めときゃー治るだろうが!
隣に行け、隣に」
しっしっと未練そうにしている兵士を追いやって、次の相手に向き直る。
「これはちょっと酷いな。 少し痛いぜ」
そう言っておいて、両手を打ち鳴らして練成を始める。
「よっし、これで後は一晩冷やしとけば、マシになってるはずだ。
あんま、出歩くのは控えておけよ」
並んでいる時には、支えられていた兵士が、少しびっこをひきつつも、
自分で歩いて戻っていく。
そんな様子のエドワードを眺めながら、忘れていた項目を思い出す。
最近は彼が錬金術を使用している姿を見ていなかったから忘れていたが、
彼は鉱物の次に得意なのが生体練成だ。
いや、勉学の深さで言えば、生体の分野のほうが勝るのかも知れない。
旅をしている時期、好きな鉱物の研究に時間を割いたのは
査定前の僅かな時だけだった。 後は全て、弟と自分の為に、生体の研究を
追い求め続けていたのだから。
せっせと治療を施していくエドワードの姿は、本来の彼がこうではなかったのかと、
ロイの胸の奥を冷たく突き刺していく。
軍などに関わらず、人々に頼りにされ、愛される天職が、
彼にはあったのではないだろうかと・・・。
小さく頭を振ると、ロイはその場から立ち去っていく。
そして、戻りながら、『それでも』と考えていく。
ーーーーそれでも、彼には傍に居て欲しいーーーー
そんな自分のエゴに、どれ程嫌悪を浮かべても、
答えを変えれそうにもなかった。
*****
2日目の演習は、午前に北方と、午後から中央ととなっていた。
北方は攻守共々優秀な軍だ。 そして、兵士も勇猛果敢な猛者揃いで有名でもある。
これには奇襲は効果が薄いだろう。 逆に奇襲されかねない。
一進一退の攻防を繰り返しつつ、どちらも優れた指揮振りを披露していく。
「さすがに、簡単には勝たしてくれないよなぁ」
戦局を見ながらエドワードが苦笑を漏らすと、隣の護衛の兵士から答えが返る。
「それは向うも、同様の意見では?」
「そう言えば、そうかもな。
でも、そろそろタイムリミットが近づいてる。
今、応戦しているのはどこの部隊だ?」
「はい、現在はB部隊が応戦している模様です」
「んー、じゃぁ、少しづつ後退させてくれ、相手に判らないようにな」
「分かりました、伝令を回します」
少しずつ応戦しながら後退すると、その分勢いが付いている相手は前進してくる。
その度に、両翼を前進させていくと、気づけば敵地に孤立無援で取り込まれてる。
それを四方から取り押さえて、捕虜にしてしまうという事を数度繰り返すと、
北方の戦力は激減し、陣営が薄くなっていく。
その状況を見て取ったエドワードの突撃の合図で、旗の争奪戦が展開され、
制限時間も残り僅かな時点で、漸く北方の旗を奪うことに成功した。
両者とも善戦したことで、総統からお褒めの言葉を頂き、
負けたことに渋面を作りつつも、剛毅な北方の指揮官は、エドワードに賛辞を贈る。
そして、最後の戦いが始まる。
総統のお膝元の中央は、さすがに意地がかかっているので、総力戦で望んでくる。
ひっきりなしに襲い掛かってくる中央軍を、エドワード達は地道に点数を稼いでいく。
「今の捕虜数は?」
「はい、ざっと見積もって100程です」
「そうか。 逆に捕られた数は?」
「大体、60程かと」
「OK、そのまま時間制限まで、捕らえることを中心に応戦してくれ」
「はっ!」
伝令が立ち去るのを、護衛を兼ねる参謀たちが怪訝そうに伺ってくる。
「少佐、薄くなった陣営を叩けば済むのでは・・・?」
その言葉に、苦笑しながら返す。
「そうしたいのは山々だけど・・・さ」
そう、参謀たちの言葉どうり、それは出来ない事ではないだろう。
ただし、多くの敵を作る結果も付いてくる。
『勝ちすぎは厳禁だ』 何事にも程がある。
東方が中央を破れば全勝となる。
それはそれで目的に適うから良いのだが、問題は勝ち方だ。
四方の司令部に圧勝しただけでなく、中央までこてんぱに打ち破れば、
恨みの度合いが深くなることだろう。
『負ける必要はないけど、勝ち方は少し緩めないとな・・・』
それはロイの生き様を見ていて覚えた処世術だ。
押すべき時と、引くべき箇所は、きちんと見定めておかないと。
その後、勝敗が決まらないまま終了の知らせが響き渡る。
旗での勝敗が付かない場合は、捕虜数で判する決まりだ。
そして、東方が捕らえた捕虜が130名、中央が90名で、勝負は東方へと判定が下された。
指揮官同士が、善戦を褒め称える友好の握手をして、旗が手渡される。
そして、演習始まって以来の快挙、4本の旗は、マスタング閣下の手元へと揃ったのだった。
「我らが東方の全勝に、乾~杯!!」
幾度目になるかわからない音頭が官舎の食堂で繰り広げられている。
本日は無礼講という事もあって、総統が快挙の東方に祝辞を述べに足を運んでくれたりと、
東方のメンバー達の熱気も、盛り上がりに盛り上がっている。
「少佐ぁ~、俺の酒も飲んで下さいよ~!」
酔っては絡んでくる相手に、苦笑いしながらも、エドワードが付き合いよく
杯を差し出してやる。
「指揮官に乾杯~! 司令官の名誉に乾杯~!」
「おう! 皆もお疲れさん、文句なしの出来栄えだったぜ」
エドワードの褒め言葉に、酒に酔っている為か、感情の昂りのまま
目元を潤ませている者達も出ている。
あちらこちらと労いの言葉をかけつつ、エドワードとロイが歩き回るのに、
誰もが嬉しげに、誇らしげに感謝の言葉を返してくれる。
深夜が深くなっていっても、兵士達の興奮は冷めないようで、
それぞれが呑み直しに、待ちへと繰り出す算段を始めている。
「少佐~、一緒に行きましょうよぉ」
少々呂律の怪しい誘いを何度も断りながら、きちんと釘を刺しておくのも忘れない。
「お前ら、町で問題は厳禁だぞ!
それと、他の軍とも、絶対に揉めるなよ。
誹謗中傷も禁止だ。
明日は休みでも、明後日からは職務があるんだから、
幾ら報奨金でタダっても、程ほどにしろよ」
口煩い小舅のような言葉を何度も言いながら、出かける者達をを見送っていく。
酔いつぶれたもの達には、介護だけ言い渡しておく。
そして、漸く宴会も落ち着きを見せ、官舎が静かになっていく。
「お疲れ様だったな」
ロイの同情めいた言葉に、エドワードも深く嘆息する。
「う~ん・・・、何か、演習の時より疲れた・・・」
ぐったりとしているエドワードを支えながら、佐官用の部屋へと戻っていく。
祝賀会の終了で、張っていた気が途端に緩んでいく。
そうなると、おかしなことに、宴席最中には幾ら飲んでも一向に酔えなかったのに、
どっと酔いが回ってくるから不思議だ。
「ほら、鋼の、 上着くらいは脱いで」
こちらは、さして酒を強要される事もなかったロイが、良いつぶれる寸前のエドワードの
面倒を見ている。
「う・・・ん・・・」
ベットに突っ伏すように倒れ込むと、エドワードはあっという間に眠りに落ちていきそうだ。
「お疲れ様だったな」
ベットの端に腰をかけて、ロイはエドワードの頭を撫でてやる。
「う・・ん。 俺、少しは・・あんたの役に・・たったか?」
寝ぼけ口調で、聞かれた言葉に、ロイは小さく驚いて目を瞠る。
「ああ・・、君は本当に良くやってくれた。
ありがとう、エドワード・・・」
心からの感謝の言葉を優しく告げてやると。
「そっかぁ・・、へへへ、よかったぁー」
瞼は閉じたままで、無邪気な子供のように、嬉しそうな笑みを浮かべて見せる。
ロイはじっと、そんなエドワードの様子を見つめていた。
ーーー 君はどうして、そんなにも優しいんだ・・・。ーーー
ロイはがらにも無く、目頭が熱くなるのを感じていた。
これ程、ロイを思ってくれ、尽くしてくれるエドワード。
彼の一挙一動が、ロイを喜ばせ、切なくさせる。
ーーー どうして、これ程、自分の心を揺さぶる相手が、
自分のものではないのだろう・・・---
今の彼に口付けをしたいと、強く思う。
口付けて、強く掻き抱いて、抱きすくめてしまいたい・・・。
思わず伸びそうな手を、ぐっと握り締めて耐える。
どれだけ触れたくとも、抱きしめたくとも、
自分には、許されていない事が、ロイの心に鋭く突き刺さる。
ゆっくりと腰を上げて、自室へ帰ると、1杯の水と
小さな袋を持って戻ってくる。
既に眠りへと入り始めているエドワードを、少しだけ抱きかかえて起こし、
咽ないように気をつけながら、グラスの中身を注いでいく。
アルコールを飲んだ身体が水分を欲していたのか、グラスの中身は
あっという間にエドワードの喉元を通り落ちていく。
ロイは薬の効果を確かめる間も惜しそうに、エドワードの着衣を肌蹴ていく。
白い肢体が肌蹴てくる程に、ロイの鼓動も痛いほど高鳴っていく。
『この肌に触れずに、どれ位たったのか・・・』
知れば知るほど、味わえば味わうほどに、渇望する周期が狭まっていく。
逸る気持ちを抑える事など、もう出来そうに無い。
そう思ったときには、エドワードを起こす為に、軽く頬を叩いていた。
「エドワード、早く・・早く目を開いてくれ」
祈るように囁いたのが通じたのか、エドワードの瞳が薄っすらと開き始める。
ロイは1粒の錠剤を口に含むと、完全に目覚める前のエドワードに深く口づけする。
まだ、はっきりと覚醒出来ていないせいか、苦しげに口を開くエドワードの口内に
薬を押し込むと、唾液に混ぜて飲み込ませてしまう。
「うっ。 ゲホ、ゲホ ゲホ」
性急な行為に付いていけず、咽るエドワードの背を撫でてやりながら、
ロイは苦しそうに顰められている眉間や、薄っすらと涙が滲む目元やらと、
謝りのように口付けを、次々と落としていく。
漸く息が整い始めたエドワードの瞳が開かれると、そこには熱を灯した色が浮かび始めている。
「エドワード、わかるかい私が?」
そう問いかけてやれば、うっとりと微笑みながら返事が返ってくる。
「ロ・・イ」
「ああ、そうだ。 漸く逢えたね。
さぁ、また、二人きりの時間を過ごそう」
エドワードの答えに、ロイは嬉しさを湛えて、微笑み返してやる。
それが始まりの合図。
この後は、時間が許す限り、互いに溺れるだけだ。
「どうだ・・い。 気持ちいいか?」
貫きながら揺すり上げて、そう聞いてやれば、
エドワードは髪を振り乱しながら、コクコクと何度も頷き返してくる。
返事が無いのは、その口から零れ落ちている喘ぎのせいだろう。
「先に逝かせて貰ったからね、今度はゆっくりと喜ばせて上げれるよ」
ロイが小さく小刻みに、エドワードの感じるポイントを突き上げ続けてやると、
エドワードが辛そうに、何度も背を跳ねさせる。
「ねぇ・・、もっ、もっと動いてぇ」
咽び泣くようにせがんでくる言葉が吐きだされると、ロイはゆったりと笑いを浮かべる。
「まだだよ。 君のせいで、先に逝かされてしまったからね。
ご褒美の代わりだ、ゆっくりと堪能してくれ」
ゆっくりと、焦らすように腰を引けば、逃すものかというように
エドワードの腰が突き出され、追いすがってくる。
そんな駆け引きめいた行為を続けていると、痺れを切らせたのか、
我慢の限界に達したのか、エドワードの腰が自分からゆらゆらと動きを
早めていく。
「あっ ああん。 は、早く、もっ・・とぉ」
はらはらと涙を零しながら、はしたない言動を繰り返すエドワードの痴態は、
それだけで、ロイを昂らせるのには十分だ。
「ああ、君は本当に・・・いやらしいね。
強請ってばかりじゃなくて、自分でどうにかすれば良いだろう?」
そう唆すように耳元に吹き込んでやれば、それだけでも感じるのか、
エドワードの身体が震えを大きくする。
そして、耐え切れないと言うように、一際大きく身体を震えさせたかと思うと、
体勢を入れ替えて、ロイを押し倒して乗り上げてくる。
「エドワード・・・!」
ロイが驚きで目を見開いている間にも、エドワードの身体はロイの上に跨り
妖しい踊りを繰り広げていく。
ロイの胸に両手を突っ張り、激しく淫らに踊り始めるエドワードの姿を
ロイは恍惚の喜びに浸りながら、食い入るように眺め続けている。
「あっ・・ん あっあああ ああっあー」
自重でいつもより深くなるのか、エドワードの腰使いも一掃激しくなっていく。
「くっ・・・」
エドワードに引っ張られるようにして、ロイの快感も上り詰めていく。
「あっあっあっ ああー!!」
達するエドワードに引き絞られるようにして、ロイも遅れずに走り出してしまう。
「くっぅ!!」
熱い飛沫を満足そうに身体の奥に受け、エドワードの身体が弛緩して
ロイの上へと被り落ちてくる。
暫くは、はぁはぁはぁという、互いの忙しない吐息だけが響き渡る。
「全く・・・今日の君には、驚かされてばかりだな」
自分に垂れかかる相手の髪を梳きながら、ロイは複雑な喜びを胸中に
囁いてやる。
「こんな厭らしい身体になってしまって、どうするんだい?」
火照る身体を受け止めてやりながら、ロイは暗い喜びを浮かべながら
事後の身体に誘いをかける。
「あっ・・・ん」
ピクリと反応を返す相手を組み敷いて、覗き込む。
「負けっぱなしでは、私の立場がないのでね。
今度は私から、遠慮なくいかせてもらうよ」
そう囁いてやると、期待に震えるように金の瞳が瞬き返す。
ロイはゆっくりと唇を舌で嘗めて、行動を開始する。
その後は間断なく、喘ぎと嬌声が繰り広げられる饗宴が続けられていく。
時の許す限り・・・。
「ああ、エルリック少佐が少し疲れたようでね。
私達は明日の朝、戻る事にする。
兵士達は皆、今日の昼の列車で帰って行ったので、
後の事はそちらで頼む。
では、明日に」
チーンと受話器が置かれ、ロイは室内で眠りに付いている相手の様子を窺う。
「ゆっくりとお休み」
愛しげに髪を梳いてやりながら、目覚めない相手の寝顔を見続ける。
ロイの用意していた薬の効果で、懇々と眠り続けるエドワードの顔には
深い疲労がこびりついている。
それが、昨夜の激しさを表しているようで、ロイは小さく、満足の吐息を吐き出した。
そして、最後の1本になっている薬の行方を思案する。
グルグルと浮かび上がり消えていく思考達。
明るい色のものもあれば、どんよりと暗く重いものもある。
マーブル模様を描きながら、どんどんと混ざり合う思考の先に
ロイは何を見るのだろうか・・・。
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