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金猫の恩返し act2-2 寝床の確保
Repaying the kindness of golden cat
act2~寝床の確保3~
「ふうー、やっと終わったか・・・」
持っていたペンを机に転がし、嘆息を付く。
いくらでっちあげの押し付けられた査定書とはいえ、
落ち度があれば嬉々として嫌味を連発してくるだろう相手ばかりだ、
それなりには見られるようにしておかねばならない。
おかげで・・・、ロイは静まり返った隣室の気配に耳を澄ます。
部下達は、今日は定時で上げてある。
急な査定のおかげで、前日からの泊り込みを余儀なくされていたのもあって、
出来の悪い上司の不始末は、ロイが被って責任を持つ事にしたからだ。
まぁ、日頃自分の部下達が同様の事をしてくれているのだから、
当たり前のことという事になるのだろう。
作成した書類を引き出しに仕舞って鍵をかける。
一応、重要書類扱いだ。 後は、明日に送ればいい。
やれやれと言う気持ちを浮かべながらも、一段落した面倒な仕事にホッとする。
そして、手早く帰り支度をしていてハタと気づいた事柄に、再度時計を見上げる。
時刻はもうじき深夜に指しかかろうとしている針を見て、首を傾げる。
「そう言えば・・・鋼のは、どうしたんだ?」
特別閲覧所の鍵を渡してから、彼は戻しに来ていたのだろうか?
直接、自分に返すようにと言っておいたが、ロイ自身も書類に追われていたから、
もしかしたら気づかない内に、彼が預けて帰った事も考えられる。
本来なら、ロイの命令を無視するなど厳罰もんだが、
どうにも皆が、あのやんちゃ坊主には少々甘く、大幅に例外を認めてしまう傾向にある。
・・・まぁ、その風潮を生み出したのが、ロイ自身だと言う事を
本人は気づいていないようだが。
ロイは仕方ないとばかりに、帰り支度を終えて廊下に出る。
疲れた身には面倒だが、戸締りだけは確認しておかねばならない。
玄関とは逆の奥に足を進めながら、そう遠くない資料室の扉を開けると、
紙たちの独特の匂いが溢れ出、部屋の空気が籠もっていることで、
人の出入りがされてない事を知らせてくる。
これはやはり、預けて帰っていったかなと思いながらも、
奥まった所にある扉へと近づいていく。
ここまでは誰でも入れるが、その扉の先には鍵が無いと入れない。
扉内からは人気は感じられず、確認の為に、閉っている筈の扉のノブに手をやって、
ガチャリと開いたのに軽く驚きながら、部屋の中を窺い見る。
照明が灯されてない闇の中、僅かな灯りが洩れている箇所が。
まさかとは思ったが、中に誰か居ると言うのなら、鋼以外は有り得ないだろう。
ロイは足早に、光りの光源が指し示す方向へと歩いていき、
相手の姿を認めた場所で立ち竦む。
おびただしい書物や資料の真ん中に、座り込んだまま読みふけるエドワードの姿は、
何度か見た事がある。
驚くべき集中力で、外部をシャットアウトすると、ちょっとやそっとの事では反応しない。
例外は言わずもがな、弟のアルフォンスの呼びかけの声だけだ。
・・・ロイにはいつも不思議で仕方が無かった事だ。
彼が集中し始めると、どれだけ大きな音を立てようと、怒鳴るようにして呼びかけようと、
知って無視を装っているのかと疑いたくなるほど、彼は反応を返さなくなるのに、
アルフォンスの声には、即座に反応する事が。
しかも、エドワードが意識してのことかは解らないが、彼の声に反応しているわけではなく、
弟が自分を呼ぶ声、明確に意志が働いている時の呼び声にだけ、
瞬時に反応を示している。
何度かそういう状況に遭遇していて気づいた事だ。
器用な事だと半場呆れ、そして、その事に気づく位には、ロイの中に残った事柄。
が・・・、今ロイの足を止めたのは、そんないつものエドワードの姿ではない。
何度見ても、驚きと感心、感嘆さえする彼の集中力の在り方は、ある意味見知っている。
が、今目の前の姿は、見知っているロイにさえ躊躇いを生ませる程の・・・、
どう言えば良いのか・・・。
常軌を逸脱している・・・鬼気迫る程の空気を醸している?
ロイは呼びかけようとした声が発せられる事もなく、逆に飲み込むように閉じた口内に
溜まる唾液を嚥下する。
眇められた猫のような瞳は、一心不乱に文字を追いかけてはいるが、
彼が追いかけているのは、実はその上に浮かぶ文字ではなく、秘められた事柄を暴こうが如く、
貫くような視線を浴びせかけている。
視線に物理的な圧力を生ませれる事が出来るなら、今彼が見ている本は、ボロボロに突き刺され
破れ果てているだろうと思うほどに・・・。
恐ろしい速さで文字を追い終わると、音もさせずにページが捲られていく。
そんな彼の様子を、ロイが凝視していた時間は、どれ位経過しているのだろう。
ほんの数分の僅かな流れでもあるようだし、日が明け始めていると言われても
おかしくない気にもさせられる。
そんな時を過ごし、ロイは小さく頭を振ると、呪縛されていたような時を解く。
そして改めてエドワードの姿を見直すと、眉を顰めて、飲み下した声を発する。
「鋼の。 は・が・ね! エドワード・エルリック!!」
1歩近づくたびに、声を大きくしているにも関わらず、相手の様子には
何の変化もない。
最後の強硬手段に訴えて、ロイはエドワードの手にしている書物を取り上げ、
呼びかける。
「鋼の! いい加減にしないか!!」
そして、ゆっくりと向けられた瞳に・・・ぞっとする。
本を辿って向けられた瞳には、暗い、闇らい闇の色・・殺意さえ混じっているような、
いや怒りなのだろうか。 ドス黒い程に凝縮し固められた憤怒の感情。
憤り、焦り、・・・悲嘆さえ軽く凌駕されるような深い悔恨・・・。
そんな瞳の色に、ロイはデジャブーを覚えくらりと眩暈がしそうだ。
「・・・なにすんだよ」
しわがれた声に、過去へと囚われそうになっていた意識が戻る。
そして、恐る恐る覗き込んだ相手の瞳の色に、大きな安堵が湧き上がる。
そこにはいつものように、勝気で真っ直ぐな輝きが戻っていた。
「・・・なに・・するもないだろう?」
安堵の嘆息を、呆れた風に装って返事を返すのに成功する。
「君ね・・・今、何時だと思ってるんだ?」
そんなロイの様子と問いかけに、エドワードは眉を顰めて、
怪訝そうに周囲を見回す。
「げっ! もうこんな時間かよ!?」
壁にかかっている時計の時刻を確認すると、まずいと表情に浮かべて、
驚きを声にして返してくる。
そんなエドワードの様子に、やや芝居かかった身振りで軽く頭を振って
全くと言うようにジェスチャーをしてみせる。
「悪かったよ・・・ちょっと気になる文献があってさ」
罰の悪そうな様子で、ノロノロと片付けはじめた相手に。
「全く・・・。 片付けはいいから、帰るぞ」
その声に、へっ?と言うように見上げてくる。
「どうせ明日も見に来るのだろ? なら、そのままでも問題ない。
どうせ、暫くここを使うのは君くらいしかいない」
この場所には、ロイの許可と鍵が必要だ。
なら新たに許可しない間は、入れるのは自分たち二人しかいないのだから。
その言葉の意味に納得したのか、早々に片付けるのを放棄し、立ち上がる。
「おっと!」
「鋼の!」
立ち上がった拍子にふらつく身体に、ロイは慌てて腕を掴んで支えてやる。
「わ、悪い・・・足が痺れちまってて・・・」
横の本棚を掴んでバランスを支えるようにして、片足を振ってみせる。
うーと痺れを我慢するように顔を顰め、振った足を何度か軽く踏みしめている。
「全く、限度を考えないか。 ・・・あれから、ずっと居たわけだ」
相手の様子を見ながら、会話を振る。
「んー、居たわけって言うか、気づいたらあんたが居たって感じ?」
つまりロイから鍵を貰って、気づいたら今と言うわけだ。
恐るべき集中力と簡単に割り切る気にはなれない。
先ほどの瞳を見た後では・・・。
もう大丈夫だと告げられて、漸く腕を掴んだままいたことを思い出す。
手を離すと、クルリと背を向けて歩き出す。
大人しく付いてくる気配を感じながら、エドワードが出た後に扉の鍵を戻してもらい施錠する。
隣室の煌々と点いている照明に目を瞬かせながら、今度はロイより先に歩き出している。
「んじゃ、悪かった。 また、明日鍵を貸してもらいに行くんで」
それを別れの合図に、エドワードがさっさと歩き去っていく。
いつもより歩みが遅い気がするのは、まだ足が痺れているからなのか、
他に理由があるのか・・・。
どちらにしても向かう方向は同じなので、人気のない廊下を二人して無言で歩いていく。
当直の受付も、二人が出て行くのを特に不思議がる事もなく、
小さく敬礼して見送っていく。
そして、玄関の扉を開けると。
「寒~!!」
驚いたように首を竦めて、コートの襟を合わせている。
春先とは言え、まだまだ深夜や早朝の冷え込みは厳しい。
そんな時刻に、自分ならまだしも、エドワードの歳で外を出歩くのは
褒められたことではないだろうが、彼を叱る者も誰もいないのだ。
身体を縮じこませて歩く背中を見ながら、ふとそんな事に気づいた。
「アルフォンス君は、どうしたんだ?」
門までの間、変わらぬ距離で歩く相手に問いかけてみる。
「ん? 先に宿に戻ってるぜ。
今日は一緒に入れないの知ってるから、アルは図書館の方を調べてた筈だ」
振り返りもせずに答えられた言葉に、ロイは軽く頭を振る。
「そうじゃない。 迎えには来ないのか?」
いつもなら、司令部での用事があるときには、頃合に姿を現していた筈だ。
今日なら、もっと早い時間に迎えが来ていても、おかしくなかったのではないだろうか。
「んー・・・。 俺のが兄ちゃんなんだぜ、迎えはいらないだろ?」
茶化した物言いで返すが、ロイにはピンときた。
多分・・・、迎えに来るなと言ったのだ、彼は。
昼間あれだけ兄の事を心配していた弟の事だ。
一人にすれば無茶をする事がわかっているエドワードを、放っておくはずがない。
なのに迎えに来ていないという事は、エドワード自身が断ったからだろう。
そんな事を考えている内に門までやってきていた。
「遅くまでご苦労様です」と挨拶してくる門衛に頷くと、その場を立ち去る。
その横では、エドワードが門衛と笑いながら談笑を続けている。
「じゃあな」と軽く手を上げてくるエドワードの様子に、ロイに先に帰れという事だろうと
察せられ、ロイも軽く手を上げて通り過ぎる。
厳しい筈の門衛も、どうにもこの子供たちには甘いようで、後ろから笑い声が届いてくる。
その声を聞きながら、ロイはここからそう遠くない宿舎に戻る道を進み続ける・・・筈だったのだ。
「じゃあな、また明日!」
明るく別れの挨拶を告げている声が聞こえた。
そして。
「わっ! なんだよアンタ! 何してんだよ、こんなとこの突っ立って!」
門を出た所で、驚きの声を上げて自分を見上げるエドワードの様子に、
ロイは内心で毒づいた。
『そんな事、私にもわかる筈がないだろ・・・全く』
「こんな深夜に、長々と話し込むな。 さっさと帰るぞ」
そう言いながらの自分の行動に、自分自身が戸惑うしかない。
が、相手も自分以上か、同じくらいには、驚いただろうが。
「ちょ、ちょっと大佐! 腕、離せよ。 俺の宿は、逆だって」
強引に腕を引っ張って連れ出すロイに、エドワードが慌てて手を外そうと抗う。
ギャーギャーと騒ぐ相手に、「人様の迷惑だ」と強めに言えば、
騒ぎは治まったが、ブツブツと小声で文句を投げつけてくる。
そして、それも止まり、大人しく付いてくる様子を見せるに、ロイの覚悟も決まって、
落ち着いてくる。
「鋼の、食事はまだだろう? ついでだから、そこら辺の屋台で買って帰ろう」
落ち着いてくれば、途端に訴えてくる空腹に、相手もご同様だろうと提案をする。
暫し思案するようにロイの様子を窺う仕草を見せるが、諦めたような表情で頷く。
司令部の近くでは、深夜の勤務の者相手に屋台を開いている店が何軒か出ている。
食べて帰えれるように簡易のイスを置いている店もあるが、殆どは持ち帰りだ。
夜食時間には少し早いのか、店の準備をしている所が多い。
その中で、ロイ自身も何度か世話になった店の主に声をかける。
「やぁ、持ち帰りは頼めるかね?」
「おや、今帰りですか?」
「ああ、雑事が多くて参るよ。
今日は、連れが居るんでボリュームがある物を頼む」
「それはお珍しい」
笑いながら、ロイの後ろに佇んでいる相手を見ると、
笑顔がさらに大きくなる。
「おや、なんだ坊主か」
「坊主じゃないっうの!」
「ははは、済まない、済まない」
全く悪びれてない謝罪の言葉に、エドワードも苦笑浮かべて肩を竦めている。
「なんだ・・・、顔見知りか」
屋台の親父かエドワードにか、どちら共に取れるロイの問いに、
愛想の良い親父が答えて返す。
「そうですよ、うちの常連さんです。
最初は、こんな深夜でしょ? どうかとも思ってたんですが、
坊主があの鋼の錬金術師だってわかって、まぁ仕方ないかと。
が、まだ子供ですからね、いくら軍属でも程ほどにしてやって下さいよ」
少しばかり非難する声音を混ぜて、穏かに告げてくる相手に、
ロイはわかったと頷き、その後で複雑な視線をエドワードに向ける。
視線を向けられた方は、素知らぬ顔で包んでもらう料理に、あれこれと注文をつけている。
「毎度有り!」
威勢の良い声に送られながら、二人して歩き出す。
「君・・・、その手の事を、アルフォンス君にも言ってるんじゃないだろうな?」
ロイの言っている事は、屋台の親父が深夜に及ぶ仕事をエドワードに振り分けていると言う方便を、
アルフォンスにも使っているのではないかという事だ。
「・・・アルには言ってないさ」
「どうだか・・・」
即答でなかった返事に、ロイが疑わしそうに疑問を挟む。
「マジ言ってないって。 あいつには嘘はつかない。
まぁ、ついてもバレるから、つけないんだけどさ」
観念したよう告げられる話に、浮かんでくる疑問を問うてみる。
「じゃあ、何て言って出てくるんだ?」
「別に、普通に出てくるよ、散歩してくるって」
「散歩・・・こんな深夜に?
彼がよく許してくれるもんだ」
呆れが滲んでしまうのは仕方がない。
いくら治安が落ち着いてきていて、エドワード自身、人に引けを取らない腕っ節があるとは言え、
あまり褒められたことではないのだから。
「・・・別に許してくれたりはしないさ。
けど、止めもしない。 心配はしてるけどさ・・・」
暫くの間の後に、ポツリと落としたように答えが返ってきた。
昼間のアルフォンスの言葉が思い出されてくる。
きっと最初は止めもしていたのだろう・・・。
そして、止めれない、止める事が出来ないと気づいたのかも知れない。
あの賢く聡い弟なら。
弟の事をあれだけ思っているエドワードだ、彼が弟に心配をかけるような事を
進んで、意識的にする筈がない。
なら・・・、エドワードにもどうしようもない事なのだろう。
そして、弟も違えずにその事に気づいたから、不安を持ちながら、心配しながらも
エドワードを見送り、再び戻ってくるのを辛抱強く待っている。
そんな風にしか生きれない兄弟に、ロイはやるせない気持ちを持つが、
言葉にして伝えるような愚かな事はしない。
彼らは、全てわかって受け止めているのだから。
第3者の浅はかで薄っぺらな同情心や、余計なお節介も、詭弁も
鬱おしい余計なお世話だろう。
「ほら、サッサと入りたまえ」
家まで大人しく着いて来たのに、いざ玄関を前に躊躇う仕草を見せるエドワードに、
ロイは出来るだけ、ぶっきらぼうに声をかけて促す。
「ん・・・、お邪魔します」
渋々と言うよりは、戸惑いを濃くして、躊躇いがちに中に入る。
それにホッとしながら、ロイも続いて入って、鍵を閉める。
「先に準備しておいてくれ。 場所は同じだから、わかるだろ?」
「ん、わかった」
着替えにと自室に向かうロイに、小さいながらはっきりと返事を返して、
エドワードがリビングへと消えていく。
部屋に入り適当な着替えを選んで着ている間にも、ロイ自身自問自答しては、
頭を捻ってしまう。
「別に、世話焼きでも面倒見が良かった方でもないんだがな」
どちらかと言えば面倒くさがりで、不精なほうだ。
自分の事も碌に見れない自分が、何故見知っているとは言え、
然程親しくも無いあの子供を、細々と気にかけたりするのだろう。
疑問を思い浮かべながら、クローゼットの扉を閉めようとして
ギクリとする。
内扉に備え付けられた鏡に、自分の瞳が映る。
そして・・・、先ほどのエドワードの瞳に浮かんでいた闇を思い出す。
そう、かって自分の瞳の中に、何度も浮かんでいた見慣れた闇の色を。
あんな瞳を浮かべていた頃の自分は、荒んでいたとしか言いようが無かったはずだ。
親友には怒鳴られ、叱り飛ばされたりもしていた記憶もある。
全てを呪い、自分を蔑んで、ぶつける場所のない怒りを持て余し、
怨嗟を込めて周囲を見るしかなかった、あの頃。
そして、2度とあんな想いをしない為に、今の自分が居る。
だから、見捨てられなかったのかも知れない。
あんな瞳の色を浮かべたエドワードを。
自分には支え、叱りつけてくれる友や、心配してくれる仲間が居た。
が、彼には、本来1番心を砕いてくれる相手を失ったままだ。
そして、・・・作ろうともしていない。
彼らの世界は、唯一の兄弟二人で完結している・・・させようとしている。
「愚かな事だ」
呟く言葉は、哀れな兄弟に向けてなのか、わかっていて手を差し伸べようとしている
賢しい自分に向けてなのか・・・。
「遅いぜ、大佐!」
考え込んでいたせいか、思ったより時間を喰っていたようだ。
リビングに入るなり向けられた声に、苦笑で返す。
暖められた室内に、ロウテーブルに所狭しと並べられた食事を前に、
エドワードはちょこんと床に座って、待っていた。
床には、毛足の厚いカーペットが引かれているから、
座り込んでも寒くはないだろうが、彼が床に座っているのは、
ただたんに、座るところが1つしかなかったからだ。
ロイの家には、一人暮らし以上の余分なものはない。
だから、リビングには広めのソファーが1つきりだ。
一応エドワードなりに気を使って、空けといてくれたのだろう。
「済まなかった、色々と片付けてたんでね」
誤魔化しの言葉を告げながら、空けてくれていたソファーへと腰を落ち着けると、
一応、横に座ればと訊ねてみるが、ここでいいと素っ気無く返され、
二人して食事を始める。
口に食べ物を放り込むと、空腹感が目覚めたように訴えてくる。
暫くはどちらも、無言で食事を運ぶ。
屋台の出気合とは言え、この店の料理はなかなかなものだ。
きちんと店を構えてもやっていけるだろうと思い、それを告げたとき、
親父さんは笑って、「こっちのが気楽でいいから」と返してきた事があった。
ある程度腹に詰め込むと、すきっ腹も落ち着いたのか、飲み物が欲しくなる。
ふと見ると机の上には不ぞろいなカップが置かれているが、
中に入っているのは、ただの水のようだ。
「鋼の、冷蔵庫の中にジュースとか入ってなかったか?」
そう聞きながら、思い浮かべてみる中身にジュースはなかったかもとも思う。
ロイ自身、ジュースを飲む習慣が無かったから、あったとしても
気まぐれに買い込んで、期限切れのもの位だろうか。
「ん? 開けてないからわかんないけど、持ってくる?」
「いや、別に私は構わないが・・・、君はジュースとかの方が
いいだろう? 探さなかったのかい?」
彼の性格上、家捜ししてでも持ってくるのかと思って聞いた言葉だったのだが、
キョトンと自分を見上げて、首を振る。
「そうか・・・、別に開けても構わないから、
いるものがあったら、飲みなさい」
そうは言っても、動く素振りのない様子に、ロイは立ち上がりキッチンへと行く。
開けた冷蔵庫から、自分用の飲み物とエドワードに何かないかと物色する。
寂しい一人暮らしの冷蔵庫の中にあるものなど、日持ちがするものか、
アルコール類位だ。
諦めて、お湯を沸かすと紅茶を淹れてやる。
前回同様、ミルクもレモンも無いが、砂糖だけ放り込んで持っていく。
「ほら、紅茶しかなかったが」
そう言って差し出すと、少しだけ目を丸くしてロイの顔を見て、
小さな声で礼を告げると、湯気の出るカップを受け取る。
ソファーに座りなおすと、自分用にはビールの冠を開けて喉を潤す。
「フッー、やっぱり仕事上がりは上手いな」
親父そのもののセリフを吐きながら、もう一口と缶を傾けようとして、
目の前に座る相手が、神妙そうにカップを覗いたり、匂いを嗅いでいるのに、
思い当たる事があったロイが、笑いながら告げてやる。
「大丈夫だよ、今回のには酒は入れてないから」
前回は、寒さを緩めるのに、手っ取り早くブランデーを淹れて渡したのを
覚えているのだろう。
「べ、別にいいけどさ」
見透かされたのに照れたのか、平静さを装って返してくるが、
ホッとしたようにカップに口を付けはじめる。
「酒の味は、お気に召さなかったかな?」
エドワードの子供らしい反応が微笑ましくて、ついついからかう口調になってしまう。
「だから、別に平気だよ!」
ムキになって言い返してくるのが、気にしている証拠なのだが、
それを素直に認めるような相手でもないだろう。
この歳なら、普通の反応だ。 少しだけ、背伸びしたい年頃なのだから。
そんな歳相応の反応を返すエドワードが可笑しくて、笑いで喉を震わせながら、
持ってきたビールを飲み干す。
そんなロイの様子に、ムッとしたのか、黙々と食事を再開始めている。
そんな様子にも、どうにも笑いが抑えられず、ロイは誤魔化すように席を立ち、
もう少し本格的な酒を持ち出して帰ってくる。
「まだ、飲むわけ?」
ロイの手元に持たれている瓶をみて、呆れた声が返ってくる。
「まだと言われても、別に何も飲んでないぞ」
「さっき、ビール、飲んでただろ」
「ああ・・・、別にあれはアルコールと言うほどでは」
ビール1缶など、ロイの感覚からすれば酒を飲んだうちには入らないのだが、
子供にすれば、酒ばかり飲んでると思うものなのだろうか。
「まぁいいじゃないか、折角、明日は昼からなんだ。
たまには、ゆっくり飲む時間がある時位、好きに飲ませて欲しいね」
それにここはロイの家で、ロイの買ってきたものだ。
別にエドワードに気兼ねする必要はない。
が、言われて不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
どちらかと言うと、相手が自分を気にかけているのが、何となく嬉しいような・・・。
ロイは妙に浮かれた気分のまま、注いだカップを空けていく。
酒は人を饒舌にさせる。 ついつい目の前の子供の反応が面白くて、
からかっているうちに、引き戻れない所までエスカレートして行った。
「だーかーら! 酒なんて、別にどうってことないって言ってるだろ!」
「そうかね? お子様の味覚には、厳しいんだろうと思うんだがね」
「俺は、子供じゃない!」
「いーや、子供さ。 酒の味もわからないようじゃ、大人とは呼べないな」
ムキになって言い返してくる相手に、ロイは自分で人が悪いと思いながらも、
笑いながらからかう言葉を吐きだすのが止めれない。
「わからなくても、飲めればいいんだろ!
見とけ!」
そう言い切って立ち上がったかと思うと、ロイの前に置いてあった
グラスを取り上げると、ロイの静止も間に合わないまま、一気にグラスをあおる。
「鋼の! それは、ウォッカ・・・」
からかいすぎたと、止めようと言葉を発した時には遅く、
グラスを空にして、踏ん反り返っている相手を見上げる。
「どうだ! こんなもん、別に対した事ないぜ」
フンと横柄にカップを戻してくると、ペタンと座ってロイを睨んでくる。
「君・・・大丈夫かい? そのぉ、気持ちが悪いとか、しんどいとかは?」
「へっ? 別に気持ち悪くもしんどくもないぜ。
んーなんか、気分良いかも」
ニヘラと砕けた笑いを浮かべて、ロイに微笑んでくる様子に、
『酔っ払い始めてるな』と確信する。
普段の彼なら、あんなやりあいの後で、ロイに微笑んでくるはずがない。
「どうだ、俺は子供じゃないだろ」
自慢そうに告げてくるエドワードに、ロイは適当な相槌を打ちながら、
急いで片づけを始める。 自分のほろ酔い気分など、すっかりと飛び去ってしまった。
「ああ、本当だ、君は子供じゃないな」
「そうだろぉ~、らから言ったろぉ、俺は大人らって・・・」
「そうだったな、私が間違ってた。済まなかったね」
持ち出してきた毛布に包んで寝かしつける合間に、そんな会話が続いている。
取りあえず、酔ってる相手には逆らわない方がいい。
「そうら、大佐が間違ってる。 俺は大人ら・・・子供でいちゃー駄目なんらよ」
その言葉に、毛布を直していた手が止まる。
「鋼の・・・」
「駄目なんだ、俺は・・・大人でなけりゃ。 アルの兄ちゃんなんだから・・・」
小さく呟かれている独り言が、段々とか細く聞こえにくくなり、
暫くすると、スースーと言う吐息に変わる。
ロイは静かに部屋を出る。 彼の見てはならない面、聞いてはいけなかった呟きを
盗み聞きしたような、罪悪感が押し寄せてくるのから、逃れるようにして。
そして、気まずい気分を抱えながら、なかなか寝付けずに夜を過ごしていく。
翌朝。 予想どうり、エドワードの姿は消えていた。
これは前回と同じなので、特に驚きもしなかったが、前回と違って
大きく驚く事も1つ。
きちんと綺麗に畳まれた毛布と、洗われたカップ。
そこまでは前回と同じだ。
そして、リビングのテーブルには、多分、手作りだろう朝食が・・・。
時刻的には昼食に近いだろうが、飾りっ気はないが、美味しそうに並んでいる料理を見て
しばし、茫然とする。
「これは、鋼のが・・・?」
寝癖の付いた髪を掻きながら、ぼんやりと判りきった事実を
確認のように呟いてみる。
そして暫く眺め、ソファーの座ると、「いただきます」と
告げるべき相手が不在でも、思わず言葉が洩れる。
そして、冷めてしまっても十分に美味しい食事を、有り難く食べる。
一宿一飯の恩義に、美味しい手料理でのお返しとは・・・。
わがまま猫とばかり思っていたが、なかなか気が利いている。
そんな所がわかっているから、軍のメンバーも彼を可愛がるのかも知れない。
そんな事に気づいていなかった自分が、少しだけ間抜けなのではないかと思わせられた。
全て平らげて、出勤の準備をする。
そして、今日も軍に顔を出すだろう鋼のに、今回はきっちりとお礼を言おうと心に誓う。
「ありがとう、美味しかったよ」と。
嫌な顔をするかも知れない、照れ屋で天邪鬼な相手の事だから。
でも、それでも伝えようと思う。 彼がきちんと礼儀を守る人間のように、
自分もそれに答えて返そう。
気ままで傲慢で横柄で、我侭一杯な野良猫は、実は大変躾けの行き届いた、飼い猫顔負けの
通い猫だったらしい。 一見しただけでは解らない。 それが付き合いの醍醐味なんだなと
朝から妙に、人生観を考えさせられる出来事だった。
↓面白かったら、ポチッとな。
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