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追跡者 2章
その後は、予想せずとも答えはわかる結末になる。
経験豊富で、手練手管に長けたロイと、入り口に足を踏み入れたばかりの
エドワードでは、経験値が違いすぎる。 あれよあれよと言う間に、流されて、気が付いたら、そんな関係を持った者同士になった。
が、1つだけ大きな誤算があったとしたら、あれだけ躊躇いを見せ、
潔癖症だと思われていたエドワードが、あっさりと開き直って
受け入れてしまった事だ。
受け入れてしまうと、彼特有の柔軟な思考は、それを1つのデーターとして
仕舞い込み、答えを出してしまった。
『可もなく、不可もなく』と。
ロイの矜持の為に弁明すると、別に彼が下手だった、とかと言うわけでは
ない。 最中は、確かに気持ちも良いし、納得できるだけの快感も
味わわせてもらった。
が、それは一過性のものであり、過ぎれば結局、自分に戻るだけの事だ。
誘われれば乗っても構わない程度には心は動くが、
かと言って、別に何が何でもとも、自分から進んでとも程には、
そこからは得れないでいる。
ロイにしてみれば、やや不満の残るエドワードの反応だが、
下手に執着されても困るわけだからと、納得するしかない。
不平を言わせてもらえるならば、何故、そんな相手に自分が嵌ってしまっているかだ。
エドワードにしてみれば、初の経験で比べるものがないから、
与えられたものを、素直にこういうものなのだと
受け取っただけなのだろうが、ロイは違う。
数多の経験が、エドワードから得れるものとは大きく差がある事を
知ってしまった。
こうなると、罠にかかったのは一体どっちだったのか、
わかったもんではない。 後々、何度となく後悔する事になる
悪戯心だったとため息を付くが、後の祭りだ。
つらつらと、そんな馴れ初めを思い出している横では、つれない情人は、
情事後の熱も醒めらない間に、すでに、どこから引っ張り出してきたのか、
ロイが用意していた文献を読み出し始めていた。
ロイの深いため息は、つれない相手の行動にか、それとも、
勝手に人の家を物色する相手への抗議なのか。
どちらにせよ、相手には全く、何の関心も払われない事なのは同じだが。
「君、その態度は相手に対してルール違反だろう?
しかも、一体それを、どこから引っ張り出してきたんだ?」
「ん? サイドテーブルの引き出し。
あんた、俺に渡したいものがあると、大抵、そこに入れてるから、
何かあるかと思って」
まだ、読み出して間もなかったのか、それとも、一応
相手に対しての気遣いは持っていたのか…、多分、前者だろうが。
とにかく、このまま放っておけば、さして時間もかけない内に、
ロイの事は忘却の彼方に捨て去られるのは間違いない。
久しぶりの楽しみが、たかが一回限りで終わられては、堪らない。
ロイは、サッと手を伸ばして、エドワードの手から文献を奪い去る。
「ちょお、何するんだよ! 今からが、章の始まりだったのに。」
やはり、前者だったようだ。
解りきっていた事でも、面白くない事実を突きつけられて
嬉しいはずがない。 俄然、返す気が失せる。
「これは、まだ、君に渡すと決めたわけではない。
勝手に人の持ち物を漁るのは止めてもらおうか」
憮然としたロイの言動に、エドワードがおやっと思う。 今までも、
何度も同様の事をしてきたが、ロイがそれを咎めるような事はなかった。
どうやら、今夜は余りご機嫌が良くない様だ。
「どうしたんだよ? また、何かお偉いさんに嫌味でも言われたのかよ?」
やっと、少しは自分に関心を向けてくれた相手に、僅かに頬を緩める。
「いや、最近は静かなものさ。 静か過ぎて、気味が悪いほどだな。
後になって、山ほど舞い込ませる気かもしれないが」
げんなりした口調に、エドワードが笑う。
「まぁ、それもお仕事のうちってわけだ。
優秀な人間には、敵も多いって?」
からかうような口調に労いを含ませて、エドワードが励ましの言葉を
かけてやる。
と、驚いたように自分を凝視する相手に、エドワードが
不思議そうに訊ねる。
「どうしたんだよ? そんな、鳩が鉄砲喰らったような顔して」
禁句のキーワードは、さりげに省いて告げてくる彼の言葉に、
ロイは相手が無意識に言葉を吐いる事を知る。
唯我独尊で、わが道を突っ走っているようなエドワードだが、
機微に疎いわけではない。 逆に、相手の情感に本能的に気づいては、
無意識にだがフォローに入る。
今も、ロイの事を優秀だと語る言葉に嘘はない。
多分に、からかいは含まれてはいるが、エドワードは、
思ってもいないような事がスルリと出るタイプではない。
こうして付き合うようになってから、エドワードの無意識の言動が
、ロイを喜ばせる事が多いことを知った。
こうなると、先ほどまでは、つれなさに機嫌を損ねていたが、
それも長くは続けられない。
我ながら現金な事だとは思うが、気分が良いのは事実なのだ。
ロイは、うつ伏せに転がっているエドワードの上に覆いかぶさるように
身体を重ねる。
「おい! 重いだろ。 どけよ」
言葉ほどにはきつくない、エドワードの静止の声は無視して、
第2ラウンドの開始を告げる。
「久しぶりなんだから、もう少し付き合ってもらおうか?
君も、読書をする位、ヒマだったんだろ。」
笑いながら告げている最中も、すでに気の早い手は、
相手の許可を待たずに、不埒な動きを始めている。
「俺は、ヒマだから読書するんじゃない」
エドワードにしては、控えめな抗議にロイは謝罪と、
相手の気を惹けるとっておきな文句を唱える。
「まぁまぁ。 もう少しくらい付き合いたまえ。
私が満足したら、君に教えてあげたい話も思い出すかも知れないよ?」
含み笑顔で、そんな言葉を告げてやると、即に反応を返してくる。
「本当だな? 」
こういう事を言う時には、必ず、それなりの情報を持っている時だ。
エドワードは、嬉々として聞き返す。
「ああ。 私が、満足したらね」
***
「全く…。 あんたに付き合ってたら、俺の身体が壊れるぜ」
ぐったりと、ベットに伸びているエドワードの様子を見ながら、
ロイも苦笑する。
エドワードにしてみれば、後1回位付き合うかと言う軽い気持ちで
了承したのだろう。 ロイとて、最初はそう思ってはいた。
が、始めてしまうと、どこまでも募り湧き上がる要求は、
1回では満足には至らなかったようだ。
さすがに、相手の負担を考えると、申し訳ない気持ちが浮かんでくる。
「鋼の、何か欲しいものはないかい?」
反省を素直に行動で表すために、お伺いを立ててみる。
やや、猫撫で声になるのは仕方がない。
「水! 後、話は? あんた、ちゃんと思い出したんだろうな?」
これで思い出せないとは言わせないとばかりに凄まれては、
話さないわけにはいかないだろう。
「わかった。 取りあえず水だな」
ロイが、そそくさと寝室を出て行くのを見送って、大き目のため息を
吐き出す。
この行為自体は、嫌なものだとは思わないのだが、その後の辛さは、どう考えてみても、自分の方ばかりが、損をさせられているような気がしてならない。
今も、さっさと動くことの出来る相手に比べて、自分はしばらく
動けそうもない。 下手をすると、朝に起き上がるのも難しいかも…、
そんな事を思って顔を上げると、白々と明るくなっていく窓の外を見て、
疑いが確証になる。
まぁ、今日は文献もあるようだからと、慰めを自分にかけてやる。
そんな風に、自分の今日の行動に諦めをつけていると、
トレーに水以外を乗せて、ロイが戻ってくる。
「鋼の。 何か食べれそうかい」
ベットの横のサイドテーブルにトレーを置くと、そこからは、
美味しそうな香りが漂ってくる。
匂いが要求を刺激したのか、途端に腹の虫を鳴らすと、エドワードが
嬉しそうに手を出してくる。
熱々の照り焼きされたチキンが挟まっているパンは、
味も量も、申し分ない。 胃にも、身体にも良さそうなポタージュの
スープも、ホカホカと湯気が立ち、期待できそうな匂いがする。
ロイが意外にまめな事は、付き合うようになってから知った。
女性に好かれる男は、まめだと言うが、その良い見本だ。
エドワードは取りあえず、空腹と渇きを癒すのに専念し、用意された分が、皿から綺麗に、全てエドワードの胃に納まると、満足のため息を吐き出す。
その間、ロイは自分用に用意した酒と肴を楽しみながら、
旺盛な食欲を見せるエドワードを、嬉しそうに見ていた。
「んで、情報は?」
ベットヘッドに凭れながら、腹を擦って聞いてくる様子に、
満腹のネコのようだと思い、エドワードなら、ネコではなく
獅子の子だろうと思い直す。
「ああ、情報ではないがな。
1つ舞い込んできた事件があってね。 調査の為に出かけれる錬金術師を
考えていたところだったんだが…」
それだけ話すと、エドワードの方をじっと見てくる。
任務の時には、躊躇うことも、様子を伺う事もなく、
端的に伝えてくるロイだ。 そのロイが、言いよどむ内容で、
しかも、エドワードには役に立つと考えている内容と言われれば、
1つしかない。
「いいぜ、大佐。 別に、俺のトラウマを気にしてくれる事はないぜ。
どっちにしろ、避けて通れる事でもなけりゃ、それが早道な事の方が
多いしな。
人体練成に関係している話なんだろ」
言いよどむ相手に、エドワードが水を向けてやる。
明快なエドワードの言葉に、ロイも観念する。
確かに、適任でもあるのだ。 今回は、事件の内容もあって、
錬金術師でないと難しい内容だ。 しかも、口も堅くて、
信頼できる人材となると、そうそうは居ない。
最初は、ロイが出向こうかとも思っていたのだが、今の状況では、
いつまで経っても出かけれる目処が立ちそうもなかった。
中央に依頼しようかと思っていた矢先のエドワードの帰還は、
願ってもいない事ではあったが、躊躇いが全くないかと言うと、
そうでもない。
任務は任務だと割り切っている筈なのに、何故、こんなにもやもやした
気持ちを抱えているのだろう。
静かに話を待っているエドワードを、チラリと見る。
彼は、すでに決心を付けている。 後は、ロイが話し出すだけだ。
「ここから、半日ほど行った県境の山奥に、1つの屋敷がある。
そこに訪れていた行商人が、ここ最近、家人の様子が見えないと言う事で、町の憲兵に連絡をしてきたのが始まりだ。
もともと、一人暮らしだったらしく、老齢でもあったから、
心配になったんだろうね。
憲兵も、事件の臭いも感じずに、様子見がてらに、屋敷を訪れたんだが、
一向に返答がない様子から、危惧して、強行に屋敷内に踏み込んだのだが、
屋敷内には異様な臭いが充満していた。
最悪な状態を想像して、家内を探索した結果…」
口を噤んだロイの代わりに、エドワードが続ける。
「死体があったわけだ。 しかも、かなり日数が経ってて腐乱が
始まっていた?」
「そうだ。 しかも、一人ではなく複数の死体と、死骸が散乱している部屋を
見つけた」
「死骸?」
難しい顔をしながら、エドワードが繰り返す。
「ああ、そうだ。 それも、同様に複数の異なる生き物の死骸だった事は、
鑑識の結果が出ている。」
「なら、生体練成だったってわけだ」
人体練成と生体練成は、似通っていながら、別種のものだ。
人以外の生き物を操作する生体練成と、人そのものを創造する人体練成は、禁忌においても分け隔てられている。
「いや…、多分、人体練成だろう。
そこには、複数の死体の数があったが、全てを確認した結果、
いくつかずつ欠けていた。
そして、それらの欠けていた物を全て合わせると、一人の人間分になる」
「……構成する物質からではなく、実際の人体から練成を試みたわけだ……」
エドワードは、背筋に怖気が這い上がるのを堪えきれず、
身を微かに震わせる。
禁忌に大小があるわけではないが、生きた人間から練成を考えると
言うのは、すでに人の域を遺脱している。 それは、悪魔の所業としか
言いようがない。
「んで、俺がそれを確認すれば良いわけ? 術者は?」
「術者は、当然ながらリバウンドを受けて、元の形状もわからぬものに
成り果てていたそうだ。
それと、確認も勿論だが、判断によっては、隠滅もしてもらいたい。
そして、これが1番重要な事なんだが…、練成物の行方も調べて欲しい」
「…なかったんだ」
何がとは言わないが、ロイには解っている。
「ああ、もしかして、君が言うあっち側に持っていかれたのかもしれないが、
確証はない。
とにかく、探査した屋敷内では発見されなかった」
「見つけたら?」
「適切な処置を」
「わかった」
淡々と進められる会話を話す二人には、どんな表情も浮かんではいない。 逆に、表情を浮かべろと言われても、一体、どんな表情を浮かべれば
良いかもわからないだろう。
しばらく、互いの間に沈黙の空気が流れるが、明るくなる日差しに
呼応するように、扉の外からは、鳥達のさえずりが賑やかに飛び込んでくる。
エドワードは、何かを吹っ切るように大きく伸びをすると、
ロイの方に振り返る。
「で、資料とかはあんの?」
いつもの調子を装って聞いてくるエドワードに、ロイも出来る限り
平静に答えを返す。
「ああ、明日には用意できるはずだ」
「オッケー。 んなら、明日、司令部に行って目を通したら、
そのまま向かうことにするよ。」
それだけ告げると、仮眠を取る為にシーツに包まるように潜り込む。
ロイは、かけるべき言葉も、想いも思いつかないまま、
包まって静かになった小さな人影を見て、嘆息する。
**:
翌日、言葉どうり司令部に顔を出したエドワードが、
資料を受け取り、何事もなかったように出かけていくのを、
皆が複雑な思いで、見送るしかなかった。
一番心中が穏やかではないのは、ロイ自身であろう事は皆にも
わかっている。
本当は、ロイが調査に直接あたろうとしていたのが、
運悪く監査の連絡が入り、身動きが取れない状態となり、
臍をかむ結果となっていたところだ。
情報は必ずエドワード達の役には立つだろう。 が、だからと言って、
彼等自身を向かわせようとは、思ってもいなかった。
中央に委ねてしまえば、欲しい情報も得れるかどうか怪しい事になる。
内容が内容だけに、上層部の判断によって、隠蔽される可能性が高い。
そうなると、ロイがいかに大佐の特権を行使しても、内容を知る事は
難しくなるだろう。
だから、ロイが動けない今、エドワード達自身で、情報を得なくては
いけないのは、仕方ない事なのだが。
任務は任務なのだ。 大体、ロイが直接行って、情報を得てこようとして
いたのも、甘すぎる行動だ。
自身の事は、自身で解決させていかねばならない。
他の人間を手助けできるほど、自分の目標も低くはないのだから…。
そう自分に言い聞かせる自分が居る事が、既に、自分でも不可解なのだが。
司令部の面々の心配をよそに、旅立つ二人の気持ちは、しっかりと前を
向いていた。
過去は確かに辛いものが多いが、それだけでも、もちろんない。
これから、未来を掴もうとしている二人が、過去の厳しい事柄から目を
背けて、手がかりを掴むチャンスを不意にする事は、
あってはならない事なのだ。
厳しい現実だからこそ、しっかりとそこから、どんな些細な事でも
掴み取らなくてはならない。
いつもなら、無駄は禁物とばかりに市井の人たちと一緒に、
2等車に乗り込む二人だが、今回は事件の内容が内容でもあるし、
資料を分析する上でもおおぴらに話せる内容でもない。
時間の余裕もない為に、行きの列車の中で分析をしなくてはならない事も
あって、大佐が用意してくれた個室を、素直に受け取った。
豪華な作りには、特に心を動かされないが、ある程度自由に会話が
出来ると言うのは、なかなか良いものだ。
「でも、どんな練成をしたら、こんな事が可能になるんだろうね?」
無骨な鎧からは、想像も出来ない可愛い子供の声が飛び出してくる。
「んー、可能にはなってないんじゃないか? 結局は失敗してるわけだしな。
ここに写されてる錬成陣を見たって、かなりめちゃくちゃな箇所もあるし…。
多分、なんかの文献を見て、自分で加えたんだろうけど、
かなり無茶をするよな。 俺なら、こんな怖い練成陣で挑んだりしないけどな」
「じゃあ、あんまりレベルが高くない人だったのかな?」
「いや、錬金術のレベル自体は高度なものだと思うぜ。
この術者、多分、分野が違ってるんじゃないかな?」
「分野」
アルフォンスが、手元の資料を見ながら考える様子を見せる。
「生体に関しては、俺らにも難しい内容が組み込まれてる。
これって多分、医療系とかじゃないかと思うんだ」
エドワードの言葉に、アルフォンスが顔を上げて、納得したように
返事を返す。
「ああそれで、細胞の活性化の式が入ってるんだ」
「ああ、普通、人体練成の構築式の場合は、細胞の活性化なんて、
入らないからな。
多分、構築の式でわからなかった部分を、活性化させる事で、
補強しようとしたんじゃないかと思う」
「補強って…、そんな事で、練成が何とかなるわけないのに」
人体練成には莫大なエネルギーが要る。
しかも、それを持ってしても不可能に近い事なのだ。
それを、細胞の補強位でなんとかしようとするのは、倒れ掛かる大木を、
葦の枝で支えようとするようなものだ。 しかも、術者はその大木の真下に
住んでいるのと同じ。
アルフォンスは、それを想像して、ガチャガチャと身を震わせた。
「怖いことするね」
アルフォンスの心底の意見に、エドワードも頷く。
「けど、不思議なのは、何故、そうまでして試みたかだな。 ここまで、
高度な知識を持っているなら、その練成が危ないものなのは、
解っていたはずなんだ。
それを敢えて行ったのは? 一体、何の為に?」
思考の淵に降りて行くエドワードを感じて、話しかけようとした
アルフォンスが、言葉を止める。
エドワードが、話している最中に黙り込んでしまう事はよくある事だ。
こんな時は、解決の糸口の一端に気づいて手繰り寄せようとしている時なのだ。
こうなると、アルフォンスにはついてはいけない。
静かに、兄が戻るまで、その周囲の様子に気をつけて待っている。
快調に走り出している列車が、目的地に着くまで、後数刻。
忙しなく流れていく景色を見過ごしながら、弟は、この先に
待っているだろう、兄、エドワードの心痛を慮って、少しでも、
この列車が着くのがゆっくりになってくれればと、願わずにはおれなかった。
***
「鋼のが居なくなった? 一体、どういう事なんだ!
詳しく説明をしてくれないか?」
送り出した翌日、エドワードからの連絡を待って苛々していた矢先に
かかってきた電話は、予想を超えた結果を伝えてきた。
『それが、わからないんです。 屋敷の中に入って、現場を確認した後に、
兄さんが、研究室か、別の書庫があるはずだと言い出して。
そこの書庫の中にある資料だけで、これだけの練成は出来ないって
事なんですが。
で、互いに別々に屋敷の中を探索始めたんですけど、
いつまで経っても、約束した部屋に戻ってこなくて…。
で、待ちくたびれて、兄さんが担当した方の部屋に探しに行ったんですけど、
どこにも居なかったんです!』
アルフォンスの動揺が伝わる口調に、ロイは賢明に自分を落ち着けようとする。
「落ち着け、アルフォンス君。 鋼のが、勝手に外に出たと言う事はないのか?」
ロイは、そうであって欲しいと言う願いを込めて、可能性の1つを尋ねてみる。
『いえ、それはあり得ません。 僕らが待ち合わせしていた部屋は、
玄関のすぐ傍で、通ればすぐわかるようになってましたから。
それに、いくら兄さんでも、出て行くのに一言も声をかけずになんて、
しませんよ』
弟思いのエドワードが、わざわざ心配をかけるような行動をするとは、
ロイにも考えずらい。
「そうなると、どこかに隠し扉か、部屋に通じる道がある事になるな」
『そうなんです。 僕もそう思って、部屋の隅から隅まで叩いたりして
調べてみたんですけど、どこにも、そんな様子も痕跡もみつからなくて…』
語尾が弱くなっていくアルフォンスの口調で、彼が心底探しに探し回り、
不安を募らせていってる事がわかる。
ロイは、焦る気持ちを抑えながら、出来るだけ冷静に頭を働かせようとする。
「普通の調べ方では見つけられないとなると、特別な反応で造られる場所が
あるという事か。
アルフォンス君、何か変わったとか、引っかかる場所はなかったか?」
『僕には、特に反応があったり、変わったと思った場所は
気づけませんでしたけど、ただ、妙にガランとした部屋が1つあって
、空き部屋にしてもおかしいなぁとは思ったんですけど』
「空き部屋にしては、何故おかしいと思ったんだ?」
『その部屋、窓に背を向けるように棚がおかれていたんです。
たいした物が並んでるような棚でもなかったから、何で、こんな方向に
おいてるんだろうとか、思ったんですけど』
こういう時の勘は、大抵あたっている事が多い。
多分、何かに反応する仕掛けがあって、エドワードが、
そこに入り込んだという可能性が高い。
問題は、何故出てこないかと言うことだ。
エドワード位の術者なら、どこからでも出入りが可能なはずだ。
気を失っているか、失わされているのか。
とにかく、余り芳しい状況ではないことに陥っている可能性が
高いと言うわけだ。
そして、多分、アルフォンスもそれを危惧しているのだろう。
時が過ぎれば過ぎるほど、状況が悪化するのがセオリーだ。
救出は、早ければ早いほど生還できる可能性が高くなる。
生還……、この言葉を思ったとき、ロイはぎくりと身を竦ませる。
あれ程の力の持ち主だ。 経験も、普通の大人以上に得ても要るし、
場数も踏んでいる。 よもやと言うような事は、考えるだけで無駄だ。
…無駄なはずなのだ。
1度浮かんだ考えは、簡単には消えてはくれない。
いくらエドワードが優秀な錬金術師であっても、錬金術が使えない状況に
陥っている事だってある。
そうなれば、彼は、ただの年端も行かない子供…、そう言い切ってしまうのは、
やや無理はあるのだが、普段よりは、普通の子供には近くなることはあるだろう。
自分の思考に囚われていたロイが、アルフォンスの声で気を取り戻す。
『大佐? 大佐、どうしたらいいですか?』
必死に呼びかけてくるアルフォンスに、瞬時も迷わずに返答する。
「とにかく、私が着くまで、君は出来るだけ、その気にかかった部屋を
調べてみてくれ。 」
ロイの返答に、様子を伺っていた周囲のメンバーから、驚きの声と、
制止の声がかかる。
「マスタング大佐!」
厳しい表情をした副官を横目で見ながら、ロイは、電話の向こうでも
驚いている相手に、もう1度、確認するように意思を伝える。
「わかったね。 早ければ夕刻には着く。
とにかく、君は出来るだけの事を頼む」
『大佐……、ありがとうございます!
本当にすみません』
心からの感謝の言葉を伝えて、静かに電話が置かれた。
ロイは、自分も握り締めていた受話器を元に戻すと、
静かに自分を睨んでいる副官に指示を伝える。
「聞いてのとうりだ。 鋼のが、任務の最中に行方を眩ませた。
私の方は、すぐさま向かうが、事の顛末を話して、司令長官殿に
指揮を代行してもらえるように手配をしてくれ給え」
それだけ伝えると、ロイは手早く身支度を整え、席を立ち上がる。
「大佐! 待ってください。
ここは、誰かを行かせて済ませるべき事ではありませんか?
監査は、今日明日中には到着する予定です。
その時に、司令官が不在では、後にどれだけ響く事になるか」
そうなって困るのは、自分達ではないのだ。
一番の被害を被り、下手をすれば目的に向かう彼の足止めになる可能性も
出てくる。
それだけは、防がねばならない。
「俺が行きますよ!」
「いや、私が行きましょう」
「あっ、僕が行きます!」
口々に代わりを唱えるメンバーに、ロイはゆっくりと首を横に振る。
「皆の気持ちはわかるが、多分、これは錬金術師でないと役には
立たない事柄だ。 私が1番の適任だろう」
ロイの言っている言葉は正しいだろう。 電話口で聞いていただけでも、
ただの探索では済まない事は理解できた。
「なら、せめて明朝に発たれるようにされては…」
すでにロイの意思は変えれない事はわかってはいるが、出来ればとの願いを
籠めて、告げてみる。
「済まない、中尉。 君の言いたい事も、心配もわかっているつもりだ。 が、時間が延びれば延びるほど、状況は悪くなる」
「どうしてもですか?」
「ああ、どうしてもだ」
「わかりました。 出来るだけ早くお戻りください」
「済まない。
皆も、聞いてのとうりだ。 私が居ないからと、監査に嘗められるんじゃないぞ」
「「「イエッス・サー」」」
心強い返答と敬礼に見送られながら、ロイは足早に司令室を飛び出していく。
すでに、駅には中尉たちが手筈を整えてくれている列車が待っているだろう。
どれだけ渋っていても、いざ動いたとなると、万全の体制で
フォローしてくれる部下への信頼は、揺ぎ無い。
確信どうり、出発を見合わせていた列車が、ロイが飛び乗ると同時に
発車した。 この列車は、多分、先々も優先して走らせるように
なっている事だろう。
予定よりも早い到着が出来る事を喜びながら、それを手配してくれた部下たちに感謝の念を送る。
「全く…、家の中で遭難とは、君らしくもない、いや、突拍子もない事では、君らしいというべきなのかな」
ロイは、不安を紛らわせるかのように、そんなふざけた言葉を呟いてみる。
自分は、何をそんなに焦っているのだろう。
あの不遜な子供に、何かあるような事が起きる筈がない。
向かってくる運命さえも返り討ちに合わせようと、手ぐすねを
引いている人間なのだ。
あれだけ、強い人間が、そう簡単に足を引っ張られるような事が
あるはずもない。
いや、あってはならないのだ。
彼らはまだ、目的も達成していないのだ。
頓挫している場合ではないはずだ。
最速で走る列車の中で、その遅さに苛々しながら座っているロイには、
自分を動かす原動がわからない。
いや、考えないようにしていると言うのが正しいかも知れない。
考えた先には、惨めな答えがある筈だ。
それに気づかされる位なら、考えないまま、知らないまま…、
考えないように、気づかないようにしていた方がましだろう。
自分の為に…。
不安な思いを消し去るように、ロイは、見つけたときに、何と叱ろうか、
からかおうかと、無理やり思考を切り替える。
無事な姿を想像でもしてないと、暗く渦巻く不安の翳が、自分を
とんでもない事に突っ走らせそうで、耐え切れそうにない。
とんだ事で、思わず自分の意気地なさを知る事になる。
この代償は高くつくぞ…、忌々しげに、心のうちで呟かれる言葉は、
今はここに居ない相手に向けて放たれる。
届いてくれと願いながら。
***
「大佐! 早かったんですね!
本当にすみません、ありがとうございます!」
ロイが屋敷に足を踏み込むと、気配を感じたのか、一目散に
飛び出してくるアルフォンスに、ロイは挨拶もそこそこに、案内をさせる。
「この部屋が、やっぱり1番怪しいとは思うんですけど、一体、
どこがおかしいのかまではわからないんです」
ロイが、気持ち同様に早めた足のおかげで、あっと言う間に目的の部屋に
辿り着く。
どれだけ、気が急いていようが、熟練した職業軍人のロイは、
ゆっくりと注意深く部屋の扉を開けてみる。
どこと言って、おかしな所も無い、変哲もない部屋だが、
妙に空気が濁っている。
窓を完全に塞いでいる棚のせいかとも思うが、それは一歩足を
踏み込んだ事で、わかった。
この部屋は、空気が、はっきり言うと酸素がごくごく少なく調整されているのだ。
これは、自身が大気を扱う錬金術師だからこそ気づけた事だ。
そして、何故、アルフォンスには気づけなかったのかも。
ロイは、中に居る為に、慎重に酸素の濃度を上げていく。
扉を開けた状態なら、酸欠になる心配はないが、念のためには、
通常の状態に戻しておいた方が良いだろう。
そして、最悪の考えが過ぎる。
多分、この部屋には間違いなく練成で開く部屋があるはずだ。
問題は、何故、今こうして、自分や彼が踏み込んだ時に
反応しなかったのか、だ。
反応しなかったのではなく、反応したからこそ閉じたのだとしたら?
微量に調整されているとは言え、開かれた扉からは酸素が流れ込む。
そしてまた、遮断してしまえば、流れ込んだ酸素は、徐々に減っていく。
ここに隠されている部屋は、一旦開くと、次に反応するのは、
完全に酸素が無になった状態になってからだとすれば…。
ロイは、頭から血の気が引いていくのを感じずにはおれなかった。
酸素のない中で、人は長くはもたない。
そして、腐敗も緩やかになる事だろう。
多分、ロイの考えが正しければ、エドワードは貯蔵庫に落ち込んだのだ。 そう、練成の材料を保存しておく為の。 術者は、生きた人や生物を
使っただけではなく
保存していた材料も使っていたと言う事だ。
鑑識の結果に上がっていた死亡推定時刻が、どれもやたらと違ってたのに
気づいていたのに、何故、深く追求しなかったのだろう。
後悔が襲ってくるが、今は、そんな事を感じている暇はない。
練成が反応しなかったと言う事は、まだ、部屋の中には酸素があるという事だ。
エドワードが、この仕掛けに気づいて、出来るだけ大人しくしていてくれる事を願うだけだ。
ロイは、今の考察の結果をアルフォンスに手早く伝える為に、彼の方に向き合う。
ロイがことの真相に辿り着く数刻前。
エドワードは、暗闇が支配する場所で、痛む身体を擦りながら、
周囲に目を走らせる。
しかし、完全なる闇の中では、どれだけ目を凝らしたところで、
無意味な事だ。
無駄な努力は、さっさと放棄して、別の手段を高じる事にする。
視覚が無理なら、触覚に頼るしかない。
用心深く、機械鎧の方の手を、そろそろと周囲に伸ばす。
付近には反応が無いとわかると、ゆっくりと腰を上げて、
四つんばいの状態で、動き出す。
高さは、意外にあるようで、立って手を伸ばしてみるが、
上に触れるような物には届かなかった。
ゆっくりと進むと、広さはさして無いのか、壁に辿り着く。
壁に沿って進んでみると、どうやらテーブルがあったらしく、小さな音が鳴る。
エドワードは、慎重にテーブルの上を探りながら、その上に
置かれているだろう物を、探し当てる。
「おっ、やったね。 ランプじゃん」
触れた形状から、どうやら部屋の灯りが用意されていたらしい事を知る。 中に油が入っているかはわからないが、手探りでランプの火付け棒を
見つけて、捻ってみる。
ポウっと、弱い光が部屋を照らすと、暗闇に慣れていたエドワードが、
眩しげに瞬きをしながら、徐々に周囲を見回していく。
そして、思わず叫び声を上げて、手に持ったランプを取り落としそうになる。
さして広くない場所には、何体かの生き物の死骸が転がっていたのだった。
エドワードは、込み上げる吐き気を抑えながら、落ち着くようにと
深呼吸を繰り返す。
「?」 何か、違和感を感じるが、それが何かははっきりとしない。
そして、今度は心構えをしながら、気乗りはしないまでも、
転がっているもの達のなれの果てを観察する。
どうやら、さほどは古くないのだろうか? 思ったより
酷く損傷しているでもなく、臭気も酷くは無い。
が、どうにもおかしい気がする。 何か、この状態に近いものを
見たことがあったような。 膨大に詰込んだ知識から、僅かな時間で
答えを導き出す。
そして、手早く周囲に目を走らせ、出来るだけ克明に記憶すると、
ランプの火を消して、静かに座り込む。
エドワードの記憶と合致したのは、1度実験で見せてもらった剥製の
作り方だ。 腐敗の激しい器物を取り除き、酸素をなくし、
窒素を充満させた場所で乾燥させると、色彩を保ったままの状態で、
剥製が作れる。
以前、見学をさせてもらった事柄だが、特に自分達が惹かれる内容でも
無かった為、詳しくは聞かずじまいだった。 多分、大気を扱う大佐なら、
理論もわかっただろうが…。
おかげで、今の自分の置かれている状況は、正確に把握できたような気がする。
そして、この場所の意味も。
灯りをつけて尚見通せなかったという事は、ここはかなり深まった場所と
言うわけだ。
そして、余り時間に余裕が無さそうな事も…。
練成で脱出の道を作ることは出来ない事はないだろうが、
周囲の構造もわからずに練成を走らせるのは、
それこそ、命に関わる危険性をはらんでいる。
練成は魔法ではない。 どこでも、何でも出来ると言うわけでも、
作れるわけでもないのだ。
きちんと、物質を理解し、周囲を把握しているからこそ、行える事なのだ。 周囲の事も解らずに練成をするとなると、リバウンド以前の問題で、
術者自身が身を滅ぼしかねない。
無謀に思われるエドワードの練成にしたって、彼自身が磨いた観察眼、
洞察力の賜物なのだ。
エドワードは、途方に暮れたように、考え込む。
とにかく、異変に気づいたアルフォンスが見つけ出してくれる事が、
一番の解決策なのだが。
エドワードは、時を見定めるように、じっと暗闇の中を息を潜めながら、
チャンスを伺うように待つ。
***
「そちらの方には、何か印のようなものは?」
部屋の壁や床の隅から隅まで、目を皿のようにして調べるが、
不自然な継ぎ目や隙間は、予想したとうり、発見できないままだ。
ロイの呼びかけにも、アルフォンスが外や続き部屋を調べながら、
応えを返してくる。
「いえ、こっちにも見当たりません」
うっそりとした様子で、戻ってきたアルフォンスにも覇気が無い。
「となると、やはりこの部屋のどこかに、練成を発動させる陣があると言う事だな」
険しい目で、部屋を見回すが、それらしいものも、兆候も、
この部屋に入ってから1度として見つかっていない。
時刻は夕刻に迫っているのだろう。
棚で隠された窓から、一段と明るみを増した洛陽の光が差し込んでくる。
キラリと反射する日の光に、ロイの感覚に引っかかるものを覚え、
足早に部屋の正面に添えられた棚へと近づく。
「大佐?」
棚の前で立ち尽くすロイに、アルフォンスが不審と期待を籠めて、呼びかける。
ロイは、目の前の棚に陳列されているガラクタ同様のもの達を、
じっと凝視する。
掃除が行き届いていない事がわかる棚には、うっすらと埃が積もり、
その上に乱雑に置かれている物が、元は整然と並べられていたのが見てとれる。
「そうか!」
ロイは慎重に、そして、手早く、倒れている小物達を並べ始める。
全てを、元の立ち位置に並べなおすと、踵を返して扉へ近寄る。
「アルフォンス君、部屋の端に避けておきたまえ」
そうして、ゆっくりと扉を開く。
外からの自然光と、開けた扉から差し込む人口灯が棚に陳列された小物を
照らしだした時、それぞれが返す反射光の焦点が絞られ像を結ぶ。
「これっ!」
アルフォンスの興奮したような声が上がる。
ロイは、床一杯に広がる練成陣に素早く目を通し、構築式を読み取ろうとする。
それに気づいたアルフォンスも、真剣に練成陣を見つめる。
読み解くうちに、厳しい表情になっていく二人の顔には、
焦りが色濃く映し出される。
「大佐…、これって…」
震える声で、アルフォンスが問うてくる。
「ああ、これは1度発動したら、丸一昼夜、時間にして24時間は
絶対に動かせないようになっている。
アルフォンス君、鋼が姿を消してから、どれ位の時間が経ってるか、
わかるか?」
ロイは、小刻みに震えてきそうな指を、握り締める事で抑えようとする。
「多分、今と同じか、もう少し後だったと思います」
アルフォンスもロイと同様の気持ちなのだろう。 平静を保つ為に
吐き出された言葉は、平坦に抑えられた抑揚のない声だった。
「では、そろそろタイムリミットの時刻と言うわけだ」
頑として、発動させないようにと鎮座している練成陣を、人なら睨み殺されていてもおかしくない眼光で、突き刺すように睨み付けると、ロイは決断を下す。
***
ロイが決断を下そうとしている同時刻の頃。
地下に閉じ込められていたエドワードも、同様の決断を迫られる状態へと、追い込まれていた。
呼吸が苦しくなってきているのは、酸素濃度が薄くなっているからだろう。 蒙昧になりそうな意識を保つ為に、掌に爪を喰いこませる様にして、
握りこむ。
目の前には、暗闇だと言うのに光の乱舞が点滅している。 そして、
その光の中には、懐かしい人々の面影や光景が、現れては消え、
まるで万華鏡の世界にはまり込んだような錯覚を持つ。
穏やかな映像は、エドワードの心を強く揺さぶり、魅せられたように、
瞼の裏に描かれる像を見つめている。
とうに自分が失ったそれらは、胸が締め付けられるくらい、
優しくエドワードを抱きしめる。
身も心も委ねたい、いや、委ねる事こそ正しいことなのではと言う思考が、エドワードの正常な頭の働きを遮り、ゆっくりと、しかし確実に、
エドワードの気力を奪っていく。
「母さん…」
懐かしい面影に、思わず呼びかけると、その人は少し困ったように微笑み、
エドワードに首を振る。
優しい母の、思わぬ拒絶の仕草に、エドワードは知らずの内に、
込み上げる思いのまま涙の雫を流す。
『当然だよな…。 母さんをあんな風にした俺が、今更、母さんの傍に
いけるなんて事、出来るわけな…い…』
薄れ行く意識が、エドワードを、闇と共に包み込もうとしていた。
「爆破する!?」
「ああ、もうそれしか手立てがない」
「け、けど、もし地下が予想のとうりの状態だったら、そんな事すれば!」
うろたえるアルフォンスを前にしても、ロイの決断は変わらない。
「そうだな、最悪の場合、この屋敷が吹っ飛ぶ位の事はあるだろう」
「そんな! じゃ、じゃあ地下に閉じ込められている兄さんは!」
「落ち着きたまえアルフォンス君。 何も、ただ単に爆破するだけではない。 爆破と同時に、元素も除去して引火させないようにするつもりだ」
説明をしながらも、発火布を着用始めているロイに、アルフォンスが
不安そうな様子を見せる。
「この床は、君たちの得意な錬成陣では無効になるように防御も
組み込まれている。 これを除いて、新しい練成陣を作るには、
時間が無さ過ぎる。
大丈夫だ。 あの鋼が、おめおめと私に飛ばされるわけがない。
自分の兄の力量を信じるんだ」
ロイは、1つ深呼吸をして集中力を高めると、傍に立つアルフォンスに
声をかける。
「君は、屋敷の外に出ていなさい。 出来るだけの手は講じるが、
何かあったとき…」
続けようとした言葉を遮るように、アルフォンスが返事を返す。
「いえ、僕もここに居ます。
兄さんも、大佐の事も、信頼してますから」
しっかりと自分を見据えて返された言葉に、ロイも声無く頷く。
『鋼の、エドワード気付けよ』
そう念じながら、確実にしっかりと指を鳴らす。
まどろみの中に、落ち込みそうになっていた自分の中に、
轟くように響いてきた声が、自分を打つ。
『立て、自分の足で、力で!
お前は、鋼の錬金術師、エドワード・エルリックだろ!』
跳ね上がる程の衝撃に、エドワードはカッと目を見開き、ふらつく身体を
叱咤して、立ち上がる。
「くっそー、こんな処でくたばって堪るか!
俺らには、まだ、やるべき事があるんだー」
叫びながら、両手を勢い良く打ち鳴らし、一か八かの練成を打ち出す。
と、同時に、もの凄い爆音と振動が部屋を揺るがす。
咄嗟に頭を庇って、身を避ける。
パラパラと爆発の残骸が、雪のように降り落ちてくるのを、
闇になれたエドワードが、手を翳し、眇めるようにして振り仰ぐ。
「鋼の、エドワード! 無事か? 返事をしろ!」
先ほど、自分が聞いた声と同じ相手の声。
エドワードは、最後の気力を振り絞った練成の為に、
力尽き、重くなった身体を壁に凭せ掛ける。
徐々に光に慣れてくると、見慣れた光と、急いで降りてくる人影が
見えてくる。
「鋼の、そこに居るのか? 大丈夫だったか!」
矢継ぎ早にかけられる言葉も、エドワードには遠く聞こえる。
それよりも印象深く思ったのは、ロイの慌てた様子だった。
『なんだよアンタ、何をそんなに慌ててんだ?
そんなに蒼い顔して…』
言葉を返したつもりだったが、実際は声にはならず、
相手にも伝えられなかった。
近づいてくる相手が、安堵の表情を浮かべて、自分を抱きしめる温もりを
感じた途端、エドワードの思考は、そこで途切れた。
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