Selfishly

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追跡者 3章



 その後、エドワードを病院まで運ぶと、生命に異常がない事を確認し終わると、
すでに手配されていた列車に飛び乗り、イーストへととって戻って行った。

 アルフォンスに、復調後、必ず司令部に出頭させる事を厳命して
戻っていくロイに、アルフォンスは、心から何度も頭を下げた。

「ふぁ~あっとな」
 退屈そうに、大きな伸びをしてベットの上に座り込んでいるエドワードに、
今だ機嫌の直らないアルフォンスが、ぶっすりとした反応を返す。
「全く、暢気なものだよね。
 僕らが、どれだけ心配したかも知らないで」

「うっ…」
 確かに、今は何を言われても、エドワードの立場は最下層まで落ちている状態だ、
黙っているしかない。

「全く、今度という今度は、ほんとーに! 心底、兄さんには呆れたよ。
 途中で文献を発見して、読みながら探索していたら、練成陣に気づかずに
引っかかったなんて…」

 ハァーと、盛大なため息を聞かされるのも、既に数十度目になるだろう。
 小さな身体を、更に縮込ませて、ありがたいお小言を拝聴する。
 今回の事は、全面的に自分が悪い事は間違いない。 
さすがの、エドワードも反論する気にも、言い訳を言う気力も出ない。
 まさか、あんな簡単な仕掛けに、よもや自分が引っかかるとは
思ってもいなかった。
 読み解けない程、難しい練成陣ではなかったようだから、
先に目にしていれば、おめおめと丸1日も閉じ込められたままになること、
はなかっただろうと思うと、自分の集中力を、少しだけ、
いやかなり恨めしく思う。
 そんな事を考えていると、アルフォンスの叱責が聞こえてくる。

「兄さん! ちゃんと聞いてるの? 本とに、退院したら直ぐに、
司令部に行って、皆に、きっちりと謝るんだよ。 司令部の皆さん、
監査が来るって大忙しの中を、大佐に動いてもらう事にしたんだからね。
 わかった?」
 語気厳しく念を押されるのも、もう何度目になるのか…、いい加減、
数えるのも嫌になってきた。
 が、ここで僅かでも反抗的な仕草を見せたら、どんなけ小言が続くか
わからない。 それを実体験した後だけあって、エドワードも
大人しいものだった。

 エドワードの体調は、酸欠の後遺症の恐れもなく、打撲が1番酷い外傷だった位だ。
 運が良かったことに、落ちたときに強か頭を打ったらしく、
そのまま気を失っていた事が、酸欠状態になるのを遅らせたようだった。
 これが、いつもの元気なエドワードの状態だったら、密閉されていた部屋の
中では、丸1日経たずに、危ない状況になっていた事を考えると、
ロイの対応といい、自分の練成のタイミングといい、天の配剤かと
思うほどの、絶妙な間合いだった事は間違いない。
 エドワードの練成が、ロイの練成よりも僅かでも早かった為、
恐れていた引火には至らなかったわけだし、ロイが爆発させてくれたおかげで、
エドワードが壊した床の下敷きになるのも免れたわけだ。
 エドワードは、自分の強運を確信し、ついでに自慢した事で、
弟の怒りに火を注ぐ事になったのは、数日前の事だった。

「で、俺はいつ退院できるんだ?  たんこぶ位にしては、
やたらと長くないか?」
 アルフォンスのお小言が一段落したのを見計らって、口を挟む。
「兄さん…、たんこぶ位って…。
 まぁ、いいんだけどね、無事だったから。
 でも、あの高さから落ちて、頭を打ったのに、たんこぶだけだったって言うのも、
ある意味凄いよね。
 僕、身体が戻っても、兄さんの頭突きだけは、御免被るよ」
「おう! 俺の頭も、堅さも一級品だ」
 胸を張って言うエドワードの神経の図太さも、どうやら堅い頭と同様に
丈夫らしい。
「でも、確かにそろそろ退院してもいい頃だよね。
 僕、ちょっと行って聞いてくるよ」

 そう声をかけて、アルフォンスが立ち去ると、ゴロリとベットに転がった。
 仰向けになって見える白い天井は、あの闇の中の見えない天井とは、
全く違う。
 なのに何故、あの時聞こえた声が、今も耳に響いてくるのだろう? 
そして、気を失う前に見たロイの悲壮な表情と、安堵を湛えた泣きそうにも
見えた笑み。
 何故、ロイが自分にあんな表情を向けるんだろう。
 ヘマをした自分に怒っているのなら、もっと厳しい表情を向けられているだろうに。
   まぁ、どちらにしても、戻ればお小言は免れないだろうし、
それなりの報告も提出しなくてはならない。
 それと、これが1番難しいだろうが、アルフォンス同様に機嫌を損ねている、
損ねるだろう相手のご機嫌伺いも、多分、いや確実に必要になるだろう。
 大佐は、司令部での時には想像もつかなかったが、結構な機嫌屋さんな面があり、
時たま、どちらが子供なのかと思わせられる事もしばしばだ。
 一緒に居る時に、エドワードが気を逸らしているのに気がつくと、
途端にテンションが低くなる。
 最初は、本人がわざとやっているのかと思っていたが、
どうやら、自分自身気づいていないようだ。
 代わりに、ほんの少しでも気にかけているような言葉を言うと、
嬉しそうにしている。 どんな言葉を言ったのか、自分でも覚えてもいないような時でも、
大佐が酷く上機嫌になっていて、後で気づかされるのだが。

「よくわかんない奴だよな。」
 天井に向けて吐き出された言葉は、そのまま彼に落ちてくる。
 ロイの事も解らないが、一番解らないのは、今の自分の感情だろうか。
 忙しい激務の中を、飛び出してきてくれたロイに対して、嬉しいと思う心が
あって戸惑ってしまう。
 自分達は、確かに、普通の上司と部下の立場とは、やや外れてはいるが、
それは関係上の事であって、それ以上でもなかったはずだ。
 相手に何か期待する…、そんな事は考えてもいなかったはずなのに。 
でも、事実、嬉しいと思っている自分がいる。

 これは一体、どういう事なんだろう?
 それに、この感情は、一体どこから湧いてきて、何と呼べば、
一番しっくりとくるのだろうか…。
 利害が一致し、身体から始まったエドワード達の関係は、恋愛に疎い彼には、
当てはめれるデーターがない。
 手順をすっ飛ばした報いを、ロイが心底後悔していること等、
暖かな陽気に、うつらうつらと転寝を始めているエドワードには、
知る由もないことだった。









 ***

「ほぉー、君は、任務の途中の探索で、さぼって文献を読み漁っていたわけだ。
 しかも、注意力散漫としか言いようも無い、あれだけ派手な練成陣が作動している中に、まんまと足を踏み込んで、落ちるまで、文献に気を取られてて
気がつかなかったと言うわけなんだな」

「ま、まぁ、そう言われれば、それに近い…かな?」

 亀の子の様に、首を竦ませながら、ちょこんと座り込んでいるエドワードに、
先ほどから、延々と繰り返される、報告と言う名の嫌味は、途切れる間もない。

「近い?」

 ジロリと睨まれて、エドワードは小声で言いなおす。

「いえ…、全く、その通りで…」

 隣の部屋では、ロイのお小言をBGMに、皆が優雅に、
お茶タイムを楽しんでいた。

「いいの? アルフォンス君。 助けに入らなくて」

 微笑みながら告げられる言葉に、アルフォンスもにっこりと笑顔で返す。
「いいんです。 今回は、僕も、本当に頭にきたんですから。
 皆さんにも、ご迷惑かけてしまって…」

 恐縮して謝るアルフォンスに、皆が、優しく慰める。

「いいんだって、ありゃー、大将が悪い。
 大切な弟を出し抜いて、盗み見しようなんて思うから罰が当たったんだな」
「そうですね、僕も、今回は、エドワードさんが、心配をかけすぎたと
思います。 アルフォンス君、不安だったでしょう?」

 アルフォンスには、優しい言葉をふんだんに贈り、彼が負ったであろう心労を
和らげてくれる。

「いえ、大佐が直ぐに駆けつけてくれたんで、僕はたいした事はしてないんです。
 でも、皆さんは、大変だったんじゃないですか?」

 心配そうに伺ってくるアルフォンスに、メンバーが揃えて首を横に振って
答える。

「それがよぉ、監査が来たと同時に大佐も戻って来れたんだけど、
これがその後凄かったんだわ」

 ハボックの言葉に、皆も同意の頷きを見せる。
「凄かった?って、大佐がですか」
「おう、そうだぜ。 監査の前に、ビシバシ書類を積み上げて、
それも全部決裁済みだろ? その上、俺らや各部にも、指令と指示を
飛ばしまくって動かすわで、その気迫にびびった監査の奴らが、
ほうほうの態で、良好の印を押して、逃げ帰っていったからな。

 まぁ、俺らにしてみれば、短時間で終わって、万々歳ってとこ?」

「ハボック少尉、言いすぎよ。
 あの書類は、全て決済済みではないわ、半分はダミーだもの」
 しらっと語られた言葉に、今度は周囲が驚く。
『ばれたらどうするつもりだったんだろう…』
アルフォンスの疑問は、周囲のメンバーの浮かべた思いと、一致していた。

「まぁ…、無事終わったって事で、良かったんすよね」
 はははと乾いた笑いで締めくくると、皆も、それ以上は追及しようとは
しなかった。
「んじゃ、しばらくは急ぎの仕事もないことだし、今晩あたり、
皆で繰り出しますか?」
「そうだな、エドの奴の生還を祝って」
「ええ、監査の無事の終了も喜んで」

「アルフォンス君も、もちろん一緒に来てくれますよね」
 人の良いフュリーの言葉に、皆も笑みで伝えてくる。

「えっ、いいんですか?  じゃあ、お言葉に甘えて」
 嬉しそうに、この後の約束をまとめていると、隣の扉が重っくるしく
開かれる。

「あら、エドワード君。 もう、終わったの?」

 心なしか憔悴している様子のエドワードに声をかけると、
力なさげに首を振り返してくる。

「まだ…、これから、始末書と報告書をまとめて、後は大佐の決済の
手伝いをする約束したから」

「そうね、決済の書類が、まだ終わってなかったわね」
「良かったですね、兄さんが手伝うなら、中尉も出かけれるし」

 嬉しそうにかけられた言葉に、ホークアイも頷き返す。

「ええ、良かったわ。 さすがに、大佐一人を置いては行けなかったものね」
「じゃあ、出かけますか?」
「ええ」

 その言葉を合図に、皆が嬉しそうに帰り支度を始める。 しかも、アルフォンスまで…。

「え? ええっ? 皆、どこに行くんだよ?
 ってか、アルフォンス! 何でお前まで帰り支度手伝ってるんだ?」

「えっ? ああ。  兄さん、僕これから皆とお祝いに出かけるんだ」

 浮き浮きと弾む声で返事を返されて、エドワードの顔が途端に曇る。

「祝いー? 一体、何祝うってんだよ!」

「えーっと、兄さんの生還祝い?  あ、後、監査の無事の終了もだって」

すでに、戸口まで足を運んでいるメンバーの最後尾に付いていきながら、
アルフォンスがそんな言葉を投げかけながら、小さく手を振って扉の外に
消えていく。

 パタン…
 小さく鳴り響いて閉められた扉の中、誰もいなくなった司令部に
立ち尽くしながら、エドワードが独り言を呟く。

「俺の生還祝いって…。主役抜きでやるもんかよ?」

 惨めな自分の境遇を恨んでいると、隣の部屋から怒鳴り声が聞こえてくる。

「鋼の! お茶を取りに行くのに、いつまでかかってるんだ。
 また、寄り道をしてるんじゃないだろうな!」

「くっそー」
 ロイには聞こえないように舌打ちすると、今度はちゃんと届くように
返事をする。

「はーい、ただいま。 すぐ、ご用意しまーす」

 やけくそのように叫ばれた返事に、気を良くしたのかそれ以上の催促の
言葉は、続けられなかった。

 その後しばらく、ロイにこき使われるエドワードの姿が、司令部では
目撃されていた。
 そして、ひどく上機嫌な上司の姿も。

 ロイの機嫌が直り、屋敷の再調査に行かせてくれと
頼んだ頃には、すでに調査の権限はは中央に移った後で、
何をなしたくて行った練成だったのか、練成されたモノはどうなったのか、
全ては、機密扱いとなって隠蔽された後だった。

 屋敷は不自然な出火で、全焼し、今は焼け野原が残る跡地となっている。
 エドワードが、隠された情報を見る機会に恵まれるのは、
ほとぼりが醒めた後になる。
 ロイの手によって、渡されるまで…。












 ちょっとした悪戯心が、仕掛けた行いを、
 抑え切れなかった好奇心が拾い上げる。

 そんな事から始まった二人の関係が、
 この事件をきっかけに動き出していく。

 自分達の関係と、それぞれの心の形跡を辿る追跡は、
まだ、始まったばかりだった。             







~ Afterwards ~



 上司二人を置いて、さっさと酒盛りに出かけた仲間達は、
酒も回って滑らかになった舌で、先日の事件の事を、
アルフォンスに聞かせていた。

「いやぁー、俺らも大佐とは付き合い長いけど、あんだけ必死になってる
大佐見たのって、初めてじゃないか?」

「そうですね。
 大佐は、要領の良い方なんで、結構、追い込まれるような状況に
陥られても、本人は至って平静で淡々とこなされてしまう事が多いですから」

「僕、監査の時には、ちょっとビクビクしてしまいました。
 何だか、近寄りがたいオーラ、出てませんでしたか?」

 皆が口々に言い合っていると、先ほどから静かに杯を
重ねていたホークアイが、ポツリと言葉を落とす。

「あれは、安堵した反動でしょ」
「反動?」
 アルフォンスが聞き返すと、静かに頷く。

「多分、エドワード君の無事が確認できるまで、大佐、
かなりの不安を抱えてらしたんだと思うの。
 で、無事に救出できたんで、絞られていた精神が緩んだんでしょうね」

「緩むと、はりきるんですか?」

 普通は、逆ではないだろうか? そんな、アルフォンスの心の問いかけが
聞こえたように、返事が返る。

「ランナーズハイみたいなものよ」

「ははぁー、何となくわかる気がします」

 納得したように頷く。 要は、精神状態が、ちょっと普段とは
違ってたってことなんだろう。
 普通でない時の方が、普通に思える行動をする人って、
ちょっと何だか嫌だな…。 アルフォンスは、助けてもらった恩も忘れて、
そんな失礼な感想を浮かべた。

「しっかし、大将の奴、愛されてるよなー。
 いくら、推薦人で、後見人っても、普通、ここまで肩入れするもんなのかねー」

 酔いの為か、調子の良いことを言い出すハボックに、皆が同様に煽りだす。

「そうだな、ありゃー愛だな、愛」

 ブレダの言い草に、皆一同、ドッと大受けして、笑い転げている。
 受けすぎたフュリーが、滲む涙を拭く為にメガネを外すが、
次のホークアイの発言で、危うく手から落としそうになる。

「そうね、理想の恋人同士ってことかしら」

 また、何気ない一言が、その場を凍りつかせる。
 本人は、至って素面のようなのだが、先ほどから言動が、どうも怪しい。

「ちゅ、中尉、まさか、これ1本、一人で空けたんですか…?」

 恐る恐る空になった瓶を持ち上げてみると、酷く強い酒で有名な銘柄が
書かれていた。
 酒好きの豪の者でさえ、小さなショットグラスに入れて、
チビチビと嘗めるように飲むと言われている酒を、先ほどから、
大振りなカップで、グイグイと麦酒を飲むように飲み干していたとは…。

 その後、飲み続けるホークアイの毒舌は止まる事を知らず、
メンバーを心胆から脅えさせたそうな。


 ***


 そんな酒盛りの、酒の肴になっている当事者達は、漸く書類の決裁を
終えて、帰宅についていた。

「鋼の、食事はまだなのか?」

 浴室から出てきたロイが、首にかけたタオルで髪を拭きながら、
準備の終わらないキッチンを覗きにくる。

「もう、出来るって! あんた、風呂早すぎ。
 ちゃんと、温もったのかよ」

 料理する手は止めずに、言葉を返す。
 弱みを握られているエドワードは、家に帰ってまでも
ロイにこき使われていた。 当然、浴室の準備も、彼が行った。

「君じゃあるまいし、当たり前だろ?」

 「ほら」と身体の温もりを示す様に、後ろから抱き付いてくる。

「あ、危ないって! 火使ってんだから、離れてろよ」

 手元がぶれて、慌てるエドワードの様子には構わずに、ロイが
抱き込むように、力を強くする。

「良かった…、無事で」

 短く、小さく呟かれた言葉なのに、エドワードの中に染み入るように
広がっていく。

「うん…、心配かけてごめん」

「全くだ。 もう、こんな事は懲り懲りだな」

「わかってる。 今度からは、あんたに迷惑かけないようするつもりだから」

 そんなエドワードの返事に、ロイの眉がピクリと動く。

「迷惑?  君は、本当に、そんな事で、私が怒っていると思ってるのか?」

「えっ? いやでも、そうだろ?  何か、忙しいときに助けに来てもらったようだし…」

 違うのか?と尋ねるように首を傾げる相手に、ロイはどう伝えれば、
この気持ちがわかって貰えるのだろうかと、頭を悩ます。
 あやふやなまま来てしまった自分にも、落ち度はあるが、
もう少しくらい察してくれても良さそうなものなのだが。
 そんな芸当を、この鈍そうな相手に期待する方が、
間違っているのかも知れない。

 ロイとて、エドワードの事を偉そうに批判できる立場でもない。
 今度の事がなければ、多分、以前のまま、深く追求する事もなく、
日々を繰り返していたのだろうから。

 まぁ、そう言う難しい今後の事はさておいて、今手にしている幸運を
堪能する事に集中しよう。
 そんな風に、気持ちを切り替える。

 コンロのスイッチを捻って消すと、驚いたように自分を見上げる小さな顔に、
微笑んでやる。
 ゆっくりと頬に手を当てて上向かせると、観念したように瞳を閉じる。
 そんな些細な仕草の1つでも、嬉しいと胸を弾ませる自分に苦笑を浮かべ、
始まりの口付けを落とす。


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