Selfishly

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百年続く恋 p3






 *****

 東方にも戻る予定だが、折角通るならセントラルの中央図書館で、目新しい文献を探そうという事になった。
 国家錬金術師の資格が有れば、ここの大抵の場所の閲覧が可能だ。
 アルフォンスには一般人に公開されている書庫を頼み、エドワードは軍部色の濃い禁滞書を閲覧しに行く。

 どやどやと足下の音も高く歩いてくる一団は、どうやらどこかの軍部達のようだった。
会議場や資料室も併設されているから、そこからの帰りなのだろう。
 ―― 面倒くさそうなのに中っちまったよな…――
 エドワードは取り合えず、廊下の端に寄って敬礼をしてやり過ごそうとする。下士官程度なら、
そんな手間は必要ないが、どうやら高官が混ざっているらしい一団では、
国家錬金術師のエドワードよりも階級が高くなるからだ。

 子供のなりのエドワードが敬礼して佇んでいるのを、通り過ぎる将校達が訝しげに視線を送ってくるが、
特に問われる事もなく過ぎ去っていく。エドワードがホッと息を吐こうとした瞬間、掛けられた声に息が止まってしまう。
「君は……、久しぶりじゃないか!」
 嬉しそうに掛けられた声に、俯き加減だった視線が上がる。
(げっ! なんでこいつが、こんなとこに居るんだよ)
 驚き、引き攣りつつも、掛けられた声に挨拶を返す。
「お…久しぶりです、ハクロ将軍」
「いやぁー、こんな処で会えるとは。暫く東方に居なかったようだが、どこに行ってたんだね」
 その問いに、何故か詰る口調が含まれているような気がして、エドワードは小さく瞬きをする。
「あっ、はい…。南方へ行ってまして、今戻ってきたところです」
「南方か………」
 残念そうに呟かれ、怪訝に思ったエドワードが尋ね返す。
「あのぉ…、何かあったんですか?」
 エドワードに聞かれるのを待っていたのだろう。大袈裟なジェスチャーで嘆く素振りを見せる。
「ああ、全く残念な事だよ! 君のように優秀な者を蔑ろにする上司など ――― 可哀想で黙っておれらない」
 前置きを置いてからは、ペラペラと立て板に水の如くしゃべりだす。
「先日西方であった事件を知ってるかね?」
「あっ、はい。新聞で拝見しました」
 エドワードの返答に、うんうんと頷いてくる。
「総督府の勅命を良い事に、あの男は自分の手柄を立てるのに利用したに違いない。
本来なら、部下の者に担当させるべきだろう?
 それを態々、自ら出てまで功績を上げようとするなんて、見下げた人間だ」
 悦に入った力説に、エドワードの表情も強張る。
 それを自分の説得が効を奏してと信じて止まない将軍は、とっておきの秘密を打ち分ける素振りで、
顔を近づけ声を落として囁いてくる。
「実はね……、総督府に進言したのは私なんだよ。君の活躍は良く判ってはいるんだが、功績に繋がるものとなると、
やはり任務で手柄を立てるのが一番だろ? 折角の私のお膳立てを、彼は独り占めしてしまったとは………」
 ああーと大袈裟に嘆いてみせる将軍のこと等、もうエドワードの眼中にはなかった。
(あんの野郎ー!)
 ふつふつと湧き上がる腹立ちを堪える為に、下を向き拳を握り締める。
 そんなエドワードの反応に気を良くした将軍は、ここからが本題だとばかりに、エドワードの肩に手を置いて、
耳元に囁くように話しかけてくる。
「どうかね、彼の下に居ても、君の手柄は盗られ続けて昇進もままならないだろ?
 その点私なら、彼に匹敵する地位を用意してやる事も出来る。――― この際、所属を変えてみないか?」

 ―― そんな事の為に…――

 エドワードは下らぬ策略を自慢げに披露する相手に、軽蔑と侮蔑で一杯になるが…。

 きっぱりと顔を上げ、晴れやかな笑顔を相手に向けると。
「お気持ちはありがたいと思いますが、俺はマスタング大佐に拾ってもらった狗です。
恩義を仇で返すことは、軍の忠義にも反するんじゃないでしょうか?」
 そのエドワードの言葉に、さすがのハクロ将軍もたじたじになり、考えあぐねている表情を作る。
 その隙に、エドワードはさっさと挨拶を済ませて、出口へと向かう。



「アルー! 東方に戻るぞ!」
 司書に睨まれ、注意されながらもエドワードは大声でアルフォンスを呼ぶと、驚く弟を急かして図書館を後にする。

「ど、どうしたの、兄さん?」
 兄の突然の行動に慣れているアルフォンスでも、今回の移動は全く判らずじまいだ。
 何があったのかと問いかけてくる弟に、「着いたら話す」と言ったっきり、エドワードは何かを考え込んでいるようだった。
 セントラルから東方へは、それ程日数は必要ない。
 黙りこむ兄の口を割らせる事は諦めて、久しぶりの東方のメンバーを思い浮かべて過ごす事にした。




 *****

「大佐ー、居るかぁ!」
 大きな声を上げて入って来た人物に、皆も別段驚きはしなかった。
 早ければ、ここ数日の間に定期報告に現れるだろうと予測されていたからだ。大佐が餌にちらつかせた情報は、
彼の足を引き止めれる程のものでは無かったから、不満を溜めて現れるだろうと。
「よぉ、大将にアル。相変わらず元気なようだな」
 手を振って親しげな声をかけてくるのは、ハボックだ。
「少尉、お久しぶりです」
 愛想良く返事を返している横では、エドワードは不機嫌そうに立ち尽くしている。
「よぉ、エド。どした、えらく不機嫌な面してよ」
「…… 別に、何もないぜ。大佐は?」
「ん? …ああ、執務室に居るが」
「判った」
 そう短く答えると、さっさと執務室の方へと足を運んでいく。
 残ったメンバー達は、互いに目配せを交わしながら、仕方ないというように肩を竦めあう。
「…やっぱ、情報は駄目だったのか?」
 いきなりハボックにそう問いかけられ、アルフォンスは怪訝そうに首を傾げる。
「やっ…、大将の奴、機嫌悪そうだったから、情報が拙くて怒ってんのかなぁーてさ」
「――― それとは別のようですけど、兄さんが不機嫌な理由は…。
 でも、ハボック少尉……、何でやっぱり、なんですか?」
 そんな素朴なアルフォンスの質問に、ハボックはしまったと顔を引き攣らせ、その後乾いた笑いを貼り付けてやり過ごす。







「やぁ、久しぶりだね。元気にしていたようだな」
 そう声を掛けてきた相手は、小憎たらしい程、いつもと変わり無い様子を見せてくる。
 エドワードは回りくどい事は言わずに、直球で返す。
「ああ、あんたが気を使って任務を代わってくれた様で、おかげで俺はのんびり南国気分を満喫させてもらったぜ」
 ロイはエドワードの険ある言葉もさらりと受け流し、平然と返事を返してくる。
「…そうか。それは良かったな」
 その態度が癪に障って、つかつかと歩いていくと、勢い良くデスクに腕を打ちつける。
「――― そんなに俺はたよんないのかよ! 」
 怒りで吊り上げた眦が、悔しさの為か鋭く眇められている。
「頼りないとは思っていないが…… 少々、今回の任務には力不足だと判断したまでだ」
 冷徹なロイの言葉に、エドワードが固く唇を噛み締める。
「――― やってみなきゃ…、やってみなきゃ、判んないだろ!」
 そう抗議の声を上げるエドワードに、ロイは薄く笑みを浮かべる。
「鋼の…、何を勘違いしてるのか知らないが、ここは学校でも研究所でもない。
 ―― やってみて判らないような者に、仕事を任せる人間がどこにいる?
 君には無理だと判断した。それが答えだ」
「ちょっと待てよ……、ハクロのおっさんは俺に出来る仕事だって言ってたんだぜ? それがどうして、
 俺には出来ないなんてあんたが断言するんだ? それなら、俺が納得できる理由を言ってみろよ!」
 食い下がるエドワードの話に、ロイは嘆息を吐き出す。
「ハクロ将軍か…、どこでどんな話をしたのやら。
 それに、―― 君はさして軍の任務に熱心だったわけでは無いだろう?
 何故、そんな終わった事に拘るのかね?」
 逆にそう問われれば、エドワードの言葉も詰まる。
 エドワードにしてみれば、軍からの任務が、無いなら無いのが一番だ。
 余計な手間も時間も取られずに済む。

 ――― じゃあ、何故…? ―――

 功績や昇進にも興味が無い。
 褒賞金も心惹かれない。

 文献や、情報を提示されたら頑張るだろうが、自分達兄弟が探しているものは極秘だから、
 必要な事柄をペラペラ話すわけにもいかないのだ。

 それでは、何に拘っているのかと言われれば……。
 エドワードは嘆息を吐いて、目の前に座る相手を見る。

 ―― 認められたいんだろうな…この男に ――

 好かれたいと思った事は無いが…、軽んじられたいとも思わない。
 複雑な感情がエドワードを突き動かすのだ。
 軍に深入りしたくはないと考えている癖に、彼が必要だと思うなら、手助け位は出来るようでありたい。

「…… 別に拘ってるわけじゃない。俺は、納得できないことをそのままにしておけないだけだ」
 そう告げて、ロイへ向けた視線を揺るがさない。
 暫くの双方の睨み合いの後、折れた…厭きれかもしれないが…のは、ロイの方だった。
「鋼の。なら君に聞こうか。
 君が同様の事件を担当したとして…、どんな作戦を立てる?」
 行き成りの質問をエドワードは訝しがりながらも答える。
「まずは情報収集。人数・装備・能力・地理・サイクル・関連、連携。
 で、それに対する自分ら側の、戦力・配置・担当・進行、もしもの場合の不測事態への対応法。
 その後、開始時間と完了時間予測。拘束後の引渡し手順も必要か…」
「素晴らしい、まるで教本のようにスラスラと出てくるな」
「… 馬鹿にしてんのか?」
 ロイへの褒め言葉に、剣呑な光を目に宿す。
「まさか! 素直な褒め言葉だ。士官学校なら、満点を出してくれるだろう。
 そう、飽く迄も模擬戦としてならな。

 ―― 君ならその場に居るテロ犯達を、どうする?」
 ロイの質問の意図が判らず、困惑のまま答える。
「どうするって…捕まえるしか…ないだろ?」
 それが任務では無いのか? とエドワードの瞳が問う。
 ロイはそれに少しだけ苦渋を湛えた目で受け止め、答え返す。
「それでは駄目なのさ、鋼の。任務の指示は『殲滅』だ。捕まえても終わらない」
「――― 捕まえても…終わらない…」
 繰り返す言葉が意味を成して理解に至るまで、暫しの時間が必要だった。
「なっ、何で!? 捕まえるのに…、生きて捕らえるのに、こ、こしたことないだろ!」
「―― それでは命令違反になる」
「…命令違反?」
「例え捕まえて引き渡しされても、向こう側も二度手間がかかるからだ」
 ロイの言い切った言葉に、エドワードは頭を殴られたような衝撃を受ける。
「… それが軍の任務だ」

 ふらりと後ろに下がると、エドワードはへたりと床に座り込む。
 そんなエドワードの様子を見て、ロイは重く、深い溜息を吐く。

 聞かせたかった話ではないが……、話さない限り引き下がらないだろうし、今後余計な首を突っ込むのを防ぐ為にも、
 言っておかねばならない。
 奇麗事ばかりでは無いと言うが、実際はそんな生易しいものでもない。
 もっと陰惨で、残虐な面―― 暗黒部を内包している、それが軍部なのだ。
 ロイは立ちあがる気力も無くしている様子のエドワードの傍に行き、腕を引いて立ち上がらせてやる。
「大丈夫か? ――― この話に懲りたら、簡単に任務を引き受けるなど、口が裂けても言うんじゃ無いぞ」
 取り合えずソファーに腰掛けさせ、何か気持ちの落ち着く飲み物でも中尉に頼むかと、扉へと足を向ける。


「――― あんたなら、良いのかよ……?」

 ポツリと落とされた言葉に、ロイは頭を振り向かせる。

「あんただって…、あんただって――― やだろ、そんな任務!」

 泣きそうな表情で、必死に言い募ってくるエドワードに、「そんなことはない」「慣れているから」と返してやるのは簡単だ。
 なのに、自分の心を刺し貫きそうな金の視線から、ロイは目を背けられなくなる。

 ―― 誰だって、不条理な命令を進んで受けたいはずがない。
     それでも…、任務と言われれば、誰かがやらねばならないのだ。

     過去、感じた憤り。怒り。
     そして、誓った自分への決心。

     が、それも日々の目まぐるしい中。
     少しずつ、少しずつ、感覚は麻痺していく ――

 エドワードの視線には、そんな自分を思い出させてくれる、何か、が強く宿っている。

 ロイはふっと息を吐いて、エドワードに答える。

「ああ…、そうだな。……… 私も嫌だった」

 が、これが自分が選んだ道行きなのだ。
 どんなに悲惨な道であろうと、進まなければ償えない。

 が、この子供にはそんな道へと落ちてくる必要は無い。
 飽く迄も、この道は、この世界を選んだ者が歩く道なのだから。

「――― ごめんな…俺、そこまで覚悟出来てなくて、ごめん…」
 繰り返し謝る子供に、ロイは気にするなの言葉も言えず、ただ、小さく震えている頭を撫ぜ続ける。















 *****

 真っ青な空が広がっている。
 珍しく雲ひとつ無い青空を見上げながら、兄弟は元気良く司令部の敷地を通り過ぎていく。

「気をつけて行ってこいよー」
「無理しないで下さいねー」
「早めに顔を見せに来いよ」
 と口々に、窓から顔を出して叫んでいる顔なじみに、アルフォンスは嬉しそうに手を振りながら返事を返し、
 エドワードは面倒くさそうに振り向かないまま手を閃かせる。

 そして執務室の下にあたる場所で、エドワードは上を見上げる。
 開かれたカーテンの向こうでは、いつもの表情で大佐が見下ろしている。
 エドワードは米神の傍で、二本の指を揃えて軽く振る。
 それを受けて、ロイは無言で頷き返してくる。

 そして、エドワードはまた歩き出す。
 今度は止まる事も、振り仰ぐこともせずに。

 自分には出来る事と、出来ないことがある。
 それをしっかりと知って、行動を決めるのは大切な事だ。

 彼の横に立つのは、自分では役不足だ。
 なら自分は、彼が進む道が少しでも明るくなるように、照らす灯りの一つになれるように努力しよう。
 彼がくれたチャンスをものにして、広く沢山の場所に行き、自分達の為に、彼らの為にも役立てていけるように…。






  ・・・・・ 【 馴れ初め 】 ・・・・・ act 3



 執務室のホットコールが鳴る。
 この回線も、ここ最近は結構役立っている。

「ああ、私だが」
 そう返事をしてやれば、闊達な話し声が流れてくる。
『久しぶりー。真面目に仕事してるか?』
 失礼極まりない問いかけにも、ロイは笑って答える。
「まぁ、そこそこね。そういう君こそ、もう戻れる算段でも出来たのかい?」
『うわぁー、嫌味~。そんな算段できてたら、あんたになんか電話するかよ』
「あんたになんかとは、酷い言い草じゃないか。私は繊細なんだ、傷つくような暴言は控えてもらいたいね」
 ロイがしれっとそう返せば、向こうで爆笑している声が上がる。
 つられて思わず、ロイまで笑ってしまう。

 エドワードとのそんな会話も、慣れてきた。 
 軽い応酬の後に、それぞれが本題に入るのだが、そこだけ聞かれれば、眉をひそめる者も山ほど出るだろう。
 が、彼はあれでなかなかちゃんと考えて言動をしているのだ。
 軍の回線を使う時。第三者の耳目がある時。
 そんな時には、決してロイの地位を損なう振る舞いはしないのだから。
「で、ここに掛けてきたという事は、何か有ったのか?」
 エドワード達は今は東方の管轄区内に居るはずだが…。
『やぁ、何か有ったって程じゃ無いんだけどさ…』
 言い難そうに言葉を濁す様子に、ロイは確信を抱いて問いかける。
「…今度は何をやったんだ」
『実は………』


 とまあ、こんな遣り取りは結構頻繁に繰り返されるようになっていた。
 エドワードの情報は役立つものばかりなのだが、正義感が強すぎるのか、行動力が有り余っているのか、
 情報だけ渡すのは稀で、大抵は事件に首を突っ込んでは、事後処理もくっ付けて連絡してくるのだ。




「全く…、これに懲りたら、不必要に好奇心を出さない事だな」
『――― 判ってるよ』
 不貞腐れた返答に、エドワードの表情が目に浮かぶ。
「まぁ、私の手間が減った分は、助かったと礼を伝えておこうか」
 だからと言って素直に礼を伝えても、天邪鬼な彼の返答は決まっていて。
『……べ、別にあんたの為にやったわけじゃ…』
 と、素直に喜んだ例は無いが。
 それも理解の上だ。
「どちらにしても、そろそろ一度戻ってくるんだろ?」
『あっ、ああ。報告書も出した方が良いだろ? …俺らも、ちょっと手詰まりになってるから、一旦情報収集に戻るつもりだ』
 何かにしろ理由をつけないでは無理なのだが、それでも戻る事には反発しないようになっている。
 しかも、…戻る… その言葉をエドワードが自然に使っているのだから、大きな変化と言えるだろう。



 彼、エドワードがここに通い始めて三年。
 ロイと顔をつき合わすようになったのも、同様に三年となる。

 自分と彼とは、上司と部下と言うよりは、運命共同体のような特殊な関係になっている。
 彼ら兄弟の秘密を護り、彼らの未来への手助けをする変わりに、兄弟は動けない自分の代わりに、
 各地の情勢や情報を提供してくれる。
 年中旅をしている彼らだからこそ、広範囲で正確な情報を収得出来るというわけだ。

 エドワードが戻ってくれば、暫くは彼の話を聞くのに日を割くようにしている。
 大量の話を短時間で聞けないせいでもあるが、その他にもついつい話が広がったり、逸れたりで時間を喰うのだ。

 執務室で受けていた報告も、時間毎に場所を変え。
 話の中で興味が出たものは、二人で資料室に籠もったり、研究所に場所を移したり。
 傍に居る時間が長くなれば、当然腹も空いて食事の話も出る。
 あれやこれやと通う内に、互いの好みも熟知していくようにもなった。

 そして、喧嘩も良く起こる。
 錬金術にしろ、軍務に関すること、人に関すること…。
 とにかく熱くなりやすいエドワードでは、平穏とか穏便の二文字が浮かばないようで、ロイが窘めても、
 異論を唱えようとも、頑として首を縦に振らない。
 柔軟な思想を頑固な気性が邪魔しているようにも思うが、それも彼の一面なのだ。
 頭を垂れる事を由とせず、屈せず諦め悪い。
 そうでなければ、彼の叶えようとしている偉業も達せられるはずも無い。
 そう思えば、欠点ではなく長所にも思えてくる。 
 兎に角、興味深い人材である事は間違いないだろう。



「ま~た、大将の事でも考えてるんすか?」
 そんなセリフに顔を上げてみると、ハボックが面白そうにロイを眺めている。
「…別に」
 素っ気無い返しにもめげる事無く、ハボックは話の続きを振ってくる。
「そうっすか? いや最近、大佐が楽しそうにしてる時って、大将が絡んでる事が多いじゃないっすか。
 だからまた今日も、大将の帰って来るのが決まったんかなぁ~とか思いまして」
 言い当てられたようになるのは癪だが、黙っていれば戻って来た時にからかわれるネタにされるに決まっている。
「―― 私の機嫌には関係ないが、…帰って来る連絡はあった」
 やっぱり…と得意げな表情は、ロイが一睨みすると瞬時に消える。
 が、瞳には面白そうな彩がはっきりと現れている。
「んじゃあ、暫くは書類も順調に上がりますね。中尉が喜びますよ」
 と軽口を叩きながら、届けに来た新しい書類を置いて、部屋を出て行った。
「…何なんだ、あいつの言い草は」
 そうぼやきながら、ロイは目の前に積まれた書類の目算を立てる。
 優秀な副官は、先の仕事を終えない限り、報告を聞く時間を割いてはくれない。
 ―― 重要な用件だったら、困るだろ? ――
 と訴えてみた事もあったのだが、最近はどうにも融通してくれなくなった。
 おかげで、仕方なく書類の処理は出来るだけ溜めないように心掛けているが。


 今も積まれた書類が一枚でも減るようにと精を出している。
 このまま何事もなくいけば、明日には綺麗に片付けられているはずだ。

 ―― これで時間が取れるな ――

 そう考えているロイの表情は、やはりハボックの言ったとおり嬉気なのだった。
















 *****

「うぃーす!」
「お久しぶりですー」
 二人の個性が判る挨拶と共に、兄弟達が入って来る。
「よぉ! 相変わらず暴れてるようだな」
 合いの手のような掛け声に、エドワードは罰悪そうな表情を浮かべ、アルフォンスは恐縮して大きな身体を
 出来るだけ小さくする。
「… もうばれてんのかよ」
 面白く無さそうなエドワードの呟きに、周囲は当然だと頷く。
「お前なぁ、書類決済は大佐がするけど、事後処理に当たるのは俺らなんだよ。ばれて当然だろうが」
 コツンと頭を小突くと、いてぇーと顔を顰め。
「…… スミマセンでした…」と小さな声で呟く。
 エドワードのその態度に、周囲を囲むメンバーも苦笑と共に許してくれる。
 昔は絶対に謝るような態度は見せなかったエドワードだが、付き合いが長く、そして深くなる内に、
 警戒心は怠らないが信用する部分も理解した態度を示すようになった。
 その分、きちんと礼も伝えれば、謝る事も言えるようにもなっている。

「いいんですよ! エドワードさん達が頑張ってくれたおかげで、以前から余り良い噂を聞かなかった人物も
 逮捕できたんですから」
 熱烈なシンパのフュリーは、エドワードの事後処理をもっとも喜んで受ける人物だ。
「こらっ! お前がそうやって甘い事言うから、こいつが無茶ばかりするんだろうが」
 フュリーを叱るブレダの言葉に、彼らが兄弟の心配をしての苦言だと判る。

 エドワードとアルフォンスは互いに顔を見合わせて、小さく笑うと皆に進言する。
「暫くは深~く反省して、大人しくしてます!」
 そんなエドワードの言葉に、皆が「おっ?」と驚く表情を浮かべる。
「何て言って、実はそろそろ査定の準備もあって、ただレポート書くのに時間が取られるから…それだけの事なんですけど」
 アルフォンスのネタバレに、皆は納得したように頷き、エドワードは渋い表情をする。
「だろうなぁ。じゃなけりゃ、大将には無理な話だろ、それは」
 クックックッと笑いを零すハボックに、エドワードが目を剥いてかかろうとする。

「それ位で許してやれ」
 その掛けられた声に、エドワードは動きを止めて視線を向け、アルフォンスはきちんと挨拶をする。
「あっ、大佐、お久しぶりです! 今回も色々とご迷惑をお掛けしてしまって…」
 深々と頭を下げ、片手で兄の頭も押さえ込むアルフォンスに、ロイは愉快そうに声を上げて笑う。
「相変わらずのコンビだな。君が気にする事は無い。確かに、少々頭痛の種ではあるが、
 ―― 彼の行動のおかげで、我々も助かっているのは事実だ。二人とも、良くやってくれている」
 そのロイの言葉に、アルフォンスは素直に喜びと感激を表し、エドワードは鼻の下を擦りながらそっぽを向いて応える。

 そんなエドワードに温かい視線を向けながら、ロイが声を掛ける。
「鋼の。そろそろあちらで話を聞こうか。今日はもう大丈夫だそうなんでね」
 そう呼び掛けると、エドワードが疑わしそうな視線を投げ掛け、ホークアイ中尉には伺うような視線を向ける。
「大丈夫よ、エドワード君。驚いたでしょうけど、今日は本当に大丈夫なの」
 そう彼女が保障をすると、ホッとしたようにエドワードの足が動く。
「…君の行動には、少々疑問が湧くのだが…。
 まぁいい、入りなさい」
 ロイの招きにエドワードは数言返しつつも、素直に入っていく。


「変われば変わるもんすよねー」
 感心するようなハボックの言葉に、アルフォンスも頷く。
 昔なら、独りであいつの相手をするのは嫌だとか何とかとごねて、報告をするのにもアルフォンスを
 連れて入っていた程だったのが…。
 今ではアルフォンスが遠慮するほど、二人で話し込んでる事も多い。

 エドワードが報告をしている時間や、大佐と付き合っている時間は、アルフォンスは軍のメンバーと過ごしたり、
 街で知り合いになった人たちとの交友を深めるのに費やしている。
 それぞれが自分の行動を別にするようになって、互いに遠慮し合っていた事も、
 出来るようになったのに気付いたのだった。








「そうか、査定の準備も兼ねてか」
 ソファーで向かい合って座り互いの近況と、暫くの行動計画を伝え合う。
「そう。俺は大佐みたいに免除されないから、さっさと用意して動けるようにしとかないとな」
「で、今年のテーマは決めて有るんだろ?」
 当然のように聞かれ、エドワードも頷く。
「ああ、以前あんたと話したことが有った、鉱物エネルギーの転化法」
「あれか…。が、少々危険だから、研究はしないと言ってなかったかい?」
「うん、そのまま使われると、威力が大きい武器になり過ぎるんで、
止めようと思ってたんだけど、使い道を限定しておけば、電力の無い田舎では結構なエネルギー源になるんじゃないかと思ってさ」
 エドワードの提案にロイも考え込む。
 田舎や小さな町や村では、主要都市のように整備されて無い所が多い。主な動力は発電機や人力に頼るしかないのだが、
 それだと危険が付き纏う結果も多いからだ。
「―― 確かに、研究の価値はあるな」
「だろ?」
 ロイの賛同で、エドワードの表情も明るくなる。
 ―― こんな表情も、漸く見せてくれるようになったな ――
 以前なら、睨みつけられるか不機嫌そうなしかめっ面か。向けられて余り嬉しい表情は無かったが、今はこうやって、
 明るい表情や笑い顔も向けてくれる。
 そうして見てみれば、エドワードという少年は、人の目を惹く容姿をしている事に気付く。
 粗野で粗暴な言動にマイナスされてしまいがちだが、後数年もすれば、そんな彼の言動さえ魅力と思う者も出てくる事だろう。
 ロイは良く動き、変わるエドワードの表情に、じっと目を奪われている。
「…いさ? 大佐ってば!」
 訝しそうに何度も自分を呼んでいる声に、はっとなって物思いから醒める。
「あっ、ああ…。すまない、少し違う事を考えていたようだ…」
 そのロイの言い訳に、エドワードは窺うように覗き込んでくる。
「…本当かよ? あんた無理し過ぎて、疲れてんじゃないのか?」
 エドワードの自分を心配する言葉に、思わず笑みが浮かんで「大丈夫だ」と伝え直す。
「なら…良いんだけどさ」
 と返しながらも、ロイを窺う目に気遣いの色をを浮かべているエドワードに、ロイはくすぐったいような気持ちになる。
 そして、彼の心配を取り除いてやる為に。
「気に掛けさせてすまないな。心配してくれたお礼に、今日の夕食は私がご馳走しよう」
 そう言って食事に誘ってやると、エドワードは目を丸くしてロイを見、
プイッとそっぽを向く。
「べ、別に…心配なんかしてねぇーよ。―― あ、あんたが疲れて仕事を溜めたりしたら、報告書とか確認すんのが
 遅くなるから……それだけだ!」
 ムキになって言い訳するのは、肯定しているようなものなのだが…。
 ロイは思わず小さな声を零して笑ってしまう。
「なっ、なんだよ! 本当だぞ! 別に、あんたの心配をしたわけじゃないんだからな!」
 ロイの笑いが癪に障ったのか、エドワードは必死に否定してくる。
「くっくくく……。それは、失礼したね…。
 では、誤解したお詫びに、改めて食事をご馳走させて頂こうか」
 笑いながらそう告げてやれば、それもお気に召さなかったのか、エドワードは怒ったような表情で、
 腕組してソファーに踏ん反り返る。
 ご機嫌を損ねたか…と、苦笑して食事の誘いを断念しようかと考え始めていると。
「奢り―――、奢りなら行ってやる………」
 と彼なりの妥協を告げてきたのには、ロイも少々驚いたが、そんな内心の思いは表面には出さず。
「勿論、お詫びを兼ねて私が奢らせてもらうよ」
 と、努めて殊勝に告げた。

 以前のエドワードなら、怒らせてしまった段階で部屋から飛び出して行ってしまってただろう。
 それがこうして、ロイの前から動かず居てくれるようになり、素直ではないが食事にも同意してくれるようになったとは…。
 ――― 少しは彼も、私との時間を楽しみにしてくれている。
 そんな風に思えて、ロイの心も明るくなるのだった。






 査定の準備の為、いつもより長めの滞在期間は、夜はレポートの議論の為と、時間の都合がつく限り二人で食事に出掛け。
 資料だ、文献だと司令部に籠もることの多くなったエドワードに、ロイは暇を見つけては手伝い兼息抜きにと顔を出し、
 二人で過ごす時間が更に多くなっていった。





 *****

「ふぅー」
 サインし終わった書類を、処理済の上に追加して乗せると、ロイは一呼吸吐いて、壁に備え付けられた時計を見る。
「… 切りも良くなった事だし―― 鋼のをお茶にでも誘うか…」
 そう独りごちて、腰を上げようとする。
 コンコンコン
 軽いノックに上げかけた腰を落とし、「入れ」と声を掛ける。
「失礼しますー。大佐、処理の終わった書類貰いにきました」
 飄々と入ってきたハボックに、ロイは頷いて終わった書類を手に立ちあがる。
「ほら、持っていけ」
「ありがとうございます」
 受け取りながら外套を手にしたロイを見つめて。
「あれ? また大将のとこっすか?」
 とハボックが声を掛けてくるのに、頷く。
「ああ。そろそろお茶にでも誘ってやろうかと思ってな」
 そう話しながら、扉へと歩いていく。
「何か大佐…えらく熱心ですよね」
 感心したように呟くハボックに、ロイは呆れた表情で振り返りつつ歩いていく。
「熱心とは何だ、熱心とは。…鋼のは査定の準備を進めてるんだぞ。後見人としては気にかけて当然だろうが」
 お抱えの国家錬金術師は貴重な人材だ。しかも特にエドワードのように優秀で有名な人物は、そうそう輩出してくるものではない。
 ロイが気にかけるだけの価値ある存在。
 それが エドワード・エルリックだと思っている。
「はぁ、さいですか…」
 特にロイの返答に感心をするようすもないハボックの相槌を気にする事も無く、ロイは指令室内を突っ切って出て行ってしまう。

 ハボックは空いた手でポリポリと頭を掻きながら、思わず独り言を呟いた。
「っても、大将、査定ももう3回目だしなぁ………」








 *****

 エドワードが籠もっている資料室に着くと、ロイは気を逸らさない様に気遣いながら中を窺い入っていく。
 エドワードの集中力の凄さは、ここ最近嫌と言うほど判らされたが、だからと言って彼を煩わせるような行動は、
 出来れば慎みたい。
 錬金術は細部まで込み入った複雑な科学だ。一つの見落としや、計算違いで術は発動しなくなるし、
 練成陣が失敗する事もある。そして、それ以上に重要なのがインスピレーションやイマジネーションだ。
 新しい構築式を組み立てるにも、それは不可欠なのだ。
 お互い錬金術師だからこそ、その重要性が理解できる。浮かびかけているものを形にするのが一番難しい作業。
 それを思うからこそ、ロイも慎重に入って行ったのだが…。
「おやおや…」
 思わず小さな笑みが浮かぶ。何故なら、エドワードは窓際の壁に背を預けるようにして居眠りしていたのだから。
 薄暗い室内を進むうちに、彼のあどけない寝顔が見えてくる。光量の抑えられた室内でも、エドワードは周囲に
 浮かび上がるような存在感を見せて、彼には人の目を惹き付けるものがあるとロイに思わず考えさせる。
「…風邪でも引いたら、どうするつもりだ」
 魅入りそうな自分を振り払うようにして呟いて、手を伸ばそうとする。
 が、伸ばされた手は、いつまで経ってもエドワードには届かなかった。

「………」
 ロイは触れかけた手を握り締め、じっと目の前で眠るエドワードを見つめる。そして、今回は兄と別行動のアルフォンスの
 出発前の言葉を思い出した。

『大佐、兄さんのことを宜しくお願いしますね。

 ―― この時期…兄さん、あんまり良く寝れなくなるみたいなんです。
 ……… 不思議ですよね…。錬成した日より、家を焼いた日のが心に残ってるって。

 大佐になら、その理由が判りますか? 』

 そのアルフォンスの問いに、ロイは判るとも判らないとも返答はしなかった。
 が、―― 多分、自分には理解できていたのだろう。エドワードの覚悟が………。
 彼は、その日を境に家族と、家族と育んだ思い出と決別したのだ。
 弟の身体を取り戻すまでの果てしなく、過酷な道のりを進み切るまで、永遠に。

 手を伸ばした先のエドワードの頬には、涙の痕が付いていた。
 そして、読唇術にそう長けてないロイにでも判った、声無きつぶやき。
 その短い単語…。

 声をかけてやる事も、揺さぶり起こしてやる事も出来ず、ロイは手に持った外套をそっと掛けてやると、
 静かに部屋を出て行った。

 ―― 夢の中だけでも、彼が焦がれる人に逢える事を祈り…――







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