Selfishly

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Radiant,Ever Forever p5



「ロイ。おい、ロイ! そろそろ起きろよ。迎えが来ちまうぜ」
 ゆさゆさと肩を揺すってやれば、モゴモゴとシーツの中から返事が返ってくる。
一緒に暮らしだして判った事は沢山ある。軍ではエリート然で何事もそつなくこなす彼が、
意外にもずぼらな面を持っていること。寝汚いのもその内の1つで、
最初は起きてくるだろうとほおって置いたら、迎えが先に来てしまって大慌てで起こすはめになってから、
エドワードは毎日彼を起こすのが日課になっている。

「起きろって! お~き~ろっ!!」
 容赦なくシーツを剥がし、カーテンを開ける。
 そこまですると漸くモゾモゾと体を起こしてくる。
「ほらほら、顔洗って。キッチンに朝食があるから、食べよう」
 手を引っ張って立たせると、洗面所に押し込んでキッチンへ戻る。
 暫くすればやってくる相手に合わせて、並べた皿に焼いたパンを置いてスープをよそってと。
そんな甲斐甲斐しい自分に驚きだ。
 どちらかと云えば、エドワードも余り自分の生活に頓着しない方だぅたのだが、
ここではさらに上がいる所為か先回りして動くのはエドワードの役割になっている。

「おはよう」
 幾分すっきりとした顔でロイがキッチンに入ってきた。
「おう、おはよ。早く食べないと、また迎えを待たせることになるぜ」
「今日も美味しそうだ」
 どこか心あらずの様子でそう言うと、ロイはゆっくりと朝食に手を付け始める。
朝食を食べない生活をしていたのは、使われてないキッチンを見た時から予想はしていた。
朝は弱いと言うだけあって、朝食を取るのも最初は乗り気では無かったのだが。
「美味い」
 一口食べ始めれば、自然と体が要求してくるのか、綺麗に平らげていく。

 ロイの目は一進一退の様子で、エドワードが居る間にも何度か見えなくなる日があり、
その後何とも無い日が続くの交互を繰り返している。が、段々とその感覚が
狭まっているのが判るから、予断は出来ない。

 ――― 傍に居てくれ…。

 目が見えない時のロイはやはり不安が大きいのか、エドワードに傍で居て欲しがる。
汗ばんだ手がエドワードの腕を掴むと、それを振り解くことなど考えられなくなって、
エドワードも黙って傍に居てやることにしている。
 手を握られているだけで、上がる心拍数に戸惑い。自分に寄り添う身体の熱さに、
自分まで溶けて行きそうな錯覚を持つ。
 その時間のことを思うと、自然と頬が熱くなってしまう。

「エドワード? エド。珈琲を飲むだろ?」
 そう尋ねられ顔を上げれば、ロイが珈琲を落とそうと準備しようと立ち上がっている処だった。
「あ、ああ。…時間は大丈夫か?」
 そんなに暢気にしていて良いのかと時計に目をやってみれば、余裕があると云うほどでは無いが、
珈琲を飲む時間くらいはいけそうだ。
 随分手馴れた様子で珈琲のセットを済ませると、落としている間に準備をしてくると
ロイが部屋を出て行った。

 ――― 俺、何を考えてるんだ……。
 珈琲の香りが漂い始めたキッチンで、エドワードは視線を落とした掌をぎゅっと握り締める。
ロイや周囲の者達が不安に耐えて頑張っていると云うのに、頼られてそれを嬉しいと
思っている自分が嫌になる。
 ほんの一ヶ月前までは思いもよらなかったロイとの共同生活。
 ロイ達が「いつも忙しくて」とぼやいていた事を、実感させられる激務の様子に驚嘆もした。
朝も早く夜は帰宅もままならないスケジュールを精力的にこなし、文句一つも言わずに皆がこなしている。
時間は幾らあっても足りないような終わりの無い仕事の山々では、
確かに息抜きに逃げ出したくもなるだろう。

 ――― …あれ? 
 そこまで考えて思い当たらないことに気づいた。

「珈琲は落ちたかな?」
 戻ってきたロイは、いつもの軍で見かける毅然とした様子に様変わりしている。
切り替えの早さも上に立つ者には必要な要素だ。
「えっ? あっ、ゴメン! すぐ淹れるっ」
 声を掛けられ見てみれば、珈琲は既に落ち終わっている状態だ。
 わたわたとカップを取り出して、先にロイの分を注ぐと手渡してやる。
甘い物は好まないと聞いたとおり、シュガーもミルクも入れない。
「ああ、ありがとう。…良い香りだ」
 落ち着いてカップを傾けているロイが、エドワードの方に目をやって話し掛けてくる。
「先ほどは何を考え込んでいたんだい?」
 珈琲が落ちたことに気づかないほど、考え込んでいたエドワードの様子が気になったのだろう。
何気ないロイの問い掛けに、エドワードは内心ドキリとさせられるが、まさかロイの目が
悪くなって得た環境を喜んでいる自分が嫌になっていた…とは、言えるはずも無い。
「あ、いや…。ちょっと昔のことを考えてたら――― 不思議だと思うことがあってさ」
 これも確かに考えていたことの1つだから…と、思って話す。
「不思議?」
 微かに首を傾げてロイが言葉の続きを促してくる。
「ああ…。あんた昔は、良く逃げ出すっとか皆に言われてただろ?
 でも、おれがここに来てからそんな事も無いしさ」
 からかい混じりにそう言って笑ってやると、今度はロイの方が言葉に詰まったような表情を見せてくる。
「――― 私だって、いつもでも若造じゃないさ」
 そう返すとそれ以上は語らず、迎えが着く時間まで珈琲を飲むことに費やしていた。




 *****

「エドワード君、申し訳ないけどこの資料をお願い」
 親善使節訪問の日が近づいてくると、各自の仕事の忙しさも拍車が掛かってくる。
「判った」
 手早く資料を受け取ると、ロイの執務室へと入っていく。
「ロイ。ホークアイ大佐がこっちの資料もってさ」
 ちらっとエドワードの持ってきた資料の厚さを確認すると、目の前にも積まれている
書類の山に憮然とした表情を見せるが、手を伸ばして受け取ってくる。
「エドワード、こっちの物を頼む」
 そう告げられると、何とか終わらせた決済書類を持ち上げて隣へと取って返す。
ざっと署名を確認して、それぞれの部署や案件ごとに振り分けると、次にはそれを
庶務へと運んでいく。
「これ、次のやつだから」
「はい。少々、お待ち下さい」
 受け取り書に慣れた様子で書き込んで、最後にエドワードのサインを頼んでくるのに
書き込むと手続きが終わる。
「ふぅー」
 今日だけでここを何往復しているか。
「すっかり馴染まれましたよね」
 受取書を手渡しながら、馴染みになった女性職員が言葉を掛けてくれる。
「ははは。本当だな。仕事がなくなっても、俺ここの郵便配達員で食っていけそう」
「エドワードさんなら、ホークアイ大佐も大歓迎されると思いますよ」
 満更嘘でも無さそうな真剣な表情でそう告げられて、エドワードは「まさか」と笑って返す。
「いいえ、本当です。エドワードさんが来られてから、マスタング閣下の書類決済が滞らなくなって、凄く喜んでいらっしゃいましたから」
 おかげで自分達も定時に上がれるようになったと、周囲の同僚達と微笑みあっている。
「そっか? ―― それなら役に立ってるようで、良かったけど…」
 半信半疑での彼女達の言葉に、当たり障り内返事を返してその場を去る。

 司令室に戻るとすぐに。
「エド。閣下がまだ戻って来ないかって聞いてたぜ?」
 ハボックが機嫌良さ気に笑いながら、指で奥を指し示してくる。
「判った? 行ってくる」
 それほど時間を喰った覚えは無いのだが。そう思いながらも、これ以上待たせないようにと、奥へと急ぐ。
 ノックをして部屋に入っていくと。
「戻ったのか?」
「うん。呼んでたみたいだけど?」
 返事をしながら近づいてみる。
「ああ…。ここの書類の仕分けを手伝って欲しい」
 と言われて、横に置かれた椅子を引き寄せて掛け、デスクの脇に積まれた書類に手を伸ばすが。
 (これ、そんなに急ぎだったっけ?)
 勿論、早く出来るに越した事はないのだろうが、結構緊急の案件が持ち上がっている今、
取り合えずと除けられた書類ばかりだったような気がする。
 軍の関係者でもないエドワードが、中を見て仕分けできるような要件は
然程重要でないものに限られているのだが、一応言われた通り手際よく
分類ごとに分けていく。
 そして、ふと…。視線を感じて手を止めて顔を上げてみれば。
「何? なんかあった?」
 難しい表情で自分を見つめているロイの顔に、思わずそう聞いてみる。
「あ…いや、別に」
 声を掛ければ、特に用は無かったのかロイは自分の仕事へと戻る。

 そして数分も経てば…。
「―― どうしたんだよ、さっきから…。全然、手元の書類が進んでないぜ?」
 また自分を見ているロイに、そう指摘してやる。
「ああ、そうだな…。エドワード、すまないが珈琲を淹れて来てもらえないか?」
「… いいけど」
 どうにも仕事に集中出来てなそうなロイの様子に、そろそろ一休みさせた方が
良いのかも知れないと考え、エドワードは自分の分も淹れて来ようと立ち上がる。
執務室には珈琲メーカーが常備されているから、短時間で終わる。
フィルターに挽いた豆を入れてスイッチを押すと、然程待たずにコーヒーが落ち始める。
新しいカップと、ミルク、シュガーを自分のカップに先に入れ、落ち終わったコーヒーを
淹れて振り返ると、完全に仕事を放棄して考え込んでいるロイの様子が目に入ってきた。

「はい」
 何かトラブルでも抱え込んだのだろうかと、心配しながら珈琲を手渡してやる。
「―― ああ、ありがとう…」
 自分から欲しいと言った癖に、ロイは受け取ったカップを手元に置くと先ほどと同様の
難しい表情で、黙り込んでいる。
 そんな様子の彼が気になって、エドワードも何となく仕事に戻りづらくて、
自分用に持ってきた珈琲に口をつけてそんなロイを見守っていた。
 ふぅと嘆息を吐き出したかと思うと、ロイが徐にカップを取り上げて一口飲む。
「エドワード…」
「ん?」
 漸く話し出したかと、エドワードもほっとして耳を傾ける。
「君―― 総務の女性達と、… 懇意にしているのかい?」
 そんなロイの話に、思わず呆気に取られて「はっあ?」と間抜けな声が出る。
「あっ、いや…。それが悪いと言ってるわけじゃなくて…。
 ―― ハボックの奴達が、総務の女性達に飲み会に誘われたらしくてね。
… それで、君もぜひとあちら側の女性達が言ってるそうだ」
 正確には、エドワードを連れて来てくれるなら飲み会をすると言ってるのだが、
そこまでは伝える必要はないだろう。
「ああ、そういうこと。―― まぁ、別に仲は悪くないぜ? なんせ毎日、何回も顔を合わせてるし」
 ロイの様子に気を張っていれば、要件はたいしたものでもなく、エドワードは
拍子抜けした気持ちで、雑談程度に返事を返す。
「そうか、ならハボック達にそう伝えよう。君もここに来て休みを取った事もなかったから、
偶には気分を変えて出かけてくる方が良いだろうし」
 言葉ほど奨励してないような表情で語られる言葉に、エドワードは「えっ?」と
思わず慌てる。
「今日は定時で上がってくれて構わないよ。―― 場所や時間はハボック達に聞けば判る―」
 どんどんと勝手に話を進めるロイに、エドワードは焦って口を挟む。
「ちょ、ちょっと待てよ。何で俺が行くって話を勝手に決めるんだよ」
 そう言ってくるエドワードに、ロイは不思議そうな表情で見返してくる。
「俺は別に行くなんて言ってないぜ?」
「しかし…、仲が良いんだろ?」
「そりゃあ、別に悪くは無いけど…。それと、食事に出かけるのとは話が違う。
――― 俺はそんなことをしに、ここに来てるわけじゃない」
「それはそうだが…。偶には息抜きも必要だろ?」
 ロイにしてみれば自分の為に、休むも無く付き合っているエドワードを気遣っての
事だろうが、そんな気遣いは余計なお世話だ。
「… 息抜きは適当にしてる。別にあんたにそこまで心配されるほど、根を詰めてるわけじゃない」
 少々むっとした気持ちでそう返す。
「が、息抜きと言っても殆ど、私に付き合ってる状態じゃないか。
私は慣れているから構わないが、君まで付き合う必要はないんだぞ」
「――― 何だよ? やけに勧めてくるけど…。
本当はあんたの方が息抜きしたいだけじゃないのかよ」
 四六時中一緒なのは互いに同じだ。エドワードには全然困る事はない状況でも、
もしかしたらロイにとっては…。
 そんな猜疑が頭をもたげてくる。
「―― 私は慣れていると言ってるだろ?」
 憮然とした口調で言い返すロイの声も、エドワードの苛々が伝染したようにトーンが落ちてくる。
「じゃあ、無理に勧めてくんなよ。行きたきゃ、あんたに許可をいちいち貰わなくても行ってくる」
 冷たくそう言い切ると、ロイの眉間が強張る。
「ああ、そうだな。いちいち私の許可は必要なかったな。じゃあ、君の好きにすればいい」
 その突き放したような言葉に、カチンときた。
「ああっ、そうさせて貰うよ!」
「勝手にしたまえ」

 不機嫌そうに黙り込んだ二人の空間に、ノックが響く。
「入れ」
 冷静を欠いたままの口調でロイが許可を与えると。
「あのぉ~。どうなりました、さっきの話?」
 期待に満ちた表情のハボックが、扉からひょいっと顔を覗かせて窺ってくる。
 ( 元凶はこいつか)
 どうにもおかしな事を言い出すと思ったら…。エドワードが不燃焼の苛立ちを
込み上げさせている間に、ロイはあっさりと返答を口にしていた。
「ああ、彼は行くそうだ。こちらは定時上がりでいい」
「なっ…!?」
 驚くエドワードと、満面の笑みを浮かべて踊りながら隣の部屋に報告に戻っていくハボック。
 ロイはもう全く関知はしないと云う様に、黙々と書類決済を再開しているのだった。
エドワードは険しい目でロイを一睨みすると、無言で書類の仕分けを進めていった。



 ここにもし、冷静なホークアイが居たなら、「何を痴話喧嘩をしてるのですか」と
呆れたように指摘してくれていたはずだ。
 さして仲が良かったわけでもなかった二人が、一ヶ月にも及ぶ期間を、
問題なく共に暮らしているのだから、この期に及んで妙な気遣いを発揮させる必要は
なかったはずなのだ。
 それか、どちらかが素直になっていさえすれば、何事も無く変わらぬ日常に戻っていたはず。

 二人が諍いをしたのは、今日が初めてだったと云う事実に気づけなかったのは、
当事者達が冷静さを欠いていた所為だろう…。




 *****

 小洒落た酒場は、内装や料理もなかなかにお洒落で如何にも女性に受けそうな店だった。
運悪く居残りのくじを引いたファルマン以外は、今のこの場を心から楽しんでいる。
最初は売り言葉に買い言葉の勢いで参加を決めたエドワードも、珍しいメンバーでの
飲み会をそれなりに楽しんでいる。
「でね~」「そうしたら、どうだったと思う?」「まさか~」「本当なのよ」。
女性特有のここだけの話のご披露は、確かに聞いているだけでも面白く楽しいことが多い。
女性陣が愉しげに話すのに吊られて、男性達もここぞとばかりにネタの披露をしてくれるから、
場は盛り上がるばかりだ。

 ――― 昔、あいつが女性の方が情報収集に
         長けているって言ってたけど…、本当だよな。

 調子付いてペラペラと話し出す男性達は、それで後から自分の首を絞めなければ良いが…。
そんなことを思いながら、エドワードは苦笑しつつその様子を見守っている。

「エルリックさんは、余りしゃべらないのね」
 隣に座る女性が、話の輪から外れてエドワードに話し掛けて来る。
「エドでいいよ。顔見知りは大体そう呼ぶから」
「そう? じゃあ、私もエドって呼ばせてもらうわね」
 エドワードの隣の席に座った女性は、総務では良く対応を担当してくれる女性の一人だ。
綺麗な黒髪をきちんと肩で揃え、薄く化粧をして私服を着ている姿は、
いつも受付で見ている彼女の様子とは違って見える。女性は髪形一つ、洋服一つで
別人になれると言うが、それは本当だ。真面目な表情で仕事をこなしている時と、
嬉しそうにエドワードに返事を返している表情はまるで違う。
「何? どこか変かしら…」
 エドワードがそんな事を感心しつつ見つめていた所為か、その女性は心なしか頬を染めて、
エドワードに尋ねてくる。これがロイならば、その彼女の瞳に賛辞の期待を見つけて、
期待に沿う言葉を囁いていただろう。
 が、エドワードの怖いところは、その天然ぶりだ。
「あゴメン、じっと見ちゃってさ。司令部で見る時と感じが違うから」
 そのエドワードの言葉に、女性は面白そうに話を拾って続けてくる。
「司令部ではいつもしかめっ面を見せているから、驚いた?」
「驚いたのは、確かに驚いたけど。司令部での真面目な表情も格好良くていいと思うけど?
 今の感じも勿論、良いと思う。綺麗だしな」
 エドワードにしてみれば、何も彼女に限っての感想ではなく全体の感想なのだが、
エドワードのように綺麗な男性に見つめられ、そんな素朴な賛辞を送られれば、
女性なら舞い上がる気持ちを抑えられないだろう。
「―― ありがとう、エド。私の事は、リジーて呼んで?」
 熱の籠もった目で甘さを含ませた声が、強請るようにそう言ってくるのを、
エドワードは気良く返す。
「ああ、判った。じゃあ、俺もリジーて呼ぶよ」
「ええ。ところでエド、この後なんだけど…」
 心なしか身体を寄せてくるリジーに、何だろうと耳を寄せようとしたエドワードは、
周囲の悲鳴のように上がる声に驚いて周りを見回した。
「な、何?」
 キョトンと周囲を見回しているエドワードに苦笑を返す男性達と、リジーに非難の視線と
抗議を訴える女性達で、その場は騒然となる。
「お前なぁ~。その気も無いのに、ほいほい引っ掛けるんじゃない」
 ハボックが耳打ちしてくる言葉に、エドワードは首を捻る。
「… どういう意味?」
 心底、ハボックの言葉が判らないと云う風に返事を待っているエドワードに、
ハボック達は嘆いてみせる。
「あ~あ、これだから天然は…」
「エドワード君の無邪気さは、もしかしたら閣下の上を行くかもしれませんね」
「だな。俺らじゃ太刀打ち出来ないぜ」
 男どもがヒソヒソと言葉を交わしている逆側では、リジーの抜け駆けを責める姦しい女性達の声が
続いている。女性達の会話が収まるまでは、どうやら捨てて置かれると判断したハボック達は、
そのまま4人でのんびりと会話を続けて時間を潰すことに決めたようだ。

「けど、よく閣下が許してくれたよな」
 女性達の受けを考えて、タバコを控えているハボックは口元が寂しいのだろうやたらと酒を呷っている・
「あいつが…? 何で? 俺の参加に関係ないだろ」
 昼間のやり取りを思い出したエドワードが、不愉快そうに眉を寄せる。
「んな事ねぇーて。俺がこの話頼みに行った時なんか、もう不機嫌全快でさ。
こりゃー、絶対お許しが出ないと諦めたくらいだからな」
「… 別に俺が何しようが、あいつが気にするわけが…」
 それどころか行ってこいと勧めていたくらいなのだ。
「でも、今日は夕食の約束してたんでしょ?」
 そのフュリーの言葉に、エドワードは全く思い辺りが無いから、
「―― それ、俺とじゃないだろ。… デートの約束でもしてたんじゃないの」
 やはりそう云う事だったのだと、思い込みそうになっている処を。
「いえ、エドワード君とですよ? いつも作ってもらってて申し訳ないからって、ホークアイ大佐にデリバリーの出来る店を聞いておられましたから」
「そういや、今日は少し早めに帰れるから何とか言ってたな」
「ええ、外で食べに行くには警護の関係上もあるから、家でとおっしゃってましたからね」
「――― そんな話…聞いてない」
 エドワードはぶっすりと言い返す。
「んじゃ、また別の日にしたんじゃねぇの?」
 あっけらかんと結末を話すハボックに、エドワードは微妙な気持ちになる。
言ってくれてれば、飲み会になど参加せずに一緒に戻ったものを、結局は別々に
行動することになったのだから…。
「じゃ、きっと他の奴と飯でも食いに行ってるだろ…」
 折角空いた時間だ。彼には彼なりにやりたい事もあるだろう。
 エドワードが傍に張り付いていては出来ないような事を…。
「あ、それは無いです。さっきの定期報告で送迎の護衛の者から、連絡を受けましたから」
「… え? あっ、そうなんだ…」
 途端に少しだけ胸の靄が薄くなるのを感じながら、エドワードはそう相槌を返す。
そして、そうなれば独りで過ごしているロイの事が、急に気になっても来る。
 ちらりと時計を見てみれば、ここに来てから結構な時間が経っている。食事もとおに終えていて、
そろそろ店を変えようと話が上がり始めている位なのだから。
「――― ちょっと、電話してくるよ」
 そう言って席を立つエドワードに、メンバーは苦笑しながらひらひらと手を振って見送ってくれた。
 店の端にある公衆電話に行くと、やや躊躇いながらも覚えている番号を回す。
昼間の腑に落ちないロイの態度も、折角予定したことが駄目になった苛立ちからだと
思えば、考えられない事は無い。

 コールが長くなって行く間に落ち着きを取り戻し始めると、いつまでも出てこない相手に
僅かに不安を持ち始める。

 ――― まだ、帰っていない?

 その考えは直ぐに否定する。先ほど、連絡を受けたとフュリーが言っていたから、
居ないはずは無いのだ。
 何か有ったのではないかと思うと、こんな状況の時に彼を独りにしてしまった自分の
浅はかさが悔やまれてくる。
  切ろうかと思った瞬間。

 『―― はい』
 と聞き慣れた声が届いてきて、エドワードはほっと安堵した。
「あ、ロイ? あのぉ、俺だけど…」
 急に思い立って掛けたは良いが、何と話したらよいのかと思いあぐねている間も、
ロイはずっと無言だ。
「――― どうした? 何か有ったのか?」
 様子のおかしいロイに、エドワードは心配になった話しかける。
「なぁ? ロイー」
 相手の無返答に焦れて、エドワードは重ねて問いかける。

 『 ―――――― エドワード…』

 小さく呼ばれた名前に、エドワードは胸を締め付けられるような感情を覚える。
「… ロイ、どうかしたのか?」
 自分を呼ぶ声が彼らしくなくて、エドワードの不安を増してくる。
 『いや…、何でもない。―― 楽しんで来なさい』
 そう告げると電話は切れたのだった。
「お、おいっ。待てよ、ロイっ!」
 慌てて引き止めようと声を掛けるが、耳に当てている受話器からは不通の信号しか聞こえてこない。
 エドワードは受話器を置いて、爪を噛みながら考え込む。
  そしてクルリと来た席へと踵を返すと。

「ゴメン。ちょっと先に戻るよ。皆はゆっくりしててくれ」
 それだけをハボック達に伝えると、自分の分の代金以上を預けて席を離れていく。

 背後で驚いて呼び止めるメンバーの声を無視して、エドワードは急く感情のまま店の
出口扉を開けて出る。
「おいエド、待てよ! 何かあったのか、あの人に?」
 慌てて追いついてきたハボックが、仕事モードの表情を見せてくる。
 肩を掴まれたエドワードが首だけ振り向け、軽く横に振る。
「そういうわけじゃない。ゆっくりして来いって言ってたし」
 そのエドワードの言葉に、ハボックの表情が途端に緩む。
「そっかぁ。いや、お前凄い形相で帰るとか言い出すから、てっきり何か有ったのかと…」
「そうだっけ?」
 そんな表情を浮かべていたのだろうか?
 取り合えず、話し忘れていた事があったからと言い訳して、ハボックに詫びて
家路を急いだのだった。



 *****

 エドワードからの電話を切って、ロイはよろめく足で先ほどまで座っていたソファーまで戻る。
「はぁー」
 どさりと身体を投げ出すように座ると、ソファーの背に頭を預ける。久しぶりに
過ごしすぎた酒は、ロイの身体にも効いて思考を散漫にさせている。

 昼の口論で喧嘩別れした形でエドワードと別行動となったのだが、こんな時に限って
予定した会議は流れ、早々に帰宅するハメになるし、戻れば戻ったで
キャンセルし忘れたデリバリーが届くはで、倍は気分が暗くなった。
 豪華や料理を一人で食べる気にもならず、鬱屈した思いを抱えながら伸ばした先には
、最近は目の事もあってずっと控えていた酒だったのは失敗だったかも知れない。

 ソファーの前のテーブルには、空になった瓶が数本並んでいる。
 感情のまま呷り続けていれば、元々飲めるクチだったので、酒量が嵩んでいく。
気づいた時には随分過ごした後で、そろそろ止めた方がいいと、散漫になっている意識の
端で声が上がっている。

 ――― 偉いもんじゃないか…。

 エドワードからの電話で、心にも無いことを告げれた自分を褒めてやる。
戻ってきてからも、思考を締めていた事は、今彼が誰と何をしているかばかりだった。
総務の女性達は司令部でも有名な美女や才媛が多いから、エドワードも楽しんでいるはずだ。
 もしかしたら、その内の誰かと気が合う女性を見つけるかもしれない。そう考えると、
止め様と思っていたグラスに手が伸びる。一気にグラスを傾け仰ぐと、
酒が焼く感覚で胸の痛みが薄らぐような気がする。

 彼女達も相当気合が入って臨んでいるだろう。
 何せ、恋愛関係の疎いエドワードだから、何度それとなく誘っても成果が出なかったのだ。
その路線でのアタックを諦めた彼女達の眼の付け所はなかなか良い。外堀から攻めるように、
ハボック達に声を掛けエドワードをまんまと誘い出せたわけだ。

 自分なら、そんな美味しい状況を得たらどうするだろう…。
  望んで、でも手が届かない相手と知り合う機会が持てたなら。

 ――― 絶対に、その場で捉まえてみせる。

 強引でも何でも構わない。
 手に入れれるのなら、どんな手でも策でも講じるだろう。
 気を惹く甘言を囁き、振り向かせる贈り物を届け。
 他には目が行かないような快感を与え、心を溶かせ虜に…。

 ――― そう、彼でなければ躊躇わずに…。

 ロイは背を預けたまま、ゆっくりと目を瞑る。
 閉じた闇の中では、彼の首にたおやかな腕を巻きつけている女性の姿が浮かび上がってくる。
守られる事が当たり前の肉体を、惜しみなくエドワードに捧げる女性の姿に、
臓腑が抉られそうな痛みを味わうが、それでも…エドワードから目が離せない。

 どうしてその笑みを向けられる相手が、自分では無いのだろう。
 当たり前に寄り添う身体を手にするのが自分ではないのだ。

 酩酊する意識の中、白く浮かび上がる肢体はエドワードのものに変わり。
それを組み敷いている相手が自分に掏り替わる。

 ロイは夢か現か判らぬ空間の中、その身体を力の限りに抱きしめるのだった。


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