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二人の関係 3
+++ Relation between R&E +++
ホムンクルスとの国の存亡を賭けた闘いは、全容を一握りの人間が知るだけに留まって終結した。
知らされること無い市民達には、不可思議な出来事や、不穏な事件も終結したと云う事実だけに書き換えられ、
誰もが安堵を浮かべて迎え入れたのだ。
軍の一部の不埒な上層部に使役されて命を落とした兵士達には、軍から二階級特進の哀しい昇進が贈られたが、
残された遺族達の辛さを癒すには程遠かった。
それでも残った者達は生きて行かなくてはならない。
忘却できない哀しみを、自身が死の床に着くまで胸に抱えるとしても。
悲願を叶えた宿命の兄弟達も、自分の道へと進むことを決めて旅立って行った。
この国を真に救ったのは、この二人の兄弟の働きが無くては語れない。
真の英雄と呼ばれる存在に相応しいのは、この二人の方だ。
が秘密裏に操作された情報では、その事を公にして褒め称えるわけには行かない理由もある。
それを逆手に取ったのはロイで、公表しての勲功が出来ない分、彼らの過去での行いを不問にさせたのだ。
2度に渡る人体練成に兄弟が罰せられることも無く、これで安心して故郷に帰れるだろう。
これがロイに出来る最後の餞だと笑う彼に、兄弟は深く頭を下げたまま受け止めたのだった。
それから2年ほどは、ロイも軍の再建、イシュバールの復興に時を忘れるほどの忙しさに追われる身になり、
兄弟は新たなる旅に踏み切っていた。
:::::
「そろそろ、完成ですね」
見渡せる敷地で建築されている建物に目をやりながら、副官のホークアイがロイにそう話掛けてきた。
「ああ、随分かかったようだが、規模を考えれば早かった方だ」
准将へと駒を進めたロイと共に部下達もそれぞれ昇進をした。中尉だった彼女も大尉に上がっている。
半壊した中央司令部を立て直すのにも先立つものが不足していた軍では、これ以上の反感を煽らない為にも、
更なる課税は出来ないと云う苦しい立場に立たされていた。
難航するであろう予算軍議をあっさりと通過させたのは、現在総統府では機能しなくなった新国家錬金術師の統括長の提案のおかげだ。
「これ以上の費用を軍だけで捻出する事は不可能に近いと思われます。
更に広大な敷地を修復するのは無駄が多すぎます。
そこで私の提案なのですが―――」
軍の敷地を国に寄贈してはどうかと云う意見に、最初は渋面を見せていた軍の上層部も、
提出された案件と協力を申し出ている団体グループや財団のリストに眦を下げるしかなかった。
寄贈する代わりに多大なバックアップが得られ、しかも人材が手薄になっている軍にも
協力が得られそうな研究所の設立になら、文句が出よう筈もない。
「けれど・・・。良くあんな懸案立てられるお時間が有りましたね」
忙殺されている時間の僅かな合間を縫って、財閥や企業に顔の広いアームストロング少佐の実家に力を貸してもらっての実現だったが、
その頃のロイは文字通り寝る間も惜しんで動いていたのは間違いない。
「なぁーに、私が本気でやればあの程度、合間で十分出来ることさ」
そう言ってる本人が、山のような書類に埋もれ、副官に監視されて職務をこなしている有様では、やや信憑性に欠けはする。
「――― そうですか。なら、今回も本気で宜しくお願い致します」
追加の書類を容赦なく上乗せするリザに、ロイの眉が大きく下がる。
「が、その前にお茶でも?」
余り苛めすぎるとまた逃亡される恐れもある。適度に休みを入れてやることも必要だろう。
「ああ、頼む」
暫しの休息が得られると判ると、それが僅かな慰めにしかならないとしても嬉しい。
リザがお茶の準備をしに退出している間。ロイは窓の外からでも見渡せる建物に目をやって眺めてみる。
この国始まっての国営の研究施設だ。各所からの人材も選出が終わり、完成後に赴任が決まっていると報告を受けている。
現在も未定の人物の説得は初代の所長に内定しているマルコーより、ロイに押し付けられてしまった。
曰く、居場所が判らないのだから、私では無理ですと。
笑ってそう告げてきた彼は、ロイの煩悶を楽しんでいるとしか思えない。
――― あの子供が、私の言う事に、素直にはいと
言ったことなんて無いのに。
会えばいつも嫌そうな顔をされ、話していても仏頂面を眺めている事の方が多かった関係だ。信頼されていないとは思わないが、
―――好かれていると思うほど楽天家な方でもない。
弟のアルフォンスの方なら、まだ何とか説得の仕様も有るだろうが。
あの破天荒で不羈奔放の兄を繋ぎ止めるなんて、不可能に近いのではないだろうか・・・。
それでも当初の計画を考えれば、どこかで太い鎖を調達してでも繋いでおきたいとも思うのだが。
そんな事を考えていると、お茶を運んできたリザが部屋に戻ってくる。
(―― ? ――)
ごくいつも通りに振舞っている彼女から、何となく感じられる機嫌良ささにロイは不思議に思いながら、机に置かれたカップを礼と共に受け取った。
「――― あちらで何か有ったかな?」
カップを口にしながらそう尋ねてみれば、彼女は少しだけ驚き、その後口元に緩い曲線を描く。
「お分かりになりましたか?」
その言葉と表情で、ロイは自分の勘が当たっていた事に気づく。
「ああ、何だか酷く嬉しそうな感じだったから。良い情報でも入っていたのかな」
「情報・・・。そう言えない事も有りませんね」
毎日毎日職務に時間を費やしている日を繰り返していれば、思い当たることもその程度までだ。
「閣下にとっても喜ばしい情報だと思いますよ」
「ほぉ、私にまでとは」
益々判らなくなる。得れれば助かることは山ほど有るが、彼女の表情が表すほどの喜ぶことなどとんと思いつかない。
「実は―――懐かしい人から連絡が入りまして」
答えを当てろと云うように名前を明かしてくれない。軍に所属していれば、大半の知人は懐かしい人になってしまう状況だ。
が感傷的なことには浸らない彼女が、そうまで云う人物は・・・――。
「まさか・・・・・・」
「ええ多分、閣下のご推測で間違いないと思います」
「―― 連絡が有ったのか」
それも先ほど思い浮かべていたばかりと云うのに。これも天の配剤とやらなのだろうか。
「はい、つい先ほど電話が有りまして。近い内に顔を覗かせるから、通れるようにしておいて欲しいと」
「――― 珍しいことも有るものだ」
軍属時代には突然の来訪が当たり前だった彼が、わざわざ連絡してくるなど。
「・・・・・ もう、国家錬金術師では有りませんから」
少しだけトーンが落ちたその返答に、そうだったと思い直させられた。錬金術を失い軍属でなくなった彼には、
今までのように自由に出入りが出来る身分証がないのだ。
「―― 久しぶりに顔を合わせられるんだ。予定を空けて待つ事にしようか」
「ええ、ぜひそうして上げて下さい。その為には、ここの上のもの位は今日中にお願いいたしますね」
ロイは引き攣る笑みを浮かべながら、目の前に積まれている書類たちの高さを目測してしまう。
「―――――― 努力しよう」
その位しか答えられないのだったが。
:::::
その日は執務室内の者達も、妙に浮き足立った空気を醸し出していた。
外出するような業務を午前中にこなし、昼も部屋でデリバリで済ませている。
斯く云うロイも昨日の内に溜め込んでいた書類の大半を処理終わっている。
全員が仕事を早めていたおかげで、何となく手持ち無沙汰な午後の時間。
トゥートゥートゥーと内線を知らせる呼び出し音に、皆が一斉に電話に手を伸ばす。
「はいっ、マスタング執務室」
勢い良く電話で受け答えしたのは、丁度タバコに火を着けようと腕を伸ばしていたハボックだった。
「ああ、そうか。判った通って貰って・・・いや、この部屋は判んないか。
よし直ぐに迎えに行くから」
と受話器を下ろそうとして、「では行って来ます!」と部屋を出て行くフュリーに思わずあんぐりと口が開く。
「・・・・・取られた」
がっくりと受話器を戻すハボックの呟きに、周囲も苦笑いしながら慰めをかける。
「まっ、直ぐに会えるって」
ポンと肩を叩くブレダに、それはそうだけどと口元をへの字にして返す。会いたいと思っているのは皆同様だったと云うことだ。
軍属の時から何かと兄弟の面倒を見る事が多かったハボックは、何となく自分が兄気代わりの気持ちでいたのだ。
「やぁ~どんだけ育ってんのかねぇ」
チビと言われて過剰反応を見せていた少年は、果たして念願の身長に成長出来たのだろうか。
「・・・エドと会うのも、4年ぶり位になるんだなぁ」
「あいつも今じゃ二十歳だぜっ。おっそう云えば飲みに連れて行ける歳になってんじゃんか。よし、今日は俺が酒の飲み方を直々に指導してやるか」
「指導は良いが、酔い潰すなよ」
「判ってるって」
本人が来る前から盛り上がりを見せている部屋のメンバー達が、笑い合っている時。
「こ、こちらですよ」
妙にしゃちほこばったフュリーが、そう背後の相手に告げながら入ってくる。
「「「?」」」
一体誰を連れてきたんだろう?と皆が訝しくなるような不可思議な言動をとっている。
そしてその理由は、次の瞬間に衝撃と共に皆の頭に理解された。
「お邪魔するぜ」
と相も変わらない挨拶と共に入ってきた元少年は・・・・・・。
大層立派な青年に変貌していたのだから。
:::::
「なるほどなぁ」
「まぁ、察して然るべきですが」
「お、驚いちゃって・・・」
リザに手土産を渡しながら、和やかに挨拶を交わしている相手を穴が空くほどじっと眺めながら、各々がひそひそと感想を零し傍観している。
最も素直な感想は、邂逅1番のハボックのこれであろう。入ってきていきなりのハボックのこのセリフに、挨拶もそこそこエドワードが切れたのだ。
「大将・・・・・・。ちょっと見ない内に別嬪さんになってぇ―」
本人は正直な胸の内を明かしたつもりだったが、その言葉がどうやら今のエドワードの禁句らしいと、ハボックの犠牲のおかげで理解できた。
「だぁ~~れがっ! 化粧無しでも性別を疑われる女顔かぁぁぁ!!」
ギリギリと胸元を締め上げるエドワードの腕力は、本当にリハビリが必要だったのかを疑うほどの力で締め上げてくる。
「わぁ~~!!! ギブギブっっ! い、息がぁーっ」
赤い顔面が青く変わる頃。エドワードにとお茶を淹れに行っていたリザが戻ってきたと云うわけだ。
「エドワード君、お帰りなさい。少し見ない間に、随分成長したわね」
「中尉・・・・・ただいま」
リザに声をかけられ、あっさりとハボックを放したエドワードは、リザの挨拶の言葉に少しだけ照れながらも、笑いながらただいまと返した。
「――― あなたがただいまと返してくれたのは・・・初めてね」
「そ・・・っかな」
「ええ、そうよ。嬉しいわね」
「ん・・・・・」
優しい空気が部屋の中に満ちていく。
「目の保養だな」
「今日は部屋の蛍光灯が明るくないですか?」
「眼福眼福」
「・・・・・・・・・・・やっぱベッピンさんだよなぁ」
先ほどのエドワードの剣幕を思いだして、声を潜めて言った筈なのに、エドワードはギロリと眇めた視線を送ってきて「何か言ったか?」と凄んでくる。
慌てて首を振って否定して見せると、エドワードは胡乱な表情を見せた後、皆にも挨拶をしてくる。
「皆も元気そうで良かったよ」
「ああ、エドもなかなか元気そうじゃないか」
「おかげ様で。ハボック少尉も―――良かったよな、復帰出来てさ」
「おう、それこそおかげ様のお蔭だぜ」
なんだ、その言葉はと皆に突っ込まれながらも、嬉しそうなハボックの笑い顔に、皆も笑顔を向け合って再会を喜び合う。
ざっと挨拶を交わし終えると、エドワードは部屋を見渡して奥への扉を指差してみせる。
「あっちに居んの?」
「ええ、痩せ我慢が大好きな見栄っ張りな方がね」
「閣下も妙なところで見栄はんないで、こっちで待ってればいいのにさ」
皆の口々の返答に、エドワードは苦笑しながら軽く首を横に振る。
「やっ、それは何ぼなんでも変だって。たかが一般人の知り合いが訪ねて来るのに、
軍の将軍になってる奴がほいほい足を運んでたら拙いだろ」
エドワードがそう当然な発言をすると、何故か一様に驚かれる。それはそれで何だか失礼な気が・・・。
「まっ良いか・・・。中尉―、ってもう大尉なんだな、御免」
ふと目に付いた階級章が変わっている事に気づく。そうして皆がそれぞれ昇格していることにも、今更ながら気がついた。
「構わないわよ。私達の方も別段訂正しなかったんだし」
「ん、人前で間違わないように気をつけるよ。
じゃ、将軍閣下にお会いして来ますか」
構わないかと問うように顎を杓って扉をさせば、笑顔でどうぞと促される。
そうやって送り出された先へと運ぶ身体が緊張している事に気づく。
握った掌が妙に湿って感じるのは、汗を掻いてるのだろ。
――― 4年ぶりだもんな・・・。
軍絡み以外で親しく付き合った覚えも無い。大佐はそんな相手だ。
しかも今や閣下と呼ばれる将軍職にまで上がっている相手に、簡単に会いに来たりなどして良かったのだろうか・・・。
が会いに来なければ、この先の計画も立たない。
よしっと腹に力を込めながら扉に手を伸ばす。
「遅いっ!」
その一言と共に、開け様とした手は空振りし扉は向こうから開かれる。
茫然と目の前に立っている男を眺めていると、背後からは押し殺しきれなかった笑い声が零れ落ちているのが耳に届いてくる。
「そちらに入ってから何分経っていると思うんだ。こう云う場合、元後見人に先に挨拶をするのが当然だろう。
貴重な私の時間を減らすとは、君も偉くなったもんだ」
嫌味な言葉も、拗ねたような表情で云われれば、腹が立つより愛嬌さえ感じられる。
「ぷっ・・・・くっくっくっ~~~、あんた変わんないよなぁ」
思わず込み上げてくる安堵感と共に緊張が解けたのか、エドワードは我慢できない笑い声を上げながら、元大佐を見つめる。
「閣下ぁ~、そんなとこで突っ立ってる位なら、最初からこっちに入ってくれば良かったでしょうに」
「見栄など張っても、今更何も」
笑と飽呆れが混じる背後の声に、ロイは煩いと一言言い返すが背後の面々には、その程度では利かないようだ。
「・・・兎に角、こちらに入りなさい。長旅続きだったんだ、立って話していては疲れが増すだろう」
物言いは偉そうだが、エドワードへの気遣いがあるからこそなのは―――
今のエドワードには十分解っている。
「ん・・・、じゃあお邪魔させてもらうな」
笑ってそう返せば、目の前に立つ男は意外そうな顔をして、「あ、ああ」と何故か戸惑いを見せて部屋に招き入れてくれた。
結局、その部屋にも皆して入って来たので、ホークアイ大尉が用意してくれた茶菓子を頬張りながら、
主にエドワードの近況や巡った国の話で盛り上がる。
結構な時間をそこで過ごせば、当たり前のように夕食に出かける話が纏まっていた。
そこまで時間を取らせるのは悪いと辞退しようとしても、「まだこちらの聞いて欲しい話が出来てない」と口を揃えて言われれば、断わることも出来なくなる。
「大将ももう二十歳になってんだろ? よっしゃー、今日は俺に任せろ。
今後酒に困らないように鍛えてやるぜ」
がっちりと肩を押さえ込まれて、ハボックが意気揚々とそう宣言してくる。
「やっ・・・酒は、俺っ」
「良いから良いから。今時、酒も碌に飲めないようじゃ女にもてないぜ。
大将も立派に成長したんだ。酒の5杯や10杯、飲めないでどうする」
「そ、そうじゃなくて」
「ど~んと兄さんに任せなさいっ!」
エドワードに言葉を言わせない間に、男どもは何やら使命感に燃えて楽しんでいるようだ。
「――― 鋼の。さっき急ぐ予定は無いと言っていたらから、食事だけでも付き合ってやってくれ。
私もまだ聞きたい話は尽きない事だし」
「た、・・・准将。――― ん、じゃあお邪魔させてもらいます」
「ああ、そうしてくれ。
お前達、さっさと引継ぎの準備をしてこないか。終わらない者は置いて行くからな」
そうロイが声をかけると、あっと云う間に部屋から皆が去ってしまう。シーンと静まり返った部屋の中。エドワードはじっと自分を嬉しそうに見つめている相手に、気詰まりを感じつつ座っている。
「アルフォンスはどうしているんだい?」
話題を振られた事にほっとしながら返事を返す。
「あいつもそろそろこっちに戻ってくる算段をしてるようだけど、まだまだ勉強したい事が山積みだって言ってたから、
またシンに戻るかも知れないって」
「そうか、君達兄弟は本当に勉強好きだな。
―――――― 君はどうするんだい? また暫くしたら旅を続ける算段でもしているのか?」
「いや、その事なんだけど」
答えようとした矢先に、彼のデスクの上の内線が鳴る。失礼と断わりながら腰を上げたロイを、何となく視線で追う。
――― 全然、変わってない・・・。
その事に本当にほっとさせられた。階級が1つ上がった位で、人の性分がそうそう変わらないとは思いつつも、
思い出す軍の高官で好人物などには滅多に会わなかったから、随分安堵させられた。
ぼんやりと視線で追っていると、ロイがエドワードに声を掛けて来て意識が戻る。
「な、何?」
慌てて返事を返せば、近づいてロイが謝りを口にしてきた。
「今日は本当は空きに調整していたんだが・・・。
少し今から出てこなくては行けなくなってね。時間までに戻ってくるから、ここで待っててくれるかな」
急ぎで呼び出しでもされたのだろう。先ほどまで開けていた襟元を留めながら、ロイは良ければと部屋の書架を指し示してくる。
「好きなものを読んで待っていてくれ。そう時間は掛からないと思うんだが」
エドワードを気に掛けるロイに、大丈夫だからと急がせると、彼も後でと一言言って慌ただしく部屋を出て行った。
「ふぅー」
独りになると急に気が抜けてくる。
ここを尋ねる事にしてからこっち。結構エドワードなりに緊張していたのだろう。
――― 良かった・・・変わんなくて・・・――。
人は時の流れで変わっていく。
良い方向で流れれば、それが成長になる。
が、その逆もやはり多い。
エドワードにとって、少なくともここのメンバー達が変わらないでいてくれたのが嬉しかった。
そして、少しばかり口煩くいけ好かない元後見人が、相も変わらずだったのが何故だか酷く嬉しく感じるのだった。
::::::
やっぱり疲れてたんですよね。
しっかし・・・見事な成長振りだな。
だろぉ?だろ?
きめ細かな肌ね。
髪もぴっかぴかだしさ。
こうやって寝てれば、ほら何だっけ? 何か童話にあった・・・。
眠り姫でしょ。
そそそっ。その姫さんみたいだよな。
睫毛が長いですよねぇ。
う~ん、そこら辺の女なんて目じゃないぜ。
・・・・・悪かったわね。
あっ、い、いえ。大尉は別格っ! エドと同様綺麗っすから。
お前達、煩いぞ。時間まで寝かせてやらないか。
ざわざわがさがさとした音が、眠りの中にまで伝わってくる。
エドワードは気に掛かる単語に引き起こされるようにして、重い瞼を動かし始める。
パチパチと何度か瞬きをしてる間に目に入る光景は、見慣れない部屋だった。
んっーと肩を竦めて眠気を追いやると、すっきりし始めた頭の中で、現在の経緯を思い出す。
「そ、そうだっ・・・」
がばりと半身を起こせば、掛けてくれたのか毛布がずり落ちる。
そして、少し離れた先にあるデスクの上では、デジャビューのような姿勢で大佐がこちらを伺っていた。
特に急ぎの用件も終わったのか、ゆったりとした雰囲気でデスクに両肘を突いて組んだ手の甲に顎を置いてこちらを面白そうに眺めている。
「大佐・・・戻って来てたんだ」
まだ懐かしい想いに浸っているせいか、相手を呼ぶ時に自然と「大佐」と零してしまう。
「ああ、直ぐに済むと言ってただろ? 戻って来た時には君はぐっすりだったんでね。
そのまま起こさずに置いたんだが・・・。
少しは疲れは取れたようかな?」
そう語る彼の背に有る窓からは、柔らかなオレンジ色の光が入って来ている。時刻はそろそろ夕刻に指しかかり始めた証拠だ。
「―――――― 何か・・・懐かしいよな」
東方時代にも何度か主不在の部屋で、居眠りをしていた事があった。
大佐は余程の急ぎの事が無い限り、エドワードが自然と起きるのを待ってくれていたのが思い出される。
――― 何でこんないい奴のことが、苦手だと思ってたんだろ。
勿論、甘やかされた記憶などは無い。厳しい言葉や態度を取られた事はあったが・・・。
それも彼ら兄弟のことを心配してだとも、判っていた。
なのに何故か少年期の時代は、エドワードは彼との付き合いが余り得意では無かった気がする。
そんな事を思い浮かべている間に、ロイはエドワードの零した言葉を拾って返事を返してきた。
「そうだな・・・。君が軍を去ってからは、お目にかかる光景では無くなったな」
その返事にエドワードも苦笑を返す。確かに上司の部屋で居眠りをしている部下など、エドワード以外に居ないだろう。
「どうかな? そろそろお腹の減り具合も丁度良くなってきた頃じゃないか?」
その問いには、エドワードの口ではなくてお腹が返事を返す。
グゥ~グウググ~と盛大に鳴る腹を押さえて、エドワードは真っ赤な顔になってしまう。
「こ、これはそのぉっ・・・」
慌てて言い訳をしようとしたエドワードに、ロイの明るい笑い声が返された。
「丁度良さそうだ。そっちはどうだ? これ以上待たせると、鋼のが行き倒れそうだぞ」
ロイの呼び掛けにも、意気揚々とした返事が返されて来た。
「さぁ、では出掛けようか。積もる話は食事をしながら、ゆっくりとしよう」
そう行って連れて行かれた店は、レストランと云うほど堅苦しくない小洒落た酒場だった。
旨い酒と料理を出すとの評判どおりの店で、店内はなかなかの盛況ぶりだった。
店の常連なのか、司令室のメンバーが顔を見せると、奥まったボックス型の席に案内される。
評判の料理をどんどん出してくれとの皆の要望に、張り切って料理が運ばれてくる。
「さあ~グイッと行けグイッと」
ハボックが面倒見係りのように、エドワードの前に運ばれて来たビールを置く。
「鋼の、無理をする事は無い。飲めないようなら、乾杯だけしておいて置きなさい」
「そうよエドワード君。大酒呑みなんて、自慢に出来ることでも何でもないんだから」
心配する声と、呆れ交じりの非難を聞きながら、エドワードは苦笑しつつもジョッキを持ち上げる。
「じゃ、ここは我らが御大将様に、乾杯の音頭を取ってもらいましょうか」
ハボックの調子の良い振りに、ロイは「准将だ」と返しながらグラスを掲げてみせる。
「・・・こうして無事このメンバーがこの席に着ける日に感謝して。乾杯」
その言葉には誰もが目を見合わせる。意味深く重い真意が含まれているセリフだ。そしてそれに最大の感謝と喜びを実感する。
「「「「「 乾杯っー!」」」」」
皆が声を高らかに声を上げると、勢い良くジョッキやグラスを傾ける中、最も早く中身を飲み干し、小気味良い音と共にジョッキを下ろしたのは。
「・・・・・へっ?」
「まぁ」
「――― やるな」
ペロリと舌を出して肩を竦めて見せるエドワードだった。
その後は大いに盛り上がりに盛り上がった。どの話も聞いた事が無い事ばかりだし、
エドワードの行った国には誰も訪れた者は居ない。
一方は知らない話をしているはずなのに、皆飽きる事などないかのように話が膨らんでいく。
話は知らなくとも、互いの時を感じさせない。
良く飲み、良く食べ。色んな話を聞き、色んな話をした。
時を忘れるほどとは、今日の夜のようなことを指すのだろう。
お開きになったのは、話が尽きたからではなく、店の閉店時間になったのと、幾人かが酔いつぶれてしまったからだ。
支払いを済ませ、家まで送る者を付けて金を渡しタクシーに振り分けると、夜が深まる往来に佇むのはまたしても、ロイとエドワードだけになる。
「鋼の、ホテルはどこに取ってるんだ?」
「あっ~・・・、まだ取って無くてさ。こんなに遅くなるとは思ってなかったから」
ロイと同様に飲んだ筈なのに、幾らか頬に赤みが挿している程度のエドワードに感心するやら驚かされるやらだ。
「なんで、今から駅前のどこかに泊まるよ」
そう告げてくるエドワードにロイはゆっくりと首を振ると、丁度泊まったタクシーに手を上げる。
「そんな水臭いことを言う事はないだろ? さあ乗りなさい。今日は私の家に泊まればいい」
そう言ってエドワードの背をタクシーの方へと押してくる。
「い、いやっ! それは幾らなんでも悪いって・・・」
慌てるエドワードに、ロイは機嫌良さそうに笑って返す。
「悪いのは、妙に気を使う君の方だ。旧友を放り出すような真似は出来ないさ。
さぁ、運転手に申し訳ないから、早く乗りなさい」
「旧友・・・・・」
ロイの言った単語に気を取られている間にも、エドワードはタクシーの中に押し込められていた。
「まぁ、片付いているかは期待しないで欲しいがね。どうせ暫く居るんなら、その間は私のとこの部屋を使っていてくれ」
その言葉にも戸惑いを隠せないエドワードに、ロイは重ねてお願いする。
「そうしてくれた方が、時間が許す時に君に話を聞けるから」と。
確かに食事の時にした話は旅の面白話が中心だったから、詳しい文化や国の情勢などは伝えきれてない。
ロイは軍の上層部なのだから、諸外国の情報は少しでも多く得たいのだろう。
「判った―――。じゃ、暫くお世話になります」
「ああ、たいしたもてなしは出来ないだろうが、自分の家だと思ってゆっくりとしてくれ」
そうやって、エドワードの就職先が決まるまでの暫くの間。
エドワードはロイの家に居候する事となったのだった。
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