Selfishly

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二人の関係 9



 *****

「あちゃ・・・、拙いな」
 どんよりとした空を見上げながら、エドワードは足早に図書館を出る。
 一通りの資料は手に入ったが、あれもこれもと選んでいたら準備してきたバックには入りきらなくなっており、両手で抱え持つようにして出たのは良いが、雲行きは来た頃以上に怪しくなっている。
 ここは国研には近いがエドワードの寮まで少し距離が有る。バスかタクシーでも捕まえれればと思っても、夕方の帰宅ラッシュにはまだ時間がある所為か、通りそうな気配もない。せかせかと道を急ぐエドワードの鼻頭に、ポツリと冷たい雫が落ちた。
「っ・・・! やば―」
 ポツポツと降り始めた雨が本降りになる前に、とにかくどこかの店で雨宿りでもしないと、借りてきた本が駄目になってしまう。もう少し先の大通りまで行ければカフェなどの店が軒を並べているのだ。知らず本を庇うように屈みながら、徐々に雨足を早くしてくる雨に対抗するように歩調を早くする。

 角を曲がった時に視界を過ぎった人影も、普段の彼なら避ける事が出来ただろう。が、今は肩に重い荷物を担ぎ、手にもバランスの悪い物を持っている状態だ。多分、どちらも振り出した雨に、先を急いでいたのも悪かった。
「おっと・・・!」「わっ!!」
 出会い頭の衝突に驚いたのは双方共。
 が体勢を立て直して、状況を把握したのは相手の方が数瞬早かったようだ。
 崩れそうになった本を咄嗟に抱え直し、後ろへとよろめいたエドワードを支えてくれたのは。
「―― 鋼のっ」
 抱えた本ごと尻餅を着きそうになったエドワードの肩を掴み、縺れふらつく腰に回された腕の主が漸く判る。
「あれ・・・っ? ――― サンキュー、助かった」
 転倒は何とか免れたらしいとホッとし、偶然にも鉢合わせたロイに礼を言う。
「一体、どうしたんだこんな時間に」
 ロイの方も驚きが隠せないようで、今だ腕の中にエドワードを留めたままの体勢で窺ってくる。
「ああ。俺は休みだったんで、ちょっと図書館までな。・・・あんたこそ、こんな時間にどうしたんだ?」
 エドワードよりもロイがこの時間に一人で出歩いている方が、数倍珍しい。

「私は夜勤明けで戻るところだったんだが・・・」
 偶然にしても、ここで二人が鉢合わせするなんて出来すぎているだろう・・・。そう思いながらも久しぶりのエドワードの姿に、嬉しい気持ちが浮かんでくる。すっぽりと腕に嵌る相手は、相変わらず華奢だ。驚きが落ち着き始めると、久しぶりのエドワードの顔から目が離せない。しかも、今は彼の体温を感じれる程近くに・・・・・。
 思わずそんな感傷に酔いそうになっていたロイを引き戻したのは、とうとう追いついた雨だった。
「やべっ!」
 エドワードが慌てたようにロイの手から離れ、ずいっと手に持っていた荷物を押し付けてくる。
「ちょっと一瞬だけ持っててくれ」
 そう言ったかと思うと、エドワードは着ていた上着を手早く脱ぎ、ロイがその行動に呆気に取られている間に。
「サンキュー。これ借り物だから、濡らすわけには行かないしな」
 そう言ってロイに持たせた本を受け取って上着に包む。
「―― それじゃあ君が濡れるだろうっ」
 驚いてそう告げるロイに、エドワードは雫を伝わせながら笑って返す。
「ん? ああ、俺は良いんだよ。じゃあ先を急ぐんで、またな」
 そのままロイをすり抜けて走り出しそうなエドワードの肩を掴んで引き止める。
「良いって・・・、君の家まではまだだいぶんと有るじゃないか」
「ああ、無理なら通りのどこかの店にでも飛び込むから・・・」
 そのエドワードの返答に、ロイは呆れたような嘆息を吐いて、少々強引に肩を掴んだまま歩き出す。
「お、おいっ!」
「――― それだけ濡れて入られる店も迷惑だ。ここからなら私の家まで目と鼻の先だ、ほら走って」
 逡巡する間もなく足を速めたロイに引きずられるようにして、エドワードも着いて行く事になった。

 ――― ったく。店に入って本は助かるかも知れないが、ずぶ濡れの自分は
       どうする気なんだ・・・。

 相変わらず自分には無頓着なエドワードの様子に、少々腹が立ってくる。 

 ――― 彼はいつまでも変わらない。

 自分より他人。頼るより助ける側にばかり回って。
 そんなエドワードだからこそ、ロイは少年時代から彼から目が離せないでいるのだ。





「ほら、本を貸しなさい」
 家に着くとロイは自分の重くなった上着を脱ぎ、まだぼっと立ち尽くしているエドワードから、強引に本とバックを取り上げる。
「本はリビングに広げて乾かしておくから。君はさっさと風呂に入って」
 廊下に雫が落ちるのも気にせず、ロイはエドワードの背を押して浴室へと追いやる。
「別に本だけ濡れてなけりゃ・・・」
「いいから! 温まるまで出てくるな。着替えは後で持って来てやる」
 ぼそぼそと返すエドワードに問答無用で扉を閉める。
「あんたも濡れてるんじゃ」
 扉の向こうでまだ人の心配をしてくるエドワードに、「上着の下は濡れてない」と返して、さっさと立ち去る。その場に居れば、エドワードはなかなか風呂場に行かないだろうから。

「さて」
 とにかく本を乾かそうと、リビングのマットの上に並べて行く。エドワードが身体を張って守ったお蔭で、本は然程塗れずに済み、少々湿気っている程度だ。それを確認して安心すると、並べた本の項目に目を眇め、余り面白い気にもなれない都市名に憮然となる。
 ――― それが何故、こんなにも有るんだ?
 エドワードの研究関連にしては、地域の産業や経済。その上、歴史ときている。
「・・・それに地質?」
 ストラストだけでなく、その周辺の地域一帯が乗っている本は、その地域の土壌や風土、地質の特性を集めたものらしい。
 気に掛かって仕方が無いが、本人が出てくるまで訊ねようも無い。
 ロイは諦めて立ち上がると、髪を拭く為のタオルを取りに出た。



「ありがとうな、助かった」
 そう言いながら部屋に入って来たエドワードを目にした途端、心拍数が一挙に上がる。
「あ、ああ・・・。ちゃんと温もったか?」
 不自然にならない程度に視線を手元に落とし、用意していたグラスに飲み物を注ぐ。
「ん~、俺はもう十分な。あっ、乾かしておいてくれたんだ」
 嬉しそうな声で話しながら、エドワードは本の状態をチェックする為か、並べた場所に行って屈んだ。
「そう濡れていた物は無かった。湿気っていた程度だから・・・」
「そうみたいだな。はぁ~ホッとしたぜ」
 確認し終わるとロイの方へとやって来る。
「ジュースで良かったかな」
「サンキュー」 
 テーブルに置かれたグラスを、礼を言いながら手に取る。風呂に入る前もここまで走って来たから、結構、喉は渇いているのだろう。コクコクとグラスの半分位を勢い良く飲み干すエドワードを、ロイは速くなっている動悸を気づかれないようにと願いながらも眺めている。
 乾かす序でに洗濯機に放り込んだエドワードの服の代わりに、ロイのシャツとズボンを貸したのだが・・・少々、大きかったようだ。きっちりとボタン留めているにも関わらず、襟元から鎖骨が覗いている。
 ――― ゴクリ
 喉を鳴らす音が腹の奥底から聞こえた気がする。
 ロイは全精神力を総動員して、何とかエドワードから視線を引き剥がすと、流れそうになっている思考と感情を、先ほどの疑問へと巻き戻そうとする。
 そうでもしないと、今の自分は飢えた獣か、追い詰められ荒んだ野良犬のような目を曝してしまいそうだ。

「――― しかし、あの本は一体?」
「ああ、あれ。実は二日前程にマルコーさんから話が有ってさ・・・」

 エドワードの話を最初は驚いたように聞いていたロイが、依頼人の名前が出たところで瞬時に表情が強張る。その変化に気づいたエドワードが訝しそうにロイに窺ってくる。
「――― どうかしたのか? 何か拙い事でも・・・」
 そう聞いてくるエドワードの表情には他に含む様子も見られない。ロイは重たくなった口を開いて告げてやる。
「―― 鋼の。・・・ストラストの現市長のクライン氏は――― 先日、君も会ったことのあるマルガレーテ嬢の父上だ」
 そう伝えた時のエドワードの表情の変化が気になって仕方が無い。
「へ? マルガレーテ・・・」
 咄嗟には相手が浮かばない様子のエドワードに、ロイは何故か酷く安堵させられる。
「この前、君がレストランで席待ちをしていた時に紹介しただろ?」
 エドワードの反応に、少しだけ気分が浮上したロイが説明を付け加えてやる。
「・・・・・ああ、そう云えばそうだよな! へぇ~、あの人のお父さんだったんだ」
 他意の無いエドワードは、面白そうに頷いている。
 そんな彼の様子に苦笑させられ、肩を落とすしかない。
 ――― どうして彼の優秀な頭脳は、こう云う時に働かないんだっ・・・。
 ほんの少し考えてみれば、そんな強引な依頼を、名指しでして来る裏が見えてくる筈なのに。そしてその意図も薄々は・・・。
 が目の前の相手は、暢気にも偶然だよなぁ~等と見当違いのことで笑っている。
 ――― こんな出来すぎた偶然が有るものか!!
 そう喉まで出かかった言葉をグッと飲み込み、それよりも先に気に掛かることを聞いてみる。
「―― マルガレーテ嬢から、その話を匂わす様な連絡は無かったのか?」
 そのロイの質問にも、エドワードはキョトンとした顔を見せるだけだった。
「彼女から・・・なんで?」
 一向にこの話の流れに思考を結び付けられないエドワードは、怪訝な表情をして見せてくる。
 ――― これはやはり、早めにアルフォンスにマネージャーを
       してもらった方が良さそうだ。
 でないと、どんな奸計に引っかかって縁戚を結ばれるか判ったもんじゃない。
「――― で、君はその出向を受ける気なのか?」
 こんなエドワードをストラストに行かせれば、次に戻ってきた時には独り者でなくなっている最悪の予想に、ロイの焦燥が駆り立てられる。
「んー、そこが考えもんだよな。条件云々は気にならないから良いんだけどさ。地域の活性化を手伝うって点では、俺も出来るだけ手を貸していきたいんだ」
 そのエドワードの言葉に、ロイの片眉がピクリと跳ねる。
「―― しかし、君が留守になれば、チームの皆も困るだろ」
「あ、ああ・・・?」
 思わず語気が強くなってしまったロイの言い方に、エドワードが目を瞠って戸惑うように頷いてくる。
 エドワードの戸惑いを見て取り、ロイは先走る焦慮を諌め、出来るだけ冷静に意見を伝えようと話し出す。
「君の手助けをと思う気持ちは素晴らしいが、それ程の規模になると手に余るんじゃないのか?」
 その言葉には、エドワードも考えていた事なのだろう、大きく頷いて返す。
「そうなんだよ。―― 幾ら俺が地質調査もやっていたとは云え、それは純粋な分析だけだ。その後の展開を視点に入れてってのは、やった事が無いし、やったとしても時間がかかる」
 エドワードの美徳の1つは、その優れた客観性だろう。自分の事であっても、彼の判断力はぶれる事が無い。
「そうだろうな。どちらかと云うと、それ程大規模な事は軍の方が慣れている」
 今は随分、分配して来てはいるが、元々国の土木を担っていたのは軍だ。経験からもそれ専用に設備やデーターも豊富に持っている。
「だよな・・・。マルコーさんもそう薦めたらしいんだけど」
 困ったと云うように肩を竦める仕草に、ロイは呆れを通り越して諦めの境地に入る。そこまで腑に落ちない事だらけの依頼なんだから、もう少し警戒してくれ。そう叫んだとしても無駄だろう。
 ロイがそんな風に苦悩している間に、エドワードの方は何やら納得の出来る答が出たようだった。
「――― そうだよな。やっぱ、付け焼刃の俺が出張るのもおかしいし。出向は他の適任者を考えてみるよ」
 すっきりとした表情でそう言われ、ロイは心底胸を撫で下ろした。


 話が一段落し落ち着きだすと、今の状況へと思考が向く心の余裕が生まれてくる。
 そして自分がエドワードと二人っきりで、この家で過ごすのがあれ以来だと云うことも・・・。

「な、何か飲みの物でも?」
 思い出してはいけない事を振り払うように、状況を変えてみようと尋ねてみる。
「あ、ああ・・・うん。― じゃあ、お替わりを貰おうかな・・・」
 そんなエドワードの戸惑いを見せる様子から、同様の事に気づいたらしい。項を薄っすらと染めて落ち着きなさ気に、視線を漂わせている。

 そんな反応をされれば、嫌が上でも二人っきりなのを意識してしまう。
「な・・にか他の希望は?」
 漸く出した声が、変に上擦っていないかと、ロイは内心冷や冷やだ。
「えっと、特には・・・。あっ、アルコール以外でなっ」
 慌てて付け加えられた希望も、逆に互いにあの日を意識させてしまう。
 言った本人もそう感じたのか、はっと息を飲んで気まずそうな表情を作って見せている。
「――― 判った」
 短く答えると、ロイは腰を上げ隣のキッチンへと逃げるように足を運んだのだった。


 ――― 拙い・・・非常に拙い。

 少しでも熱を冷まそうと、時間のかかる温かい飲み物を淹れ始めるが、チラチラと舞う火を眺めている間の方が、余計な事ばかり考えてしまう。

 『あの時』は1度しかなくて、もう日も随分過ぎている。
 が、夜毎の夢は今でも見ているのだ。
 ロイには過ぎ去った『過去』などではない・・・・・。

 カタカタと蓋が鳴り始めて慌てて火を消す。
 そして深い嘆息を吐き出すと、ロイはぐっと拳を握り締める。
 ――― 彼の許しを無駄にしたくはない・・・。
 エドワードが許してくれたからこそ今の関係に戻れたのだ。愚かな過ちを繰り返して、今度は二度と許してもらえないような事だけは・・・何が有っても避けなくては。


 *****

 あの晩の経験は衝撃的で、しかし記憶は不鮮明なまま・・・。

 二人で話すには珍しい色事に話題が移り、今まで口にした事も無いような本音がポロリと零れた。

 そして気づけば深い口付けを受けていたのだ。




 ―― 『経験してしまえば、そんな躊躇いも消える』

 そんな予想外の言葉に驚いている間に、あっと言う間に二人の距離は縮まった。
 一瞬、自分の身に何を施されているかも理解できないまま、茫然と見開いた狭い視界の先では、陶然とした表情で自分に口付けている男の睫毛が揺れている。
 ――― な・・・・・にが?

 酒で緩慢になっている思考が、疑問符ばかり浮かべ舞わさせている。
 濃厚な酒の匂い。
 頭の中が焼け付きそうな程の熱。
 体の芯に灯る熾き火が、ちらちらとエドワードの内部を這いずり回っているような感覚。

 息苦しさから顔を背けて逃れようとしても、覆い被さってくる相手は、容赦なくエドワードを苛んでくる。

 次に思考が鮮明になった瞬間は、ダイレクトな刺激を与えられた時だ。
「・・・・っ、はっ! な、何か    へん・・・・っ。 や、やめっ、はなし・・・・・」
 必死に言葉にして伝えようとしても、更に加えられる感覚が言葉を嬌声に変えてしまう。
 ザラリと舌で胸の小粒を嘗められれば、自分でも驚くように甘く高い声が上がってしまう。自分の耳で聞いたその声が、自分の上げたものだとは・・・。
 羞恥で顔を赤く染めるエドワードの気持ちも知らずに、ロイは満足気な表情で更にエドワードを追い詰めてくる。

 ――― ま、待ってっっ。 へ、変になるから・・・まってっ

 喘ぎながらのささやかな抵抗は、静止どころか煽りにしかならない。
 感じたことの無い快感の波が、エドワードの思考をくるくると旋回させていく。

「1度、先に達っておこうか?」
 ――― 回る思考の渦に酔った頭では、言われている言葉の意味が理解できない。

「辛いだろ?」
 それだけは判って、コクコクと必死になって首を動かした。
 身体中が爆発しそうなこの感覚から助けてもらえるなら、どんな事でも我慢できる。
 そんな考えがどれ程浅はかだったかを知るのは、次に待ち受けていた衝撃を感じるまでの短い間。

「なっ・・・! うっ、わぁぁぁ―――・・・ っ!?」

 その感覚がどんな行動から生まれたのかを知る余裕が無くて幸いだ。
 温かい口内で与えられる快感は、触れられ生まれるものよりも数十倍の刺激を生んでいる。

「ひっ・・・ぁ、あぁ・・・んんん―――っ・・・!」
 過ぎる快感を止めようと手を伸ばせば、湿り気を帯びた髪に当たる。
 それを掴んで退けようとするのだが、力ない指では逆に縋りつき絡ませ引き寄せてしまう結果だ。
 エドワードが両手で髪を乱している間も、そこから口を離さない相手は、厭らしい水音を撒き散らしている。
 クチュクチュ  ピチャピチャ ジュブジュブ
 と、聞くに堪えない淫音が絶えず上がり続け、それ以上に高い啜り泣きの声がエドワードの喉から零れ続けている。
「も・・・やっ、ぁ  やめ・・・― ああぁぁ・・・」

 ――― なぁ・・・へ、ん  変だ・・ろ?
       だめ、だ  こんなの――ちがう・・・。

 快感の大波に浚われ翻弄されながらも、断片的にそんな思考が浮かんでは来る。が、それは次の波にあっさりと飲み込まれ、疑問を抱き続けることは、今のエドワードには難しい。
 逆に理性を全て手放せれば、もっと楽になれるのだが、そこまで我を忘れるにはエドワードの理性は強すぎる。

 が、それも次の瞬間には真っ白の空間に染め上げられる。
 急激な浮上感に押し上げられるような感覚の後は、ゆっくりと落ちていく浮遊感がエドワードを包み込んだのだった。



 汗ばんでいた身体が冷え、荒い息が落ち着いてくるようになって、置き忘れていた理性が徐々に戻ってくる。

  ――― なんだったんだろう・・・・・。

 今の状況を把握しなくてはと思う意識とは別に、心地良い疲労感が押し寄せてくる。重たくなる瞼を閉じれば、自然と意識が薄れていくのを感じながら、エドワードはアルコールの回った倦怠に身を任せようとして。

 ヒヤリ
 あらぬ処に奇妙な感覚が起きて、眠りが妨げられる。
 動きたがらない身体の代わりに、視線をその方向に廻らせると、エドワードの両足の間では、ロイが一心不乱に何かを施している。

「なっ・・・・・。ちょ、ちょお・・・!!」
 その行動の先の意味を知るのが怖い。
 が、今は怖がっている場合ではない。
 ノロノロとした抵抗は、ロイの一手で封じられる。
 そこまで来て漸く、自分がのっぴぬきならない状況に追い込まれている事を自覚した。
 ――― これ以上は駄目だっ!
 未知の恐怖感が、酔いで思うようにならないエドワードの身体を、突き動かしている。ジタバタと暴れるエドワードをロイは低い獰猛な声で威嚇し、先ほどまで呷っていた酒を、口付けて流し込んでくる。

「ぐっ・・・・っ」
 顎をきつく捕まえられ口を開かされると、一気に度数の高い酒を喉の奥へと流し込まれ続ける。
 数回それを繰り返し飲まされれば、一挙に回った酒の所為で抵抗力が奪われてしまう。それを好機とロイはエドワードをうつ伏せにさせると、先ほどまでの行動を続けていくのだ。
 そして・・・・。

 ビクン ――― と身体が跳ねる。
 それは意識よりも反応が先に起こった。
 何事がと考える前に、次はもっと大きな衝撃がエドワードを襲う。
 喉から飛び出す声は、まるで獣のようだ。意味不明な唸り声が、次々と押し留めることも出来ずに上がっていく。
 そして急速に高まる情欲。
 狂ったように渦巻く熱は、開放を強請ってエドワードの口から哀願を零す。
「手ぇ、はなしてぇ」
 そんな切羽詰ったエドワードの懇願も、ロイは無情にも哂って拒んでくる。

 ――― どうして・・・? どうして、達かせてくれない・・・!

 空いた方の手で、エドワードの根元を押さえているロイの指を引き剥がそうとしても、一向に力が入らないエドワードの指では外せない。
 もう駄目だと涙を零し、髪を振り乱して叫んだ後、ロイの指が外されエドワードは2回目の開放を味わったのだった。


 そしてそれがこの夜の始まりだと、身体に教え込まれた。
 狂気のような時間は、まだまだこれからだと・・・・・。

























 *****

 あの日の翌日。酷い二日酔いと共に襲った自己嫌悪。
 幾ら酒の勢いだったとは云え、有り得ないと頭を何度殴りそうになったか。
 「過ちだった」と忘れようとする意志を、嘲笑うように夢に見続ける。

 ロイとは上手く付き合っていたと思っていた。
 彼との心地良い関係と時間を失うことが怖くて、『あの日』の事を忘れることで関係が修復されたのだ。

 何事も無かったように付き合えるまでには時間が掛かるのは判っていた。
 それも時が記憶を薄れさせて行ってくれるとも・・・・・。

 が、そんな考えは浅慮過ぎたのか?
 記憶は今だ鮮明で、感覚は時に記憶以上にくっきりと浮かび上がってくる


 ロイがキッチンで煩悶している間、エドワードも居た堪れない気持ちを記憶と共に味わう。

 ――― こ、このソファーとかマットって、変えてないんだよな・・・。
 汚れの無い処を見ると、錬金術で消したのかも知れない。
 物品はそうやって消すことが出来るが、記憶とは厄介なもので、忘れようと思っている事柄ばかりを浮かべてくる。それだけ意識していると云う事なのか・・・。

 ―― 記憶も消せればいいのに・・・。
 そんな風に考えながら、思わず溜息を零す。
 消せれば偶に見てしまう恥ずかしい夢も見なくなるはずなのだ。そう考えた自分が墓穴を掘ったと気づいたのは、その恥ずかしい夢の記憶を思い出してしまったから。
 ――― わぁぁぁ!!! 無し! もう考えるな俺っっっ。
 内心でのた打ち回りそうな程の羞恥を込み上げさせて、エドワードは出来るだけ余計な事を考えないように、取って付けた様にストラストへの出向の人選を考えてみる。

 あいつは無理か、こいつならどうだろうとブツブツと呟いて考えていると、上から掛けられた声に思わず驚いて顔を上げる。
「鋼の? どうかしたのか?」
 湯気の立ち昇るカップを両手に持ったロイが、不審そうにエドワードを覗き込んでいた。
「な、何も! ・・・出向の人選考えてただけなんだ」
 そう答えた言葉は嘘じゃない。
 ―― ただ、それだけでは無かっただけで・・・。
「・・・そうか。ほら、今度は温かい物にしたから」
 火傷するなよと渡されたカップを受け取り、目の前に腰を掛けたロイを何気なく視線が追う。
 ――― 噂に上がる筈だよな・・・。
 軍服の上着を脱いでごく普通のシャツを着ているだけなのに、酷く様になっている。いつもはきっちりと閉められているボタンの上が外されていてるのに、彼がしているとだらしないと感じるより様になって見えるのだ。
 軍部内では言わずもがな。巷でもそうだし、エドワードの所属している国研でも、ロイのファンは多い。
 それが納得できる男なのが悔しいし、少し切ない・・・。

「・・・・・鋼の。何か付いてるか?」
 困ったような表情でそう聞かれて初めて、エドワードは自分がじっとロイを見つめていた事に気づいた。
「あ、いやそのぉ・・・、別に」
 これ以上の不審を買わない為にもと、エドワードは受け取ったカップに急いで口を付ける。
「熱いからっ」
 のロイの静止は――― 間に合わなかった。
「っ! ・・・・・・・・・・・ぁっちぃー!!」
 一気に口に含み熱さに目を白黒させながらも、何とか飲み込む。
 驚いた拍子に慌てて置いたカップは、盛大に中身を湯気とともに零している。

「だから言おうと・・・・・。大丈夫か!」
 慌てて近寄り、火傷は無いかとエドワードの顎に手を掛ける。
 口の中を覗き込もうと顔を寄せて ――― 思わず息が止まる。
 上を向かせた目元には痛みと驚きの所為か、薄っすらと水滴を浮かべている。堪える様に閉じられた双眸の震える瞼に、痛みを我慢する為に寄せられただろう眉が、ロイの目には悩ましく映って見えている。
 奥歯を噛み締めてから絞り出した声は、どこか他人の声のようにも聞こえた。
「――― 鋼の、口を開けて。舌を火傷したんだろう・・・」
 そう話し掛けると、エドワードはゆっくりと瞳を開いてロイに視線を向けてくる。

 その時の衝動をどうやって抑えろと云うのだろうか・・・・・。
 ゆっくりと開かれた瞳は、水滴の膜が張って揺れている。
 ゆらゆらと揺れている瞳が、まるでロイに乞うているように見えるのは、愚かな頭と邪な感情の所為なのか・・・・・。

「あっ・・・―――」
 視線が絡み合った瞬間にエドワードが零したその声に、ロイは理性の灯火が吹き消されたのを感じた。
「は・・がねの・・・・」
 そう呼び掛けたのが合図のように、二人の距離は狭まっていく。
 絡み合った視線が磁力のように互いを引き寄せていく。
 そして、吐息が触れ合う程の距離。
 ・・・・・あと少しで、それも混ざり合う距離になる。

 そんな時間を割いたのは、廊下の向こう側で鳴っている無機質な音だった。
 ピーピーピーと規則正しく鳴り響く音は、確かにロイが設定した洗濯完了のお知らせタイマーだ。
 どうしてこのタイミングでっ! 
 そうロイが怒りを込み上げた瞬間に、近づいていた二人の距離はあっさりと広がった。
「あっ・・・・・・。―― 洗濯、出来たみたいだから」
「―――――――― そのようだな」
 複雑な表情を浮かべているのはお互いだが、エドワードは羞恥が先に立ったのか、今の雰囲気をあっさりと掻き消して、ランドリーへと立ち上がって去って行った。

「はぁぁぁ・・・・・――――――」
 思わず吐いた嘆息は、安堵なのか落胆なのか。

 また同様の間違いを犯さなくて良かったじゃないかと慰める自分の声が、これほど白々しいと感じたことはなかった。


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