Selfishly

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二人の関係 10



 ―: Cause of the fire

 身を捩るような懊悩も。
 心身をやせ衰えさせるほどの苦悩も。
 譬え、命を代償にしたいと渇望していたとしても。
 時はそんな些末なヒトの悩みなどに構わず過ぎていく。

 要するに、悩むだけで全く進展なく日々が過ぎたと・・・。


「――― 今度は一体何だって云うんですかね・・・」
 そろそろ自分達上司の情緒不安定にも、慣れてきたハボック達であった。
「さぁ・・・。特に仕事に支障も影響も及ぼしてないから、構わないんじゃないかしら」
 全ての事を仕事の進行のバロメーターで図っているようなホークアイの発言に、その場で聞いていた者達は頬を引き攣らせる。
「しっかし、あの人がここまで浮き沈みするなんて・・・珍しいもんだ」
 ブレダが顎を撫でながら不思議がってみせる。
「そう云えばそうですよね。閣下って、他の将軍の方々に比べて感情を露にされるタイプじゃないですもんね」
「浮かれた後には憂いの溜息ですか。まるで恋煩いの乙女のようですな」
 淡々としたファルマンのその言葉に、ハボックとブレダは盛大に嫌そうな顔をする。
「気味の悪い事をいうな!」
「食欲が著しく減退したぞ・・・」
 お前は少し減退してる方が良いだろうと、すかさず突っ込みを入れたハボックにブレダが気にしたように腹を擦っては検分している。

「あら? 何も恋するのは乙女ばかりじゃないって事じゃない?」
 当然のように話してくるホークアイに、皆は驚いたように目を向ける。
「恋くらいするでしょ、あの人だって」
 当たり前のようにそう言って締めくくった彼女の言葉に、男達は『有り得ない』と心中で否定しながら、返答を控えたのだった。


 扉1枚隔てた向こうで話題の人物は、手を休ませる暇無くペンを動かしている。そこだけを考えれば、業務に真剣に取り組んでいるようにも見えるのだが、如何せん表情はどんよりと翳っている。
 前回の時には「悩ましげな」と評された程度だったが、今はそれを通り越して鬱惜しい位どんより濁っている。
 が、どんな時でも仕事にはそつが無い。
「閣下、式典の際の経路の視察のお時間ですが?」
 そう声を掛けながら入って来たホークアイに、ロイは殆ど無意識に返答を返す。
「ああ、これだけ終わらせたら出る」
 最後の一行まで目を通すと、ロイは黙々とサインを走らせ。ペンを置いたらそのまま黙って出かける準備を整える。

 ――― 確かに、ちょっと気味悪いわね・・・。
 そんな上司を待ちながら、ホークアイは心の中でこっそりと呟く。
 妙に職務に忠実で、不平不満も言わずにこなしてくれるのは有り難いのだけど、こうも無感情に徹してやられると、人ではなくからくり人形かゼンマイ仕掛けの人形と働いているような気になる。
 何となく今の上司の状態の原因には、心当たりが無きにしも非ず。
 だからといって、その憂いを掃ってやる事も、況して助言を与えてやる事も少々困る事柄だ。
 どう決断をして未来が転がろうとも、覚悟して受け止めよう。その位しか出来そうにもない。

 ――― まぁ選ぶのは本人なんだから。

 後は野となれ山となれだ。数奇な運命を共にして進む内に、彼女の度量は随分広がったようだった。

 *****

「電話? 俺に?」
 若い女性からですよ、と囃し立てられ回された外線に、エドワードは首を捻りながら受話器を耳に当てる。
「はい、エルリックですが?」
 当たり障り無く名前を告げると、向こうが一瞬の間を空ける。何なんだと思いつつも、再度「もしもし」と言い直すと、漸く相手の声が聞こえたきたのだった。





「驚いた」
 そうエドワードが目の前の女性に伝えると、相手は恥かしそうにしながらも柔らかく微笑んで返してくる。
「で、急に何で?」
 心底、不思議そうに聞くエドワードに、女性は少し困ったように首を傾げ。
「・・・父から伺いましたの。―― ストラストへの出向は、他の方が来られる事になったと」
「ああ、その件で」
 成る程と相槌を返すが、それで彼女が出てくる意図が汲めずにいる。
「どうしても・・・。ストラストには一緒に行ってはもらえませんか?」
 緊張したような面持ちの中で、瞳だけは哀願の色が濃く浮かんでいる。
「その件は返答した通りで・・・って、一緒に?」
 言い回しの妙さを聞き返してみれば、彼女はこくりと頷いてみせる。
「来月は師事している方の都合で、私は実家に戻る事になってます。丁度その話を父にしていた時に、エドワードさんの開発を導入する話を聞いて」
「―― ああそれでか。何で俺のことを知ってるんだろうと首を捻ってたんだ」
 多分会話の中で、その開発者に会ったとでも話したのだろう。

 驚いたと素直に口にしてくるエドワードの自然な様子に、マルガレーテは心の奥が暖まる気になって、思わず微笑が口元に浮かぶ。
 高々1度、しかも短い時間で会っただけの相手なのに、あの日以来この青年の事が頭から離れなかった。とても優秀な人材で子供の頃から有名な相手だと父親が話して聞かせてくれたが、エドワードからはそんな驕りや高慢な感じは一切受けない。どこまでも自然体で誠実な人柄だけが感じられる。
 そんな彼だからだろうか。他の男性とは違って変に緊張もせずに、傍に居て話も出来る。
 父親に彼の人柄を訊ねられた時にも、そんな自分の気持ちが出ていたのか父は嬉しそうに話を聞いていたのを思い出す。
 今も急な来訪の非礼を非難する様子も無く、いつも会っている者の様に気さくに会話を続けてくれているのだ。
 ――― こんな人には、逢ったことがない・・・。
 マルガレーテはそんな風に思い浮かべると、自然と出向を強請るような言葉を告げてしまっていた。



















 *****

 ロイとホークアイは綿密に書かれた市内地図を広げながら、警護のポイントや死角になる要注意箇所を話しながら歩いている。
「このB地区は当日の時間帯は閉鎖しておいた方が良いな」
 表通りに繋がっている横道が多すぎるその場所を封鎖しておけば、警護が煩雑になるのを防げる。
「判りました。その分、迂回のルートに誘導する手配をしておきます」
 相変わらず浮かない表情だが、それでもテキパキと鋭く指示を与えてくる上司に、ホークアイは内心苦笑しつつも感心していた。
 ――― 器用なんだか不器用なのか、判らないわね。
 一層、何も手がつかない状態にでもなれば、悩みを解決する手立てを考えるだろうが、こうやって平素以上に仕事を捗らせてしまうところが、問題解決に踏み切れない要因だろう。
 建物の確認をしている上司の横で、次の大通りに目を配らせた処でホークアイはハタと視線を止める。
 ――― あれは・・・・・。
 遠目でも良く判る。洒落たオープンカフェで話し込んでいる人物の一人は、彼女にも馴染みがあるエドワードだ。相手の方には面識はないが、どこかの令嬢だろうか、美しい女性のようだ。
 反対側を歩いているから、このまま先に進んでも二人の様子ではこちらに気づく事はないかも知れないが・・・。
 ――― この人が気づく事の方が・・・いえ、気づくでしょうね。
 視察の進路を変えるべきか否かを逡巡している間にも、チェックの終わった上司は先へと足を進めだしてしまう。
 颯爽と先を歩いている歩調がピタリと止まる。
 その様子にホークアイは、思わず米神に指を当てた。

 随分近づいた視線の先には、和気藹々と云うよりは真剣な表情の女性と、受け答えに困惑している様子のエドワードが見て取れる。
 これはハボック達辺りに言わせれば、俗に云う迫られている図なのだろう。
 そっと上司の様子を窺って見ては、ホークアイははっと言葉に詰まってしまう。
 本人は気づいていないのかも知れないが、その顔色にはありありと妬心が浮かんでいる。不機嫌そうに固く結ばれた口元はぴくりとも動かないが、言葉に出来ないほどの苛立ちを噛み殺していると察した方がいいだろう。
 無表情な仮面を貼り付けている顔の中で、目だけが異様に険しい閃きを宿している。
 普段人当たりが良く饒舌な彼が、こんな不穏な気配を漂わせていれば、周囲の人々が遠巻きにして去って行く気持ちが判ると云うものだ。
 ――― 市民の方々を怯えさせて・・・。
 どうしたものかと、先ほどから微動だにしない上司の視線の先を眼で追うと、どうやら話が一段落したのか立ち上がった二人が窺えた。
 ぺこりと頭を下げている女性に、エドワードは気にするなと云うように手を振って見せている。そんな人の良い彼だから、相手の女性も落ち着いたのか、エドワードが指し示す方向に頷いて、話しながら一緒に去って行くようだった。
 その後、その方向をじっと黙って睨んでいた(もうこの段階では、嫉妬も隠しようがない処まで広がっている)上司は、相手の姿が見えなくなると。
「――― 行くぞ」
 と、感情を削ぎ落とした声音でそれだけ言うと、何事も無かったように視察の続きに戻ったのだった。
 そんな彼の背中を見つめながら、ホークアイは深い溜息を吐いたのだった。












 *****

 マルガレーテが下宿している家まで送ると、エドワードは希望に副えない侘びを再度口にした。
「・・・いいんです。私の方こそ、いきなり訪ねて、無理を言っちゃって御免なさい」
 随分と口調が柔らかくなった彼女に、エドワードは変わらぬ笑顔を向けてくれる。「どうしても?」と問うた彼女に、エドワードは自分が動けない事情、専門家に依頼するメリットをきっちりと説明してくれた。
 きっと行けないと判っていても、ちゃんと下調べをしてくれていたのだろう。
 それが判ったからこそ、マルガレーテはエドワードに心苦しい気持ちになる。自分の都合を押し付けようとした事を恥じての事だ。
 エドワードの誠実な対応に返すように、マルガレーテも自分の心情を正直に口にする。
「―― また、ご都合が良い時で良いんです。会ってくれますか?」
 シンプルな言葉だったが、それが今の自分の気持ちを一番表している。
 エドワードは驚いたような表情を見せた後、暫く悩むような様子を見せたが、彼女に視線を合わせて言葉を告げてくる。

 『ごめんな・・・。個人的に会う気は―― 無いんだ』と・・・。

 冷たい言葉なのに、不思議と酷いとは感じなかった。
 それは多分、そう言っているエドワードの方が、彼女の痛みを思いやってか、余程辛そうな目をしているからだろう。

 ――― それに、判っていた気がする・・・。

 あの日以来、エドワードが自分の事を思い出しもしなかった事は、悪気のない彼の言葉で気づいていた。説明を話してくれている最中も、彼は何故自分がこれほど来て欲しいと言ってるかなど考えもしなかったのだろう。
 自分の中に植えられた小さな種は育って蕾を付けたが、エドワードの中にはそんな物は有りはしなかったのだ。そして、今後も芽吹く事はないと・・・。

 彼の迷いのない言葉は潔すぎて、責める気になれない。

「いいえ、お気になさらないで下さい。最後まで我侭言ってごめんなさい」

 それだけを言うと、最後の挨拶にと微笑む。
 心に宿る事も残ることもなくていい。
 でも今、この時の自分の微笑を少しでも綺麗だと思ってもらえれば・・・・・、自分はそれで十分だった。
 じゃあ、と去って行くエドワードに、マルガレーテはすっきりした気持ちでため息を吐く。
 ――― 自分が初めて告白した人が、彼で良かった。
 そう思う気持ちで・・・。


 玄関の扉へと足を向け取っ手を握ろうとして、ふとエドワードが去った方に視線を振り返らせる。もう姿も見えない相手を思いながら、少しだけ好奇心に近い心の疼きを感じる。

 ――― あの人の心に留まれる相手って、どんな人なのだろう、かと。

 風のように軽やかで、清流のように淀みのない。
 ひと時として留まらない彼が、胸に宿す人を少しだけ見てみたいと・・・。










 *****

 その晩遅く。
「はぁ~いって、・・・何だあんたか」
 珍しくも自宅に掛けてきた相手に、エドワードは思わず肩が落ちる。
『何だとは失礼だな』
 珍しくも本当に不愉快そうに言い返してくるロイに、エドワードはおや?と首を傾げる。
「・・・一体どうしたんだよ、こんな時間に」
 それでも用が有って電話してきたのだろうから、用件を訊ねてみる。
『―――――― 出向は止めたと聞いたが』
 ぶっすりと告げられた内容に、内心、ああなんだと思いながら、肯定の相槌を返す。
「そうだけど・・・それが?」
 そんな事を確認する為だけに、こんな深夜に電話を掛けてきたのだろうか。
『その割には・・・・・、昼に彼女と会っていたようだが?』
 一瞬、何の話だろうと思い掛けて「ああ・・・」と零す。
 ロイからの電話とマルガレーテが直ぐには結びつかなかった所為で、指す先が判らなかった。
「・・・・・ 見てたんだ」
 別に悪い事をしてたわけでもないのに、何となく後ろめたい気になるのは、やはり彼女からの告白を断わった経緯が心に残っているからだろう。
『丁度、式典経路の視察に回っていたからな・・・。
 出向は断わったのに、彼女とは逢うわけだ』
 妙に棘のある口調に、エドワードもムッとなる。
「―― 別に俺が誰と会おうが、あんたにとやかく言われる筋合いじゃないだろ。・・・それに彼女と話していたのは、出来れば出向を考え直して見てくれないかって話で」
『・・・・・ 本当にそれだけ?』
 含むような言い方が、まるでそんなわけは無いだろうと言ってるようで、エドワードは思わず「何で知ってるんだ!?」と白状しそうになったのをグッと堪える。
「――― それだけだ」
 思わず間が空いてしまったのは、その動揺を抑える為だ。
『嘘だな』
 きっぱりと否定された返しが、余りにも確信に満ちていたから反論よりも動揺の方が大きくなる。
『―― やっぱりな。その感じだと告白でもされたか・・・、いや彼女のタイプだとそこまでは無いか、また逢って欲しいとせがまれたと云うところか』
 だから何で判るんだ!? 驚きで今度こそ叫びそうになった。
 ここで勢いで返してしまえば、相手の思うツボだ。エドワードは、早くなった心拍数を宥めながら、出来るだけ素っ気無く言い返す。
「――― もしそうだったとしても、あんたには関係ないことだよな」
 そう伝えた瞬間、電話の向こう側で相手が息を詰めたのが気配で判る。
 暫し無言の時が続き・・・。
『・・・そうだな、関係は―― 無いな』
 ポツリと返された言葉が、嫌に耳に残る。
 続く言葉を待っていても、相手からしゃべってくる様子は窺えない。かといって電話を切る気配も伝わってこないのだ。

 無言の方が、強く感じるのはどうしてなのだろう?
 それにエドワードに非が有るわけではない。
 それは間違いない事なのに、相手が黙り込んでしまった空気が何故だか重たく圧し掛かってくる気がする。どうして自分がこんな言い訳がましいことを、とは思いつつも漂う気配を払拭するように口を開いた。
「―――― あんたの察した通りだけど、・・・ちゃんと断わったんだ」
 そう伝えた後に、また向こうの気配が変わる。
『―――――― 断わった?』
 ロイの声が聞こえた事にホッとする。
「う・・・ん。先日の依頼の件だと思ったから出掛けていったけど、それ以外の事で会う理由も浮かばなかったしさ」
 そう話しながら、断わった経緯をざっと話す。

『君は本当にそんな断りのセリフを相手に言ったのかね?』
 呆れたような声でそんな風に言われれば、拙かったのかと気になってしまう。
「そうだけど・・・拙かったかな?」
 エドワードにしてみれば、自分の本音を素直に伝えただけなのだが。
『いや、―― そうだな、君にそれ以上の高度な断りなど無理だろうからな』
「――― 何となく不愉快なんですけど?」
『それは失礼』
 含み笑をしながら謝れても、それも嫌に癇に障る。
「へーへー、どうせ俺は経験値の低い奴ですよ。どこかの誰かさんみたく、来るもの拒まずで経験豊富じゃ有りませんからね~」
『失敬な。私だって、ちゃんと相手を選んでいる』
「あれ? 心当たりが有るんだ」
 からかうようにそう言い返せば、ロイの方もしまったと思ったのか言葉を詰まらせてきた。
『―― とにかく、隠すなんて水臭い事はせず、話してくれ。力にはなれなくとも、相談を聞くくらいは出来るんだから』
 その言葉を伝えたかったのだろう。そう思えばエドワードの胸に温かい気持ちが広がっていく。
「ん・・・サンキュー」
『君は君の誠実さを示しただけだ。相手に応えられなかったことに対して、罪悪めいたものは持つなよ?』
 優柔不断な優しさの方が、数倍性質が悪い。
「・・・・・判ってる、よ」
 歯切れの悪くなった返事が、エドワードの今の心情を物語っている。
『君は ――― ったく・・・』
 溜息までが聞こえてきそうなロイの返しが妙に癪に障って聞こえる。
「―― 俺はあんたみたいに慣れてないんだよ」
 この男は昔から華やかな噂が絶えたく事がなかった。そんな彼から見れば、エドワードが高が告白1つでおたついているのはさぞかしもどかしいのだろうが・・・。そんな風に思いながら返した言葉は、自分で思うより尖っていたのかも知れない。
『――― 何か言いたいことが有るようだが?』
 返してくるロイの声も先程より硬い。
「べっーつに! おモテになる誰かさんは、いちいち告白された程度で動揺したりしないんだろうなぁとね」
『・・・女性から好意を示されれば、私じゃなくても嬉しいと思うのは当たり前だと思うが? それに告白されたからといちいち付き合っていたら、その方が問題だ』
「へ~、俺はてっきりそのいちいち付き合ってを、やってんだと思ってたぜ。
 あんたの事だからな」
 エドワードがそう伝えれば、向こうからは無言の返答が返ってくる。
 無言では有っても相手の気配は不思議な事に伝わってくるものだ。受話器の向こうのロイは、さぞかし不機嫌な様子を浮かべているだろう。
「・・・・・・・・ もういいだろ。切るぜ」
 ロイの聞きたい事には答えて有るのだ。こんな険悪な会話を続けたいわけじゃない。
『――――――――― 君は、私をどういう人間だと思っているんだ』
 受話器を耳から離そうとした矢先に聞こえてきた言葉に、エドワードの手が止まる。

 ――― どういう人間・・・? 

 女性と見れば如才なく褒め称えるのが習慣になってる男で。
 複数の女性から慕われ、付き合いもそつなくこなす。
 自分から言い寄る事も無ければ、モーションを掛ける必要も無い。
 ただ街を歩いているだけで、男達が羨ましがる女性達が群がってくる。
 そんな中から自分の好みをチョイスするだけ・・・。

 後半の方はややハボック達に聞いた話が加わっているから、脚色されてはいるだろうが、まるっきり違うわけでもないだろう。
 そんな男がどうしてエドワードを抱いたりしたのか・・・・・。
 結局、思考はそこに辿り着いてしまう。
 エドワードはプルプルと頭を振ると、無理やりそこから思考を引き剥がし、簡潔明瞭な返事を返した。
「来る者拒まず、去る者追わず・・・だろ」
『鋼の・・・・・。
 それは女性達に失礼な発言だぞ。それに私だって、誰彼構わずなどと・・・』
 ロイが正真正銘のフェミニストなのは判っている。
 じゃあ、自分は一体なんだったというのか・・・。

「はいはい!! 誰彼構わずじゃなくて、気に入るのだけ選んでるって言うんだろ! そんなのはどうでもいいんだよ、俺はっ。
 ってか、何でそんな話をいきなり電話してくるんだ? 俺が誰と会おうが付き合おうが、あんたには全く関係ないことだろ。・・・挙句に、聞きたくも無いのにあんたの女性談義? 余計なお世話だ。そんなんは喜んで拝聴するあんたの部下にしてやれよ! じゃあ、切るからな!」
『はがね・・・』
 相手が呆気に取られている間に電話を切てしまう。
 もしかしたらまた掛かってくるかと思った電話は、エドワードの視線の先で沈黙を守っていた。暫くそこに立って見つめていたが、その後深い溜息を吐いてダイニングの椅子に腰を落とす。
「・・・・・何であんな言い方、しちまったんだろ」
 俯いた時に落ちた髪をかき上げながら、自己嫌悪に陥る。
 ロイがエドワードを心配して電話を掛けて来てくれたことは判っているのに。
彼が女性を援護するような事ばかり話して来るから、燻っていた苛立ちが込み上げて出て行ってしまった。

 ――― 馬鹿だよな・・・・・。
       拘ってるのは俺の方ばっかりでさ。

 出来るだけ以前と変わらぬ態度を心掛けてきた。彼にしてみれば、本当に酒の勢いの過ちと言うだけで、いつまでも拘ってなどいないだろう。
 数多の女性達と付き合ってきた彼とは違って、エドワードにはそう簡単には割り切れない。それが経験値の差かと思うと・・・・・悔しい。
 ――― しょうがないよな、初めてだったんだから・・・。

 ロイの中では夢物語の1話にもならない。精々がおまけ話程度だろう一夜。
 けどエドワードには、始まりの物語だったのだから。




 *****

 切られた受話器からは、不通を知らせる電子音だけが聞こえている。
 受話器を置く時に一瞬だけ躊躇ったが、ロイは静かに受話器を戻した。

 ――― 何を馬鹿なことをしてるんだ・・・。

 昼に目撃した光景が頭から離れず、気づけば電話して問い詰めるように聞いていた。最初はもっと穏便に話そうと思っていたが、逢っていたことを隠そうとしたようなエドワードの返答に、穏やかとは程遠い感情が吹き荒れてしまった。あれではまるで嫉妬深い男の、恋人を断罪するやり取りそのものではないか・・・。そう考えれば更に落ち込んでしまう。

 『関係ない』 そのエドワードの言葉は、ロイの心の中に鋭く突き刺さっている。
 そうだ。確かに自分が口を出すことではない。エドワードはもう、保護者が要るような歳でもなければ、不純交友だと言われる歳でもない。
 誰と逢おうと、どんな女性と付き合おうと ――― 自由に出来る歳なのだから。

 何がこんなにも自分を落ち込ませるのかと自問すれば、その事実が1番ロイの心に重く圧し掛かっていることに愕然とさせられる。

 そして、そんな心の動きがどの感情からきているのかも・・・。
 ロイには判り始めていたのだった。

  その夜もロイはエドワードの夢を見た。

 がいつもの妖艶な彼ではなく、冷たい雰囲気を纏った彼はロイに背を向けたままだった。
 そんな様子を見せるエドワードに、ロイは必至に言い訳をしている。
  どれだけロイが言葉を紡ごうが、背を向けたエドワードがロイの方を見てくれる様子はない。
 自分の非を痛感しているロイは、何とかエドワードに判ってもらおうと訴えているのに。
 ――― 反省だってしている。
 彼のプライベートにまで干渉する自分に。
 ――― 見苦しい真似をしている自覚だって有る。
 けれど、その衝動を抑えきれない程の感情が自分には有るのだ。

 ちらりとも振り返らないエドワードは、鋼鉄の茨を二人の間に築き上げてしまったかのようだった。

 歳甲斐も無く泣き出しそうな心持になったロイは、悄然と肩を落とすと
震える唇で抑えてきた恋情を語る。

 ――― 『君に恋をしているんだ』

 良い歳をした男が、泣きそうな顔をしてそう相手に哀願している図など、みっともないとしか思えない。・・・・・いや、思えなかった、今までは。
 けれどそれで相手が振り向いてくれるのなら、格好をつけている自分など捨ててもいい。

 そうして漸くエドワードがピクリと反応を見せてくれた。
 驚きに縁取られた表情でロイを見返し、言葉を告げようと唇を動かした。

 ――――― 夢は無情か幸運か、そこで終わったのだった。




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