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二人の関係 13
nightmare Side-R
寝苦しい夜だった。
身体は日々のオーバーワークに疲れ切っていると云うのに、妙に神経だけは昂って尖っている。原因は判っているが、それを解消できる手立ても得れず、悶々と心患っているからこそ、こんな最悪な夢など見てしまうんだっっ・・・。
『なぁ・・・、やっぱ俺たち不自然だろ?』
俯き加減にそう呟いた恋人に、ロイは弾かれたように視線を向ける。そんな自分の驚きを察する事もなく、彼は次々に最悪な言葉を紡いでいくのだ。
『あんたもいずれは大総統にのし上がっていく。―― そん時に横に立っているのが、俺じゃ・・・締まり悪いよな』
――― 待て! どうしてそんな風に考えるんだ?
私の横に誰が立とうが、それを決めるのは
他ならぬ自分で、他の誰かじゃないだろ!?
そう叫ぼうとした声は、黄昏た虚空に吸い込まれ、彼には届かない。募った焦燥感に押されるようにして、足を動かし彼の傍に駆け寄ろうとするのに、身体は水中の流れに逆らって進むようにのろのろ行軍だ。焦って伸ばした手の先では。
『俺もあれから色々と考えたんだけど、・・・考え違いだったのかな?ってさ。だから、ごめんな!』
きっぱりはっきりそう告げたかと思うと、エドワードは金糸を揺らして歩き去って行く。
――― ま、待ってくれ・・・! その横の女性はっ!?
楽しそうに語り合い去って行く二人の姿は、これ以上ないくらいにお似合いで、更にロイを打ちのめすのだった。
そんな悪夢を見ては魘されている就寝状況だった。
nightmare Side-E
今までは会えない日が続いても、別に気にした事も無かったのに。恋人関係になってからの方が不安になって夢まで見るなんて、詐欺じゃないだろうか・・・。
久しぶりに会った相手は、近頃になって、男友達から一転して恋人関係になった相手だ。昨日まで何とも無かった鼓動が、知り合って短い間柄でもないのに、ここ最近やたら心拍数を上げるのも、不思議な気分だと思っていたのに・・・。
『エドワード・・・。今更こんなことを言うのは気が引けるんだが・・・。 ――― やはり君との関係を続けていくことは出来ない。 未来有る君のことを考えても、私の今後の立場を考慮してみても・・・。
―――――― 別れよう』
上がっていた鼓動は途端に動きを止める。
その代わりのように脳内では高速で思考が回っている。
何故? どうして? 今になって何を?
そんな疑問が点滅する中で、妙に醒めた自分が納得している。 ――― ああ、やはりこうなるんだ・・・・・と。
エドワードが茫然と立ち尽くしている間にも、ロイは彼に相応しい女性を伴って敷かれた紅い絨毯の上を、皆の祝福を受けながら進んで行くのを何1つ言葉も発する事無く見送り、この恋の終りを痛いほど感じていた。
無様な自分を曝さずに済んだのは、多分心のどこかで「判って」いたからかも知れないな・・・とそんな風に思いつつ、胸にぽっかり空いた虚空に涙を押し込んだのだった。
「・・・・っわぁ― !!!」
ガバッと上掛けを跳ね除けて起き上がる。額に浮かんだ汗を拭きながら、また見た悪夢に舌打ちしたのだった。
~~*《惚れるのは状態であり、愛するのは行為である》
「エドワード・・・、一緒に暮らさないか?」
その相手の一言で、エドワードの動きは完全に止められたのだった。
――― ガヤガヤ ザワザワ
昼時を過ぎたと云うのに、そこそこ混み合っている軍の食堂では慌ただしさとどこか気の抜けた空気が混在していた。
「けど、この前の件が無事引き継げて良かったよな」
上機嫌で大盛によそってもらったシチューを頬張りながら、会話をしていく。こうして顔を合わせて言葉を交わすのも、結構久しぶりだ。大きな案件を抱えそれをこなすのに忙殺されていた二人は、電話越しメモ越しでの意思疎通を図るしかない状況に追いやられていたのだが、それも一段落して報告がてらにと隣の敷地にやって来たエドワードが、丁度会議が終ったロイを伴って遅めの昼食にやって来たというわけだ。
どこか外に食べに出来る時間は無いから、軍のそれも下士官達が利用する食堂にと足を運んだ。普通、ロイクラスの高官がこちらの食堂に来れば煙たがれるだけなのだが、人徳か常習なのか耳目を集めながらも嫌がる素振りは見えなかった。
少しやつれた顔をしているのはお互い様。それでもこうして顔を合わせて話が出来ることは、やはり心浮き立つものがあったのだろう。いつもより反応の鈍いロイの様子を気に掛ける事無く、エドワードは頭に浮かぶままに話を続けていく。
エドワードが言った「この前の案件」とは、彼指名で来た地質の調査と開発だ。個人の手に余る大規模な計画だった為、相手側に丁寧に説明しきちんとプロジェクトチームを組んで依頼を受けることにしたのだ。土木からは軍も協力する事になり、そちらはロイが窓口となって引き受けてくれた。おかげで舞い込んで来る莫大なデーターの解析と、それに付随する仕分けと指示に二人とも追われていたというわけだ。
が、それも漸く二人の手を離れ、これから溜った仕事を巻き返してようよう日常が戻ってくることになる。
安堵が浮かれ気分に拍車を掛けて、エドワードの気分を明るくしていた。
――― これで少しは会う時間も・・・・・。
そんな考えを胸に抱くくらいには、エドワードもちゃんと恋している青年なのだ。
だが、まさかこんな衆人環視に近い場所で・・・・。
話の区切りでスプーンに掬ったシチューを威勢良く口に含み、ロイの言葉で盛大に噴出してしまった。それほど衝撃的なセリフだったのだ。
「・・・・・っ、なっ! ・・・・・な、な、なっ・・・・・・・・・・」
『一緒に暮らさないか?』
まさかそんな言葉を、こんな場所で聞かされるとは思うわけがない。彼は自分がどれだけ他人の注目を集めているか知っているのだろうか? (そこにはエドワードとワンセットだと更に、が付くのだがそこには気づいていない)
階級が上がっても現場を退かないロイの声は、小さくとも良く通る。それが証拠に―――――― 二人の傍近くの者達から順々に喧騒が治まって行き。今や広い食堂内は二人のその後に続く言葉を聞き逃さないようにと固唾を呑んで見守っている状況が出来上がっている。
痛いほど向けられている視線の数々をひしひしと感じながら、エドワードはこの現状打破の対策を明晰な頭脳をフル回転させて編み出してみる。
――― まてまてまて! 落ち着け、俺!
別にど、同棲とかって言ったわけじゃ有るまいし・・・。
軍だとルームシェアだって良く聞く話じゃないか。
同僚・・・とかじゃないけど、上司と部下ってわけでもない。
歳が離れた友人? ちょっと苦しいけど・・・、
おかしいほどじゃないよな?な?
おかしくない! おかしくない!
そう自分に言い聞かせるように考えを速攻纏め、何とかフォローをと考えたエドワードの目論みは・・・・・、ロイの次の行動で見事に霧散した。
ロイがエドワードの反応にこそ驚いたというように軽く目を瞠り、ポケットを探ると畳んだハンカチを取り出して(事もあろうことか!)、エドワードの口元を先に拭い、その後自分にも飛んだものを拭くと微笑んで見せたのだ。
(あああぁぁぁー!!!) その心の中での叫びが聞こえたわけではないだろうが、ロイはここに来て漸く、周囲の様子に気づいてくれたようで、
「あぁ」と小さく頷いてひょいと肩を竦めると、何事も無かったかのように食事に戻っていった。
完全に固まってしまったエドワードの耳に、どこか遠くで食器が落ちた音が届く。それを切っ掛けに勢い良く席を立つと、「まだ食事は終ってないようだが?」と首を傾げる男を引きずるようにしてその場を離れた。
二人が食堂を出た途端上がった喧騒には、耳を塞ぎ兎に角一刻も早くこの場を去ることにしたのだった。
「何であんなとこで、あ、あ、あんなこと言うんだよ!」
顔を真っ赤にさせて怒ってくるエドワードに、ロイも少しは済まないと思う。
「済まなかった・・・、気づけば勝手に口から零れてたんだ」
「気づけば・・・勝手に・・・って。どうすんだよ! あんた、自分の立場が判ってないんじゃないのか!?」
少将にまで登りつめた男が、公衆の面前で同性に同居を提案してくるのも問題なのに、更に、まさかの行動まで取って・・・・・。
あれで発言の意味が判らない者が居たら、そいつの方がよっぽど稀少だ。
「私の立場と、私のプライベートは関係ないと思うが? 別に犯罪行為をしてるわけでもない。ただ恋人に一緒に暮らそうと誘っただけだ」
「そ、そ、・・・それでも! TPOってものが有るだろ、普通!」
それは確かにエドワードの言い分に理がある。ロイだって別に判っててあんな場所で口説いたわけじゃない。本当に・・・本当に気づいたら口にしてしまっていたのだ。
久しぶりに会った恋人は、仕事の目処が付いたのもあってか、良く笑い良く話して目を楽しませてくれる。他愛無い会話をしているだけでさえ、ロイは久々に拝めた恋人の姿に心から癒され慰められる気がしていたのだ。
職場は近いとは云え、そう簡単に行き来出来る環境ではない。電話で近況を手短に伝えるだけでは――― もう我慢が出来なかっただけなのだ。だからつい、状況も忘れて本音を零してしまった。
ま、確かにムードも無いし、この後少々小煩いかもしれないが、別に隠し通して行く気も無いのだ。周りが騒がしいくらい何とも無い。
と、自分は割り切って、開き直ってしまったわけだが・・・、エドワードはそう簡単には行かないようだ。
「―― 確かにムードが無かったのは申し訳ない。が、今回を逃せばいつ伝えれるかも判らないんだぞ? 少しでも早くと思うのは、別段変じゃないだろ?」
「ムードって! 誰がそんな話してるんだよ! 俺が言ってるのは、あんたの立場ってことで・・・」
「別に構わないが、公表しても?」
エドワードの言葉を切って伝えた本音に、エドワードはあんぐりと口を開けて黙ってしまった。そんな表情も幼い頃の彼を見ているようで嬉しくなると言えば、どんな反応を返すのだろうか。
「エドワード、ずっと隠し通すなぞ無理だろ? 軍はそこまで抜けてない。
なら公表しておいて暗黙の了解を得ていた方が、お互いにとって好都合になると思わないか?」
自分は余計な縁談を押し付けられる事も減るだろうし、エドワードに余計な虫が群がるのも防げる。謂わば一石二鳥も三鳥もだ。
――― いや・・・、自分の中の不安を消したいだけなのかも知れない。
自分にとっての最後の恋が、同様に若い恋人にも通用するとは限らない。いずれ魘され見ている悪夢のようなことが起きないと、誰が保障できるのか・・・・・。
そうならない為にも、少しだけ先手を打ちたいと思うことは狡いことだろうか。
視線を俯かせて黙り込んでしまったエドワードに、ロイは躊躇いがちに呼びかけてみる。
「・・・エドワード?」
自分と同じ程は思って貰えていないのだろうか?
「・・・・・・・・・・・・・・・・っだろ!」
「え?」
俯いて呟かれた言葉が聞き取れず、ロイは尋ね返す。
そうすると真っ赤な顔をしたエドワードが、怒ったような表情を上げて叫んでくる。
「俺はあんたの足を引っ張りたくないんだよ! そんなの・・・そんなの!!駄目だろっ!」
そう言い終ると、エドワードはロイが引き止める間もなくくるりと向きを変えて駆け出し去って行く。
「エドワード!」
あっと言う間に小さくなった後姿を眺め、ロイは深々と溜息を吐き出す。簡単に了承を貰えるとは思ってはいなかったが、これはなかなかに手こずりそうだな・・・と内心、重い気分で呟いたのだった。
「馬っ鹿じゃないのか、あいつは!!」
司令部の敷地を出てから漸く足を緩めたエドワードは、少し上がった息を整えながら愚痴を零す。
本当は ―――――― 凄く嬉しかった。
きちんと先を考えて、それでもと言ってくれるロイの想いの深さに、ちょっと・・・・・、いや、かなり感動もした。
エドワードのような研究職には風変わりな人間が多いから、職場もそれこそ犯罪でも犯さない限りは寛容な受け入れ方をしてくれる。
――― けど、ロイの所属る軍は違う。
どんな些細な事で足を引っ張られ、揚げ足を取られた上に転落させられるか判ったものじゃない。
――― あいつが必死に上がって来た位置だ。
俺の所為で落とすわけにはいかない。
それはロイと付き合うと決めた時から、エドワードが心に誓っている事だ。このままどこまで隠し通せるかは考えてないが、少なくとも自分の軽率な言動でばれるような事がないようにと・・・・・そう思っていたと云うのに!! 自分からバラすなんて、どう云う了見なんだ!
スーハーと最後に息を整え終わると、よしっと気合を入れ直して研究所の門を潜る。要は先ほどの出来事を肯定させるような行動を取らなければ良いのだ。暫くは連絡も控えようと決心して、これからの仕事の計画を思い浮かべてみる。
――― 出来るだけ前倒しできるものは前倒しして・・・と。
それで会えない日がまた続くのかと思うと、少しだけ胸がしくしくと不満を訴えて痛むが、ロイの為だと思えば・・・・・我慢できる。
エドワードがそんな決心を立てている頃。
公表してすっきりしたロイは、出来るだけ最速で会える日を捻出しようと算段していたのだった。
―*―*―
「ラポに籠もっている・・・?」
食堂でカムアウト後、別段普段とは変わらぬ仕事振りをこなしていた。
少将のロイに真っ向から聞いてくるような下の者は当然居ないし、噂を耳にした上からはさり気なく「そう云う趣味だったとはね・・・」と言われただけで特にその後指導を受けるようなことも無い。ま、人にはそれぞれ暴かれたくない趣味の1つや2つ、皆持っているということだろう。
ロイの直属メンバー達も、薄々何か察していたのか、成る程と各自が納得して胸に収めてくれた。先ほどにロイの浅慮でばれているホークアイなど、全く我関せずで通している。
そんな有難い環境に感謝し、仕事に精を出して取り組んだお蔭で、何とか日常のペースまで戻せたのだ。少しでも時間が取れたのなら、何とかして恋人に会いたいと思うのも自然な流れだと云うのに・・・・・。
『ええ、先日からずっとなんですよ。・・・そこまで根を詰めなくても良いはずなんですが・・・・・。ま、掛かりだしたら夢中になるなんて事は、ここの人間なら誰しも有るんで、特に気にしてはいないんですけどね』
そう説明してくれる彼の職場の人間に、伝言だけ伝えて電話を切る。
エドワードが1つの事にのめり込むのは今に始まったことではないから、その時はそこまで真剣に考えず、(じゃあ、今日は会えないんだな)程度に落胆した位で終らせた。
その内に伝言を聞いて連絡をくれるだろうと、先に部屋と身の回りを整えておこうと思考を切り替え、ここ暫くの忙しさの為、部屋の中も片付けられない状態のままになっているのに時間を割く。寝に帰るだけだから、それほど散らかっているいう印象は無いが、綺麗かと言われれば「YES」と言うのは恥かしい程度。エドワードの研究が一段落して招待した時に、余計な事に時間を取られない為にも、ここは少し片付けておくべきだろう。
まずは溜め込んだ新聞や郵便関係を確認して捨てる。酒瓶だけは増えて行くのでそれもケースに入れて、勝手口に出しておこう。
キッチン・リビング・浴室と手早く片付けて、1番散らかっている寝室に足を向ける。散らかっている云っても、シーツや洗濯物が放りっぱなしになっている程度だ。纏めてクリーニングBOXに放り込んでおけば済む。
少し換気もした方が良いなと思いながら、部屋をに入って窓を開ける。
肌寒い風が濁った空気を清浄にしてくれるのを任せながら、引っぺがしたシーツに落ちている衣類を残らず置いていく。後はこれを纏めてBOXに入れるだけだ。・・・・・と、最後にベッドの横の椅子に掛けられていたバスローブを手にしたところで動きが止まる。
汚れたところも見られないそれは、エドワードがこの家に泊まりに来てくれた最後の日のものだ。
少し戸惑う様子でこれを羽織って部屋に入ってきたエドワードに、ロイは言葉もなく見惚れた覚えがある。
風呂上りで身体全体を仄かに紅く染め、下ろされたままの金糸が水気を含んでしっとりとした輝きを放っていた。羞恥の為か俯かせた視線が彷徨う様子が、物慣れない彼の初々しさを伝えてくる。
そんな彼がベッドまで来るのを待ち切れず、手を伸ばして力一杯引き寄せると、そのままシーツの上に組み伏せてしまった自分の性急さまで、まざまざと蘇って来る。
――― 素肌に纏っていたんだったな・・・・・。
清潔なバスローブの下、一切の下着を取っ払っていたとこら辺が彼らしかった。が、それは正解だ。折角羽織って来たバスローブも5分とせずに剥がされてベッドの下へと放り出されたのだから。
白く浮かび上がる彼の肢体が、脳裏に浮かんでくる。しなやかな彼の身体は、どんなロイの要望にも柔軟に応えてくれる。そんな彼を一晩中抱きしめていた時間は、最高だったのに・・・。思わず会えない日々が続く今に溜息だ。そして残り香などとうに消えているとは判っていても、思わず手にしたそれを顔に近づけて匂いを嗅いでしまう。
少々、変態ちっくな行動をしているな、と自覚してても止められないのは可愛い男心と云うものだ。
すーと吸い込んでみても、やはりエドワードの匂いは消えて、洗濯剤の石鹸の香しかしない。しないと云うのに・・・・・。
「――― こんなことで反応するか・・・・・」
その前に先日の(と言うには随分日が経っているが)逢瀬の時を思い返していたのもいけなかったのだろう。幻香に誘発されたように、ロイのそこがむっくりと立ち上がり始めている。
バスローブを手放せば落ち着くだろうと頭では判っているのに、手にした滑らかな感触から離れられない。エドワードの肌に頬を摺り寄せるように生地に顔を埋めると、次々に彼の痴態が頭に浮かんでくる。
焦らしすぎると薄っすらと涙を溜めて、自分に乞うような視線を向けてくる表情や、感じるポイントを弄ってやれば白い喉を曝して反り返る反応や、――― 突き入れた時の熱い感覚・・・・・・。
「・・・・・拙い」
そこまで想像しだしたら、ロイの事情も引き返せないところまで登りつめてしまっている。そうなってしまえば、後は吐き出すしかないのだ。
最近は忙しさにかまけて処理もしてなかったから、この反応の早さも致し方ないのだ。そう言い訳がましく考えながら、少し不自由に歩き出し部屋を出たのだった。
サーサー と湯気をたてて流れ落ちてくるシャワーの下で、ロイは自分のモノに手を伸ばしている。瞑った瞼の裏には先ほどまで思い返していたエドワードの姿が艶を濃くして浮かび上がっている。
「・・・っ、く・・・・・」
自分の手の平で筒を作りその中を擦るようにして出し入れしてやると、
グンと手の中の体積が膨らむのが判る。ぎゅっと掴んでやれば、ソレは嬉しそうにピクピクと手の中で跳ねてはロイの腰を重くした。
もう余り保たないなと思いながら舌で唇を嘗めると、エドワードと繋がる時を思い浮かべながら、一気にペースを上げて手で擦り合げてやる。
――― エドワードから得れる快感には程遠い・・・と思いながらも、頭に想い描いている相手を苛んでやる。緩急つけて突き入れていると、必ずエドワードの方も腰を揺らしてくる。快感に敏感な彼はロイの与える感覚は辛過ぎるほどに感じるのだろう。ゆらゆらと揺れる白い尻たぶを想像しただけで―――弾けた。
――― ああ・・・、もう少し楽しんでいたかったのに・・・・・。
と思いつつも、腰を突き出して全てをぶちまける。どっと汗が噴出すほどの熱さも、変わらず流れているシャワーが洗い流していってくれるはずなのに・・・・・。
「――― 嘘だろ・・・」
まだまだ足りないとばかりに主張しているソレに、げんなりした気分で呟いた。やはり本物には敵わないと不満を言いたいのか?
聞き分け悪いソレをぺちりと叩き、その衝撃に「うっ・・・」と言葉を詰まらせる。
そして溜息1つを吐いて、仕方なく続いて手を動かすロイなのだった。
結構な時間を入浴で割いてしまったが、電話が鳴った様子は聞こえなかった。と云う事は、エドワードはラポからまだ出ていないと云うことなのだろう。身体的にはすっきりとしつつも、余り気分は浮かんではこない。
今日はもう仕方ないかと、早々に疲れた身体を横たえると、ものの数分で眠りの世界へと落ちていった。
短い 微睡 の中で、明日には連絡をくれるだろうか・・・と淡い期待を胸に、その日は悪夢も見ない闇に身を浸したのだった。
―*―*―
ここに至るまで、避けられているとは気づけなかった、己の馬鹿さ加減に腹がたつ。
「今度は出張?」
唖然とさせられた内容に、これはさすがに避けられているのだと気づく。連絡不精なところは多々有るが、「連絡を待つ」と云う伝言を無視するほど非常識ではない彼だ。なら一言も無しで出掛けたと云うなら、避けられているとしか考えられない。
一気にダウンしたテンションのまま、腕組をして考え込む。
避けられるような思い辺りと云えば、あの食堂の1件だけだ。
(それ以外は会っていないと云う哀しい事実の為)
どうせ彼のことだ。また煮詰まって自分の考えに猛進しているのだろう。
他人の事ばかり考えて、自分のことを省みないのは彼の悪い癖だ。
もうそれが性分のように染み付いてしまっているのだろう。
そんなエドワードに腹が立ってくる。
以前なら、ここまで腹を立てることはしなかった。いや、しても自制していただろう。―― 自分達はただの友人なのだから、と。
だが今は恋人同士になっている。そんな関係を築き始めたばかりとは云え、ただの友人や知り合いなどではないのだ。何が自分達の為になるか位は、二人で考えたいと思って当然だろう。
なのに彼はいつまでも独りで考え独りで決断する。
それで弾き出した答が、絶対だというように・・・・・。
ロイはぐっと眉を顰めると、再度電話に手を伸ばしたのだった。
―*―*―
「お疲れさまでした」
ペコリと頭を下げる研究所のメンバーにエドワードは手を振って返す。
ラスの愛称の青年は、若いがその分飲み込みも早い。エドワードに妄信的に傾倒しているのが少々難だが、こういう出張の時には良く動いてくれる彼のような人間が適任だ。
3日間の強行軍で戻ってきた二人は、今日はそのまま直帰と云うこともあって家路に着く。夕食でもと誘うのが先輩の気配りなのだろうが、明日も通常勤務だから、一刻も早く帰って疲れを解す為にも休みたい。
出張前日までラポに詰めていたエドワードの体力も、そろそろ限界に近くなってきているのだ。
――― 怒ってるかな・・・・・。
タクシーの中で、出かける前のロイからの伝言を思い出す。
『一段落したら連絡を』
その伝言に返さすに出て来てしまった。ああして連絡を取ってくるくらいだから、あちらは平常に戻りつつあるのだろう。先日の件がどんな風に尾ひれが付いているのかを想像すれば、それを尋ねたい気持ちの浮かぶが、ここは軽率な行動は控えるべきだろう。
軍の閣下の呼称で呼ばれるクラスの人間だ。自分のようにしがない一研究員が気安く連絡を取り合う方が、土台おかしかったのだ。
(しがない研究員が、所属する国研の命運を左右する程の人材だと云う事に、エドワードだけが今だ気が付いていないのだ)
これからは自重し、慎重に行動しなくては・・・。
――― そう頭では考えると云うのに・・・・・。
心とか感情とかは、それを無視したところで膨らみ広がるから厄介だ。
ふとした空き時間に、どうしているのか・・・と思い浮かべる。
そんなに気になるのなら連絡を取ればいいものを、変に気にするから電話にも手が伸ばせない。
――― 以前はこんなこと、考えもしなかったのに・・・・・。
恋とは本当に厄介なものだと思う。
友人関係だった時の方が、遥かに気遣いもなくのびのびと付き合えていた気がするのだ。こんなに相手のロイの事を考えてみたことなど、あの頃には無く自由に気が向いた時に着かず離れずで会っていたはずだ。
でも・・・・・1度、今の関係を知ってしまえば、元に戻ろうとは思えなくなるから不思議だ。彼の知り合いの一人に戻るのが嫌で、親友の座を渡されるとしても、もうそれでは満足できない。
――― それにあいつの親友の座は、不動の人が居るしな・・・・・。
永遠に変わらない存在が居る限り、その席でもエドワードは2番にしかならない。それが不満と云うのとは少し違う。逆にそうであることが、
自分の事のように誇らしくさえある。
人好きのする眼鏡顔の相手に、今のエドワードの心境を相談すれば、どんな風に言ってくれるのだろうか・・・。
『恋は悩むもんじゃないさ、楽しむものだろ?』
そんな風に言って様になっているウィンクを寄越すかもしれない。
それを想像して少しだけ気分が浮上する。
そろそろ着きますよの声に、エドワードは財布を出して支払いの準備をした。暖められた車内から出ると、思わず首を竦めるほど外気が冷えている。足早にアパートの入り口へと向かった足が、ピタリとその場で止まってしまう。
「――― あんた・・・・・、どうして?」
少し先からでも判る人影の人物に、エドワードは驚き思わずといったように声を出す。
「・・・・・どうして? それを君が言うか? ―― 兎に角、寒いんだ。早く部屋へ上げてくれ」
吐き出す息を白くして不機嫌そうにそう告げるロイに、エドワードも慌てて頷いて鍵を取り出した。初冬のこの時期とはいえ、冷え込む夜に長時間立っていたとしたら、身体が冷え込んでいてもおかしくない。
部屋に入ったら先に入浴を進めるべきか? その間に暖房を強めに点けておいて・・・・・。あれこれと考えながら部屋に飛び込むようにして入ると。
「・・・エドワード」
背後からひんやりとした空気を纏いつかせたまま、ロイが抱きしめてくる。不思議だ・・・・・寒いとか冷たいとか感じるはずなのに、酷く落ち着く温かさを感じる。
「ロイ・・・」
ほぉーと溜息のように口から吐息と一緒に名前が零れる。それを待っていたかのように置かれた手がエドワードをくるりと翻す。
「会いたかった・・・・・」
その言葉が二人の気持ちそのものを表しているのだろう。いつもなら照れが先にたつエドワードでさえ、自然と重なる唇に積極的に応えていく。
静かな寒い部屋の中では、忙しなく互いの温もりを分け合おうとする二人だけがいる。
本当は恋しかった。
一目で良いから会いたかった。
声だけでもと思っても、それで自分を止められる自信が無くて、受話器を取ることさえ出来ないでいた。
でも――― 会ってしまったから・・・。
もう抑えること等、出来そうにない。
互いが互いに少しでも相手の奥深くへと入りたがる。舌が絡まれば、まるで強請るように自分の方へと誘い込むような動きを止められない。
身体を繋げるより淫らな口付けがある事さえ、エドワードは知らなかった。教えてくれるのは・・・・・いつも、ロイだけだ。
「・・・・は・・っ・・・ んん・・・あ、ふぅ・・・・・・」
はしたないと思う気持ちさえ浮かばない。どれだけの不在に耐えれば、他人はこんなにも欲望だけに染め上げられてしまうのだろう。
口付けが首元を伝い、着衣が乱れるほどに相手の身体を弄って、裾から忍び込む手の冷たさに、正気に返る。
「冷たっ・・・! ロイ、あんたどんだけ外に居たんだよ!?」
「―― ああ、済まない冷たかったか? それほど長く居た感じは無いんだが・・・・・」
それこそ時間の感覚が麻痺するほど居たという証では・・・。
「ちょ、ちょっと待ってろ! 直ぐ風呂に湯を入れてくる」
直ぐにも手の中から飛び出しそうな勢いのエドワードに、ロイは腕の力を籠めて放そうとしない。
「いいから、エドワード。別にそんなに冷えているわけじゃない。それよりもこうしている方が、よっぽど温まるからっ!」
「馬鹿! 局部的に温まっても仕方が無いだろっ。とにかく手を放せ!
んで、先に風呂に入って温もって来い!」
放せ、嫌だの問答の間も、エドワードに引きずられるようにしてじりじりと浴室へと近づく。これは別にロイが非力だからではない。エドワードが機械鎧の片足で踏ん張る結果だ。
で、とうとう寮の狭い浴室に辿り着くと。
「・・・・・仕方が無い。なら一緒に入ろう」
「アホか!」
一刀両断、間髪を入れないエドワードの返しにも、ロイは退く姿勢を見せようとしない。
「そうか、なら入らない」
「あのなぁ~、餓鬼じゃないんだから・・・」
「入らないと言ったら入らない! 君が一緒に入ってくれないなら、このまま凍えていても構わないぞ」
思わず開いた口が塞がらないほど呆れたが、連発してくしゃみをしたロイに慌てて、「判った」と返事を返してしまったのだった。
「――― もっとあっちに行っとけよ・・・」
「そんな事をしたら、シャワーに当たれないじゃないか」
気恥ずかしさで背中を向けているエドワードの背後からは、嬉々としたロイの声が返ってくる。
湯を張ると云うエドワードに、それは次回の時にと訳が判らないことを言って、ロイはシャワーだけで良いと言い張るのだ。仕方なくシャワーだけ落としている。狭い良く室内はそれでも十分暖まるが、困るのは互いの距離だ。寮の設備スペースなど最低限だから、いくらエドワードが背中を向けたところで、背後の気配は間近で感じてしまう。
浴室温度とは関係なく薄っすらと汗を掻くのを、急いでシャワーで流し去る。
「ほら、もう冷たくないだろ?」
そう言って脇に差し出された腕に驚く間もなく、その腕はエドワードの身体に巻きつけられてしまう。
「ロイっ!」
慌てて叫ぶエドワードの背後から、耳元にロイが楽しげに囁いてくる。
「しっ。浴室内の声は響くんだよ? 通る人たちが驚くじゃないか」
歌うように笑って告げられた言葉は正論だから、エドワードは思わず口を噤む。
「エドワード・・・、会えない間に私を思ってしてた?」
耳元で囁かれたとんでもない質問に、エドワードは慌てて目一杯否定しようとする。
「そ、そんなこと・・・」
していないとは―― 強くは言えないのだが、していますと大威張りで公言する事でもないはずだ。
「私はしてたよ。君の事を考えながら、ね・・・」
エドワードが否定の言葉を告げ終わる前に、切なげなロイの声がそう話して教えてくる。
「けど・・・、身体と感情は別だな。君が足りなくて、辛かった・・・」
濡れるのも気にせずに肩にコトリと付かれた額を感じて、エドワードは泣きたいような気持ちで胸が一杯になる。
自分だってそうだった! と、どうしてこの男のように素直に言えないのだろう。ここは意地を張るような場面でも無いのに。
それでも、ここで自分の本心を吐露してしまえば、きっと歯止めが出来なくなる。そうなれば、もっともっとと欲張る自分が必ず現れてくる。
そして―― 必ず、迷惑を掛けてしまう事になるのだ。
黙りこんだエドワードを覗きこむようにロイがキスを強請ってくる。
強請ってくる分は応えてもいいと自分に言い聞かせ、エドワードは首を捻ってキスに応える。不自由なキスが、逆に心を煽る。
それは相手も同じだったらしく、足りない分を補うように腰に回された手がエドワードの下肢へと落とされた。
「・・・・・・っぅ!」
エドワードが息を飲み込んだのを感じたのか、ロイが喉で笑い、告げてきた。
「してなかったか、確かめてみようか?」
意味ありげなセリフと共に、エドワードのソレを掴んだ指が厭らしい動きを始める。
「ふっ・・・・・くぅ・・――・・・」
声を潜めているようにと言われても、鼻から抜けて出るものまでは止められはしない。ロイに触れられる前から立ち上がり始めていたソコは、彼の簡単な指の動きにさえ反応して喜んでしまう。
「随分、溜めていたようじゃないか」
面白がるような言葉に、エドワードはキッと視線を向けて。
「・・・あんただってなっ。尻に当たってるぜ?」
先ほどからコツコツと当たっているモノを揶揄してやれば、当然と頷いて返すから憎ったらしい。
「私はいつでも君不足だからね。誰かのように我慢強くはないさ」
主張するように尻の割れ目に沿って動かされると、それだけで前が達きそうになってしまう。
はぁはぁと荒い息を吐き出して耐えているエドワードの耳朶を齧りながら、
「我慢する事はないだろ? 先に達っておけば、君は後が楽になるんじゃないかい?」
感じやすいエドワードは、ロイが達くよりも回数が多くなる。焦らされると辛くなるのは、いつでもエドワードの方だからそれを指しているのだろう。
「くそっ・・・・・!」
こうなると意地でも先には達きたくはないのだが・・・・・。器用な指がエドワードの先端を爪弾くように弾くと、どっと血が逆流するような衝撃を感じて、呆気なくロイの手の中で果てたのだった。
立っているのがやっとなくらい、膝が笑ってしまうのをロイは今度は哂う事はせず、エドワードが達いくのを待ちかねてたように、湯を止め抱かかえるようにして浴室を出て行く。大判のタオルにぐるぐる巻きに去れて水気を拭われ、自身もざっと湯を拭き取ると寝室へと直行させられた。
「あ、あんたはいい・・・」
いいのか?と最後まで言い終わる前に、すかさずロイが返事を返してくる。
「達くなら君の中の方が良い。・・・もう自分の手は厭き厭きしているんだ」
赤面の言葉を包み隠さず告げて、少し性急だがとエドワードをベッドにうつ伏せに寝かせると、先ほどで前戯は終わりだと云うように、エドワードの秘孔へと滑る指を差し込んでくる。然程抵抗なく入ってきたところから、何かのローションでも持ち込んでいたのか。
「ん・・・・ん」
ひんやりとした感じが火照った身体に気持ちが好い。ゆるゆると出し入れされる動きのたびに、腰も揺れてしまう。
然程時間を掛けずに指が増やされても痛くないから、潤滑剤以外のものが含まれているのかも知れない。
一通り奥まで塗り籠められると、「少し早いが」と断わりを告げながら、ひたりと熱いモノが押し付けられる感覚に、思わずふるりと期待で背が震えてしまう。グッと入り込んでくるモノの体積の太さに、思わず力を入れそうになったのを息と吐き出すことで必死に留める。グッグッグッとエドワードの呼吸のタイミングに合わせるように入ってくる熱いそれが、内壁を擦る度に悲鳴のような声が上がりそうになった。
ここは壁も厚くは無い。自分でも耳を塞ぎたくなるような嬌声を、隣の同じ職場の人間に聞かれるのなんて、想像するだけで憤死してしまいそうだ。
「ど・・・うした?」
少し上擦った声が、声を押し殺しているエドワードを訝しんで訊ねてくる。
――― 今、話しかけるな!
喉まで飛び出しかけている嬌声を抑え込んでいるのだ、返事なぞしようものなら言葉以外のものが飛び出してしまう。
両手で口を塞ぎ涙目だけでそう訴えると、ロイも察したのかチラリと隣室との境の壁に視線をやり苦笑を浮かべている。
伝わったのかとほっとして気を緩めたのが悪かった。まだ半場だったモノをいきなり勢いを付けて最後まで捻じ込まれた衝撃に、思わず口を塞いでた手が外れ咄嗟にシーツを固く握り締めた瞬間、ぎょっとするような甘く高い声が部屋に放たれてしまったのだ。
「あ、ああァァァ・・ァァ―――・・・・・」
その声に満足そうに頷いて、ロイは動きを緩めることなく突き上げを開始する。
「い、いじゃないか・・・。わざわざ・・・聞かせる―のは問題だが・・・・、
恋人がいるなら・・・・・当たり・・前だろ?」
動きの合間にそんなことをエドワードに諭してくる。
「そ・・・っ あぁ、っぅ・・あ・・・ ダメに・・・あぁぁ・・・―――」
「今日まで我慢したのに、――― 君の声も、聞けないなんて・・・冗談じゃない!」
溜った不満を判らせるように、ギリギリまで引き抜いたモノを思いっきり進入できる限界まで叩き込まれた。
「・・・っ、ひぁぁっっ―――ぁぁぁ・・・・」
腰が浮くほどの突きに室内には乾いた肉同士の音と、散らされた水音が上がる。
――― その後のことは・・・・・もう考えたくない。
自分の声さえ抑えられてなかったのだ、それ以上、部屋で巻き起こっている音と云う音、しかも振動まで激しく続いていて、漏れ聞こえなかっただろうかなど―――笑止千万だ。
明日からどんな顔をして・・・。しかも、あの状況ではエドワードが受け側なのは包み隠さず中継されてしまっただろう。
自分の矜持も少しは痛いが、それ以上にその相手の詮索をされるかと思うと・・・・・気分がどんよりと重くなる。
――― 自重しようと決めたばかりだってのに・・・・・。
何度目かの絶頂に押し上げられた後、そんな後悔が一瞬意識に浮かんで、その後はぷっつりと黒1面に染め上げられ途切れた。
「くっ…――― っ、ふぅ・・・・・」
最後の1滴まで注ぎ終わると、ロイの口からは満足そうな吐息が零れる。ズルリと濁った水音と共に引き出したモノも、久しぶりに堪能させてもらった開放に満足そうに弛緩している。
「・・・・・エドワード?」
腕の中でくったりとしている恋人の反応の無さに声を掛けてみれば、相手は既に意識を手放している様子だ。
「――― しまった・・・、やり過ぎたか・・・」
涙と汗でぐちゃぐちゃになった顔を撫で、浅い息を吐き出して静かに眠っている様子にほっとする。顔に張り付いた髪を梳いて撫で付けてやり、その横に寝そべると肘を付いて寝顔を眺める。
「・・・・・気にしていたようだから、先に言えば良かったかな? 君のお隣さんは、今日は宿直で留守をするそうだよ」
エドワードよりも先にアパートに来ていたロイは、隣の住人が出て行く時に挨拶を交わしていたのだ。エドワードの懸命に堪えている様子がいじらしくて、ついつい黙っていて愉しんでしまったのだが。
「これでお相子だから、いいだろう」
くすりと笑って、そのまま並んで横になる。互いの汚れた身体も少しは気になったが、朝にまた一緒に入ればいい。どうせ明日は二人とも午後まで空き時間に調整してある。―― これもエドワードには言ってないが。
色々と腹に据えかねていたロイが画作した成果だ。
結果は上々。今日は久しぶりに悪夢に悩まされずに眠れそうだった。
―*―*―
翌朝、起床時間を大幅に過ぎてから目覚めたエドワードが、上手く動かない身体でじたばたと起き上がろうとして、気づいて目覚めたロイに
「伝え忘れていた」とケロリとした顔で隣の住人からの伝言とシフト変更を伝えられ、どっとベッドに逆戻りで伏したのは当然だ。
怒りと羞恥で顔を赤く染めているエドワードに、ロイがご機嫌とり宜しく甲斐甲斐しく世話と云うなのちょっかいを出してくるから、エドワードはその度に頭をはたいてやった。それでも本当に機嫌を損ねるようなことがないのは、やはり自分も足りなかったものを与えられて、満足していたからだろう。
浴室から揃って出てきた時、晴れ晴れとした表情で出てきたロイとは逆に、エドワードはそこはなとなく昨夜の余韻を引きずって疲れているようだった。余韻だけならまだしも、朝からされた数々の悪戯に疲れを加算されたのが致命的でもあったようだが。
「・・・・も、死にそ・・―」
「若いのに何をこれしきで弱音を吐いてるんだ? 日頃の無理が祟っているんじゃないのか?」
パンを焼いてコーヒーを淹れる。そんな質素な朝食兼昼食をテーブルに並べながら、ロイが平然とそう言い返してくるから、机に突っ伏した状態のエドワードは目だけで相手を睨みつける。
――― いつか同じ目に合わせてやる・・・・・。
そんな物騒な決意を心に滾らせたと云うのに、上機嫌な相手には感じてももらえないようだ。
「・・・・・けど、どうやったんだ、シフト?」
どちらも余程腹が空いてたらしく、パンをあっと言う間に平らげると、まだ少し余裕の有る時間にコーヒーをゆっくり飲みながら、疑問を尋ねてみる。
「ん? そう難しい事でもなかったさ。前回の件で君の考察を聞きたい案件が出たから、午前中の時間を融通してくれないか?と伝えると、快くね」
口元に弧を描いて何事も無い様に話すロイに、エドワードは溜息を1つ吐く。軍の将軍閣下にそんな要請をされれば、断われる筈も無いだろうに・・・・・。
と―――、ふとコーヒーを飲んでいる相手の顔を見る。
――― 本当は今までだって・・・・・。
ロイの一言でエドワードの勤務など簡単に変わる。なら、今までそんな事は無かったと云う事は、彼がそれを行使しないでいてくれたと云うことなのだと・・・・・・、今更ながら気がつかされた。
「・・・どうした?」
じっとロイの顔を見て黙り込んでいるエドワードに、不思議そうに声を掛けてくる。
「あ・・・、―― いや、何でもない。・・・・・あんまゆっくりしてると遅刻するぞ」
時間はまだ余裕があるとは云え、ロイの官舎よりは遠い。着替えや準備諸々を考えれば、少し余裕を持って出た方がいいだろう。
「ああ・・・・・。大丈夫だ、迎えが来ない内は問題ない」
さらりと返された言葉に、エドワードは固まる。
「・・・・・え? 迎え・・・・・・?」
まさか・・・、まさかここに? 思わず引き攣る頬はどうしようもない。
「ああ、昨日の帰りもここで降ろしてもらったから、間違えることもない。
君も一緒に乗っていくといい。
―― それよりも、エドワード・・・」
話を遮るように、エドワードは言葉を割り込ます。
「ちょ、ちょっと待てよ! 迎えがここに? 昨夜も送ってもらったって、
・・・ここに?」
「ああ、そうだが・・・?」
エドワードの狼狽振りに、ロイの方が驚いている。
「そ、・・・・・そんなの変だろ?」
自分の官舎でも無い家に送らせて、迎えも寄こすなぞ―― 朝帰りを告白しているようなものではないか。
そう思った瞬間、カッと頬が熱くなる。
「変も何も・・・・・付き合っているんだ、そういう日も有るだろ?」
まるで動じてないロイの様子に、ふつふつと怒りが込み上げてくる。
――― 昨夜の伝言を伝えなかった事といい。
今朝のシフトのことといい。
その上、今度は送迎だ?
こいつぅ~、俺の苦労を・・・・!!
「・・・・・あんたなぁ! 俺が折角、この前の件を刺激しないようにとっ!」
「もう皆、知ってるぞ?」
「―――――― へ?」
激高して立ち上がり掛けた腰が、その一言ですとんと椅子に戻る。
「が、だからと云って別に何も変わりは無い。誰も自分の事に忙しくて、
君が気にしている程、気に掛けている者はいないさ。
周りばかりに気を取られていると、見なくてはならないことを見落とすぞ?
君が私の立場を気に掛けてくれるその気持ちは嬉しい。が、それが高じすぎて今回のように避けられれば、―― その方が何十倍も傷付くよ」
「ぁ・・・・・・」
エドワードとは逆に落ち着いた様子でそう話しているが、口調とは裏腹に本当に傷付いていたのは彼のその表情が伝えてくる。
「――― これを君に・・・」
ズボンのポケットから取り出し置かれた物は、小さな鍵だ。エドワードも見覚えが有るような気がするその鍵は、多分・・・・・。
「私の家の鍵だ。君がまだ一緒に暮らす決心が出来ないと云うなら、せめてこれだけでも持っていてくれないか?」
優しく伝えてくる声にも、微小な懇願が混じっている。
エドワードは机の自分の目の前に置かれた鍵を、じっと凝視する。
受け取るべきなのか、断わるべきなのか。
これに手を伸ばしてしまえば、自分は・・・・・。
迷いがエドワードの動きを封じてしまう。
本心から云えば、このロイの気持ちは嬉しい。彼の提案を跳ね除けた自分に妥協点を示してくれる寛容さは、やはり経験年数が違う大人なのだ。なのに自分ときたら・・・・・。
こんな関係になっていながら、もう一つ踏ん切りがつかずに蹈鞴を踏んでる臆病な子供のまま。
手を伸ばさずじっと鍵を見つめているエドワードに焦れたのか、ロイは一つ嘆息すると立ち上がり。
「持っていてくれるだけで構わないから・・・」
そう言ってエドワードの手を取って、その手の平に鍵を乗せたのだった。
その時のロイの声音が、妙に切なく聞こえたのは――― 気のせいではないだろう。
迎えが来たロイに「一緒に乗って行こう」と誘われた言葉に、頭を横に振りエドワードは自分も出勤の準備をする。
出掛けにチェスとに置いた貰った鍵を、引き出しの1つに閉まってそこの鍵を閉めてしまう。
今はまだ・・・、この鍵を持ち歩く勇気が無いと云うように・・・――。
自分の心緒に囚われていたエドワードには、
その時、自分がロイに鍵を渡す素振りも見せなかったことが、
更に相手を傷つけているのにも気づけないでいた。
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