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二人の関係 15
―*―*―
ロイのことを忙しい人間だと思っているエドワードだって、劣らずの多忙な研究職だ。研究職と云えば、1つの実験に掛かったら結果が出るまでのんびりと待っているようなイメージが有るようだが、そんな優雅なものでは絶対に無い。 刻一刻と変わる数値に、目を細めて睨むように常に気を張っている。微小な変化の見落としさえ大失敗に繋がる恐れが有るのだ。気を抜けるような時などあるはずがない。
しかもエドワードの研究室は国研の花形で、運営を担う研究を何個と抱えているから、同時並行を余儀なくされている。それには怖ろしく頭の切り替えの速い事が必須で、処理能力の高さも当然必要となってくるから、必然的にエドワードが采配をし研究室のメンバーに振り分け行なって行くようになっているわけだ。
次々と上がってくる別個のレポートやデーターを分析し、次の段階への計画手順や改善案を纏める。言うは易し、やり難しなのだ。
が、担当している本人はそこら辺には気づいておらず、やるものだと思ってこなし続けている。
誰かの美人で名高い副官が知れば、「替えて欲しい」と零すかも知れない。
「チーフ、これ頼まれてた件ですけど」
そう言って差し出されたデーターを受け取って目を落とすと、思わず「ああ・・・」と言葉が零れる。
それは先日、ロイから回されてきた解析だ。巷で妙な薬が出回っていると耳にした彼の部下が、入出してきたものらしい。本来、その程度ではロイのところまで回ってこないだろうから、エドワードの推測では薬物の流出経路なり、製造に軍が関与している恐れがあるという事だろう。
勿論、ロイが公私混同で話すはずも無く、エドワードの推測の域を出ないものだが、多分当たっている筈だ。
ずらりと並んだ成分表の中から可能性がある物質を見つける。
「薬物庫か・・・・・」
分子式:C8H12N2慣用名PhenelzineともPhenalzineとも綴られるそれは、フェネチルアミン誘導体で知られるアルカロイドの1種だ。
多くの誘導体の中には、作用が神経系・精神面に大きく作用しすぎるものもある。それは概に麻薬として法律で厳しく規制されている。
が、誘導体の中には病気の治療に不可欠なものもあり、ここに出ているフェネルジンは抗うつ剤として使用されているので有名だ。
軍の薬物庫には大量のフェネルジンが保管されてるはずだ。それの1部を拝借すれば大量のmethylenedioxymethamphetamine 、一般で言われているMDMAが出来る。使用されているその他の成分から見ても、これは多分催淫剤――― 要するに媚薬だ。
依存性を引き起こす成分は含まれていないし、持続性も短いようだ。
元々、フェネルアミン自体は体内に入ると直ぐに分解されてしまう。それを長時間作用させようと思ったら、別の化学物質が必要になるのだ。
が、時間は短くとも作用は大きい。まがい物の混ぜ物ではない、正真正銘の誘導体なのだから。
この手のものは中和剤が作りにくいから困る。一端反応を始めた身体の作用を抑えるのには、負荷が掛かりすぎる。1番良いのは時間の経過で症状が治まるのを待つことだ。苦しみたくないなら、促される作用に沿うことでしか解消できない。
データーをチェックすると、急ぎ封筒に入れてきちんと閉じる。
これは余り多くの人間の目には触れない方が良いだろうと、経験上の勘が伝えてくる。出来れば早めに渡してやった方が良いと判断して、はたと動きが止まる。ここ最近、軍の敷地内には足を踏み込ませてない。
どうしても必要な時には、研究室の1番の若手のラスに走ってもらっていたのだが、彼は朝から別件で籠もり中だ。
それ以外の人間となると、エドワードよりも年上ばかりなので、お遣いごとに足を運ばせるのは申し訳ない。
数瞬考え、エドワードは席を立った。
「アポはしてないんだけど、いいかな?」
受付で顔を覗かせれば、顔見知りの事務員の女性が「あら?」と表情を綻ばしてエドワードに声を掛けてくる。
「エド、随分久しぶりじゃない?」
「う・・・ん、ちょっと予定が詰まっててな」
「そう。あんまり無理しないのよ? あなたが顔を見せてくれないと、寂しがる子達が山ほどいるんだから」
中の者達も同意するように手の平を振って見せてくれる。特に中の新顔だった1名は、ブンブンと首が折れそうなほど大きく頷いている。
以前、睨まれていたような気がしたが、それは杞憂だったのだろうか。
「どうぞ、マスタング少将のお部屋よね? こちらから連絡しておくわ。
ただ少将は今日は御前会議の定例会なんで、まだ会議中ね。・・・そろそろ終ってもいいはずなんだけど、―― 今日は色々と煩型が顔を付き合わせてるから、大変なんじゃないかしら・・・・・」
困ったような表情には何か含みを匂わせてはくるが、彼女もそれ以上はエドワードに話すような事はしない。事務員といえど非戦闘員の軍人の者達だ。簡単には内情を暴露するようなことはない。
ありがとうと礼を伝えると、そのまま勝手知ったるで廊下を進んでいく。
次の回路を通り過ぎれば司令部棟へと入れる。そう思ったところで、一際声高に話す集団が、エドワードより一足早く階段から降りて道を塞いだ。
「全く、世も末だ! 栄えあるアメストリスの将軍職を拝していて、妻も嫁も娶らないなどとっ」
「まぁ、個人の趣味をとやかく言うのは控えた方が、お互いの為ですな。
閣下も関知しないとおっしゃられたことでも有りますし・・・。
―― そういえばお宅には妙齢の娘ごさんがおられましたからな」
暗に妻の座を狙わせようとしていたのだろうと揶揄してくる。
「個人の趣味などで、とやかく言う気はない! が、それと別に家庭を築き、優秀な子孫を繁栄させるのは、我々に課せられた義務だ」
何人かの声がそれに同意したように、相槌を返していた。
「確かに趣味は趣味で留め置く方が利巧でしょうな。軍人の妻となる者、それ位の良識は弁えておりますからな」
「そうだ、それをあの若造は『私には過ぎたお話ですから』の1点張りで」
「おや、お宅もそれで断わられましたか? ・・・・・実は私も内々に話を通したのですが、けんもほろろに断わられましてねぇ」
「・・・・・余程、具合が良いとみえる」
下卑た忍び笑を零す者に、追従するような笑が巻き上がる。
「男など、妾で十分だ。子供が出来ない分、助かると云うものだ」
全く全くと同意しながら降りてくる集団が、階段の下で固まるように立ち尽くしていたエドワードに気づかずに歩き去って行く。
最後に忌々しそうに吐き出された噂の人物の名前が、エドワードの耳に痛いほど響いたのだった。
「エドワード君、どうしたのこんなところで?」
呼びかけられギクリと身体を強張らせたが、目に映った人物にほっと力を抜く。
「連絡が有ったのに一向に来ないから・・・・・。―― どうかして、顔色が悪いようだけど?」
心配そうに窺ってくるホークアイに、エドワードは小さく首を振ると
「これ」と手に持っていた封筒を差し出した。
「ちょっと、予定を思い出したんで、悪いんだけどこれを少将に渡しておいて貰えるか?」
「それは構わないけど・・・・・。ね、少しだけでも顔を覗かせてやって頂戴? 最近、全然会えなかったでしょ? 皆、凄く楽しみにしているのよ」
ね?と優しい言葉を掛けてくれるホークアイの温かさに、思わず目元が熱くなってくる。
「ん・・・――、でも今日は帰らないと・・・。ごめん、また近い内に顔を出せるようにするからさ・・・」
それだけ言うと、エドワードは押し付けるようにして封筒を渡して、来た道を逃げるように走り去っていく。
「エドワード君!?」
心配そうに呼び止めるホークアイの声にも足を止めず、エドワードは出来るだけこの場から早く去る為に、歩調を緩めることはしなかった。
「帰った? ここまで来ていて?」
会議の後片付けを終らせて戻ってみると、浮かない表情のホークアイが手に持った封筒をロイに渡しながら、先ほどの事の顛末を話して聞かせてくる。
「はい、少しだけでもと誘ったんですけど・・・。顔色が優れなかったから、体調でも崩してないと良いのですが」
「顔色が・・・・。判ったまた様子を窺っておこう」
気には掛かるが追いかけるわけにもいかない。ロイは小さな吐息1つを吐いて、渡された封筒に手を掛ける。きっちりと封をされている点からみても、エドワードも中の依頼の重要性を察してくれたのだろう。
「少将、それは・・・」
ホークアイも中身が何についてなのか、薄々察しているようだった。
「・・・ああ、この前の押収物の解析だ」
ロイも錬金術師として名を馳せている人物だけあって、そこに記載されている化学記号や分子配列も当然理解できる。そして、エドワードが記してくれたのだろう、赤の下線を引かれたものが何を示しているのかも。
この程度の解析なら、勿論軍の科学班でも十分に出来る。あえてそれをしなかったのは――― 内部犯行の路線が濃かったせいだ。
「少佐、薬物庫に出入り出来る人間のリストをさらってくれ。それと巷で薬が出回った頃の出入り名簿もな」
武器庫に続いて薬物庫には厳重な監視体制が引かれている。
「それとフェネルジンの持ち出した量と運ばれた先を調べ上げて、在庫と使用量が正しいかもな」
それだけで大体は判ったのだろう、ホークアイは表情を引き締めて頷くと直ぐに調査に掛かるために部屋を出て行った。
金欲しさの為かもしれないが、こんなに直ぐに露見するような犯行を何故起こしたのだろうか。崔淫剤を作って捌くなら、こんな足が付きやすい場所から持ち出さなくても、市販のものからの方が判り難いと云うのに。そんな疑問を浮かべながらデーターを再度頭に叩き込み、元の封筒に戻そうとする。
開いた封筒からポトリと落ちてきたのは、解析にと渡したものの残りの薬だ。
「これの処分も頼んでおけば良かったな・・・・・」
保管するにしても廃棄するにしても、段取りを踏まなくてはいけない。
面倒だと思いながらも、捨てることも出来ずに仕舞って置く事にした。
調査が始まると、あっさりと容疑者が浮かんできた。
取調べに対しても素直に供述してきた者は、「捕まって当然ですから」と罪を償う姿勢を見せている。
彼の家族は歳の離れた妹が一人だけだ。父も母もとうに他界し、彼が育ててきたようなものだ。自分は結婚する事もなく、妹の成長を見守ってきていたのだが、その妹が難病にかかり至急の大掛かりな手術が必要となったのだが、それにかかる莫大な費用を貯めている時間も無かった。
自分の職場に有るものが、どうすれば金に替わるかは判っていたし、それに必要な設備も備わっている。罪に手を染めるには躊躇いは無かったが、罰せられないまま暮らすには彼は良識人だった。
無事に妹の手術は終わり、療養を兼ねて子供の居ない親戚が面倒を見てくれることになった後は、罪を償うべきだと思っていたのだった。
捕まることを想定した犯行に、報告を受けた上部は激怒したが、退職金の前借申請を撥ねた軍の対応にも問題はあるだろう。
気まずい事件の終幕に、誰もが沈痛な思いを抱いたのだった。
―*―*―
ロイがエドワードの解析から調査を進めている頃、エドワードの様子は日に日に悪くなり、とうとう職場の仲間からも早退を強制的に申し付けられた。
『病院で検査を受けるように』と勧められ中、曖昧に笑って流したのはこれが病などではないからだ。いや、身体のと云うべきか。
偶然とは云え耳にしてしまった話は、忘れようがない。
彼が「大丈夫だ、変わりない」と言っていた言葉を、どうして自分は簡単に鵜呑みしてしまっていたのだろうか。
――― そんなわけが有るはず無いのにさ・・・・・。
軍は今だ旧体制が根強く残っている派閥社会だ。そこから弾かれてしまえば、上には上がり難い。
『趣味と家庭を築くのは別問題だ』
と言い切っていたどこかの将軍の言葉が正しいのだろう。
が、エドワード自身にはそんな風に考えれる育ちはしてないし、割り切れるほど心が広いわけでもない。
『男など妾で十分。子供が出来るわけでもなし』
――― めかけ・・・か。
ロイが結婚しなければ、今の自分たちの関係は恋人同士という枠に何とか入るのだろう。が・・・――、彼が結婚しても、自分たちの関係が続けば、それは男妾と呼ばれるものになる。
今は恋人同士の関係と呼べても、この先自分は何かを与えれるわけではない。
温かい家庭も、彼の血を引く子供も・・・・・。
そんな判りきっていたことを、どうして考えずにいたのだろう。
そうやって自問自答していれば、考えれなかった自分の愚かさに腹が立つし、わざと考えようとしなかったのかと勘繰れば、自分の狡さに吐き気が込み上げてくる。
恋はシンプルな『好き』と云う感情で出来上がるが、結婚はそれだけでは出来ないものなのだ。
それをつくづく思い知らされた気がする。
「早退した?」
事件解決の報告に託けて連絡を取ってみれば、概に研究室にはエドワードは居なかった。自宅の方に連絡をしてみると伝えれば、容態も窺ってみてくれと逆に頼まれる。
数日前にホークアイが彼の顔色が悪かったと言っていたが、それほど酷かったのだろうか。ここ最近、事件の調査で詰めていたせいで、すっかりと連絡が遅くなってしまったのだ。
デスクの上のものを目算し、急ぎのものだけ取り出して手早く終らせると、ロイはホークアイに頼んで自分も帰れる算段を立てる。
買い物をして帰るからと、送迎を断わって車を1台借りる。ホークアイ少佐には渋い表情をされたが、エドワードの体調が思わしくない場合は病院に連れて行きたいからと話すと、渋々車を使っての独り帰宅を許された。
体調が悪くても、彼の部屋には薬の常備が有るとは思えず、薬局や必要な小物と身体に優しい料理をと揃えていると、結構な量の買い物になり、車を借りてきて良かったと胸を撫で下ろす。
アパートの来訪者用のパーキングが運良く空いており、そこに車を止めるとロイはまだ居た管理人に事情を話して入れてもらい、エドワードの部屋へと向かっていく。
扉の前に着くと、一端荷物を置いて呼び鈴のブザーを押す。
数度押して暫く待つが、中からの応えがないのが不安を濃くし、もう1度押してみて反応が無ければ強行突破しようと心に決める。
――― ・・・・・はい? ―――
小さな応えが帰って来たのは、ロイがもう少しで手を打ち合わせるかどうかの矢先だった。聞こえた声にほっとしながら、中の相手に呼びかける。
「エドワード、私だ。体調が悪いと聞いたから、色々揃えて来た。少しだけで良いから、中に入れてくれないか?」
本当なら一晩でも二晩でも付き添ってやりたいが、なかなか甘えてくれない恋人だから、逆に気を遣うだろう。
「エドワード?」
黙りこんだまま返事が返ってこないのを訝しみながら、ロイは急かす様に扉をノックする。
扉の向こうで倒れていたりしないだろうな・・・と心配になりながら、再度ノックをしようと手を上げた頃、ゆっくりと扉が開いていった。
「―― 寝ていたのか?」
入った部屋には電灯が点けられていなかった。着替えをした様子は無いのだが、そのまま寝込んでいたのかも知れない。
「電気を点けさせてもらって良いかな?」
運びこんだ物も片付けなくてはいけない。返事が無いのは、しんどくて億劫なのかも知れないと少し焦り気味で電灯を点ける。
眩しそうに目を細めるエドワードは、確かにここ数日で少々やつれているようだ。寝不足なのか目の下の隈といい、青褪めた顔色といい、体調が悪いのは間違い無さそうだ。
「どこが悪いんだ? 痛むところは?」
心配そうに手を伸ばして額で熱を測ろうとするロイを避けて、エドワードは緩く首を振る。
「・・・・・別に、病気とかじゃないから」
「病気じゃないって・・・・・、酷い顔色だぞ?」
横になった方が良いと勧めると、「眠くは無いから」と返され、腹に何か入れた方が良いと言えば、「空いてないから」と返される。
「――― エドワード、何が有ったんだ?」
身体の調子が問題では無いのなら、他に何かあるはずだ。それでなければ、これほど憔悴している原因が判らない。
力なく椅子に座り込むエドワードの横に、手短な椅子を引き寄せてロイも腰を掛ける。
「どうした? 何が有ったんだ? ・・・・・話してくれなければ、判らない」
何でも独りで解決しようとするエドワードだ。それだけの能力も備わっていることは判っている。なら、その彼がここまでになっているには、何か手に負えない問題が降りかかっているはずなのだ。
そう――――― 多分、二人のことで・・・・・。
そんな嫌な予感が胸の中でどんどんと黒い染みを広げて行った。
思いつめている様子のエドワードの俯き加減の表情が、ロイの心に焦燥感を募らせていく。話してくれと頼むように、放り出されていた手を掴んで握り締める。掴まれた手を引き戻すように取り返すと、エドワードはロイの顔を正面から見つめてきっぱりと告げてくる。
「別れよう、俺たち」
迷い無い声でそう告げられて、逆上するのではないかと思っていた自分が、意外に冷静なのに驚いた。
「――― 何故? と聞いても良い筈だな」
その反応の仕方に驚いているのは自分だけでは無かったようで、エドワードも一瞬目を瞠り、辛そうに瞼を閉じる。
――― 自分は「どうして?」と詰め寄る権利が
有るのではないだろうか?
予想もしてなかった言葉で傷つけられているのはこちらの方だと云うのに、どうして彼がそんなに傷付いた目をするんだ・・・・・と。
そんな風に考えながら、自分が何故逆上しなかったのかも判った。
別れる気など、毛頭無いのだったのだから・・・・・。
「――― 何を言われたんだ」
声はどこまでも冷たく、確信に満ちている。
確かにロイのように公表するとまでは行かなくとも、彼も自分のことを好きでいてくれているのには自信があった。急ぎすぎるロイに躊躇いは有っただろうが、それで嫌気が差すような生半可な気持ちで人を好きになる人間ではない。
なら、誰かに何かを言われ、それが自分に関してのことだろうと云う程度は簡単に察せられる。
そこまで考えて、エドワードが司令部に立ち寄った日を思い出す。
あの日の会議は前半が、定例の各支部の報告を読み上げるものだった。
後半に入って本題だとばかりに上がったのは、覚悟はある程度していたがロイのプライベートのことだ。
多分、何人か声を掛けて来ていた者達が、口裏を合わせていたのだろうが、まさか御前会議で堂々と議題で上げてくるほどとは思わなかった。
ロイに直接では聞く耳持たずで断わるばかりなので、何とか上層部に働きを掛けてと目論んだんだろうが・・・・・。
『個人のことだ。ほうって置くが良かろう』
鶴の一声の総統の言葉に、続けて上げようとした将軍たちの声は、噛み殺された不満の呟きで掻き消えた。
別にグラマン総統がロイに助け舟を出してやろうと考えてのことだと思うほど、ロイも温い道を歩いてきたわけではない。
ロイがエドワードと通じていれば、また前回のような甘い汁を吸えると算段してのことだろう。が、次回はロイが阻止して見せるが。
それぞれの思惑が絡んだ会議は終了し、不満を胸に抱えた将軍達は帰路についたが、大人しくも静かにでもなかったことだろう。
「―――――― そうか・・・、そういうことか」
声高に不満と悪態を撒き散らした彼らの声を、多分丁度回路で鉢合わせたエドワードが耳にした。そういうことなのだ。
ロイの得心している様子に、思い辺りが有ったエドワードは気まずそうな表情で顔を俯かせた。土台隠し事など出来ない彼だ。素直になれば良いのにとは思うが、出来ないから彼らしいとも云える。
「・・・・・別に、それだけでもないけど・・・」
ぼそぼそと反論を返すエドワードに、ロイは「じゃあ、何が?」と語気を強めて追求する。
「やっぱり、おかしいだろ? 俺とあんたが付き合ってても、―― 何かあるわけじゃなし。あんたに必要なものを俺が与えてやることも出来ないんだぜ?」
そんなことを蒸し返してどうするのだと云うのだ?
とうに判りきった事柄など、最初の段階で飛び越した二人なのだ。
越した障害の大きさに、今更驚くなど本末転倒だ。
「――― では聞くが、私に必要なものとは何だと?」
意地悪く改めて聞いてやれば、そんな傷付いた目をするのか?
自分が言い出した事なのに、どうして君がそこで傷付くんだ。
そう言ってやりたいのをぐっと堪えて、エドワードが返す返事を待つ。
「・・・・・家族とか欲しいだろ? 将軍にもなれば、お・・・おくさんとかも居なきゃ困るだろうし・・・――」
思った通りの答えに、ロイは大きな嘆息を吐き出す。それにビクリと肩を竦めるエドワードを見つめ、落ちた前髪をかき上げながらやれやれと内心で零した。
「―――――― 私がいつ、そんな事を言った?」
そう聞かれ、エドワードは目を瞠ってロイを見つめてくる。
「君が聞いたとしたら、それは私の口から出た私の言葉じゃないだろ?
どうして恋人の言葉より、噂好きの他人の下賎な話を取るんだ?」
どうしてもっと信じてくれないのか?
二人の幸せよりも、独りの幸せの方が勝るとでも思っているのか?
そんなことで身を退かれても、全然自分は幸せにも嬉しくも成れないというのに・・・・・!
そんな言葉より、素直な言葉が聞きたい。
『君はどうしたいと思っているんだ?』と。
――― そうか、そこまでの時間を掛けずに来てしまったから・・・。
夢で語っていたヒューズが言っていたではないか。
嫌がる子供に無理強いすれば、痛い目を見るのは大人の方だと。
では彼が確固たる想いを築くまで待てば良かったのか?
二人が寄り添うのが自然だと思えるくらいまで?
それには後、どれ位の月日が必要なんだ。
その間に彼の心が変わらずにいてくれると、本当に断言できるのか?
彼は幼くはあるが、子供ではないんだ。
―― なら、それに相応しい対処法があるはずだ・・・。
「―― では聞くが・・・、別れて君はどうする気なんだ?」
互いの職場は近過ぎるし、エドワードの望む通りに縁談を受け結婚すれば嫌でも耳に入るのだ。まさか祝電を送ってくれるなどの、非道な仕打ちは勘弁して欲しい。
少し荒んだ気持ちで呪うようにそう考える。
「―――――― 元の友人に戻るってのは駄目かな・・・・・?」
エドワードの答えは、ロイの予想以上に残酷な言葉だった。
「ハッ・・・・・ハハ・・・!!!」
顔に手の平を置いて、天井に向けて嘲りの笑い声を上げる。
子供だ子供だと思っていたが、ここまで幼いと哂うしかない。
ロイは一頻り侮蔑交じりの笑い声を零し、手の平を退けた顔をエドワードに向ける。
「――― エドワード・・・・・、無垢なのも、時には許されない罪になるんだぞ?」
ゆらりと立ち上がると、ロイはエドワードを覗き込むようにして、彼の椅子の背凭れに両腕を伸ばす。
「元の友人? 触れれば濡れた声を零す君が? 咥えられて背筋を震わせて喜んでいる癖に? ・・・・・気づいてないのか? 最近のお前は、射れられて泣いて善がって達ってるのを? ――― そんな自分が友人に戻れるかだと?」
顔を真っ赤に染めているエドワードの耳元に唇を寄せ、柔らかな耳朶に歯を立てる。
「・・・・・っぅ!」
痛みで呻き声を零すエドワードを哂い、ロイははっきりと告げてやる。
「そんな淫らな友人など、私は欲しくない」
恋人なら大歓迎でも、友人になど1番持ちたくはない輩だ。
何も無かったことに出来ると、エドワードが本気で思っているのなら、彼の頭には付ける薬は無い。必要なのは荒療治の治療だろう。
そんな凶暴な考えが浮かんだ時に、丁度良い物を思い出して口角が上がる。軍服の胸ポケットに入れていた錠剤を取り出すと、エドワードの前に翳して見せる。
「これが何かは判るだろ?」
ロイが指で摘んだものを目にして、エドワードは一瞬で顔を青褪めさせる。
「そう、他ならぬ君のところで分析してもらったものだ。これの効用は、よぉく知っているはずだな?」
手の平の片手でエドワードの喉を握り込む。苦しそうに口を開いて喘ぐエドワードに、ロイは取り出した袋を歯で上手く切り開いた。
「無事に事件は早期解決したんでね。君に何かお礼をと考えていたが、丁度良かった。――― ぜひ、味わってみてくれ」
急所の1つを押さえ込まれているエドワードには、首を横に振ることも口を閉じることも出来ずに、放り込まれた薬を舌の上で感じる。
吐き出そうとする前に、押さえ込まれていた喉を開放され、変わりに顎をつかんで深い口付けを落とされる。
ロイの舌が素早く薬をエドワードの喉へと押しやってくると、開かれた気管はすんなりと小さな粒を胃の中へと通したのだった。
「・・・・・ゲホッ! ゴホッ・・・ッゴホッ」
急きこむエドワードの背を優しく撫でながら、ロイは甘い声で囁いた。
「さて、どちらが良いかを選びたまえ。私の家に来るか、ここで職場の人間に盛大にサービスするか・・・をね」
前回は留守だったお隣さんは、本日は居ることは気配で判っていた。
苦しさと悔しさで涙目で睨みつけてくるエドワードは、そんな目で恋人を睨めばそそられるだけだと知らずにやるから困ったものだ。
「さて、どちらが良い?」
―*―*―
恍惚とした表情を浮かべているエドワードは、自分がどれだけ嵌っているかに気づいていない大馬鹿者だ。
結局、エドワードはロイの家を選んだ。
ここは一軒屋だから、少しくらい叫ぼうが喚こうが、隣家に聞こえる事は無い。
薬は即効性だったから、連れて来る間に随分と我慢をさせられた。
熱い吐息を吐き出しす切なげな口元といい。
熱を逃がそうとして身体を振るわせて耐える表情といい。
車で襲い掛からなかった自分の忍耐を褒めて欲しいくらいだ。
支える為に回した腕にさえ感じるらしく、いやいやするように首を振るたびに見える項に噛み付きたくなる。
玄関の扉を施錠するまでが自分の忍耐の限界で、鍵の掛かる音と共に先ほどまで誘惑され続けていた項に歯を立てる。
「ヒッ・・・・・アァァぁぁぁ―――!!」
その刺激は薬が効いている身体には強烈だったらしく、エドワードは朦朧としだした意識の中で、素直な身体の反応のまま果てた。
腕の中で、立ったまま、背をしならせて果てる。
恍惚とした表情に、淫らな腰の動き。
視覚にも凶暴な艶姿にロイの喉が鳴り、余韻に浸って弛緩している身体を乱暴に担ぎ上げると、そのまま寝室へと向かう。
ここで及ぶには、今夜は長くなるだろうから・・・・・。
「・・・・・よっぽど気にいったようじゃないか?」
薬の効能なのか、身体が解れていていつもよりスムーズに挿入が出来た。
狭さ熱さは変わらないが、貪欲に貪ろうとする動きは普段より数倍好い。気を抜くと楽しむ間も無く持っていかれそうな程だ。
ぐっと歯を噛み締めて堪えると、少し腰を引く。そうするとまるで縋りつくように纏い付いて中へ中へと引き込もうとするのだから・・・堪らない。
乾いた唇を湿らすのに舌を這わせ、ぐっと腹に力を入れて際奥へと突きこんでやれば、エドワードの嬉々とした声が高く上がる。
「ハッ・・・・・ァァァ・・・―――・・・アァ・・・!」
理性が飛んでいる彼の反応は素晴らしく好い。必死に腰を振って自身の快感を追及する貪欲さが全面に押し出されるようになるからだ。
退けば逃がさないとばかりに押し付けられる腰。
打ち込めば、もっとと腰に絡められる足。
「・・・くっ・・・―― これで友人に戻ろうなんて・・・些かおこがましくないか?」
薬の影響は多分にはあるが、今のエドワードの痴態くらいはロイも良く目にしている。素直に言葉で聞かされなくても、ロイが不安を抱かなかったのは、睦み合っている時のエドワードは、身体全体でロイに訴えてくれるのだ。
離さないで欲しい・・・と。
大好きなんだと。
だから言葉にされなくても不安に思うこと等1つも無い。
彼が考え過ぎる余り突拍子も無いことを、言ったりやったりするのは、子供の時からなのだから。
免疫も出来てくると云うものだ。
「そ、ろそろ・・・達かせてくれないか・・・・・・っ」
この縋り方ではエドワードが果てるまで、達かせてもらえそうに無い。
それはそれで嬉しいのだが、夜は長いのだ。楽しみは多い方が良い。
先にエドワードをと、ポイントを狙っての突き上げと擦り上げをしてやれば、ひっきりなしに甘い声が上がり続ける。
「ヒ・・・ン あっ・・・はぁ、あぁぁ・・・ンンッ・・・!」
気持ち良さそうな声に、ロイの方もどんどんと切迫されていく。
「ッ・・・ んとうに、声までそんなので、どうするんだ・・・・」
濡れる声と云うものが有るとすれば、今のエドワードの喘ぎ声はまさにそのものだろう。
素直に言葉に出来ないエドワードが、無意識で素直になる時・・・。
「君は・・・何を叫んでいるのかは、気づいてないんだろうな」
白い胸が反らされ、一際高い啜り泣きが上がる。
「もう、達くのか・・・? なら、私も・・・―――・・・・・」
ここまで来ればどんな感覚ででもエドワードも達くだろう。
一転して突きの照準を最奥に当てると、自分の欲望に従って腰を捻じ込んでいく。濁音の水音が頻々と零れ続け、二人の背に目も眩むような快感の波が駆け上がって行く。
「ひっ・・・・・あ、あ、あぁぁぁ・・・・・・―――・・・!!!」
上がる声が音階を更に上ったのか、声は声として聴覚には入らず、視覚がそれを補うようにエドワードの口元を見た。
――― ロイッ・・・――― と動くエドワードの唇に、ロイは満足な気持ちで、熱い奔流にして返事を返してやるのだった。
「・・・・・・」
目覚めは最悪だった。
あの手の薬は使用して利いている間は良いが、切れた途端にその分に使った体力で電池切れしたように、身体が脱力するとは誰の話だったか?
今まさにそれを実感させられている。
隣で気持ち良さそうに寝ている男の鼻を抓み上げたいが、今は指1本動かせない気分だ。・・・・・だから仕方なくだ。自分を抱き枕にしている男の腕の中で大人しくしているのは。
しかし、一体今は何時くらいなのだろう・・・。
習慣で目が覚めたようだが、それにしては差し込む日差しが明る過ぎる気が。
抱きしめられている腕が重くて身体は動かせないが、何とか顔だけでもと試みている間に、ロイが目覚めたようだ。
ぎゅっとさらに腕に力を籠められて、「おはよう」とほのぼのした挨拶をしてくるコイツは一体・・・・!
この倦怠感や疲労感は薬の所為だけでは断じてないはずだ!
と云うか、殆どこいつの所為だと断言して間違いない。
「おはようは? エドワード」
不機嫌なのは判っているだろうに、構わず頬擦りして挨拶を強請ってくる。
「・・・・っにはふ・・・!!」
言い返そうとして出した声は、潰れてしまっていて音になっていない。
驚いて喉を押さえる自分に、ロイはくっくっくっと肩を震わせて笑っている。それが余りにも悔しくて恥かしくて・・・・!
プルプルと堪えた怒りで身を震わせる自分に、ロイは目尻に溜った涙を拭きながら謝ってくる。
「済まない・・・・・、いや妙に可愛かったもんだから」
そう謝る尻から笑っていれば、もう好きにしてなの心境になってしまう。
そうだ! こんな風に和んでいる場合ではない。
時計は無いかときょろきょろと首を動かす自分に。
「ああ、君は病で療養中だ」
動かしていた首がピタリと止まる。
恐る恐る視線を合わせると、そこには世にも幸せそうな表情が有った。
「ついでに云えば、私は看病の為休みを貰ってる」
――― 何が病だ! どれが看病だ!
そう叫んでいる心の声が届いたのだろうか・・・・・。
「―― エドワード、君は病気だったんだよ、心のね。
・・・・・病は心を弱くする」
少し切ない声でそう言われて、エドワードは視線を伏せて確かにと心の中で呟く。
今、こうして寄り添っていれば何の不安も抱かないのに、昨日までの自分はどうしてあそこまで思いつめてしまったのだろう。
『寂しい』と云う病は重症だ。
治ればこれほど幸せだと思っている自分がいると云うのに・・・・・。
熱くなった瞼を癒すように、ロイが口付けを降らしてくる。
ぎゅっと抱きつけば、それ以上の力で抱きしめてくれる。
そうか・・・・・、これが答えなんだ・・・――――――。
求めれば求めた以上で返してくれる。
だから自分は不安になぞならず、簡単に最初の障害を越せたのだ。
独りでは越せなかっただろう壁は、二人で越すには簡単だっただけなのだ。
飛び越した壁の向こうには、もう戻れはしない。
何故なら、あちらには自分の望むものは無いのだから・・・・・。
擦り寄ってくる相手に腕を回し、エドワードは辿り着いた答えを噛み締めるのだった。
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