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まやかしの恋の代償
まやかしの恋の代償
H18,4/09 20:00
「恋愛とは、すべからく互いの錯覚と思い込みの集大成のようなものなんだよ。」
言われている言葉を、理解していないだろう相手に
言葉を続けていく。
。
「例えば、恋愛に不可欠なのは 逢う回数と距離感だな。」
「それって、どう言う意味?」
「そのままさ。
逢える回数の低い高嶺の花より、
目に付く 傍の花が可愛く見えると言う事さ。」
「それって、手短に済ますって言ってるように聞こえるけど。」
「まぁ、言葉悪く言えば それも、間違ってはない。
どれだけ、好きな人がいようとも
叶わない想いに身を焦がし続ける事は
人には出来ないものさ。」
「それって、本当は好きな人をあきらめるって事?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言える。
あきらめると言うよりは、心の奥に仕舞い込む。
そして、似た人や似たところの有る人間に
心惹かれるようになる事も多い。」
話を聞かされていた子供は、難しそうな顔をして
真剣に悩んでいる。
恋愛経験も無い子供に 理解しろと言うのは酷な事だろう。
「・・・でもそれって、卑怯。
そんな事で好きになられた方も、いい迷惑じゃんか。」
子供の潔癖らしく、その顔には不満が浮かんでる。
「だから、言っただろう?
恋愛とは、互いの錯覚と思い込みだと。」
子供は、しばらく考えていたようだが
おもむろに唇を開き、言葉を紡いだ・・・。
チャペルの鐘が、 澄み切った空に 祝福の音を 高らかに鳴り響かせる。
そこに集う人たちの表情も、 喜びを分かち合い、
明るい表情で 祝辞を述べている。
結婚式としては、決して 豪華ではないが、
品の良い、実質を大切にした良い式だと言えるだろう。
新郎は、もともとは派手を好む傾向にあるのだが、
情勢の落ち着きをみせない今の時勢を考慮しての事だろう。
そして、皆からの祝辞を、落ち着いた仕草で受け取っている。
横に立つ新婦の美しさは、この長い教会の歴史の中でも
褒め称えられるべき美しさだ。
上質なベールで覆い隠されていても、
その中に見える、眩い輝きの金糸は 光を放っている。
いつもは、冷静、冷徹と呼ばれる彼女だが、
さすが、人生最大の晴れ舞台では、女神のごとく
麗しい笑顔を皆に向けている。
今日は、ロイ・マスタングとリザ・ホークアイ両名の結婚式が
ここセントラルの、格式の高い教会で開かれていた。
二人のなれそめのスピーチが、招待客から紹介されている。
公私ともに支えてきた リザを褒め称えているスピーチが聞こえてくる。
公としては、多忙なロイを支えてきた優秀な副官として、
私としては、負傷を負ったロイを 甲斐甲斐しく看護し、
その後、北へと赴任したロイを待ち続けた賢女として。
エドワードは、その光景を静かに佇み 眺めていた。
今の自分が、その祝福の輪に入っていってよいのか
正直、解らない。
彼は、今まさに 異次元より門を通おって戻ってきたばかりだ。
その先に、こんな光景が広がっているとは
さすがに思わなかった。
どうしようかと立ちすくむ兄に、アルフォンスが 控えめに声をかけた。
「兄さん、皆の所に行かないの?」
「う・・・ん、何か 踏み込みにくくないか?」
「そうだね・・・、何か 僕達 変な日に還ってきちゃったみたいだね。」
アルフォンスとて、目の前に繰り広げられる光景が
何を意味しているのかは、当然 理解している。
禁忌を何度も犯している自分達が、この晴れの日に
姿を現して行ってよいのかどうか、考えあぐねていた。
「よっしゃ、日を改めて挨拶しに行こうぜ。」
「そうだね・・・。落ち着いた頃にでも。」
二人が、神の祝福を受けている場所に遠慮して
踵を返して立ち去ろうとした時、
鋭く 叫ばれる声に足を止められた。
「鋼の・・・。
鋼のか!?」
結構、距離があったと思うが、
聞きなれた声は、よくとおり ちゃんと、エドワード達まで届いてくる。
「・・・大佐。」
どうしようかと悩んだのも一瞬、
エドワードは 覚悟を決めて、声がする方向を振り向いた。
視線を向けた方向では、新郎が 新婦を置いて、
皆の輪から飛び出して来るのが見える。
・・・そして、先ほどまで輝くような笑みを浮かべていた
美しい新婦の表情が、翳り有る笑顔に変るところも・・・。
走りよってくるロイに、どう対応すればよいのかを
躊躇っていると、いきなり 近づいたロイに激しく抱きしめられる。
「ちょ、ちょっと大佐!」
慌てたエドワードがもがくが、その程度の抵抗は微塵も感じないのか
回された腕は、ビクともしない。
「戻って来たんだな・・・。」
腕を回し、抱き込まれた上の方で 吐き出された声に込められた思いが
エドワードを素直にさせていく。
「うん、たった今・・・。」
ロイは、回していた腕をはずすと 今度は両肩を持ち
エドワードが 目が回る位、強く揺する。
「本当に、本当に 君なのか!」
確認するように覗き込んでくるロイの剣幕に、
エドワードは、躊躇いがちに返事を返す。
「そうだよ、本当に俺だよ。」
エドワードが、切れ切れに返す言葉を聞きながらも
ロイは、エドワードを確認するように揺さぶるのを止めなかった。
「・・・全く君ときたら、
どれだけ 皆に心配をかければ気が済むんだ!
君たちが居なくなってから、どれだけ皆が心配していたか!」
そう怒る声も、溢れる喜びを隠し切れていない。
ロイは、そう言いきると
また、エドワードを強く抱きしめる為に腕を回してくる。
そして、エドワードの肩に顔を伏せると
エドワードにしか聞こえない位の小さな声で呟き続けた。
「良かった、本当に良かったよ。」
エドワードが、驚いたのは そのロイの声が涙声になっていた事だ。
『こいつ、泣いている・・・?
まさか、この嫌味な、傲慢男が 俺の為に・・・?』
ロイの呟きを聞く内に、エドワードの中にも
本当に戻って来れた事への実感が湧いてくる。
『俺達、戻って来れたんだ。
もう、2度と戻れないと思っていた この世界に・・・。』
自然と、エドワードの頬にも 透明な雫が 次から次へと流れていく。
気がつくと、周囲には 懐かしい顔ぶれのメンバーが
自分と同様に涙を浮かべ、流し エドワード達を囲んでいる。
アルフォンスも、フュリーに滂沱の涙と一緒に抱きつかれては、
泣き笑いをしている。
『皆・・・ごめん、
そして、 ありがとう・・・。
心配かけて、ごめんなさい。
戻ってくるのを信じてくれてて、ありがとう・・・。』
今まで 肩肘をはり大人ぶっていた彼が、素直に子供らしくなれたのは
おかしな事に、大人の仲間入りをする年齢に慣れてからだった。
もう、大人ぶる必要がなくなってはじめて
エドワードは、得れなかった子供時代を手にする事ができたのかもしれない。
その後は、皆にもみくちゃにされての帰還の祝辞の嵐に襲われた。
戻ったばかりの二人には、帰る所も まだ決まっておらず、
無一文だった事もあり、
ロイが しつこく新居に来るように誘ったが、
さすが、それは辞退させて頂き、
先行きが決まるまでの当座の資金をロイに借りる事で
ホテルに仮住まいする事となった。
エドワードが 戻った時には、既に国家錬金術師の制度は廃止されていた。
代わりに、国立での錬金術学校が設立されており、
学びたい者に 広い門戸を開けていた。
エドワードとアルフォンスは、ロイの計らいで その学校の講師として
勤務する事になり、あっと言う間に その道でのTOPの教授として
多忙な日々を過ごしている。
ロイも、国家の体制を変えるべく エドワード以上に多忙な日々を過ごしていた。
ロイの寝食忘れる努力のおかげか、国は 徐々に軍事国家から
法治国家へと移行していく。
リザは、そんな忙しい夫に文句を言うでもなく
相変わらず 優秀な補佐として、付き従っていた。
二人の間には子供はなく、
それは 国に自分の人生を注ぎ込む事を願っているロイの希望でもあった。
ロイとエドワードの関係も、上司と部下から 親友と言って差し支えない程の
仲になっていて、
ロイは 多忙な時間の空きを見つけたり、作ったりしては
エドワードと 国に関する議論であったり、
気を緩めるための思い出話を話したりする時間を費やしたりして過ごしている。
エドワードが 部屋に帰宅した所、
独り住まいにも関わらず、中からは 煌々と明かりが漏れている。
エドワードも、よくある事に さして気にもせず家に入る。
「やあ、お帰り。」
どちらが、この家の主かわからない様子を見せて、
リビングのソファーに寝そべりながら、持ち帰った書類を見ているロイが
声をかけてくる。
「お帰りってなぁー、
あんた、ここは 俺の家だぞ。」
全く・・・とぶつくさ言いながら、上着を脱いでいく。
「んで、今日は 何があったんだよ。」
「別に・・・、久しぶりに まとまった時間が空いたんで、
君の様子でも窺おうかと寄っただけだよ。」
そう聞くと、エドワードが妙な表情をする。
「何かね?
この後、予定でもあったのかね?」
そうロイが聞くと、ソファーに腰をかけたエドワードが
真剣に聞いてくる。
「いや、別に予定はないけどさ・・・、
そのぉ・・・、たまに 早く帰れるんだったら
家に帰った方がいいんじゃーないか?」
エドワードが、何を気にしているのかを察したロイは
エドワードの杞憂を軽く払いのけてやる。
「家に戻っても誰も居ないのさ。
リザは、今 法改正の案件で忙しくてね。
しばらく、会議所に泊まり込んでいるから。」
笑ってそう話すロイを見て、エドワードは ホッとした。
この男が、忙しい合間に 頻繁に訪れる事は
決して嫌ではないが、家族を蔑ろにしているのではないかと言う不安が
エドワードを悩ましている。
「そっかー、あんた所は 夫婦ともにヘビーだよなー。」
ホッとし、表情が明るくなったエドワードが そう言うと
ロイも さらにエドワードの不安を消すために 言葉を続ける。
「そうさ、私より 彼女の方が忙しいくらいでね。
手間がかかるから、エドワード君の所でも行って
暇を潰してくださいとか、言われる始末なんだよ。」
エドワードが おかしそうに笑うのに、
ロイは 少々情けない表情で、苦笑する。
その後は、ロイが来た時おきまりの
エドワードの手料理を振舞っての団欒を過ごす。
あまりに頻繁に来る男の為に、
エドワードの家には、ロイ専用の客間が有り
着替えも、その男によって置かれている。
エドワードの手料理がお気に入りのロイは
食べさせてもらう度に、エドワードの腕前を褒める。
リザは、忙しいのもあって家では料理はしない。
一緒に住み始めた最初に、何度か挑戦してくれたのだが
彼女には 家事の才能がなかったらしく
お世辞にも美味しいとも、食べれる程度の物も
とうとう食卓には並ぶ事はなかった。
ロイは、そんな彼女に家事を無理させる事のないよう
当初から、家政婦を雇い 家の事は 全てその人間に任せている。
おかげで、夫婦とも 忙しい毎日を 家の心配をせずに
過ごせているのだ。
食事を満喫した後、リビングで 酒も入っての談話は
普段より くだけた話も話しやすい。
目元を ほんのりと紅く染めたエドワードを見ながら、
ロイは 日ごろ考えていた事を聞いてみる。
「エドワード、君は 結婚はしないのかね?」
いきなりの自分に振られた話を、目を見開いて驚いた事を表して
ロイを見返す。
「何で、いきなり結婚話なわけ?」
「いや、だって君も いい加減 いい歳になっただろう?
国立大教授にもなれば、そんな誘いの話も山ほど持ち込まれてこないかい?」
興味深深という素振りを隠しもせずに、乗り出して聞いてくるロイに
エドワードは、苦笑しながら答えてやる。
「そんな 山ほどって程じゃーないさ。
たまに、回ってくるけどな。」
「そうだろう。
アルフォンス君が 身を固めて 大分と経つ割に、
君は 全然、焦ってる風でもないし。」
アルフォンスは、幼馴染のウィンリーと結婚する事を
早々と決めて、今は 夫婦で このセントラルに住んでいる。
エドワードは、若く見えても すでに、二人の甥っ子、姪っ子を持つ叔父さんになっているのだ。
「う~ん・・・。
まぁ、俺は ぶっちゃけて 結婚とかする気ねえしなー。
独りで好きなように暮らして、好きな事ができる今が
結構、気にいってる。
それに、結婚した後の 亭主の情けなさも目の当たりに
してるしな。」
最後のセリフは、ロイの方を意地悪い笑顔を浮かべながら。
その表情に、ムッとした顔を浮かべたが
次に話すときには、真摯な表情を浮かべていた。
「でも、それでは 寂しすぎないかい?」
そう言ってくるロイを、エドワードは あきらめにも似た表情で
ロイを見、答えてくる。
「なんで?
昼は 学生達に囲まれてて賑やかに過ごしてるし、
好きな事できて食ってもいける。
たま~の気を抜ける時間には、餌食いに来る手間のかかる猫の世話に
手一杯で、寂しがってる時なんかないぜ?」
にやりと笑って告げてこられる言葉を反芻して
浮かんだ疑問を伝えてみる。
「・・・君、餌を食べに来る猫って言うのは
もしかしたら、私の事かね?」
当然とうなずくエドワードに、ロイが脱力する。
「せめて、友人とでも言ってくれ給えよ。
なんで、動物と一緒にされなくてはならないんだ・・・。」
ぶつくさと不満を つぶやくロイを見ながら、エドワードはロイの言葉を
心の中で繰り返す。
『友人・・・か。』
そう考えながら、目の前にいる男を眺める。
幼い時に、自分を地獄から引っ張り上げた男は
その時は、上司と部下でしかなかった。
時を経て、上司と部下の関係は終わったが、
代わりに、プライベートの時間は こうやって逢う時間を持つのは
確かに 友人なのだろう。
ただ、エドワードが他に持つ友人とは 少し違う形の。
ロイもエドワードも、二人で逢っているときは
互いに相手の事を、誰よりも優先して考えている。
そして、その時間を何よりも大切にしていて、
そこには 他の人間をいれる事は ほとんどない。
皆で集まる等の予め予定が決まっている時は別として。
この関係も 友人と言われれば そうなのかも知れない。
誰よりも 気の合う、気を許せる友人。
それが、互いが決めたポジションだったのだろう。
そんな風に過ごす月日は、慌しく過ぎていく。
ロイの野望も、日に日に形を整え軌道に乗っていった。
エドワードも、錬金術の世界での第1人者として
師事を仰ぐ人間が ひっきりなしにやってくる。
そんな忙しい中も、二人は たまの空いた時間を
二人で過ごす時間にあて、過ごしていった。
このまま、日々は変らず過ぎていく事を
誰も、エドワード達も疑っていなかった。
が、変らない日々や 事など、無いと言う自然の摂理を
身をもって知らされる事が起きる。
「リザさん、ロイの様態は?」
家に着くなり聞いてくるエドワードに、
幾分、蒼ざめた色をしているが
落ち着いて話てくるリザをみる。
「あまり良くないの・・・。
お医者様が言うには、多分 今日、明日が山場じゃないかって・・・。」
気丈に振舞っていても、悲しみは隠し切れなかったのか
声を詰まらせながら告げている間にも
彼女の眼からは、流れ出てくる涙を抑えきれない。
「なんで、こんな事に・・・。」
蒼白な顔面に、苦悶の表情を浮かべてエドワードは
吐き出すように、言葉を搾り出す。
ロイが 倒れたのは、1週間程前であった。
国の施策も順調に進み、多忙ながらも充実した日々を送っていたロイが
勤務中に 高熱でいきなり倒れ、
その後、引かない熱に身体を衰弱させ続けていた。
最初は、ただの疲れかと思われていたが
どんな治療にも投薬にも、一行に下がらない熱に
医師団も 慌てる事になったが、
その時 すでに、本人の体力も尽きかけていた。
「お医者様が言ってたのは、
今までの無理がたたってたんだろうって。
普通の人なら、耐えれない日々も あの人は越してきた。
それが、限界を越したんじゃないかって・・・。」
夫の不調を気づけなかった自分を諌めているのだろう。
リザの瞳は、苦しみを湛えている。
エドワードは、リザの苦しみを 同様に自分も感じていた。
長い年月、傍に居ながら 気づいてやれなかった自分の愚かさを
悔やんでも、悔やみきれない。
が、そんな想いを この人が背負う必要もない事もわかっている。
「リザさん、後悔しないで。
ロイは 自分の人生を賭してやった事を叶えたんだ。
こうなると解っていても、ロイは 決して、止めなかっただろうし
誰にも 止めれなかったと思う。
それに、あいつは そんな事を望んだりしてなかったさ。」
エドワードが、訴える言葉を聞き リザは複雑な表情でエドワードを見る。
「あなたは・・・。」
リザは エドワードを見た後、静かに首を振りながら
言葉を続ける。
「きっと、誰より あの人を理解したのは
やはり、貴方なのね。」
そう、哀しみを湛えて告げられる言葉に
エドワードは、痛みと共に受け取る。
「そんな事は・・・。」
「いいえ、いいのよ。
わかっていたの。
それでも私は、この道を選んだし、望んだの。
例え、まやかしであっても
あの人の心が、私に向いてくれるんじゃないかって思っていたかった・・・。
でも、所詮は まやかしであって、本物を越す事は出来ないって事だったのね。」
そう寂しそうに微笑む彼女の表情が、
あまりに 哀しそうで、エドワードは 言葉を返す事も出来ないままだった。
「さあ、行って上げて。
あの人、熱で意識が朦朧としだしてから
貴方の事しか呼ばないのよ。
私を見ても、この髪の色であなたと間違っているようで・・・。
そして、ごめんなさい。」
彼女は、最後に そう告げると、エドワードの前から去って行った。
エドワードは、去る彼女の背中に向かって
深々と頭を下げて、心の中で謝る。
『ごめんなさい、リザさん。
あなたに、そんなに辛い想いをさせたのも
全て、俺らが悪いんだ・・・。
本当にごめん・・・。』
謝って償える程度の事ではないが、
今のエドワードには、謝る事しかできなかった。
リザが去った方向に、長い時間下げていた頭を上げ
エドワードは、静かに歩き出した。
最愛の人が待つ部屋へ。
ロイは、ずっと夢を見ていた。
小さな子供だった彼が、段々と成長をする日々を
保護者として、上司として接して過ごした時の。
そして、彼が失われたと思って 焦燥感と寂寥感に襲われ過ごした時を。
再び、この手に抱きしめられた時と、その後に続く 幸せな時を。
ロイは、熱に浮かされながら、すでに現実とも夢とも解らなくなった時を
そんな日々を、夢のように見ては思い出していた。
『恋愛とは、すべからく互いの錯覚と思い込みの集大成のようなものなんだよ。』
そう話したのは、一体 いつの彼にだっただろう・・・。
ぼんやりとしていた意識が鮮明に戻ってくる。
そうだ、あれは まだ 彼が軍にいる頃。
私が、恋愛経験もない子供では 可哀想だからと
手ほどきにと 話した日だ。
あの時、エドワードは 何と答えたんだったろうか?
『どれだけ、好きな人がいようとも
叶わない想いに身を焦がし続ける事は
人には出来ないものさ。』
『それって、本当は好きな人をあきらめるって事?』
『そうとも言えるし、そうでないとも言える。
あきらめると言うよりは、心の奥に仕舞い込む。
そして、似た人や似たところの有る人間に
心惹かれるようになる事も多い。』
そう言った私に、彼は 嫌そうな顔をして見返してきた。
『・・・でもそれって、卑怯。
そんな事で好きになられた方も、いい迷惑じゃんか。』
(ああ、全く そのとうりだよ鋼の・・・。)
『だから、言っただろう?
恋愛とは、互いの錯覚と思い込みだと。』
その時は、本当に それが真実だと思っていた。
卑怯だと言う子供を、経験の無さが夢を見させている発言だと
鼻で笑って、返してやった。
そうすると、彼は しばらく考えていたようだが
私の目を しっかりと見据えて言ってきたんだ・・・。
『俺は、そんなに簡単にはあきらめない。
似ている者に 心代わりする程度の想い人なんて
いらない。
本当に好きな人が出来たら、
どんなに逢えなくても、遠くなっても
ずっと好きでいる。』
『えらく強気な発言なんだな鋼の。
けど、君が考えているほど
人は強くもないさ。』
恋愛をした事も無い子供に、何がわかるのだと言うんだと
あの時は 思っていた。
でも、真実を見抜くのには 歳も、経験も関係はなかった。
逆に、子供の純粋さがあったからこそ
真実を見抜く事も、知りえる事もできたのだろう・・・。
大人になり、経験もあったがゆえに
見間違ってしまった愚かな者がいるように。
ロイは、自分でも気づかぬうちに
涙を伝わらせていた。
愚かな自分に、酷い事をしてしまった妻に
そして、馬鹿がつくほど純粋な 大切な想い人へ
後悔とも嘲笑とも、懺悔とも思える想いが
涙となって溢れていく。
臆病さは それだけで罪だ。
自分を騙し、人を欺き、愛する人を苦しめる。
そんな事しか出来なかった自分を呪いながら
流れる涙を止める気にはならなかった。
きっと、他の者は もっと流してきただろうから・・・。
「泣くなよ。
あんただけが、悪いんじゃない。
俺も同罪だ。」
そう聞こえてきたとき、これも夢の中なのかと思った。
どんな顔をして、今更 逢えるだろう。
彼の優しさに甘えて、自分をごまかした続け、
彼が、誰のものにもならない人生を選ばせ、
それを密かに喜んでいた、どこまでも卑怯な自分が・・・。
薄く目蓋を上げてみる。
それだけでも、今のロイには 重労働だ。
ぼやけて見える視界には、
見間違える事等、あろうはずがない エドワードの悲しそうな顔がうつる。
ロイは なんとか、声を出そうとするが
衰弱した身体では、それも ままならない。
「いいんだよ、無理に話さなくても。
あんたが、言いたい事はちゃんとわかるから。」
そう囁いて、涙を伝わせる ロイの頬を撫でる。
「俺らは 二人とも、卑怯だった。
だから、沢山の人を苦しめる事になった。」
彼が、静かに話す事は ロイの話したい懺悔と同じだ。
「だから、今度は 嘘をつかないし
逃げないようにしよう。
どんなに、困難な事でも、人を傷つける事があっても
二人で 正面を向いて、乗り越していこう。
もう、2度と 人を苦しめる存在にはならないでいような。」
そう話すと エドワードは誓いのように
ロイの熱で荒れた唇に、静かに接吻すると綺麗な笑顔を浮かべてロイを見ている。
『ああ、エドワード。
必ず、そうしよう。
君が、昔私に返した最後の言葉は
『俺は、生まれ変わっても、そいつを愛し続ける』と
話してくれたね。
今度は、必ず その言葉のとうりの人生が歩めるように
私も 頑張るよ。
それまでの間・・・、少しだけ 待っていてくれ。』
そして、最後の言葉は 二人の思いが重なったように
同じように呟かれた。
「愛している」
エドワードの言葉が、自分の想いも伝えてくれた気がして
ロイは、幸せそうに微笑む。
ずっと・・・、ずっと・・・、
本当は 君に そう伝えたかった・・・。
そして、君から そう伝えて欲しかった・・・。
次は、必ず そう伝えるから、君も 伝えてくれ。
ロイが幸せそうな笑顔を浮かべ、永い眠りに尽いたのを見届けて
エドワードは、やっと涙を流すことが出来た。
彼には、笑顔の自分を見せたかった。
次に逢うときまで、哀しい自分を思い出すのではなく
笑顔を浮かべる、幸せな自分を思い出していて欲しかったから・・・。
その後も、エドワードは 錬金術界で第1人者として多忙な日々を送っていた。
ただ、若いときの無理のつけを払うように
晩年は 病みがちになり床に着いている事が多かった。
彼が亡くなる時には、大勢の人が別れを惜しんでやってきたが
彼は、悲しむでもなく 「これでやっと追いかけられる。」と
幸せそうに語っていた。
そして、ロイ同様若くして逝った彼を惜しむ声が
後世も告げられていった。
「危ない!」
急に引かれた手に、そのまま倒れこみそうになった所を
支えた人物を見る。
「何すんだよ!」
憤然と相手に怒鳴り返す子供を、手元でまじまじ見る。
「離せよ!」
暴れられて、はっと気を取り戻す。
「そうは言うがね・・・、
君は 危うく交通量の多い車道に飛び出す所だったんだぞ。」
そう言われて初めて、子供は先ほど自分が歩こうとしていた道を見る。
そこには、横断歩道だと言うのに スピードを落とす事無く走り去る車が
途切れなく続いている。
さすがに、あの中に飛び込んでいたらと思うと
今更ながら、震えがきた。
「全く、何を考えていたんだ、君は?
その大きな瞳は まさか飾り物と言うのではないだろう。」
黒髪黒目と、この国ではあまり珍しくない色合いだが、
これほど深い色は あまり見ないかも知れない。
まじまじと見つめてくる子供に、男は 覗き込むように見返してくる。
「しかし・・・、君の瞳は髪と同じで 珍しいな。
金髪金瞳とは。」
自分を見返す瞳に、妙に恥ずかしさを感じて
目を逸らしながら、一応 助けてもらった礼を告げる。
「そのぉ・・、ごめん。
俺、考え込むと周りが見えなくなるようで。」
(君は、変らないんだな・・・。)
そんな声が、男の頭の中に浮かんで、自分自身はてな?と思う。
何故、初対面の子供に こんな事を思ったんだろう?
これだけ目立つ子供なら、1度目にすれば 忘れるはずもないが、
彼は、間違いなく初対面のはずだ。
「ちょっと、おっさん。
いい加減、手を離せよ!」
今までのしおらしい様子とは打って変わった 子憎たらしい態度を示す。
「ああ、これは失礼。
あんまり小さいので、抱き込んでいたのにも気づかなかったよ。」
無礼な態度への意趣返しで、そう言ってやる。
(本当は、嫌に手に馴染んでいる感覚を手離したくなかったからだが・・・)
「だ~れが、持ってもわからないミクロなチビだ!」
(別に、そこまで言ってないが・・・)
「まぁ、とにかく気をつけなさい。
それと、私は おじさんではない。
まだ、29歳のお兄さんだ。」
そう告げると、フンと鼻で笑う仕草が腹ただしい。
「29歳っていや、もう 十分 おじさんだよ。
俺は、まだまだ 若い15歳だからな。」
そう胸をはって言ってくる子供の言葉に
「えっ!!」と驚いた表情を浮かべてしまったが、
ここで その年齢に疑問を持った事を告げると
また、暴れられる事になりそうなんで
賢明に黙っておく事にした。
年齢より少々(かなり)小さく見える子供を
男は、軽く頭を撫でてやると
気をつけて行くようにと言ってやる。
また、子供扱いするなと言われるかと思って見てみると、
呆然とした表情で、子供が見上げ
驚いた事に、その珍しい金瞳に涙を浮かべる。
その様子に驚いている間にも、
溢れた涙は 瞳からこぼれて、頬を伝ってくる。
「ど、どうしたんだい?
どこか、痛くしたのか?」
「えっ、あれっ?
俺なんで涙なんか流してるんだ?」
どこも痛くないし、ケガもしていない。
ただ・・・、ただ 何故か この男が頭を撫でたときに
ひどく懐かしくて、あまりにせつなくなって
酷く胸が痛んだ。
「と、とにかく落ち着いた方がいいな。
この先に 私の職場があるから そこのカフェにでも入って・・・。」
おたおたとする男を見ながら、クスッと笑うが
涙腺が壊れたのか、涙はひっきりなしに流れていく。
「職場って、あんた何やってるの?」
泣きながらも、以外に冷静に聞いてくる子供にほっとしながら
答えてやる。
「ああ、自己紹介が遅れたね。
私は そこの大学で教鞭をとっている、
ロイ・マスタングという者だ。」
そうロイが告げると、
今まで 流れていた涙がピタリと止まる。
「ロイ・マスタング・・・って、
あの、科学界の一人者の?」
「そうだが・・・、
良く知っていたね?」
確かに、ロイは高名な方ではあるが、
それは、あくまでも その世界でという事で、
一般の世間では、余り知られていないはずだ。
不躾いな位、マジマジと自分を眺めている子供が
ひとしきり、悩んだり、頭を捻ったりしていたが
気が済んだのか、自分の自己紹介を告げる。
「俺、エドワード・エルリックです。
今日から、先生の研究所に入る事になってるんで、
ヨロシクな。」
それを聞いたロイが、今度は 呆然とする番だった。
確かに、近日中に 学会を騒がせている寵児が
ロイの研究部門に希望して入る事になってはいたが・・・。
『それが、この子?』
いくらなんでも、幼すぎる・・・。
ロイの考えが表情に表れていたのだろうか、
エドワードと名乗る子供は、憤然と言ってくる。
「なんだよ、おっさん!
俺が小さすぎるとでも、思ってんじゃないだろうな!
ちゃんと、スキップで大学資格はとってるんだからな。」
ロイは、この目の前の小さな台風の目のような騒がしい子供に
頭が痛くなるような気がして、
ふらふらと、その場を逃げるように歩き出す。
「あ、待てこら!
逃げても無駄だかんな。
俺は 惚れこんだら、どこまでもついていくんだから!」
そんな面白い事を言ってくる子供に、
ロイは 思わず堪えていた笑いを噴出してしまう。
「まぁ、それは 同感だね。
死でも分かつことの出来ない位の愛でないと
相手に自分を預ける事はできないからね。」
そう告げると、まだまだ恋愛経験などなさそうな子供は
からかわれたと思ったのか、
顔を真っ赤にして、言い返してくる。
「誰が、恋愛の話をしてるか!
第一、俺は そんなものには興味ねえよ!」
そう言い切る、まだまだ幼い子供をロイはじっと見る。
そして、静かに告げる。
「いや、私には わかるよ。
君は、愛する人が出来たら きっと、そうするだろう。」
何故か、ロイには その確信があった。
そして、そこまで理解できる相手が この世に存在している事事態が
すでに、運命のように思えて仕方が無い。
まるで、瞳を覗き込んだときに魔法にかかったように
彼の存在が、ロイに大きくのしかかってくる。
この出会いが、ロイの人生を大きく動かす事になることを
感じながら・・・。
<果たせなかった約束を、果たす日が近づいてくる・・・>
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