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act 3 「繰返される思い出」
at the Truth in the Mirror Image
act 3 「繰返される思い出」
H18,7/24 0:00
この小高い丘からは、イーストシティーの眺めが最高だ。
エドワードは ここからの眺めが大好きだった。
東方の大都市とは言われているイーストシティーだが、
セントラルのように 完全な無機質な集まりではなく、
所々に 自然と のどかなゆとりを見せるこの街は
今では エドワードにとっては、第2の故郷にも近いものがある。
ふいに後ろから、枝を掻き分ける カサコソとした音が聞こえてきた。
エドワードは 特に驚く事もなく、ゆっくりと後ろを振り返る。
「やぁ、君も来てたのかい。」
ひょいっと顔を覗かせたのは、この場所でお馴染みになった男だった。
「あ~あ、また 逃げ出してきて。」
エドワードが 渋い顔をして言ってみせると、
男は 悪戯が見つかった子供のような バツの悪そうな表情を浮かべて
エドワードの横に 腰を落ち着ける。
「まぁ、少しの息抜きは 仕事の効率を上げるためには必要さ。」
開き直ったような態度も、エドワードにはお馴染みだ。
男は 上着の襟元を緩めると、ごろりと横に転がる。
エドワードも それ以上、その男に気をかけることもなく
街の景色を眺める。
遠くには、駅を発車した列車が 蒸気を立ち上らせながら
少しづつ 小さくなっていくのが見える。
それを眺めながら、次の街へと 心を馳せていると
隣に寝転んだ男が ポツポツと話を始める。
街の近況であったり、うるさい無能な上司の嫌がらせへの感想だったり、
後味の悪い事件の話だったり、小さな嬉しい出来事だったり。
話すことは その時によってまちまちだが、
エドワードに話の相手を期待する事もなく、
まるで眠り語りのように、脈絡もなく思いつくまま口に出しては
消えていく。
エドワードも、特に相槌を打つこともなく
語られる話たちを聞き流していく。
最初にエドワードが この場所を見つけたとき
すでに この男が先客として居座っていた。
それ以来、イーストに戻り エドワードが ここに来るときには
たまに こんな時が繰返されるようになった。
この場所は、この男の懺悔の場所なのかもしれない・・・、
エドワードは そんな風に思った事が有る。
誰にも弱みも、辛さも語れない立場の この男が
抱える荷物の重さを訴える為の場所。
温かい家族の待つ家でもなく、
優しい聡明な恋人の前でもなく、
心を分けた友人とでもなく、
誰もいない、聞かれない この場所が。
しばらくすると、今日の話は終わりなのか
起き上がって 服に付いた葉や泥を叩いている。
「そう言えば 鋼の。
君は先は どうするんだい?」
唐突に自分に向けられた言葉は、内容も唐突過ぎて
エドワードは 答える言葉に詰まってしまう。
「先・・・?
今後の行く場所?」
どれ?と窺うような表情を浮かべるエドワードを見て、
ロイは 質問に 明確な意図を付け足す。
「君達が 身体を取り戻した その先だ。
取り戻すのに奔走している毎日だろ?
だから、その後の事は考えているのかと思ってな。」
ああっと、納得したと言う様に頷いて
「まだその先なんて考えられないな。
兎に角、身体を取り戻してからだ・・・な。」
自分の鈍く光る腕を見ながら、強そうな意志を瞳に閃かせる。
男は エドワードの瞳に灯る光に、一瞬 嬉しそうな表情をする。
「そうか・・・。
なら どうだい。
首尾よく取り戻した暁には、私を手伝ってくれると言うのは?」
「あんたの?」
「ああ、優秀な上司の下でなら
毎日、楽しく働ける事を保障するが?」
どうだいと可笑しそうに聞いてくる本人に
エドワードは あきれたような表情を浮かべながら返してやる。
「優秀な?
そりゃー、楽しいだろうな。
毎日、かくれんぼする上司を追いかけるのは。」
皮肉ぽく答えた返事にも、相手は笑っている。
「でも・・・、
軍は辞めるから、それは無理だな。」
そうエドワードが はっきりと言うと
男は さして残念そうもなく、そうかと答えるだけだった。
エドワードが そう答えることは
当然、わかっていたことだったから、
男もさして期待はしていなかっただろう。
そして、エドワードに 心底、軍に残って欲しいなど
本当は願ってもいないだろうから。
それでも、何故か その男が 少しだけ浮かべた表情が
エドワードには何故だか寂しそうに映って、
その後の言葉を言わせてしまった。
「んでも、あんたが 逃げ出した時の隠れ家位は
提供してやってもいいぜ。」
エドワードが言った言葉に、男は 驚いたようにエドワードを見つめ、
そして、嬉しそうに微笑んだ。
「そうか・・・、それは嬉しいな。
もちろん、中尉には黙っていてくれるんだろうね。」
エドワードは 仕方無さそうに肩をすくめ、
「まぁ、男同士の約束だからな。」
約束だぞ、と嬉しそうに指切りをせがむ男が、
エドワードは・・・・
好きだったのだと、
今更ながら、気がついた・・・。
「ロイ、今日もお出かけか?」
就業間じかに、舞い込んで来る仕事を
急ぎ片付けている忙しいときに、ヒューズは狙ったようにやってくる。
ここ最近の恒例行事になりかけている事には
ロイも 鬱陶しそうに相手をチラリと見るだけだ。
「止めておけ。
あの子達は、お前の手に負えれる人間じゃない。」
黙々と仕事を片付け、最後の書類を指示しながら秘書のホークアイに渡すと
ロイは やっとヒューズの方を向く。
「何が言いたいんだ。」
ロイは 不機嫌そうにヒューズに問いかける。
「ロイ。
お前だって知ってるだろう?
俺が 出した報告書を読んでるんだから。
あいつらは、いきなり現れたんだぞ。
戸籍も、住民票もなく。
他所から入ってきたんでもない。
ある日、ふらりと出現して 街に住んでるんだ。
あいつ達の父親って奴まで調べてみたが
確かに父親には 戸籍はあった。
あったが、どうも 後からの偽造で
過去がない・・・、息子達同様に 過去が一切ないんだぞ。」
ヒューズが 詰めるように言ってくる話を聞きながらも
ロイは 全く動じることも、気にしている風でもない。
「おかしいだろ?
普通じゃない。
あいつらには関わるな。
なにか嫌な予感がする。」
ロイは 静かに立ち上がると、かけていた上着をとって袖を通す。
「ロイ!」
ヒューズが 声を荒げながら、ロイの名前を呼ぶ。
ロイは ゆっくりとヒューズに向き合うと
落ち着いた口調で話し出す。
「ヒューズ。
もう、彼らの事は調べるな。」
「何だと!?」
驚くヒューズの目の前のに立つ友人は
悟りを開いたように静かな瞳を ヒューズに向ける。
「ヒューズ、彼らが どこから来て
ここに どうして居るのかは、関係ない。
エドワードが言う もう1つの自分達がいる世界が
地図上に存在しないとしても、
彼らが今、ここにいる事は事実だ。
彼らの過去は必要ない。
今からの事が、私にとっては重要なんだ。」
「ロイ・・・。」
「だからヒューズ、手を貸してくれ。
俺は どうしても、彼ら・・・エドワードが欲しい。
彼らの過去を探る者が 今後も出るはずだ。
その時の為の工作を君には頼む。」
そう言いながら、軽く頭を下げるロイを
ヒューズは 呆然と見る。
「お前、本気で・・・。」
「ここ数日、ずっと考えていた。
が、答えはでないままだ。
なら、もう無理に答えを出す必要はない。
出ない答えを探すことより、
今 自分が思うことを優先すべきだ。
エドワードが欲しい。
それは、俺の中での決定事項だ。
なら、その為に必要な事を成すべきだろう?」
ヒューズは 苦悩するような表情で、しばらく固まっていたが
はぁーと大きなため息を吐き出す。
「どうしてもか?」
「どうしてもだ。」
「後悔する事になっても?」
「今 ここで手離して後悔するよりは」
「すべて失う事になるかも知れないぞ。」
「もとより自分の物など何もない。
が、エドワードは 私が見つけた者だ。」
しばらく沈黙が続き、ヒューズは さらに盛大なため息を付く。
「俺は 賛成は出来ない。」
「ヒューズ・・・。」
「が、上司の命令だ。
それに答えるように働くのは 俺の仕事だな。」
「頼む。」
ヒューズの言葉に、申し訳無さそうに返事を返しながら
ロイは 部屋から出て行った。
「全く・・・
変なのに引っかかったもんだな~。
これが、せめて普通の可愛子ちゃんなら
身分違いでも、手離しで喜んでやれるのによー。
・・・しゃぁない、友人の意志は尊重してやりますか。」
主のいない部屋で、3度目の盛大なため息をつきながら
ヒューズも、覚悟を決めたように部屋を出て行った。
トントンと軽く打たれる扉の音が響く。
その音を聞くと、エドワードは盛大なしかめっ面をし、
アルフォンスは 感心したように頷く。
「兄さん、また来られたみたいだよ。」
そうアルフォンスが、エドワードに迎えに行くように促すと
エドワードは 嫌そうにそっぽを向く。
先日、言い切って帰った翌日より
ロイは 言葉どうり毎日やってくる。
忙しい中を どうやってやりくりしているのかと思うほど
律儀に定時で上がっているのだろう時間に訪問をしてくる。
初日は エドワードの食事の時間にあたり
何故か 一緒に御呼ばれして帰っていき
翌日は お礼にと食事に連れ出してくれた。
今日は どうするんだろう・・・?と思いながら
動かない兄の代わりにアルフォンスが玄関を開けに行く。
「やぁ、こんばんは。」
手土産の花束を渡しながら、愛想良く笑顔を浮かべている。
「こんばんは。
いつもすみません。」
アルフォンスは 渡された花束を受け取る。
豪華な花束は きっと下のグレイシアさんの店で作らせたものなのだろうが
男所帯の二人には、無用なものだ。
が、ロイは来るときに 必ずこうして手土産を持ってくる。
先日はケーキで、最初の日は チョコレートだった。
どちらも、高級な有名店のロゴ入りで
もらうアルフォンスが恐縮してしまうようなものだったが、
本人は 全く気にかけていないようだ。
本当なら エドワードに渡したい所なのだろうが
エドワードが 頑として受け取らないので、
こうしてアルフォンスに渡す。
『将を射んとすれば、まず馬を射よ』
古き外国の格言の実践なのだろうか。
「エドワードは中かな?」
「あっはい、中で待ってます。」
「そうか、これは エドワードと飲もうと思ってね。」
高そうな酒瓶を無造作に持っている手を見せる。
アルフォンスは 年齢的にも無理なのだが、
エドワードが 結構飲めることは 2日目の食事のときに
知ったからの差し入れなのだろう。
「あっ、じゃあ 僕、何かおつまみ作りますね。」
「飲めない君に、すまないね。」
そう話しながら、リビングに入ってくると
エドワードが 不機嫌そうにアルフォンスに怒る。
「アル! 入れなくていいって言ってるだろう!
それに、俺は 待ってない。」
玄関でのアルフォンスの受け答えが聞こえていたのだろう。
エドワードは 語気強く反論を返してくる。
「あっ、じゃあ僕は グレイシアさんに花瓶借りて
花を生けてきますね。」
機嫌の悪い兄に当られないように、さっさと避難しに行ってしまう。
「アル!」
後ろで叫んでいるエドワードの声と、それを宥めているロイの声が
聞こえてくる。
それを聞き流しながら、アルフォンスは 扉を閉めて廊下に出る。
『兄さん、待ってないって言ってたけど、
本当は 待ってるんだよね。
この時間位になると、そわそわして時計ばかり見てるし、
本当に嫌なら、兄さんなら 部屋に居ないだろうし。』
態度では嫌そうにしているエドワードだが、
ロイの訪問を 心底嫌だと思っているわけでないのは
長い付き合いをしているアルフォンスにはわかっている。
エドワードは 本当に嫌な人間には、
一切 関わらないし、無関心だ。
突っかかったり、嫌そうにしたりはしているが
無視したり、拒否しないと言う事は
そう言う事なのだ。
ただ、今のロイに対してなのか、
あちらの世界を懐かしんでなのかまでは
さすがのアルフォンスにはわからないが、
こうして逢える時間を楽しみにしているのは間違いない。
『兄さん、天邪鬼だからな・・・。』
綺麗な花たちを見つめながら、
花に罪は無いしねと階下に降りて行く。
「あのなー、何度来られても 答えは同じだって言ってるだろ。」
エドワードが あきれたように言うのにも
ロイは 全く気に解さない。
「それを言うなら、こちらも同じだ。
納得できるまでは通わせて貰おう。」
数度来ただけで、部屋の中に慣れ親しんでいる男は
かって知ったるで、食器棚から グラスを取り出し、
キッチンに行っては、飲む用意を初めている。
「これはどうかな?」
机に置いたボトルを指す。
「へぇ~、名前は聞いたことあるけど
飲んだことないぜ。」
「結構、いけるぞ。
多分、君の好みに近いんじゃないかな。」
高価なボトルを 惜しげもなく封を切ると
グラスに波波と注いで、エドワードに渡す。
「ちょっ、俺がまだ未成年なのはわかってるんだろうな。」
「ああ、聞かせてもらったんで知ってるさ。
未成年の割には、酒が飲め過ぎるんじゃないかっていうのもな。」
ちっと舌打ちをすると、エドワードは 乾杯などもとからする気もなく
注がれたグラスに口をつける。
傍に寄せると、芳醇な香りが鼻腔を抜ける。
少しだけ口に含むと、しっとりと口に広がる風味に陶然となる。
喉を通るときに、かすかに感じる甘さは
熟成の状態が 良いと言う事だ。
「君の酒の飲み方は、堂に入っていいるな。」
感心したようにロイが呟くのに、
エドワードは 酒の余韻に浸りながら
上機嫌で答えを返してくる。
「ああ、酒にうるさい奴に仕込まれたからな。
もともとは、飲んだことなかったんだけど
体質上、アルコールに強いらしくてさ。
飲めるのがわかると、良くつき合わされたんだ。」
そう語るエドワードの瞳が懐かしさに揺れる。
こういうときに彼は、必ず 一人の人物の事に
思いを馳せているのだ。
短い付き合いの経験上でも、ロイには それがわかっていた。
「そうか・・・。
大佐は 酒に強かったんだな。」
ロイは、この『大佐』という言葉を口にするのが嫌いだった。
が、この言葉がキーワードになってエドワードの態度が軟化するのが
解ってからは、苦い思いを噛み締めながらも口にするようにしている。
「ああ、あんたも やっぱり同じだよな。
やたらと酒には こだわりがあってさ。
付き合ううちに、俺まで舌が肥えちまって困ったぜ。」
そう何の気もなしにエドワードは軽く笑うが、
ロイには その大佐の気持ちがわかるような気がした。
エドワードの酒の飲み方や、好みを聞いても
かなり上質な酒を嗜んできたのがわかる。
いくら飲める体質だからと、それ程の酒を子供に飲ませたりするだろうか?
その大佐とやらは、エドワードには無条件に甘かったのだ。
最良のものを、子供に気づかせずに用意するような程。
聞くと、飲むのは 大佐といる時だけだったらしい。
舌が肥えちまって、不味いのは受け付けられなくなったと
エドワードは 文句を言っていたが、
彼が 他での飲酒をしないようにする為の訓練でもあったのだろう。
悪い酒は酔う。
自分の事に無頓着そうなエドワードが
あちらこちらで、酔ったりでもしたら
どんな事になるかが、その大佐にはわかっていたのだろう。
大佐の考える事は、ロイには嫌という程わかる。
さすが、同じ人物なだけはあるのだろう。
ただ、わからないのは その大佐が何を望んでいたのかだ。
エドワードとの関係は、ごく普通の後見者と その子供のようなのだが、
エドワードに聞く話の端々に、二人が 互いを繋ぐ絆を持っていたのが
感じられる。
それだけのものを持ちながら、
二人は 特別な関係でもなく
一般に望まれるような関係を続けていたようだ。
自分なら 果たして どうなるのだろう?
この青年を もし手に入れ、傍に引き止める事に成功したのなら
その二人のような 関係を続けていけるのだろうか?
今でさえ、友人にあきれられ、
そして 自分でも驚くほどの執着を持っているのに
傍に引き止めて、果たして 上司と部下で済ませれる関係でいけるのだろうか。
ロイ自身、今の自分が 彼に何を望み、ここまで執着するのかが
はっきりとわからない。
もしかしたら、大佐とか呼ばれている もう一人の自分も
そうだったのかも知れないとぼんやりと思う。
「なぁ、ロイ。
おい、どうしたんだよ?
まさか、1杯で酔ったんじゃないだろうな?」
心配そうに覗き込んでくる顔を見ると
ふいにロイの中に 喜びと言っていい温かな思いが灯る。
エドワードが、自分を 大佐に重ねていることは
ロイが どれだけ馬鹿でも解っている。
が、今こうして 気にかけられているのは
大佐ではなく、間違いなく 自分なのだ。
そんな当たり前な、些細な事が これほど嬉しいとは
『重症だな。』
思わず苦笑が浮かんでしまう。
「何だよ?
アンタの口には合わなかったのか?」
的外れな事を聞いてくるエドワードが可笑しくて仕方ない。
エドワードの好み自体が、大佐の好みに躾けられているのだから
合わないはずがないのに・・・。
「いや、十分 美味しいよ。
ただ、酒だけを飲むのは 余り身体に良くないな。
何か適当にツマミでも用意したほうがいいだろうな。」
「なんだよそれ。
つまり、俺に用意しろって事か?」
不満そうに聞いてくるエドワードが、
さほど不満でない事もわかっている。
「そうだな。
そうしてもらえれば、私としては かなり嬉しいね。」
が、あえて そう言ってやると、
エドワードは 仕方ないよなと言いながらもキッチンに入っていく。
エドワードは 横柄な態度をする割に
人の面倒をみるのが好きなようだ。
ただ、少しばかり 素直に人に親切にするのが苦手なのだろう。
不器用な彼の素直な心を、可愛いと思う。
そして、ふと過ぎる考えに嫌になる。
『大佐とかやらも、同様だったのだろうか?』
最近、ロイの考える事にクセとなっている
もう一人の自分なら・・・。
ロイは その考えを振り払うように軽く頭を振る。
どれだけ似ている人物であろうとも、
エドワード達が言う言葉どうりなら、同一人物であろうとも
今 自分が抱えている想いも、考えることも自分のものであって
大佐のものでは絶対にない。
今は ここにいない人間だ。
そして・・・、今後も現れることは
エドワードの話どうりなら、ありえないのだ。
いない人間の事を考え悩むなど、愚かな事だ。
「おい、こんな物でいいか?」
トレーを持って戻ってきたエドワードが並べるものは
短時間の間に用意したのには十分なものだ。
薄く切ったパンに、チーズやら 野菜を挟んだサンドイッチ。
ハムにチーズを巻いたオードブルに、薄く炙った肉。
見た目も美しい黄金色のオムレツ。
エドワードは 料理も上手なのだ。
「ああ、十分だよ。
凄い ご馳走だ。」
嬉しそうにロイが言うのに、
エドワードは 照れたようにそっぽを向いて
ぶっきらぼうに答える。
「なにが、凄いご馳走かよ。
あんたが、急に言うから 対した物は出来なかったんだ。」
「なら、先に言っておけば もっと凄い物が食べれると言う訳だ。
ぜひ、次回は期待しておくんで 宜しく頼むよ。」
ロイは 用意してもらったつまみを口に放り込んで
嬉しそうな顔をする。
「ずうずうしい。
次回はないよ。」
そう憎まれ口を言いながらも、表情は満更そうでもない。
少なくとも 嫌われてはいないようだ。
その事が、ほんの少しだけ ロイに勇気を与えてくれる。
今夜話をしようと思った事は
ロイにとっても一つの賭けだ。
これで、エドワードから YESの返事が貰えなければ
万策に尽きる。
そうなれば、ロイの望まないながらも
強硬手段を取るしかないだろう。
出来れば、それはしたくない。
エドワードが あくまでも本人の意思で
ロイの元にいる事を望んで欲しいと思ってはいる。
「けど、あんたも変り者だよな。」
「何故だい?」
「だって、アンタが納得しないと引かないって言うから
俺は あちら側の話をしたのに、
引くどころか 更に、強引になるんだから
全然、言ってる事と違うじゃないかよ。」
エドワードにしてみれば、話したところで
信じてもらえないと思っていた。
が、この男は 確かに自分が納得しないと意見を変えない。
それは、向こうの大佐も同じだった。
だから、与太話だと思われても構わないと思って
あちら側の話をした。
頭のおかしな子供の妄想癖かと笑われるのを覚悟で。
でも、ロイは 笑うどころか
真剣に話を聞いてきて、解らないこと、疑問に思うことを質問し
向こう側の状況を把握しようと熱心だった。
そして、信じられない事に 1度として疑うどころか、
全く すんなりとエドワードの話すことを信じてくれたのだ。
それに驚いたエドワード達が、本当に信じるのか?と聞くと
不思議そうな顔をして、当たり前のように答える。
『もちろん、信じるとも。
何故、君が 私に 嘘など話す必要があるんだね?』
エドワード達にしてみれば、無条件で自分達の言う事を信じてくれる人間が
本当にいるとは思っていなかった。
だから、ロイの言葉は 嬉しいの一言では表せないほどの
喜びや 安堵感、安心感を生ませた。
そのせいか、どうも この男を邪険に扱えなくなったのに
少々、困りものではあるのだが。
「私が納得しないと言ったのは、
君が 私の元に来ない事に関してだから、
君たちが 向こうから来たのを理由に断られても
納得する理由にならないさ。」
そう言い切るロイに、エドワードは 肩をすくめることで
あきれている事を現してくる。
そうこうして話していると、やっとアルフォンスが戻ってきた。
綺麗に生けられた花瓶を見ると、
多分 花屋の女性が生けてくれたのだろう。
「アル、遅かったな。」
「ごめんごめん、グレイシアさんが 生けてくれるって言うんで
お願いしたんだけど、折角の素材があるんだからって
腕を振るってくれちゃってて、時間がかかったんだよ。
あれ、兄さん おつまみ作ってくれたんだ。」
「ああ、こいつが 出せって五月蝿いからさ。」
「でも、お酒だけ飲むのって本当に良くないからね。
それに兄さん、お客様をもてなすのは当たり前でしょ。」
「こいつは、押しかけて来てるだけ。
客じゃない。」
天邪鬼なエドワードの言葉に、
ロイとアルフォンスは 目を見合わせて笑う。
「ちょうど良かった。
アルフォンス君にも聞いて欲しい話があったんだ。」
「僕にもですか?」
不思議そうに聞き返すアルフォンスの表情と、
警戒するエドワードの表情が見て取れる。
ロイは 冷静に落ち着いて話を進めていく。
エドワードが 会社に入り、ロイの補佐をしてくれるなら
二人の目的の為に手を貸す事。
そして、二人が この世界で生きていきやすいように
戸籍を準備する事もできる事。
アルフォンス君にも、きちんと学校に行ける手はずも出来る事。
会社に入ると言っても、始終 会社に行かなくとも
目的の為に動きながら、各所の情報を報告してくれるだけでよく、
ロイが 必要と判断したときに戻ってきてくれるだけでよい事。
そして、その間にかかる費用は 当然、会社が持つ事。
財閥の力を使えば、エドワード達が 求めている情報も簡単に手に入る。
そして、さらに それに近づく手はずも ロイにはある。
欧州に1,2を争う財閥なのだから、当然、軍にも官僚にも
大きな繋がりと圧力を加える事等造作もない。
エドワードに取ったら 願ったり叶ったりの好条件のはずだ。
ロイは、一とうり自分の説明をし、二人の様子を注意深くみる。
これだけの好条件だ、エドワードが断るはずがない。
もし、この条件を提示してもなお エドワードが断るとしたら、
・・・・ それは、エドワードに 条件以外に考える別の事がある時だ。
エドワードが 2度目に顔を合わせたときには
関係をもつ事に強固な否定の意思が感じられた。
が、次には それはだいぶんと軟化した。
多分それは、すぐに離れるからと思う気持ちが有ったからだろう。
時間制限がある中なら、安心して
今の関係を享受できると思ったのではないだろうか。
何故、制限がなくては出来ないのか?
そこには、エドワードが ロイに、
正確に言うと 大佐への思慕が募る事を恐れているからなのではと思った。
思ったのではなく、気づいたと言うべきか。
エドワードは 気づいているのかいないのか
あちら側を懐かしむと言うより、
大佐との記憶がある場所を懐かしんでいる。
弟が全ての人生を歩んできた彼にとって、
本当は 場所も世界も 余り関係ないはずだ。
大切なのは、弟アルフォンスが幸せに生きているかどうかだ。
なのに、今 傍で こうしてアルフォンスが居ても尚
エドワードが 懐かしむのは、ただの郷愁などではないような気がする。
自分の唯一は 弟だと語る彼は、
それ以外は 持ってはいけないと自分に強く言い聞かせていたように聞こえる。
そして、その意志を揺らせるのが 大佐なのではないだろうか?
だから、ロイの傍にいる事を 本能的に避けている。
その彼に、これだけの好条件を提示してみせ、
断る本音を語らせて、
それに対してエドワードが納得できる答えをロイが提示しない限り
エドワードの決心は変らないだろう。
そして、その納得させれるだけの答えを出来なかったときに
切り札となるのがアルフォンスだ。
エドワードは 彼の今後の幸せに対して、
かなりの不安を抱えている。
還せないのなら、出来るだけ こちらで あちら同様の、
あちらでは得れなかった人生を歩んで欲しいと思っている。
が、実際のところ 今の彼らの先行きなど
暗雲の立ち込める大海の小船と変らない。
ロイは 短い付き合いとは思えないほど
エドワードの事がよくわかる。
短い付き合いの中で、エドワードの事を知り
注意深く話を聞いてきた結果の答えだが
多分、間違ってはいないだろう。
問題は エドワードの本音がなへんにあるのかだが・・・。
「わ~、それって なんだか
兄さんに聞いてた 国家錬金術師の仕事をしてた時みたいだね。」
4年間の記憶がないと言うアルフォンスが、
無邪気に感想を言う。
「アル!
余計な事を言うな。」
先ほどから、エドワードはむっりと黙り込んだまま
一遍とも表情を変えない。
「えっ、なんで? 別にいいじゃない。
あちらでやってた事なんだから。」
アルフォンスは、何故 こんな些細な事柄で
エドワードが 怒るのかがわからないように言い返す。
「エドワード、似てたような仕事に付いてた君だから
この話をもちかけたんだよ。
どうだい、この話を引き受けてくれるね。」
ロイは すぐにでも了承がもらえるだろうと
エドワードに返答を求める。
むっつりと黙り込んでいるエドワードが
小さく、しかし はっきりと返事を返す。
「断る。」
「兄さん!」
驚いたのは アルフォンスの方だった。
「兄さん、何で断るんだよ?
すごく良い条件じゃないか。
僕らの目的の為にも、絶対に ロイさんが言う話のほうが
近道になるはずだよ。」
必死に訴えるアルフォンスを見ながら
ロイは 自分の予測が合っていた事を感じる。
ここからが、正念場だ。
そう心に強く言うと、ロイは エドワードを追い詰める為に
動き出す。
「エドワード、これだけの好条件を何故断るんだい?」
エドワードは 不機嫌そうにロイを見る。
「あんた、何が目的なんだ。
一介の見ず知らずの子供に提示するには
あんたの条件は 破格過ぎる。
錬金術の話をしたよな?
その原則は 等価交換だ。
俺には、あんたの その破格な条件に見合うものが
あるとは思えない。
そんなうさんくさい賭けには乗れねえな。」
これは鋭い。
ロイは 思わず感嘆のため息を 心でついた。
頭が良いのは話していて解っていたが、
場や人を読むのにも長けているようだ。
ますます、欲しくなるな。
「なるほど、確かに 君には好条件に映るのかもしれないが、
私が提示した条件も、それに見合う危険が伴うのは
以前、同様の仕事をしていた君ならわかるんじゃないかな?」
ロイが言った事は、簡単に言うとスパイに近い、
確かに 普通の一般の人間に頼める事ではないだろう。
さらに、エドワードは この世界に来て日が浅いのだから
尚更だ。
が、彼は そうやって生きてきたのだ、
もっと過酷な条件下の中で。
なら、内部に入っての探索なら 危険で無理だろうが
市井からや、きちんと紹介を持って訪問した先々の
情報を伝える位は 簡単にやってのけるだろう。
その時に、エドワードの頭と、するどい観察眼は役に立つ。
「確かにな。
情報は どこででも得るには危険は付いて来る。
けど、俺が集めれる程度の情報は
それ程難しいものじゃない。
あんたにとっては、役に立たないさ。」
「それでも、私が 自分自身で出かけてはいけないし
まさか、社長の立場に 密談を申し込む者も
内情をぶちまける者も、さすがにいないさ。
けど、君の立場なら 案外簡単に手に入るんじゃないかな?」
簡単に言うと、引抜をかけられた時に相手が手の内を見せる情報は
ロイには有効だという事だ。
が、エドワードは首を振る。
「エドワード、君は目的の為に この世界にいるのだろう?
なら、私は最適な協力者になると思うんだが。」
「だめだ。
それに協力者は他にもいる。」
「それは、ラング氏の事かな?」
やっとエドワードの表情が動いた。
ロイが その名前を出すと、驚いたようにロイをみる。
「簡単さ。
君が こちらで関係を持った人間の中で
少しでも 力がありそうなのを絞るのはね。
だが、彼は畑違いの人間だ。
多少は 顔を聞くとはいえ、所詮は興行主であって
それ程の力を持つとは思えないね。」
エドワードの表情が 苦しいものになる。
彼自身気づいてはいるのだ。
自分達には どうしようもないから
協力者に手を借りるつもりではあるが、
ラングが 果たして、どれ程助けになるかは
疑問が多く残るところで、取りあえずは足懸かりとして
と考えてはいた。
「が、私なら 大抵の研究所の中も入らせる事ができる。
キャッチフレーズのロケットの開発にも携わっているんだから
国営の研究所にも 当然顔が利く。
君の目的物は、そういうところにあるんじゃないのかい?」
大人しく成り行きを見ていたアルフォンスが、
自分を抑えきれずに話しに加わる。
「そうだよ、兄さん!
錬金術が使えてたあちらなら どこでも入れてたけど、
こっちじゃ、忍び込むなんて無理なんだから
紹介してくれる人がいた方が いいに決まってるよ!」
諸手を上げて賛成するアルフォンスの言葉に
エドワードは 更に苦渋を深くする。
「それでも・・・・ダメだ。」
苦しそうに吐き出された言葉は、
彼自身が苦しんでいる事を現すように
掠れている。
「エドワード、何故 ダメなんだい?」
重ねて言うロイの言葉にも、エドワードは弱弱しく首を振って断る。
「おかしいじゃないか?
君たちは 目的を達するために この世界にやってきた。
慣れ親しんだ 自分達の世界を捨ててまで。
なのに、目的への近道だと言うのに
何故、断るんだい?」
重ねて問うロイにも、エドワードは壊れた人形のように
ただ、首を振り続ける。
「エドワード、君は ただ恐れているだけだ。
でなければ、君ほどの人間が 私の提示できる事が
どれだけの力を示すかわからないはずはない。
君が、恐れている事とは 一体何なんだ?
君ほどの人間が、それほど避けるものとは?」
その頃になると、エドワードは 手の平で顔を覆い
嫌々をする幼子のように首を振っている。
「エドワード!」
強く名を呼んで、顔を覆っている手を引くと
その下に現れたのは、絶望的な表情を浮かべるエドワードの顔だった。
絶望? ・・・彼が断る原因が、何故?
ロイは 強く引いた手を離し、
変りに エドワードの身体に回して引き寄せる。
あやすように背中をさすってやると、
エドワードが 切れ切れに言葉を発する。
「向こうで、俺らの為に力を貸してくれていた人が
殺された。
綺麗な奥さんも、すっごく可愛い子供もいたんだ。
すっごくいい人で、本当に俺を家族のように接してくれていた。
でも・・・、でも 殺されたんだ!
俺のせいで。
俺は、俺は 怖いよ!
俺のせいで、今度はあんたが、大佐に何かあったら!」
生きてはいけない・・・そう、最後の呟きは続いたようにロイには思えた。
「エドワード、私は その人と同じにはならないさ。
向こうの大佐も生き残っているんだろう?
なら、私も 同じ生き残るさ。」
胸の中で、エドワードが小さく首を振る。
「ハイデリヒも、亡くなった。
それも、元はといえば 俺を 戻すためだった。
もう、俺は誰も失いたくない。
だから、断る。」
そう言いながら、エドワードは ロイから身体を離そうとする。
ロイは エドワードの両肩を 渾身の力を込めて掴む。
「っつ、痛い ロイ!
手を離せ。」
エドワードの制止の言葉など聞いていないのか、
ロイは 真っ向からエドワードを睨む。
「いい加減にしろ、エドワード・エルリック!
お前は 何のために この世界に来たんだ。
決死の思いで 向こうの世界に別離を告げたのは
出来もしない事を うだうだと考える為なのか!
願っても叶えれない。
それは、ただの夢だ!
君は、そんなもののために アルフォンスまで巻き込んで
この世界にやってきたと言うのか!
いい加減、目を覚ませ!
ここは 似ていても向こうと完全同じではないと言ったのは
君だろう?
私たちも同様だ。
似ていても、同一人物ではないんだ。
こちらでは、こちらの道を歩んでいる。
君の中の夢物語りの中の 人物じゃあないんだぞ!」
エドワードは ロイの最後の言葉に はっとしたようにロイを見る。
同じ事を言われた。
そして、自分は 2度と同じ事を言われないようにしようと
思ったのではないだろうか。
「エドワード、最後に1度だけ言う。
自分の目的の為に、利用できるものは何でも利用する。
それは 恥ずべき行為でもないし、考えでもない。
自分に曲げられないものがあるとき、人は誰しもそう行動する。
何故なら、それが目的をかなえる為の最良の手段への近道だからだ。
強くなれ、何事にもゆるぎない意志を持って望め。
でなければ、君が描いていることは 絵空事で終わる。」
ロイは それだけ言いきると、上着を手にして席を立つ。
去って行くロイの姿も今のエドワードには見えていない。
慌ててアルフォンスが、ロイの見送りに立つ。
部屋で一人残されたエドワードは、
ぼんやりながめる白い壁に 昔の情景が浮かんできた。
雨が降りしきる中、胸倉を掴まれて怒鳴られた。
哀しみと絶望にひしがれていた自分に、アイツは言った。
『強くなれと、何にも屈しない強さを持てと』
一つの情景は、何度も繰り返し現れる。
それは、エドワードの心の中だけの事ではなく
実際の現実の世界でも 繰返されていた。
エドワードは 重なるえにしが、
離れようとするエドワードの心とは反対に、
それを許さないよう、忘れることのないよう
同じ情景を繰返す事で思い出させているかのようだ。
エドワードは 痛いほど握り締めた自分の拳を睨みつけるように
凝視し続ける。
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