スポーツエッセイ


 選手の召集所に入るとその空気になじめない自分がいた。18年ぶりの競技、
初体験といってもいいイタい感覚

 他の選手たちは毎年出ているらしく、互いに笑いながら言葉を交わして
いる。私にはチラリと視線を投げてくるのだが、新参者だけに誰一人として
話しかけてはこない こちらはといえば緊張で人に話しかける余裕なんてま
るでない。ただ、白い壁と蛍光灯の光、雑踏のような喧騒を記憶している


 そして不安を増長させたのが、その場の選手たちのいでたち、泳ぎ込みで
鍛えた逆三角形のスリムな体型、オリンピックで見るような全身水着・・・
 みんなとてつもなく速そうにみえる 


 孤独だった・・・・ 見知らぬ世界へ放り込まれた気分
 不安だった・・・・ エントリーしてよかったのか?
 恐怖だった・・・・ 経験した事のない恐怖

 自分たちの組の番がきて、名前を呼ばれ、会場へ出て行った。6人でスタート台後ろの席へ座る

 内心「いまさらこの年で恥はかきたくないなぁ~」などと思いつつ、前の組
の泳ぎをみていた。

 異様な緊張感の中、ふと振り返り観客席を見渡した。

 すぐ真後ろの最前列に家族がいたのが、心強くもあったが、プレッシャーも増長させた。

 妻と娘はやさしく微笑んでいる。

 真剣な顔をしたヨシヒコの目をみた。
 心の中で「よ~く見とけ!」と叫んだ。

 実は今回の自分のチャレンジは自分の為である事はもちろんだが、
 サッカーをやめてしまったヨシヒコに何かスポーツをやらせたい
 そんな想いもあった!

 出場を決めた時、妻からは「何もそこまでしなくても!」と云われたのだが、
「ヨシヒコに何かを感じさせたい!話をするより説得力があるはずだから!その為にも頑張りたい!」と話した


 ピィィィ~ 笛がなり、スタート台へ登る。


 緊張で胃が口からでそうだった。二日前にできた胸と腹の湿疹が痒い

 短い期間だが、出来るだけの努力はしてきた。水泳向きの体にするために減量、ここ2週間でさらに2キロ落とした

 泣いても笑っても後たった50m泳ぐだけと心に念じる


 スタート!!


 無我夢中で泳いだ。25mのターンする際に横を見て他の選手を確認すると、まだだれもターンしていない

 この時、初めて精神的余裕が生まれた

 ターンしてからの事はよく憶えている!ストローク7回目ゴールにタッチ!一着だった!

 実に気持ちのいい瞬間だった。電光掲示板でタイムを確認し、水から上が
り、観客席の家族を見やると、笑顔でガッツポーズ!

 次の組の結果を見てから着替え、観客席へ直行!

 笑顔、笑顔だった。ユキが抱きついてきた。

 「本当にお疲れ様!なんか感動しちゃって・・・・ 」妻がウルウルしてる

 「お父さん!お父さ~ん!僕も水泳やるよ!今度から教えてよ!」普段おと
なしいヨシヒコが珍しく自己主張!

 出来すぎた話かもしれないが、想いは伝わった!

 うれしかった!

 美しい瞬間だった。



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