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昨夜、食事中、急に、彼にプロポーズされた。びっくりしてしまった。もうちょっと考えさせて、って答えてしまった。本当に彼で良かったのかを。年末まで。もうちょっと。
Jul 21, 2011
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弟の娘が産まれてからちょうど1ヶ月となった。すくすくと大きく成長してき、近い将来には可愛くて、綺麗な女の子になるだろうと、近所の人々が良く褒めてくれる。赤ちゃんって、本当に不思議。いいえ、新しい命ってこんなに家族全員を変えていくなんて!お母さんはお母さんらしく、お父さんはお父さんらしく、お婆ちゃんはお婆ちゃんらしく、そして、おばさんをおばさんらしく、それぞれの家庭の役割をしっかりと日々変えていく。私たちは、彼女とともに成長していき、人生をマルク経験していく。
Nov 13, 2010
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昨日のマタニティイベントが終わって、これで今年のイベントがすべて終了となった。そして、やっと一日の有給休暇が取れて、一日ゆっくりと過ごせる。 大久し振りの朝寝坊、まさか11時まで寝てしまっていたなんて!自分でもビックリ! だけど、やっぱり、仕事の電話が掛かってくるもの。仕方がないね。 今、考えてみると、私には親子イベント、マタニティイベントの企画と実施の才能があるとは、自分でも知らなかった。そして、そのイベント企画の中で、今まで学んできた知識と技能が使え、より質の良いイベントが作れることは、他の友達と比べて、自分の専攻が仕事上に使え、楽しく仕事ができることは本当にラッキーだと思う。 私の潜在能力を発見して下さるこの会社に感謝。 そして、管理職に相応しい能力を日々鍛えて下さる上司に感謝。 この一年、色々とあったが、こうして無事に終了に迎えることができるのは何よりも。 学校の職員と会社の職員はやっぱり違う。 やっぱり、日々の勉強が必要! ヒトは、こうやって成長していくもの。 小野リサの曲を聴きながら、好きなことができることは最高! 大切な一人の時間。 だけど、来年は分かち合えるあの運命のヒトを探そう。 楽しい二人の時間を作ろう。
Dec 28, 2009
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最近は会社のマーケティングのイベントでよく出張する。今日も、また飛行機に乗って、へ。 いつもなら、同僚と相席で話をしたり、テーブルゲームをやってたりするが、今日は集合が遅れたためバラバラになった。 考えてみると、飛行機の中で一人で座るのが、日本留学終了以来。 ちっとも寂しくなかった。返って、一人でゆっくりできて、大久しぶりにエッセイでもか書こう。エッセイといっても、ただ今の空間、感覚を書き留め、書きたいという気持ちを満たすだけのもの。 大学院に入ってから、日本から帰国までには、楽天に自分のブログを作ってよくブログに一つ一つの出来事や思いなどを日本語で書いていた。気がついたら、もう600以上もの文章を書いてあった。自分でも、よく書くなぁと今でも不思議に思う。2年間のスクールカウンセリング専攻大学院生の勉学生活はあんなに忙しかったのに。自分のスクールカウンセリング研究科のほぼすべての科目以外に臨床心理研究科と児童教育研究科の科目も時には教授にお願いして、お金を払ってまで受講し、多数のレポートの作成、図書館での資料調べ、研修室でのアンケート作成とデータ収集分析、アンケートの実施、こころの相談室でのカウンセリング実習、垂水小学校での自閉症児へのトレーニングサポート、学会論文の作成と活動の参加、何回もの修士論文の中間発表、それに、アルバイト。どんなに忙しい2年間だったのかしら。ただ勉強したい、勉強がこんなに楽しいという信念でどんなに苦労をしていてもここまで支え、ひっぱてきた。そして、思い出として、日記のようにブログを書いていた。 上海に戻って、就職してから、もう3年半が経った。あっという間に。速過ぎ。 楽天でのブログは片手で数えられるぐらいしか書いてなかった。何故かしら。時間は日本にいた頃よりもたっぷりあるはずなのに。書くものもいっぱいあるはずなのに...何故?仕事が忙しいというのはあくまでも言い訳。...何故? 笑~分からない。
Dec 25, 2009
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ずっとずっと…前から、ホットメールとヤフーメールのパスワードを変えようと思っていたが、なかなか割り切れなくて。元彼と自分の名字を組み合わせて作ったものだった。どちらかが浮気相手できたのではなく、とちらか相手を愛せなくなったのではなく、ただ、現実に負けて、彼は楽の生き方を選んだ。家庭を築くことが彼にとっては重荷。だから、手放した。これでいいかどうかは、ともかく。いずれにしても、彼の生き方、私と違った生き方。人を愛することは、いいえ、愛せるかどうかは、一種の能力。そして、愛情と結婚は違うもの。愛情は感情の一種。結婚はライフスタイルの一種。どこまでが愛なのかしら?人によって、解答が違ってくるはず。彼は何回も何回も私に謝り、自分が私のことをこころから愛していたことを主張し、だけど、結果は一つ。こんなに愛し合っていても、別れることもある。ただ、ただ、二人のライフスタイルが違う。そう、思いたい。パスワードを変えた。これで、終わり。次の恋を探す。自分の幸せは自分で掴む。
Aug 11, 2009
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失敗は、許せない。 自分に対しても、他人に対しても。 そういう人こそ、 自分と他人を信用していない。 失敗も成功も、 人生の長い道の一つ一つ足跡。 どちらも自分のもの。 自分も他人も、 失敗を許す。 許してはじめて、 気楽になる。 自分も他人も、 お互いの人間関係も。 なるようにしかならない。 こころのゆとりのある生活を送ろう。
Jun 9, 2009
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せっかく大久し振りに日本語で書いた日記が、ネットのつながりが故障してしまったせいで、全部消えてしまった。 もう~ せっかく時間とこころをかけて書いたのに... もう時間も時間だし、そろそろ寝る。
Mar 15, 2009
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またまた部下に傷つけられた。 私の部下である限り、そのおばさんはずっと私を敵にするのだろう。 上司として一回り上の彼女に十分に優しく接しているのに、彼女の仕事の態度などを上司に告発していないのに、私の遭遇したかなり苦しいことを会社の他の職員や上司に言い振り回し、私を貶すなんて!ひど過ぎる! こんなおばさんにはどう接すればいい? もうこんなことは嫌!
Feb 26, 2009
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今年の五月から、中国の国家二級カウンセラー資格をとるために、少なくとも週に三日は学校へ通っていた。仕事も、会社のマーケティングイベントが多く、企画書の作成と実施に多忙な毎日、毎週を送ってきた。はやり仕事と勉強を両立するのはとてもきついこと。 やっと明日の午前に、「理論試験(パソコンによる)」と「映画と文字ケース分析と論述試験」の二つの試験が終了した。20%の合格率はとてもプレッシャーになっている。試験の内容は「心理学基礎」「生理心理学」「性理学」「発達心理学「人格心理学」「社会心理学」「学校心理学」「異常心理学」「心理治療」「カウンセリング理論と実践」「心理測定」「キャリアカウンセリング」「グループカウンセリング」「自殺と危機介入」「論理と法律」「哲学」と含まれるが、結局学校からもらった資料は一杯復習したが、ほとんどが外れで、以前日本で学んだもので応用した。 二つの映画断片のケース分析のうちの一つは、日本のドラマ「サイコドクター」の「過食症」だった。教室の一番テレビに遠い席に座っていた私にとって、テレビはとても小さくて、字幕はもっと小さくて、耳のちょっと遠い、そして近眼の度数の高い私にはこれが一番の心配と不安だった。幸い、日本語が聞けて、内容を理解するのは全く問題なかったため、この部分はよくできたと自分ではそう思う。文字のケース分析は、「反社会性人格障害」と診断し、介入方法も回答できた。 頑張るところは、全部精一杯頑張ってきた。これからは来週土曜日のカウンセリング面接試験に準備をする。後五日間。最後の最後まで精一杯頑張ってみる。 今まで、ずっと離れていても喜怒哀楽を分かち合う友達がいて、どんなこともありのままに彼に言えたのに、でも一番親友の彼が亡くなってから、楽しいことがある時、悲しいことがある時、ややこしいことがある時、彼はもういない、一番私をこころから大切にしてくれていた彼がもういない。この悲しさと虚しさは、誰にも体験できなく、こころから感じられないものだろう。もし、できるなら彼を一生の友達でいて欲しい。だけど、もう彼はいない。一番大切な友達がもういない。もう彼のような親友はできないのでしょう。 遥かソナタにいる友達は、私と離れていても、お星様になったとしてもきっと私のことを見守ってくれているのでしょう。私は、今も精一杯頑張っているから、日本にいたごろと同じように、あなたが生きていたごろと同じ。ずっと支えてくれて、励ましてくれて、こころから感謝。できるなら、もし来世というものがあるならまた友達になろう。宜しくね。
Nov 9, 2008
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今朝、6時半~11時半まで、上海市内に130年ぶりの暴雷雨が訪れた。 出勤途中の中山西路、虹橋路と古北路が今まで初めてのひどい水溜りで大交通渋滞。 携帯で写真を撮った。 バスがまったく動かないため、私も他のスタッフと同じように、急いでバスから降りて、40分以上もかかって大水の中から歩いて出社した。結局会社に着いたのは11時ごろ。 実家は街のすぐそばにあるため、そして一階にあるため、水がいっぱい入ってしまった。 スタッフが足りないため、床上浸水になっていても、出社しなければ。弟と母が家で片付けていたが、やっぱり二つの部屋とも床が駄目になってしまった。 今回は、幸い天井から水が入ってこなかった。
Aug 25, 2008
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http://bbs.book.sina.com.cn/treeforum/App/view.php?bbsid=9&subid=0&tbid=4401&fid=371532&id=22785
May 22, 2008
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わが子よお母さんの手をしっかりと握って天国への行く道は暗すぎて頭がぶつけてしまうからはやくはやくお母さんの手をしっかりと握ってお母さん怖いよ天国への道は暗すぎてお母さんの手が見えないの壁が倒れ太陽の光が奪われてから私はもう何も見えないお母さんの優しい瞳もわが子よいってらしゃい前の道にはもう悩みも終わらない勉強もそしてお父さんの拳もない覚えてねお母さんとお父さんの模様を来世はまた一緒に手をつないで歩こうお母さん心配しないで天国への道は少し込んでいるがたくさんの同級生と友達がいる私達はもう泣かないと約束した他の子のお母さんは私達みんなのお母さん他の子どもはみんなのお母さんの子ども私のいない日々は、私への愛を他の生きている子どもにあげてねお母さんもう泣かないで涙の光は私達の行く道を照らせない私達を自分でゆっくりと行かせてお母さん私はあなたとお父さんの模様を覚え私達の約束を覚え来世はまた一緒に手をつないで歩こうhttp://www.163.com/
May 19, 2008
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第十六号台風が上海に来たため、昨日から上海は強い風と大雨が続いています。そのお陰で、今日はお客さんが少なくて、珍しく6時半に退社できました。 昨日の朝、吐いて胃が痛くて、退社する時に一人で病院へ行って、大瓶2本、小瓶2本、計4本の点滴を夜の11時まで打たれました。今朝も食べてまたすぐに吐いて、昼食は一口だけのお粥を食べたのに、胃が違和感を感じ抗議をしていました。ということで、こんな冷たい雨の中で2本のバスに乗って、20分ぐらい歩くのは無理でした。 普段は、よく「上海のタクシーは本当に多すぎるね!」と口にするが、雨の日には違います。 上海のタクシーの種類は様々、その中で有名な順でいくと、「大衆」(水色,Tel:96822)、「強生」(黄色,Tel:62580000)、「錦江」(白色,Tel:96961)、「巴士」(緑色,Tel:96840)がよく安心で呼ばれるタクシーです。 私は、上海生まれ上海育ちだけど、道路名音痴なので、タクシーを呼ぶ時は大体「大衆」か「強生」です。 でも、今日は雨、しかも大雨の日。 夜の風は朝より冷たく感じ、コート一枚があれば良かったのにと、思いながらタクシーを待っていました。 晴れる日には、多すぎると感じているタクシーは雨の日はとても欲しがられ、もっとタクシーが多ければ良かったのにと思うぐらいです。 上海在住の外国人にもこんなことを感じているという。 雨の日のタクシーは本当にどこへ行ってしまったのだろうと不思議に思うぐらい少な過ぎます。 私の待っているところに、先ほどちょっと離れている所にタクシーを待っていた親子が私の方に歩いてきました。 私の所ならタクシーの来る確率が高いことでもあるみたい、私と一緒に待っていました。 一台の水色のタクシーが走ってきました。 「大衆だ!」と思わず嬉しくなりました。 が、その親子は何も遠慮せずに、前へ乗ってしまいました。 私が病人というのに... それからまた待つ時間10分ぐらい、「錦江」が走ってきました。 タクシーの中は暖かくて、痛い胃まで温まれました。 こんな早くタクシーをつかまえることができて本当に良かったのです。 やっぱり、上海には人口が多きすぎるのかもしれません。 確かに、多いです。
Oct 8, 2007
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今年の国慶節の長期休暇は、今日で最後となった。 去年の国慶節はどうやって過ごしたのかしら?覚えていない! 国慶節前に社内旅行があったため、今年はどこへも旅行に出掛けなかった。 Jenniferは赤ちゃんができて、サマー障害者オリンピックが上海にて開催してることもあって、どこへ行っても人が多過ぎるため、旦那さんとずっと家で休養。 Jodieは娘さんのAppleちゃんが寄宿制の高校に入って、やっと二人でゆっくりいられ、一緒に旅行へ行ったり、お母さんの家へ遊びに行ったりできる。 Vickyは仕事と副業で大変疲れて、お父さんとお母さんとゆっくりとした休日を送っている。 Wenndyは相変わらず、家庭を何よりも大事に、5歳になった息子さんの洋くんと素敵な警察官の旦那さんとやっと一緒に出掛けたりできる。 Carolは旦那さんと海南島出張、今日戻ってくる。 淳々は3人の大好きな子ども達を連れて、福建へ家族旅行、今日戻ってくる。 Kayinは友達と親戚訪問してばかり、やっぱり若い。 Kinleeは毎日会社で残業。 Jorkは家族を連れて広州へ旅行、今日戻ってくる。 Leonはシンガポール出張。 Peterは台湾帰省中。 ...... みんなそれぞれの方法でこの一週間もある長期休暇を過ごしている。 親友たちと会えなくて、寂しいと感じながらも、自分なりの休暇を過ごしてきた。 彼女たちには、十分に理解できる。 もう私達は以前のような身分ではなくなったもの。 それぞれ自分の生活に精一杯で頑張っているだもの。 もう一人だけの生活は終わった。 小さいごろは、よく大人の口から「大きくなりたくない。少年時代に戻りたい。」などと聞いたが、こういうことかもしれない。 大人になると、それにつれての責任というものが付いてくる。 一人だけで生きるのではなくなる。 いまだに幼いこの私は、やっとことに実感できた。 最初は、寂しくて悲しくて、理解できにくかったが、でもこの何日間を通して、色々と考えて、内省して、今は理解できるようになった。 これが生活。 環境と時間が変わったもの。 昔のような友達に「依存」したりする生活はもう終わった。 これからは自分の生活。 寂しいけど、これは現実。 「ねぇ、彼氏ができても、結婚しても、仕事が忙しくても、月に一度は会いましょうね」とあの喫茶店で一緒に約束した光景は今でも覚えているが。 でも、今はこんな余裕は誰もがなかった。 いいえ、お互いに他の人のことを理解していると思う。 ただ、私の理解が遅れているだけ。 私だって、仕事でみんなへの連絡をあまり取らなくなってるだもの。 あの約束の期限を延ばそう。 40代になった私達に、50代になった私達に。 友情は、簡単に褪せるものではない。 友情は、どんなに離れても、どんなに時間が経っても、渓水と同じように長く流れ、続けていくもの。 私って、どうかしてる。 あの頃の自分は、どこかへ行ってしまったのかしら? どんなに仕事のストレスやプレッシャーが重くても、どんなに年をとってしまいそうであっても、ありのままの自分を忘れてはいけない。 プラス思考の自分、自信満々の自分、明るく振舞う自分、どんな辛いことがあっても頑張って乗り越えてきた自分を取り戻せないと。 焦らず、怠けず、落ち着いて、生活の素晴らしさを一つ一つ味わっていくの。 生命に追われず、生命に一つ一つの輝きを付けていくの。 どんなことがあっても、生きることは自分への責任、自分への愛。そして、愛する人々への恩返しでもある。 いよいよ明日から仕事。 新しいスタート! 情けない自分とバイバイする! アジャアジャファイティン! アジャアジャファイティン!
Oct 6, 2007
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この一生、必ずもう一度訪れたい所
Sep 24, 2007
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素敵な旅は終わりを告げた。この日がこんなに早く来てしまったとは。 もっといたい。もっとゆっくりと好きな景色を見たい。 でも、飛行機は待ってくれない。 今朝も4時起きで、九寨溝黄龍空港へ。 あいにく、天気が悪く、霧が一杯で、降りる便も飛ぶ便も全部駄目になった。 「もう一日いようよ!」と一人の同僚がそういうと、私もみんなもその気で満々。だけど、明日、センターにはたくさんの子どもが来るので、今日中に戻らなければと焦る気持ちの方が結局勝った。 5℃しかない空港は寒すぎ。欠航便が相次ぎ、人も段々と多くなってきた。 静ちゃんと秀ちゃんを連れて、二階の喫茶店へ。上から見る下の風景はこんな感じだった。 7:50の便が結局12:55で飛んだ。 成都空港に着いたら、慌てて近くのレストランへ昼食を食べて(この旅の中で鍋料理以外一番美味しい料理なのに)、また空港に戻って、16:20の便に乗って、上海に向かった。 本来成都市内古い街の観光はなしになった。 ちょっと残念だったが、でもまた今度はきっともう一度訪ねてくる。 バイバイ九寨溝! また再会する日まで! またね♪♪♪ 待っててね!!!
Sep 24, 2007
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今日は7時半出発なので、ちゃんと座って朝食をいただきました。これで元気が一杯ついて、九寨溝へ向かう。 九寨溝は「Y」字形の観光地で、最初三本の観光線のどれに行くのはコントロールセンターで決められるそうです。しかし、そこからどこへ行っても、途中にはたくさんの観光バスが出迎えしてます。思ったより、いいえ、上海の道路交通よりずっとよく工夫されてます。そして、どこへ行っても路上も水も、どこも綺麗でゴミは一個も見当たらなかったのです。これは、たくさんのゴミ管理スタッフとたくさん設置されているゴミ箱のお陰です。さすがの九寨溝政府と褒めてあげないと。 ガイドの高ちゃんに教えられ、昔々ここには一人の天から降りてきたお姫様がいました。彼女はある日つい贈られた鏡を落とし、壊れて、そして今の一つ一つの「海」になりました。もちろんチベット民族は「海」を見るには当時では不可能で、そしてすべての池を海と読んでいました。 さぁ~、バスから降りて、歩いていこう! 「きれ~い!」 「すご~い!」 「わぁ~!!」 と、私達は感動されてばかりでどう表現すれば良いか分からなくて!本当に自分の目で確かめ、自分のこころに感じさせないと、表現しきれない風景ばかりでした! 「虎海」、虎がいるとは違い、広くて雄大のため命名去れました。 ここの滝は、はやり他のところで見た滝は違って、水が淡い水色です。 「 剣竹海」は以前、4頭のパンダが竹を食べて山から下りてきて、その風景を見かけたことがあるが、今では、観光客が多いため、もう見られなくなりましたという。 水中の枯れ木に一輪の花が咲いてる 私の夢見る九寨溝の「五彩池」♪♪♪ 黄龍の五彩池は池の大きさと水の深さと太陽の明かりで五つの色の池に。 九寨溝の五彩池は五つ色が一つの池に。 大自然って、本当に素晴らしい傑作家です! 五彩池と似て、「五花海」もたくさんの観光客に愛され、色々な角度から撮られてます。 最高の水、最高の景色♪♪♪ さすが帰りのバスの中では、みんな暴睡してしまいました。 今日も、高山反応なしで楽しい一日と過ごしました。思ったよりずっと疲れを感じていなくて、自分でも信じられないぐらい元気一杯でした。 晩御飯後は、夜の楽しいチベットショー。 広い舞台に立つ演出家たちは、とても小さく見えたのですが、カメラで拡大して、1時間のチベットショーを満喫しました。 エンディングする時に、このような祝福のチベットお経を書かれている色とりどりの紙が配られ、自分の祈りをこころに思って、その紙を天に向かって、散らかした。 さてと、舞台の後から「天国の入り口」が開けられました。 みんな会場から舞台へ、そして舞台から「天国」へ。その広場でチベット踊りをみんなで民族関係なしに一緒にワイワイと参加し、音楽が止まるまで踊りました。 消防車が広場の真ん中にある火を消し、音楽が止まられ、私達と同じ帰りたくない人々がたくさんいました。 そろそろ部屋に戻ろう。今回の旅のこのホテルでの最後の夜。 お休みなさいZzz... 良い夢を♪♪♪
Sep 23, 2007
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朝食は成都空港へ向かうバスの中。 バスは、走って40分ぐらい空港に着き、確かに肌寒く感じます。黄龍空港に着いたらどうなるのだろう?本当にダウンを着なければならないのかしら? 今回の飛行機はもっと小さい飛行機だったので、このもう飛行機に乗る経験の豊富な私でも耳が痛くなって。初めて飛行機に乗った秀ちゃんはとても辛いそうな顔をしていました。幸い、現地ガイドの高ちゃんが私達の気を引き、黄龍へ向かうバスに誘い、色々と話をしてくれました。 「ザシデレ」という祝福の言葉はまず教えられました!いよいよチベット族の人達のもとへ。 「ここで、タイヤに水を飲ませるので、皆様もトイレや休憩をして下さい」と言われ、バスの窓を通して不思議に外を見る。 なぜタイヤに水をやるのかしら?人の皮膚と同じように乾燥するのかしら? 「これから3960メートルの雪山梁と5588メートルの雪宝鼎へ向かいます。バスの中なら感じないかもしれませんが、外へ行くとかなり高山反応がきいてきます。外に出る時に、小さな声で話すこと、小さい動作をすること、そして、服を一杯着込むこと。」と高ちゃんに忠告されたが、結局まだバスに乗っているのに、もう高山反応が出る同僚が5人出ました。 確かに、ちょっとジャンプしたりすると、足が浮いているような感じがしました。 チベットでは、このような白牛が名物。 ここはクリア!高山反応なし!さてと、次はどうなるのかしら?体力的に大丈夫のかしら? いざと、黄龍へ。私が夢見る五彩池へ。 上がる時は、やっぱり… 初めて乗る同僚は怖くて叫んでばかりでした。これも一つ良い景色でした! これから目に入るのは、素敵な風景ばかり。もう口で伝え切れない壮大で綺麗な景色でした。 山頂から歩いて3800メートル、ようやく下の黄龍レストランに着くのです。 昼食は、正直に期待したものとほぼ同じぐらい美味しくなかったのです。それでも、理解。こんな高い山の上ですもの。どんな環境においても、自分はどんなプライドのある偉大な人でも、自分がどうやってありのままの自分でいて、その環境に慣れ、馴染んでいくのが最も大事です。 昼食を食べて、再びバスに乗って3時間、やっと今日と明日泊まるホテルに。こんなホテルは生まれて初めて。三階建てか四階建てで、まさか4つか5つぐらい団地の広さのホテルがあるなんて!さすがチベットは広いですね。 中身はどんな感じなのかしら? やっぱりチベット族風でした。 あまりにも寒いので、江南にある上海では見られない暖房機も初体験。同室の静ちゃんに教えられ、洗った靴下を上に乗せると一晩で乾かせるなんて、超ビックリ! 夜は、180元自払いでチベット族の家へ遊びに行きました。チベット族のゲームと風習で一杯遊んで、チベット族の食べ物を一杯食べて(正直に遊んでばかりで、あまり食べる時間がなかったのです)、チベット民族と私達漢民族の違いがしみじみに感じました。 こころが山のように高くて広く。この民族が大好きです♪ またいつかこの家を訪れたいのですね。 最高の一日でした!!!明日もお楽しみ!
Sep 22, 2007
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九寨溝へ行くたまには、まず成都へ。 上海から成都まで3時間もかかるなんて!上海から関空までたったの1時間40分というのに。中国は広いですね!いいえ、広過ぎるのです。 今日は、明日黄龍へ行くための買出しと休養とガイドの蒋さんに勧められました。 上海と同じぐらい賑やかな春煕路という有名な繁華街へ観光とショッピングを5人組で行ってきました。 夜は、ボスに成都有名な漢方お鍋屋さんの「成都同仁堂」へ招待され、一杯ご馳走をいただきました。その鍋のスープは今まで食べた鍋の中で最も美味しくて栄養たっぷりのものでした!最高♪♪ 明日の朝は、4時起き!辛いね!でもいい旅のため、頑張ります!
Sep 21, 2007
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9月21日(金)~24日(月)、社内旅行で九寨溝(チウチャイゴウ)へ行ってきます。 四川省の西北部にある九寨溝は、原生林が生い茂った50キロほどの渓谷に、大小100あまりの湖沼や瀑布が点在する景勝地です。手つかずの原生林の中に大小108の湖、泉、滝などが分布しており、その自然が織り成すエメラルドグリーンの世界はこれまでの中国に対するイメージとは全く異なり、カナダやスイスの景色を思い起こさせ、まさに秘境です。湖の透明度の高さは、岩に含まれるカルシウムの影響で、その鏡のように反射する湖面はこの世のものとは思えない美しさです。付近にチベット族の村落である「寨」が9つあったことから九寨溝と名付けられました。黄山より帰りて山を見ず、九寨溝より帰りて水を見ず」という中国のことわざが物語るように、九寨溝は湖、泉、滝などの水が織り成す景色で有名です。そして、140種類もの鳥類や、ジャイアント・パンダなどの危機に瀕している動物たちが生息する場所としても知られています。 以前、上海で国語の先生をしていた時に、教科書に「五彩池」というテーマの授業がありました。その時から、ずっといつかそこへ訪れたいと願っていました。今回の社内旅行で、やっと念願が叶えるようになります。ワクワク、ドキドキ♪ いよいよ明日!出発!!!
Sep 20, 2007
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この二日間は、久し振りの連休です。 なのに… 家で仕事。(苦笑) いつものことだけど。 明日(21日)~24日まで九寨溝へ社内旅行。 ということで、3つの仕事が今日中に仕上げなければ。 昨日、朝寝坊してから、パソコンの前に座って仕事をし始めた。 午後6時に、すべてパーフェクトに終了! 自分の集中力にビックリ! 自分の効率にビックリ! 以前なら、きっとすぐボスに送るが。 今は、こんなことしない。 仕事は、やり切れない。 やってもやっても終わらない。 速く仕事を終わって、ボスに提出したら、次の仕事が来る。 ボスに「この人の仕事効率が高いから、もっと仕事を上げよう。」と思われたら、経験してきたこの一年間と同じ運命になる。 仕事人間は、もうごめん! 自分の私生活、自分の空間、自分の良い体調を保つには、自分を守らなければ。 自分で自分を愛しなければ。 だから、完成させた仕事をできるだけ締め切りの一日前に提出。 ちょっとずるいかもしれないけど、パーフェクトな人間になることをこれ以上追求しません。 人に接する時と同じように、自分に優しく接してきます。 これが、人生のバランスの取れた効率。 そろそろ、メールを送らないと。 終わってから、旅行の買い物へ行こう♪
Sep 20, 2007
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今日、今年の第13号超強台風「WIPHA」が杭州に上陸。 その影響で、上海は一日ずっと大雨と強い風の悪天気になっていました。 午後、上海の気象局から警報が出て、明日、すべての幼稚園と学校は休みとなります。これは、今まで私の経験したことのなかった警報で休みとなることです。 それを聞いて、私は、さっそく休み中のマネージャーに電話をしました。マネージャーもそれを聞いて本部の董事長に電話をして、休みになる確認をいただきました。 それからは、二人で手分けて明日センターに来られるお客さんに電話を入れました。 30分後、やっとすべてのお客さんに了承を得て、ホッとしました。 「教えてもらって良かった」とマネージャーは何回も私にこういうふうに言ってくれました。 私もさっそくマネージャーに情報共有して対処して良かったと思っています。 一時間後に、本部から明日スタッフも休みになるという電話が入りました。 私は、もちろんやることが一杯一杯で、家で仕事。(苦笑) 21時に、最新情報が入ってきました:その台風は一時間20KM、中心風力は50メートル/秒、風力は15級のスピードで、上海に接近しています。 上海まで後580KM!!! テレビの画面の下には、ずっと警報情報が流れています。 田舎とバンドの近所の住民たちはもう20万人がすでに臨時移動され、すべて飛行機と船の便が欠航となります。 怖いですね!!! 明日は、どうなるのかしら? 私の家は、一階にあるので、水が入ってきたらどうしよう??? あぁ~ もうこれ以上考えたくない!
Sep 18, 2007
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今朝もまたいつもの停留所で、いつものあの人と出会いました。 彼は、40歳前後で、優しいそうで、内気な人のようです。いつも私と同じように慌しく停留所に走ってくるのです。私達は、一度も話をしたことはありません。顔くらいしか知らない見知らぬの人同士ですもの。 今日も、同じ停留所に降りて、同じ方向なのに、違った信号を渡りました。 何故でしょう? 不思議!? 2本目のバスに乗った私は、いつものようにバスの窓から外見をしていました。 毎日、違う風景。 興味津々! 人生って、楽しいものですね♪ あっ! 突然、見たことのある人が目に入りました。 その彼です。 速足で歩いています。 どこまで行くのかしら? また一つの好奇心が出てきました。 停留所を降りて、信号を渡ろうとしたところ、またあの姿が目に入りました。 また彼です!!! 何故??? 信号を渡って、私達は前後に歩いていました。 彼はどこまで行くのかしら? もう一つの好奇心が沸いてきました。 歩いて5分、彼はある彫刻美術会館に入っていきました。 そこで働いているのですね。 彫刻をしている人なのかしら? また一つの好奇心が自然と出てしまいました。 振り替えてみると、この前も2回帰りに、会ったことがあって、彼は一本だけのバスに乗っていました。 分かった!!! 彼は、こうやって、自分の交通費を節約しようとしているのではないでしょうか? 本来2本のバスに乗るべきなのに、節約のために、一本だけ乗って、後のあの長い2駅は歩いているのです。 すごいですね!!! こんな社会で、こんな彼がまさかこういうふうに節約しているとは… 珍しすぎます。 少なくとも、上海でちゃんと収入を持っている人がこんなに節約するのは考えられないのです。 交通費は会社から出るのにね。 あ~~~ 彼は一体どういう人で、どういう生活を送っているのかしら? ??????
Sep 17, 2007
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今年の上海観光祭がやってきました。 いよいよ明日からスタート! 上海観光祭は、中国の国家旅游局に指定された全国41の重要な行事のひとつです。そこでは上海の民間風俗、文化、時代風俗が見られ、さらにグルメをも楽しめるのです。 開幕の際に山車が出るのは、毎年の変わらない行事です。明日の19:30~21:00が開幕式で、山車は9月15日~10月6日まで毎晩外回りしています。 観光祭の期間の夜は外灘、南京路と淮海路、さらに数多くのビルの屋上が、まばゆいイルミネーションで輝き、上海を更に美しくて魅力のある不夜城に。 もちろん他の国の参加もあるので、上海観光祭の期間中に、同時に中国と西洋の文化をミックスしたショーも楽しむことができます。 本当に最高ですね。 最初は、国慶節休み:9月29日~10月5日期間中に、旅行代金はかなり高く上がられているので、どうやって過ごしたら良いかを悩んでいましたが、これでとても充実に過ごせますね。やったね♪♪♪
Sep 14, 2007
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今日は、半年振りにJennifer、Jodie、Vickieと四人で食事をしました。みんなも相変わらず仕事や勉強や家庭生活などで忙しくて、会う時間はなかなかなかったのです。 家庭を持つとどうしても家庭を大事にするのは当然ですね。彼女たちを見て、私は?帰国して仕事を始めてからこの一年間、仕事ばかりの生活はとても辛いものでした。仕事ばかりすると、余計寂しく感じたり、より家庭を持ちたくなるのです。 Jenniferは、とても嬉しい知らせを教えてくれました:もうすでに妊娠2ヶ月半になり、出予定日は来年の4月5日です。私達も彼女と同じぐらい嬉しくて嬉しくて、今日の話題は、もちろん彼女の妊娠と出産についてのものばかりでした。 30歳なったJenniferは予定通り来年―オリンピックの開催年に子どもを産むことができて、旦那さんも家族もとってもとっても嬉しいそうです。それもそうですね。 一方、私は?Jenniferをとってもとっても羨ましく思っています。私は、いつプロポーズされるのかしら?いつ結婚するのかしら?いつ赤ちゃんができるのかしら?いつ子ども小さくても幸せな家庭を持つことができるのかしら? 今の私は、仕事、仕事、また仕事。生活するための仕事なのに、今は仕事人間になってばかりで、自分の生活には何があるのかしら?仕事が良くできるよりも自分の生活を充実で順調に進んでいって欲しいのです。 子どものとってもとっても好きな私にはの番はいつになるのかしら? 帰りのタクシーの中、今でも、頭の中には、「子ども」という言葉ばかり浮かんできます。 もういい加減に自分のことをちゃんと考えないと。仕事ばかり縛られないようにケジメをつけないと。
Sep 13, 2007
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別れてから、 私達は、友達同士にはなれません。 お互いに気付けてしまったことがあるから。 別れてから、 私達は、かたき同士にはなれません。 お互いに相手をこころから愛していたから。 別れてから、 私達は、お互いの一番良く知っている見知らぬ人になるしかできません。
Sep 8, 2007
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今日も休みだった。 家事を終わらせてからお婆ちゃん、お母さんと弟のお嫁さんの恵ちゃんを連れて、出かけた: 1.上海世貿商城の国際プレゼント展示会へ 2.ピザハットで午後ティーセット 3.上海香港名店街へショッピング 80歳のお婆ちゃんは、久し振りに色々な所へ回って、見せてくれた涙は私をビックリさせてしまった。 嬉しいナミダか? 悲しいナミダか? それとも両方か? お年寄りは、子どもみたいになったりする。 以前よりも寂しく感じたりする。 もっと子どもがちょっとでも時間があれば、自分の元に戻って欲しい。 お金よりもこころを豊かに満たされて欲しい。 死んでから色々をするよりも生きている時に色々をしてあげるべき、とよく聞く。 確かにそう思う。 親孝行は日常生活の中に。 家に戻って、晩御飯を食べ終わった時に、弟が疲れた顔をして帰ってきた。 今日もかなり疲れたようだった。 本当によく頑張っている。 自分の幸せを自分で掴む姿勢を見せてくれた。 確実に一人前の大人になった。 嬉しい♪♪♪ 「ねぇ、お姉ちゃん、シャツを洗ってくれる?」 弟のこの一言で、心が動かされた。 上海に戻ってきてから、確かにこれが二回目。 年をとったお母さんにはもうこんなことは頼めない。 若い奥さんはまだ若いので頼めない。 頼むとしたら、きれい好きで家事のちゃんとできるこのお姉ちゃん。 この弟は、何故か以前からお母さんに甘えるよりこのお姉ちゃんに甘えてくる。 何故だろうね? お母さんに甘えると、応えてもらえないから? 確かに、お母さんは子どもを甘えさせない厳しい親。 子どもは、あくまでも子ども。 甘えは子どもに必要。 適当な甘えを満たされてから、はじめて本当の自立が生まれる。 たとえ、大人になったとしても、甘えは必要。 人間としての基本的な欲求。 人は、いくら大きくなったとしても、どんなに年をとったとしても、甘えたい時はある。 こころの中に、幼い自分が潜んでいる。 新たに、人間の不思議に感動した。
Sep 1, 2007
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今日は、8月の最終日。 明日からは、9月。 学生たちの夏休みはこれで終了。 月曜日からは新学期。 最後の学生時代の夏休みは、まるで昨日のようにはっきりと思い出す。 が、もうこんな日々を味わうことはない。 今年の夏休みは、毎日子どもたちと一緒に過ごしてきた。 自分の夏休みではなく、子どもたちの。 可愛い子どもたちに、楽しい夏休みの思い出をつくってあげる役割だった。 とても充実した毎日だった。 教師の仕事、事務の仕事、管理者の仕事… 毎日30分もないご飯を食べる時間以外は、ずっと仕事をしていた。 そして、残業。 かなり疲れた。 かなり。 子どもたちは、思ったよりずっとエネルギーたっぷりで、こころがついていけても、からだがついていけない状況は何回もあった。 「力不従心」という言葉は、今になったら実感できる。 どんなに自分が若いと思っても、体はそう簡単に納得してくれない。 (苦笑) でも、どんな時も、子どもと一緒になると、元気が湧いてくる。 子どもからもらうものは一杯。 今日は、久々の休み。 携帯の電源を切ったまま、11時ごろまでずっと寝ていた。 本当によ~く寝た。 やっと大忙しい夏が終わって、嬉しく思っている時に、さっそく来週は残業で、8日連続出勤の知らせが入った。 考えてみると、こんなことはいつも嘘のように繰り返されている。 明日からは、新しい月。 首を長くして待っている「九寨溝」の社内旅行がもっと近付いてきた。 もうちょっと頑張ろう♪ アジャアジャファイティン♪(習ったばかりの韓国語)
Aug 31, 2007
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日本から上海に戻ってきて、大変忙しい仕事に終われてばかりの生活は、やっと一段落落ち着いてきた。もう戻って一年以上も経つというのに、新しい友達は一人もできなかった。 まさか!? 自分でもまさかと言いたい。 が、仕事で疲れて、免疫力が低下され、休みさえ取れたらラッキーという日々は、自分の私生活はほとんどないようなものだった。そのため、親友たちにも何回も説教されたり、怒られたりしていた。もちろん、私のことをこころから心配しているからとは理解できるが、でも結局は一日一日と同じように繰り返している。 今日は、初めて同僚に家での晩御飯を招待された。 Henryは、私の部下であって、11歳下のとても陽気な男の子。センターでは、たくさんの子どもとお母さんたちに好かれる人気者。実家の大連から離れて一人で上海に来て、私との面接を通して、私達の会社に入って、こうやって一緒に仕事をしている。 仏教からは、「縁」と言う。 今でもお互いに良く覚えているのは、面接する時に彼は私を日本人と間違えて、「中国語、お上手ですね」と褒めてくれていた。本当に面白かった♪ 今の上海は、私が日本へ行く前と比べると、外地からの人がたくさん増えている。上海の家賃は、物価と同じように上がる一方、そのため、二人、三人、四人、そしてそれ以上の人数での同棲という形の賃貸が現れ、増える一方。中国人同士も、外国人同士も、中国人と外国人同士も、色々な形の生活形式が現れている。 Henryは、一人の男性と一人の女性と三人で2LDKの部屋を借りて、一人1ヶ月1000元ずつで共同生活を送っている。 今日は、Henryと彼の同室に住むSongに誘われて、晩御飯を食べに行った。 男の子二人に晩御飯を誘われて、全部作ってもらうのは、今まで初めて。私がいくら手伝うと言ってもキッチンには入れてくれなかった。 一時間半後に、5つのおかず、1つスープのディナーができた。 中国風の肉じゃがは思ったよりずっと美味しかった。 こんな人の家で晩御飯を食べるのは、戻ってきて初めて、こんなに楽しく晩御飯を食べたのも大久し振りだった。 もちろん、最後のお片付けは私がやる。 綺麗好きな私が掃除したキッチンは、その二人の男の子をびっくりさせてしまった。 「こんな綺麗なキッチン、これから使うのが負担になるよ」、「じゃ、これから週に一回、家に食べに来て、私達のキッチンを綺麗にしてね」とと冗談に言われた。 時間はあっという間に過ぎた。 楽しかったからこそ、時間が経つのを早く感じてしまうだもの。 やっと自分の生活を取り戻した。 やっと新しい友達ができた。 これからは、仕事の奴虜にならないように仕事と生活をちゃんと分けることにする。 自分の健康のためにも。<終>
Aug 10, 2007
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今日も12時から5時まで、英語を勉強しに行きました。先週から毎週の土曜日に英語塾へ通っています。中国では、一番流行っているのはやっぱり英語ですね。そのため、英語塾は日本よりも多いです。広いから、当たり前かもしれないけど、それにしても多くて多くて…この大都会の上海で暮らすなら、英語は必須となります。 私は、3ヶ月1400元のある上海のやや有名な塾に。他の英語塾と比べたら、大分安い方です。会話のレッスンではなく、語彙、文法、聴解、読解、作文などを含んでいます。正直に、言語を勉強するには、価格が高い方が良いというわけはありません。日本語を勉強する経験もあって、やっぱり何よりも自分の努力が大切です。 今日まで、ただ2レッスンしか受けっていなかったが、英語はやっぱり素敵です!上海の大学を卒業して、4年間小学校に勤めて、それから8年間日本へ留学し、毎日日本語ばかり勉強したり使ったりして、英語の感覚、たくさんの英語が忘れてしまいました。こうやって、英語を毎日復習したり読んだりして、そして週に1回勉強しに行って、学生時代の英語に自信満々の自分の姿がよみがえってきました。やっぱり英語は大好きです! 幸い、今の仕事は毎日日本語を使うので、忘れることはないでしょう?ただ7年前に合格した日本語能力検定試験一級の単語や文法の中に普段使わないものは忘れてしまいそうです。そう考えたら、やっぱり普段自分で復習しておいた方が良いと思います。もちろん、英語はもっと上達していくように頑張ります。 英語って、楽しいですね!
Apr 7, 2007
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国慶節の時から、なぜかネットのスピードがまるで亀が歩いているように遅くて遅くて...ブログを書こうと思っても、なかなか表示できなくて。例えできても、すぐにもエラーと出てしまう。元々書きたい気持ちが一杯あったのに、その繰り返しで疲れて、結局放棄してしまった。やっと週末になって、今日こそ書こうと思ったが、何回もチャレンジしたのに、結果は同じ。最近の自分は仕事で疲れて、すごくイライラしていることに気付いた。もうちょっと気持ちを抑えて、再チャレンジできるのに、すぐにも放棄してしまうなんて!本来の私は、そうではなかったのに。その原因は、どこにあるのだろう?言うまでもなく-仕事。あるコンサルティング会社の大きなミスで、もうすぐオープンする私達の施設は、かなり困難な状況に置かれてしまった。もちろん、それは私のミスではない。社長のミスでもない。なのに、解決方法をまずみんなで考えてクリアしていくよりも誰かのミスであるかを追及してばかり。本来、そうやるべき方法で難問を明らかにできるのに、結局どんどん複雑してしまい、あっちこっちへ行ったり、知り合いのあの人、この人に何回も邪魔して...でも、会社に戻って、デスクに座って、ミーティングをすると、出掛ける前の出した結果と同じ。園長は、どうしたら良いか分からなくて、逆に私から他の従業員にどう指示すれば良いかを聞いてきたり、作成中の資料を無駄にならないようにアドバイスを受けたり、戸惑ってばかり。工事現場のマネージャーからの電話も、通関からの連絡も、本社との壁面のデザインのチェックも、従業員たちの出勤、残業の計算などもやらなければならないのに...疲れるね。本当に。本当は園長がやるべき仕事も私一人で担うなんて。その冷静の対応のできない上司の方々の気持ちは、十分に分かっているが、でも、今、まず、何をすれば良いかをみんなで力を合わせて解決した方が一番良いのに...実は、上司の方々よりもずっと戦ってきた現場の私達はもっとショックで悲しい。なのに、私達は自分たちのやるべき仕事を一つひとつクリアしていこうと頑張っている。みんなは本当に私がお願いしたこと、指示したことを文句なしやってくれている。なんて、素晴らしいみんな。前向きに、進めていかなければ。来週から、園長と私は3週間続けて、休みなしとなる。今週の週末を有効に利用しよう。十分に休もう。<終>
Oct 21, 2006
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今日の一日もあっという間に、過ぎってしまった。会社の中で、あっちこっち呼ばれたり、走ったりしたのは、たぶん私が一番となる。(苦笑)6時過ぎて、やっとみんなのいる会議室に戻って、座った。一日3回の緊急会議は、設計、現場の急ぎの件よりもずっと大きな疲れをもたらしてくれた。「みんな、もう退社の時間だよ!」「今日は、残業する。」とHelenの声だった。園長から残業をすると言われたと思って、みんなと一緒に会社に残った。でも、園長は7時半にテレビ修理の人が家に行くので、早めに行かせた。7時になると、残業のできる私達6人だけが会社に残った。みんなでワイワイ言いながら、急いで出前の弁当を食べて、仕事をして、園長からの電話が入った時に、やっと9時も回ったことに気付いた。「...私はてっきちあなたがみんなに残業するようにと指示したかと思いましたが...」と園長は私にそう言った。唖然とした私は、「私は、6時ごろ会議室に戻って、その風景を見て、てっきり園長がみんなに指示したかと思いましたが...」と二人とも誤解してしまったことに気付いた。後で、みんなに話を聞くと、オープン寸前で、やることが一杯で、イベントの時に上手にそれぞれの役割を果たすために、練習の時間を稼ぎたいので、工作などの仕事をできるだけ今週中に終わらせたくて、自発的に残業することにした。「みんなも大変の状況の中で、それぞれ責任を持って、頑張ってくれて、本当に有難いですね。このようなスタッフと一緒に仕事できて、本当に良かったですね。もし、社長に言われたら、もちろん私達二人が情報共有できていないことに責任はあります。でも、頑張ってくれているスタッフのみんなはちゃんと守りましょうね。みんな良い子ですもんね!」と不安になった園長に問題解決方法を教えた。それを聞いた園長は、やっと一安心になった。実際、アシスタントマネージャーの私には、残業代が一切出ない。そのことは、みんな知らない。でも、みんなと一緒に戦っていくのは、私のやるべきことと私はそう思う。少なくても、残業は辛い、やりたくないといった嫌な思いはさせたくない。でも、やっぱり9時半までの残業の疲れは、そんな綺麗言葉では減少できない。お疲れ様、みんな!有難う、みんな!<終>
Oct 19, 2006
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今日、ひどい偏頭痛で一日寝込んでいた。夜、弟と恵ちゃんが帰ってきて、母と3人で静かに晩ご飯を食べてから弟たちの部屋に入った。小さな笑い声が聞こえてきた。何だろう、と思いながらベッドから離れて、3人のもとへ。 母の手に何かを持っていた。「それ、何?」「弟と恵ちゃんが今日入籍してきた。」「ウソ!?」まさかの出来事で、ビックリさせられた。本当にめでたしめでたし。羨ましくて、羨ましくて、たまらない。「早く結婚して、来年中には、可愛い赤ちゃんを産んでね!」と母の顔には万遍な笑顔。そうだね!何よりも、これが一番母にとって嬉しいこと。ということは、弟がこれで一人前になった。母もこれで一安心。そして、私も。これで、やっと弟たちと一緒に家庭の責任を担うようになった。ちょっとは肩の重荷が軽くなった。本当に良かった。今度は私の番。母を安心させて、自分の幸せを掴んで。おめでとう♪♪♪<終>
Oct 14, 2006
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国慶節の時から、なぜかネットのスピードがまるで亀が歩いているように遅くて遅くて...ブログを書こうと思っても、なかなか表示できなくて。例えできても、すぐにもエラーと出てしまう。元々書きたい気持ちが一杯あったのに、その繰り返しで疲れて、結局放棄してしまった。やっと週末になって、今日こそ書こうと思ったが、何回もチャレンジしたのに、結果は同じ。最近の自分は仕事で疲れて、すごくイライラしていることに気付いた。もうちょっと気持ちを抑えて、再チャレンジできるのに、すぐにも放棄してしまうなんて!本来の私は、そうではなかったのに。その原因は、どこにあるのだろう?言うまでもなく―仕事。あるコンサルティング会社の大きなミスで、もうすぐオープンする私達の施設は、かなり困難な状況に置かれてしまった。もちろん、それは私のミスではない。社長のミスでもない。なのに、解決方法をまずみんなで考えてクリアしていくよりも誰かのミスであるかを追及してばかり。本来、そうやるべき方法で難問を明らかにできるのに、結局どんどん複雑してしまい、あっちこっちへ行ったり、知り合いのあの人、この人に何回も邪魔して...でも、会社に戻って、デスクに座って、ミーティングをすると、出掛ける前の出した結果と同じ。園長は、どうしたら良いか分からなくて、逆に私から他の従業員にどう指示すれば良いかを聞いてきたり、作成中の資料を無駄にならないようにアドバイスを受けたり、戸惑ってばかり。工事現場のマネージャーからの電話も、通関からの連絡も、本社との壁面のデザインのチェックも、従業員たちの出勤、残業の計算などもやらなければならないのに...疲れるね。本当に。本当は園長がやるべき仕事も私一人で担うなんて。その冷静の対応のできない上司の方々の気持ちは、十分に分かっているが、でも、今、まず、何をすれば良いかをみんなで力を合わせて解決した方が一番良いのに...実は、上司の方々よりもずっと戦ってきた現場の私達はもっとショックで悲しい。なのに、私達は自分たちのやるべき仕事を一つひとつクリアしていこうと頑張っている。みんなは本当に私がお願いしたこと、指示したことを文句なしやってくれている。なんて、素晴らしいみんな。前向きに、進めていかなければ。来週から、園長と私は3週間続けて、休みなしとなる。今週の週末を有効に利用しよう。十分に休もう。<終>
Oct 11, 2006
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8年の日本留学生活とお別れ、8年振りの故郷の上海での中秋節を家族と一緒に迎えた。今年の中秋節は、相変わらず大変賑やか。豫園は最もこの風習を感じ取ることのできる場所である。 だけど、私と母は、賑やかな上海から離れて、静かな杭州双渓へ漂流を行ってきた。 一味違う今回の旅は、とても清々しい気分にさせてくれた。やっぱり、中秋節は家族と一緒に過ごさなくちゃ。<終>
Oct 6, 2006
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2006年9月15日~11月30日まで、上海世紀公園にて、「Shanghai International Mosaiculture 2006」が行われる。 今回は、15カ国55個都市、82件の作品が参加されている。 前からお婆ちゃんと母を連れて、行きたかったが、残念ながらなかなか時間が取れなかった。今日から7日まで国慶節の休みなので、朝寝坊をしてから、カメラを持って、2人を連れて出掛けた。 普段なら20元の入場料が35元に値上げられたが、でも本当に値打ちはある。 このカナダからの作品は、音楽を背景に、まるで露天コンサート。 恋人同士に好かれる作品、その理由はいうまでもなく。 もしできるなら、ぜひこんな大きな算盤を使ってみたい。 素晴らしい!と母は叫んでばかり。 これは、何? 後から見る時は、分からなかったが、前から見ると、答えを見つけた。 ヒントは、清朝にある。 この湯のみから注がれたお茶は、きっと忘れられない味がする。 このガチョウは、一体何しているのだろう? 子どもみたいに砂丘を楽しんでいる。 見て、 自分の頭を砂の中に入れて、そして出して... 面白い! 上海人の私達がとても気に入った一作。 「上海里」 昔の上海の住宅-【石庫門】 子どもたちが色々な遊びをしながら新年を迎えている。 小さい頃の自分を思い出す。 幸せ! 富士山、姫路城 松、鶴 これは、一目で分かった。 日本の参加作品 まさか、中国揚州の五亭橋、フランスのエフェル塔 この2つの風景が同じ場所で見られるなんて! ここでしかできない。 帰りに、公園の売店で、お婆ちゃんのお気に入りの亀ちゃん2個を購入した。 お婆ちゃんは、とても喜んでいて、子どものようにあの可愛い亀ちゃんを全然手放せない。 国慶節のプレゼントに。 小さい方がオス。 大きい方がメス。 名前を何にしようかなぁ... 世紀公園を満喫して、二人を連れて、南京路へ、雲南過橋米線を食べに行った。 国慶節でもあって、今日は普段よりもっと人が多かった。 お婆ちゃんが疲れたので、二人に服を2着ずつ買ってあげてからタクシーを呼んで帰宅した。<終>
Oct 2, 2006
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10月1日は、中国の国慶節。我が社は、10月1日から7日まで休みとなっている。なので、今日は土曜日だけど、出勤だった。午前中は、園長の部屋探しの供にとして、通訳しながら5件の部屋を回ってきた。その後、戻ってから休憩せずに、仕事をずっとしていて、あっという間に6時前になった。 退社してから、今日もAmyと一緒にバス停まで15分歩きながら、話を一杯した。彼女には、3歳の娘さんがいるので、言うまでもなく、彼女の得意な話分野は、自分の娘さん。とても可愛い娘さん。いつか私も可愛い娘がいたら... バスが街へ走れば走るほど、明るく、賑やかになって。真っ赤な国旗もいたるところから目に入ってく。国慶節!今日から休みとなっている会社もあるので、都市の中心には人で賑わい。多すぎるぐらい。人の海。 だけど、その中には、疲れ果てたどこへも行く気のない私がいた。疲れたね!1ヶ月以上も頑張って作った書類が、園長のものになった。私の苦労は、何もない。彼女は、どうどうとそれが自分で作ったものとしてみんなに宣伝する。いいことは、全部自分。悪いことは、全部私。私は、彼女にとても都合の良いヒト。Judyのいうように、公平や不公平は絶対にあるから、とにかく園長を支えてあげてって。それはそれでいいけど、でも「有難う」の一言もないとは。今の気持ちは、とても国慶節に似合わない。どうやって、この気持ちを殺すのだろう?私って、一体何なんだろう? 明日は、朝寝坊をしよう。もう一ヶ月以上も朝寝坊ができていなくて、充分な睡眠が取れていなかった。すべて、忘れよう。嫌なことを。疲れ果てたこころとからだを休ませよう。<終>
Sep 30, 2006
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今朝の道路は、とても込んでいた。バスの中でイライラしている私は、Amyから道が込んでいるというメールをもらった。これからは、ずっとこの道で家と会社まで通わなければならない。お金持ちの人が住むこの地区は、バスがないので、バス停から歩いて15分はかかる。というのっは、1本目のバスと2本目のバスの間の歩く時間などを入れて、毎日1時間ぐらいはかかる。 本来なら、会社までギリギリ9時になるが、園長のホテルへ行って、その応接間に4人で仕事をするので、会社からまた15分はかかる。園長に言われた通りに私のこの大変重たい個人用のノートパソコンを持って、40分以上も歩くと、汗がビショビショで、今までたまってきた疲れは、ドンと来た。 なのに、15分を遅刻してきた私、Amy、Hellenを見て、園長の顔はとても厳しかった。Amyは家から3時間近く、Hellenは2時間近く、私は1時間半かかり、交通の事情で、これ以上かかることもある。董事長のJudyは、バスを降りたら、3人でタクシーを乗り合わせて、出勤しても良いと言ったが、でもなるべく会社に負担にならないように、私達3人は歩くようにしている。 でも、それを聞いた園長は、私達の話を信じてくれなかった。そして、私に、「それなら、あなたのパソコンは、ここに置いたら」と言った。私の個人のパソコンなのに!毎晩、家で使うのに! そこで、園長はすぐにも、部屋の中に入って、社長に電話を掛けた。 「すぐ、会社のあなたが使うデスクトップを持ってくるので、明日からはもう持って来なくても良い。」「交通の問題だが、やはり我慢するようにと。」「中国は、残業は駄目なの?」言うまでもなく、このような上司は好かれない。 私は言われた仕事内容をちゃんと全部できたので、園長は自分の仕事を5つ私に命じた。それはそれで良いけど、午前中3時間の中で、私彼女の言われた仕事をしながら、工事現場、遊具の税関申請などの仕事も電話やメールやメッセンジャーで、処理していたが、彼女の集中していなくて、ダラダラしている仕事ぶりを見るとAmyとHellenは、私に「速くしないで!こんなに頑張っていても。園長って何をやっているのだろう?」とアドバイスをしてくれた。不公平って、こういうことかも。日本では、残業が当たり前のように聞いているが、でも仕事中に集中しているかどうか、効率が良いかどうかは、疑問に思う。なのに、「上海は、幸せね!残業がないなんて!」って。ちゃんと私達の仕事ぶりを見てから言って欲しいわ! 5:40に、すべての仕事を完成させた。1時半から健康診断へ行った園長とAmyはホテルまで戻って来なかった。社長に両替を頼んだようで、健康診断が終わってから会社へ行ってくると行く前に園長はそう言った。2時間以上も。時間にルーズなのは、一体誰だろう?仕事と個人用件の区別をつけないのは、誰だろう? 園長の今週で終わらせたい仕事を、私は一日で質良くく終わらせた。明日からは、またどんな仕事が言われるのだろう?全部完成させたと言わない方が良いのかしら? 今夜は、家で何も仕事をしない。しないようにする。 私は、救世主ではない。一人の人間として。自分と部下たちの利益をちゃんと守らないと。私より給料の安くもらっている彼女たち、本当に責任感の強くて、素敵な彼女たちをちゃんと守ってあげなければ。彼女たちのためにも、会社のためにも。<終>
Sep 28, 2006
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今週、月曜日から日曜日までの一週間は、上海華東師範大学にて、0歳から3歳まで子どもに関する保育研修を受ける。先生の話によると、ちゃんと実践操作、口頭試験と筆記試験を合格できたら、国家資格がいただける。今日の先生は、0歳から3歳までの子どもの生理的、心理的な特徴を話してくれた。そこで、「「水は答えを知っている」という話を聞いた。とても不思議で、素晴らしい話。ビックリさせられたのは、その本は日本の作家が書いたものだった。そこで、ネットで調べてみた。http://www.ne.jp/asahi/aquarius/messenger/books_002.htmhttp://www.thank-water.net/japanese/index.htmlなんて素晴らしいだろう?感動させられてばかり!愛と感謝を大切に♪時間があった時に、必ずこの本を探して、購入しよう。<終>
Sep 20, 2006
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昼ごはんを食べてからいつの間にか寝てしまった。起きた時には、母はもう仕事に行った。何もする気がなくて、再び布団の中に身を潜めた。 今日も母は、私に結婚についての話を一杯してきた。上海に戻ってきてから、以前は私の結婚にあまり心配してくれていなかった母は色々と心配してくれた。弟と恵ちゃんの結婚はほぼ決めた。残ったのは、私。この前も、「近所のおばさんがいい人を紹介してもらおう」と私に言っていた。そして、今日もまたそんな話。 正直に、小さい頃から色々と苦労としてきた私は、誰よりも幸せな家庭を持ちたい。子ども大好きな私は、誰よりも自分の愛する人の子どもを一緒に育てたい。だけど... 今年は、例年よりも結婚するカップルが多いという。それが、独身の人にとっては、やっぱりプレッシャー。でも、縁は簡単に手に入れるものではない。結婚したいから結婚するのではなく、愛する人と一緒に人生を歩みたいから結婚すると、私はそう思っている。自分の愛する人と巡り会わなかったら、一人でいたい。しかし、この考えは、母には理解できない。いいえ、許してくれない。娘として、私はこんな母の気持ちはとても理解できる。娘の幸せを望んでいるだもの。だけど、大事なのは、出逢い。そして、この人と本当に一緒に白髪になるまで手と手をつなげて歩むことができるかどうかを良く考えること。 結婚、いつかは。<終>
Sep 17, 2006
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8時前に、上海師範大学の第3講義棟に着いた。大~久し振り!その頃と比べると、大分違う風景が見えた。懐かし~い!もし、今日の通訳テストがなかったら、普段では来ることもないのだろう。 テスト時間は、8:20~11:00。テスト内容は、昨日社長の秘書のAnnから聞いたところ。もちろん、復習したのは昨日の一日だけだった。しかし、一番苦手な経済と貿易、金融と証券、改革開放の単語は、やっぱりなかなか頭の中に入れなかった。あぁ~大学時代、「経済学」の講義の時は、ほとんど他の本を読んだり、ドイツ語の宿題をやったりしていて、だけどどうやって85点を取れたのかは今も分からない。そして、改革開放、中国の政治に関する専門用語は一番頭を抱えるもの。分からないよ!、と日本へ8年間も行ったので、中国語の専門用語さえ知らないのに、日本語をどうやって覚える?いいえ、体が受け付けたくない感じ。覚えようとしない状態にいた。それでも、1回だけでも目を通して、自分を安心させるため。 教室に入って、鞄から文房具とラジオを取り出して、準備する。ラジオ?!40分の聴解は、このラジオを通して行うことになっている。以前なら、教室のマイクで行ったが、今は一人ひとり自前のラジオを持って、上海師範大学のFM88.8に合わせてから行う。焦って、微調節している人もいれば、緊張しすぎてイライラしている人もいて、もうちょっとだけでも復習したいとお願いしている人もいた。もちろん、私の心は、穏やかなものではなかった。8年も日本にいたのに、何故こんなに緊張するとAnnはいう。自分の苦手な分野があるから、どうしても緊張してくる。そして、正直に、私のプレッシャーはかなり大きい。日本に長くいたから合格できないと笑われるからもあって、そして、社内旅行を諦めてテストに来たから、なるべく合格できるようにと自分に命令していた。 テストには、聴解、読解、翻訳の3つの部分が含まれていた。聴解は、「贈答品」を「贈等品」に、「拍車」を「快車」に書いてしまった。中国語の「壊帳」を日本語に訳すと「貸し倒れ」だが、分からなかった。江戸時代の「どけい」という言葉の漢字を「戸家」と書いたが、本当は何かは分からなかった。読解はうまく行ったと思うが。翻訳は、日本語を中国語に、中国語を日本語に、3題ずつ。「鰹節」の中国語は分からなくて、いつか友達とご飯を食べる時に彼女が「木~魚」と言ったとぼんやり覚えていて、本当は「木魚」なのに、「木須魚」と書いてしまった。あぁ~私って、中国語を中国語の脳で、日本語を日本語の脳で考えて、日本語を中国語とうまく連携できなくて、今、中国語、特にこの8年間作られた新しい単語を勉強しなければ。自覚しているミスはこれぐらいかなぁ。結果は、3週間後。合格すれば、面接に参加できる。どうか合格できますように。<終>
Sep 17, 2006
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あっという間に、金曜日がやってきた。大好きな金曜日。今日一日仕事をしたら、休めるから。そして、先週の日本現場研修から戻ってきて、会社内、一番忙しい人は私だった。忙しすぎて、ほぼ毎日私一人が居残されていている。今日も、結局私が最後だった。工事現場の仕事で、日本と中国の建設会社の間に入って、かなり時間がとられてしまった。なのに、園長からの仕事は一個も減らず、そして予定通りに完成させなければ。2日間の開園通知のビラ配りは、思ったより大変で、疲れさせるものだった。今朝、疲れを感じながらも手元の仕事を何とか処理しようと頑張ってきた。一人で、3人の仕事と言っても過言ではない。あまりきつくて、かつ園長の接し方で、昨日会社に入ってから、2回目泣いてしまった。 今週の日曜日に日本語通訳のテストがある。だけど、まったく復習する時間がなくて。あったとしても、シャワーを浴びて、布団の中に入ると、眠ってしまう。悪循環。明日は、ちゃんと復習をしないと。そのテストのために、そして来週の上海華東師範大学で行われる早期教育研修のために、2回と分けられる麗江への社内旅行は1回も行けなくなった。頑張ろう!自分のために。<終>
Sep 15, 2006
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今日も、またJodieの誕生日が来た。今までの8年間の毎年の今頃は、夏休みで日本から上海に戻ってきていて、Jodieの誕生日を一緒に祝うことができた。これからは、ずっと上海にいるので、ずっとずっと一緒にお互いの誕生日を祝うことができる。 67年生まれのJodieは、今も上品で、綺麗。今日は、彼女の変わりに、Peterに電話をして、一緒に誕生日パーティーに参加するように誘った。 去年の誕生日に、私はPeterをJodieの誕生日パーティーに誘った。それから二人は友達になった。上海に戻ってきて、初めて二人が付き合っていることを知った。Jodieはそれを大親友の私に内緒にした。何故内緒にしたのかはその後に分かった。それからは、彼女の恋愛相談役になった。まるで、初恋でもしているような感じのJodieはとても可愛い。とても羨ましくて... 今年のJodieの誕生日には、友達として、私は彼女の第2の人生が幸せになるようにと祝福している。いい人手巡り会って、可愛い娘さんと幸せに暮らすことができますように。そして、私達はずっと親友でありますように。 <終>
Sep 12, 2006
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一週間の研修は、やっと終わった。「有意義」「疲れた」この二つの単語は、今回の現場研修のまとめにピッタリ。朝から晩までの現場研修は、かなり勉強となった。これで、自分の目で見た、体で感じたすべてのことを上海の仲間たちに伝えることができる。 そして、接待は、相変わらず私の一番嫌いなこと。接待することもされることも。今回の研修において、私は招待される方。正直に、すごく疲れたので、ホテルに戻って、休みたいが、色々な方の温かい気持ちに応えなくてはならなかった。それで、毎日10時にホテルに戻ることはなく、大体11時ごろ。移動中の電車や地下鉄やバスの中にもずっと園長と打ち合わせをしていた。やがて、疲れがドンドンと、ためてきて、金曜日の晩には、もうピークに達した。上海に戻ってきて、本当に良かった。今日は、ゆっくりと休んで、明日からは、またやることが一杯一杯私を待っている。きついね!やっぱり。<終>
Sep 10, 2006
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今週の月曜日に、短期ビジネスビザを申請したが、待っても待っても連絡がなくて、外事センターへ電話をした。が、ビザは来週の月曜日の午後1時半にならないと、と言われました。100元の至急料金を支払ったのに... この予想外の出来事を早速社長と園長に知らせた。待つこと30分、電話が鳴って、園長の声だった:火曜日に東京へ飛ぶ土曜日は研修して欲しい しかし、土曜日はもう夜9時の便しかない。日曜日の便はもう一杯になった。そうじゃないと、月曜日午後1時半の便。 すると、また待つ時間20分、電話がなった。土曜日の夜9時の便をとって、帰りはタクシーを呼んでも良いと言われた。上海に着くのは、夜11時、家に着くのが一番早くても12時半。 私の肩書きが、マネージャと等しいので、残業や休日の出勤は残業代なし。だけど、出張代は普通の社員と同じ。 お金はともかく、自分の休日を奪われてしまうのは、やっぱり好きではない。毎日、朝から晩まで現場研修、ホテルに戻るのは9時ぐらいになる。なのに...土曜日も朝から研修、しかも、深夜家に戻るなんて。ダラダラするスケジュールを変えれば良かったのに...頭を柔軟に使うことができないのかしら?しかも、月曜日は休みを取らせてもらえないのに...あぁ~搾取!腹が立つ! Judyなら、絶対にこんなことをしない。やっぱりJudyが一番優しい。<終>
Sep 1, 2006
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今日は、予定通りに仕事を全部終了して、Cindyと一緒に6時前に退社した。家に戻ってきた時には、7時半も過ぎた。今日も満員の地下鉄、満員のバスで、帰りが遅くなった。 鞄を置いたところ、携帯が鳴った。私達の早期早期教育センターの園長からの国際電話だった。一昨日と昨日に、休みを取ったため、5通もメールを送ったが、今日一日中、仕事をしながらずっとその返事を待っていたが、何もなかった。中国が7時半なら、日本時間では8時半。それでも、今朝と午後送ったメールが届いていないという。来週の月曜日に、本部へ一週間現場研修があったため、スケジュール通りに手元の仕事を終わらせて、安心していけるようにと思っているが、しかし、心配しているのは私だけみたい。 園長、Judy、上海のボス、日本のボスその真ん中に、その仕事現場に立っているのは、私だけ。疲れる。園長なら、ちゃんと責任をとらなければならないのに、「○○は~」と私の名前を口癖のように言い出す。現時点、一番のペイペイの私に責任を取らせたらどうする?できた仕事を確認してもらって、印刷屋に出したのに、遊具会社から改正したいところがあると言われ、「また変えられるか」、「私って、確認したって」、血を吐いてしまいそう。もうずっと前から、何回もメールやファックスなどで確認してもらったのに...その時、何故遊具会社の確認を取らなかったのだろう?こっちは、建設会社、広告会社、オフィスデザイン会社、家具屋さん、文房具屋さん、印刷会社、物件管理所、賃貸センター、公証所、銀行、保険会社...数え切れない他社とのやり取り。上海で購入する備品のリストを作成して、店を何軒もまわって、予算を作ったが、オーバーしてしまったので、今日はある必要な備品を貸し出し可能という会社と打ち合わせして、できるだけ安くしようと動いているのに...Judyのサインと会社の判子を捺す以外、他の小さいことから大きいことまで、全部私一人がやっているのに...なのに、「あなたは、何を忙しくしてるの?」と言われて、キレてしまいそうだった。あきれた人!こっちからも同じ質問をしたら、どう答えてくれる?一つの応援チームで一緒にやっているのに!何故もうすぐ二週間も経ってしまうというのに、遊具会社との連絡をいまだに取れていなくて、要点を箇条書きして、メールを送ったのに、何故いまだに返事をくれなかった?一体、何をしてこんな遅くまで会社にいるのだろう?残業しているからって、必ずしも頑張っている、よくできているのではないと思う。上海にいる日本のボスは残業が大嫌い。私もそう。勤務時間に今日やるべきことを頑張って終了させるのは当たり前なことではないだろうか?効率!だらだらして、仕事をするのは大嫌い!もうこんな上司と仕事するのは、ストレスがたまりそう。離れた時に、もう既にこのような感じだったら、一緒に仕事をしたら、どうなるのだろう?嫌だ!友達に言われたように、短大卒の彼女にとって、修士卒業、実力のある私は危ない存在かもしれないが、でも私の夢はこれからローカルの子どもたちを支援していくこと。園長なんて、そんな肩書きは、興味がない!肩書きというより、現場で実力を活かすことのできる仕事がしたい。もう~~~彼女に認められなくても、Judyとボスさえ認めて下さったら、それで結構。もし今度また私の名誉を汚したりしたら、目と目合わせて、上司の前ではっきりと話をするではないか? 明日中に、やるべきことをすべて完了できるのかしら?彼女は明日中に、私の待っている何個もの返事を送ってくれるのかしら?そして、もし明日ビザが下りてこなかったら、月曜日には東京へ飛べなくなる。あぁ~夜寝る時も会社のことで色々考えてしまったりして、ぐっすりと寝られないのは嫌!責任感が強すぎる。疲れるのは自分だけなのに...しかし、知っていながらもまた...えぇ~すっきりした!へへへ...仕事のことはもうこれまで。<終>
Aug 31, 2006
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来週の月曜日からの一週間、東京本部へ現場研修を受ける予定となっている。なのに、ビザの申請は、やっと今日になって、慌てて行ってきた。本来、手続き料金は367元掛かるが、100元を追加したら、急いでやってくれる。今週の金曜日に、ビザを取りに行けるように。 日本の研修が終わって、上海に戻ってきたら上海華東師範大学へ早期教育に携わる人が習得しておくべき講義を一週間8:30~16:00たっぷり講義を受けて、そして、テストに合格したら、資格が取得できる。それで、社内旅行には参加できなくなってしまった。仕方がない。旅行はいつでも行ける。でも、この勉強の機会はこれから開園してからなかなか一週間の時間が取れない。そして、もう一つの資格テスト。開園に向かうやるべきことも着々と進めていかなければならない。とにかく、9月の予定は、一杯!今日も朝から現場へ契約などで、大忙しかった。もう寝よう。Zzz...<終>
Aug 28, 2006
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今週の土曜日は、仕事だった。8:30から14:00まで、日系会社人材募集会があったため、人事課のSunnyと一緒に行った。本来は、Judyも行く予定になっているが、MBAの講義があったため、来られなかった。しかし、思ったほど人は来られていなくて、気に入る人も片手で数えるぐらいだった。終了後、Sunnyの旦那さんが来るまで迎えに来て、私を家まで送ってくれた。 今週は、先週よりも疲れた。本当はJodieと一緒に舞台劇を見に行く約束していたが、結局今度もまた約束を破ってしまった。休日は、どこへも行かずに、家族と一緒にゆっくり過ごすようになった。充分に休みを取って、新たな一週間を頑張っていくために。もう若くないからかなぁ...(笑)明日からの一週間はきっともっと忙しくなる。一人でたくさんの役割を背負って、いい事もある。たくさんの経験を積むことができるだもの。自分の夢を向かって、ファイト!<終>
Aug 27, 2006
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今日は、出社してから退社の時間まで、ずっとJudyと家主さん、そしてその助手と一緒に公証所、賃貸センター、銀行である一つの営業に必要な書類を申請するために、周っていた。まさか、その一枚の紙で、こんな一箇所一箇所へ周って、色々な種類を申請して発行してもらうとは思わなかった。何故ならば、家主さんは香港の方なので、公証書が必要となる。そして、まさかその公証書を発行してもらうためには、我が社は14140元も支払わなければならなかった。すごく痛かった。が...仕方がなかった。だけど、お金が払ったから住むものではなかった。法律上に書かれていなかった規定は、銀行へ行ったら、どこへ行っても銀行に言われたとおりにある書類を我が社から記録して判を捺さなければならなかった。しかし、本当は銀行と家主さんとの間の問題なのに、何故か我が社の利益が損になってしまった。不平等な契約。でも、そこに記入しなければ、銀行は必要な証明書をくれないという。弁護士の友達に電話して、聞いたら、銀行は法律に従っていないので、その有効な中央からの規定を見せてもらいなさいと言われた。が...元々気に入られなかったサービスは、エスカレートに。「どういう弁護士だろう?知らないくせに。弁護士だから、何でそんなに偉い!...」と次から次へ、一人から二人、二人から三人...もう既にクタクタになった心身は、一気にキレてしまいそうになった。国の銀行だから、公務員だからって、何を???公務員だから、国の銀行だから、もっと良いサービスを提供してくれるのが当たり前ではないか?何故、反って、こんなに偉そうだろう?信じられない!政策は次から次へと変わって行って...法律の隙間がそこから見えてくる。上海に戻ってきて、今日は初めてこんなところで怒りを感じた。中国のサービス行、国の窓口のサービス業は本当にたくさんの問題が存在している。先進国を見習って、変えて欲しい!でも、いつまで待てば良いのだろう?人の素質をより高くならないと難しいかもね。あぁ~...<終>
Aug 24, 2006
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仕事中に、携帯が鳴った。仕事の電話と思ったが、そうではなかった。どこか覚えのある電話番号だった。えっ!元彼のStephenの?何故?疑問に思っていながら、電話に出た。仕事中ということで、あまり話はしなかった。まさか「いつか会って話をしたい」と言われるなんて。もう別れて、4年以上も経ったのに。私にとって、「その時は、若かった」というのは理由にはなれない。今になって、ドキドキする感じはまったくない。ごくごく普通の友達。いいえ、一年も電話をするかしないかの友達。4年を経っても、特にこの2年間、未練を持っていても、私には寄り戻す気はない。「いつか時間があったら」と返事をして、電話を切った。...残念なことに。かわいそうに。<終>
Aug 22, 2006
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