マックの文弊録

マックの文弊録

2005.10.03
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◇旧暦九月一日:庚申(かのえ さる) 朔
小紫

暦では今日が九月大の月の始め。九月の別称は 長月 ながつき というのは、よく知られている。穀類の穂が熟して長くなるからとか、秋の夜長に由来するとか、例によってその起源には諸説ある。しかし、「秋になったなぁ」と実感するのは、自分の影が長くなったのに気が付く時だ。それと、ふと時計を見て、「こんな時間なのに、もう暗くなるのか」と気付く時だ。
旧暦長月の頃は、日脚の変化の微分係数が一番大きい時期なのだ。

さい会社だから、社長といったって、部屋にふんぞり返っているどころではない。何しろ、今年の始めから、専用の部屋も無くしてしまったから、ふんぞり返ろうにもその部屋が無い!

色々な方との約束を重ねて外を歩く事が多いから、お昼は簡単に済ませることが多い。元来食事を一人でするのが苦手な僕は、止む無し一人でとなれば、食事ではなく餌と割り切って、いわゆるFast Foodの店に入る。
秋風が立って、再び方々の立ち食い蕎麦屋さんに、よくお世話になるようになった。

州で青春時代の一時期を過ごした僕は、名代の蕎麦屋では冷たい蕎麦しか食べない。お蕎麦の味は、笊(蒸篭)蕎麦に留めをさす。茹でたての蕎麦を冷水にさらしてきゅっと引き締まったところを、濃い目の蕎麦汁でいただくのが、蕎麦好きとしては最高の贅沢だと思っている。せっかく引き締まって緊張している蕎麦麺をわざわざ又湯に戻し、ふやけさせて不味くする事もあるまいと思う。
しかし逆に立ち食いでは、汁蕎麦しか食べない。立ち食いで食べる冷たい蕎麦は、なにやら惨めで嫌いなのだ。まぁ、これは自称蕎麦っ食いとしての儚い矜持かも知れないな。

暑い最中に汗びっしょりになって掛蕎麦を食べる気はしないから、僕にとっての立ち食い蕎麦屋さんは、秋から春までの時期に限られるのだ。

ち食い蕎麦屋さんも千差万別で、信じがたいほど不味いところもあれば、意外に美味しいところもある。何といっても不味いのは、東京の山手線を独占するあ△×◇である。店構えは小奇麗なのに、蕎麦はしまりの無い細うどんのようだし、かけ汁も醤油の色ばかりで、だしの気配も感じない。急いでいる時など、不味いのを忘れて飛び込んでは後悔する。
地下鉄の神谷町駅構内の店は、温かい蕎麦を頼むと、乾麺に出し汁をかけて出してくるが、これが意外に美味しい。月曜日には生卵がおまけについてきたが、あれは今でも同じだろうか?
東京には他に箱△蕎麦とか、小■蕎麦とかいうチェーン店の立ち食いもどきもあるが、両者とも僕はその味にも蕎麦そのものにも感心しない。しかし、頼めばすぐ出てくるし、小■蕎麦では、安直ながら椅子に腰をおろせるから、新聞や単行本を読みながらの「エネルギー補給」には重宝する。第一こういうたぐいの店で、蕎麦麺の質を云々するのは、的外れというものだ。

食い蕎麦屋さんでは、最近は色々なメニューがあって迷うくらいだが、僕が頼むのは「掛蕎麦」に決めてある。それに「掻揚げ天麩羅」と生卵を追加する。
掻揚げ天麩羅といっても、立ち食いのそれは殆どが衣の塊で、玉ねぎや春菊などの切れ端や烏賊などの断片が中に紛れている。それでも、これが蕎麦汁の中に ほと びていけば、つゆの味に馴染んでそれなりに美味しい。
生卵は、出された時には、蕎麦の上、天麩羅の隣にわだかまっているのを、先ずはつゆの中に沈め、上から熱い蕎麦で覆っておく。

としきり蕎麦麺と掻揚げを戴いた後で、丼の中が空いて再び顔を出した卵を蕎麦麺の上に戻す。この時分には、卵の白身は春霞のように白い靄を纏い、黄身も充分に熱くなっている。そして、この黄身を箸でつついて崩し、あふれ出てきたところに蕎麦麺を絡めて戴くと、これが美味しいのだ。
卵の黄身には独特の味がある。これが麺や汁を吸った掻揚げと絡まりあって口に入ると、それまでと味が一変する。あくまでも絡めるのである。ぐちゃぐちゃかき混ぜてしまっては、これが楽しめない。

僕がかなり美味しいと気に入っている私鉄駅構内のお店では、掛蕎麦が250円、イカゲソ天が100円、生卵が50円だから、〆て400円で、結構な「お昼のエネルギー補充」が実現できる。
南蛮渡来のOilyなジャンクフードとは違う。中々栄養バランスが取れている点でも、彼我の優劣は明らかだ。

里の中部地方では、駅の立ち食いの主流を為していたのは「きし麺」だった。今でもそうだろうか?
きし麺は平打ちのつるつるした茹で麺にほうれん草と油揚げを乗せたのに、削り節を山ほど乗せて、熱々の出し汁をかけていただく。削り節は、一片が2~3センチもあって。これが湯気に踊る様は、いかにも食欲をそそった。
更に生卵でも入れれば、流石に関東の「掻揚げ天玉蕎麦」も、その栄養バランス面において勝てないと思うが、如何せん東京都区内の立ち食い蕎麦の店では、きし麺を見た事が無い。


麦好きの一家言といって、蕎麦通を自称する人たちは、色々な事をおっしゃる。藪派vs更科派の軋轢は伝説的だし、砂場も松風庵もまる賀までも負けては居ない。
藪派の中だって、淡路町、雷門、池之端でそれぞれ微妙な流派の違いがある。(僕は因みに、断然池之端派だ。)
汁の濃淡、食べる順序、蕎麦屋での酒の作法等々、気にしだせばきりが無く五月蝿くて仕様がない。

饂飩には、これだけ喧しい議論が沸きあがらないのは、やはり生り物が豊かで、饂飩如きに目くじらを立てる必要もない上方と、生り物貧しく(昔の事です)労働も厳しい(昔の事です?)東北の「出店」としての江戸との違いなのかもしれない。

応蕎麦好きを自称する僕が、立ち食いの領域に踏み込むのは剣呑かもしれない。ましてやどの店が不味いなどと あげつら うなど、立ち食い通の皆様からお叱りを戴くかもしれない。いや、実際に「立ち食い通」はいらっしゃるようで、僕の友人にも一人そういうのが居るし、都内及び近郊の立ち食い蕎麦屋をつぶさに歩き食して「立ち食いミシュラン」のような本を出した人もいるそうだ。

まぁ、僕如きが 「JR駅構内のあ△×◇は、大いに不味い!」 といったって、それは「There is no accounting for taste.」(蕎麦食う武士も好きずき)だということにさせていただく。





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最終更新日  2005.10.05 17:19:43
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