Oh To Be Wicked Once Again

Oh To Be Wicked Once Again

知識と音楽(理性と感性)


今日、とある友達から教えてもらった音楽の本を購入しました。
最初大垣書店の芸術書コーナーで探したんですが、見つからず。
ヴィレッジ・バンガードに行ったら、上の方の棚の中に発見。
パラパラ読んでみて面白そうだったので、使い道を思案して財布の中に
眠ったままだった図書券を使って購入しました。


本の名前は「アバン・ミュージック・ガイド」。
内容は、20世紀の現代音楽・フリージャズ・ワールドミュージック等々の概説書&CD紹介です。
まだちゃんと読んでないのですが、プログレから派生してきたフリージャズ(どっちが先なのか
よく知りませんが^^;)が、どういう風に今の前衛的な音楽に関係してきているのか、
その流れをたどりながらいろんなCDを聴くにはかなり便利そうです。


とりあえず、自分が知ってるアーティストについていろいろ書いてあるページを読んでみるわけですが、
ほんとに興味津津な内容で、これから何年も読みつづけていく本になりそうです。


でも、そのわくわくした気持ちと同時に、仄かな(ほんとうにほのかですが)批判心も湧き上がってきました。


そのアーティスト自身が、その時代のどういった音楽状況に反発し、どういう手法を使って
自分自身の音楽を作ってきたのか。それを知ることはそのアーティストの音楽観を知ることであり、
生き様を知ることであり、人生を追体験することでもあるでしょう。何であれ、何かに対して
真剣に向き合ってきた人の話はおもしろいもんですし、それが強烈なものであるほど頭に残っていくもんです。


でもそれと音楽を楽しむことは、必ずしもイコールではないんですよね。


もちろん、「この手法は、○○のバンドの影響を受けていて、それが同時代の△△に多大な影響を与えて・・・」
ってことを、実際にCDを聴いて、「なるほど」と確認することも一つの楽しみ方ではあると思います。


でも、やっぱり「音楽」っていうのは人間の聴覚器官を刺激してなんぼのもんですよね。
だから自分は音楽を聴くときに、感性を大事にしたいんです。


「なんじゃこれはー!」


っていう、初めてその音楽を聴いたときの純粋な気持ち。
いろんな知識を蓄えていくにしても、
この感覚を邪魔しない程度でありたいなあと思います。
少なくとも音楽聴いている間は横にどけておきたいですね。
(「絵画鑑賞」についても同じようなことを思います)


日常の生活では色んな計画を立てたり、書類作ったり、損得勘定したり、気づかいしたり、
「理性」フル回転で頑張ってるわけですよね。そんな生活を癒す為のせっかくの音楽なのに、
ここでも「理性」が「感性」を支配することになっちゃあ、なんだか悲しいじゃないですか。


同じ耳年増になるんなら、「音の」耳年増になりたいもんです。



041209



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