全27件 (27件中 1-27件目)
1

川沿いを歩いていたら、桜のつぼみが少し膨らんでいて、ところどころ咲いていました。 川沿いに桜が植えてあるので、満開になったらまた写メで撮ります。
March 31, 2007
コメント(2)
入院中の患者さんでおだやかな表情をなさっている方がいる。眉間にしわがなく少し目じりが下がっていて、ナースに頼む時「・・・・してくださる?」「ありがとう」の一言が必ずある。 毎食後、この方の病室近くで残飯・食器を処理する音・スタッフの大きな笑い声、苦情をいってもいいぐらいなのに、・・・目が不自由で手すりつたいにトイレに行かれる。その途中に車椅子を無造作に置くことがあり、つまづくこともしばしば。「あっ、ごめんなさ」と車椅子をのけると「ありがとう、見えへんからつまづいてばっかりや」と照れ笑い。 今日遠くからこの患者さんをみていると、観音菩薩さまに見えた。不平不満ばかり自分が世界の中心でこの世が動いている人もいれば、このような方もおられる。何がそうさせるのだろう。少し時間をつくって菩薩様と話をしてみよう。
March 30, 2007
コメント(6)
いま、風呂場の改修工事をしている。エコキュート設置場所で 室内(完全な室内ではないけれど・・物置場みたいなところ)に設置する案で設計されていた。でも電気工事のおじさんは「室内やと、外気の取り入れ効率が悪いし、音も気になると思うよ」 そうか設計してくれた人は、そういうことは言わなかった。こちらも少しは気になっていたけれど、父の入院、うんぬんで忘れていた。(言い訳ですね) 電機工事のおじさんは、だまって設置工事さえしていれば今日の予定は完了で、次の仕事場に行けた。 私は「それは困るな・・せっかく効率のいいものに換えるのに」と施工業者にいうと「えっ・・そらわしらはわからんわー、ここでええと言われたんや。あんたもなっとくしたんんとちがうん」 そっけない返事。 「でも、熱交換効率が悪いところに設置するのは、意味がないでしょ。少し場所が離れるけれど」 しばらくして施工業者がメーカーに電話するとメーカーが来ると。 それだけ言い残して現場を去った。メーカーは、来て「やはりこの場所では本来の効率がでないので、おっしゃるとおり少し離れた場所に設置させてください」 無事明日設置。 このときの対応を体験して 私は仕事中に、新入院の患者さんが「えっそんなこと聞いてません」と形相を変えたとき思わず、外来の医師やナースを非難していました。そして患者も。 こんな対応しかできていない自分が情けない。 相手の思いに対して、対応してくことは何も医療だけではない。
March 28, 2007
コメント(0)
結婚記念日 18年前も快晴。午前中に式をあげ午後タクシーでハネムーン。 車中ぐったりしていたのを覚えている。 大阪空港(当時は国際線はここだけ)から羽田へ、そしてアメリカ ディズニーランド、ハワイ ハワイの暖かい、さわやかな風だけをいまも懐かしい。 ハワイで、夕食時に生演奏にあわせておじさん、おばさんの自然なダンスを見て 「ああやって自然にダンスができるなんて、そんな人生がおくれたら・・」と 仕事、しごとに明け暮れるのも仕方ないが、でもそれだけではない人生を。 その人の生きかたが、ダンスにでているように思った。 日本人は、多くの場合見ているだけ、 あの歳になったら自然に踊れるだろうか。 自然に踊れるためには、・・・ そういう気持ち、人生観を 今もとてもじゃないけど、持ち合わせていない。 豊かな人生とは、自然なダンスが踊れること。
March 26, 2007
コメント(2)
明日3月26日は18回目の結婚記念日。去年は一日間違えて妻から「あきれた、もう二度と口聞かない」とさんざん怒られました。当たり前。 私の誕生日が10月26日で、結婚記念日は26日で同じだなんて、去年わかったのです。 そこで去年のその日に、カレンダー、携帯のカレンダー、卓上カレンダーに 3月26日結婚記念日と記入し、今日も指輪の刻印で確かめて、 「明日は結婚記念日だね、いろいろありがとう」 あーあー、疲れた。 1989年29歳で結婚して3人の子どもに恵まれた。 お互いの両親ともに健在。 2年前に総合病院を退職したのが唯一のわがままでした。 精神的には 経済的には火の車 でもリフォームするか。とこれも仕方ない。 旅行なんて夢の世界。 よくぞ一緒に歩いてくれています。感謝。
March 25, 2007
コメント(4)

来週早々に、風呂場のリフォームが始まる。父が骨折したのが、風呂場のタイルなのでいっそいまふうの風呂場に改装。同時にオール電化。子どもたちはうれしいといってくれるけれど・・・ そこで先ほどまで、物置の整理をしたら、 板切れ、ナイロン手袋、重箱3個、カップ数十点、ガラス食器数十点、 アルコールランプ10個、ボンド数個、ナイロン紐5たば、ホーローなべ4個、 ストーブ2点、プラスチック容器?数十、 粗大ゴミの日が来週末なので、家の周囲で工事に関係ない通路へ順に 並べて置いたら、・・・・ 置ききれない。 木切れは、細かく砕いて裏山へ 分別ゴミ プラスチック プラボトル 電池 複合品 木 ダンボール 金属 その他 今までの親戚付き合いで、結婚、葬式、喜寿、などなどで もらったものが結局は使われずに・・・ もったいない 母は 「これは・・・の結婚式で、これは・・・の葬式で、 これは毎月信用金庫に1万円貯金してはもっらっていた、 これは・・・が店を閉めたときに、」 思い出の品々だが、もう使えない。 ホーロー鍋はIHでは使えない。 てんぷら鍋もIHでは使えない。 開封するたびに、もったいない、もったいない、と 私の心が嘆いていた。 これを作った人、運送した人、商品を販売した人 一つひとつ心をこめて取り扱った商品なのに。 使われずに捨てられる。 買う時、贈るときにもう一度考えよう。ブログランキングに登録しました。あなたのワンクリックが欲しいブログランキング
March 24, 2007
コメント(0)

長女の入学説明会深夜明け、午後から高校まで妻と長女を送る。夕方、メールがきて迎えに行く。校門近くが狭いので先生方3名が、交通整理一人の先生を見て「あちゃーえらいのがおるなー」「やっぱりそう思う。でもね案外優しい声なのよ。 安田大サーカスの・・・なんとかさんのような」 ああ、あのデブではなく団長でもない 頭剃りこんで、頭の上から声を出す・・・名前が 見ていると笑顔一杯の先生だった。 長男は進学校だったが、長女は普通。 説明会も穏やかな雰囲気で、試験が迫っているなんてない。 同じ中学から希望の高校にいけなかった人も数名一緒だったそうだ。 早く気持ちを入れ替えて・・・と言われていたそうだが そうは簡単ではない、だろう。 Such is life ブログランキングに登録しました。あなたのワンクリックが欲しいブログランキングビスタ
March 23, 2007
コメント(0)
病棟で、同僚ナースから指摘を受けることがたびたびある。確かにあやふやなことをしているので言われて当然なのだが、今日も夜勤明けで そのナースから「これ帰りに・・・持っていっといて下さいね」 そりゃ朝から忙しいのは判りますよ、でもその言い方はないだろう。と心の中で思うのです。一言、言い回し、相手への伝わり方・・・少しは考えろよ。 でも立場を変えれば、私は年上。いいにくいけれど、自分は(相手ナース)役割上そうしなければ役割が遂行しにくいと。 いいほうに思うように努めると・・・私のストレスは ああ・・・
March 23, 2007
コメント(0)

長女の携帯電話 au 箱の中に【au ICカード】が入っていましたが、 厚紙があるだけで、何に使うのか? どなたかご存知ですか?
March 21, 2007
コメント(0)
![]()
長女が高校合格した。 今日、20日かねてより受験していた高校に合格 今朝、9時過ぎに長女と共にで高校の近くまで行って、 歩いて10分、高校に着くとグランドを解放して臨時駐車場にしていた。 「車、ここに置いたら・・・歩いてまたあそこまで帰るの、しんどいしー」 「私は、ニ往復になるやん」 「(長女)私は、楽やん」 「・・・・」 小走りに、車まで帰って再度高校へ 10時発表 11575 ありました。 校舎の窓から、在校生がこちらを見ていて 「おめでとうー、おめでとうー」を連呼してくれました。 新聞社でしょうか、写真も結構撮っていました。 で電話している人も 私も早々、家に 長女が同じ中学生と話をしています。 彼女の手にも、合格証が 「誰??」 「知らん子」「始めて会ったよ」 合格と同時に友人ができた?のかな。 学校から車を出すと、道の左右には 塾関係者、携帯電話会社、の行列 車中から、長女が妻の実家へ 帰りは、近くのオジェールでケーキを買いました。 晴天の良き日、心は晴れ グランドには、萌えいずる春を迎える冬 英語でも書かれていたけれど・・・ 春を迎えるには、寒い冬をガマンしなければならない これ、こころに残りました。 どなたか英語で教えて・・・もう一度見に行こうかな?ランス・ヤナギダテ濃厚チーズケーキ \3,150ブログランキングに登録しました。あなたのワンクリックが欲しいブログランキング
March 20, 2007
コメント(7)
![]()
明日、いよいよ長女の高校合格発表。 夕方からの勤務なので、発表には一緒に行くことになった。 自信があるのか、結構優雅に過ごしている、ようにみえる。 私立は合格しているが、とてもとても学費が高くて・・・ 柿の種 無添加有機あられ
March 19, 2007
コメント(0)

父の入院で母を病院まで送迎する機会が増えた。従兄弟の面会、雑談のなかで 我が家系の恐ろしい【因果応報】がみえた。 父の兄弟は8人、内現在生きているのは4人。長男、次男、次女、三女が亡き人。 父は4男で、若い頃に3男と共に地元を出て、会社勤め。 本家は代々村の長を(自治会長のような存在)つとめていた。 俗に言う「名士」だというのが、昔母から聞いた父の家系。 だが昨日の面会で、がらりと違っていた。 母は本当の話を私にはしていなかった。話す機会がなかったのだろう。 本家は「屋号」をもつ、名士であった。 父の父つまり、私からいうと「おじいちゃん」(生まれる前に死亡)の先代から 屋号をもつ名士。 しかし定職をもたず村の相談役、田んぼ、畑、山を少しづつ売りながら 生計をたてていた。 「おじいちゃん」の長男もまた同じように、定職につかず村の相談役 として生きていた。時代は昭和の半ばから終わりごろ。 長男の子どもたちが進学したくても出来ないぐらいの、生活であった。 しかし、田舎なので食べることはできた。 「おじいちゃん」の妻「おばあちゃん」と長男の妻の確執は 周りの誰もが目をおおうようなものだった。 長男の妻は、おばあちゃんに対して、口きたなくののしることが 多く、おばあちゃんは常に嫁に対して遠慮していた。 そのおばあちゃんが死亡。 長男の妻は、やがて自分の子どもも結婚し孫が生まれる。 長男の妻は昔、おばあちゃんにしていた通りのことを この嫁から仕打ちのごとくされ続けた。そして死亡。 そして今、この嫁はその仕打ちを、同じように受けている。 広い家に独りぽつんと取り残され、親戚の誰もが近寄ろうとは しない。 因果応報とはこのことだ、と。 お盆の墓参りにも、お墓には行くが、実家には行かない。 面会に来た従兄弟は、顔を曇らせる。 ブログランキングに登録しました。あなたのワンクリックが欲しいブログランキング
March 19, 2007
コメント(0)

病棟など同じ職場内で、看護・医療について夢を語り合うことは なぜか恥ずかしくてできない。 でもMAPのメンバーは、職場が異なる、でも医療という 一つのテーマで、夢を話せる仲間。 仕事中にふっと、こんな場面なら「彼・彼女はどうするだろう」と 偉い先生が「こうしなさい」と決めつけるのではなく、 自分の考えを話すことができる、そしてそれに対して 誰かがその人なりの意見を言う。 そいう会話のなかから、自分なりの考えを導き出し 更に深く悩む。 MAPとは、おもしろい仲間だ。 なぜか勤務中こんなことを考えている。 なんで?? この楽天ブログにも、現在6名の【お気に入り】さんを登録させてもらっている。 なぜ、登録したのか今でもわからない。でもなぜか、順に訪問している。 そして、ニヤッとしている自分がいる。 なぜか落ち着くのだ。 ブログランキングに登録しました。 あなたのワンクリックが欲しいブログランキング
March 18, 2007
コメント(0)
父の入院で、ほとんど関わっていないけれど、 長女の受験が終わった。 彼女は、私立をすべり止めで合格。 そして15日公立高校受験 先生からは、たぶんいけるよ。 受験から帰ってきた時は 「終わったー」 そして今日 「携帯いつ買ってくれるん」 「20日が発表やから、20日の午後ね」 「なんでやねん。その日は夕方から勤務だから、 21日でいいでしょ」 「いいや、すぐに使えるとはかぎらへん、しーー」 へんに語尾をあげるな。 でも実際相当できなかった様子。 おいおい、私立に行かせるほど家は余裕ない、しーー」 どうか、公立に合格していますように。 ネットの神様お願い。
March 16, 2007
コメント(5)

今日久しぶりの休日。休みは多いのですが父の入院で休めなかった。 図書館へ本を返しに行くと、「取り寄せの本が着ています」 ?? 「永遠のゼロ」を予約していました。 数ヶ月待っていた。そして予約していることすら忘れていた。 そうそう、昨日いつも父がお世話になっている整形外科クリニックへ電話 「無事に手術が終わりました」と報告。 電話の相手は、以前にも日記に書いた元同僚の看護師さん。 変わらない大きな声で 「よかったですね、○○総合病院から返事が来ていました。 退院はいつ頃・・・急性期病院だからすぐに退院でしょう。 ○○総合病院から近い△△病院へ紹介されることが多い けれど、止めといた方がいいよ。 退院されたら週に一回ぐらいの通院で、その後はリハビリになるよ。 始めはタクシーで来れば、 タクシー代はまとめて請求できるからね、 □□タクシー会社ならクリニックに着いたら運転手さんが 車椅子を持ってきてくれるよ。」 ここまで、説明してくれると退院後の父の生活が想像できて 安心できました。 彼女とは同僚時代、お互いの部署の運営で何度も ヤリアッタ仲でしたが、目指すものは同じだったと今実感できました。 今日も午後の面会時間に母を送って行きます。 ブログランキングに登録しました。 あなたのワンクリックが欲しいブログランキング
March 16, 2007
コメント(0)

13日父の手術 朝から5番目の手術。休みを指定していた。 午前中は長女の中学校卒業式。 終わって昼ごはんを食べて、すぐに病院へ。 14時まだ3番目の方が入室していない。 母「何時ごろになるか聞いてみようか?」 私「病棟の看護師さんでも判っていないだよ。 オペ室の看護師さんだって、判らないと思うよ」 そう昔オペ室管理職をしていたころ、病棟から 「○○さんは何時ごろになりますか?」と問い合わせが結構あった。 でも読めなかった。もう終わる!と医師たちから言われ、その時間を 告げても、なかなか終わらずに病棟師長から「あやふやな時間はいわないで!」 と叱られた。でもね、オペを見ていたらそろそろ終わりそうだし 前投薬もある、ある程度効果を期待して投与するためには、 今の時間から投与しないと・・・そう思って指示をだしたのだけれど オペは、長引くし・・・ストレスの渦中だった。 16時、17時時間だけが過ぎていく。 父「手術室に入ったら、おばあちゃん(母)から電話させるから 帰れ」と。 私と妻はそうした。 19時40分に母から電話があった。 21時過ぎに病院へ 22時過ぎに病室に帰ってきた。 エレベーターが開くとナースの声 「○○さん(父)、動かないで!!危ないよ」 主治医「動いたらいかんよ。危ない、じっとして」 ?? 全身麻酔から醒めたところでの帰室。 「どなたか一晩泊まってください。」とナース 母「こんなに動いて・・・看護婦さん、しばっといてくださいよ」 ナース「そんなことできません!」 私「あっ。そうか、泊まります」 明日は早出だけれど、仕方ない。 父の両腕をしっかりと握って、ベッドに抑え付ける。 「おしっこ、おしっこ・・・」 「管がはいっとるから、していいよ」「力を抜いて・・」 しばらくは、抑え付ける。そうしていると自然と力を抜いてきて おとなしくなった。 主治医から廊下でオペ内容の説明を受ける。 ヒ骨(下腿の骨の一本、ケイ骨とヒ骨)のこの部分が折れていた ので、プレートとねじで固定しました。 術前の説明どおりの手術を実施しました。経過はおそらく入院前に 説明したとおりです。 病室で父を抑えながら、(順調だった)と一安心。 母と妻は姉夫婦が送ってくれた。 そのまま病室で父とすごす。ときどき看護師さんがバイタル測定に来られる。 23時、0時、2時・・うとうとしながらも時々父をみると 起き上がろうとする 「うんこ・・うんこ、トイレに行く」 ナースコールを押して便器を持ってきてもらう。 でもでない。 そのまま朝までぐっすりと眠った、父 5時過ぎに看護師さんに一言断って出る。 6時過ぎに母が病室へ 私は一旦帰宅、朝ごはんを食べて出勤 勤め先の病棟で、早帰りを希望ししぶしぶOK 午後13時30分帰宅し病院へ 父は、普段と変わりなく「おっ、早いな」 「・・・・・」 朝、血糖が低かったぐらいで、そのほかは順調、点滴もなし。 食事は10割摂取。 一旦帰宅し、寝る。 夕方母を迎えに、病院へ。 78歳、高齢者の入院はやはりなにがあるかわからない。 入院後数日の勤務は、急に変更ができるような勤務にしていただいていた 師長さんに感謝!! 病棟ナースにも感謝!! ホワイトディーのチョコは13日に病院近くで購入済。 今日渡した。 ほっとした今。日記も書けた。妻の心使いも感謝。彼女はここ数日 風邪で咳がひどかったにも関わらず、いろいろ心を砕いてくれた。 そして今、お気に入りの日記さんを読み、医療について 心を砕いておられる方々がいることがうれしい。ブログランキングに登録しました。あなたのワンクリックが欲しいブログランキング
March 14, 2007
コメント(6)

長女の中学卒業式。体育館に入ると先生方が正装で受付をされている。何組だっけ?「1組」とニラミながら教えてもらう。ちょうど、在校生が席に着くところ。 ジーっとパイプ椅子に座って、待つこと30分。 私もここの卒業生。当時の同窓生が今は先生として勤務。 結構元気モノだった彼。懐かしさがよみがえる。 正式には「卒業証書授与式」を短縮して「卒業式」 順番に名前を読み上げる。 あいうえお順ではない。 校長先生の話はやはり長いけれど 「・・・目標をもって、がんばりましょう・・」 そうなんだけど、その目標が未だに見つからない。 恐らく、当時も校長先生から言われたと思う。けれど目標が・・・ 地元なので子ども会から知り合っているので、 名前を聞きながら、祭りのこと、体育会のこと、 3年間バレーボールをやり抜いたこと。 やはり「蛍のひかり」はジーンとくる。 「仰げば尊し」はとどめ。 日の丸掲揚問題もなんのその、立派に掲揚しました。 PTA会長も同窓生だった。祭り好きな彼は当時は優等生、いまも。 会場をあとにするとき、泣いている彼、彼女たちに拍手。 ブログランキングに登録しました。あなたのワンクリックが欲しいブログランキング
March 13, 2007
コメント(0)

今日、予定通り実父が総合病院に入院しました。10時までに受付に書類を提出、採血(先日もしたけれど)して待つこと50分病棟に案内されました。数日の予定なので、個室へ入院この総合病院は元は某製鉄会社が設立した病院で数年前に独立某製鉄会社は父が40数年勤めていました。当時、(25年ほど前)勤務中にやけどを負傷し急遽入院したことを覚えています。数年前に新館オープンし今回の入院は新館でした。窓から見える製鉄所を見ながら懐かしそうにしている、父をみるとまずはここにしてよかったかな?と思う。でもいろいろあったんだろう。仕事だモノ。いいことばかりじゃあないはず。嫌な思い出もあるはず。定年退職して18年。 夕方再度病室に行くと「10分おきぐらいに、先生やら看護婦さんやら、だれやらかれやらが、なんか説明するんやけど、もうーーー判らん」 そりゃそうだ。 主治医となった医師は17時ごろきて、足の状態をみた。 小枕の上に足を置くように、腫れが未だ残っている これだけは覚えていた。 コップ、箸、を持ってきて渡す。 「静かでええわ。」とまずは安心した。 帰ろうとしたら白衣の男性が来て、 「麻酔の事は麻酔科の先生から説明があったと思います。 どうですか、・・・」 なんだ?あっ、オペ室の看護師かな? まずは自分から名のれよ。と元オペ室勤務者(元管理職)としては、 ムっとしたがしょうがない。 的を得ない質問。何しに来てるの?と心のなかで呟く。 そうだな、私も3年目ぐらいまではこうだったようだ。 若いオペ室ナースさん、基本からいこうよ。 まずは、自分の名前、職種、訪問目的を明らかにする。 数分で終了し、母は「よろしくお願いします」と 深深と頭を下げていた。 結局入院してから、病棟クラークさん、担当看護師さん、 麻酔医師、主治医、オペ室看護師さんが説明 (病棟師長さん、顔ぐらいみせてよ。どうですか?と一言あれば この人が責任者。そう責任者の顔って大事だと思いました。) でも父にとって一番嬉しかったのは 病棟のヘルパーさん(看護補助者ともいうのかな) 食事の配膳、コップの貸し出し、トイレの誘導 そのたびに笑顔で、普通に話をしてくれた。 そう「笑顔」なんですよ。 にこっと笑って下さるだけで、心がすーっと落ち着くんです。 仕事をしている時は全く気がつかないんだけれど なぜか落ち着く。 明日は朝から絶食、夕方オペ 明日は、長女の中学卒業式が午前中 そのあと、軽く昼食を食べて すぐに病院へ。 2連休はあっというまに過ぎて行く。ブログランキングに登録しました。あなたのワンクリックが欲しいブログランキング
March 12, 2007
コメント(4)

病棟でゴタゴタが尾を引いている。 昨年秋に就職してきた50歳代准看護師さんが2月末突然の退職。 その後、夫と共に病院に来て、さんざん文句を言って「対応策を文書で」 准看護師さん曰く 「私は病棟でいじめられていた。 教え方が悪い。 手順の統一がなされていない。 陰口を言われていた」 対応したのは、幹部職員 急遽病棟職員に個人面接、2日後には2回に分けて会議。 病棟の悪い習慣を次々に吐き出す職員は、新たに入職してきた人。 あっ、私も就職して1年なので新たな職員ですが、 何も言わなかった。 なぜ? どこの職場でもあること。 手順なんて、紙切れさ、理論の判っていないやつにいくら手順書を 見せても理解できるはずがない。 なぜ、清潔操作が要求されるのか、その根本がわからないやつに、 「滅菌手袋をはいて、・・・」と書いても、滅菌と消毒の違いが 判っていないのだから手順書なんてないも同然。 でも一ついいことを教えてもらった。 ラウンドするときに、新しいシーツ1枚、ドロシーツ1枚、パジャマ1枚 を持ってラウンドする。 そうすると、汚れているシーツをその場で交換できる。 病棟経験のない私にとっては、ラッキー。 この准看護師さん 高カロリー輸液残1200mlを3時間で落としたツワモノ。 抗生剤を溶解せずに点滴した。 などなど、恐ろしい准看護師さんです。 患者にとっては、首切り宣告をせず自主退職してくれたので、 よかった。 ナース不足の拍車は相変わらずですが、結局こういうナースが あっちの病院、こっちの病院に行っているだけで根本原因は全く 改善されない。 しかし管理職はつらい。もし今も続けていたら・・・ そう思うとゾッとする。 父の状態は安定している。ただ咳が出るのが心配。 いつものことだと、本人は言っている。 喫煙歴は、60年以上 麻酔中になにかなければいいが。ブログランキング
March 9, 2007
コメント(3)

今日自分の勤めている病院のMSWさんに相談 「それは大変ですね。オペをして病状が安定した段階で介護申請することに なります。自立か介護1ぐらいになるのでは」 今、手すり、などを取り付けてもその費用への支援はない。 介護申請後ならば支援はある。 今日、そのことを母に話すと 「お父さんは今すぐにでも取り付けてほしいと言っている。 支援がなくてもいいから、話を進めよう。」 姉の夫が建設会社の設計者なので、あす来てもらい手すり、風呂場の改装 オール電化の話をする。 私は、仕事なので帰宅後聞くことになる。 父は、骨折の痛みはほとんどなくて動くのはトイレに行く時ぐらい。 膝ではって動くので、膝が痛い、そこでサポーター(バレーボール)を 膝につけて動いている。 松葉杖は、うまく使えないので今度土曜日に、少し練習をさせよう。 術後これさえうまく使えれば、退院も早いだろう。 ブログランキング\40,000代
March 8, 2007
コメント(4)

行路病者という言葉をご存知ですか。 路上で倒れている。 身元を証明するものがない。 体から酸っぱい臭いが漂う(これは関係ない) 路上生活をしている方を指します。 準夜で病棟患者さんの看護を行っていると、 救急隊からの電話、行路病者さん倒れていて顔面に縫合が必要な損傷ある。 意識清明、バイタル問題なし、縫合だけお願いします。 当直医へ報告 「事件性はないのか。あるのなら受けるのは・・・」 病棟患者の看護だけで誠意一杯の私にそこまで要求するなよ。 救急隊へその旨問いただすと、とりあえずはないだろう。と。 10分後到着。 悪臭は・・・窓を空け換気扇を 自分で車から降りてすたすたと診察室へ バイタル測定医師コール 【コールするまで来ない医師の無神経さにはいつもあきれる】 医師が診察室に入るなり フリーズ フリーズ解除後、問診そして縫合、抗生剤を渡し病院から出ていただく。 支払いは市に請求 ほっと、一息ついた途端目の前に男性 「○○医師に会わせて・・ 今晩ここに泊めて・・お願いします。とにかくお願い。 すわっと100回できます。天井に逆立ちできます。」 目が・・・ 泊まるところがないのなら交番に行きましょう。 10分程度説得。やがて小走りに出て行く。 なんという準夜だ。ブログランキング ホワイトディー
March 7, 2007
コメント(0)

今日、朝からかかりつけの整形クリニックへ順番をとって一旦帰り、実父と実母を乗せて再度整形クリニック受診。10分ほどで診察 医師「痛みはどうですか・・(定型的な診察後)、でどうされますか? 昨日、お父さんに話しましたが、手術でしっかりと固定したほうが 早くに運動が始められていいですよ。 ギブスだけで治療している患者さんの多くは、あとあと 足の具合がしっくりいかなくて痛みなどを訴えられる 方が多いです。」 私「その方向でお願いします。近くの○○総合病院に紹介お願いします」 医師「わかりました。問い合わせます」 しばらく待合で待つ。 看護師さん「○○病院は、満床でとても無理でした。私たちがやってた時は なんとかがんばって、入院受けていたのにね」 そうです、この看護師さん元は私と同じ△△総合病院の師長さんで私もそうでした。 そしてこの整形クリニックの医師も、整形外科医として勤務されていました。 (もう、7~8年前になります、 整形外科医は開業されていたお父さんの後を受け継ぎ 師長さんはプッツン【バーンナウト】で辞職しここへ、 私は、約1年半前にプッツン【バーンナウト】で現在の100床病院へ △△総合病院のある医師は、病気で療養されていると聞き 驚きと・・暗然たる思いがこみ上げる。あんなに患者にも、スタッフにも 気配りのできる人(医師)がどうして 神はいないのか。) 別の総合病院に電話してもらい、 早々に、出発。 総合病院に着いて駐車場から、車椅子で受付へ 母が着いてきていない。 待つこと、探すこと20分、整形外科受付前にちょこんと座って・・ 「探してたのに」 「整形やろ、紹介状などを受付へ渡しといた」 「・・・・・・・・・」 診察、 どうやら整形外科部長らしい 「開業医の先生は自分が手術をしないので、簡単に手術を勧めるけれど 実際やるのは私たちなんで、そう簡単ではないですよ。 (クギを刺す) 78歳、軽い糖尿病、があるとリスクはありますからね。 当院は、急性期病院ですからこの骨折なら、若い人で2泊3日。 お歳から考えてもそれに近い日数で退院していただきます。 あなたも、入院を急がれるように常に急を要する方を受け入れるためには あなたにも、退院をお願いすることになります。 お近くの慢性期病院に転院してリハビリを実施していただくことになります」 かなり厳しい口調でいわれる。 聞いていて(うんうん、この人もかなり看護部から言われているな。 看護部は常に医師へ「先生方が入院時にしっかりと話をしないから 退院しないんですよ。」と責められているに違いない。 とにかく2週間経過後から病院収入が減額されるのが今の制度だから) 【私は冷静に聞けるけれど一般の方はどうだろうか? じゃあどうすればいいの?といいたくなる患者家族は多いだろう。 その質問をすると、返答は一つ 「国の制度ですから我々にいわれてもどうしようもない」 でもそれって、返事になっているの?】 その間父は、夕べあまり眠れなかったのと、難聴があるので ウトウト・・ 母は、よくわからん様子 (そりゃそうだろう) 入院は来週月曜10時、オペは火曜但し順番は終末ぐらいに決定 手術の説明は今行います。入院後はしません。 退院は経過を見て2泊3日と思ってください。 術後の説明は要望があれば、翌日の8時30分ぐらいに行います。 その間救急車3台に対応していたそうで、受付には垂幕で 「ただいま救急対応中です。ご迷惑をおかけいたしますが・・・」 【そうだよね。あの当時もそうだった。オペ中に救急要請があり 医師たちは「どうせいいうんだ」 結局昼ごはん抜きは当たり前だった。】 入院・麻酔のための検査、そして軽い食事をとって 再び外来で待つ。 この病院に着いたのが、10時30分ごろ 今が14時30分・・・しばらく待つ 【整形クリニックでは待っている間にも「足を少し上げようね」と小さな 台を置いてくれた。足の循環を改善するために。 でもここでは、・・・ これが大きな違い。】 【やはり需要と供給のアンバランスだ。 受付の方、検査の採血担当看護師さん、検査技師さん、放射線技師さん、などなど 優しい対応・・・だがしかし疲れている身にとっては、数分待つことが 「また、待たされるのか」の連続 昔総合病院の師長をしていたとき、患者さんからのクレーム第一位が 待たされることだった。そして第二位がトイレ、手すり、案内などの表示がわかりにくい でも今なら判る。 キャパシティーオーバーなので、なにをどうやってもクレームはある。 トイレの数が少ない・・・では増加させると・・・その分広くなり トイレまで遠い・・とクレーム 一事が万事クリニックのようなこじんまりした所と比べてしまう。 どこかで、切り捨てなければ運営はできない。】 若い整形外科医から、(担当医になるのかな?) 手術・麻酔のリスクの説明。先ほどの部長らしき 医師からの説明とほぼ同じ。 麻酔は下半身麻酔か、全身かは麻酔医が判断 麻酔中に心臓が止まることもある 感染のリスク エコノミック症候群のリスク(肺塞栓症のこと) 早期退院 などなど 最後に看護師さんから入院時アナムネーゼ聴取これは検査中に私が書きこんで いたものを見ながら、そこに書き込んでいた。 家族構成 緊急時の連絡先3箇所 アレルギー、 いま服用中の薬は 退院後の住居は などなど 【(これで看護師は、看護計画を立案します。 なにができるのか楽しみ)】 結局帰宅したのが、午後4時。 帰宅後実父は、松葉杖をついて玄関から入ろうとしたが、杖を前にだしてから 足を前に・・ができず何度も転びそうになる。 家の中では、ヒザをついてツタエ歩き。 「ああー疲れた」・・・お疲れ様でした。 お疲れ様。そして準夜へ出勤。 そして準夜勤でも・・・ ブログランキング3週連続第一位
March 7, 2007
コメント(4)
夕方、実の父がお風呂にお湯を入れようとして滑って 自分で車を運転し、かかりつけの整形外科クリニックへ 「ヒ骨骨折(下腿の細い方の骨)です。とりあえずギブスをしますが、 手術をしたほうが安定します。明日返事を下さい」 (詳細な説明はあった) 仕事を終えて帰宅後、聞かされ とりあえず入院の準備を母に告げ、準備するもの パジャマ 3枚 下着3着 タオル5枚 バスタオル3枚 石鹸 シャンプー 歯ブラシ ナイロン袋 スリッパ 普段呑んでいる薬を見たら なんと10種類あった 痛み止め 腰痛が持病 ロキソニン・・ 胃薬 胃は20年以上まえから 血糖降下剤 ベイスン 造血剤 PLなど抗生剤、昨日から風気味 判らない薬も どうして、なんで、・・・ 頭をかかえてしまった。3種類のんでもどう影響するかわからない 薬をこうも なんと自分の親が、こんなにも薬好きだったとは がっくり、です 知らなかったでは済まされない。 しかも残薬は処方日から数えても合わない 唯一合ったのは、今日処方された痛み止めなどだけ どういうこと 明日の準備をしているものと思っていた母は、 保険証書を一生懸命探していた。 何してるの 「いや、お金がおりるから、」 「退院前で十分だろ」 怒りがこみ上げてきて、抑えるのができない。 金は大事だけれど、そりゃあだいじだけど 今それをすることか 夫が足の痛みをこらえているその横で、証書を探す。 なんじゃこりゃ!! 明日は、夕方からの勤務なので朝から、今日診ていただいたクリニックへ そして紹介状をいただいてできれば近くの総合病院受診 なんとか仕事までには終わらせないと。
March 5, 2007
コメント(0)

先週の定例会で、退院を告げられても自宅で自立した生活ができない 人にどう対応すればいいのか。 まずは、こんな患者さんという例を挙げてみよう。1、H F さん 80代女性 基礎疾患 リウマチ DM 日常生活 食事は自立 キザミ食 歯科往診中 排泄 自立 PWC ベッド側に置く 睡眠 薬不用 入浴 自力で入浴できない ベッドバス 更衣 介助を要する 歩行 できない 車椅子への移乗可能 自力で車椅子操作可能 洗濯 自力でできない 掃除 自力でできない 全身状態の著しい変化なし。血糖コントロール良好 家族構成 夫健在 息子夫婦同居 長年病院を転々としている ※ なぜ入院しているのか?不明2、M Y さん 80代女性 基礎疾患 慢性腎不全(日常生活に支障ない、人工透析に移行しそうにない) DM 不定愁訴 多枝に渡る 日常生活 食事は自立 常食 歯科往診中 排泄 自立 トイレまで歩行可能(院内も可能) 睡眠 睡眠剤常用 入浴 自立 更衣 自立 歩行 押し車で可能 洗濯 自立 掃除 不明 全身状態の著しい変化なし。血糖コントロール良好 家族構成 一人暮らしで、施設入所中 ※ なぜ入院しているのか?不明2名挙げてみました。(二人とも入院60日を経過中) 入院費の無駄使いかな?ブログランキングに登録しました。あなたのワンクリックが欲しいブログランキング
March 4, 2007
コメント(2)

三重・県立病院「民営化を」 検討委が最終報告 記事:毎日新聞社提供:毎日新聞社【2007年3月1日】 県立病院:「民営化を」 検討委が最終報告 /三重 県立病院事業の改革案を検討してきた県議会議長の私的諮問機関「公営企業事業の民営化検討委員会」(委員長=大住荘四郎・関東学院大教授)は最終報告をまとめ、28日開かれた議員全員協議会で公表した。県立病院の民営化や指定管理者制の導入などを提言しており、藤田正美議長は「議会でさらに討議を重ね、一定の方向性を出したい」としている。 県立4病院の改革の方向性について▽総合医療センター(四日市市)は、市民病院との重複部分を分割し、当面、公設民営化で運営すべきだ▽こころの医療センター(津市)は、救急に重点を置き療養病床は縮減を検討すべきで、指定管理者方式を採用する選択肢もある▽一志病院(同)は、介護、保健を中心とした施設への転換を前提に市への移管を検討すべきだ▽志摩病院(志摩市)は、県の助成を前提に将来的には周辺医療施設との統合を見据え同市への譲渡も検討すべきだ----などと提言している。 その上で県に対し、民営化や指定管理者制などの経営形態についてシミュレーションを行い、県民負担を算出することなどを求めている。 最終報告について、県立病院経営室は「議会の議論の推移を見守りたい」としている。【丸林康樹】〔三重版〕 出石、梁瀬、村岡存続へ 但馬9公立病院再編 記事:毎日新聞社提供:毎日新聞社【2007年3月1日】 但馬9公立病院再編:出石、梁瀬、村岡存続へ 10月から新体制移行 /兵庫 ◇対策協方針 医師不足にあえぐ但馬の9公立病院の再編を考える「但馬の医療確保対策協議会」が28日夜、豊岡市戸牧の公立豊岡病院であった。昨年12月に示された豊岡、八鹿の2病院に医師を集め急性期を担い、残る7病院は慢性期を担うとする柱を踏襲しつつも、診療所化案が示されていた出石、梁瀬、村岡の3病院は病床を維持、病院として存続させる方針を固めた。【山口朋辰】 ◇豊岡に総合診療部、医師集約し6人増 各病院から集めた4人に加え、新年度に県が派遣することになる医師2人の計6人を、豊岡病院に回して計81人とする。神経内科、胃腸科など内科の複数の症状を1人で診療できる医師6人の「総合診療部」を新設し、全医師の負担を減らす。 梁瀬病院は2人、出石、村岡の2病院は医師が1人ずつ減り、病床も20床程度減らして35床程度にする。香住、浜坂の2病院は50床程度に減らす。豊岡、八鹿の2病院の医師が、残りの7病院に出向くなどし、診療支援に当たる。10月1日から新体制に移行し、今後詳細なベッド数や診療支援の方法を詰める。 今回の再編は、数年間の暫定措置としており、許可病棟の数としては、現状を維持し、医師の確保ができた場合には、再編前に復活させる余地を残した。 4月に5人から3人に減る豊岡病院の小児科医確保については、「努力している」と話すにとどめた。〔但馬版〕 医療ニュースから抜粋しました。医師・看護師不足と採算性の問題をクリアするためには、この方法しかないのでしょうか?ブログランキングに登録しました。あなたのワンクリックが欲しいブログランキング
March 3, 2007
コメント(1)

昨日3月1日木曜 MAP定例会 看護師の教育について話が盛り上がった。 業務がなかなか覚えられない看護師に対してどのようにアプローチするか。 教えているのに、他の看護師・医師に聞いて自分には聞いてこない。 何度も同じミスをする。 現在biglobeのブログで集まれ!OPEナースでウララさんが取り組んでいる。 医療における教育の重要性は・・・をいう前に、教育を受ける側「プリセプティ」の心を 教育する側「プリセプター」が掴んでいるか。掴もうとしているか。 MAPの来年度の方針案 病院入院中に、医師から「今週中に退院できますよ」と告げられ 「えっ 糸も抜けていないのに。トイレに行くのもやっとなのに。 一人で暮らしているから、食事を作ることも・・・」 という独居者もしくは、いわゆる老・老介護状態の方へ 看護師など医療職はどのように対応できるのか。 まずは、こんな状態の患者さんがいます。を 5人ぐらい挙げて 自宅で療養する場合の社会的資源 施設入所の場合の条件 看護師たち自分も含めて知らないことばかりの世界なので 勉強開始 ブログランキングに登録しました。あなたのワンクリックが欲しいブログランキング
March 2, 2007
コメント(2)

先日楽天ブログを始めて、1,000日目が経過し約3年よく続いたなーと自分で関心していました。 ある出版社から本の書評を書いてと依頼があり、意気揚々と書いて送信したら、 「さて、ご依頼文書で十分にお伝えできなかった点があるしれないのですが、 「書評」よりも、この本との出会いによって、だいちゃん(実名は変更)様が看護や医療に関する考え方や人生観などにどのように影響したのか、をメインにご執筆いただけるととても嬉しいです。」 とやんわり否定されました。 そうかこうやって、ブログに日記を書いているとついつい身構えて「いい子」になろうとしている自分がいることに気がつきました。評論家は掃いて捨てるほどいる今の日本ではこれ以上の評論家はいらない。 そうではなくて、本に出会った自分がどう感じその生き方、人生観をどう変化させたのか、そこには世間一般の「批評」ではなく「私」がどう影響を受けたのか。なのだ。 そう思ってこの日記ブログを読み返すと、評論ばかりだった。 このブログを読んでくださる方を大事に思うことは、つまり自分の心の動きを自分の口調で書くこと。自分のために書くことがブログを読んでくださる方々とのつながりを持つことではないだろうか。 思えばこのブログを通して、「迎える医療」を教えてくださった方、介護を実践されている方、病院の一職員として働き病院の存続を憂いている方、などなど そういう思いを知ることで自分が成長できている。 【またまたよい子ぶっている】 ブログランキングに登録しました。あなたのワンクリックが欲しいブログランキング
March 1, 2007
コメント(0)
全27件 (27件中 1-27件目)
1


