











エリザベートの末娘のマリー・ヴァレリーは母シシィについてこのように語っている。「母は家族にとって地獄である」と・・・。
今、このマイヤーリンクの狩猟館はなくなり ハイリンゲンクロイツ修道院になっている。ルドルフは幼い頃から母エリザベートから引き離され 祖母のソフィー大公妃の元で教育を受けたが、ルドルフが7歳の頃 教育係ラトゥール・フォン・トゥルムベルク大佐によって将来の皇帝になるための教育を受けたが、この大佐はたいへんなリベラルで反宮廷風な人で ルドルフの将来に大きな影響を及ぼすことになった。ルドルフの教育は父皇帝の思いとは反対に 軍事教練は必要最小限に抑えられ、精神の教育が第一とされたことから、ルドルフは多方面に関心を持つ少年となり、ひいては近代国家の基盤を貴族階級ではなく、市民階級に見るような青年になっていった。

フランツ・フェルディナンドと妻ゾフィーは恋愛結婚だった。ゾフィー32歳、フランツ・フェルディナンド 37歳の1900年、教皇レオ13世の助力のもとで結婚することが出来た。皇太子となった フランツ・フェルディナンドとゾフィーには公式の居館として オイゲン公の宮殿だったヴェルヴェデーレ宮殿が与えられた。しかし、夫妻が自分たちの家と思っていたのは ボヘミアにあるコノピシュチェ城でした。そこには 家族の生活があった。そして、妻ゾフィーに対するハプスブルグ家の冷たい目もなかった。
ヴェルヴェデーレとは‘美しい眺め’と言う意味です。
宮殿裏からの眺めはその名に相応しく 大変美しい。



