がらくた小説館

俺の事情


 俺は今、一大プロジェクトを任せられていた。

 トンネル開通事業である。

 元よりこの仕事に生きがいを感じていた俺だったが、新しい土地での度重なる仲間とのトラブルや、事故、自然災害によってなかなかプロジェクトは進行せず、そのストレスはたまる一方だった。

 そして今日俺ははじめて仕事を、無断欠勤するつもりでいた。
しかし、それを彼女が許すかどうかが問題だった。

 俺には気の強い、年上の女がいた。
俺は女と出会い、三年の月日を共に過ごして来たのだが、今だに女は俺を「ちゃん」づけで呼んだ。

 俺はそのことで何度も抗議をしたのだが、それは結局受け入れられないままだった。

 確かにあの頃の俺は若かったのだが、今は立派な男なのだ。そう俺は思っていた。しかし思っているだけでは真理子には通用しない。それが分かっていてもいつの世も男は女には勝てないものだ。

 俺がこの三年で学習したことの一つだ。

 そして俺は真理子に連れられて、いつものように仕事場へ向かった。

 勿論女を仕事場へ連れて行くのは俺のルールに反することなのだが、真理子が俺の仕事場の現場監督をしているのだから仕方が無い。そろそろ独立したいものだ。

 俺は現場につくなり従業員を呼び出し、今日の仕事工程を丁寧に説明した。

 しかし世の中馬鹿なやつは多いものだ。
俺の説明をまったく理解しないどころか寝ぼけて「あびらぱっぱ」などとわけの分からないことを言うやつがいたのだ。

 これでは社員の規律が保てない。ましてこのような危険を伴うような仕事に関しては、なおのことだ。

 そこで俺はその社員をきつく叱り付け、即刻帰宅するよう要請した。するとその社員は俺がちょっと怒鳴り声を上げただけで、泣きながら現場を去っていった。なんて情けない男なのだろう?俺とも一つしか年齢の変わらないやつだ。それだから「今時の若者は…」なんて言われるのだ。これでは先が思いやられる。
 そんなこんなで鼻を折られた俺だったが、気を取り直して仕事を開始することにした。

 そして今度は仕事を始めて三十分もしないうちに、同期の亜希子が話し掛けてきた。

「ま~君?」

「なんだ?今は仕事中だぞ」
 俺は亜希子を一瞥しながら少しドスの聞いた声で言った。

「だって…」
 亜希子はそれ以降言葉が続かないらしく、目には少しの涙さえ浮かべていた。

 そこで少しやばいと思った俺は、周りに誰もいないのを確認してから亜希子に「どうした?」と今度は少し優しく問いかけた。

「あん?」
 亜希子は俺の問いにそう答えた。
やっぱりそうなのだ。俺は初めからわかっていた。この女はいつも話しかけてくるだけで、俺の問いにはほとんど答えない。

 と言うかあの短期間で、すぐに言いたいことを忘れてしまうのだろう。本当にまいったものだ。しかし俺が亜希子をほっといくことが出来ないのは、俺が彼女に少なからず好意を持っているからなのだ。

 だからと言って社内恋愛ご法度の俺の主義に反する行為は出来ない。誰にも悟られるわけにはいかない。

 しかし真理子は薄々感じていたのかもしれない。

「正人ちゃんは、亜希子ちゃんのこと、気になってるでしょ」
 この前唐突にそんなことを言われたのを思い出した。

 真理子は歳が上だというだけでなく、どことなく人の心を読むことに長けているところがある。そして人一倍に猜疑心も強い。

 あえてそのことを深く聞いてこないのは、大人の女である真理子が成せる技なのだろうか?うまく泳がされていると言った方が良いのかもしれない。

 それにしても今日は朝から色々あったせいか、仕事がほとんど進んでいなかった。

 今日は残業になることはまず間違いないだろう。そんなことを考えていると、ふと背中に視線を感じた。

「まさおちゃん、おうち帰るよ」
 いつの間にか俺の後ろに立って仕事を眺めている真理子がいた。

 俺はそれを無視して作業に取り掛かかかろうとすると、今度は腕を取って強引にも俺の体を持ち上げた。なんて怪力なんだろう。俺はとたんに抵抗する気も失せていた。

「砂遊びは、また明日ね」

「うん」
 俺は素直に彼女に従うことにした。

 今年で三歳になる同期の亜希子は仕事の手を止めて、そのやりとりをぽか~んと眺めていた。






             了












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