がらくた小説館

お隣さん


私は引越しの最初の行事としてお隣に粗品を持って挨拶に来ただけだったのだが、強引にお茶を勧められ、三十分も経つのだが相手の話が止まる気配はなかった。

「長谷川さんは、昔野球をやってらっしゃったって?」

「ええ」

「なんでも甲子園に出場なさったとか?」

「はい」

「二回戦まで進んで、その年の優勝高に負けたのよね」

「はい」

「チームメートには現在活躍中のプロの方もお出になったとか」

「ええ、二人います」

「まあ、ほんと凄いわね。あなたもレギュラーだったんだからすごいじゃない」

「ありがとうございます」

「凄いわよ。あなた。でもあなた肩を壊しちゃったのよね」

「ええ」

「野球を断念するしかなかったなんて、辛いわよね」

「そうですね…」

「で、今は?」

「今ですか?出版関係の仕事をしてますが」

「そうね。出版関係の営業をなさってるのよね。休日には少年野球のコーチもなさってるのよね。忙しいのに大変だわね」

「はい。よく知ってますね…」

「おほほほほほほ」

「それじゃ僕、そろそろ」

「あらいやだ。もうこんな時間。あなたこれから奥さんの美恵子さんと買い物にいかなくちゃね」

「は、はい…」

「それじゃ、お邪魔しました」

「また、奥さんも一緒にいらしてね」

「はい。ありがとうございました」

『ガッチャン』



長谷川は玄関のドアを閉めてひとりごちた。

「まさかお隣が、徹子の部屋だったとは…」






 了


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