折れず曲がらず良く斬れる

折れず曲がらず良く斬れる

2010.03.09
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 大坂の陣の直後には徳川家への忠誠を誓う事で大名に戻る道もあったと言われているが、猶父秀吉、義弟秀頼への想いもあってか、単純に武士の意地か秀家はこれを断り、流人のまま明暦元(1655)年一一月二〇日、享年八三の長寿の果てに関ケ原に参戦したどの武将よりも長い戦後を生きた末に世を去った。法名は樹松院明室寿光または尊光院伝秀月久福大居士。





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最終更新日  2010.03.10 01:31:04
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Re:宇喜多秀家(03/09)  
ひすいlove  さん
備前57万石の血筋も関東にも流れているようです。
(2010.03.10 06:22:45)

Re[1]:宇喜多秀家(03/09)  
masterhiro  さん
ひすいloveさん
>備前57万石の血筋も関東にも流れているようです。
-----
 小早川の陣に切り込んでいれば絶えた宇喜多家の血脈、八丈島に流されてもやはり生き残った、残り福でしょうか? (2010.03.11 04:03:03)

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