2011年07月25日
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カテゴリ: 秋山真之伝記
鈴木貫太郎 は、幼少の頃、父親から「短気は損気」と諭され、この一語が自身の将来の修養の上にどんなに役立ったかもしれないと回想しています。

 それでは、秋山真之は幼少の頃、父親からどのような教育を受けたのでしょうか。


 真之の父秋山久敬(ヒサタカ)は、ドラマ「坂の上の雲」の伊東四郎さんのような好々爺であったようです。

 『親があまり偉くなると子供が偉くならないからなあ』

 というのが、口ぐせでした。


 何か言い訳のようにも聞こえますが、よほど学識もあったようで、

 中国の詩人が書いた「何道真之?粋兮」(ナンゾ道真ノ純粋タル、なんと道徳の神髄は純粋なものであろう)から、

 1字の「?」をとって幼名を「淳」五郎とし、2字をとって「真之」をサネユキと読ませ五男の名前にしたと言われています。


 他人からこれほどの智者が伊予松山藩の徒行(オカチ)目付とは、あまりにももったいないなどと言われると、

 久敬は笑いながら、「親があまり偉くなると・・・」と答えたのかもしれません。


 真之の伝記には、久敬の教育方針は、何やら韜晦(トウカイ、自分の本心や才能・地位などをつつみ隠すこと)的であって、無干渉主義であったと書いてあります。


 真之は30代の前半はアメリカに留学していて、帰国してから「黒船始めて江戸湾に来るの図に題す」という一文を水交社に寄稿しています。

 この一文には、真之が幼少の頃、久敬から度々聞かされた「桃太郎の童話の解説」が記述されていて、

 この桃太郎の童話の解説こそ、

 真之の一生を支配した信条であり、

 真之が海軍軍人となった原因の一つであったろうと、真之の伝記作家は考えています。

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最終更新日  2011年07月26日 09時53分26秒
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