CLUBまっちょ

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2010.02.02
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カテゴリ: 私の見解
関東でも雪が降りました。
大した規模ではないけれど。

小学生の頃とかは雪が降るととても喜んでいましたけど
今では雪なんて障害でしかありません。
そういった感情がある自分を発見したとき、
「あの頃は無垢だった…」とは思わないでしょうか?

雪だけじゃありません。
ありとあらゆる事象に似たような感情を持ち合わせています。
例えば、近いところで節分。
昔は近所にも轟いてるんじゃないかと思うような声を上げて
鬼は外!福は内!と叫んで豆を撒きました。
でも今は、そんなことは無意味だということを知っていますから
豆を食べることはあっても、声を上げて撒くことはありません。
豆なんて撒いたって鬼も福もやってきません。
歳の数だけ豆を食べるなんて豆業界が流した暗示でしかない。
全て、なるようになるだけです。

受験シーズンによく見受けられる
合格祈願とやらも反吐が出るほどバカバカしいです。
神頼みをしようがテストの結果は変わらないわけです。
努力+運=結果 という、神の介入などあり得ない式が存在します。
神頼みをしたから志望校に合格出来た!と思える人は、
脳みその中身が毎日お祭りなんでしょうねきっと。
神頼みをしたから受かったのではなく、
受かるべく努力をしたから受かった、ただそれだけです。
「神頼みのおかげ」というのは、単なる思い込みです。

よく例に挙げますけど、例えば
魔法を信じてる人がお金を拾ったら、魔法の影響だと捉える。
神を信じている人がお金を拾ったら、神のご加護だと捉える。
何も信じていない人がお金を拾ったら、やったーラッキー♪と捉える。
何を信仰しているかによって、認識は変わる。
神頼みという行為は、神を信じている行為と捉えて間違いはない。
従って、神頼み後に何らかの成果が出たりした場合は
神のご加護があったからだという認識をする。

子供の頃、作法にならった節分をしていたのは
本当に鬼が去って福が来ると信じていたからに他ならない。
気持ち的には、合格祈願をする受験生と同じだ。

でも今は、豆撒きをしたって鬼も福も来ないことを知っているし、
合格祈願をしても受かるとは受かるし、
落ちるときは落ちることを知っている。
子供から大人になるに従い、
いい意味でも悪い意味でもたくさんの知識を得る。
見なくてもいいものを見てしまったりもする。
知らなくてもいいことを知ってしまったりもする。

大人になるということは、
いろんなものを得る代わりにいろんなものを失う。
子供の頃の私は雪で喜ぶことが出来たけど
今の私にはそれが出来ない。
子供の頃に夢見たこと、子供の頃の価値観、
そんなものはもう忘れたよ。

あー、雪はいやだ。





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最終更新日  2010.02.07 07:45:18
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