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ありがとうおじさんの話感謝の心っていうのは、もの凄い不思議ですよね。特に「ありがとうございます」っていうこの言葉が不思議で不思議で。わかったと言う人は解ってないんですよ。「解らない、解らない、まだ解らない」というのが良いですね。まあ、現実にいろんな病気がパッと治ったり、水がきれいにサッと変化したり、奇跡的に見える事は、まあ神さまからの手品みたいなものですけど、一般に見せて下さるのね。でも、こんなのは取るに足らないというね。本当の「ありがとうございます」の言霊からくる神さまの大奇跡というのは、無限の無限のチャンネルを与え続ける事でしょう、そこの方が大事なんですよね。それを受け取る為の言葉が、この「ありがとうございます」でしょう。いまさら小さい奇跡を起してもらって喜んでいるようでは駄目なんですよ。本当のプレゼントを受け取るという方が大事なんですよね。もう既にあるものを受け取る。その練習を積み重ねると、もう常に「無限の無限の幸せで一杯」「常に無限の無限の安らぎで一杯」となるのね
2013/06/15
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ありがとうおじさんの話本当の幸せはお祈りの中にあるね、感謝のお祈りの中にね。そこで本当の幸せを感じ取れるね。それは本物よね。この世のはねえ、光に対して影のようなもんだから。どっちが実態があるかというと、お祈りの中に実態があるの。高い次元の世界ほど、光りが強いね、実態があるのよね。この世ほど光が乏しくなってるしね、影になっているわけね。 だから、感謝の心が無限に深くなればいいのよね。そしたら、幸せが直接感じ取れる自分よね。そしたら、もう肉体の自分は関係なし、肉体から死んでも、どうなろうが関係ないの、本当はね。感謝の心の自分は、もう無限の無限の幸せを感じ取れるの、永遠不滅よね。
2013/06/14
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ありがとうおじさんの話本当の神様からのメッセージいうと、「ありがとうございます」を唱えて、神様に心を向けて受け身になってる時よね。その時その時、必要な助けがスーッと入ってくるよね。それだったら「神様の導き」って受けたらいいのね。 でも、心を暗く暗くした時なんかにフッと閃いてくるのはね、暗い世界からのメッセージやインスピレーションなんよね。それに従ったら暗い方へ引きずり込まれるのね。だからその選別をしないといけないね。何か決める時は、明るい心になって決めるのがいいね。だから「ありがとうございます」唱えて心明るくして決めると、いい方へいい方へ行く。(しんどい、とかは言わない)ははははは。
2013/06/13
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ありがとうおじさんの話与え尽すだけの生き方とる人は、みな極楽の世界へ住むのね。極楽の世界は相手に一切求めないからね。相手の幸せの為だけに尽すでしょう。そういう世界は、回りの人がその一人の人に対してどんだけ尽してくれても「私の変りに尽してくれた」って感謝するだけなんよね。嫉妬心も何も起こらないのね。 「自分はもうあの人の為に、自分を与え尽すだけ」という気持ちで生きている人は、もう絶対苦しまないね。「自分の足らないところは、宇宙のぜんぶが代わりに、あの人の幸せの為に尽してくれてる、与えてくれてる」という感覚なんでね。そういう人は宇宙の全体から幸せを与えてもらうのね、極楽世界に住めるのよね。 だから、もう与え尽す生き方が一番幸せになるのね。ちょっとでも求めたら、番組を下げて地獄の方へ行ってしまう。
2013/06/12
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ありがとうおじさんの話感謝する人としない人の違いは大きいですね。感謝する人はもう神さまがバックについて応援してくださるから、もう全てとんとん拍子にうまくいくんです。もう何も心配しなくていいですね。うまく行かないときはそれがいいんですよ、はははは。うまく行かないのがいいのね、その時はね。 「うまく行かない」というのは思いで考えるんですね。感謝してる時は全部いいんです「全て善し!」というふうに感じられるのが感謝なんですね
2013/06/11
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ありがとうおじさんの話催眠術ってあるでしょう。皆さん催眠術にかかります? 感謝している人はかからなくなるのよ。催眠術は念力で人の心を支配するのね。感謝のお祈りをし始めたらね、催眠術には一切かからない、どんな名人がかけようとしてもかからなくなるよ。 それと同じでね、人の思いの影響を受けなくなるの、感謝する人は、感謝を深めた人はね。周りの人が何を思っててもその影響を受けなくなる。どんな念力、強い念力がきても全部消えてしまうの、近寄れないね。だから、人の思いの影響は一切受けなくなるのが、この感謝のお祈りよね。凄い力があるよ。 だから、感謝さえしている人は絶対何も恐いもの知らずよね。 でもまだ周りの思いに負けるという状態のときは、感謝を忘れてるよね、多分忘れてるの。 「あの人がマイナスの思いを出してる」と言ってるのね、感謝じゃないもんね。「この場は波が悪い」と言ってるのね、はははは、感謝してないよね。「みんな光り輝いている」というふうにね、「みんな神さま」って感謝しているときよね。
2013/06/10
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ありがとうおじさんの話目の前に無限の無限の幸せ、あるでしょう。あるんですよね、あるんですけどね、これに気づくには数えあげないと駄目なんですね。自分の一つの肉体という体を与えてもらったというのもそうですよね。 目がある、耳がある、口がある、鼻があるって数えたときに気づくんですね。プラスがいっぱいあるのに数えないと気づかない、わからないですね。中にはマイナスばっかし数えている人があるんですけど。 でも、マイナスはちょっとしか無いんですよ、ほんのちょっと有限なものなんです、ちょっとだけあるんですね。でも、プラスは無限に無限にあるんですね。どちらを数えるかなんですよね、感謝の心はプラスを数える。忙しいんですよだから、感謝の心というのは
2013/06/09
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ありがとうおじさんお話「思い」の方は、空に浮かぶ雲のような働きの姿ですよね。地上に執着する、過去に執着してそこから湧きあがるような働きで出てくるのが、空に浮かぶ雲のような働きなんですね。 雲にも大きく分けて二つの種類があるのね「白い雲と黒い雲」「薄雲と厚い雲」というような感じですけどね。思いがたくさん出てくるほど黒雲に変化するんですよね。ちょっとだけの思いのある間はまだいいんです、白雲というのは、そこに光がちょっと射し込んでるわけですね。だからプラスの状態があるんですけど、でも光と比べたら、いくら白雲といっても大したことないですね、光のほうがはるかに上なんですね。 「光の世界」というのは透明感があるわけでしょう、どこまでも遠くが見えますよね、奥深くが見えるんですね、無限に視野が広がるんですけど。「思い」というのは雲のような状態で視野が狭くなりますね。感謝の心を起こしているときは、いつも大きく全体を見通せるような感じになるのね、そしてまた奥深く深い深いところまで心が届くんですよね。でも、思いの心は、やっぱり目の前しか見えない、それも浅くなってしまう。だから、感謝の心で掴める幸せと、思いの心で掴む幸せというのは、もう本当に天地ほどの開きがある。無限かゼロかというぐらいね。やはり、幸せになるためには、感謝の心をしっかりと起こし続けないといけないですね。
2013/06/08
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ありがとうおじさんの話感謝は、すればするほど大きい価値を見出していく、気づきを増やしていただけるのね。どこまでもどこまでも幸せが大きくなるのね。これもやっぱり練習ですよ、数えあげる練習ね。 四季の変化でもそうでしょう。春が来たら春が「ああ、素晴らしい、ありがとうございます」って受けるのね。夏は夏で「ああ、素晴らしいな、ありがたいな」って受けるでしょう。全ての季節を褒め称えて感謝して喜べばいいのね。そうすると四季の変化ってもの凄いありがたいことなんですけどね。でも思いの心は違うでしょう、「私は夏がいい」というと冬が嫌なのね。「夏はいいんだけど冬は寒い」とかね、いろいろ理屈こねるんですよね。「天気はいいけど、雨は嫌だ」とかね。 でもそうじゃないですね、雨が降れば雨がありがたいですね。天気だったら天気がありがたいね、もう常に全てがありがたいのがいいんですね。それが感謝の心になるんですよね。 だから、一回でも心に「ありがとうございます」を唱えたら、それだけ気づきが増えるんですね。他の言葉は要らないみたいですよ、もうね。「ありがとうございます」の一言だけで神さまからのプレゼントを受け取って感じ取らせていただくのでね。
2013/06/07
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ありがとうおじさんの話「感謝の心」と「思いの心」この違いは、いろんな立場から違いがわかると思うんですけど。先ず、どこを中心に置くかというので、神さまを中心に置くと感謝になるのね、自分を中心に思いになるんですね。そして、神さまは常に「全体を調和させる働き」ですよね。 でも「自分」というのを中心に置くと「我が侭(わがまま)」になる、全体のことはそっちのけですもんね。 「感謝の心」というのは、常に神さまから与えられた心ですね、新しい心。 「思いの心」は、感謝の心が時間が経って古くなった心ね。 神さまから新たに新たに受け直さないと、感謝の心がなくなって、思いの心に変化してしまう。 新しい方がいいでしょう、なんでもね。古くなると、やっぱりプラスが消えてマイナスになるんですよね、なんでもね。神さまの与えてくる無限の無限のチャンネルの番組も上ほど新しい、古くなるほど番組が下へ下へ下がってくる。極楽が一番新しい番組なんですね、地獄が一番古い番組にあたるの。 だから「感謝」というのは、自分がいつも努力しないと、というのは、新たに新たに受け直そうとしないと感謝ってできないですね。
2013/06/06
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ありがとうおじさんの話「感謝」というのを漢字で書くと感じる、謝というのは「ゴンベンに射(い)る」って書くんですよね。「ゴンベンに射る」というのは、言霊の放射というふうにとらえると、神さまは言霊によって宇宙の創造をされてますよね。一瞬一瞬新たな言霊の働きによって宇宙を創造されてるね。 その言霊の放射は、丁度、光の放射のように常に新たに新たに宇宙に照り輝いてるわけですね。その光の放射を感じる取るという、これが「感謝」よね。だから「感謝」というのは、いつも心が明るくなるね。
2013/06/05
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ありがとうおじさんの話「思いがあるから感謝できない」のじゃないよ、逆ね「感謝しないから思いがあるだけ」ね。 頑固に感謝しないのよ、はははは。ちょっと「ありがとうございます」を言ってみたら自然に感謝が湧き出るでしょう、思いが消えていくもんね。感謝しない人って、相当頑固よね、頑張り屋よ。呼吸を止めて「う~ん」とうなってるような姿よね。感謝はもう自然にできるようになってるけど、思いを出すのはやっぱり努力が要るのね。みんなはもう一所懸命努力して思いを出し続けるのね。 でも、感謝のほうは別に努力は要らんのよね。思いを出すのを止めたら感謝が湧き出る。もう自然に「ありがとうございます」って神さまが中から入ってくるにつれて湧き上がるように「ありがとうございます」が出てくるのね。
2013/06/04
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ありがとうおじさんの話思いを起こさないためにも「ありがとうございます」と感謝の心を起こせば、絶対思いは起こらないね。感謝は光だからね、思いは起こらないね、消えるだけね。感謝することによって、また過去の思いも消してもらえる、自然に消えていくのね。 だから「ありがというございます」というのは、もう神さまの働きの全部を現してるの。もう光り輝いた働きを全部現してるわけね、その中にあるの。「ありがとうございます」を唱えた途端にその光を与えてもらって受けて、結果がそのまま出てくるのね。ただ、この神さまは無限に無限に謙虚というね。だから、でしゃばってこないのが一番問題なんですけどね。思いを出した途端にこの神さまは引っ込むのね。ちょっと我を出すだけで、神さまは謙虚に引っ込んでしまうから「どうぞどうぞ、好きにしなさい」となる
2013/06/03
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ありがとうおじさんの話「ありがとうございます」って鍵は、もう最高の鍵ですよね「打出の小槌」ぐらいじゃないでしょう。別に振らなくても出てきますからね、はははは。 「ありがとうございます」一言で、本当に無限の無限の幸せが一杯になるんですけど。そこへまたもう一つ「無限のありがとうございます」と言うとまた増えるんでしょう。更に「無限の無限のありがとうございます」最近は無限の無限のありがとうございますを言いすぎじゃない。中にはもう一つ付ける人があるかも知れない。 でも、付けた方がいいみたいですね、付けたらその感覚が甦るんですね。「ありがとうございます」だけで普段はいいんですけど、偶(たま)に「無限のありがとうございます」とか「無限の無限のありがとうございます」って、これを心に唱えると、深みのある「ありがとうございます」に戻るんですね。だから、「無限の無限のありがとうございます」を中に持ってる「ありがとうございます」に変化しますでしょう。だから、偶にそれを使ったほうがいいですね。
2013/06/02
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ありがとうおじさんの話善悪含めて人の自由を縛るのは縛りなんですよね。感謝というのは、一人一人の自由な生き方を尊重するのです。それで「本当の個性のある素晴らしいものが、自然に中から湧き出てくるようにお手伝いしよう」とするのが感謝なんです。古い生き方には、型にはめて、縛ろうというのがあったんです。これが正いというと、それから外れたものをぜんぶそこへ縛って、ここへ持ってこようとするの、そして「悪い、悪い」って責めるんでしょう。マイナスに見ることも大きい責め言葉ですよね。言葉の槍で突き刺すような感じになるんです。だから人を責め裁く人は、逆に暴力をふるわなくても、やっぱり言葉の槍で相手を突き刺しているの、お返しを受ける可能性が大きいですね。 どんなマイナスの姿でもマイナスに見えても、「ありがとうございます」で神さんの助けを、そこへ下ろしてもらうということは、そこへ無限のプラスをどんと加えてもらうわけ。そうしたら中から自然に、いい姿になるしかないように、みんながなればいいし、「ありがとうございます」って感謝すればいいですね。やっぱり、マイナスの姿に感謝するんじゃなしに「無限のプラスを神さまから加えてもらう」という意味で感謝するのです。「ありがとうございます」で無限のプラスを神さまに加えてもらうのね。
2013/05/31
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ありがとうおじさんの話自分の見ている世界は全部自分の心を写し出しているというふうに見たら、自分が「ありがとうございます」を唱え出したら自分の周りの人は全部変わりだすね。だから、自分が「ありがとうございます」を唱えるだけで周りを全部変えてくださるね。 これは、もう自分の心を神さまが変えてくるの、だから心の写る周りの環境が全部変化するね。だから、自分の心が変化して変わるのね。だから、自分一人が「ありがとうございます」を唱えるだけでいいの。そうすると自分の心に神さまの光が、プラスがいっぱい入ってきて、心をプラスに変えてくださるからよね。それで周りに写る姿が全部プラスに変わってしまうね。 それで、後、感謝が深くなるにつれて、神さまが周りから現われだすのね。鏡に写る姿じゃなしに、神さまが現われてくるね、周りに全部ね。するとみんな全部輝いて見えるね、みんな祈ってる姿に見えてくるね。 「みんなが祈ってる」という姿をとってくるね。
2013/05/30
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ありがとうおじさんの話本当は最初からみんな神さまの愛に抱かれて、無限の無限の幸せが一杯!というのが本当よ。気づく気づかないは別にしてね。それはもう本当の姿よね。奥の自分だけがそうじゃないよ、その肉体を持って生きてるこの自分もそうなのね。神さまの大きい愛に包まれてるだけよね、本当はそうよ。ただそれに早く気づけばいいだけだけどね。気づくためには「一番必要なのは何か」というだけでね。 「ありがとうございます」ってね、神さまに心を向けるだけよね、神さまを呼ぶだけね。「ありがとうございます」って呼び続けたらいいだけね。そしたら自然に気づかせてくださる。 本当にね、この世も神さまの愛の塊に見えてくるよ、感じられてくるね。 本当にね、みんな一回消えて無くなったと思えば気づくのよね。 「もし、空気がぜんぶ消えたら」って考えてみたら、空気が無かったら生きられないもんね。
2013/05/29
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ありがとうおじさんの話「ありがとうございます」と唱えて「無限の無限の輝きが一杯!」というふうに言うと、光の中に自分を置けるからね、そこから自然に出てくるのが光の放射よね、光が発信されるね。 でも、思いの心だと思いを撒き散らすよね、するとみんなにマイナスを与える可能性が大きいでしょう。思いの縛りを与えてしまうこともあるよね。だから、先ず光に戻ったほうがいいね、神さまの光をいっぱい浴びて、それで自然にお任せした状態で光を振り撒いてもらうね。それも必要なところに必要なだけの光を与えてもらうのね、光の加減をしてもらわないとね。 強い光ばっかし与えたらいいのと違うのね、神さまに光の加減もしてもらいながら光を振り撒くそういうお手伝いよね。だから、先ず光に戻る「ありがとうございます」を唱えて光の自分に戻してもらって、自然に「お任せ」というのがいいね。 ありがとうございます
2013/05/28
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。ありがとうおじさんの話、「分別心」という、善悪を決めたりする「分別心」も思いの心なのね、感謝の心じゃないのね。思いの心は分別心を起こすね、比較の心を起こすのね。 でも、それでは本当の姿はわからないね、浅いのね、自由の無い執われた見方になるね。これを、やっぱり先ず感謝の心に戻してごらん、もっと自由な立場で、比較を超えて全てに無限の価値を見出せるね。 そうすると最初からいいものばっかしだったと気づくの。比較していいものを選ぶ程度じゃないのね。もう「最初から最高のいいものばっかし」と気づいた方がいいね。比較している間はまだ気づかないね。無限にいいものがいっぱいあるのに気づかない。見てる世界が狭いね、小さい部分しか掴んでないね。やっぱり部分に執われてしまうのね。 実際そうでしょう。比較する心で何を見てるかと言ったらね、つまらん小さい一つか二つなの、宇宙全体を眺めてないね、見てないね。感謝の心になってはじめて大きく眺めるでしょう、その時は全てに大きい価値を見出せるね。 人を比較するのでも同じよね。比較する人をごく僅かな人だけを見てるだけね。これはやっぱり執われた思いの心ね。宇宙の全人類を見てるのと違うよ、全ての人は見えてないね。 またこの世の人だけじゃないね、あの世にいてる全ての人を見てないね。感謝の心でないと、それは見えないね、気づかないのよね。だから、比較するというのはあまりいいことないよ。特に上下をつける、優劣をつけるのは良くないね。それは、思いの心だから、この思いの心はやっぱり消してもらう方がいいのね、楽になるね。 「思いを消してもらう」というのが感謝の第一歩なんよね。だから「ありがとうございます」を唱えてると、先ず神さまの方が思いを消してくるね、そういう比較する心をね、分別心をどんどん消してくれるから何を見ても価値を見出せるようにしてくれるよね。そうするとひっかかる心は消えてしまうね
2013/05/27
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ありがとうおじさんの話一番いい方法よね「ありがとうございます」って、心に唱え続けるのね。それが自分だけじゃないのね、自分の縁あるところへぜんぶ感謝の光は届くのね。神さまを呼ぶことによって、神さまの光が自分を通して周りの全てへ放射されるのよね、光をふりまいてくれるね。だから、大きい働きになるでしょう。 だから、幸せになる方法って、一番単純で簡単なの。不幸になる方法が難しくしてるのよ、神さまはね。難しいことをしてたら不幸になる。一番簡単なことをすると幸せになってしまうのね。 難行苦行してごらんよ、なかなか悟れないから。でも一番楽な方法よね「ありがとうございます」って唱えるのは一番簡単な方法ね。幸せになるしかないのね。神さまは、幸せになる方法は一番易しい方法にしてるのね。不幸になる方法は一番難しくしてるね。みんなが不幸にならないように難しくしてくれてる、最初からね。だから、一番優しい方法を選べばいいのよ、一番単純な方法をね。それが幸せへの道なのね。
2013/05/26
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ありがとうおじさんの話神さまの方は一所懸命先ず大きいマイナスを消そうとするね「早く消してあげよう」としてくるね。だからこの世にいろんなマイナス、七難八苦が出てくるのがそうよ、そういう意味よね。「先ずマイナスから消してあげよう」と言うのね。それも確認をとらないと勝手には消せないからというのでね、ちょっとだけ出てくるね。マイナスをちょっとだけ表面に出してくるね。本当の氷山の一角、もっと小さいよ、ほんのちょっと出るぐらいにして、それで「マイナスの言葉を今消しますよ」とサインを送ってくるね。それがこの世のマイナスよね。 その時に「あっ、消してくださってありがとうございます」と言うのがいいよ。文句言うと消してもらえない。消してもらったら困るというような生き方になるのね、文句を言うとね。 「ありがとうございます」と言うと「消してあげたて喜んでくれるのかな」というわけね、神さまの方は。だから、何があってもマイナスが出てくる度に、「大きいマイナスを、これも無限に大きいマイナスをこんなに軽くして消してくださった」というふうに受けると楽よね。するとマイナスが出てくる度に喜べるでしょう。本当に深い感謝になってくるね。そしたらマイナスがマイナスでないのね。神さまの大きいプラスの愛の働きを自分が受けたことになるね。大きい無限の幸せを感じたことになるのね。 本当の幸せというのは、いつもご馳走ばかり食べて満腹状態じゃないよ。どんなご馳走を食べても満腹になったらもう嫌になってくるじゃない。 呼吸も同じでしょう「あっ、美味しい空気、いっぱい吸った」って、吸うばっかしだと苦しくなるじゃない。そうじゃないね、一回吐き出さないと駄目よね、お腹を空かせないとね。どんなご馳走を食べる時もお腹をいっぱい空かせておくの。お腹を空っぽにしておくと、美味しいご馳走がさらに美味しくなるじゃない。 空気もぜんぶ吐き出して深呼吸すると「ああ、空気って美味しいな」ってなるのね。「幸せ」というのはそういうものよね。
2013/05/24
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ありがとうおじさんの話一番良いのは「ありがとうございます」たくさんね、唱える事ですね。それも与える心で唱える方が良いのね。何か願いを叶えたい、求める心だとちょっと損するのね。ま、それも効果あるんです。与える事には違いないんですけど。純粋に与える心でお祈りすると、「ありがとうございます」唱えると、本当に無限の効果があるんですよね。
2013/05/22
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ありがとうおじさんの話「ありがとうございます」という言葉はね、神さまの最高番組に波長合わす言葉ですよね。神さまの全徳の無限の無限の輝きがいっぱいという意味を中に持ってるんで、「ありがとうございます」を深くいっぱい唱える人が、大勢いてる所ね、ここが世界の中心になっていくんですね。それはもう必然的に神さまはそこに光を降ろしたいわけでね、必ず光を添えにやって来るんですね。だから、「ありがとうございます」唱える所には大きい光が降りるんです、必ずね。
2013/05/21
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ありがとうおじさんの話すべての神さまの働き、特性を全部中に束ねて持っている一つの言葉が良いんですね。「ありがとうございます」に全部あるんですね。幸せも、喜びもやすらぎもって、愛も、知恵もって、全部そうですね。「ありがとうございます」の一言に神さまの全部が含まれてて、それが無限に無限に輝いてるというね、働きとして存在するんですね。 で、「ありがとうございます」という言葉唱えて、そういう心に変えて貰ったら、理想の心がそこにスッと出て来るのね。その理想の心を周りへ投影して貰うんですね。「ありがとうございます」さえ唱えてたら、ね、自分の心を先ず理想の心に変えて貰って、腹立たないですよ。妬みも恨みも起こらないね。感謝だけ喜びだけ喜ぶようになるのね。 その心を神さまがね、「ああ、良い心だなあ」って認めたらね、大きい光を添えにきてくださるね
2013/05/20
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ありがとうおじさんの話神さまのお手伝いという気持ちでね、バックに神さまを置いて、それで「ありがとうございます」唱えると良いですね。「ありがとうございます」も神さまに唱えさせて頂いてるというね。神さまと一緒に唱えてるというのが良いんですね。 そうすると神さまは全体ですから、すべてが「ありがとうございます」唱えながら自分と力を合わせて「ありがとうございます」の感謝の光を宇宙に振り撒く事になるでしょ。だから自分の過去のマイナスの言葉を追い掛けて消して下さるだけじゃないね。皆のマイナスの言葉までも、それが形に出て来る前に消して下さるのね。神さまのお手伝いというね、楽な気持ちが良いですね。神さまと一緒というような感じでね。
2013/05/19
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ありがとうおじさんの話神さまを相手に「いつも新たに新たに受け直す」というのが本当の受け方よね。常に「与え尽す」というのが大事なのね「感謝」というのは「与え尽すこと」よね。「感謝する」というのは、結局、神さまの大きい助けを受けるのでしょう、神さまが自分を通して働いてくださるのよね。そうすると、神さまは何をするかというと、みんなを幸せにするために与え尽すだけなのよね。神さまの助けを受けたということは、結局「与え尽す生き方がとれた」ということで実証されるわけよね。 だから「感謝することは与え尽すこと」なんよね、ワンセット、本当はね。それが神さまの助けを無限に大きく受けてる姿よね。だから、極楽世界に住める。極楽世界に住んでる人は、みんな働き者よね。与え尽す生き方をとる人ばっかしで、自分のことは何も考えないね。「人の為に、人の為に」つて与え尽すだけの人が極楽に住んでるね。 でも、これを逆にすると、感謝を忘れて不足を言う人というのは、求めるばっかしでしょう、ぜんぜん与えないね。もし、与えてもお返しを求めるね、更に求めるのよね、与えた以上に求めるでしょう。結局は、求める心がマイナスを大きくするね。自分が求めたらまわりから求められるね、何倍も求められるのよ。それが順番に大きくなっていくと、マイナスがいっぱいになるね。 本当は、感謝も浅い感謝は「もらうばっかし」と思うんでしょう、逆よね。本当の感謝は「与えるばっかし」ね、与えて与えて喜ぶのが本当の感謝ね。
2013/05/17
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ありがとうおじさんの話◇「この命を神さまの御用にお使いください」と言うといいね。「神さまのお手伝いに生きたいJという気持ちを起こすと、いつも神さまに護られるのね。神さまの光がいっぱい入ってくるから大きく消してもらえるのね。 でも「ありがとうございます」をずーっと唱え続けたら思いに負けないんだけどね。もうちょっとよね。 ◇ずーっと一日に五・六万遍唱えてごらんよ、思いの出ないぐらい唱えてごらんよ、効果は大きいよ。いつもずーっと「ありがとうございます」を唱え続けるとね、思いが出なくなってくるよ、必ず
2013/05/15
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ありがとうおじさんの話◇思いは消してもらってても次から次に湧いてくるでしょう。心に溜めた思いは無限にあるよね、みんなね。その思いをずーつと順番に消し続けてくれてるのね。浮かび出たのを「ありがとうございます」で消してもらい、また浮かび出たのを「ありがとうございます」で消してもらうのね。そうすると、いつのまにか出てくるものがなくなったら思いが消えて無いのね。◇心に溜めた量がぜんぶ違うのね。少ない人はすぐにスカッとなるよね。でも、沢山溜めた人はまだちょっと時間をかけないとぜんぶ消しきれないね。その消しきる方法も、命を神様に預ける人だったら早く消えるね。「命を神様に捧げます、預けます」という気持ちで「ありがとうございます」と言えば大きく消えるから、早くスカッとしてくるけど。でも、まだそこまで行かない人は、ちょっとずつ消してもらうのね。片一方で消してもらっても、片一方で増えてるかも知れない。いろんな人があるのよね、まったく消えないのと違うよ。浮かび出たのは消してもらってるけど、まだ出てくるのね。だからもっとゴソッと消してもらう方法を選ぶといいね、そういう時はね。
2013/05/14
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ありがとうおじさんの話 与えたら与えただけ自分の過去の借りも減るでしょう。借りというのはイコール思いよね。思いがいっぱいあるというのは、借りが多いということなんよ。与える生き方をとったら必ず思いが消えていくね、気持ちが軽く・明るくなってスカッとしてくるね、そしたら「与えてる」という生き方をとってるね。 でも、借りが増えてるときは、思いが被さってくるよ、沢山ね。気持ちが暗く重たくなってくるね。その時は借りが増えてるときよね。「明るくなってくる」というのが大事ね。その時は与えてる量が増えているときよね。
2013/05/13
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ありがとうおじさんの話普通、思いの心を生きてるというのは「思い」は過去を掴んでる心よね。過去を掴むと新しい受け直しをぜんぶ忘れてしまうね。一瞬一瞬新たに神さまは無限の無限のプレゼントを与え続けてると言っても、今ここにあるものを一つ掴むだけで、他のことをぜんぶ忘れてしまうのね。「これは自分のもの」って「これが今、受けたプレゼント」というふうに掴んだだけでそうよね。それも過去をずーっと掴み続けたら、新しいプレゼントはぜんぶ拒絶してしまうのね。思いの心は、そういうふうに過去を掴むことによって生まれてくるね。 また、思いの心というのは古い心よね。新しい感謝の心じゃなしに、古い心が思いの心ね。それも古くなるほど光が乏しくなると、ちょうど空に浮かんでる雲のような働きをするのよね。霧と言ってもいいけどね。古いほど光のない雲よね、黒雲という感じね。まだ新しい思いだったら光り輝いて白雲なのね、でも光じゃないのね。また太陽でもないでしよう。 太陽が神さまというふうにみると、命の光り輝いた自分は、太陽から放射された光そのものよね。それは新しく現れて、現れてはいろんな働きをしてスッと絶対へ戻って消えて行くのね。でも、思いのほうはいつまでも残ってるね。思いは地上から・執着の心から生まれてきたものなのね、霧のように空に浮かんでるのよね。その思いの心がいっぱいになると見えるものが見えなくなってくるでしょう。霧が立ち込めたら周りが見えないよね。折角いいものがいっぱいあっても、美しいものがいっぱいあっても見えないのね。それが問題なのね。 この世に生きている人でも、神さまを、光り輝いた姿をいつも感じている人は思いのない人なのね。思いが邪魔をして見えなくしてるのね。その思いを消す方法もいろんな方法があって、一番得な方法は何かというのね。一番楽なのが「ありがとうございます」を唱えることよね、神さまを呼ぶことよね。 そうすると神さまがスッと現れて消してくれるのね。消してもらう方法も「命を神さまに預ける」という姿をとると、もう一つ大きく消してもらえるね。神さまを呼んでも必要なだけしか光をよう受け取らないのね、自分はね。その自分の心に溜めた奥深い心までは「光を射し込ませて消す」というところまではいかないね、表面だけよね、どうしてもね。でも「命を捧げます」という姿をとると、ゴソッと神さまに預けて消してもらえるから早く思いが消えるね。そうすると早く感謝の心が湧くように湧いてきて深くなるね。
2013/05/12
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ありがとうおじさんの話感謝の心は光の心よね、光を感じる心になるね、波長が合うのね。神さまと波長の合う心が感謝の心というのね。だから、いつも光を、神さまを感じ取れるね。そうするといつも何を見ても輝いて見えるのね。本当はみんな輝かないと嘘なのね、輝いていることに気づかないとね、それを感じないと嘘なんだけど。思いの霧が立ち込めると見えない、また色眼鏡をかけると見えないというような感じね。本当は「みんな無限に輝いている」というのが正しいのね。
2013/05/11
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ありがとうおじさんの話明るい所から暗い方を見るとみんなマイナスに見えてくる暗く見えるでしょう。でも一番暗い方から明るい方を見ると全部明るくプラスに見えてくるんです。謙虚な心というのは常にそうですね。一番下に降りて一番上を見ようとする心ですね。 傲慢な高慢な心と言うのは上に立って上から下を見ようとする心です。思いの心はやっぱりひとつのものをつかんだ途端にその立場を掴んで離せなくなるんです。そうするとひとつの立場から物事を見るというのはやっぱり上から下を見やすくなるんです。でも感謝の心はすごく謙虚な心なんです。感謝というのは一瞬一瞬受け直して受けた途端に神様にお返ししてという生き方なので常に謙虚になれます。だからその謙虚な心はもう常に一番下から一番上を見る見上げる心になります。全てを光一元に見ようという心です。そうすると全部プラスに見えてきます。特に神様をバックにしてみると全部バックが背景がいいので浮き上がって輝いて見えてきます。そういう生き方が常に常に全体を見る心になっていくんです
2013/05/10
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ありがとうおじさんの話ありがとうございますは一番奥に一点集中です。全部開けてしまうような感じですべての次元を通過する生き方になるんです。だから順番に一点集中で昇っていくのもいいんだけどそれは普通のやり方です・・時間がものすごくかかりますね。でも一番奥へ光源へ神様へ心を一点集中して高い次元へ上がっていくというのは一番やさしい方法です。光の柱が立つという感じの昇り方になります。すべての次元の扉を開けていくんです。でも一点集中というのはやっぱり必要なんです。その一点集中をありがとうございますに向けるのがいいんです。同じありがとうございますというのでもいろんなことを思いながらありがとうございますと言うのとありがとうございますだけに一点集中して一心不乱に唱えるのと大きい違いが出てくるんです。 だから時間を限ってただ一分だけという一点集中をするんです。一日中と言うとちょっと気持が分散しますし、大変だなと思って最初から諦めたりしますね。でも一分間だけと決めると呼吸を止めてでも出来るんです。この一分間の一点集中のありがとうございますがもの凄い力になるんです。それでまた一分間とやればいいんです。そうすると過去も掴まなくなります。これだけしてきたという感覚じゃないんです。一分間だったけど命がけでお祈りが出来たという感覚が出てくる、それでまた過去を掴まないからまた新たに命がけでお祈りするという感覚になってきます。あまり短いとちょっと難しいです、一秒とかいうと自分の気持がまだそこまで入らないから。 だから一分間くらいの単位ですると一日にそれを繰り返すとお祈りはぐーんと深まっていくんです。だから単に唱えるというのが一点集中の修行として本当は必要なんです。トイレに入ったら一生懸命唱えられる・・何もすることないものね。心が分散しないでしょう、だからお祈りもしやすいです。そういう一点集中のお祈りのしやすい場というのを、時というのを持つのがいいですね
2013/05/09
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ありがとうおじさんの話思いの心が溜まってくると思いに負けやすいでしょう、思いの奴隷になってしまう時がある・・ただ今その区別がついているから感謝の自分が出て来ていますね。その違いが判れば思いのマイナスのほうを神さまに預けたらいいです。預ける方法がありがとうございますと感謝し続けることです。そうすると神さまのほうへマイナスをどんどん渡していけて消してもらうから今度はその思いの影響を受けなくなります。感謝の心は自然に自分の持っているいいものをスーッと顕してきますね。あとは自然に出やすくなったらそれはもう一人前、本物です。だからありがとうございますを唱え続けたら大丈夫です。
2013/05/08
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ありがとうおじさんの話神さまの光をいっぱい浴びているんですね。神さまの心が自分の中に出てきたらしあわせいっぱいの心になるんです。お祈りというのは神さまとの出会い・対面です。神さまの心を自分が受け入れるのがお祈りです。だからそれがお酒を飲んで自然なリラックスした状態になって神さまの心を受け入れたとしたらしあわせな心になるでしょう・・その方法はいろいろありますね。ありがとうございますを唱えるのも神さまを呼んでいる訳です。一生懸命神さまを呼んで自分の中に迎え入れようとしているんです。それを唱え続けるうちにだんだんと神さまが中へ入ってきてくれたら喜びが湧き上がってくる、しあわせだなぁというのも湧いてくるんです。そうするとお酒を飲まなくってもいつもしあわせいっぱいなんです。
2013/05/06
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ありがとうおじさんの話眠るのは魂が肉体から抜けて神さまの大きいエネルギーを受けるために高い次元へ上っていく為に眠るんですね。その寝しなにありがとうございますをしっかり唱えて寝るといいです。そうすると高い世界へスッと上るんです。高い世界へ上がるということはありがとうございますを唱えて上っているんです。それで大きい光を受けていることになります。だから寝しなにありがとうございますを一生懸命唱えて寝ると寝てる間ずーっと唱えているんです。自分が気付かないだけです。表面の意識で気付かないだけで奥の意識ではハッキリ判るんだけどズーッと祈っているんです。
2013/05/04
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ありがとうおじさんの話思いの心では全託できないんですね。だから感謝の心が出て来て初めて全託の気持が出てくるんです。だから思いに負けている人にとったらまだ全託しなさいといってもチンプンカンプンで判らないですね・・だからそれを判った人がお祈りするんです。その人に教えるんじゃなしに自分がその人の為に祈ることです。それで感謝の心を引き出してあげるんです。それと同時に思いも取って消してあげるというのがいいです。 だからその人を天照御大神さまというふうに拝むんです、無限に無限に輝いているというふうに・・そうすると思いが神さまによって消されて少なくなると感謝の心が徐々に引き出されてきます。それで感謝の心が出てきたときに初めてお祈りがわかるんです。お祈りを始めるんです。また全託しようという決意も出来るようになるんです・・ちょっと時間がかかるかもしれないけどね。だから先ずお祈りできる人が先ず拝んであげるんです。そうするとその人も感謝できるようになります。
2013/05/03
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ありがとうおじさんの話この世に現れるマイナスは、殆ど大きいマイナスを小さくして消している姿です。今更悪いことをしてマイナスを積み重ねる時代ではないです。どんどんマイナスを消し続けている時代です。それもまだ気付かない人は、それより多めにマイナスを出してくれます。少しだけですけど。大分反省してきている人が増えているでしょ。人間の力では何も出来ないという、「もうどうしようもない」という、自力の生き方を諦めかけた人が増えています。それで、「ありがとうございます」と感謝に入る人、そういう人もドンドン増え始めています。 ただこの「ありがとうございます」という感謝の心を受けられる人は、自分の力ではないです。神さまだけの力でもないです。大勢の縁ある人がずっと助け続けてくれて、やっと大勢の人の代表として「ありがとうございます」と唱えるチャンスを与えて貰っているんです。
2013/05/02
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ありがとうおじさんの話もう生かされているということに気付けばいいだけです。「ありがとうございます」としばらく唱えたら生かされているという気付きがドンドン出てきます。そしたら、自力の生き方を捨てて楽になれます。そしたら、思いも消えて心がスカッとするんです。青空に太陽が輝くような心に必ずなります。もう、気付かれているんですね。「ありがとうございます」を唱えられたら全部解決します。
2013/04/28
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ありがとうおじさんの話本当の「お祈り」というのは、「ありがとうございます」の感謝です。願い事を唱えるのではないです。神様に「ああして欲しい、こうして欲しい」というのはお祈りでも何でもないんです。まあ、そういうのも含めて、低いお祈りかもしれないですけど。本当の正しい大きなお祈りは、「ありがとうございます」です。神様の働きを、そのまま受け取ることなんです。無限の無限のチャンネルを「ありがとうございます」で受け取ることなんです。そして部分部分のチャンネルを心ゆくまで味わうんです。
2013/04/27
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ありがとうおじさんの話祈りほど楽しいものはないです。本当は。祈りが全てです。本当は全てなんです。「ありがとうございます」という祈りの言葉は、全ての全てになるんです。だから「ありがとうございます」を唱える時の気持ちです。願い事を持って祈る必要はないです。損するよそれは。「これを唱えたら何か願いが叶うだろう」というのでは、小さすぎてもったいないです。 「ありがとうございます」を唱える時には、純粋な心・無心の心でいいです。神様の最高のプレゼントを受ける為に、その心を整えるために「ありがとうございます」を唱える。そうすると自然に神様のプレゼントを無限に一杯受けられるように変わります。だから願う事は何も無いです。既に与えられているのに気付いていけばいい。気づきが増えてくるんです。「こんなにも与えられていた」ということが分かってくる。
2013/04/26
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ありがとうおじさんの話神様に何も「ああして欲しい、こうして欲しい」と、頼む必要は、全然ないです。例えば病気をしてて、「病気を直して下さい」と、でもその番組が出てきます。病気をしている状態。頼んでいる状態の番組が出てきます。言葉通りになります。だから健康になりたかったら、「いつもいつも健康にしていただいて、ありがとうございます」って言えばいいです。もっと言うと、「無限健康をいつも与えて貰って、ありがとうございます」です。だから、言葉通りの番組がすっと出てきます。
2013/04/24
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ありがとうおじさんの話どんなものでも、神様に対しても、仏様に対しても、すべての人に対して、またものに対して、最後に「ありがとうございます」をつけますよね。「最後につける」というところが、もう凄いことですよね。締めくくるの大きい働きなんですよね。表には出てないけども「ぜんぶ護りきってくださる」という感じの言葉ですよね。だから宇宙の大神様になるんですよね。「ありがとうございます」も、私も小さいときから数えたら何億回になりますよね。でも、回数じゃないと思うんですけど、一回、一回に、また新しい光を感じますからね。その光の輝きの大本が「天照大御神様」という感じで受けてるんですけど。その奥が、まだ奥にあるんですよね。「無限の無限の輝きが一杯!」と出てきても、その奥にまだ無限の無限の輝きが一杯あるのよね。その全体像をとらえると、底知れない輝きがあるんですけど、それが「ありがとうございます」の一言よね。唱えることによってそれを感じさせてもらえる。まだまだ、私もぜんぶ感じたのじゃないですから、まだ奥が、奥がとあるんです。
2013/04/22
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ありがとうおじさんの話人生はすごろくに例えられると思います。さいころを振って出た目の数だけ進む。しかし、上がったところにまた「幾つ戻りなさい」というのがあったりするわけです。また、人生においては、感謝の心で生きるのと、想いの心で生きるのとでは正反対となります。感謝の心で生きると、神様が「幸せへの最短コース」とを選ばせるので、さいころを振ると、必ず上へ上がるようになっています。けれども、想いの心で振ると、「1進んでも、3戻る」というように、必ずマイナスへマイナスへと堕ちるようになるものです。 従って、「ありがとうございます」という祈りの言葉は、神様の助けを的確に受ける言葉ですから、必ず最短コースで上・本当の不動心へと導いてくれるのです。その途中の過程ではすべてプラスに変化するようになっています。
2013/04/21
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ありがとうおじさんの話ありがとうございますを大きく拡大すればいいんですね。無限の無限の輝きがいっぱいというようにね。太陽をぱっとそこに持ってくればいいんでしょ。そしたら黒雲なんて、瞬間にふっとんで消えてしまうというね、そんなもの放っておいてもいいんだという気持ちになれるでしょ。だから本当の神様を呼んでいるという気持ちでね、無限の無限の大光体が来ているんだと見たらね。そういう気持ちで、ありがとうございますを一回一回唱えると、黒雲にとらわれなくなってくるね。でも最初はそういう気持ちになれないかもしれないね。だんだんとそれに近づいていくんですけど・・・。神様がどんどんはっきり判ってくるんですね
2013/04/20
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ありがとうおじさんの話自分のところに、ありがとうございますって神様を呼ぶんでしょ。呼んだ人の周りの人の所にも来ていますよね。自分だけにと言っても、来れないですものね。小さくなって大きく来て下さいと呼んでいるんだから、自分の周りにいる人に同じように神様呼んで来てもらっている感覚に、状態になっていくでしょ。来て欲しくない人は離れてしまうでしょうけどね。来てもらってもいい人にとっては、誰か一人、ありがとうございますを唱えていると、周りの人全部、その影響下にありますよね。神様の助けをぱっと受けられるような状態になっていますよね。だから、大きく変化するんでしょうね。小さい神様だったら、自分だけに返ってくるんでしょうけれど・・・。
2013/04/19
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ありがとうおじさんの話感謝だけが湧き出るのが本当の綱引きね。そうすると神様の力、能力をいっぱいもらえるのね。「楽しくて楽しくてたまらない」というのが本当の綱引きよね。だから、世界平和にも大きく貢献するのね。 思いの心を撒き散らしたら伝染病のばい菌を撒き散らすより悪いね。思いの心を溜めて、それでなんのいいことをしてもマイナスを撒き散らすのよね。 でも、感謝の心、喜びの心でどんなに小さいことでもさせてもらったら、喜びを、幸せを撒き散らしてることになるの。人はどちらかを選んでるのね、思いを生きるか、感謝の生き方を選ぶかによって、マイナスを撒き散らすか、プラスを撒き散らすか。思いはやっばリマイナスよね。勝ち負けの思いってそうでしょう、争いの思いってそうよね。マイナスを撒き散らすね、人を不幸にするね、人を傷つけてしまうね。 でもね、感謝の心で、人の幸せを願う心、喜ぶ心はプラスの光を撒き散らすのね。だから、みんなが幸せになれるのね。ただ、人って自由があるから、何を選んでもいいのよね、どんな生き方も選べるけど
2013/04/18
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ありがとうおじさんの話「ありがとうございます」を唱えたら神様の助けを受けやすいのね。神様が助けに来てくれるのね。 でもね、思いの心で「自分の思いや願いを実現しよう、叶えよう」という心で「ありがとうございます」を唱えても、ちょっとしか受けられないのね。ちょうど、黒雲が白雲に変化するぐらいの助けよね。でもね「命を神様に捧げます」と言って神様とそういうふうに約束して「ありがとうございます」を唱えたら、黒雲や白雲が光に、太陽に変わるのね。太陽の自分に変わるように大きく変化するのね。だから、無限の助けを受けるのね。有限の小さい助けじやないね、無限の大きい助けを受けられる自分になるね。ここが大事なのね「命を神様に預ける」というのがね。古い自分を神様にお返しするというのがね。
2013/04/17
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ありがとうおじさんの話ありがとうございますだけで本当はいいんだと思うんですよね。ただありがとうございますを唱えるときの、唱え方ですよね。熱き祈りというのが大事なんですよね。ちょうど片栗粉を透明にするのには、熱湯をかけたらいいでしょ。瞬間にさっと透明になるのね。ぬるま湯では、なかなか透明になりにくい、半透明ですよね。だから一心にありがとうございますと言える時期があると、短期間で、すっと透明になるんだと思うんですよね。だから大きい問題を抱えたときに、一心に唱えるチャンスを与えてもらえることが、ある意味では透明度を早くするわけね。みんな同じで、誰でもそういうチャンスを何度も何度も与えてもらって、ある一定の期間、一心に唱えたらいいんですよね。そしたら心をすっと透明にしてもらえるよねありがとうございますが一番だと思いますよ。。
2013/04/16
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ありがとうおじさんの話「ありがとうございます」を唱えるのが神さまを呼んでるのね。呼ばれたらスッと中から湧き上がってくる。それで幸せ一杯にしてくれるのね。もう大丈夫よね「ありがとうございます」って唱えられるもんね。 何があっても「ありがとうございます」を唱えられたら、全部問題を解決してくれるし、答えを先に持ってきてくれるね。 計算でもそうよね。難しい何桁もある計算を時間を掛けてするのもいいけど、公式を当てはめたらスッと出るでしょう。もう一ついいのは「答えを持ってくるだけ」虎の巻じゃないけど、スッと答えを持ってくるだけでいいね、一番早いね。「ありがとうございます」と言うと、答えがスッと入ってくるのね。 だから、いろいろ問題を抱えてても「ありがとうございます」をしばらく唱えたら、問題が問題でなくなって消えてしまうのね。スッと答えが出てくるのね。「既に幸せだった」という事に気付いていくのね。 どんな問題でもそうよね。答えをスッと持ってきてくれるのが、この「ありがとうございます」の神さま。どんな問題が目の前に出てもすぐに解決できるね。無限の能力の持ち主やね。偶には問題に取り組んでもいいけどね。それに飽きたらすぐに答えを出せばいいよね。
2013/04/15
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