妖精の館

妖精の館

     


「終わった…!」
「だね」
 星夜はオリンピック選考試合である世界大会で出した自己ベスト(世界記録でもある)こそ超えられなかったものの、大会新記録を出し、出場した種目では全て一位を獲得していた。
 その他の種目でも、多少、ノーマークの選手が入賞したりしてはいたものの、大方の予想通りの結果で閉会を迎えていた。
 シンジと光一は、カヲルとはじめが出す、とういうか、ほとんど一方的にはじめが出していた敵意と疑惑の空気からやっと逃れられるとばかりに、ほっと息をついた。
 元々、他人に余り打ち解ける方ではないシンジは、それに+アルファして、『ほとんど知らない人間』の中にいる、というストレスにもさらされてもいたし。
 光一の方も、自分達の内情には関係のない人間(シンジ)にはじめが部外秘の事を、誤って漏らしてしまうのでは…、といらぬ気を回させられていた。
 その秘密の元、兼シンジの心の救い主は全く周りを気に留めている様子も無く他人事。いたってマイペースである。
 両者のストレスの元は、表彰が終わって星夜が報道関係者に囲まれて、更衣室に行くのを確認すると、光一の襟首をガッ、とばかりに捕まえてそちらへの道をたどろうとする。
「変な動きするなよ!」
 というカヲルへの捨て台詞を忘れずに。
 いざという時、自分では相手を止められないことを、納得しないながらも、理解しているので、それ以上のことはしようとしない。
 カヲルは特に返事はぜず、分かったとばかりに手を振っただけである。
 まともに反応しないのは、ある意味大人と言えるだろう。
「げ、元気な人だね…」
 少し間抜けではあったが、他にいう台詞の思いつかないシンジであった。
「シンジ君、少しは参考になったかい?」
「えっ?」
 あっけに取られていたところで、不意に問いかけられ、何のことか分からない。
「泳ぎだよ。カナヅチを直す参考になったかい?」
 シンジの様子を察して、少し言葉を追加する。
 雰囲気に呑まれて、まともに試合を見ていなかっため、返す言葉などあるわけがなかった。
 正確に言えば、『良く見ていないから、参考になるならない以前の問題』ということなのであるが、せっかく自分のために誘ってくれた相手にそんなことを口に出来る正確ではない。
 口に出来るようならば、アスカにああまでいいたい放題にはさせていないだろう。
 口ごもってしまったシンジを見て、カヲルはふとやわらかく声をかける。
「あまり、参考にならなかったみたいだね」
「うん、ゴメン。せっかく誘ってくれたのに」
「気にすることはないよ。強引に誘ったのはこっちだからね」
 そして、ふと思い付きを口にする。
「そうだ、今度一緒に泳ぎに行くかい?多少は教えられると思うよ」
「え、え、でも…」
「シンジ君を知りたいんだ。友達になるために」
 先ほどと同じように、突然の申し出に困惑した様子を見せていたが、その言葉に少し唖然とした顔をする。
「友達…?僕なんかと?」
 疑問と疑惑をないまぜにした様な口調で、。
 自分自身に向かっているのか、嫌悪を含ませて言う。
「シンジ君は『なんか』ではないよ。僕が好意を持った人で、これから友人になりたいと思った唯一の存在だよ」
 言葉にしてから、それが真実であることに気が付く。
 人と同じように自分に感情があったことに、衝撃を受ける。
 もっとも、元々人のような感情がないので、それが表面に出ることはなかったが。
「僕は…。カヲル君も僕のことよく知ったらきっと嫌いになるよ」
 自信なさげな笑みを浮かべて、シンジはうつむきがちに告げる。
「それはありえないね」
 どこに根拠があるのか、自信を持って、きっぱりと言い切る。
 もっとも、今は「嫌い」という感情を正確に理解しているとはいいがたい現在のカヲルにとって、それは真実かも知れない。
「たとえ嫌いになっても、好意の方が嫌悪より勝るからね」
 僕は嘘をつかないよ。
 やはり、どこに根拠があるのか分からないことを再びシンジに告げる。
 だが、根拠などなくても…。
 自信を持って言い切られると、-自分に自信がなければなおさら-問答無用で信じさせられそうになる。(悪い言い方をすれば、『洗脳』である)
 今回はそれに+αして、一見して自分に好意を抱いていると思わせる綺麗な笑顔付である。
 たいていの人間はだまされ、…もとい、根拠のない自信を信じてみたくなるだろう。
 しかし、シンジは手ごわかった。
「そんなわけないよっ。僕だって自分のこと好きになれないのにっ!」
 先ほどとは違って、強い口調で言う。
 叫ぶと言い換えてもいいかもしれない。
 それはまさしくシンジの心の叫びだったのだから…。
(なんで、今日あったばかりの人にこんなこといっちゃったんだろう…)
 不意に出てしまったその言葉に、それを吐いた当人が一番困惑していた。
 本来これほど素直に本音を口にするタイプではなかったから。
 しかし、覆水盆に帰らず。言ってしまった言葉を消す方法はない。
 言い訳は下手をすればさらに墓穴を掘ることに繋がるし、そうでなくても、更に言葉に信憑性を与えることになりかねない。
 カヲルに見せてしまった自分の心の内側の言葉の重さに、困惑を通り越して青くなり始めるシンジに、ゆっくり言い聞かせるように話かける。
「僕が好きになった君も好きになれないのかい?シンジ君は」
 掬い上げるように投げかけられた声に、ふと救われたように目を向ける。
「でも、何で…」
 チャラ~ラ~ラ、ラ~ラ~ラ、ラ~ラ~ラ…。
 問いに対する答えなのか、何か言おうとしたシンジの言葉をさえぎるように、携帯が「魂のルフラン」を和音で奏で出す。
 驚いて、ズボンのポケットから取り出し、画面を広げる。
『シンジへ。ミサトが「私にだけ!」奢ってくれるっていうから、先にいくね。加持さんも一緒よ(ハート)』
「ミサトさんもアスカも勝手なんだから」
 メールを読み上げて、思わず呟いてしまう。
「一緒に来た二人は帰ってしまったのかい?」
「そうみたいだ」
 あきれたようなため息を一つついて、返す。
「じゃあ、送って行ってもいいかい?」
「送るって…、自分で帰れるよ」
 絶句して返事をするシンジに苦笑して。
「言葉が足りなかったみたいだね。
 話がしたいと思ったんだよ、シンジ君と。それが友人になる第一歩だろう」
 にこやかに自分の考えを告げる。
「迷惑かな?」
「そ、そんなこと!」
 少し悲しげに告げられた問いを、慌てて否定する。
 多少強引ではあったものの、自分に好意を向けてくる相手を嫌いになるのは難しかった。
 何よりカヲルは顔が良いのはもちろんだが、少々強引なところを除けば、たいていの人が好意を持つだろう雰囲気を持っていた。(もしかしたら、強引さはシンジにのみ発揮されているのかも知れなかったが)
 性格はシンジにはまだ良く分かってないが、さほど悪いようにも見えなかった。
 一緒にいた少年の一人-はじめ-には決して好かれているようには見えなかったが、それに対して、同じ反応を返してなかったのは、人当たりのよさと取ることもできた。
 それはともかくとして。
 一つ疑問があった。
「友達って、なろうと思ってなるものなのかな?
 普通はいつの間にかなっているものじゃない?」
「人にもよると思うけどね。
 ただ、君はこちらから言わないと次に会うのも難しそうだったから」
「うっ…」
 自分の性格をしっかり読まれていることに、絶句する。
 自分に自信がないためか、シンジはよっぽどのことがない限り自分から積極的に他人に関わることはない。
 代わりに、相手の言うことに、素直に従う。
 逆らわないことで、波風を立てずに過ごして来たのだ。
 カヲルには逆らったが…。
「他人(ひと)を知らなければ、裏切られることも、互いに傷つくこともない。
 でも寂しさを忘れることも出来ないよ。
 人間は寂しさを無くすことは出来ない、人は一人だからね。
 ただ、忘れることが出来るから人は生きていけるのさ」
「……」
「友人や、家族は、人が寂しさを忘れるために生み出したものなのかも知れないね」
「そう、なのかな?」
「怖いのかい?人と触れ合うのが?」
「分からない…」
「そう…」
 悩むシンジに、静かな笑顔を向ける。
「傷つくことが怖いのは、君だけじゃないよ」
「カヲル君も…?」
「ああ、特に好きな相手に嫌われるのは、怖いと思うよ」
「また、捨てられるのが怖かったんだ。父さんにも捨てられた僕に、価値なんてあるとは思えなかったから…」
「価値は、これから見つけていけばいいさ。違うかい?」
「うん…」
 はじめがこの場にいたら、必ず言っただろう事。
 『この詐欺野朗』
 相手のことを解っているような言葉と、笑顔で丸め込んだのだから、確かに詐欺師もどきかもしれない。

「意外と近いんだね、シンジ君の家」
「最近引っ越してきたんだ。ミサトさんの所に」
「だから今まで会わなかったのかもしれないね」
「カヲル君はどこの中学行ってるの?学区は同じなのに、同じ学校にはいないみたいだけど」
「僕は私立。高林学園(こうりんがくえん)」
「あの進学校!…凄いんだね」
「そうでもないよ。小学校から通っているからね」
 傍から見れば、もうすでに友人に見える。
 そんな雰囲気で、シンジの家への家路をたどっていた。
 そうして解ったことだが、実は家はかなり近かった。
 近所、といってよい距離にあったのだ。
 大会会場から直線で、カヲルの家を結ぶ途中にシンジの家があり、ちょうど帰り道、に当たっていたため、シンジも、悪いから、と断ることが出来なかった。
 そう遠い距離ではなかったため、すぐに到着してしまったことに、思いのほかがっかりしている自分がいることに気づき、シンジは奇妙な思いを抱いた。
 本人余り自覚はなかったが、人肌に飢えていたようであった。
「じゃあ、メールするからね」
「メールしてね、じゃないの?」
 軽口をさえたたく余裕が出てきている。
「シンジ君からのメールを待ってたら、一年過ぎてしまいそうだからね」
 苦笑いを浮かべて軽口に返す。
 普通の、人間らしい言葉の応酬に、喜びを感じている自分に驚きながら。
 お互い、今まで自分が感じていなかった思いに驚きながら、それぞれの帰途についたのだった。


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