妖精の館

妖精の館

―敵か味方か―


 記憶にある、寺院の薬草のストックを思い出しながら、必要なものだけを選んで採集していく。
 森は多くの恵みを与えてくれる。
 しかし、無限ではないのだ。
 必要なものを、必要な分だけ恵んでもらうのが正しい姿だと、セレナは確信している。
 森の恵みを必要としているのは、人間だけでなく、人間以上に切実に求めているものもいるのだ。
 何よりも、本当に必要な時になくなっていては意味がない、という意見もらる。
 それゆえもあり、ストックが少なくなっているものを選びつつ、適量を採集していく。
 神殿で栽培しているものは、わざわざ採集していく必要がない。
 そうでなければ、立った数人で必要分を集められる訳がない。

 もちろん、多人数で収集するという手もあるが、唯一といっていい、心休まる時間を明け渡す気はなかった。
 神殿の人間といると、どうしても彼らが望む「セレナ・サフィール」を。
 サフィール家の跡取りを演じなくてはいけないため、とても疲れるのだ。
 それゆえ、多少の危険と大変さは無視している。
 最近は、セシルが付き合うこともしばしばあるが。

「……?」
 目をつけた、薬効のある木の実を集める手を止め、耳を澄ませる。
 かすかに、生き物のうめき声のようなものが聞こえたのだ。
「………っ」
 耳に意識を集中するセレナに、確かに声が届く。
 森に住む獣の類かもしれないが、たとえそうであっても、傷ついたものを放っておくのは信念に反した。
 意を決すると、相手を驚かせないためと、声を聞き逃さないために、足音をしのばせ、声のするほうへ向かう。
 もし、手負いの獣だった場合、自分の身が危険なのだが、本人、それに関してはあまり気にしていなかった。
 そうして、しばらく注意して進んでいくと、かすかな風に乗って、鉄錆に似た、かぎなれた臭いがしてくる。
 神殿の治療師として主に働いているセレナにとっては、とても嗅ぎ慣れた臭い。
「結構深い怪我ですね。そうでなくても、大きな血管を傷つけているみたいですね」
 自分の経験から、鉄錆に似た臭い、――血の臭いの強さからそう判断する。
 判断は、かなり冷静に下す。
 しかし、もう手遅れかもしれない、というあせりは、押さえ切れない。
 そうしてあせって歩を進めることしばし。
 視界に届いた「患者」の傷の深さにあわてて駆け寄る。
「チカズクナ、ニンゲン」
 無理に発音している、ひどく不器用な言葉。
 それを、牙をむきつつ発してくる。
 セレナの足を、止めるだけの警戒心と敵意、そして殺気を放っている。
 体を動かすどころか、言葉を発するのさえ、難しいと思われる、その傷。
 それにもかかわらず、自分の声帯では発することの難しい、セレナたちの言葉を使ってまで、近寄らせまいとする。

 自らの弱みを見せまいというように。
 人の目には、醜悪にさえ映るその姿。
 けれど、そのプライドと、強い意志の輝きに圧倒されて、美しいとすらセレナの目に映った。

(見たところ、大きな傷は2つ。
 肩から腹部にかけてのものと、胸元からの刺し傷。
 呼吸の様子から見て、肺は無事。ただし、吐血が見られるから、内臓を傷つけてるのは確か。
 多分、長剣による刀傷)

 遠目にだが、そう判断する。

(人の言葉を解し、片言でも操れることから考えて、上位種、ゴブリンロード。体格から考えても、間違いない)

 実物を間近で見るのは初めてではあったが、知識と照らし合わせて、そう考える。
 先の騎士団の戦闘においての生き残り。
 そう見て間違いないだろう。
 だとすれば、人間を警戒して当たり前だ。
 自分の部族をほとんど滅ぼされたのだから…。
 ズキリ、と心の奥できしんだ音を立てる部分がある。
 人にとっての正当防衛は、彼らにとって虐殺にしか過ぎないだろう事に。
 わかっていても、目をそらした自分の、ひとかけらの良心が、痛みを訴えている。

 やらなければ、やられる。
 生存競争の基本だ。
 けれど、人であったから。

 心があるから。

 ただ、そういうものだと処理することが出来ない。
 治世者の端に位置するものとして、住民の安全と、魔物たちと。
 どちらを取るかと問われれば、住民を当然のように選び。
 一の犠牲と、多数の犠牲ならば、一ですむほうを取る。
 その一になってしまった者達の怨嗟と、悲しみを知りながらも…。

 ギリッ。
 噛み締めた口元から、血が流れるのを気にもせず、傷を見つめる。
 人間のエゴが、それをつけたことを、知っているから。
 そして、それを否定できない自分を、知っているから……。

 けが人の神経を乱すことは、治療の上で良いこととはいえない。
 けれど、神経を刺激せずに近づく方法なぞ、セレナには無かった。
 遠距離から、相手を眠らせたり、気絶させる方法。
 本職の魔術師ならともかく、セレナはあくまで神に仕える僧侶でしかない。
 実は痺れ薬をナイフに塗って持っていたりするが、セレナの腕だと、止めを刺しかねない。
 この距離で、相手の状態では、外しはしないとしても。

 しばし熟考した後、唾で指をぬらし、風にさらす。
 そして風上に回り、香をたく。
 元々体力がかなり落ちていたためもあるのだろう。
 香を嗅いだ相手は、ふっ、と意識を失う。

「私は盗賊ではないのですが…」
 眠りの香の火を消して、しまいこみつつ嘆息する。
 微妙に、職業的なプライドが傷ついたらしい。


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