ギャング誕生その②



長男9歳・・・小学4年生。我が家の台風の目!可愛い、可愛いで育てたせいか、かなりのワガママに育ってしまった。
長女にチョッカイを出しては泣き、下の弟・妹にチョッカイを出しては泣かせ、最後は私に叱られ大泣きをする。   
これが毎日繰り返される。    宿題もギリギリまでしないし、ひがみ根性が強い。
長女とは6つも離れてるのに、何故か張り合うんだよね~姉を、姉とは思ってないので長女がする事は自分も出来る!な~んて思ってる。
こんなヤンチャなクソ坊主が、恥らう事なく大好きと宣言するのが「縫ぐるみ」。(イメージに合わない・・・)
下のチビ3人衆が取るものなら、血相かかえて取り返しに行く(笑)
長男はよく寝ぼける事が多い。いつだったか、泣きながら(二段ベッドの上から)降りてきて、縫ぐるみを探してた。真夜中に。(爆)
トラブルメーカーだけど、イザ!!って時はちゃんと下の子を守ったり(実は心配性)私を気遣ってくれる所もある。
優しい子なのです★(普段からそうだと嬉しいんだけど・・・)
ロイヤルコペンハーゲンB&G ビングオーグレンダールチルドレンズデイプレート1994年


Ⅱ・・・1994年3月41週、総合病院にて3276㌘で誕生。
妊娠8ヵ月の時に逆子になっったので、それから毎日逆子体操をしました。先生から「ギリギリまで待つけど、直らない場合は帝王切開だからね」と言われたので毎日体操に励み、10ヵ月前にはなんとか戻りました。

予定日を10日も過ぎ、一向に産まれる気配がないので陣痛促進剤を打ちました。それでもまだ、産まれてきそうに無い。
5日後、2回目の促進剤を打ち、ようやく陣痛が始まったのです。

あいにく主人は留守。
長女はどうしようと困り、近くに住む兄にTELをしたらこちらも留守。
仕方なく荷物を持ち、長女を連れて徒歩15分の道のりを歩いて行きました。病院に近づいた頃、留守電を聞いた兄が来てくれて長女を兄に預け病院へと入りました。

入院したのは朝の8時半頃だったと思います。丁度、検診の日だったので、病院へは連絡をせず直接行きました。
陣痛が始まってると受付で言うと、直ぐに内診をしてくれ、即入院と言われてそのまま重たい荷物を持ち病室へ移動しました。

そして・・・やってきました、恐怖の「浣腸」が。6年ぶりです。
分娩室のすぐ横にカーテンだけで仕切られたトイレで行いました。この時もやはり辛かった・・・。

病室に荷物を置くなり、直ぐに分娩室に連れていかれました。
昼食はとても食べる元気も無く、バナナを少し口にしてひたすら陣痛との戦いでした。
立ったり座ったり、横になってみたり・・・どんな体制になろうが、どれも辛くてひたすら「早く産まれて」と願うばかりでした。

陣痛が始まって16時間、お昼の2時を過ぎてようやく先生も来てくれて、周りがバタバタしはじめた時、やっと産めるのか~~と少し苦しみから解放された気持ちになりました。
しかし、ココからが本番。

ギャーのギャーのと騒ぎながらの出産でした。
そして、生まれる前から赤ちゃんは小さいと、先生によく言われたのにも関わらず、長男は3276㌘もありました。
産声は騒ぎすぎて覚えてません(笑)

出産後2時間ほど分娩室で休み、その後病室に歩いて戻った時は、同じ病室の人たちがビックリしていました。
「え~!?もう産まれたの?」「もう歩けるの~~!?」
そうです。私、直ぐに院内をチョロチョロと歩いてたんです。長女の時もそうでしたが、やっぱり産後ってとても興奮してるので、ジッとしていられないんです。
長女の時は、産後一週間(入院の間)嬉しさのあまり、ほとんど気持ちが高ぶって眠れなかったです。(眠くならないんです)

産後二日目に、兄と義姉が長女を連れてきてくれました。
長女は弟が生まれた事よりも、私と離れてることがとても辛かったようですが、私の前では涙を見せず、病院を後にした時、車の後部座席で泣いたそうです。

長男は来年10歳。
もう、10年がたつなんて早いな~としみじみしてしまいます。
それから更に10年後、彼はどんな成人になってるのでしょうか。
病気や、怪我をしないでこれからも元気に育っていって欲しいな。





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