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mayudream
アロマテラピーの歴史
Lesson1☆アロマテラピーって何?
・ アロマ=芳香,テラピー=治療 → 芳香治療
・ 直物から抽出された精油(エッセンシャルオイル)を使った自然療法
<日本アロマテラピー協会の「精油」の定義>
精油(エッセンシャルオイル)は植物の花、葉、果皮、樹皮、根、種子、樹脂などから抽出した天然の素材で、
有効成分を高濃度に含有した揮発性の芳香物質です。
Lesson2☆精油とは何か?
・ 精油には香りがあります。芳香性と呼ばれる香りのもとを精油が持っているのです。また、精油を空気中に
放置しておくと、どんどん蒸発していきます。これを揮発性といいます。
・精油は水や湯に入れてみると、表面に浮いたようになります。これは水よりも軽く、水には溶けにくい性質を表しています。ところが植物オイルには非常によく溶けます。これを脂溶性といいます。
Lesson3☆精油の正体
・ 精油は油脂ではありません。植物オイル(オリーブ油・アーモンド油・など)は植物から得られた油脂です。
比較的安定しており、毒性も少なく人体にマイルドです。精油はそれらの油とは別の有機化合物の集まりです。天然の化学物質があつまってできた有機化合物なのです。
・ その構造や働きによりグループ分けされており、アルコール類(ローズ・ゼラニウムなど)、エステル類(ラベンダー・クラリセージなど)、フェノール類(タイム・グローブ)などです。
・ 精油は自然からの贈り物ですが100%の安全ではありません!製油は植物のエキスを濃縮したかたちになっていますので、人間にとって有益な効果をもたらすとともに、毒性をも示します。ですから、取り扱いには十分な知識をもつことが大事です。しかし、きちんと使用すれば危険なものではありませんので安心して
使用をお勧めします。
・ 精油には独自の成分から精油独特の香りがして効用を示しますので、ご自分の好きな香りから効能を調べてみると、楽しいアロマライフが送れると思います。
Lesson4☆アロマテラピーの歴史
アロマテラピーという言葉は、フランスの化学者ルネ・モーリス・ガットフォセにより、
1928年に出版された「芳香治療」という本で知られるようになりましたが、植物が持つ
香りの特性を日常生活に取り入れることは古くから行われていました。
○古代エジプトでは…
ミイラを作る為に、シダーウッドや没薬、ニッキなどが防腐剤で使われていました。
○クレオパトラが…
老化防止にローズや乳香を入浴や香水に使用していました。
○ロンドンで…
ペストが大流行した時、フランキンセンスやパインがたかれていました。
古代文明における香り
新約聖書のイエス・キリストの誕生物語の中で、東方の三賢人は馬小屋で黄金・乳香・没薬をささげた
というくだりがあります。黄金は現世の王を象徴し、乳香と没薬は「神の薬」を意味するといわれ、まさに
救世主にささげる品物としてふさわしいものだったのです。乳香はフランキンセンス、没薬はミルラとして
今日でもアロマテラピーに用いられています。
医学の創始者
古代地中海世界ではギリシャ・ローマの文明を中心として発展してきました。西洋医学はこの文明を
基にヒポクラテス・テオスフラトス・ディオスコリデス、プリニウス、ガレノスたちがそれぞれ医学や薬学
植物学、本草学の礎を築いたのです。
ギリシャ・ローマ時代
・医学の祖ヒポクラテスは『ヒポクラテス全集』によってそれまでの呪術的な手法をしりぞけ現代にも通用する
医学の基礎を作りました。
・古代ギリシャの哲学者アリストテレスの弟子テオスフラトス(BC373~287)は植物学の祖と言われています。
彼は『植物誌』をあらわし、植物の分類・系統だった研究をおこないました。
・ ローマ時代の医師ディオスコリデスはネロ皇帝統治下のローマ帝国内で軍医として働いた人物です。
彼は広く各地を旅し、『マテリア・メディカ(薬物誌)』を著しました。植物は約600種類、薬物全体で100項目
におよぶ薬物・植物の分類に薬理・機能上から記しました。この書物は中世・近世ヨーロッパ、アラビア世界において千数百年ものあいだ利用された古典です。
この書物が現存する複写本としては512年に写本された「ウィーン写本」(ビザンチン帝国の皇女に謙譲されたもの)が有名で400近い植物彩画を含む491枚にのぼる羊紙本です。
・古代ローマの博物誌家であったプリニウスは大自然のすべての生態に興味を抱き、77年『博物誌』全37巻
を著しました。これはほかの誰もがなしえなかった大規模な自然誌で、植物に寄せる彼の愛情が示される書物です。
・ 古代においてヒポクラテスにつぐ医学者はガレノス(129-199)です。コールドクリーム(植物油などの油性成分と水を混合して作ったクリームで、使用したときに水分が蒸発し冷たく感じるので=コールドクリームという)などの創始者としても知られています。彼は古代の医学を集大成し、以後17世紀に至るまで西欧における医学の権威として崇められ、アラビア医学にも絶大な影響を与えました。
皇帝ネロ
皇帝ネロ(37-68、在位54-68)はローマ都市に公衆浴場を作り皇帝の名にちなんだ
公衆浴場をつくった。
216年に完成した、カラカラ浴場では浴場内で香油を塗ったり、鼻が敷き詰められたりした浴場も
あった。
アレキサンダー大王
アレクサンドロス大王(在位336-323)はマケドニア(ギリシャの小国)の王となりヨーロッパを支配し
インドまで広く大帝国を作りました。
彼が東方の文化をヨーロッパに伝えヘレニズム文化とよばれる豊かな文化世界を作り出しました。
東洋における医学の発展
インドにおけるアーユルベーダー
アロマテラピーに大きな影響を与えたと言われるアーユルベーダー医学はBC1200-1000
ごろにインドに成立した『リグベーダー』にその源流が見られます。
中国における本草学
西洋の『マテリアメディカ』とならび有名な東洋の薬草学書籍は、『神濃本草経』です。中国では、薬物についてかかれた本を本草書と言います。
アラビア世界、地中海世界での発展の要因
アロマテラピーの抽出方法で欠かせないのが精油蒸留法です。古代では浸したり蒸したりして(薫香・浸剤)
抽出する方法しかありませんでした。
しかし、ギリシャ・ヘレニズムの文化の時期に錬金術という技法が確立されて、アラビア世界での発展をとげていくのです。ヨーロッパではイスラム社会の黒魔術的な見方が長くありましたが、イスラム世界で独自の発展を遂げ今日の化学・アロマテラピーなどへの貢献となりました。
イブン・シーナ
イブン・シーナはアラビア世界の哲学者・医学者で980年頃ブハラ近郊で生まれました。
アリスと哲学にも精通hし、「現存するものはすべて必然である」との言葉を信じ、存在論を
展開していきました。医学者としても活躍しながら精油の蒸留法を確立させ、また治療にも活用し
「医学典範(カノン)」は17世紀ごろまで西洋の医学の教科書に使われていました。
中世医学
中世の社会では、協会世界でのアロマテラピーの発展がすすみ、またアラビア文化も取り入れながら
「サレルノ養生訓」とよばれる医学書が、イタリアの港町でヒポクラテスの街と呼ばれる医学の盛んな街で
著されました。
このカリキュラムはヨーロッパ全土で採用されまた、医師開業の際に「試験を受けて合格したものが開業
県を得る。」との制度が誕生したのもここでした。
僧院医学からハーブ医学へ
ハンガリー王妃の水
中世の僧院医学において「ハンガリアンウォーター」=ハンガリー王妃の水というのがあります。
ハンガリー王妃は若くして夫を亡くし、ハンガリーの政権を長年にわたって勤めていたため晩年
手足が痛み苦しんでいたところローズマリーなどを主体として炒め止め薬を僧院で作ってもらい
使用していたらだんだんと若がえっていき70歳であるにもかかわらず隣国ポーランドから求婚が
あったといわれています。後にこれは若返りの水と呼ばれています。
16世紀頃からのハーバリスト
ジョンジェラード :1597年 『本草あるいは一般の植物誌』を著しました。この書物は大西洋を
渡った書物として有名です。
ジョン・パーキンソン「広範囲の本草学書」も同じく大西洋を渡った書物として知られています。
また移住者にとってとても愛用された書物は、ニコラス・カルペッパー著” The English Physians”
は自らの健康を守り、占星術なども取り入れ自らの病をハーブなどで治すという書物でした。
ケルンの水
アロマテラピーの一つのエピソードとしてケルンの水は有名です。
17世紀イタリアの理髪師がドイツに移り住み、ケルンで「オーアドミラブル=素晴らしい水」を
売り出しました。それ画題聖子を納め、その事業を引き継いだものが「ケルンの水」として大々的に売り出し、
また、香水もこのころから始まり、1714年創作のエヒト・ケルニッシュ・ヴァッサーとして存在し最古の香水と
呼ばれています。それがフランスに渡り、「オーデコロン」となりました。
アロマテラピーの再発見・アロマテラピーという言葉の始まり
19世紀になると、自然原料から単一の化学物質が分離できる技術が発展していきました。
フランス人科学者ルネ・モーリス・ガットフォッセは実験中にあやまってやけどをしてしまいとっさに
ラベンダー精油をかけたところみるみる傷が回復しこの経験から、香りの治療的効果に着目し、
1928年「アロマテラピー」という用語を造語しました。
1920年頃にはイタリアの医師ガッティー、カヨラらは精油の心理的作用とスキンケアへの応用を研究しました。
ジャン・バルネによる実践
アロマテラピーは精油の薬理作用の研究から始まりましたが、フランスの軍医ジャン・バルネ博士は
抗生物質の使用に疑問を持ち、”aromatherapie”『ジャン・バルネ博士の植物=芳香療法』を著し、
第2次世界大戦の経験をいかした書物を書きました。
傷ついた兵士に芳香薬剤を用いて手当をし、驚くべき成果を遂げました。
かれはアロマテラピーの啓蒙活動にとりくみ、今日のフランスでのアロマテラピーの道筋をつくりました。
1970年頃~イタリアでの研究、ロベスティと日本での研究
1970年頃に香りが神経症やうつに効果的だとしられるようになり、ミラノの植物誘導体研究所所長
であったパオロ・ロベスティはイタリアにあるベルガモット、レモンなどの柑橘系にとくにこの緩和作用があることを
発見しました。日本では鳥居鎮夫(東邦大学名誉教授)が香りの心理効果を研究しました。
現在アロマテラピー協会会長であり、脳波を用いて研究しました。彼はイギリスのアロマセラピストとの交流も
あり研究の先駆者としても有名です。
イギリスでのアロマテラピー=ホリスティックセラピー
フランスでのアロマテラピーは医学的発展が中心でした。しかし、イギリスでは、ホリスティック(「全体的」、「包括的」などと訳され、体に起こったトラブルを心を含めた全体的な全人的なものとしてアプローチすること)な展開が好まれ、フランス人であったマルグリット・モーリーは「最も大切なもの、それは若さ」という書物で精油を
植物油に希釈してマッサージするという方法を示し、いちやくイギリスで広がりました。
また、この方法を継承し、ロバート・テイストランドは近代のアロマテラピーにおいて、精神病理などへの
処方箋をアロマテラピーで示したことで、バルネやモーリーを体系的にまとめ上げ1978年「芳香療法・理論と実践」を著し、彼がイギリスのアロマテラピーでホリスティック・アロマテラピーのリーダーとしていまなお活動しています。
Lesson5☆精油の働き 香りは鼻から脳の中心部に伝わり、各方面に働きかけます。
抗酸化(老化防止)作用、免疫調整作用、薬理作用などがあり、これらは単独でなく相乗的に働いていることが化学合成医薬品との違いです。
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