助産婦メモルの日常~Happy Birthな毎日~

Big生活



Big生活

ある日、糖尿病合併の妊婦さんが他の病院から紹介でやってきた。

その方はMさんといい、妊娠検査薬で陽性と出たために、前医を受診した。
そこでの採血の結果、血糖が異常に高く、糖尿病の指標となるHbA1cも高値を示していた。

糖尿病の妊娠は、もともと糖尿病を持っていた人が妊娠した「糖尿病合併妊娠」と、
妊娠をきっかけに糖尿病を発症する「妊娠糖尿病」とがある。

Mさんの場合、検査値の高さや妊娠前から肥満であったことなどから、
本人は気付いていなかったが、もともと糖尿病を持っていたのだろうという結論になった。

一般に糖尿病のママから生まれる赤ちゃんは奇形を持っていることが多いと言われている。
特に妊娠初期、3~7週くらいに高血糖が維持されていた場合に起こりやすい。
だからもともと糖尿病を持っている方は、厳重に血糖コントロールをした上で、計画的に妊娠することを勧められる。

Mさんが前医を受診した時には、妊娠8週になっていた。
8週の時点で、血糖は高値。3~7週の間も高血糖であったことが予想された。

医師は説明した。
赤ちゃんに奇形が生じることが多い。特に生命に関わるものとして心奇形の可能性が高い。
妊娠を継続したとしても、妊娠中毒症などになる可能性も高く、
子宮内胎児発育不全で未熟な赤ちゃんであったり、時には子宮内胎児死亡に至ることもある。
反対に4000g以上の巨大児になることも多く、難産になることもある。帝王切開になる場合もある。
また妊娠を継続することによって、糖尿病が悪化する可能性もある。

医師が暗に中絶を勧めていることは、Mさんにも分かった。
実はMさんの姉は先天性の障害を持っていた。
障害のある子を持つ親の苦労も分かってるつもりだった。

だけど、その一方で姉を囲む家族の暖かさも知っていた。
姉が元気で生きていることの喜びを誰よりも分かっていた。

Mさんはどうしても中絶する気にはなれなかった。
結論を出すのは今でなくてもいい、だけど早い方がいい。とりあえず家族と相談してみてください。
そう言われ、その日は家に帰った。

夫に病院での話をした。
検査薬で陽性が出た時には飛び上がる程喜んだ夫は、さすがにショックを受けた様子だった。
だけど「中絶したくない。」というMさんの気持ちを分かってくれた。
2人の結論はすぐに出た。中絶はしない、妊娠を継続する、と。
たとえ障害をもった子が生まれようと、2人でしっかり育てていこう、と。

翌日、Mさんは実家の母に連絡をした。
妊娠の報告、病院での言われたこと、夫と出した結論のこと・・・。

お母さんは大反対だった。
やはり自分のしてきた苦労を娘には味あわせたくない、という思いが一番にあるようだった。

電話で何時間も言い争ったが、結局納得してもらえないままだった。
翌日もその翌日も電話で話した。
それでも納得してもらえなかった。

次の受診日、Mさんは病院で妊娠を継続することを伝えた。
医師は驚いた。そしてまた前回と同じ話をしてきた。

「私はたとえこの子に障害があっても育てていきますっ!」
Mさんは泣きながら、叫んでいた。

「分かりました・・・。それならば・・・。」と、
医師が書き始めたのは、総合病院への紹介状だった。
産科だけではなく、糖尿病の管理をするための内科もある、
生まれた赤ちゃんをみれるNICUもある、万が一、手術が必要となった場合にも心臓外科の先生がいる。
そう言いながら、医師は紹介状を書き上げた。

Mさんは、この病院には見捨てられたような気がした。
追い出されているような気がした。
悲しかった。

それから数日後、Mさんは紹介された病院に行った。
現在の糖尿病のコントロール状況と赤ちゃんの発育を評価するために管理入院となった。
中絶手術をするかもしれない、ということも入院の理由のひとつだった。

Mさん夫婦2人の結論はすでに出ていたが、まだ実家のお母さんの賛成は得られぬままだった。お父さんも反対していた。
Mさんはできれば、家族全員の同意を得たいと思っていた。
母体への侵襲をできるだけ少なくするためには妊娠12週までの中絶が望ましい。
結論は早く出さなければいけない状況になっていた。

毎日、Mさんは泣いていた。

ある日、婦長さんがMさんとゆっくり話をした。
たとえ両親の賛成が得られなくても、お腹の中の子は生むつもりでいること。
お母さんからは「生むのはあんたの勝手。でもこっちは育児の手伝いも経済的な援助も一切しない。」と言われたこと。
生むつもりではいるけど、できれば両親の賛成を得たい、ぎりぎりまで頑張りたいこと・・・。

泣きながら話すMさんと婦長さんは1時間以上も話をしていた。
婦長さんにもわたしたちスタッフにもMさんの気持ちは痛い程分かっていたけど、
わたしたちスタッフからは「生んだ方がいい」とも「中絶した方がいい」とも言えない。
「あなたが正しいと思ったことは決して間違ってないよ。自分を信じてね。」
婦長さんの言葉にMさんはうなずいた。

それから数日後、Mさん家族と医師との話し合いの場が持たれた。
両親は相変わらず賛成はしていないようだったが、Mさんの決意に根負けしたのか、
「心から賛成することはできない。でも娘夫婦が決めたことだから・・・。娘達は頑張れると思う・・・。」
としぶしぶ妊娠の継続を認めた。

それからまた数日後、Mさんは内科に教育入院することとなった。
妊娠中に糖尿病が悪化しないように、食事療法や運動療法について学ぶための入院。
わたしたちスタッフに見送られ、Mさんは転科していった。

それから出産までの間、Mさんは何度か産科病棟に診察に来ていた。
赤ちゃんの成長は大丈夫か、心臓に大きな奇形はないか・・・。
超音波診察では大きな問題はなさそうだった。
しかし実際のところは生まれてみないと分からないもの。
Mさんにとって不安は残っていたが、妊娠経過は順調だった。

妊娠36週、少し早めにMさんは産科病棟に入院してきた。
分娩時は血糖コントロールが不良になりやすく、場合によっては低血糖など重篤になることもあるので、
陣痛開始からしっかり血糖コントロールをするためである。

そして驚いたことに入院から甲斐甲斐しく世話をしているのは、あんなに反対していたお母さんだった。
わたしたちスタッフにはびっくりだった。
きっと、あれからもMさんはずっとお母さんを説得してたに違いない。
お母さんも今はしぶしぶ・・・、という感じではない。
赤ちゃんの誕生を誰よりも楽しみに待っている、という感じだった。

妊娠38週に入って、Mさんに陣痛がやってきた。
分娩経過はいたって順調で、あれよあれよという間に分娩室に入った。

糖尿病のママから生まれる赤ちゃんは4000g以上の巨大児であることが多い。
Mさんの赤ちゃんもまた予測体重4200gだった。

赤ちゃんが大きめなため、分娩室に入ってからは少し時間がかかったが、
Mさんは、4200g台の大きな赤ちゃんを無事に出産した。

巨大児ちゃんは呼吸状態が悪くなったり、低血糖になることが多いので、点滴をとり保育器に入った。
大きな体には何だか狭い保育器。
その狭い保育器の中で暴れまくっていた。赤ちゃんは元気だ。

幸いなことに赤ちゃんの心臓にも奇形はなかった。

「自分を信じてよかった。この子を信じてよかった。
あの時、決断が違う方向だったら、この子はここにはいないんですよね。」
そう言って、Mさんは赤ちゃんの大きな・・・でも小さな手を触った。
そして赤ちゃんのその手はしっかりとMさんの手を握った。

赤ちゃんはその後も状態は安定していて、Mさんと一緒に退院することとなった。
Mさん夫婦、それぞれの両親、そして障害を持ったお姉さんもともに、
赤ちゃんは退院していった。

赤ちゃんに命名したのは、Mさんのお父さん。
たくさんの愛に包まれ、赤ちゃんは退院していった。

4200g台で生まれ、1ヶ月健診では5500g台。
「重くて重くて、沐浴もだっこも大変です~。このままBig生活が続くんでしょうねぇ。」
健診後、産科病棟に遊びに来てくれたMさんはとても嬉しそうにそう言った。

Mさんが名付けた「Big生活」という言葉にわたしたちは笑わずにはいられなかった。

そして今もあの赤ちゃんはBig生活、爆進中。




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