不安とプライドと自己嫌悪

不安とプライドと自己嫌悪

大学生



とにかく故郷を出たかった。
家にももうこれ以上いられないという気がしていたし、
拒食や過食の時代のことを知る人のいない場所に行きたかった。
それもあって、その高校的にはわりとマイナーな、関西地方の小さな女子大に入学した。

家を出て寮に入った。
寮は4人部屋で、築35年の驚異的な建物だった。
先輩との暮らし、しかも窓には網戸がなく、ドアの鍵も壊れかけ。
共同のお風呂に腕時計を忘れれば、30分後には行方不明になっている。
朝窓を開ければそこには鹿がいて草を食べている。
庭の池には夜な夜な狸が水を飲みに来る。
飲んで帰る深夜の商店街で、横を走りぬける気配はイタチのものだ。
思えば遠くへ来たものだ!
わたしはそう思い、最初はそれがストレスで、半ばノイローゼになりながら、毎月毎月実家に帰っていた。

でも2回生になるころにはその生活が楽しいと思えるようになっていた。
大学での勉強も楽しかった。
先輩との暮らしも、気は遣うけれども、楽しいことがいっぱいあった。
バイトもして、サークルにも入って、だんだんわたしは人生の楽しみ方を覚えていった。

3回生になって勉強が「研究」になるころ、寮も一人部屋に移ることができて、なおさら楽しくなった。
生活することも、研究も、バイトも楽しかった。
就職という漠然とした不安はあったけど、日々の楽しさを曇らせるほどではなかった。
帰省する回数も減っていった。
そのまま卒業できたなら、一点曇りのない4年間だったのだけど。

卒業間際、ものすごく仲良くしていたともだちと、つまらないことで喧嘩別れをしてしまった。
それは結構深刻な決裂で、わたしの人間性に関わるようなことで言い合いになったりもして、酷く辛い思いをした。
またか・・。中学生のときと同じ失敗を、わたしはまたやってしまうのか。
そう思ったら毎日泣き暮らすしかできなかった。

それでもともだちを全部失ったわけではなかったから、まあなんとか立ち直って卒業した。

卒業後4年ほど経ったある日、決裂してしまった彼女たちと再会することがあった。
すっかり元通りとは行かなかったけど、わたしたちは楽しかったときの思い出の力で、普通に話をすることができた。
それで充分だった。
わたしはこの先また、同じことを繰り返すかもしれない。
でもそのときは、過去の2回の失敗を、少しでも活かすことができる。
そんな不思議な自負が生まれた。
前向きなんだか後ろ向きなんだかわからない自負が。


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