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Happy life in Florence
レッスン報告
ほんとは5人集まらないと開講しないんだけど、わざわざこのコースがあるということでこの学校を選んできた生徒さんがいるので、やらないわけにはいかないでしょうということで、開講の運びとなった。
ソプラノのAさんは九州で今年カヴァレリア・ルスティカーナのローラをやるかもしれないということで、この役の研究をすることになった。
シチリアを舞台に、主人公のサントゥッツァが結婚前に男性を知ってしまったことで、教会はおろか彼の家にさえ入れないとまで、罪の意識を感じているのに対して、彼女が歌うローラは夫がある身で昔付き合っていた男(サントゥッツァの今の彼)と関係を持ちつつ、まったく罪の意識を感じていない女である。
このローラは本能的に女なのであって、フェロモンが満ち満ちている。夫にも愛され、元彼にも愛される彼女、舞台場から客席の男性達にも魅力的であると同時に、客席の女性から嫌われる位でなければならない。
などなど。
演出の先生が、役柄を奥深くまで掘り返し、自然だけど見る人の目をくぎづけにする動きを細かく指導されていた。
助手として、通訳をしていた私も勉強になるし、すごく興味深いレッスンだった。
次回はもう一度通してみて、他のオペラ(おそらくボエーム)も見ることになった。
2日め
今日もカヴァレリア・ルスティカーナ。
前回やったところをおさらい。
どうしても歌に気を取られて動きがぎくしゃくしてしまうAさんに先生が、「演技が歌に左右されてはいけないと同時に歌が演技によって邪魔されてもいけない」と注意。
決まった動きを効果的にみせる為には身体で覚え込んでしまわなくてはいけない。
今回演出の先生がつけた動きを少し紹介してみましょう。
まず、ローラの登場
「百合の花よ、美しい天使は天上にごまんといるけれど~」と歌う間はまだ姿を見せない。
姿が見えない分余計にローラの女性らしさを声で表現する必要がある。
「あーああああー」の当たりで登場。歌詞がないぶん自分の中に言い聞かせるように歌う。
手に持った百合の花は男性のシンボルを象徴するものであるので、ここで軽く、ほんとに気持ちだけ「ぎゅっ」っとにぎりしめる。
彼女の声が聞こえた瞬間から舞台にいる二人はフリーズ状態。
ローラに「あら、トゥリッドゥ、アルフィオを見かけた?」と声をかけられてフリーズが溶ける。
ここの会話は特に力まず普通に流す。
ローラの「E voi、sentite le funzione in Piazza」のvoiは二人にたいしてなのか、サントゥッツァにかけられた言葉なのか、それは自由に解釈しなさいとのことだった。
Aさんはこの言葉をサントゥッツァにかけることにした。
これは嫌みたっぷりに。それまでの会話と音色を変えて。
おとぼけのトゥリッドゥがぼそぼそ言うのを無視してサントゥッツァが
「今日は復活祭で、神様が全てをご覧になってるって彼にいってたとこなの」
あえて、ローラの方を見ずに。顔だけ心持ち彼女の方に向けて。
音楽がなってる間にじわじわサントゥッツァに近づき、「ミサには来ないの?」とローラ。
相変わらず嫌みたっぷりに。ここでもvoiを使っているけれどこれは明らかにサントゥッツァに向けて。
ふたつのまったく違うキャラクターを持つ登場人物がここでほぼ重なる。
ローラはサントゥッツァの斜め後ろにぴったりくっ付いて耳元でささやくように、
サントゥッツァはローラの方は向かず顔だけ彼女の方へ向けて
「私はいかないわ。罪を犯してない人なら行くことができるんでしょうけど」
もちろんローラが既婚者でありながら愛人と密通しているのを知っていて、わざといってるわけで、
挑発的に。
「私は神に感謝して、地面にくちづけするわ!」(神に祈りを捧げるとき、許しを請うとき地にくちづけする)
とあっけらかんとローラ。
「そうなさい、そうするがいいわ、ローラ」
ここでサントゥッツァはローラと面と向う。
サントゥッツァは頭に血が上っているけれど、ローラは平気。
罪の意識がある、ないでこんなに違う。
ローラは機嫌よく、特に気を害することもなくあっけらかんと教会へ
でも、入る直前に挑発的にサントゥッツァの方を振り向いて一瞬止まる。
みんなが彼女の動きに注目しているこのシーンでこの一瞬の静止はすごく効果的。
見るものが息を呑む瞬間。
ここまでが、前回のレッスンで言われたこと。
Aさんはかなり素直に吸収して、この2度目のレッスンではすごくいい感じにしあがった。
さらに教会から出てくるシーンもやって、その前のシーンとのコントラストも勉強した。
さて、ローラが教会に入った後ははしょって、というか、出番がないんですけど、ローラが教会から出てくるシーン。
「家へ帰ろう、かわいい嫁さんが待つ我が家へ~」という合唱に紛れてトゥリッドゥと一緒に出てくるローラ。
前半と同じく明るいローラだけれど、ほんの少しかげりがある。
なぜかというと、アルフィオが教会に来なかったから。
村人たちが、乾杯の合唱をしている間、トゥリッドゥのそばにいるローラ。
ここで、キーポイント。
演出の先生は、viva il vino spumeggianteのところで、頭を覆っていたベールを取るように指示。
合唱の途中トゥリッドゥが「貴方の愛の神に」をローラにワインを差し出す。
ローラは「貴方に幸運がありますように」と返す。
もちろん、トゥリッドゥの幸運とは、ローラとの逢い引きのことを含んでいるわけで、
「貴方の幸運の鍵は私が握っているのよ」と言わんばかりの音色と表情が求められる。
乾杯の間トゥリッドゥに物言いたげな視線を投げながらワインを一口一口ゆっくり飲む。
アルフィオの登場と同時にコップをすばやくテーブルに戻すローラ。
まるで、いけないことをしていたのを母親に見つけられた子どものように。
アルフィオとトゥリッドゥのやりとりに蒼白になるローラ。
ここでは動きは最小限に押さえ、「ああ、何がおこるやら」と歌うときは歌っているように見えないくらい自分自身の中で歌う。顔もあげず、口もあけず、身体は氷ついたかのように。
合唱の中から一人が近づき「ローラさん、あっちへ行きましょう」といいながらベールで頭を覆って連れ去る。
このベールを外したりかぶせたりがローラの慎みを象徴する。
前半に比べてローラは複雑な感情表現が求められる。
前半はもっぱら女を前面に出した、怖いもの無しな明るい女、
後半は群集の中に夫の付き添い無しでいることによる、居心地の悪さ、
しかも群衆の中でうわさになっている愛人のそばにいる、ちょっと刺激的な状況、
そこへ夫が登場し、まるで、逢い引きの現場を押さえられたような緊張感、
夫と愛人の間に生まれた緊迫感に対する恐怖。
ローラの暗い部分が現れるシーン。
Aさんは、この2つのまったく違うローラをうまく表現していて、演出家も満足げ。
とくに、退場するときの動きはとても自然でしかも、エレガント。
姿もとてもいい人で、女らしくてローラにぴったりと演出家も誉めていました。
次回はボエームのミミ。
3日め
今日の題材はプッチーニ作曲ボエームからミミのアリア。
昨年末に発表会で歌ったのだそうで、既に曲として完成度が高かったので、お芝居も無理なく吸収していました。
まず、最初にミミの役柄について。
ミミは街で人気のある女の子。だから、仲間内でミミという愛称が付けられているけれど、ほんとの名前はルチア。
歌いはじめる前に、彼女はもともと詩人が好きで、何とか射止めたいと思っていること、彼が鍵を見つけたことも実は知っていることを念頭に置きましょう、と演出の先生。
さて、最初のフレーズ、
私はtranqullaでlieta、キャンバスや布に花の刺繍をしているの、等などというのは「こういう風に彼に見てもらいたい。こう言えば彼を射止められるだろう」と思ってのこと。
彼女はたくさんの友達がいて、男性の間ではアイドル的存在なのだから、そんなおとなしいはずはない。
しかも、「なんて言うのかしら、魅惑について甘くかたるもの、ほら、詩ってよばれるような、ね、私のいいたいことお分かりになる?」なんて、ちょっとわざとらしいけど、効果的なアタックをする。
「お分かりになる?」のところはかるく微笑みを浮かべましょう。
ロドルフォの「Si」をきいてちょっとリラックス。
「みんなは私をミミって呼ぶの。なぜかは・・・知らないの」
知らないはずはないでしょう。みんなのアイドルだから特別な愛称がついてるので、人気の象徴でしょう。
でも、そんな事はどうでもいいじゃないという感じ。
リラックスしたミミは「一人で、自分の為にお食事を作って」と一人であることを強調。
「教会にはあんまり行かないの、でも、お祈りはちゃんとするわ」この辺まではちょっともじもじした感じ。
「一人で、一人ぼっちで住んでるの」ともう一度だれも男の陰がないことを強調。
ここもちょっと微笑みを浮かべて「わたしのいいたいこと分かるでしょ」と含みを持たせる。
ここまでは彼を射止めるために語るのだけれど、ここから先は自分の世界に入り込んでしまう。
全身から感情がほとばしる感じ。
彼女は自分の体が丈夫ではないことを知っていて、あとどれだけの春を見ることができるかというくらい切実な状況におかれている。
それだけに春の日の光は彼女にとってとても大事なもの。春の日のひかりに対する憧れと、あとどれだけ見られるか分からない怒りと悲しみがひとくくりになって、ドラマティックなメロディにのって感情がほとばしりでる。
プッチーニの音楽は地中海性の開放的に明るい愛の音楽ではなく、暗い小さな窓のない部屋にさす一筋の光のような押さえつけられた苦しい愛の音楽。
「4月の太陽はわたしのもの。E' mio!」と私のもの、私、私、と自分の世界に浸る。
感情を爆発させたあと、我に帰って、「花瓶の薔薇のつぼみを~」と歌うとき、あと幾度見られるか分からない春を大事に思う自分の感情を込めつつ、でも、ロドルフォに分かってもらおうとはさらさら思っていないミミ。
前半のようにまるで、謎かけをしてロドルフォに謎を解いてもらおうとするような歌いかたとは別に、ロドルフォに向って歌いかけるのだけれど、歌っているのは自分のうちに秘める思い。この違いを念頭に置いておいて欲しいと演出家。
難しいこというなあ。
最後の部分はつらつらっと歌い流しましょう。
narrareをなっらーれーと朗々と歌わないこと。
ここは、「ごめんなさい、こんな時間にごめいくだわね」とそそくさと切り上げましょう。
書いてみると、そんな事か、と、対して新しいことをいってるようには聞こえないけれど、いざそれを表現しろと言われると難しいもの。
Aさんは素直に身体が反応する人で、先生は「こんな風に、こっちをみて、こんな感じの表情で」という指示をだすと、違和感なく動きに取り入れられて、みるみるミミらしくなっていく。
発音がうまくいかなかったり、のどの調子が悪くて高音になると意識が音の方へいっててしまうのが残念だったけど、調子がよければきっと素晴らしいミミになるでしょう。
最終日
4週目の木曜日は語学コースの試験の日でもあり、午後4時から個人レッスンもあったそうで、生徒のAさんはちょっと疲れ気味。
それでも、がんばってミミのアリアをおさらい。
発表会でも歌ったし、コレペティのレッスンでもボエームをやってるそうで、かなりいい感じにしあがってました。
その後、カプレーティとモンテッキからジュリエッタのアリアのレチタティーヴォに芝居をつけたいというAさんの要望で、「ああ、幾度か」をやることになりました。
このアリアはジュリエッタが、愛するロメオと別れて結婚しなくてはならない状況におかれて、絶望している場面だけれど、泣きを入れてはいけない。深い悲しみをしっかり表現するためにはないてはいけないのだそう。これはヴェリズモではないのだから。
15世紀を舞台にした物語をベースに、法則にしたがって絵を描くように正確に音楽を作っていた19世紀の音楽家が作曲したオペラであることを念頭に置くべき。
ただし、映画で見るような役柄を無視した往年の歌手たちのように、歌うことにだけ集中して、芝居はそっちのけでいいというわけでは決してない。
胸の前で握りこぶしを作って「Ardo, una vampa, un fuoco, tutta mi strugge」のあたりをうたうなど、細かい動きで効果的にみせる事ができることを習いました。
このアリアは「eccomi」で始まるのですが、さて、いったい、誰に向って「eccomi」といってるのか?
演出家いわく、「客席に対してでもない、自分に言い聞かせるのでもない。花嫁衣裳を纏って、鏡の前に立っていると考えると自然じゃないかな?」
確かに。
なるほど。
鏡に映った自分に向って、「私は祭壇に捧げられる生け贄、愛するロメオは今ごろどこにいるのか?ああ、幾度なきながら天に向ってむなしく貴方を探したことか」
まるで、鏡に映った自分が自分に歌いかけているように。
鏡の中の自分が語り掛ける言葉に耳を傾け、その辛い状況に驚いているかのように。
鏡に映る自分の姿と、最終的に一体化することによって、現実から抜け出し、ロメオの元へ行けるかのような感覚。
と、なかなか興味深い解釈でした。
演出の指示にしたがって、鏡に向って歩くAさん、鏡に吸い寄せられるように近づいてもたれかかって歌っている様子はほんとに悲しげで悩ましげで、演出家の指示通りの効果が出ていました。
語学と、歌の個人レッスンと、オペラ演習、コレペティのレッスンと今月目一杯詰め込んでちょっと疲れ気味でしたが、なかなか充実したレッスンでした。
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