みみりんの心・・・時を重ねて

みみりんの心・・・時を重ねて

3   無理・・・




(3)   無理・・・




私はその夜 長いメールを彼のパソコンに書き綴った。


無理をしないと共有する時間が持てないこと

遠く離れた場所に逢いに行くには 無理をしないと行けないこと

主婦であり母であるため 無理をしないと何も出来ないこと

・・・そんなような事を したためたように思う。





すると、次の日の午前中 彼から長いメールが届いた。






<メール抜粋>




「無理は止めとこ、無理したら続かへん」

 言葉足らずをお詫びします。

問いかけに、問いかけで返すのは失礼な事と知っていますが、あえて聞かせて…、

『あなたと共有する時間』~時間を作る為の無理…距離を埋めれない無理…

私と話している時間だけが『共有する時間』かしら?

同様に、同じ空間に居て触れ合う事でしか気持ちは確かめられないかしら?




そりゃ幾千幾万もの言葉を並べるよりも、目を見つめ合えれば、手を触れ合えば、

お互いの体温を感じ合えれば…、きっともっと伝わるものがあるでしょう。

私とて、モニタに手を伸ばせば指先でも届けばいいのに…と思った事もあります。

でも、それだけじゃない何かが私たちには無いでしょうか?  

いや、あって欲しい。



あまり好きな言葉じゃないけど、世に「不倫」とか「割り切った関係」などといった言葉があります。

沢山のそういった話をチャットに居ると聞くことがあります。

人の気持ちなど割り切れるハズないのにね。



「愛」って、目的じゃないと思うんですけど、違いますかね?

上手く言えないけど、好きな人を想って豊かになる気持ち、

それって立派な「愛」じゃないかしら?

もちろん、締め付けられるような切なさに襲われます、

身体を引きちぎられそうな、やりようの無い 思いに苛まれます。

でも、それは「その人」が居るから、「その想い」があるから。

「その人」の存在を消し去れないのなら、「その想い」を拭い去れないのなら、

切なさや悲しさ、淋しさといったものを味方につけた方が、ラクじゃないかしら?




家庭を持ち、子供を持ち、家事をこなし、主婦であり母親である…。

全てが貴女なのです。いろんな顔の貴女が好きです。

もっと欲張りになってもいいと思います。

そして、自身のカテゴリーを決め付けるべきじゃないと思います。

「アレを犠牲にしないと、コレは無理」二者択一に追い込まず、「アレもしてコレもする」

「自分はコウだから、アンナ風には無理」決め付けないで、  

「コウだけど、アンナ風にも出来る」




どこまで追い詰めても自分は自分。

だったら、内に追い詰めず枠を開放してやった方が

今よりもずっと豊かになれると思います。




誰かを犠牲にする無理は、無茶です。

全てをなげうって、何もかも犠牲にして貴女のそばに居る私を

貴女は、受け入れられますか?

きっと、喜んではくれないと思います。

貴女に嘘の笑顔を見せたくないから、私は無理をしません。




ただ、臆病なだけかも知れませんね…               





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9月18日 更新しました








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