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1933年
ある日、職場の友人に誘われてビストロに行った。店に入るとすぐ、壁に貼ってあるデッサンが目についた。そこには、簡素で生き生きとした、独特のラインで描かれた青年の姿があった。マレーはそのデッサンから――あるいは青年から――眼が離せなくなった。近づいてしげしげと眺めた。
「なんか、お前に似てない?」
仲間の1人がマレーが思ったことをそのまま口に出した。
吊りあがった大きな眼、寄せたような眉と眉間のシワ、横一文字に結んだ薄い唇、しっかりした顎……確かに、奇妙なほど自分に似ていた。
「これって、誰の絵?」
マレーは何も知らなかった。
「ジャン・コクトーだろ、どう見ても」
誰かが答えた。
「画家なのか?」
「画家っていうか――おい、ジャノ、お前ってジャン・コクトーも知らないのかよ」
「知らないけど、有名人?」
工場の仲間たちは顔を見合わせた。
「有名だよなあ」
「普通知ってるよ」
「10代のパリジャンで『恐るべき子供たち』を読んでないヤツがいるとはね」
口々に言われて、マレーは自分の無教養が恥ずかしくなった。
「ジャン・コクトーは詩人よ」
ビストロの女主人が助け舟を出してきた。
「でも、素描も描くし、小説も書くし、評論も書くわ」
「この絵、本物なんですか?」
無知な青年が尋ねると、女主人は笑った。
「まさか、複製よ。でもステキでしょ」
マレーは頷き、仲間たちのテーブルに戻った。
酒と料理を注文し、みんなと飲んだり食べたりしても、この空間にはもう、自分とあの人の描いた青年しか存在しなかった。
マレーは自分の心の声を聞いた。
――いつか、金持ちになったら、あの人のデッサンを自分にプレゼントしよう……
1934年
、20歳になったマレーは、シャルル・デュラン座で端役をもらいながら、デュランの演劇レッスンを受けていた。とはいっても、先はまったく見えなかった。コンセンバトワールへの入学試験には落ちていたし、映画製作会社に写真と履歴書を送っても何の連絡ももらえなかった。
4月になったある日、コメディ・デ・シャンゼリゼ劇場の前を通りかかると、再び「あの人」のものに違いないデッサンが眼に入った。劇場で上演される新作戯曲『地獄の機械』のポスターだった。
――ジャン・コクトー
思わず立ち止まり、ポスターの右下に入ったイタリックのサインを指でなぞった。サインの下には星のマークが書き添えてあった。この人のすべてを知りたいという欲求が、抑えがたく湧き上がってきた。
友人に教えてもらった『恐るべき子供たち』をマレーは読んでいた。読み始めると、たちまち熱に浮かされたようになり、何度も読み返す結果となった。天上から放たれた矢が、まっすぐ心臓に命中したようだった。
マレーは劇場の裏にまわった。運命のように、ボックスオフィスの窓口が開いているのが見えた。そのまま引き寄せられるようにして、初日のチケットを買った。4月10日――それは明日だった。
1937年
、47歳のジャン・コクトーは、レイモン・ルーローの演劇クラスに通う若い役者の卵たちのために、自作の戯曲『オイディプス王』の演出を引き受けていた。
5月のある日、ヴェーカー・スタジオでオーディションを行った。4時開始の予定だったが、自分が1時間近く遅刻してしまった。役を希望する若者がすでに大勢集まっていた。
1時間半以上かけてひととおり見終わり、役者の名前と演技の印象をメモしたノートを閉じ、帰ろうとすると、1人の若い娘が近寄ってきた。
「コクトー先生、ちょっと待ってください」
「ん?」
確か、ディナ――と名乗った娘だった。
「もう1人、男の子が来るんです。いえ、本当は一度4時に来て待ってたんですけれど、先生が遅れたので……」
とコクトーの顔色を見ながら、
「いったん授業を受けに帰ったんです。ルーロー先生のクラスじゃなくて、デュラン先生のところの生徒なんだけど、今まで一度もサボったことがないからって」
「それは……熱心な生徒さんなんだね」
「そう、とても熱心で、いつも準備は完璧だって私たちの間では有名なんです。感じがよくて、飛び切りハンサムな男の子なの。7時には戻るって言っていました。お願いです。もうちょっとだけ、彼のために待ってあげていただけませんか?」
「君がよそのクラスから引っ張ってきたの?」
「ええ……はい、そうなんです」
コクトーは時計を見た。もうすぐ7時だった。
「かまわないよ。遅れて申し訳なかったのはぼくのほうだ。待させていただくよ」
コクトーの礼儀正しい言い方に、ディナはほっとした表情を浮かべた。
コクトーは窓際の椅子に座った。開け放した窓からは、通りのマロニエの木が、葉の中に白い花をつけているのが見えた。生い茂った緑、開きすぎた花が、窓のすぐそばまで迫っていた。屹立したオシベが花糸を伸ばし、サフラン色の葯をこちらに差し向けている。
あと何度この花が咲くのを見るのだろう――コクトーは外を見ながら、ぼんやりと考えた。彼は人生をすでに半分以上生きたと思っていた。もうこれ以上は、生きたくもなかった。
だが、5月の空はどこまでも澄んだ水色で、夏の予感を不可視のまましたたらせていた。
――ハートのエースが出なければ、君の負けだ!
急にどこからか声が聞えた。確かに声がした。コクトーは周囲を見わたした。いや、それが人の声でないことはコクトーにはよくわかっていた。かつて、ピカソの家を訪ねたときに、エレベータの中で天使ウルトビースの啓示を受けたときと同じ感覚だったのだ。天から霊感が降りてくるのは、しばしばではないにしろ、詩人にとってそれほど珍しいことではなかった。
「君――」
ディナは戸口に立って、「その彼」を今か今かと待ち受けていた。
「はい?」
「これから来る人は、名前は何ていうの?」
「ジャン・マレー君です。名前は先生と同じ。マレーは沼地のmarais……」
「ありがとう」
コクトーはノートにその名を書きつけた。
「あ! 来ました」
ディナが廊下の向こうに手を振って、合図をしている。
「マレー君、早く!」
コクトーは立ち上がった。
一陣の初々しい風が、窓から吹き込んできた。
1985年4月
、東京の青山にある草月会館に、フランスから1人の名優がやって来た。「COCTEAU/MARAIS コクトー芸術の化身・ジャン・マレーが独り演ずる ―― 偉大なる詩人の肖像 」(原題:” Cocteau Marais
”)と銘打った、2時間に及ぶ1人芝居を上演するためだった。台本の台詞はすべてジャン・コクトーの言葉から取って俳優自身が構成し、詩人の生涯を彼になりかわって辿ろうという試みだった。
俳優の名はジャン・マレー。すでに70歳を越え、主催者は「最後の来日公演」と銘打っていた。
幕が上がったとき、まず観客が見たのは、舞台の右端に置かれた墓石に横たわる彫像のような俳優の姿だった。それは彼が最初に世界的成功を収めた映画『悲恋(永劫回帰)』のラストシーンからの続きのようにも見えた。
彼は――あるいは彼の声を借りた詩人は――語り始めた。
「奇跡――それはこの大きな謎を前にして、2重の生を生きること、しかもひとつでしかないこと。それこそがぼくたちの秘密だ……」
呪術的な響きのある、しわがれ声だった。
「詩人が死んだ。詩人万歳。さらば、ぼくは溶け始める。ぼくたちの顔立ちが織り合わされる……」
やがて彼が身を起こすと、その髪が檸檬色に近い金色であることに観客は気づいた。モノトーンの衣装と舞台装置の中で、一筋のライトに照らされて明るく輝く髪の毛の色の効果は絶大だった。
「もうひとりのジャンが、ぼくにかわって姿を現わす。君はぼくだ。ぼくは君だ。マレーがその魂でぼくを照らし、ジャン・コクトーになりかわる」
2008年
、フランスが生んだ世界的名優ジャン・マレーが没してから10年が過ぎた。この年の4月、モンマルトルのテルトル広場とサン・ピエール教会の間にある小さな広場が、「 ジャン・マレー広場
」と命名された。
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