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これをやれる日本人女子シングル選手がいるとしたら、それは紀平選手だと思っていた。2018年にそう書いた(こちら)。だが、日本人女子としては初、世界をみわたしても56年ぶりという快挙をなしとげたのは、2018年当時は予想もしていなかった坂本花織選手だった。これには、ロシアの問題も絡んでいる。ロシア女子に対抗すべく3A以上の高難度ジャンプに挑んできた日本人女子選手は、ケガに泣かされてしまった。そういった背景のあるなか、自分の強みをしっかり伸ばしてきた坂本選手が3連覇という偉業を達成したのは、まさに神の配慮と言えそうだ。勝負は時の運ともいうが、自分でコントロールできない世界のことに振り回されることなく、地道に自身の道を究めていくことの大切さを、坂本選手の奇跡的偉業が教えてくれているように思う。ロシア人が坂本選手を見てどうこき下ろすかは想像できる。「私たちの選手が4回転を跳ぶ時代にトリプルアクセルさえない選手が3連覇など悪夢」「女子フィギュアが伊藤みどり以前に戻ってしまった」などなど…だが、坂本選手が長い時間をかけて磨き上げてきた世界は、観る者を幸福にする。スピード感あふれる滑り、ダイナミックなジャンプ。大人の雰囲気。ロシア製女王生産装置の中からベルトコンベヤで流れてくる、選手生命が異様なほど短いロシア女子シングル選手には、求めるべくもない魅力だ。今回の優勝を決めた要素をあえて1つだけあげるとすれば、それは連続ジャンプのセカンドに跳ぶ3Tの強さだろうと思う。これを回転不足なく確実に決められるのは、長きにわたる世界女王の条件とも言える。もちろん、それは単独ジャンプのスピード、幅、高さがあってこそだ。欠点は、やはりルッツ。これまで見逃されることも多かったが、今回のフリーではEがついてしまい、減点になった。テレビでもばっちり後ろから映されて、見ていて思わず「ギャーー」と叫んでしまった。・・・完全にインサイドで跳んでる・・・ う~~・・・ エッジがインに変わってしまう前に跳ぶことができるのだろうか、彼女? それをやろうとすると跳び急ぎになって着氷が乱れてしまいそう。といって、しっかり踏み込めば、今回のようになる。その状態がずっと続いているように見える。同じく3連覇のかかった宇野昌磨は4位という結果に終わったが、これはある程度仕方がないように思う。宇野選手ももうシングル選手としては若くはない。長いフリーで最初の高難度ジャンプで失敗すると、それが尾を引いてしまう。ジャンプ以外にもあれだけ上半身を、そして全身を使って表現するのだから、一言でいえば体力がもたないのだ。だが、宇野選手のショートは「至宝」だった。肩に力の入ったポーズで魅せる選手が多いなが、上半身の無駄な力をいっさい抜いた、それでいてスピード感あふれる滑りには驚かされる。至高の芸術品をひとつひとつ作り上げていくようなアーティスティックな表現は、ただただ息をつめて見つめるしかなくなる。こうした、「スケートとの対話」の見事さは、浅田真央がもっている孤高の表現力に通じるものを感じる。今回のショートはジャンプもきれいに決まった。宇野昌磨、完成形といったところか。これ以上はもう望む必要もないし、これまで日本シングル男子の誰もが成し遂げられなかったワールド2連覇という勲章だけで十分だ。マリニンの優勝は、当然だろうと思う。4アクセルに4ルッツ、4ループまで装備し、3ルッツのあと3Aを跳んでしまう選手に、今、誰が勝てるだろう? 鍵山選手の成長は見ざましく、すんげー4サルコウに加えて、4フリップまで来た。それでも難度ではマリニンには及ばない。プログラムコンポーネンツでは勝っているが、やはり得点の高いジャンプの難度で勝負はついてしまう。マリニンにはフリップを跳んでほしい。4ルッツ2回に3ルッツ1回。それは素晴らしいが、やはりバランスが悪い。これは他の選手にも言えることだが、ルッツとフリップを両方入れる選手が減ってきている。ジャンプの技術を回転数だけではなく、入れる種類の多さで見るようルールを変えるべきだ。以前も書いたが、ボーナスポイントではなく、すべての種類のジャンプを入れなかった場合は「減点」とするのがよいと思う。それも1点とか2点とかではなく、大胆な減点とすべきだ。すべての種類のジャンプを成功させたときのボーナスポイントとなると、なにが「成功」なのかという判断が難しくなる。Wrong Edgeを取られたら、回転不足を取られたら、それは「不成功」なのか、あるいは軽微なら「成功」とみなすのか、試合ごとの判定によって判断も違ってきてしまう。それよりも、ジャンプの偏りに減点するほうが明解だ。
2024.03.25
今季のフィギュアスケート、グランプリシリーズ女子シングルは坂本花織のための舞台といってもいい。素晴らしい流れと幅と、高さと、跳びあがってからの細い軸と速い回転と――加点要素をふんだんに備えた力強いジャンプに加えて、年々磨かれてくる女性らしい表現力。疑惑のロシア女子に対抗すべく高難度ジャンプに挑戦して、怪我に見舞われた他の才能ある女子選手を尻目に、トリプルアクセルも4回転も持たない坂本選手がタイトルを総なめにしている。「エビ1本食べてもお腹いっぱいなる」ほど食が細く、体も限界ギリギリと言えるほど細いのに、リンクに入れば驚異的なスタミナを発揮し、4回転ジャンプを次々決める。バレエ大国の整ったレッスンシステムにのっとって幼少期から表現力にも磨きをかけるから、ローティーン、ミドルティーンで大人並みの所作を見せる。だが、どこか、おかしい――なぜ彼女たちはあれほどまでに短命なのか。大きな大会で頂点を極めると、おはらい箱のアイドルのように、あっという間に跳べなくなり(それもみな同じパターンで、着氷で力なくヨロけるようになる)、次の女王がとってかわる。しかも、同じコーチのもとで同じパターンが繰り返される。こんな奇妙な女王量産システムに支配されては、フィギュアスケートそのものがダメになる。元来、フィギュアスケートでその人のもつ「味」が出てくるには、長い長い年月がかかるのだ。たとえば、宇野昌磨選手が20歳で引退していたら、今の宝石のようなパフォーマンスはなかった。今世界を魅了する彼の表現力も長い時間をかけたのちに出来上がったもの。もっと若いころの坂本選手は、かならずしも表現力で高い評価を得る選手ではなかった。だが、ジャンプでの高得点をテコに世界トップにのぼりつめると、少しずつすべての要素に磨きをかけ、歩んできた人生を想うとこちらも感無量になる演技を見せるまでになった。ショートカットの今の坂本選手の演技を見ながら、ポニーテールで一所懸命頑張っている「あのころ」の坂本選手の姿がダブる。それがまたこちらの胸をあつくする。女子の運動能力…というかジャンプ力が、ミドルティーンもしくはハイティーンで絶頂を迎えるにせよ、そこにフィギュアスケート選手としての演技力もピークを置くような、ロシアの「あるコーチの作り上げたシステム」は間違っている。さらに、それに追随するような採点運用も間違っている。時間をかけて選手が作り上げてきた世界、それも重視していかないと。ジャンプの回転数を追求し、追求し、追求したあげく、道々には才能ある選手の亡骸が累々、そしてやがては競技自体が高い崖から真っ逆さまに落ちる運命だ。そのアンチテーゼとして、坂本花織という選手がいると思う。「健康」を具現化したようなそのパフォーマンスは、見る人を幸せにする。彼女が今積み重ねている勝利は、これまでの狂った女子シングルへの警告だと、Mizumizuには映る。その意味で彼女は「フィギュアスケートの神の使い」にも等しい。ただ、ルッツがねぇ…今は気前よく加点も付けてるが、このままでは、いつか足をすくわれるでしょ…
2023.12.12
いやはや、いやはや…もはや誰も勝てない。グランプリファイナルのイリア・マリニンの演技を見て、ほぼすべての観客はそう思ったのではないだろうか。謎の加点で勝つわけでもなく、多分に主観的なプログラムコンポーネンツの爆盛りで勝つわけでもない。ジャンプの難易度に沿った、極めて分かりやすい勝利。フィギュアは基本的に基礎点重視の採点でいくべきだというのが持論のMizumizuにとって、今回のマリニンの勝利は、プルシェンコ独走時代の幕開けとダブる。時代が違うから、ジャンプの難度は当時とは雲泥の差があるのだが、世界中の一流選手を集めたワールドの場でも、「頭ひとつ抜けた確かなジャンプ力」のある選手。それがプルシェンコであり、マリニンだという印象。ほとんど誰も跳べない超高難度ジャンプである4Aの基礎点を下げるという、暴挙に等しいルール改正を受けて、「4Aは入れないかも」と言っていたマリニンだが、シーズンの幕があくと、このハイリスクジャンプをきちんと入れて、さらに、4ルッツ、4ループ、4サルコウ、4トゥループまで入れる。さらにさらに、3ルッツからの3アクセルという、すんげ~~シーケンスまで決めてみせた。あえてケチをつけるとすれば、フリップがないのが不満。4回転時代になってからのジャンプの偏りはずっと気になっているのだが、やはりここはルール改正が必要かなと思う。ボーナスポイントによる加点ではなく、アクセル、ルッツ、フリップ、ループ、サルコウ、トゥループをまんべんなく「入れなかった」場合に全体のポイントから減点をする、というのはどうだろうか。これならば多回転を競うだけではなく、ルッツとフリップの踏み分けができるか、高難度とされるジャンプは跳べても実は苦手とするジャンプがあるのではないか、という点が明らかになり、ジャンプの技術を見るうえで非常に有意義だと思う。ループを避け続ける加点爆盛り女王とか、アクセルが苦手なスケート技術絶対王者とか、要はMizumizuは個人的に、そ~いうのが嫌いなのだ(読者は分かってると思うが)。フィギュアスケートは世界レベルになればなるほど、莫大なカネが絡む。だからこそ非常に政治的意味合いが強くなる。タイムを競うような競技ではないから意図的な操作も可能だ。だからといって、「誰か」を五輪で勝たせるために、理不尽かつ無茶苦茶なルールをまかり通すなど、あってはならないことだし、いつまでもそれは言い続けると思う。ルッツとフリップの踏み分けと言えば、忘れられないエピソードがある。不正エッジによる減点という明確なルールができるずっと前、マリニン選手の母、タチアナ・マリニナ選手がNHK杯で優勝したことがある。表彰台の中央で喜びを全身で表すマリニナ選手。彼女に対する解説の佐藤有香の賛辞の言葉が忘れられないのだ。「トリプルジャンプ、トリプルジャンプと追い立てられて、ルッツとフリップを正しく跳べる選手がほとんどいない。マリニナ選手はきっちりアウトとインにのってルッツとフリップを跳べる選手」。記憶ベースなので表現は多分違うだろうけれど、そういった意味のことを言っていた。慧眼だと思う。話をマリニン選手に戻して、彼が「皇帝」の名にふさわしいと思う、もう1つの理由は表現力の格段の進歩だ。宇野昌磨選手の洗練を極めた表現とは比ぶべくもないが、マリニン個人としては昨シーズンに比べてぐっと「魅せる」プログラムになってきた。昨季までは、「あ~あ~、スタイルいいのに。やっぱりそれだけじゃないのね、フィギュアの表現力って」という感想だった。1年でこれほどブラッシュアップしてくるとは、素晴らしいの一言。回転力は神がかり的なので、もう少しスケートが伸びればよいし、ジャンプ以外の表現を磨いてほしいところだが、この1年での進歩を見れば黙っていてもやってくれるだろう。凄い選手が現れた。羽生選手が去り、ネイサン・チェンが去り、宇野選手も次のステージへ行く時期が来ている。それでも、次の輝かしいスターが生まれた。願わくば、怪我なく五輪まで行ってほしい。そしてその稀有な才能で、他の選手のレベルも引き上げてほしい。
2023.12.10
素晴らしい結果に終わったフィギュアスケート世界選手権大会。ペア、男女シングルで3つの金メダルなんて、「マジ、信じられない」。まずはペアの「りくりゅう」。木原選手が高橋成美選手と組んだのを見たときは、こんな輝かしい彼の未来は予想だにしなかった。いや、ペアで世界金が獲れる日が来るなんて、長らく想像さえできなかった。日本人のペアの場合、どうしても男性の非力さが目立っており、そのこと自体が越えられない壁になっていた。今の木原龍一選手の堂々たる体躯、力強いリフトを見たら、むしろそうした過去の逸話のほうが信じられないかもしれない。そして、三浦璃来選手という理想的なパートナー。身長差も程よく、技術力も高く、何より運命的に木原選手との相性がいい。試合の出来自体は…サルコウとスローループがね…どうしてもチャンピオンにはクリーンな演技を期待してしまう。次はすべてのジャンプをビシッと決めた、「りくりゅう完成形」が見たい。女子シングル。ワールド二連覇という、日本スケート史上初の快挙を成し遂げたのが、トリプルアクセルもクワドもない坂本花織選手だったということに、喜びと同時に不思議さも感じる。これを成しうる才能があるとすれば、それはむしろ紀平選手だと思っていた。しかし、大技と隣り合わせの怪我によって、彼女の姿はこの舞台にはなかった。坂本選手をこの快挙に導いたのは、彼女のもつダイナミックなジャンプとスピード感あふれるスケーティング。特に連続ジャンプのセカンドにつける3トゥループの質の高さと確実性が大きくモノをいった。課題だったルッツのエッジも年々きちんとアウトサイドにのれるようになってきていて、ショートは文句なし。フリーは…? 正直、最後にインサイドに流れ気味だったようにも見えたが、カメラの角度のせいかもしれない。女子シングルは、ジャンプに関しては停滞気味。トリプルアクセルをクリーンに決めてみせる選手がいない。ドーピングの疑惑なしに、この大技を含めたすべてのジャンプを決める逸材が現れるのは、もう少しあとになるかもしれない。改めて、トリプルアクセルの難しさを思い知らされる――そして、この大技を何十年も前に文句を言わせない完成度で成功させていた「レジェンド 伊藤みどり」の異星人ぶりを再確認する試合になった。そして、男子シングル。宇野選手は、もともとMizumizuの好みの選手。スケーティングの美しさ、表現の幅広さ、そして4トゥループ、4サルコウに加えて、その上のレベルである4ループと4フリップを跳べる技術力。宇野選手はクラシックでも、シャンソンでも、映画音楽でも、見事に音楽と溶け合う稀有な才能をもっている。「踊れる」という一言では言い切れない、見るものを幻視へと誘う魔法のような仕草・動き。他の舞踏芸術にはない、フィギュアでしか堪能できない世界観を構築することができる。加えて、演技全体から醸し出される、品の良さ。この上品さは、いったいどこからくるのか。どうして身につけることができたのか。誰か教えてほしいくらいだ。ランビエールというコーチを得たことで、「シルバーコレクター」で終わるかもしれないギリギリに立たされた選手が、日本人初のワールド二連覇という快挙を成し遂げるところまできた。つくづく、人生は出会いなのだと思う。スイスうそっぱち委員会は、この快挙を受けて、ランビエール侯を公爵に格上げし、「ランビエール公のいとも豪華なる時祷書with宇野昌磨」の製作を決めたという。と、(ほとんど誰にも受けないであろう)冗談はさておき、アイスダンスにも触れないわけにはいかない。村元・高橋組の演技は、アイスダンスという枠にとどまらない魅力がある。日本人のアイスダンスの演技で観衆がいっせいに立ち上がる。こんな光景は見たことがない。大ちゃんは人気があるから…という人もいるかもしれない。だが、「人気」などというものは、それ自体移り気なものなのだ。シングル選手として頂点を極めた高橋大輔が、まったく畑の違うアイスダンスの世界に飛び込んで、ストイックに自分を鍛えなおす。アイスダンスの日本と欧米のレベル差は大きい。年齢のこともある。こんな世界に飛び込むなんて、銃を構えて待っている人々の前に飛び出すようなものだ。彼は、その危険な賭けに勝ったのだ。、埼玉ワールドでのスタンティングオベーション、万雷の拍手がそれを証明している。彼らの演技は順位以上に観衆の胸に迫った。同時にアイスダンスという競技の可能性が広がった。この奇跡を天才・高橋大輔のエピソードだけで終わらせたくない。あとに続く日本人のアイスダンサーが、いつかこの二人を超える拍手を観衆から受ける日を、Mizumizuは夢見ている。
2023.03.26
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