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ミッドナイトドリーム
取引所の日々の泡風呂敷-PART1
窓から、浜が見えてる。
満潮。
波はさっきから行く手をさえぎる大きな岩を乗り越えて
その先に侵入しようとしてる。
何度も何度も乗り越えようとして、
どうしても乗り越えられないけだるい波のリズム。
「米ドル、動かないね」
こんな田舎に不似合いなセクシーな女の子。
フィル・ニンフ・アリーナの手になるブルーの制服、
そのミニスカートからはみ出した、
はちきれそうな太もも。
僕は一瞬、目がくらむ。
「ああ、そうだね」
僕は彼女の顔に視線を向ける。
彼女は窓に歩み寄って、
さっきまで僕が見てた波を見てる。
「オーストラリア・ドル、ここが一杯だと私は思うわ」
95.38
「まあね」
「どう?遊んでみちゃ」
「オーストラリア・ドルでかい?」
「いいじゃない。
五万ドルくらいなら、どうって事ないし」
僕は波に目を戻す。
ここが頭なら、あとは引いてくだけ。
多分、無理に上げすぎてる。
「じゃ、五万ドル、売ろうか?」
彼女は一瞬、
愛くるしい顔の上にわざとらしい笑顔を作ると
大きなお尻をふりながらカウンターに戻り、
僕にオーストラリア・ドル、五万ドル売りのチケットを
切ってくれる。
「コーヒー、もらえないかな?」
「何にする?」
彼女は視線で壁のメニューを示す。
ああ、そうか。
モカ、マンデリン、キリマンジャロ、ダブリン、リベリア、
ゲージ、ボソン・・・、
「昔は香りを楽しむことも、
味を楽しむこともあったんだけど
今じゃ、ただの、カフェインの補給さ」
「あら、あたしも、おんなじ。
22年も人間やってると、
チリとアクタが身内にたまっちゃって。
と、言った所で、今さらね。
昔のわたしは、そりゃ素直でいい子だったわ」
「君のその特別な美しさも、
君に特別な事をしてくれなかったって、訳?」
「あら、あんた。
誰にでもそんな事、言ってるんでしょ?」
「まあね」
「ちょっと、あんた。下がりはじめたわ」
いきなり値段が落ちる。
会話に気を取られて、僕は米ドルを売りそこなう。
オーストラリア・ドルはぐんぐん、下がってる。
「どうする?とりあえず、ここが底だよ。
これ以上下がるけど、ここから、少し反発するよ」
「ああ、それは買っちゃって。気が散るから」
彼女はテーブルの上からチケットを取り上げると
レジに向かい、チケットの上に決済のスタンプを押す。
決済の済んだチケットをレジに入れ、
変わりにその分の小銭を僕の手元に並べる。
♪僕が彼女に、ニッケルが欲しいと言ったら
♪彼女は僕に20ドル、くれた。
20ドルをどうやって地面に打ちつけたらいいのか?
悩ましい。
♪アーリー・イン・ジ・イヴニイン・・・
-2-
この取引所は僕のアパートのある場所からバスで一時間。
僕のアパートのすぐ近くに取引所の本社が有るんだけど
僕程度じゃとても、とても、そんな場所で
仕事させてもらえない。
一時間もかかるなら、なんで車じゃなくバスなのって?
うん、仕事がきつい。
大きな勝負の後は正気じゃないから
僕は安全運転を保障できない。
それに何も考えず、ぼんやり過ごせる時間はありがたい。
僕が初めて彼女を見たのは
本社ビルの前の大きなスクランブル交差点。
夕方の入り口で昼の明るさが陰り始める頃、
僕は交差点の本社側で信号が変わるのを待ってた。
すると突然辺りが暗くなり始めて
はっと気づくと回りの物の動きがが全て止まってた。
やがて、色も音も消えうせて
薄暗がりのモノトーンの世界。
驚いて回りを見回すと空の遠くから
強くて輪郭のはっきりした一筋の光が降りてきてた。
それが向こう側の交差点の人ごみに到達すると
光の中に無茶苦茶セクシーな女の子が立ってた。
この世のものとは思えない彼女のセクシーさに
僕は思わず立っちゃてる。
動かない彫刻の群れの中に生き生きと一人の天使。
そう、それが彼女。
信号が変わると同時に、いきなり解けた魔法。
突然明るく輝いて動き始めた世界に面食らい
僕は彼女を見失ってた。
勿論、探し回ったさ。
でも、その日から
時間が許す限り街中うろつき回っても
僕は二度と彼女に出会う事はなかった。
それがある日、不意に、この取引所に出現したって訳。
僕が彼女を見る視線は『この世の天使』に驚いてる視線。
彼女は僕の視線が捕らえてる物の美しさに
すっかり驚いてしまってて
ずーっと長い間、僕と口をきいてくれなかった。
本当は僕と話したい彼女。
でも、彼女は僕と親しくなって口をきいたりすると、
一瞬で、正体がばれると信じ込んでた。
ばれたらもう二度と、そんな視線で見つめて貰えない。
それって余りに勿体無い。
少しずつ、本当に少しずつ、
彼女は僕が幻想を見てるんじゃないらしいと
気づき始めた。
で、彼女が幾ら考えても解く事の出来ない疑問。
『じゃ、どうして
そんな美しいものを見るような目で私を見るの?』
♪アイ・ドン・ノーオ・アーーイ・ドント・ノー
タララーラ、タララッタララ・・・・
-3-
「ねっ、明日から私、場所、移るから
貴方も荷物、整理しといた方がいいよ」
「えっ、君、ここから居なくなるの?」
「うん」
「うんって・・・」
彼女が僕の日常の風景の中からいなくなるなんて。
今更、そりゃないよ。
彼女なしじゃ僕は明日からどんな風に
肺に吸い込んだ空気の中から酸素を取り出し
取り出した酸素をヘモグロビンと結合させて
そのヘモグロビンを体の隅々まで運んだらいいのか
分からない。
いやだ。彼女の居ない人生なんていやだ。
「人の言う事良く聞かない人ね。貴方って。
貴方も私と、一緒に来るの」
僕はふーっと安心して、思わず顔から笑みがこぼれる。
僕は凄くうれしい。
「あんたに川にでも飛び込まれると
私、寝覚めが悪いから。
ただ、それだけよ。
誤解しないで」
「うん、しない」
僕はうれしくてにこにこしてる。
「で、明日から何処に行くか分かる?」
機嫌良さそうに彼女が微笑む。
「君の行く所」
うれしそうに僕は答える。
「そう?じゃ、私は何処に行くの?」
「えっ?」僕の思考が停止してる。
「君の行く所なら、たとえ火の中、水の中・・・」
うん、そう。
「だから私は火の中に行くの?水の中に行くの?」
「えっ?」僕の思考が停止してる。
彼女は呆れて僕に一枚のメモをくれる。
「明日から貴方はここに来るの」
僕はメモを手にしたまま
間近に迫った彼女の顔に見惚れてる。
彼女はちょっと首を傾げて
やれやれって感じで僕を見てる。
何て美しいんだろう?
彼女は泡の立ち方が
『まあ、それなりの仕事はしたわ』風の
ミルクセーキを作ると
「一緒に、飲みましょ?」
僕をテーブルに呼ぶ。
彼女と向き合ってミルクセーキを飲んでるなんて・・・。
こんな幸せあるだろうか?
そりゃ彼女は他の男とドライヴに出かけたり
泳ぎに行ったり、その他諸々、色々してるけど
僕は未だ彼女のちょっとした知り合いに
過ぎないんだから。
「私、本当はこんな所に来る筈じゃなかったの。
何年か振りの休暇だったの。
でもさ、面倒でしょ、何処に行くか決めるの。
モナコか、リオか、マイアミか。
面倒な思いして出かけてって、挙句、言葉は通じない。
私、馬鹿みたいに笑ってるのやなの。
元が馬鹿だから。
で、ぐずぐずしてるうちに
新しいシステムに切り替えられない取引所が
いくつか有るのが見つかって、
急がなくちゃならなくて
特権レベルのエンジニア達は皆、手一杯で
で、あたしがここに送られてきたって訳。
思えば懐かしいわ。
思わなくても懐かしいんだけど
私のキャリアはここから始まったの。
そんな事もあったから引き受けたの」
彼女と二人、マイアミのビーチ。
白いビキニ姿の彼女。
うーん、セクシー。
赤いビキニ姿の彼女?
今よりずっと若い。
えっ、赤に白い水玉?
「うん、私、ちっちな頃、その水着だった。
フリルが付いてて可愛かった」
砂浜で日光浴してる小麦色のすらりと伸びだ肢体が
白くて柔らかな愛くるしい「あんよ」に変わる。
僕は彼女を見ながら感じる。
おお、大きくなったもんだ。
「おかげさまで」
彼女は春の光のようなオーラの真ん中で微笑んでる。
-4-
彼女から貰ったメモの事は
僕は夜、寝る時まで忘れてる。
さて、寝ようかって何気なくズボンのポケットに
手を入れた時、僕の指がメモの紙に触れる。
何と彼女の手書きのメモ。
僕の心は妙にときめいて、僕はちょっと恥ずかしい。
軽くメモの紙にキスなんかしてみたりして。
僕はメモを読んでみる。
何か小さな女の子が一生懸命書いたような文字。
『せんせいにしってもらいたいけど、
だれにもいってもらいたくないとくべつのこと』
えっ?
暗号か?
さんざん眺めた後で
ようやく僕はそのメモの正体を思い出す。
これはシーラがトリイに宛てて書いた最初の手紙。
この前ネットのオークションで
僕が持ってたジャン・ソオル・パルトルの
『むかついて、その後』の初版本と交換したもの。
この取引に関しては色々意見があると思うけど
僕はとてもいい取引だったと感じてる。
画面の向こうのコランって奴も喜んでたし。
さてと、目的のメモはと・・・、あっ、これ。
あらら、同じような文字。
シーラ、幾つだっけ?
彼女は?
まっ、いいか。
『ちょっと、待って。
読まずに食べないで。
でも、読んだら食べて。
明日から本社のVIPルームのフロアに来て。
フロアに来ても、私を探したりしないで。
違う、違う。フロアに来たら私を探して。
貴方の席は売りやさん達のはずれがいいと思うわ。
そこだと、私のカウンターに近いし。
あっ、私ったら、ヒントあげちゃった。
あっ、あげてもいいんだ。
もう、いや。私、男の人に手紙書くの苦手。
だって、ぽろりと本音が出ちゃうんだもの。
じゃね、待ってる。
あっ、って言っても、変な意味にとらないでね。
かしこ、そうそう、もうとく、おわり、ふぃん』
本社のVIPルームだって?
僕が?
そんな場所に着てくものがない。
魔法使いのばあさん、この前、電話番号変えちゃったし。
別に僕としたら12時迄で一向に構わないんだけど・・。
本社前で、何度かブラッディ・マリーを見かけた。
赤いフェラーリのオープンがスイっと着いて
ドアが開いて路上に立つと
今、フェラーリから降り立ったとは思えない
ラフな格好で・・・。
ラフな格好?
何だ、いいんじゃない。
んな、具合で、僕の本社通いが始まった訳。
彼女、結構偉くて、僕はフロアじゃ異次元の存在で
僕達二人は、すぐにフロアに溶け込んでる。
僕は彼女の心が欲しいんだけど
まっ、心はかなり貰えてると思うんだけど
彼女は僕に体をくれるつもりは全くない。
未熟者の僕としたら
心ってやはり体ごと抱きしめて心だと思うから
僕は彼女の体が欲しくてたまらない。
でも、ベッドの中で彼女をどうしろと?
うーん、扱いきれない。
でも、欲しい。
-3-
取引所に続く石段の横、
一人の女の子が道路にチョークで何か書いてる。
カブスの野球帽を被り、
縞のTシャツにデニムのオーバーオール。
近寄って眺めてみると
彼女は微分の方程式を解いてる。
「よっ」
「ハァイ」
彼女は僕の昔の馬仲間。昔、僕は競馬もしてた。
彼女は未だ中学生で、
彼女の馬券は僕が購入してあげてた。
僕は大穴ばかりを狙い、
彼女はユニークな馬たちがお気に入りだった。
二人とも大して当たらなかった。
何時だったか、馬の話の合間に
シャラポワの絶叫の話が出た。
シャラポワがやたら騒がれてた頃だと思う。
「幾ら貰っても、シャラポワにはなりたくないな」
僕は言った。
「私も」彼女は答えた。
二人の考えてる事は一緒。
シャラポワを維持していくには、
並の努力じゃやってけない。
自分たちにはあれほどのテンションはない。
昨日、新聞の上でシャラポワは絶叫してた。
今日のシャラポワは膝をついて、
両手で顔を覆って泣いてた。
この執念が無くなった時、彼女は引退するんだろうね。
「幼稚園の頃、お姉ちゃんは物凄く可愛かったのに・・」
それが彼女の口癖。
「いや、恋愛をするには十分すぎるほど可愛いと思うよ」
僕は本気で、そう思ってる。
-5-
取引所に続く通りの曲がり角で、
カブスの野球帽がおばさんと話してる。
「ごめんね。香がわがままで。
琴美ちゃんだから付き合ってくれてるのよって、
何時も言ってるんだけど・・・」
「いいよ、おばさん、気にしないで。
それが、香ちゃんなんだから」
うわっ。なんてセリフ。
良く言える。その若さで。
彼女には人生の出来具合とか、物事の連なり具合とかが
手に取るように見えてる。
持って生まれたもの。
「なっ、論理学に向いてると、思うんだけど・・・」
「それやると、どんな仕事につける?」
「大学の教授か・・・、プログラマーか・・・。
うーーーん。
優秀な数学者と組めば、物理学なんて簡単だと思う」
「それって、一流のトレダーより儲かる?」
「いや・・・・」
「なら、ならない。
第四コーナー、内をすくうか、外に出すか。
私はそう言う人生を生きるんだから」
♪人生はカーニバル。
♪一発、25セントのね。
-6-
土曜日は取引所は休みなんだけど、
ほら、なんせ、僕はvipだから。
本当なら入れないはずの取引所のドアの鍵穴を覗き込む。
すると穴の向こうに瞳が一つ現れて、
こちらの瞳を見つめてる。
何か、目の形状で、
外に居るのは誰かを確認してるらしい。
顔みりゃいいと思うんだけど、
最新式ってのは良く分からない。
フロアに上がっても今日は何時もの女の子はいない。
変わりに土日になるとやってくるバイトの女の子。
この子はやたら神経質そう。
感性か異常にとんがってる。
良くこの年まで無事にやってこれたって思うんだけど
未だ大学の一年生。
彼女はクレオパトラを崇拝してる。
彼女がクレオパトラの事を話すのを聞いてると、
もしかしたら、こいつ、シーラかって思うんだけど、
シーラはとっくに30を超えてるはず。
「理由は分からないんですけど、高校の頃、
私、良く深夜徘徊してました」
やっぱりお前、シーラか?
って、シーラなら髪はブロンド、目は美しい海のブルー。
彼女の髪はブラックで瞳もブラックで、
オー・ディア・ワッキャナイ・ドウ。
「ラーメンもらえないかな?」
vipは飲み食い無料だから、他で食事する手は無い。
彼女は視線で壁のメニューを示す。
しぐさがそっくりになって来てる。
環境が人を作る。
「分かった、分かった、米沢ラーメン」
この店のラーメンの中じゃこれが一番美味い。
僕がラーメンをすすってると、
彼女は僕の前で憤懣やるかたない表情で僕を見つめてる。
「あの尻軽女」
僕はラーメンを吹きそうになる。
「貴方がしっかりしてないから」
僕がか?
「私、どうしても我慢できなくて
面と向かって言っちゃいました。
この尻軽女がって。
そしたら、にっこり微笑んで
可愛い子猫をなでるように、頭をなでなでされました。
人生、理不尽だと思います。
私のほうが正しいのに。
ただ、年がちょっと違うだけで、
こんな展開を我慢しなけりゃならないなんて」
僕は品行方正な彼女を考えようとする。
ありえない。
鳥の羽を切ったら、鳥は鳥じゃなくなっちゃう。
僕はラーメンを食べ終わると
バイトの彼女を可愛い子猫を見るような視線で見つめ、
彼女の頭をやさしく撫で撫でして店を後にする。
「もう!!」
後ろで彼女の靴が床を踏みつける音がする。
-7-
スレンダーな体に、ストレートな髪。
服装からは季節は判断できない。
何時も夏のような格好。
「ねっ、見てよ。私の馬」
出会う度に見せられる馬の写真。
ビワビーナスの06。
「なっ、返したらどうだ?」
「やだ」
もともとは琴美がお年玉を前借して買った馬。
ねだり倒して、自分のものにしてしまった。
琴美は仕方ないと思いながら、ちょっと憮然としてる。
(貴方なら、友情と馬とどっちを取りますか?)
まっ、大抵の人なら、友情と答えるでしょう。
私、無宗教です、って言いながら、
葬式に出てるようなもの。
それは無宗教とは言わない。
無宗教と言う言葉の中に本質がないんだから何でもあり。
僕は胸に一物抱いてる琴美に言う。
「なっ、その内、いい馬、買ってやるよ」
「私に選ばせてくれる?」
「いいよ」
「緑の壁、赤い帽子に紫の勝負服
緑の壁、青い帽子にベージュの勝負服。
緑の壁、白い帽子に・・・・・
ふう・・・・・
思い出すよじゃ、惚れよが薄い、
思い出さずに、忘れずに」
-8-
僕は画面の数字に集中してたんだけど
次第にカウンターの会話が耳に入ってきてる。
初老の男がカウンターごしに彼女を口説いてる。
それはいいんだけど、口説き方がえげつない。
品も糞もない。
いい歳して、いい身なりして、寒い。
彼女は怒るでもなく、にこやかに対応してる。
男の口説き方に、ますます、品が無くなって来てる。
「ねえ、貴方、朝ごはんの片づけしてきた?
帰ってから、あたしがやるなんて、やだからね」
うわっ。彼女が声をかけてるのは僕。
あちらこちらから、
見えない視線が僕に突き刺さってる感じ。
そうか。こいつ等、そう言う関係か?
違う、違う。
でも、まっ。仕方ない。こんな状況だから。
僕はマウスを握ってた手を上げて、
ちゃんとして来たと合図を送る。
カウンターの男はビクっとして、そそくさと消える。
後で彼女が言う。
「仕方ないの。私のせい。
カウンターの中に居るのが私じゃなけりゃ
あの人もあんな風にはならない。
私って、そんな所があるの」
彼女はやれやれという表情で僕を見る。
僕は何も考えてない。
彼女の前に居る時の僕って、大抵、何も考えてない。
-9-
「ねえ、このワンピースとこのワンピース、
どっちがいいと思う?」
彼女がファッション雑誌を広げて聞いて来る。
僕は右側の春の風のようなワンピースを指差す。
彼女には絶対これが似合う。
もう片方のは清楚な海って感じだけど
彼女のイメージじゃない。
「じゃさ、こっちのスカートと、こっちのスカートは?」
これも僕は一発で決める。
「じゃさ、このブラと、このブラは?」
「うっ・・・、こっち」
彼女は悪戯っぽく微笑みながら、
「じゃ、このパンツと、このパンツは?」
えっ。
僕はそれらのパンツを履いてる彼女の姿を想像する。
目がくらみそう。
「こっち」
どきどきしながら僕は指差す。
何時の日か、絶対、僕の前に立たせてやる。
このパンツを履いた姿で。
「はい、結果が出ました。
あなたの女の子に対するイメージは
とても幼くて、可愛らしいです。
更に言うなら・・・・」
「何、それ?」
「テストじゃない。
男の幻想度チエック。
私がこんな感じのもの着る訳ないでしょ?」
「着たっていいだろう?」
「着ません。
じゃね、この別荘と、この別荘、
どっちを買いたい?」
両方とも凄い別荘。外国の避暑地に建ってる。
「さあてね、わからんね、わしには」
僕は赤毛のアンのマシュウで答える。
彼女は僕が誰かの真似をしてるのは分かったけれど
誰の真似かは多分、わかってない。
「いいから、選びなさい」
「じゃ、こっち」
「本当にこれでいいの?」
「うん。
で、結果は?」
「ねえ、あんた、本当に鈍感で私、結構、嬉しいよ」
「何が?」
「未だ、気がつかない?
私の格好、見て」
僕は何度も、何度も、上から下まで彼女を眺めるけど
何時もと違う様子は何処にもない。
「本当に、分からないの?」
「ああ、ギブ・アップ」
「ノーブラじゃない」
言われて僕の視線は彼女のブラウスの胸に張り付く。
おおおっ、ノーブラだ・・・・。
「貴方だけよ。気づかないの。
でも、私、うれしいよ」
僕はかなりの高得点を上げたらしい。
よし、何時の日か、僕の前に立たせてやる。
僕は決意に燃えて、画面に向う。
-10-
彼女は何時も、春の日差しのようなオーラに包まれてる。
まるで、芸術を身にまとってるよう。
だから、他の女の子たちとは、比べられない。
選択の余地なんて微塵も無い。
決定事項。
彼女の前にいると、突然、魔法のように
僕は住むべき世界に住んでる。
空気はやわらかく僕を包み、
僕はちょっと、夢見心地。
でも、彼女は僕の恋人じゃない。
周りの人間たちは彼女は僕の物って信じきってるけど
彼女と僕だけが、それは嘘って知ってる。
どうしたら彼女を恋人に出来るんだろう?
もし、出来たところでこんなセクシーな女の子を
どう管理して、どう維持していけばいいんだろう?
分からない。
僕にはさっぱり分からない。
彼女と出会えた事だけでも、
僕はとても不思議な気がしてる。
-11-
VIPルームのフロワーはめちゃくちゃ広い。
ソファとか、本棚とか、酒の棚とか、etcで
見通しは効かない。
カウンターも何箇所か存在してる。
僕のいる領域は彼女がしきってるんだけど
ここから離れれば、別の人間が仕切っていて
空間の雰囲気はすっかり違ってる。
フロワの一番離れた場所に
買い屋たちが陣取ってるのはなんとなく分かる。
その中心にいるフェラーリみたいな女の子が
「買いのマリー」。
通称、ブラッディ・マリー。
若いのにえらい貫禄で、僕なんかでは近寄りがたい。
そこから離れるにつれて次第に買いの気配は消えて
やがて、両刀遣いたちの領域になり
そこを過ぎると、売り屋たちの領域になってる。
類は友を呼んで、なんとなく。
僕は売り屋たちの一番端っこに、
遠慮がちに居たんだけれど
この前、彼女が従業員の女の子達のスペースを作った時
邪魔な僕は、そのスペースの端に置かれてしまった。
この場所はかなり惨めな場所で
従業員の女の子達があふれてる時は
女子高に間違って入学してしまった男子生徒みたい。
うらやましいって?
なん。
一度、座ってみれば分かる。
たったこれだけの事で、僕の人格はかなり変わった。
僕の女の子に対する幻想は、この場所ですべて消滅した。
えへん。
ただ、彼女だけは、どこに居ようと何をしてようと
何時もその身に、
春の日差しのようなオーラをまとってる。
そして、
僕とは全く関係のないあれやこれやをしてる時でも
彼女の目の端には必ず僕が居る。
いや、僕ってかなりどじな奴なのさ。
彼女から見たらね。
-12-
なんだか分からない。
僕は何も考えてない。
ただ、ぼんやり対象を見つめてる。
長い時間がたって、
ようやく、僕の脳が働き始める。
気づくと、僕は誰かの目を見つめてる。
さっき、画面を眺めてた僕は、
右上方に何か気配を感じた。
それで視線をそちらに向けたんだけど、
視線を振った途端、
突然、出くわした目に吸い込まれて、
僕の思考は一瞬で、フリーズしてしまった。
思考が停止してる間、
僕はこの社会を生きていくために選んで身につけてる
人格のベールって奴を着てなかった。
だから相手が見てたのは
日常生活の中では、出現する筈のない無垢な僕。
それは相手も同じ。
僕の思考が動き出したのを感じて
相手の思考も動き出した。
途端に相手は、見る見る内に
ハードでタイトな外観に変身してる。
もう、少女の様なぼんやりした顔じゃない。
そこに立ってるのは、何と『買いのマリー』
間近で目にする『ブラッディ・マリー』
経験と、実力と、資産と、評価に裏打ちされて
彼女は僕が何時か手に入れたいと願ってる格好良さを、
体全体から発散させてる。
『買いのマリー』は僕に近づいて来る。
ヤバ。
彼女は僕の肩越しに画面を覗き込む。
僕が頭を叩き損った値段が
一途に落ちてくところ。
彼女は一瞬、落ちてく値段を眺めた後、
「買い」
僕はマウスをクリックする。
値段は下がってく。
「買い」
未だ、値段は下がってく。
無茶だ。
「買い、買い、買い!」
僕は三度、マウスをクリツクする。
最後の一声は、僕が何時か聞いたことのある
『ブラッディ・マリー』の声。
値段はぶるっと震えて踏みとどまる。
「名刺代わりにこれ、置いてくわ。
後、二十分したら、私が誰か分かるよ」
「ブラッディ・マリー」
小さな声で僕は呟く。
ブラッディ・マリーはにやっと笑って
「あんたは?」
「ミッドナイト・ドリーム」
「ところで、あんた、何でこんな所にいるの?」
「僕は女の子のスカートの陰に隠れるのが好きなんだ」
ブラッデイ・マリーの愉快そうな笑い声。
「私のスカートの陰でも?」
「あなたが履くスカートには、隠れられるほどの
無駄はないような気がする」
打ち解けた気配でブラッディ・マリーが
何か言おうとしたとき
何かが二人の間に割り込んで、
僕をブラッディ・マリーから遮断する。
彼女。
こんな彼女は初めて。
何時も空間に漂ってる感じでふあふあしてる彼女が
今は質量とリアリティを持ってる。
これが本物の彼女なんだ?
でも、彼女は何でこんな風なんだ?
こんな些細な事に、しかも僕ごときに。
「ははーん、そうなんだ?
あんた、男の趣味変えたね」
「何の用?」
これも彼女の声とは思えない。
「いや、少し、会社の運営の事で
小耳に挟んだことがあるんだけど、又にするわ。
じゃあね、真夜中の小鳥ちゃん」
ちょっと手を上げた後
すべるように去って行くフェラーリの後姿。
彼女がカウンターに向きを変えた一瞬、
僕はバシンと頬を張られる。
叩かれるのは構わないけど
なら、やらせてくれよ。
何となく、僕は思う。
-13-
冬の日差しを受けて長く白い壁が輝いてる。
僕は壁にもたれてタバコを吸ってる。
太陽の光に目をしばたたかす。
「太陽がいっぱいだ・・・」
目の前の道路は白いチョークで落し書きが一杯。
すべて琴美の手になる作品。
僕の右側の落とし書きには
結論部分に弱弱しく下線が引かれてる。
左側の落し書きの結論には
勢いのいい二本の線が引かれてる。
琴美は最初、教師を馬鹿にしてた。
そんな馬鹿な事があるはずがない。
高速で原子同士を衝突させると
この地球上でもブラックホールが出来ると
教師は言ったらしい。
右側のが、それが本当かどうか、琴美が確かめた計算式。
ブラックホールは出来る。
じゃ、そのブラックホールはどうなる?
教師はすぐに蒸発すると言ったらしいけど
そんな物を作り出されて、もし、蒸発しなかったら?
不安でたまらない琴美。
左側のが、ブラックホールが蒸発するかどうか
琴美が確かめた計算式。
大丈夫、蒸発する。
「ほら、ねっ」
計算を解き終えて元気良く僕に振り向く琴美。
そんなに、にこにこされても・・・。
僕には琴美は正しいのか、
嘘八百を書いてるのかさえ分からない。
そんな事を考えていると
いつ来たのか、隣でカブスの野球帽のくすくす笑い。
「よっ、何かいい事あったみたいだね」
「見てよ」
琴美は僕に馬の写真を見せる。
この顔は、ビワビーナスの06。
「取り返したんだ?
香が良く手放したね」
「長い付き合いだからね。
あの子の性格は読みきれてる。
私、もう、買い戻せなくなるよ
って、言ったんだ。
新しい携帯も欲しいし、ゲーム機も買いたいし
それでお金使っちゃうから
後で買い戻してくれって言われても
お金ないよ。
それで、イチコロ。
香りは急に、馬を持つことより
何倍も楽しそうな事を思い出したわけ」
琴美の嬉しそうな顔。
「タイム・イズ・オン・ユアー・サイド」
「でも、ないの。
馬インフルエンザが流行ったおかげで
私の今年の持ち馬達がなかなかレースに出れないの。
抽選にもれて、抽選にもれて
余り長く出れないと、放牧に出さないとならないし」
「あっ、そうか。
中々、大変だ」
「うん、そう。
中々、大変なの」
-14-
彼女は男好き。
変な意味じゃなく、男と言う生き物が好き。
そんな性格でさえ、持って生まれたもの。
個人の責任じゃない。
所で、最近、僕は困った事に気づいた。
どうも、僕は、男好きな女の子に魅力を感じるらしい。
彼女達がかもし出す雰囲気。
と、言うか、
ただ単に手が抜けると言うだけの話かも知れない。
だって向こうは男が好きなんだし、僕は男だし
それだけで、すでに、好かれる条件を一つ満たしてる。
彼女は何時も色んな男に憧れられてる。
それも彼女の責任じゃなくて、
彼女の雰囲気がある種の効果を持ってるからで
彼女にしてみれば迷惑な話。
彼女は時々、道で見知らぬ男に呼び止められて
結婚を申し込まれるらしい。
「君のような女の子を捜してた。
結婚して欲しい」
嘘みたいな話。
僕がフロアーに上がってきたとき、
彼女は数人の男達と楽しそうに話してる。
彼女は僕には気づかぬ振り。
いや、表情の切り替えが難しいからさ。
微妙で繊細な感情は心を悩ませる。
なら、面倒だから、気づかない振りで済まそう。
僕は自分の指定席に座るとパソコンのスイッチを入れる。
見知らぬ女の子がコーヒーを運んできてくれる。
「ケーキとか食べます?」
「ああ、どれでもいいから、一つ。
選ぶのが面倒なら、赤毛のアンが好きそうで
オズの魔法使いのドロシーなら、
二番目に手を出しそうな奴」
「ウィ、ムシュ。
昨日、寝る前に、悪いお酒でも飲みました?」
「いや、飲酒の習慣はとうの昔になくした。
酒で目くらましをかけるには、余りに素敵なんでね。
人生って奴が」
「お酒は程々にしないといけません。
じゃないと、イメージがワープします。
何処かの国の何とかシモンさんみたいに」
「それ、シャンソン歌手かい?」
「レゲエ・ダンサーです」
僕は薬指で何となく唇をタップしながら
値動きを見つめてる。
彼女が微笑みながら近づいてくる。
僕は指で、もっと近づくように合図する。
彼女の髪が僕すぐ近くにある。
「お前、昨日、男に抱かれただろう?」
彼女の慌てぶりったら、ない。
そんなに慌てる事か?
まさか、彼女が男なしで過ごしてるなんて
誰かが信じてるとでも思ってるんだろうか?
彼女はしどろもどろで、
ウサギの糞に色を塗ったのがばれた時のシーラのよう。
動揺と混乱の中で、彼女が小さな声で聞く。
「見てた?」
「いや、感じるのさ。
女の子を好きになったら、そんな事くらい当たり前。
何時も、文句を言ってやろうと思って出かけて来るのに
君の顔を見た途端、忘れてしまう。
今日は、なぜか、覚えてた」
「あのう・・、私・・・、それで・・・
ええーと・・・、だから・・・、つまり・・・」
「でも、皆が思ってるほど、男遊びしてないね。
この前、抱かれた時から、四日たってるし・・・」
「あああ・・・、ジョンがオズの魔法使いを読んでるのは
ルーシーに聞けば分かるけど、
そう、あのグリーンのイメージ
彼女はダイヤモンドの指輪をして、空を舞って
セントルイスについて、エプロンの紐で
男を引き回したから・・・」
「その前は、えーと、
米ドルが瞬間的に下がってた時だから
二週前の金曜日の夜の九時」
「あああ・・・・」
「ねっ、グリーンのクリームソーダ、持ってきてくれる?
タバスコ抜きで」
「えっ、いや。じゃなくて、はい。
グリーンは国際標準色のグリーンでしょうか?
それとも私の感性が搾り出す、
パステルカラーのグリーンでしょうか?」
「君の心をときめかす物が、僕の心をときめかす」
「貴方が抱きたいときが、私が抱かれたいとき。
いや、私、何言ってんのかしら」
彼女は後ずさりしながら、上手(かみて)に消える。
-15-
彼女はとても分かって貰えそうにないけど
この部分だけは絶対分かってもらわなくちゃと、
決意をこめた表情。
「違うの。全然、違うの。
私とあなたのような、そんな関係じゃないの」
流石に、あれは遊びなの、とは言わなかったけれど。
あっ、言ってるようなものか。
「うん、分かってる」
そんな事、僕はとっくに感じてる。
彼らは彼女の本命じゃない。
彼女は一瞬、拍子抜けした表情。
そして、改めて思い出してる。
僕達二人は言葉が足りなくて誤解するなんて事、
ないって事を。
僕達のコミュニケーションのとり方は
世間のやり方と、全く違ってる。
有りのままがダイレクトに伝わってくる。
でも未だ僕達はこんな風な感じ方に慣れてない。
彼女は新しい自分にも慣れてない。
新しい彼女?
うん、僕の瞳の中に住んでるもう一人の彼女。
最初彼女は、僕の幻想だと思ってた。
でも、どうも、違うみたい、と彼女は感じ始めてる。
現実の自分と、僕の瞳の中の自分と
どこをどうすれば、一致するんだろう?
最初、彼女は僕の目が節穴だと思ってた。
今、彼女は十一次元のセンサーが捕らえているらしい
彼女の実像は四次元の世界でも
歪んだりはしないのかも知れないと感じ始めてる。
-16-
白い壁が輝いてる。
僕達は壁の温もりに背を預けてる。
お揃いのサングラス。
ちょっとこいつは高かった。
ぼんやり寛ぎながら、たっぷり光子を吸収してると
通りの向こうから
この辺りじゃ有名な進学校の制服が歩いてくる。
お洒落で格好いい。
手にはサックスのケースを提げてる。
詩織は子供の頃から、とても頭のいい子と評判。
「天然パーマが可愛いのに、
わざわざ金かけてストレートな髪にしちゃって」
「幼稚園の頃はあんなに可愛かったのに
あいつは美の破壊者だ」
僕達は詩織を見かける度に同じ事を言ってる。
洒落た制服姿の女子高生は僕達の方をちらっと眺めると
「不良たち」と、どうでもよさそうに言う。
「不可よりは二ランクも上さ」僕は答える。
「良でないって事は、優である可能性を有してるって事」
琴美のこの言葉に詩織はカチンと来る。
つかつかと琴美の前に歩み寄ると、
さっとサングラスを奪って去っていく。
「げっ、高かったのに」僕はうめく。
とても変な顔で琴美が僕を見る。
僕は自分のサングラスを外して、琴美の顔にかけてやる。
琴美はずっと馬鹿だと思われてた。
高校受験が終わるまで。
「あんた馬鹿だったんじゃなかったの?」
琴美の結果を聞いた詩織の第一声。
「お前もあの制服なのか?」
「そうだけど、
お姉ちゃんは制服にひいきされてる気がする。
私が着ても、あんな風には見えない」
-17-
白く長い壁が輝いてる。
目の前のだだっ広い道路はまず車が走らない。
だから広場のよう。
本当ならバスケットのリンクが似合う場所なんだけど
子供達の影はない。
一人の女の人がさっきから琴美の作品を眺めてる。
美術かなんかをやる人なんだろう。
アスフアルトの黒を埋め尽くす独特の字形は
確かにある種の美を感じさせる。
女の人は壁にもたれてる僕に振り向くと、軽く会釈する。
「パルドン・ムシュ。
これ・・・」
「なかなかいいでしょ?
でも、書いたのは僕じゃなく、僕の知り合い。
あっ、今、こっちに向ってやってくる、あの子」
女の人は、カブスの野球帽を被り
オーバーオールのポケットに両手を入れて歩いてくる
琴美をちらりと眺めると、僕の冗談を褒めるように笑う。
「あなたは対象性の破れを考えるとき・・・」
「破れたんなら、縫うか、捨てるか・・・
人間なら、周りが知らないうちにくつっいてたって事も
なくはないけど・・・」
女の人は僕の返事をどう解釈したらいいか
笑いながら迷ってる。
「それはただの、ブラックホールのレシピですよ」
「ええ、そうです。
申し遅れました。
私、今度、あそこの大学に赴任してきた・・」
その時、琴美が二人の所にたどり着く。
「やっ、先生。又、会ったね」
女の人は琴美をじっと見てるけど誰だかわからない。
「今日、私の高校に来たじゃない」
「あなた、あそこの高校の生徒さん?」
「うん、あの教室に居たよ」
「未だ、学校じゃないの?」
「私は幼稚園のときから、お昼寝の時間は嫌いなんだ」
「これを書いたのはあなた?」
「うん、そう。
でも、間違ってるなんて言わないでね。
真理は年齢によって変わったりはしないんだから」
そりゃ、嘘だ。
「幼稚園の時はあんなに可愛かったのに」
僕はぽそっと言う。
それを聞いて、琴美は考え深げ。
「そうね、年齢によって変わる真理もあるかも知れない」
-18-
ちょいと下界の様子を見てこようと
僕はエレベーターに乗り込む。
エレベーターのドアが閉まる寸前、
こちらに向かってやって来る彼女の姿が見える。
僕は手でドアを押さえる。
彼女はドアのすぐ前までやって来て、首を振る。
怪訝そうな僕。
「貴方と二人っきりでエレベーターなんかに乗ったら、
私、あなたに、キスしたくなっちゃう。
そして、キスしちゃう。
そうなったら、キスだけじゃ、すまなくなる。
だから、貴方と二人っきりで
エレベーターなんかに乗らない。
デートなんて、しない。
飲みになんて行かない。
映画なんて見に行かない。
ドライヴなんかにでかけない」
「ビートルズなんか信じない。
僕は僕だけを信じる。
僕と君だけを」
僕は微笑みながら、彼女の顔を眺める。
「君は僕を
太陽の下のリベラリストのような気分にさせてくれる」
「それって、素敵なこと?」
「ああ、フランス革命の何倍もね」
下界からの帰りのエレベーター。
乗り込もうとした僕は凄い圧力を感じて後ずさる。
屈強な男たちが乗ってる。
素人じゃない。
「あっ、いいよ。その子は知り合い」
彼等の体の向こうにブラッディ・マリーの姿が見える。
多分、彼等は、ブラッディ・マリーの連れの
ボディガードたち。
なまじ乗せて貰わない方が良かった。
息が詰まる。
彼等がその気になれば、
僕をあの世に送るのに一秒は要らない。
ブラッディ・マリーの連れが
何とも言いがたい目つきで僕を値踏みしてる。
お友達になりたくないって
僕が思ってるのを知られちゃってるだろうか?
僕はふと、彼女の事を思う。
彼女なら、ここに立っていても、
僕みたいにびびらないだろう。
何でだろう?
-19-
長くて白い壁が輝いてる。
僕達は背中に温もりを感じながら、壁に持たれてる。
僕の目の前の道路には
10メートルに及ぶ琴美の新しい落し書き。
琴美は新作を気に入ってない。
何処かおかしい。
今、琴美は目を閉じて、計算式のバグ取りをしてる。
僕も目を閉じて、
『取引所の日々の泡風呂敷』の続きを考えてる。
前の道路に足音がして、詩織の声がする。
「あんた達、毎日、そこで何してるの?」
「不純異性交遊」僕は答える。
「そんな事は見れば分かるわ。
私が聞いてるのはそう言う事じゃなくて
そうやって何かを待ってるような行為の内容なのよ。
ゴドでも待ってるの?」
「ゴドなら待つ必要なんてない。
もう、とっくの昔に、出会ってる」
「あっ、そう。なら、宜しく言っといて」
「ゴドが君の事を知ってるならね」
琴美が目を開く。
「分かった。多分、新しい計算式が必要なんだ」
琴美は自分の作品の中程まで歩いていって
そこから長い線を引いてくる。
そして、補足の計算式を書き始める。
仕事に励んでる琴美の背中に、何となく僕はつぶやく。
「僕は多分、フランスでは暮らせない」
「どうして?」
「教会が多すぎる。
ゴドは宗教が嫌いだからね。
ゴドに喧嘩を売るような真似だけはしたくないのさ」
「催眠術でもかけて貰えば?
そうすれば現実に存在してても、目には見えない」
「だめだよ。ぶつかる」
詩織の呆れた声がする。
「本当に、あんたたちって・・・」
詩織の声に被さるように
洒落たフランス香水の香りに似た声がする。
「あっ、そう、そうなんだわ」
色香の差は歴然。
何時の間に来たのか、先生が琴美の計算式に見入ってる。
「それがそうなら、あれはああなる筈」
先生は琴美からチョークを分けてもらって
道路に何かを書き始める。
「本当にあんた達って・・・・」
詩織の肩が怒りで震えてる。
通りの角からスレンダーなストレートヘヤーが
駆けてくるのが見える。
「あああ・・・、目眩がしてきた」
詩織がうめく。
-20-
彼女が微笑みながらやって来る。
手には洒落た包み。
バレンタインデー。
期待してたんだけど、
多分、貰えるとは思ってたんだけど
もし、貰えなかったら落胆が大きいから
期待してない振りをしてた。
♪オー・イエス・アイム・ア・グレート・プリテンダー
いいね。
僕は彼女に首っ丈。
こんな素敵なバレンタインデーが
僕の人生に用意されてたなんて。
彼女が近づいてきて、
彼女のオーラが僕を包んで
僕の前に
とても高そうでセンス溢れる包みが差し出される。
僕は喜びに包まれながらそれを受け取る。
彼女の甘い体臭。
僕が包みを眺めてると、
「食べないの?」
僕にはプレゼントをすぐに開ける習慣はない。
しばらく手元に置いて、
余韻を楽しんでから開けるのが僕の流儀。
でも、やはり、送り主の目の前で開けるのも
それはそれで、素敵なやり方。
包装紙を破くのも気が引ける。
でも、緊張してて上手に開けないから仕方ない。
うわーっ、お洒落。
チョコレートと言うより、宝石かも。
僕は恐る恐る一粒つまむと、口に入れる。
なんとも言えない上品な味。
僕は彼女に微笑む。
彼女の微笑返し。
「それね、
さっき、メッセンジャー・ボーイが持ってきた」
痛っ。
彼女は薄い四角の箱の様な包みを持ってる。
僕は本能的に、素早くそれを奪おうとするけど
本能による俊敏さなら彼女の方が上。
僕の手は空をつかむ。
「それの送り主、誰か分かる?」
「うん。だから痛い。
てっきり君からだと思ったから」
僕は未だ、彼女のチョコレートに未練がある。
「それ・・・」
「一年、待つことね」
「来年なくてもいいから、それが欲しい」
「だめ。
さてと、これ、どうしようかな?
地球の資源には限りがあるし
温暖化とか言ってるし、
まさか、捨てたりなんて出来ないよね?」
「何処かに、飛び切り幸運な男が一人。
それが僕でないのが残念」
僕は椅子から立ち上がる。
「何処に行くの?」
「ブラッディ・マリーに事情を説明して
これを返してくる。
捨てるわけには行かないし、
誰かにやる訳にもいかないし
これ以上食べる訳にもいかないから」
「貴方って、変わってるわ」
「君も怖いけど、彼女も怖いからさ。
ちゃんと筋を通して置かないと、心に負担が出来る」
-21-
長く白い壁が日に輝いてる。
僕は壁のぬくもりを感じながら、背中をもたせてる。
二本目のタバコ。
今日は誰もいない。
でもさ、誰かが待たないと。
ほーら、走ってやって来た。
しかも、二人。
琴美と香は何か叫んでる。
しかし、寒そう。
香のホット・パンツ。
「ねっ、抽選に通った」
琴美はうれしそう。
「こいつはね、調教が遅れてたから
抽選漏れが続いて、かえって良かったんだ。
その間に調教出来たからね。
距離も最初は1200の筈だったんだけど
1800に出る事になって、かえって良かったんだ。
騎手もね、都合ついて、かえって、良かったんだ」
香が得意そうに話す。
琴美の受け売りなのはみえみえ。
琴美は黙って嬉しそうに微笑んでる。
興奮した香の独演会が続いてる。
でも、悪くない。
自分達の馬が褒められてるのを聞くのは。
僕は小さな声で琴美につぶやく。
「なっ、なんとかホイールの06って馬なんだけど」
「うん」
「とても安いんだけど、兄弟は皆、走ってるんだ」
「うん」
「香がビワビーナスの06を返しそうも無かったから
ちょっと買っといたんだけど、欲しいか?」
「うん、貰う」
すると、フランス香水の声がする。
「ビーナスが返って来たんなら、
ホイールは私に頂けません?」
げっ、なんて、耳。
しかも、毎度、音も無く出現する。
「いいよ。あげる」琴美が答える。
「じゃ、ください」先生が僕に手を差し出す。
「いや、直接、貴方にはあげられない。
琴美に上げた後、琴美から貰ってください」
「でも、今、貴方がお持ちなんでしょ?」
「それはそうですけど、僕が直接、貴方にあげたとなると
後で、いろいろ面倒な事が生じるに違いなく・・・」
「無駄な流通経路が省けないとなると
皆が納得出来る、それなりの理由が必要ですわ」
「理由は先生が美しすぎるから」
「納得」
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