ミッドナイトドリーム

ミッドナイトドリーム

取引所の日々の泡風呂敷―PART6



例えば、悲しい恋の物語。
恋人を失い、一人影を引きずる。

幸せな時を思い出せって?
無理。
だって、その恋人なしには幸せって奴が感じられない。

そんな風な人間、いる。
彼らは最初からこの世に適合していない。

本当なら普通の暮らしの中に
幸せとかを感じる事なんて出来ない筈なのに
たまたま、一人の恋人が出現したお陰で
彼もしくは彼女は、
この世の些細な事の中に喜びを感じることが出来た。

だから彼らにとって失恋は単なる失恋にとどまらない。

僕は典型的な、この世に不適合なタイプ。
でも、ミューが僕の恋人なら
この世は喜びに満ちて、僕に向って輝いてる。

僕に取ってミューは一人の女の子じゃなくて
世界を喜びで満たす魔法。
ミューがどうした、こうしたって事は
僕には全く重要じゃない。
大事なのはミューの存在そのもの。

ミューはそんな僕の愛し方を最初から分かってる。
何かが違う、全く違うって。
だからミューも安心して
他の男に与えるよりずっと多くを僕に与えてしまう。
ちりも積もれば意識に上る。

僕とミューは理想的につながってる。
二人で喜びを増幅しあってる。

でもね。最近、ミューが
訳の分からない喧嘩を仕掛けるようになってる。
僕の横でうっとりしていたミューが、
何の理由もなくいきなり怒り出す。

その怒りは日を追って、大きく激しくなってる。
僕に取って、ミューの怒りは不快じゃない。
一生懸命怒るミューは僕には快感。

僕がしゅんとしてないと
ミューの怒りが収まらないから
僕はおろおろして弱りきってるんだけど
僕はただ時間が過ぎてくのを待ってるだけ。

でもさ、今日のミューの怒り方は半端じゃない。
延々と続いてる。
僕の反省の仕方が足りないとミューは思ってるらしいけど
僕に反省しなきゃならないような事はなく
僕達に喧嘩をしなけりゃならない理由はない。
怒り出す一瞬前まで、ミューは幸せで蕩けてたんだから。

ミューが一生懸命、怒ってる。
こんな風に怒ってるミューは無茶苦茶、可愛い。
無茶苦茶、可愛いミューを見てる内に
僕はすっかり立っちゃってる。

もう、終わりにして抱かせて欲しいのに
ミューは一心に怒ってる。

とうとう、僕は抱きたくて我慢できなくなる。
こんな事したら、殴られる。
そう思いながら僕は、僕の横に座って怒ってる
ミューのスカートの中に手を入れてく。

僕の手に気づいたミューの驚愕の顔。
信じられない!!
ミューの全てがそう叫んでるけど、無理もない。
僕も自分で何やってんだろうって思ってる。

僕の手がミューの太股にたどり着き
ミューの太股の内側を撫でる。
ここまで来たら行くだけ。
僕はミューの怒りを予期しながら
ミューの太股の奥に手を延ばす。

驚いたことに、僕の手の動きに合わせて
ミューの太股が開く。

「ずるい。
 私が逆らえないのを知ってて、
 こんな事するなんてずるい」

いや、そんな事、僕は知らない。
ミューが僕に逆らえないなんて、ある筈がない。
何時だってミューは女神、僕はスレイヴ。

も一つ驚いたことは
ミューのその場所がおびただしく濡れてる。

僕はミューを横たえると、そのままミューに入り込む。
ミューが怒ってたのはほんの最初だけ。
すぐにミューは何時もの可愛いミューになって
僕の下で甘えてる。

「可愛いな、ミューは」

「ミューね、何してる時より、
 あんたにされてる時が一番幸せなの」

抱かれた後のミューは何時もの抱かれた後のミュー。
幸せに蕩けて、濃密なオーラを溢れさせてる。

抱かれた後のミューと、それ以外のミューは
同じミューとは思えない。
ミューは自我も自尊心もなくしてしまったように
僕に甘えきってる。

僕は幸せそのものになって
甘えきってるミューを抱きしめながら
僕が手を伸ばした時、
ミューのあそこがびしょ濡れだった事を考えてる。

そして、僕は、ミューが怒り出すきっかけが
それだって気づく。
気づくには気づいたけれど
それ以上の事を僕は考えられない。


-75-

最近、抱かれる直前になると
決まって、ミューが怒り出すけど
ミューは僕が嫌いで怒ってるんじゃないし
僕に否があるから怒ってるんでもない。

で、僕は安易に
じゃ怒らせなければいいって考えてしまう。

頭のいい人間ならその理由じゃなく、
別に本当の理由があるって考えるんだろうけど
ミューの怒りの原因がミュー本人の中にあって
それが生じたのは、
多分僕がミューに会うずっと前の事で
僕にかかわりがある事じゃないから
僕には真剣に考えられない。

今、ミューは僕の横で楽しいそうに話してる。
僕はミューとの会話を楽しみながら
ミューの表情を注意深く観察してる。

上機嫌のミューの表情に少し陰りが現れる。
あっ、そろそろ、怒り出す。
じゃ、そうなる前に。

僕はミューの機先を制して動き始める。
僕の動きにミューが慌てて怒り始める。
でも、あまりに不自然。
無理やり取ってつけた様な怒り出し方。

その不自然さをミューも感じて困ってる。
ミューは不自然さに困りながらも
何とかごまかして
そのまま怒りに突入しょうとしてる。

ちょっと懲らしめてやろう。

僕はゆっくり、ミューの前に立ち上がると
黙ってズボンのベルトをはずし始める。
僕の動作を一瞬ポカンと見てたミューが
はっと我に返る。

「あっ、あっ、私、悪かったかもしれない。
 私、生意気だったかも。
 お話しましょ?ねっ、お話しましょ?」

「うん、一杯、話そう。
 済んでから」

そう言いながら僕は下半身を脱ぐ。
ミューは混乱して、なす術がない。

ミューは弱々しく抵抗しながら
「あんた、俺ので言う事をきかせてやるって顔してる。
 私、それで言う事を聞かされるのいや」

僕が入り込むとミューが拗ねてる。
でもミューは僕のが大好きだから
二突き位で、もう、負けそう。

ミューが負けそうだから、
僕はミューに優しく声をかける。

「ミュー、気持ちいい?」

それで、ミューは拗ねるのをやめて
僕に心を開いて飛びつく。

回を重ねる毎に、僕は次第に熟練してる。
微妙な間の取り方。

喧嘩を仕掛けようと僕を見た瞬間、
ミューは手遅れでどうする事も出来ないって悟る。

弱々しく抵抗を試みるミュー。
最初からミューに僕を拒む理由なんてないから
ミューは僕の思いのまま。
ミューは目一杯、恥ずかしい思いをさせられちゃう。

抵抗しないとそれはそれで
抵抗したくても抵抗できない
僕の思いのままのミューを感じさせられて
ミューは困り切る。

すけべ親父の僕に
思いのままにされるしかない生娘のミュー。

それは僕がミューの中に入って
二突きか三突きする迄の話なんだけど
このシュチュエーション、僕はとても気に入ってる。

とうとう、ある日、
ミューが真剣な顔で哀願する。
「お願いだから、喧嘩はさせて欲しい」

僕はなんだかんだとごたくを並べて
ミューの提案を受け入れない。
だって、捨てるには余りにもったいない
素敵なシュチエーションなんだから。

後になって、ミューが怒り出す原因が
抱かれた後の無防備で幸せそうなミューにあるって
僕は気づくんだけど・・・。

ミューはバランスを取ってた。
抱かれる前に、僕を一方的に怒って
僕をしゅんとさせてオロオロさせる事で
抱かれた後の、自我も自尊心もなくして
幸せそうに僕に甘えてるミューを許してた。

だから、喧嘩はミューに取ったら
どうしても譲れない部類の事に属してた。

-76-

エレベーターを降りて、フロアの海を歩き
生存領域へたどり着く僕。
カウンターにミューの立ち姿。
僕はオアシスに向って足早になる。

ミューに微笑みかけながら
僕はもうすっかり慣れたけど
無茶高そうな椅子を引いて腰掛ける。

勢い込んで話しかけようとする僕の鼻先に
ミューが黄色いカードを突きつける。

カードにはとても悔しそうな字で
三日間って書かれてる。

僕はイエローカードの理由が分からない。
昨日の夜、あんなに僕に蕩けてたのに。
服を着替えるのと一緒に、ミューは心も模様替え。

僕はこのイエローカードが
昨夜のすけべ親父に対して出された物だって
まるで分かってない。

だってミューはクイーン、僕はスレーヴ。
ミューがその気になれば幾らでも拒否できる。
ミューが本気でアップアップしてるなら
僕はあんな事はしない。

ミューの冷たい顔。
ミューなしじゃ生きてけない僕はたちまち胃が痛い。
僕に冷たいミューはすらりとシック。

昨日の夜は頭の天辺から足のつま先まで
ミューは僕のものだったのに。
僕なしで生きていく事なんて
考えられないミューだったのに。

気づくと僕の視線はずっとミューを追ってる。
ミューが僕の視線を無視してるから
僕は自分の癖も忘れてる。

ミューは僕をちらとも見ないで奥の部屋に消える。
僕はぼんやりと椅子を立って
自分の指定席を通り過ぎ、フロアの海にさ迷い出る。

最近、値動きを眺めてるのが辛い。
何とか値段を捕まえようとしてるんだけど
捕まえる事が出来ない。
ましてや、こんなに心が痛い時に
集中力なんて生まれやしない。

フロアの海ではどのグループも活発に動いてる。

トシは青い背広の上を脱いで
白いワイシャツが有能な若い新聞記者のよう。
トシは僕を見かけると仕事の手を止める。

「ドリームさん、今度ドリームさんの部屋に
 お邪魔していいですか?
 このドタバタで16億抜いたから
 案外、早く下界の人になるかも知れません。
 僕が下界の人になっても、
 付き合ってもらえますか?」

僕は少し寂しげにうなずく。

「僕が変節しなければね。
 ねえ、トシ。
 君が本気でミューを欲しがれば
 ミューは君の気持ちに逆らえないよ。
 今、とてもいいチャンスだよ」

「滅相もない。
 ミューさんは貴方の恋人です」

「君がどんな風にミューを抱くか分かる。
 ミューがどんな風に君に抱かれるかも。
 とても、美しい風景だと僕は思う」

トシは笑いながら首を振る。

「うん」
僕は頷く。
結局、それが賢明かも。

「今のこの時は幻想かも知れない。
 今のこの時だけじゃなく全ての空間も時間も。
 今度君に僕の友人達を紹介するけど
 彼女達は今その計算をしてる。
 白い壁の前の黒い道路の上でね」

-77-

ミューに無視されると、てき面に効く。
僕の精神は安定を欠き、体調は崩れる。
カウンターの上に上半身を伏せて僕はダウン。

ミューは相変わらず冷たいけど
ダウンしてる僕の横に
何か胃にいい飲み物を作って置いてくれる。

色はとても美しい淡いオレンジ。
如何にも効きそうではある。
僕は一口飲んで身を伏せたまま、コトンと置く。

「やはり、効かない・・・」

ミューは僕を無視。

二人がラヴラヴの熱々じゃないから
恭子がおろおろしてる。
恭子のような一本気な女の子には
決して理解できない僕とミュー。

散漫に流れる時間。
東が吹けば西に寄せられ、
西が吹けば東にたまる、やるせない僕の心。

暫く中の部屋に篭りっ切りだったミューが
ほっとした様子でカウンターに出てくる。

フロアからは
一勝負終わった時の何とも言えないため息の集団が
ここ迄溢れてきてる。

『この様子だと、暫くは休憩だな』

僕は感じるけど、ペナルティの身にはうれしくない。

「あらららら」

ブラッディ・マリーがやって来て、
僕の様子に感想を述べる。

「よしよし、兄貴、我慢あるのみ」

ブラッディ・マリーのお供で付いて来ためぐみが
僕の髪を撫でながら哀れむ。
だから僕は君の兄貴じゃないって。

でも、どっちなんだろう?
僕はブラッディ・マリーの兄になるんだろうか
弟になるんだろうか?
ミューと結婚したらさ。

「毎日、頑張ってますね」

健康そうに現れて爽やかに椅子に座ったのはトシ。

僕が心配してるのは
ミューが高々三日のつもりでいても
ひょんな巡り合わせで、
永遠のペナルティーになっちゃう可能性が有るって事。
なんせ相手はミュー。

「ほら、しっかりしなさい。
 みっともないでしょ」

ミューが皆が現れてもダウンしたままの僕に言う。
ミューの声のトーンで、僕はペナルティの終了を知る。
たちまち気分が晴れて、僕はにこやかに身を起こす。

多分、ミューは皆に、
僕に対して持ってる力を見せ付けたから満足。

あれこれ行きかう会話の中で、
僕もミューも今までのペナルティーの事なんて
けろっと忘れちゃってる。
僕達は熱々のラヴラヴ。

これが僕とミューの欠点と言えば欠点。
自分達に快感を与えない出来事はすぐに忘れてしまう。
だから僕達二人に取って何事も新しい。

僕は全く無防備のまま、何度も何度も
ミューの怒りに直面したし
ミューはミューでその時にならないと
もう気分の向くままに怒ったり出来ないって忘れてる。

「久しぶりにフロアはがらがら。
 変わりに裏の施設に人が溢れて
 今頃、金が撒き散らされてますね」
めぐみが笑う。

「息抜く時は抜かないと続かないからさ」
ブラッディ・マリーがコーヒーを置いて立ち上がる。

ミューとブラッディ・マリーは
この取引に関して何の話をしたんだう?
今回は、僕に二人の会話の中身は聞こえなかった。

恭子は僕とミューの件に関しては安心したものの
トシが現れて、それ所じゃない。

「ねっ、踊りに行きましょう。
 それがいいです」
恭子が僕の耳元でささやく。

♪バーバーバーバー、バーバーバーバー、ハッ

いや、この前、トシと恭子をダンスに誘って、
僕は二人に無理やりチークを踊らせた。

チークの最中はうぶな二人、
異性の体が理性を麻痺させる肉欲に耐えられず
次第次第に固く抱き合い、
甘いリズムに揺れて、
青春のときめきと、こみ上げる欲情のど真ん中。

でも、踊りから戻る時、
トシは弱々しく儚げで今にも消えうせそうだった理性を
一足ごとに再生させながら戻ってきた。

恭子は何時までも魔法にかかったまま。
何か手を考えないといけないんだけど
ミューの存在を知ってしまうと
男の女に対するイメージは変る。
恭子にはちょっと不利。

ミューに会う前のトシなら・・・・。
巡り合わせだよね、人生って。

「今日は、付き合えないんだ」
僕は済まなそうに恭子に言う。

「じゃ、カードでもやらない?」
トシが気を利かせて恭子を誘う。
恭子はなんだってOK。
トシと一緒に居られるなら。

僕はカウンターのミューを見る。
ミューの人差し指が腰の辺りで一瞬、上を指す。
上にはミューのスウィートがある。
この前行った時、僕はミューから鍵を貰ってる。

-78-

僕は一人、ミューのスウィートルーム。
ここは豪勢そのもの。
部屋にあるもの全てが一級品。

でも、ミューは気に入ってない。
『ブラッディ・マリーの部屋みたい』
うん、確かに。

『あなた、その内、模様替えして』
うん、それがお望みなら。

とりあえず絵なんか飾ってみようか?
ルノワールなんてどうだろう?
マチスは?
マリーローランサン?
勿論、本物。
線の細い抽象画がいいかも。
昔、画家の卵ちゃんで、今は本物の画家になった彼女に
頼んでみるのも手かもしれない。

駄目だ。多分、ミューがうんって言わない。

『私、ブラッディ・マリーみたいだったら良かったのに』
この前、ミューがふと漏らした。
『どうして?』
僕はミューの全てが気に入ってる。

『だって、何処から見てもお嬢さんでしょ。
 あの子、昔からとても頭が良かったの。
 誰もあの子には適わない。
 何時でも、何処でも、図抜けた優等生』

『琴美はずっと馬鹿だって思われてた。
 本人も、飛び切りの馬鹿に違いないって信じてた。
 でも、今じゃ皆、知ってる。
 ただ、頭が良すぎただけだったんだって』

『私がそうなら、嬉しいんだけど』

『似てる所、あるよ』

ミューが、ほら、またぁ、って顔をしてる。
全く油断も隙もないんだからって口元で
ミューはその手には乗りませんよって意思表示。

『君も琴美も物事の本質を一瞬で見抜く。
 それだけで凄い能力だけど
 琴美は結果を得るのに論理の回路を素早く動かしてる。
 君は何も使わないで真実を掴み取る。
 琴美は知らないことには答えが出せないけど
 君は知らない事でもちゃんと正解を出せる』

『うん、まあね、そう言うことならね』

『それに・・・』

『もう、言わないで。
 貴方、私をその気にさせるの凄く上手。
 あんたと話してると、
 私、すぐにその気にさせられちゃう』

ミューは昔、ミューがただの馬鹿だった頃、
ブラッディ・マリーはミューに凄く優しかったと言った。

でも、ミューが自分の才能に気づいて
ただの馬鹿でなくなると
あんなに優しかったブラッディ・マリーが
ミューに挑戦的になって・・・。
それが悲しくて、信じられなくて、とミューは言った。

『ブラッディ・マリーはライバルが欲しかったのさ。
 何時も一人じゃ、やるせない』

『あんた、抱いてあげたら?
 私なんかより、ずっといいかも知れないよ』

僕は吹き出す。
『ブラッディ・マリーが僕なんか相手にしないよ』

『わからないよう・・・』
ミューの悪戯な目。

ミューは僕とブラッディ・マリーは
同種の人間だって感じてる。
でも、僕がミューじゃなきゃ駄目な事も
わかってくれてる。

例によって、細かいことは、僕達は言葉を使わずに話す。
僕の心が直接ミューに伝わるから
ミューは僕の心の有りようを正確に感じることが出来る。

それはいいんだけど、そろそろミューが上がってくる。
そしたら二人で街に出かける。
ミューは買い物と食事の後で僕の部屋に来るつもり。
でも、ペナルティ開けの今の僕はそれ迄待てない。

何か手を考えないといけないと思ってるところに
外側のドアが開いた気配。
僕が内側のドアに向って歩き出した所で
ミューがドアの向こうから飛び込んでくる。

あっと言う間に、ドスンと美しい衝撃。
ミューと付き合うならこの衝撃は仕方ない。
僕はミューに抱きつかれて熱いキスを見舞われてる。

ペパミント・パティに息も出来ないほど
抱きしめられてるスヌーピーのよう。

可愛さあまって、
僕はお返しにミューを力いっぱい抱きしめる。
骨も折れよ。

ミューが感激にとち狂ってる。
「もっと、もっと強く」

ミューの中に住んでるマゾのタイプのミューが
外に現れてる。
ギリギリ。
僕はミューの骨が折れそうな位抱きしめる。
ミューは感激の雨あられ。
まるで雛が母鳥の口から餌を奪い取ってる時のように
僕の口にキスしてる。

ミューは激しいキスにのめりこんでる。
僕はミューのキスに熱く応えながら
感極まったふりをして
両手でミューの背中を大きく撫でる。

感極まってる僕の両手は
何時しかミューの大きなお尻を大きく撫でてる。
ミューはキスにのめりこんでる。

僕の両手がミューのスカートを捲り上げて
直接ミューのお尻を撫でてる。
ミューはキスにのめりこんでる。

ミューのお尻を覆う小さな薄い布。
僕はミューに激しくキスする。
声を上げてミューが応える。

心の中で僕は数える。一、二の、三。
ダーッ。
僕は一瞬で、後ろからミューのパンツを脱がす。
事態を理解したミューが満身の力で抵抗を試みるけど
がしっと押さえ込まれてミューはぴくりとも動けない。

ミューの体から力が抜ける。
ミューは愉快そうに笑ってる。

「やられたわ」

僕は笑いながらミューにキスする。
ひとしきりキスにのめり込んだ後、ミューが言う。

「ねえ、私、幾ら頼んでも履かせて貰えないよね?」
微笑みながら、僕は頷く。

僕達は黒テンの毛皮で覆われたソファまで
カンガルーのように移動する。

ソファに腰掛けるとき、
僕はミューを僕の膝の上に抱いてしまう。 
ミューの裸のお尻が僕のジーンズの上。
ミューが恥ずかしがって降ろしてくれと慌ててる。

お嬢さん、ここから降ろすについちゃ
少し条件があるんですけどね・・・。

結局ミューは僕の前でスカートをまくって
足を少し開かされてる。
ミューのパンツは片方の足に引っかかってて
ミューは自分の肩に顔を伏せて、小さな声を上げてる。

タイプAのミューはこんな程度で
もうどうしていいか分からなくなってる。
僕専用のタイプAのミューなら、
軽いジャブでノックアウト出来ちゃう。

さて、それじゃ、ちょっと軽いジャブでも。

-79-

惚れた弱みで本質的には奴隷の僕が
今、クイーンのミューを召し取ってる。
この状態なら、ミューはおいそれとクイーンに戻れない。
だって、この格好でクイーンに戻ったら
ミューはちょっと立場ない。

当面、主導権は僕にある。

僕は言葉で軽いジャブ。
どうせなら、
ミューが普段、心を悩ませてる部分を突きながら
その事について僕がどんな風に感じてるか伝えとこう。

大の大人が
『ああ、なんて恥ずかしい格好なんだ』
とか、言ってもあまりにお馬鹿。

僕は何時でも、何処でも男の視線をひきつけてしまう
半端じゃないミューのセクシーさについて話してる。

ミューを見ながら男達は何を考えてるか?

「そんなのミューのせいじゃない」
ミューは僕に言われる度に、
自分の肩に顔を伏せたまま弱々しく反論する。

「僕の言ってること、間違ってる?」

「やだ、あなた、いや」

その存在だけで、否が応でも男の性欲を掻き立ててしまう
ミューの持って生まれた力。

ミューには僕がその魅力に価値を見出してるのが
伝わってる。
もしミューがセクシーじゃなかったら?
僕はミューを愛してない。

もし、ブラッディ・マリーがセクシーだったら?
うっ。
余りに強烈な仮定。
考えないで置こう。

セクシーかどうかって体形の問題じゃない。
演技性人格障害のなせる業。
だから、まともな女の子はセクシーじゃない。

僕は徐々に話題を
ミューの感度の良すぎる体に移してく。
ミューの意志ではどうする事も出来ない
ミューの感度の良すぎる体。
ミューはずっとこの体と付き合ってきた。

まともな女の子にミューの悩みは分からない。
だって、体が違うから。

「もしそうなったら、
 ミュー、一生懸命あなたの事考える。
 ミュー、あなたにされてると思う。
 いや、もう、いや」

「あなた私を捨てる?
 そんな風に他の男にされちゃったら
 あなた、私を捨てる?」

興奮した顔で困ってるミューに僕は微笑む。

「ううん、捨てない。
 どうせミューは感度が良すぎて
 誰にされてるかなんて分かりゃしない」

「ううう」

ミューが僕のジーンズに突撃してくる。

「こら、ミュー、未だだ」
「いや、あなたがいけないの」

僕は未だ、小手調べをしてるだけなのに。
僕はもっと、もっと、ミューの恥らう姿を
楽しみたかったのに・・・。

ミューは上手に僕のベルトが外せない程興奮してる。
それでも何とか外して、
ぎこちなく、やりにくそうに僕の下半身を脱がす。

顔を上げたミューの目の前に僕の物。
その形を見て、一瞬、すくんだミュー。
ミューは助けを求めるように僕を見上げる。

視線の先に僕を認めてミューの体に安堵が広がる。
安心したミューの顔が僕の物に飛びつこうとした瞬間、
僕は手のひらでミューの頭を遮って先に進ませない。

「うーうーうーうー」
物凄い力でミューがもがいてる。
両手はばたばたしてるけど、頭を押さえられてるから
ミューはあと少しがどうしても届かない。

僕はミューの頭を押さえながら
僕はなんでこんな事してるんだろうって考えてる。
別に意地悪してるんじゃないんだけど。
ミューはペンギンみたい。

ミューは必死。
抗議する余裕もない。
ばたばたしながら、うーうー言ってる。

このミューをもうちょっと楽しもう。
もう少し。

お陰でやっとありつけたミューは
完全にとち狂っちゃってる。


-80-

あたたたた。
僕はミューを興奮させすぎちゃったみたい。
僕は見知らぬミューに直面してる。

ミューはさっきから僕の物に狂ってる。
言っとくけど、僕に狂ってるんじゃないよ。
僕の物に狂ってる。

ミューは大感激して大喜びだけど
ミューの意識は僕の物だけに集中してる。
ミューはさっきからそれを貪るのに必死。

ミューは何時ものミューじゃない。
甘く、柔らかく、瑞々しく
芸術の香り一杯の春の流れのようなミューじゃない。

つまらない。こんなミュー。全然、つまらない。
こんなミューなら
僕は一時間だろうと二時間だろうと
煙草吹かしながら、相手出来る。

僕がミューの中で長く耐えられないのは
何時も僕が抱いてる僕専用のミューが
耐えるのがとても難しいくらい可愛いから。
心も体も、僕の全てがミューに抱きしめられてるから。

ミューの下半身は休みなく激しく振り立てられ
ミューは自分の快感に浸りきって
僕の物を貪欲に貪り続けてる。

「凄い、あなた、凄い。凄い」

はい、はい。これが欲しいのか?
欲しきゃ幾らでもやるぞ。

飽きた。
僕はミューを抱きたいのにこの見知らぬ淫乱女は誰?
本当にこんな女、僕は知らない。

何時までもこんな事してても仕方ない。
ミューに僕の物にじゃなく
僕に抱かれてるんだって意識させないと。

僕はペースを緩め、リズムを乱し、ミューの意識を
ミューがどっぷり浸りきってる快感から
少しずつ浮遊させてく。

最終的に、僕は動きを止める。

「何?何?どうしたの?」

ミューの大きな目が下から僕を心配してる。
その最中のミューの表情は艶やかで見ほれる程可愛い。
ミューは一瞬でお姉さんのミューになってる。
僕はミューににっこりする。

「今からミューを僕の思いのままに歌わせるのさ。
 ミュー、女の子の意地を見せてごらん。
 まさか、ミューは何の抵抗も出来ないで
 僕の思いのままに歌わされたりしないよね?」

予想外の展開。戸惑ってるミュー。
僕はミューを見つめてる。
ミューも何時、僕の最初の突きが来るか、
じっと僕を見つめてる。

ゲームが始まればフェイントの連続。
ミューは僕の動きを掴めない。
値動きなら簡単に捕まえるのに。

あの手、この手、優しくミューをからかう僕。

「あん、あんあん、あんあんあん、
 あん、あんあん、あんあんあん、
 いやーん、いやーん」

あっ、「いやーん、いやーん」は僕の動きじゃない。

恥ずかしくて、もどかしくて、拗ねるミュー。
拗ねてもだめ。

案の定、ミューはすっかり僕専用のミューに戻ってる。
ミューは僕の全てを抱きしめてる。
ミューは僕の全てに抱かれてる。
ミューの体からミューの魅力が湧き溢れてる。
こうでなくちゃ。

「ああん、凄く気持ちよかった」
終わるとミューは僕にべったりと甘えかかる。

僕はミューを優しく抱きながら柔らかく言う。
「今日のミューは、はしたなかった」

ミューが驚く。
そんな事を言う筈のない僕がそんな事を言うなんて。
僕だけは決してそんな風に考えたりしない筈なのに。
ミューは僕の言葉を誤解して、混乱してる。
僕はミューに僕の言葉の真意を説明する。

ミューは一発で理解する。
「分かる!」
ミューが小さく叫ぶ。

「あなたの言ってること、とても良く分かる」

ミューはうれしくてたまらなそうな顔をしてる。

そして、僕の事が好きでたまらない
飛び切り可愛い子ちゃんでいい子のミューを
僕に食べさせたくてたまらなくなってる。

-81-

繁華街に通じる地味で何の変哲もない裏通り。
もし僕一人で歩いてるなら
日常の退屈さと、夢のなさと、展開のなさと味気なさと。
この道にロマンなんてない。

でも僕の腕にはミューが絡みついてる。
ふんわり柔らかく、暖かい優しさ。
ミューがいるなら、この通りは有名な小説の中の、
余りに印象的だから、何時か一度、是非歩いてみたい道。

通りの曲がりくねった様子はまるで絵画。
通りの先には楽しい展開が待ち受けてそう。

ミューが手を延ばして
僕のコートの胸に何かをつける仕草。

「貴方に勲章、つけてあげる。
 貴方が欲しくてとんでもなくなってる女の子を
 涼しい顔して連れまわしてるなんて勲章物でしょう?
 その内、私、貴方の胸を勲章だらけにしてあげる」

暖かく柔らかな春の流れのようなミュー。
ミューに微笑んでる僕は
ミューの言ってる事の半分位しか分かってない。

さっき、食事に出かけようとしてる僕を
ミューは必死に引きとめ続けた。
ミューはあの手この手を使ったけれど
ミューと食事する楽しさを思い描いてる僕の心は
そんな程度じゃ変わらない。

『信じられない。本当に、信じられない。
 あんたみたいな男の人がいるなんて信じられない』

その他諸々、あれやこれやをミューは言ったけれど
僕は男だからミューがどんな状態なのか分かってない。

僕の無知さ加減をミューはよく知ってる。
だから焦りまくってるミューに決め手がない。
もし僕が知らずにしてるんじゃなければ
ミューはこんな事、絶対に許さないんだけど、
僕はミューを苛めてるのでもなければ
焦らしてるのでもなくて
一刻も早くミューとの食事を楽しみたいだけ。

ミューと体を寄せ合って歩きながら
僕はミューが時々口走る言葉の意味に気づく。

『あああ!恋人はこんな事しちゃいけないの!』

そうか、そう言う意味か。

女の子が我慢できずに泣き喚く程焦らすのなんて
遊びの時にする事で、
恋人とのセックスでしちゃいけないって意味なんだ。

『分かれろ切れろは芸者の時に言うせりふ』
よっ、鏡花ちゃん。

でも、そんな時、僕は何時だって
焦らしてもいなければ、苛めてもいない。
僕の優しい気持ちはミューに向って溢れてる。
ただ、ミューとの段取りが合ってないだけ。
だからミューは地団太踏んで泣き叫ぶしかない。
泣き叫んだ所で、
僕のやり方でミューを可愛がってる僕には何処吹く風。

僕はミューに対してこれをやったら不味いってのは
本能的に分かる。
幾らやりたくても僕には出来ない。
これ以上は駄目と言うのも分かる。
だから僕の本能がやめろと言わない限り
ミューの哀願は本気だろうと必死だろうと
無視してかまわない。

そう言えば何時かミュー、
布団の上に突っ伏して、暫く動けなかった。
体が動かせるようになった途端、
ミューは飛び起きて
何時も優しくて柔らかいミューからは信じられない
ハードなボディアタックを僕に見舞った。
僕は転がされたんだけど
ミューは僕を怒ってるんじゃなくて
一刻も早く、僕の物が欲しかっただけ。

ミューはすぐに貰えたかって?
えーとね。
作為は全く無かったんだけど、
成り行きで、更に暫く、ミューは貰えなかった。

何てひどい奴なんだって?
でも、ミューは何時も言ってる。

『あんたみたいに優しい人、私、知らない。
 あんたは私の嫌がる事は決してしない人』

ミューがそう言ってるんだから
きっとそうなんだろうと思う。

僕にはミューが焦れて切羽詰ってるのが
どんな感覚なのかまるで分かってない。
分かろうともしてない。
もしかしたらとても辛い状態なのかもしれない。

ただ、ミューの中にはマゾのタイプのミューも住んでで
この子は苛めて貰わないと決して満足しない。
でも、そうじゃないタイプのミューも住んでて
この子は辱められたり、苛められたりするのを
快く思ってない。

だから僕はミューとの相性がいいのかも知れない。
僕は可愛がってるのに、結果として苛めてるんだから
両方のタイプのミューの折り合いがつく。

でも僕は、
僕の軍門に下りたがってるミューと、
そうなる事を恐れてるミューが居て
絶えずせめぎあってるのには気づいてない。
だからしょっちゅう、僕の胃は痛い。

-82-

ははは、又、イエロー・カード。
どって事ない。すっかり慣れた。

なんて嘘。
僕は哀れなくらい、オロオロ。

値動きの上と下の強さをちょいと読み違えると
まあ、同じような状態に陥る。
又、お前、同じミスしてるって。

でも、仕方ない。
ミューをしっり自分のものにするのは
耐えなければならない事は一杯。

じゃなきゃ、
こんないい女がフリーでいる筈ない。
まっ、ミューの場合は
あまねく愛を振りまかなきゃならないから
フリーってそんなに不利な状態でもないんだけど。

何時かその内、
ミューのイエロー・カードは品切れになる。
僕はそう信じてる。
イエロー・カードを避ける方法が分からないんなら
ミューのイエロー・カードを
使い切らしてしまえばいい。

僕はトリイ・ヘイデンの
「シーラという子」って小説が好きなんだけど
それはトリイがシーラに近づいていく様子が
僕がミューに近づいていく姿に似てるから。

恋愛って、皆、そう。

だって、出会った二人、
両親も違えば育った家も違う、
友達も違えば経歴も違う。

二人には共通点なんてまるでない。
この差異を詰めることなしに結婚とかすると
後で、えっ?って事になる。

大衆小説じゃこんな差異がある事は無視されてるし
現実の人間でも大衆小説的人間は
その事に気づきもしないで一生を終える。

微妙なニュアンスが伝わらないなら
夫婦してても仕方ない。
アホと結婚しておいて
後からぶちぶち言っても、それも又、アホ。

だから、結婚する前に
徹底的に二人の差異を暴き出して
その差異が生じてる原因を突き詰めて
亭主として足りない部分は教育して育てていかないと
男なんて使い物にならない。

それが出来る向き合い方をしてるかどうか。
出来てないなら遊びで済ますし
出来てるなら、じゃ、やってみようかって事になる。

僕には望みが有るってミューは考えてる。
一途な僕と多情なミュー。
で、ミューは本能的にミューの中に
僕だけのミューを作ったって訳。
でもこのミュー、乙女のいい所を一杯持ってるから
ミューに取ったら悩ましい存在。

-83-

僕はエレベーターで上昇してる間、
桜の小さな花びらまみれの体をしきりに払ってる。
きっと出来の悪い雪だるまみたいなんだろう。
何処かで遠慮がちな女の子のくすっと笑う声。

僕はエレベーター中を見回してみる。
どこにもカメラはない。
壁の何処かがカメラになってるに違いない。

僕は壁の適当な方向に向って言ってみる。

「アン嬢やが大好きで
 ドロシーなら二番目に手を出しそうな
 ハンバーガーとマックシェイク。

 所で、君、自給幾ら?」

やめとこ。
答えられたりしたら面倒。
エレベーターから降りて、ジーンズを振って
僕はフロアの海を歩き始める。 

僕の生存領域までたどり着くと
カウンターの中でミューが花開いてる。

清楚で明るい、見たこともないシックな花が
風に吹かれて匂ってる。
カウンターには邪気のない遠慮がちなトシの微笑み。

このシーン、今では下界でも有名になってる。
例の絵でね。

僕はゆっくりとカウンターに座り、
ミューは僕を無視し、ミューの態度を見て
又ですか?大変ですね、と言う目でトシが僕に会釈する。

僕は恭子の出してくれたコーヒーを飲んでる。
二人は楽しそうに話してる。
ペナルティ中の僕は微笑みながら二人を眺めてる。

「お邪魔虫が一人いるね、トシ」
何の脈略もなく、会話の途中でミューが言う。
トシは穏やかに品良く笑う。
僕と話すとミューが怒るから、
トシはずっとミューの顔を立ててる。

僕は二人の雰囲気に触発されて
新婚の夫婦が住んでそうな小さな家を想像してる。

白い柵かなんか有って、芝生が植わってて、
赤い郵便ポストの上にはスヌーピーが寝てて
その前で、チャーリー・ブラウンは
一日、赤毛の女の子からの手紙を待ってる。
同じように手紙を待っててもジョンはチャーリーより
ずっとポジティブで
ポストマンの姿を見かけるやいなや手招きしてる。

「何、にやついてるの?」

ミューは僕の心の中にあるものを知りたい。
さっきからミューは僕の心の中に
何か楽しそうなものがあるらしいって気づいて
しきりに僕の心の中を探ろうとしてたんだけど
二人に取って重要な内容じゃないから
ミューは上手に僕のイメージを読めない。

「トシの新居の事を考えてたのさ。
 後、二三十億でトシは下界の人。
 波が一つくればトシとお別れの日が来る」

ミューが寂しそうな顔をする。

「私、遊びに行っていい?」

「ドリームさんと一緒なら」

「いいよ、こんな奴。
 こいつこんな顔してて、とんでもないんだから」

僕はとんでもない事なんてした覚えはないんだけど。

僕のイメージの中のトシの新居に
ミューとトシが加わる。

チャイムに開くドア。
有能な若い新聞記者のような風貌のトシ。
トレードマークの微笑み。
『いらっしゃい。さあ、どうぞ』

『ほんとに素敵なお家』
輝く顔で周りを見回してる
ミューのファッションセンスは抜群。

うん、美しい。

トシにアドバイスが必要かもしれない。
いきなり出くわすと、かなり驚くから。
僕はコーヒーを置いて横のトシに話しかける。

「トシ、ミューはね、魔法を使うんだよ。
 それにかかると、
 ミューが可愛くてたまらなくなって
 ミューを抱きたくて、抱きたくて我慢できなくなる。
 でも、この世でたった一人だけ、
 その魔法が効かなかった男がいる」

大きな目で僕を見て、ミューが唇を噛んでる。

「ドリームさんでしょ?」
トシが笑う。

「うん。
 何で効かなかったかと言うと、本当のミューの方が
 魔法の中のセクシーなミューより何倍も可愛いから。
 僕は本当のミューを知ってる。
 でね、トシもそれを知ってる。
 だから、ミューの魔法はトシにも効かない。
 頭くらくらしてるけど、知らない女とはやれない」

ミューがちょっと臍を曲げてる。
僕はふと、ミューの生き難さを感じる。
ミューには恋人のような男なら一杯いるんだけど・・。

「トシ、もし僕に万一の事があったらミューをお願いね。
 何時までも今のままのトシで居てあげて」

ミューとトシが声を合わせて
馬鹿なことを言うなと非難する。

ミューが切なそうな目で僕を見てる。

「ずるいよ、あんた、ずるい!」

いや、僕はそんなつもりじゃ・・・。
二人の前から消える時、ミューが一言。

「今夜、行くから」

おお!!
闇に埋もれてた若葉は光に照らされて
まるで緑の炎が上に向って一気に
燃え上がっていくようで・・・・。

「流石ですね、ドリームさん」

「そんな風に感じる?
 うーん、不味かった」

僕はかなり反省する。

-84-

夕方の入り口。世間じゃ丁度、サパタイム。

遊び疲れた子供たち、
大きな声で話しながら団体で家に帰ってく。

僕は子供達がゲームしながら話してるのを
久しぶりに聞きたかったんだけど、ちょっと遅かった。

僕とすれ違った子供達の群れ。
何の気なしに誰かが歌いだして、
それはたちまち、元気のいい調子はずれの大合唱。

男の子の声、女の子の声。
たどたどしい小さな子の声。

♪夜の帳がおりて、薄暗がりに白い肌、
♪ふと心、覚めれば、見知らぬ人のびんのほつれよ
♪ミッナイドリーム、ミッナイドリーム

彼等が歌ってるのは僕のオリジナル、
『ミッドナイト・ドリーム』

って、この歌は未だ、僕の中では出来てない。
僕は、ああ、何時か僕はこの歌を作るんだと感じてる。

子供達の歌声はもうしない。
白くて長い壁の前を僕は歩いてる。
春の夕暮れ、淡い物悲しさ。

前に僕がミューにその物悲しさを何とか説明しようと
言葉を尽くして語ってた時、
僕が全て言い終わるのを待って
ミューがぽつりと言った。

『あんた、それ、春愁って言うの。
 あんたって極普通のありふれた景色を
 まるで小説の中の事みたいに話すんやから』

こんな時間、琴美も先生ももういない。
と思ったら、道路に黒い影が二つうずくまってる。

僕は近寄るけれど、二人はそれ所じゃない。
先生と琴美をもってしても
時間と空間を否定する計算式は
おいそれとは行かないみたい。

先生はちらっと僕を見るけど、
顔に何の表情も表さずにそのまま計算式に戻る。

僕は静かに二人の元を立ち去る。
多分、明日の午後辺り、二人の内のどちらかが思い出す。

『そう言えば昨日、ドリームさん、見かけなかった?』
『見たような気もするし、気のせいのような気もするし』

いえいえ、それは僕じゃありません。
春の夜は狐が化けるんです。
飛び切りのいい男に。
ぷっ。

僕の部屋。
ミューはやって来て僕の隣に座ったと思ったら
柔らかく僕の手を取ってスカートの中に導く。

最近じゃ、しんみり話す時はミューは決まってそうする。
僕の手は優しくミューのそこを撫でてる。

「何か、変なの」

ミューが言うには
金額はたいした事ないんだけど、
ミューのするのと寸分も違わずに
ミューと同じ事をしてる奴等が居るらしい。

ミューの手が読まれてる。

「何か害はあるの?」僕は聞く。

「こちらに害はないけど、向こうには利益になるわ」

「必ず利益が出ちゃうって事?」

「そう。
 不味いでしょ?
 第三取引所からの注文。
 今、誰なのか調べさせてる」

「君の手を読める人間なんてちょっと想像できない。
 相手は人間じゃないかも知れない。
 君の打ち方のデータを元に動いてる
 ソフトか何かかも」

「ああ、そうか・・・」

ちなみにこの会話、僕達は声を使ってない。
二人が真剣な時、僕達の心は自然と連結しちゃう。
こんな事、本当に熱々の恋人同士には
別に珍しい事じゃないかもしれない。

どっちにしろ、傍受される心配がなくて都合はいい。

「相手、誰か分かった。
 多分、そう。
 あなたに相談してよかった」

安心して、ミューの表情が柔らかい。

ミューは僕に何か言おうとして、僕を見るけど
体の緊張が解けた途端、快感がじんわり浮上して
ミューの口から出たのは言葉じゃなくて
「あん」って声。

ミューは慌てて何か話題を探そうとするんだけど
見つけられない内に、又、「あん」って声。

ミューは唇を噛んで下を向いてしまう。
まさか、幾らなんでも、
この状態から喧嘩を仕掛けるのは無理すぎる。

ミューが哀れな目で僕を見る。
僕は堂々と優しくミューに微笑んでる。

困ってるミューには打つ手がない。
それでじっとしてると、

「あん・・・、あん・・・、あん・・・・」
吐息のような小さな声が止まらない。

流れを変えようと、これ以上チャンスを待っても
ミューは益々窮地に立つだけ。

ミューは弱々しく観念して、弱々しく身を横たえる。
僕はミューに寄り添い、ミューの顔を覗き込む。
ミューの目がじっと僕を見てる。

このまま、素直にその時に入れば
ミューは観念して応じるのは分かってる。
けどそれじゃ、余りにつまらないと思いませんか?

僕はミューのブラウスの左の乳房に手を置く。
ミューがたまらなそうな目で僕を見てる。

僕は僕なら絶対やらないやり方で
ミューの乳房を鷲掴みにする。
ミューが哀れな声を漏らしてべそをかく。

このミュー最高。
僕にはたまらない。

どうせミューに入って二突きか三突きすれば
ミューは僕が好きでたまらないミューになるんだし
抱かれた後のミューは止めどなくオーラを溢れさせて
幸せ一杯でうるさいくらい僕に甘えるんだから。

-85-

スーパー。
若い母親がカートを押しながら
後ろに声をかけて行き過ぎる。

すると何処からか
とても元気のいい小さな女の子が
この世の全てが楽しくてたまらない様子で駆けてくる。

僕はその女の子の満足そうな様子に感心する。
君はこの世に適合してる。

お菓子の棚の前で小さな男の子は神経質そう。
何を買ったらいいのか?
お金は足りるだろうか?
自分は最適な選択が出来きてるだろうか?

小さな姉と妹。
妹はとても情が濃そうで、如何にも姉思い。
姉の方は愛情には淡白な感じ。

ちらっと眺めただけでも、人の性格ってこんなに違う。
極端に言えば別種。

所が大衆小説は、
ほとんどの人が共感出来るように書かれてる。
ほとんどの人が共感できる真実なんて
この世に存在しない。

じゃ、どうして、
そんな物が存在してるように感じるんだろう?

社会生活を送る上で
人は有りもしない共感を真実として受け入れるように
育てられてくから。

同じ人間が
戦争の前には開戦こそ必要だと心から思い、
戦争の後には平和こそ必要だと心から思う。

彼等に取ったら戦争と平和は同じもの。
彼等を取り巻く状況が違うだけ。
だから幾ら「反戦平和」を言った所で仕方ない。

僕は小さな頃から、
この共感って奴が受け入れられない。
身の回りで起こってる事は理解できる。
その中で人々が感じてる感情も理解できる。

でも僕に取ったら、それ等の中に何のときめきもない。

所詮、仮の世界の仮の出来事。
結果がどう出ようと、さして問題じゃない。

そんな具合に僕はこの社会に全く適合してない。
でも僕にミューが居るなら
僕は立派にこの世界に適合できる。
僕は普通の人並みにこの世を楽しむことが出来る。

ミューが面食らったように
僕の瞳の中に住んでるミューは
この世の全ての物を超越してる。
僕に取ってミューは唯一、絶対の権力者。

ミューは美そのもの。

多分、ゴドが僕をこんな風に作った。
こんな風に作られた僕の為に、ゴドはミューを作った。

僕はミューの中に
唯一の絶対者としてのゴドの属性を見る。
そんな風にミューを見る僕の視線に
ミューもゴドの属性をありありと思い出す。

だから、ミューが多情だろうと
ブリンカーをつけた競馬馬だろうと
僕に選択肢なんてない。

赤毛のアンのマリラは言う。

『神でもないものをこんなにも愛していいんだろうか?』

この言葉で
マリラが『ゴド』も『愛』も知らないのが分かる。
マリラが知ってるのは宗教。
ゴドと宗教は無縁のもの。

ゴドは遠く離れた何処かに居るんじゃなくて
ゴドはここにいる。
ゴドの居る場所が天国。

死んだら天国へ行けますなんて大きな嘘。
今天国に居ない人間が、
死ぬ事なんかでどうして天国に行ける?

で、今夜、僕の女神は機嫌がいい。
本当にうれしそうに、にこにこしてる。

「ねっ、安全日なの、生で出来るの。
 うれしいでしょ?」

いや、そう言われても・・・。

「安全日?」

「あんた安全日も知らないの?」

知ってるよ、そのくらい。
僕が心配してるのはミューのハイなテンション。
ハイになってる時のミューは全く信用できない。

でも、まっ、出来たら出来たでそれもあり。
僕は子供なんて欲しくないけどミューは欲しい。
ミューが手に入るなら何でもする。

僕が入り込むとミューが盛んに感激してる。

「素敵。あなたが直接、私の中に居るの」

僕を見つめるミューの目が輝いてる。

ミューの感激にも関わらず
僕がさして感動してる様子がないから
ミューはしきりに僕の同調を求めてる。

だって、薄いゴムの膜一枚を感じ取る感性を持てって
言われても僕は世界選手権500ccクラスの選手じゃない。

盛んに可愛くアジってたミューがとうとう拗ね始める。
で、僕はミューに調子を合わす。

「でしょ?でしょ?」

はいはい、あなたは女神です。

その瞬間のミューの感激の仕方ったら
まるで新年のカウントダウン。

3、2、1、ああーん、しあわせーっ。

今日は何時もより一杯幸せを感じてます。
抱かれた後、ミューはそんな風に輝いてる。


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