阪神タイガース  われら猛虎党






天国の恩師に届け!!志願出場の金本、奇跡の島野氏追悼弾!

金本はファーストスイングで大竹の144キロをガツン
 (オープン戦、広島3-7阪神、5日、京セラドーム大阪)阪神・金本知憲外野手(39)が、昨年12月に胃がんで死去した島野育夫コーチ(享年63)の追悼試合として行われた5日の広島戦(京セラD)に1打席限定で志願出場し、左翼に2ランを放った。オフに左ひざ手術を受けながら、異例の早期オープン戦出場で劇的弾。鉄人の熱意は天国の恩師に届き、そのオーラは全国の虎党を包み込んだ。
8 試合結果へ

 ドームの天井の、さらにその先へ。恩人へ届けとばかり、金本の打球が上がった。ウソ…。マジ!? 息をのむ静寂は、白球が左翼席へ飛び込んだ瞬間、大歓声へ変わった。1打席限定の08年初打席。劇的という言葉では語り切れない追悼弾に、球場全体が震えた。

 「まさか、ね。冗談で『ホームランを打つ!!』って言っていけど、まさか…。芯に当たった。自分でもビックリです」

 一回二死三塁。大竹の外角144キロを一閃。着弾を確認すると、口を小さくプゥと膨らませた。

 これ以上ない手向け。「そう思いながらベースをまわりました」と静かに息をついた。

 アニキにとっての“オヤジ”。03年、広島からFAで阪神入り後、家族のように迎え、陰で支えてくれた島野氏の追悼試合。「少々無理してでも…」と出場を熱望してきたが、球場入りの時点では代打の予定すらなかった。左ひざ手術からリハビリの真っ最中。2月24日にフリー打撃を再開したばかりで、実戦はゼロ。元気な例年でもこの時期のOP戦出場はない。それでも譲れなかった。

 フリー打撃前。ミラールームで1人黙々とバットを振った。吉竹チーフ野手兼打撃コーチとともに食堂へ行き、宮崎オーナー、星野SD、岡田監督のテーブルを訪れた。

 「試合に出してください」。直談判。「普通やったら出さへんけど…」と折れた岡田監督。急きょ「4番・DH」に書き換えられたスタメン表が、奇跡を呼んだ。

 「本当は内野ゴロを打って一塁への全力疾走を見せようと思っていた。ボクの全力疾走を、こっそり一番、褒めてくれた人なんでね」。金本は言う。俊足の外野手だった島野氏。「オレの現役時代は赤星より速かった」と笑った顔が目に浮かぶ。機動力を生かし、チンタラを嫌う鬼軍曹。金本が気迫の疾走からベンチへ戻れば、いつも温かい瞳が待っていた。鉄人にとって走塁はプライド。しかし、ひざの不安を一掃するゴロを狙った打球を客席まで運んだのは、“まだ無理すんなよ”というオヤジの気遣いだったかもしれない-。

 本格的な実戦復帰は3月16日の巨人戦(東京D)がメドになる。

 「打つ方に関してはほとんど(痛みは)ない。1打席ではまだまだ。やることはたくさんあるが、第一段階としては結果良し。思ったより順調に来ているんで、安心してください」

 島野氏へ捧げた伝説の『3・5』。金本が力強く、08年を歩み始めた。


★星野SD「きれいなホームラン」

 本人以上に星野仙一SDは満面の笑みを浮かべた。03年11月3日の優勝パレード以来、1584日ぶりにタテジマに袖を通した日に飛び出したアニキの一発に、声が弾んだ。

 「そりゃあ、気分は悪くないやろ。アイツらしい、きれいなホームランやったね」

 心配事が消えた。試合前、久しぶりに金本と話をした。

 「『不安はあったけども、ここにきてスッーと回復しました。いい感じできています』と言うとった。初めての経験だし、重苦しいのがあったんやろうね。でも、結果が出たわけだからね」

 収穫は主砲の復活だけではない。赤星の復調を目に焼き付け、新井については「心配ない」。故島野氏の思いを代弁するかのように、今岡にも触れた。「とにかくスタートが大事。オープン戦の残り5試合から、どうやって飛び出すか。それさえ乗り切れば大丈夫だと思うよ」

 新打線への手応えは十分。「(島野氏への)弔いとして(優勝で)花を添えてほしい」。その中心にいるのが、自ら阪神に呼び寄せ、島野氏との縁をつくった金本。星野SDはトラに訪れた“春”を満喫していた。

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昨年亡くなった島野育夫コーチの追悼試合、全選手が黙とう

試合前に島野氏に黙祷をささげる選手、スタッフ
 昨年12月15日に胃がんで亡くなった阪神・島野育夫コーチ(享年63)の追悼試合が5日、オープン戦の阪神-広島(京セラD)で行われた。試合前、03年に阪神がリーグ優勝した際の映像などが大型スクリーンに映され、両チームの選手が黙とう。始球式では北京五輪の野球日本代表・星野仙一監督(阪神SD)が投手を、田淵幸一前阪神コーチが捕手を、岡田彰布監督が打者を務めた。球場の入り口には島野さんのユニホームや写真が飾られた。


■島野 育夫(しまの・いくお)氏
 1944(昭和19)年3月30日生まれ。栃木県宇都宮市出身。作新学院高から63年中日入団。南海、阪神でもプレー。80年現役引退。通算成績は1466試合出場、打率.242、24本塁打、211打点、251盗塁。その後、阪神、中日コーチを歴任。03年は星野阪神のヘッドコーチとしてセ・リーグ優勝に尽力。05年に阪神総合コーチ。06年に阪神二軍監督就任。同年に胃の手術を受け長期入院。退院後の07年は総合特命コーチを務めた。「鬼軍曹」と呼ばれ今岡らを鍛え上げた。昨年12月15日に胃がんで死去、享年63。


★夢の豪華始球式
星野SD、久々のタテジマで始球式を行った

星野SDが投げ、田淵が受け、岡田が振る、豪華な始球式

 始球式では星野-田淵のバッテリーが結成され、岡田監督と“対戦”。星野SDは気合十分の1球をミットに収め、「遠くから来てくれた人も多かったし、それだけ島ちゃんは偉大だったということ。大したモンやと思うよ」。久しぶりのタテジマにも「日の丸の方が似合っとるよ」とニヤリ。6日、日本代表のスコアラーが北京五輪の世界最終予選(7日開幕)が行われる台湾に向けて出発する。闘将自身も11日に渡台する予定で「島ちゃんの写真を持っていく」と8月の本番に向け、ホシノ流の弔いを誓っていた。

星野SDは島野夫人にボールを手渡した
★夫人「島野も喜んでいる」

 島野氏の追悼試合には美智子夫人(64)、長男の敦識さん(36)夫妻と3人の孫、長女の幸子さん(32)が出席。遺影を胸に抱いた美智子夫人は「思わずジーンときました。(現役時代の映像に)あんな細かったかな、と。スタープレーヤーでもないのに、こんな大きな式典を開いていただいて…本当に嬉しく思います」と深々と頭を下げた。「選手の皆様が気持ちよく出席してくださり、島野も喜んでいると思います。バタバタしていて、亡くなった実感がわいていなかったのですが、この追悼式が終わった後にわいてくるのかなと。これが(島野氏との)最後かなと…。感無量でした」。星野SDから受け取った始球式のボールは、仏壇に飾るという。

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Last updated  2008年03月06日 18時08分33秒
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極楽山本バカス  
とまほーく さん
おいおいオレさ、平成娘とヤったぞww
19歳ってマジなんなの?締まり良すぎなんスけどww
つーか、最近の娘淫乱すぎだろwww
http://kanakan.zz.tc/tantan/reqmt5w (2008年03月06日 21時04分47秒)

ちょっと聞きたいんですが。  
うみぼうず さん
恥ずかしながら、これ http://shurl.org/uJJiB?f1l6pqw やってDT奪ってもらったんですが・・・・・・
ローションを塗りたくられて、足で2回いかされ、さらにベッドで2回(^_^;)
これって普通ですか?教えてエ口い人 (2008年03月07日 00時29分36秒)

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