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2007年明けましておめでとうございます(私の散歩道:孫娘ことねと)私の歩いてきた道大きな戦争が終結してみんなが貧しく食べるものも十分でなかった幼なかった日々電話は村に一軒しかなかったし、急用は、いつも電報だった時代。真夜中に「デンポウですよ、デンポウですよ」とどんどんと雨戸をたたく配達夫の声に家中のものが起きて来て心配顔で電文をのぞきこんだ夜があった。あれから半世紀電話は一人ひとりが携帯しインターネットのウェブに乗って世界の果までその情報や私信は瞬時にかけめぐる。幼い日々にこのような日々があると予想できたか。大晦日には新しい肌着、新しいセーター、新しいズボンなどすべてを新しくしいのがうれしくって枕元に置いて寝た幼かった日々。元旦の早朝は真新しい服を着てお参りして、家族全員でお雑煮を食べた「おめでとう」と口々に言い合って。お正月の料理は祖母や母が前日から準備して作ったものごぼう、さといも、くろまめ、金時豆、さつまいも、だいこん、にんじん、れんこん冬の畑の作物だけそれぞれ湯がいてから煮締めたものクチナシの実で色づけたサツマイモのきんとん動物蛋白質といったら卵、ぶりの煮つけ、たつくりの炒り煮ぐらいお雑煮は家でついたお餅にもち菜を青々といっぱい入れて。ただそれだけのシンプルなお雑煮。これら全てを女達が、もくもくと準備して作ったお正月。お正月三が日は女たちは台所に立たなくてもいいように大量に作り置いた。これが私達の幼い日々の貧しいお正月であった。(お正月の床の間には、よく寒椿が活けられていた)お正月が来るとその祖母や母の作った田舎の煮物の味を私もレンコンをサトイモをゴボウをしこしこともくもくと再現しようとする。おせち料理はお重にいれて、1万、2万円でデパートでスーパーで売られている。お餅もパックにいれて売られている外食ですべてが済むお正月。これでいいのか。幼い子のいる家庭は、若者のいる家庭はせめてお正月だけでも、田畑の作物を、家庭の手で調理して、ゴボウのニンジンのサトイモのレンコンの味を飽くほどに食べてみるのもいいのでは、こんなお正月は古臭くみんなの笑いものなのだろうか。私の歩いた半世紀余りの道この移り変わりの落差は、人の心をも大きく変えている。孫娘ことねの生きる半世紀後の社会はもっと激しい転変があるに違いない。時代は大きく変ろうとしている。
2006.12.31
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今日は冬至 私の散歩道はコナラやミズナラの枯黄色の葉がはらはらと曇天の冬空を背に舞い落ちる(コナラの雑木林の冬もみじ)ドウダンツツジの真っ赤な葉は一層濃い赤茶の葉となって、まばらに、まだ木にしがみつき冬木立の散歩道でふるえてた。(枯ススキとユキヤナギの枯れた紅葉の土手)今年は春からずっと曇りや雨が多くて、日照時間が記録的に少ない一年となった。今日は冬至だというのに、暖かな低気圧が周期的に西からやって来て雨を降らし、去っていく。冬らしからぬこの異常が初夏に咲く花をもう咲かせているヒメジョオン(姫女苑) 初夏のヒメジョオンに比べると背丈は低く花も小さい。花びらの色も淡い紫色となって咲いているものもある私の散歩道。 タンポポも短い花茎から、地に這うようにして咲いている俳句には「冬たんぽぽ」という季語があるので日本の冬には昔からタンポポの花が咲いていたのかしら。黒土はやさしき土よ冬たんぽぽ 中村 明子 そして、ノジスミレ(野路菫)もこんなに小さな花をつけている。 春には、同じ場所に、このノジスミレは、こんな花を咲かせていた。舗装された道端から、駐車場の石ころの土からもたくましく芽をだして、誰からも気付かれる事もなく夏草と一緒に刈り取られてもへこたれることなく芽をだして、葉を茂らせて暖かな冬至の日にも小さな花を咲かせた、ノジスミレそして、「冬すみれ」という季語もある。石垣のあいまに冬のすみれかな 室生 犀星しかし、この俳句に歌われた「冬たんぽぽ」や「冬すみれ」は暖かな冬の陽だまりに、ひよっこりと咲いていた出合いの感動ではなかったか。木枯らし吹く、厳しい寒さのなかに、冬木立の灰色の冬景色に一輪、二輪と咲いている、ほっとなごむ暖かさ。そんな感動が冬たんぽぽや冬すみれにあったに違いない。私の散歩道のこのヒメジョオンやタンポポやノジスミレはだらだらと四季のけじめ無く続く異常天候のなかで、メリハリなく、なんとなく遅れ咲く夏の花。至る所に咲いている、狂った花たち。冬紅葉でまばらになった明るい雑木林に濃いみどりの葉っぱでほの暗い空間にほのかにピンクかかった白い花びらが乱れて咲き競っているサザンカ花。私の散歩道は冬と春と夏が入り乱れて冬至を迎えた。厳しい冬はやって来るだろうか。いのちが力を蓄え眠る冬は来るか。
2006.12.22
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ホームレス襲撃事件を犯した中学生たちに潜む意識とは何か。 愛知県岡崎市の河川敷で、11月始めからホームレス襲撃事件が相次いでいた。殺害を含む8件の襲撃事件は、全て28歳の男を首謀者とする中学生3人のグループによる犯行と判明した。犯行の動機、目的は、「カネ欲しさ」と「憂さばらし」である。初老の老婆が殺害された。69歳の女性ホームレス、花岡美代子さんが殺害されたのは、11月19日の未明、乙川河川敷である。28歳の男と中学生3人の4人全員で、鉄パイプで殴ったり、足で腹部を蹴り上げたりという暴行を繰り返し殺害した。28歳の男が「カネ」を持ち去った。自分たちより力弱く、抵抗できない、初老のしかも女性をこのような悲惨なやり方で殺す、その手口は、卑劣な恥ずべきものであり、許すことは出来ない。この少年たちや28歳の男は、社会からドロップアウトされたゴロツキ集団であり、その集団が更に自分より弱い抵抗できない集団をイジメて叩きのめす、無い所から、わずかなカネを奪って飲み食いや遊興費にする。この現実に大人たちは眉をひそめ、今の若いものは何とひどいことをするのだろうと言っている。どこかのテレビのワイド番組などでは、司会者が少年集団の非人間性を大声でわめいて、いかにも、この社会の無法を告発しているかのごとく騒いでいる。しかし、この事件に見られる構図は、今の社会そのものを包み隠すことなくあからさまに表しているに過ぎないのではないか。カネも職もなく、知性もない者たちが、自分の欲望の赴くまま犯行を起しているので、事の本質が容赦なく世間のまえにさらけ出されている。ホームレスなどは、社会の負け組み、脱落者として、踏みつけられても当然という意識が、国民の多くの共通したものとして心の奥深くにある。社会の厄介ものなのである。排除すべき存在なのである。ひとりひとりがその差別意識を自覚しているかどうかの違いだけである。子育て中の若い親が、子どもによく言う言葉に、「勉強しないとホームレスになるよ」というのがある。要するに幼い時から、ホームレスは人間として、忌まわしい価値の無いものとして、脳裏に刷り込まれているのである。その延長上に弱者が弱者を食い物にしても何ら痛みを感じない、罪の意識も無い、襲撃事件が起きている。そして、社会も、ホームレスが襲われてもやもう得ない、ただ、殺すのはちょっと行き過ぎだけど、という感覚なのである。権力やカネのある者は、他人の人間としての尊厳をおとしめ、踏みにじっていても、何ら罰則を社会は与えないばかりか、羨望さえ受けているという今の日本のこれは縮図なのである。「自己責任」で再チャレンジせよ、出来ないものは能力が無いから本人が悪いのだ、という思想の行き着く先にあるのがこの事件の本質ではないか。働きたくとも働けぬ高齢者たちの多くは、常にホームレスと隣り合わせで生きている。そのような初老のホームレスの女性が、このように哀れな死に方をせざるを得ない日本。これが繁栄している、景気がよい日本の現在の姿なのである。そして、破棄すべき邪魔モノとして、姨捨山さえなくしてしまった高齢者達の大群が背後にひかえている日本。50年後には4割が高齢者を占めるという、将来推計人口さえ出た。この婆さんもその一人なのである。そして、今、社会にたむろしている若者たちの全てに50年後には老いがやって来る。その時の自分の老いの姿をどう描いているか。幼い子や若者や老いたるものが、真に人として尊重される社会。そこに必用なおカネをたっぷりと惜しまない社会。今、日本はこれとは反対の方向に向いて走っている。
2006.12.21
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大江健三郎「定義集」から。家庭教育に「教育基本法」を開いてみよう。 自民・公明の「改正教育基本法」は、始めから今国会で、可決するというスケジュールで仕組まれていた。茶番劇の連続で予定通り「改悪教育基本法」は成立した。 しかし、この国会の審議を通して、与党自民・公明党の体質が、いかに民主主義とかけ離れた党であるかを国民の前に一層明らかにした。 与党は、委員会審議が衆院で百時間以上、参院で七十時間を超えたことを持って十分審議は尽くされたといって、強行採決した。 「改定案」提出の「根拠」として、当時の文科相・小阪憲次郎は、タウンミーティングでの国民との意見交換をとおして、民意が改定を求めていると答弁していた。しかし、そのタウンミーティングは、政府の報告書でも、全174回のうち発言依頼105回・356人、「やらせ質問」15回53人だったことが明らかになった。依頼者には謝礼まで支払っている。これらは全て税金。しかも「やらせ質問」は、文科省主導で行われていた。なぜ、「やらせ」までやって、民意を偽装したか。政府の報告書はその動機について、「教育基本法改正に反対する者のみが発言する可能性があり、賛否両論幅広い意見が出るように配慮する必要があった。」と言っている。要するに政府がお膳立てしなければ、賛成意見が出てこないという代物が与党自民・公明の「改正教育基本法」なのある。さらに、参院教育基本法特別委員会が、6ヵ所で開いた地方公聴会では、24人の公述人のうち、13人が、反対か慎重審議を求めていた。4日に行われた新潟会場の与党公述人の一人は、「突然参院から話があり、公聴会の前日に始めて法案を必死になって読んだ。」と明かている。要するに国民的議論などほとんどなされていないということである。形式だけを整え、それで十分審議を尽くしたというのである。国民の目からできるだけ本質を隠して、急いで強引に無理やり可決しなければ、可決しないお粗末な法案であることを自らが告白している。日本の未来を担う子供たちに関る国の在り方を左右する重大な法案が、火事場泥棒の如くに成立した。 この法案の可決によつて、今後の日本の学校は、この法律に沿って、次々に国家が立案した教育方針が現場に強要され、それによって教員は、その方針に忠実かどうか評価され、ますます、学校は矛盾と混乱に陥るであろう。 今日(19日)の朝日新聞の文化欄:大江健三郎が「定義集」という連載エッセイで、《心に「教育基本法」を》という記事を書いている。その中で、 〈 まさに「作品」と呼ぶにあたいする文体をそなえた教育基本法には、大きい戦争を経て、誰もが犠牲をはらい、貧困を共有して、先の見通しは難しい窮境ながら、近い未来への期待を子どもらに語りかける声が聞こえます。 あの「作品」を積極的に受け止めた日本人には、その文体につながる「気風」があったのです。それを忘れずにいましょう。 そうして幼児とともに、目の見える・見えない抵抗に出会う時、若い母親が開いてみる本にしましょう。〉 と結んでいる。若い母親が(また意識的な父親が)自立した個性にみちた家庭教育をすすめる手がかりとして「教育基本法」を、開いてみる「本」にしようと呼びかけている。目にみえる・見えない抵抗;理不尽な国家の人格への介入で、子育てに混乱と停滞が生じた時「教育基本法」を子育ての「本」として開いてみようと呼びかけている。 「日本国憲法」や「教育基本法」の文体は、とてもシンプルで日本語としても完成度が高い。改正教育基本法の文体の混乱、回りくどさは目に余る。文体だけではなく、その精神においても「人類の到達した叡智」の結晶であり、世界に誇れる法律を、ここで失う事は、日本の歴史の汚点となるであろう。しかし、自民・公明がごり押しして可決したからといって、闘いは終ったわけではない。子供たちがどのように育つか。どんな未来を担う大人に成長していくか、その結果がだけが、何が正しい法律かを実証するであろう。家庭や学校が、どのような子育てや教育をすれば、子供たちが人としてすぐれた自立した大人として、社会で生きて行けるかという事実だけが、何か正しかったかを証明するであろう。心に「教育基本法」を。権力は心まで縛る事は出来ない。そして、歴史が必ず何が正しいかを実証する。
2006.12.19
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Danjoseの花歳時記(外国編)-秋のサンティアゴ巡礼街道(3)巡礼街道のマレイン(モウズイカ:毛蕊花)(枯野に咲く、枯れようとしているモウズイカの花)ブルゴスの街を過ぎると、刈り入れの終った麦畑は、辺り一面を赤茶けた荒涼とした大地として、延々と続く。その枯草の荒涼とした畑に、ニョキニョキと天に向かって突っ立ているまさに枯れんとしているマレイン(Mullein)、モウズイカ(毛蕊花)。(巡礼街道の秋のマレイン・Mullein:ゴマノハグサ科、モウズイカ属(Verbascum)種類が多く、種は特定していません)巡礼街道のモウズイカは麦が刈り取られた後にも、枯れた大地にひとり立ち枯野の単調な道中を行く旅人の心をを慰める。そして、モウズイカは、古代からずっと人々の暮らしの中で、薬草としてヨーロッパの人々の暮らしの中で生きてきた。マレインは、古代ヨーロッパには200種にも及ぶ種類があったと言う。そして、今でもヨーロッパだけでも90種あまりあるという。その中で最もよく知られているのがビロードモウズイカ(Verbascum thapsus)その昔、長い花穂に牛脂や樹脂をしみこませたいまつにしたという。魔女のロウソクという呼び名で親しまれもした。黄色の染料などにも使ったという。鎮静や咳や痰を取り除く薬にもされてきた。再び、スペインのセネキオサンティアゴ草前回、巡礼街道(2)で紹介したスペインのセネキオは、更に調べを進める中でサンティアゴのセネキオ(Senecio Jacobaea)という種類もあることが分かりました。Jacobaeaとは、、、この巡礼街道の終着地点、サンティアゴ・デ・コンポステラに眠る聖ヤコブ(キリストの12使徒のひとり)のこと。サンティアゴは、ヤコブのスペイン語読み。二つの呼び名、フランスのセネキオ(Senecio Gallicus)とスペインのセネキオ(Senecio Jacobaea)は、サンティアゴの杖(Verilla de Santiago)とサンティアゴの草(Hierba de San Jaime)というスペインでの宗教上の呼び名を持っていたのです。巡礼の難所の一つピレネーを境にセネキオがこのように変化していくのは興味深い。その昔、中世の巡礼者たちが、「地の果て」サンテイアゴ・デ・コンポステラめざした命がけの旅の途上のとりわけピレネー山中の巡礼街道は旅の途上で行き倒れた巡礼者が多かった道。ありふれた繁殖力の旺盛な野の草世界の荒地を旅する雑草、その可憐な黄色の花々は、巡礼者の心の杖となったのは肯ける。心の支えとなったにちがいない。たくましい花セネキオ。何処にでも何処までも旅人のお供をするセネキオ。心地よい春の日も、焼けつく夏のの日にも、荒涼とした秋にも嵐の日にも野の道にセネキオは黄色の可憐な花を咲かせていた。古くは、胃の病気や、傷の手当にも用いられたというセネキオまさに、「地の果て」を目指した中世の巡礼者には友であったに違いないセネキオそして、千数百年後の今日も巡礼街道にはセネキオは変らず咲いている。 スペインのセネキオ(サンティアゴ草)は次のページでも掲載しています。 (14)夏のなごり・イガヤグルマソウ咲くカミーノ (17)雨風強し、サンティアゴ巡礼街道
2006.12.17
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Danjoseの花歳時記(外国編)-秋のサンティアゴ巡礼街道(2)スベインの野ばら古都ブルゴスの巡礼道は、川の近くで水も豊富、緑もまだ豊かである。歩き始めてすぐに出合った背丈ほどもある濃い緑の潅木。愛らしい赤い実がたわわに垂れて旅立ちを見送ってくれているかのようである。歩いて行く途上で、ずっと見かけた赤い実、スペインの野ばら晩春から初夏、この野ばらの道は、野バラの可憐な花が咲き競いあたり一面はバラのかおり満ち、虫たちが密を求めて飛交うに違いない。そして今、秋は、濃きグリーンの葉っぱを背景に赤い実がこんなにもたわわに実っている。赤の力強さその緑と赤のコントラストの絶妙さ、野の花だけがもつ美しさ。夏の厳しい暑さや、雨風に耐えて自らの旺盛なエネルギーで、生き抜いてきたものの持つ色の深さ、すがすがしさ。野に咲くバラの美しさがそこにはみなぎっている。害虫にも病気にも物ともせずに生きぬく野のバラの力がみなぎっている。スペインのセネキオ(学名:Senecio gallicus ・キク科、Senecio属。フランスでは「フランスのセネキオ」という別名を持って、広く分布。それに倣って、スペインのセネキオと呼んでみた。日本なら野菊か?)まだ青き草むらにディジーのような小さな黄色い花をまさに枯れんとするその一瞬まで、健気に咲ききっているセネキオその旺盛な繁殖力で綿毛を飛ばして荒地でもどこでもすぐに増えていくセネキオ。そして、こんなにも澄んだ明るいブルーの可愛らしい花を咲かせる野の花が咲いている。(この花の名前、科、属はいまだ手がかりがありません)ブルゴスの秋の巡礼道は枯れようとする野の草花が朝晩の冷え込む気温で、その色を一層深い味わいにして、可憐に咲いている。《花の名一口メモ》スペインの野ばらバラは写真だけから名前を特定する事は難しく、この赤い実のなるバラの名前は定かでありませんが、スペインに咲く野バラで、花のつき方、葉の形、その他の特徴などから、よく似た野バラがこんな美しい花を咲かせますので紹介します。学名:Rosa sempervirens 別名(evergreen rose)春の終わりから初夏にかけて、写真のような3~5cm の花を咲かせる。蕾は白で、咲くと淡いピンクとなる。香りもよい。南西ヨーロッパ、地中海沿岸域に自生しているバラの原種。つる性で常緑。野生の状態では、バラは古枝の上に新梢がそれを覆うように伸張し、やがて古枝は枯死するというサイクルを繰り返し、ブッシュを形成する。(バラの花の写真は、University of Cantaniaから借用。Rosa sempervirensは,次のサイトを参照しています。http://www.plantencyclo.com植物の名前には苦労しています。間違いあればどうぞご指摘ください。
2006.12.12
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Danjoseの花歳時記(外国編)-秋のサンティアゴ巡礼街道(1)サンティアゴ巡礼街道は実りの秋(大きな栗の木の下から始まった旅)Mr&Mrs.Danjoseが再びスペインのサンティアゴ巡礼街道の旅をしました。前回(3年前)は、春の巡礼街道でしたが(9回のシリーズで連載しています)、今回は9/22~10/8の17日間、310kmの秋の巡礼街道の旅です。前回同様、今回も徒歩で粗末な巡礼宿(アルベルゲ)に泊まる巡礼者としての旅をしました。前回、途中から列車に乗り、歩かなかったブルゴスからスタート。(ブルゴスの街全景:大聖堂が威容を誇って、天に聳える)ブルゴス(Burgos)は中世にはカスティーヤ・レオン統一王朝の首都として栄えた都市。人口20万弱の都市であるが、小さな町や村の続く巡礼街道沿いにあっては際立った大都市のひとつである。(ゴシック様式の代表的聖堂;ブルゴス大聖堂が天に伸びる)この街を圧して聳えるブルゴス大聖堂は13~14世紀に立てられたゴシック様式の大聖堂。スペイン三大カテドラルのひとつである。この街からいよいよ巡礼の旅のスタート。晴天の心地よい秋の日、ブルゴスの街の公園には、大きなマロニエの木。(地面にもマロニエの実がいっぱい落ちています。写真の女性・ミセス・ダンホセは、6人のお孫さんのグランマとは、とても見えない、若々しく溌剌とした健脚の素敵な旅の道ずれ)セイヨウトチノキの実「セイヨウトチノキ」は「マロニエ」とも呼ばれている。春になると若葉が茂り、街を欝蒼とした緑ににつつむそして、白いマロニエの花が天に向かって咲き乱れかぐわしい香りが地に満ちる。ヨーロッパの街の街路樹や公園にしばしばみかけるマロニエの木。パリのシャンゼリゼ通りのマロニエの並木道は、映画や小説の舞台としてお馴染みである。 夏には、大きな葉を茂らせて、涼しい木陰を、冬には落葉して、冬の柔らかな陽光を街に注ぎ込む。ヨーロッパの人々の日常のなかに深くいりこんで長い歴史を共生してきたマロニエ。「マロニエ」は英語では「Horse-chesnut」(馬栗)そして、イギリスではConker(トチの実遊び)という子どもの遊びがあるという。マロニエの実に糸を通してつるし、二人でぶつけ合って相手の実を割る遊びである。ダンホセの310kmに及ぶブルゴスからコンポステラへの巡礼の旅はかくして、「大きな栗の木の下」から始まりました。秋の巡礼街道の草花や木々は、どんな表情を見せてくれるでしょうか。再びシリーズで掲載していきますのでお楽しみください。 《花の名一口メモ》セイヨウトチノキ(マロニエ)(マロニエの花:4,5月に咲く。マロニエの並木道はこの白い花が天に向かって咲き乱れる) 学名:Aesculus hippocastanum トチノキ科の落葉高木、25m~30mの大木になる。別名「マロニエ」は、フランス語「marronnier]から由来している。実は食べられない。原産地はギリシャ北部、トルコ。バルカン南部、トルコ、ブルガリア、アルバニアでは、ブナや栗などの樹木と共生して森を作っている。1590年代にヨーロッパの温暖な地域に、街路樹や公園の植栽として導入された。 学名のhippocastanumは「馬栗」を意味し、英語名と同様にその実を馬や家畜の飼料に使ったり、ウマの咳をなおす薬に用いたりしたことからこのような名があるという説がある。 又、甘栗と区別するために、大形で野卑なクリという意味を「馬栗」とした説もある。種子からデンプンをとり、それを焙煎してコーヒーの代用としたり、発酵させて、リキュールを造り飲んだり、種子からタンニンやサポニンを除いて粉末にして、小麦粉やライ麦と混ぜて焼いて食べたりした。若芽はビール製造時のホップ代用として使われた。などなど、日本の栃の木にもどこか似ている。薬用としても古くから用いられたいる。ドイツなどでは、痔や子宮の出血のための止血剤として使用された。(マロニエの花の写真は、Champ Yves:Le site aux mille Champignonsからお借りしました)
2006.12.11
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ダンホセの花歳時記ー神宮外苑の公孫樹(イチョウ)並木トウキョウのイチョウ(神宮外苑のイチョウ並木)トウキョウのイチョウは初冬の穏やかな明るい陽光に赤く燃え立つ。山里のイチョウは晩秋の透明な柔らかな陽光に透けてきらきらと金色に輝く。大都会の喧騒と塵にまみれても、強靭に生き続けるトウキョウのイチョウはそのいのちの証を天に向かって赤く燃え立たせてその存在を強烈に主張している夜も眠らぬ大都会のイルミネーションのきらめく街でその夜の刺激的な、あくまでも人工的な街に物欲しげな若者がたむろする。働けど働けど貧困と孤独に打ちひしがれて暮す老いたるものが群れをなす街に自らのいのちをあらん限りのエネルギーで燃やしている葉っぱたち、そんな大都会で働く息子よ娘よ頭を上げて見よ、東京の赤く燃えるイチョウを。(神宮外苑のイチョウ並木)昼もなく、夜もなく、いのちを削って働く息子よ、娘たちよ、トウキョウのイチョウは赤く燃えているのを知っているか。2億年前から、この大自然のなかで全ての天変地異をくぐりぬけそのいのちを繋ぎつづけて今を生きているトウキョウのイチョウのその壮大ないのちのことを知っているか。そして、山里のイチョウは、今、夕日にひらひらと金色に輝いて大地に舞い散っている。その明るさ、透明さを忘れてはいけない。つかのまの休憩に頭を上げて見よ。赤く燃えるイチョウが東京にはあり、山里には、明るい透明な空気に、透けて輝くイチョウがあることを。(東京・日比谷公園のイチョウの黄葉:イチョウは東京都の木でもあり、銀杏の葉のマークが都営バスなど色んな所に使われている)《花の名一口メモ》イチョウ(公孫樹・銀杏)イチョウ科イチョウ属、雌雄異株の落葉高木。学名;Ginkgo biloba裸子植物で、約2億年~200万年ころまでは多くの種が栄えた。現存するのは、中国原産1属1種。人類の歴史とともに、人間の暮らしと深く関り生き延びてきた樹である。学名の属名Ginkgoは「銀杏」の誤音読ギンキョウに由来する。「公孫樹」はイチョウの漢名。公は祖父の尊称で、イチョウの実は、祖父が種を蒔いても、実がなるのは孫の代であることからきた漢名。
2006.12.07
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私の散歩道は、にわかに冬めいて枯葉散る北風の寒い朝となる。今日は日曜日、孫娘ことねと、いつもの朝の散歩道をクリスマスリースの材料を見つけに。(急に枯れ木ばかりとなり、がらんとした空間が広がる散歩道に木枯らしが吹きぬける)散歩道でみつけた赤い実や黒い実ヒイラギの実、ガマズミの実、ウメモドキの実そして、黒いネズミモチの実褐色にかがやくヘクソカズラの実そして、松ぽっくりやドングリもいつぱい拾って、秋の恵のみのりをいっぱい使ってことねとママとこのババで作ったクリマスリースほら、こんなに可愛らしく出来上がりました。(材料は、上記の実のほかは、コトネのオモチャ箱からウサギのぬいぐるみと陶器のロウソク2こ。草木だけのリースにしたかったけど、ことねのリクエストで賑やかに可愛らしく飾りつけ)私の散歩道で、この一年間、芽を出し、花を咲かせ、実をみのらせ、秋には紅葉して、落ち葉となり、土へと帰っていった草花たちよ、いのちの回帰を眺め続けてきた馴染み深い木々の実たちよ、未来にむかって、伸びていく若木のようなことねにその果てしなく広大ないのちのエネルギーの強靭さを分かち与えよ。ことねは、くったくなく笑い、泣き、叫び、今日も伸びていく。 リース作りに使った実ガマズミは、初夏には、こんなに涼しげで可愛い花を咲かせて、秋には、深い赤い色の実をならせた。その葉っぱの紅葉の色合いの深さは例えようもないほどに美しい。今は枯れ木となって、寒い雑木林に実だけをひからびさせて立っている。 ヘクソカズラは、夏には木や塀に何処までも巻き付いて繁茂して、可憐な花を咲かせていた。 秋には、黄金に輝く実をつける。ウメモドキの赤い実も、今は枯れ木となって、木枯らしの土手で、春の準備をしている。 ネズミモチの木は、生垣や庭で、初夏には、こんなきれいな花を咲かせていた。そして、秋には、こんな実をつけ、今、冬には、黒紫色をした実となった。ネズミモチの和名は果実がネズミの糞に似て、葉がモチノキのようであることに由来する。刈り込みに耐え、公害にも強いことから、道路沿いなどに多く植栽される、鳥たちが好んで食べる実でもあるので、都市近郊の雑木林によく野生化している。
2006.12.04
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