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寒中お見舞い申し上げます昨年3月に私の母が90歳でその生涯を閉じました。その為、親しい友人、実家の幼馴染、親戚などには、年賀の挨拶を控えました。その代わりに、寒中見舞いを出しました。( さざんか咲く道: 水彩画 。by fujiko)母は昨年の12月に介護付き住宅から、肋骨が折れたという理由で病院に入院。3か月間、無意味な治療?を受け続け3月25日に亡くなりました。せめてこの3か月間は、慣れ親しんだ自宅で静かに満ち足りて最期を過ごさせてあげたかった。それが今も心残りです。病院に入院した日、外は厳しい冬空の青に山茶花が満々と咲き切っていました。そのときの気持ちをこめて、描いた山茶花。 わが足で独り起つ道 霜降りてはらはらと散り 紅の山茶花人は最期は独り逝く。この孤独に耐え、毅然と最期を全うする。この歌は、母の気持ちになって私が詠みました。母の最期の孤独や悔しさ、今なお私の心に疼きます。余りにも長すぎる人生、ハイスピードの社会の進み方、その間に価値観は大きく変わり、母は自分の価値観をすべて否定されたまま半ば諦め、無念のなかで、逝ったのではないか。これは、高齢化した社会の高齢者たちが、共通して抱える気持ちでもあるのではないか。私の中にはそんな母の気持ちを想う私がおり、私は、今なお苦しいのである。その思いは、私が残された人生のなかで、私自身がどう生きるかによって、答えをだしていくべき宿題でもあると、最近は思い直して、厳しく自己と闘い生きることを肝に銘じている。押し寄せる老いに立ち向かうことは、想像していた以上に厳しい。ともすると、老いるに任せて、怠けて安易に生きたがる自分がいる。例年になく厳しい寒さの日々が続いております。どうぞ、お身体をご自愛下さい。 関連記事:私の母の日(2013.5.13)
2014.01.14
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2014年明けましておめでとうございます2013年には古稀を迎えた私。身体の老化は一段と厳しく老化防止のためにたゆみなく身体や頭を働かせる必要を痛感した昨年でした。(昨年は水彩画に挑戦。これは年末に描いた「駆ける馬」そして、昨年、3月には母が90年の生涯を閉じ、親しい従弟の連れ合いが63歳で逝き、親しい同級生が3人も亡くなり、小学校の大好きだった恩師が逝き、、、私の人生のそれぞれの場面で、それぞれの色合いで影響しあった人々の死は死というものが一段と現実味を帯びて私に突き刺さってきました。人の最期を看取るという体験も母の死で初めて当事者として向き合うこととなりました。まだ、母の最期の有り様や死から立ち直れていませんが、これから私がどう生きていくかで解答を出していこうと決意新たにしています。この1年のなかで、私が学んだこと数多く、残された私のこれからの人生に深い影響を与えることでしょう。すなわち最期まで、生き切るとはどういうことか。残された命を大切に燃焼しきって最期を迎えるとはどうあるべきか。このような課題を突き付けられた昨年2013年でした。(絵の先生が、フィンランドに旅行された時、購入されたお人形を写生した絵。「ムーミン谷」70代を70代でしか発揮できない賢明さでいきいきと生き切る。今までの人生でできなかったことに挑戦しつづける。社会とは、仕事を通して繋がり続ける。70代はまだまだ出来ることがある。私の場合は、若いこどもたちと勉強を通して私自身も成長を続けること。この社会の窓はとても波乱に満ち、エネルギー溢れている。70代だからこそ子どもたちと向き合える向き合い方がある。子どもが人らしく成長することの困難は以前に増して多くなっているこれは、高齢者が人らしく老いて、人生を全うしていくことにも通じる困難でもある。アベノミクスとやら、世の中は、から景気に浮かれ気味、から騒ぎしている間に不吉な黒雲が垂れ込め始めている昨年の秘密保護法を初めとして一連の右傾化は、過去の歴史から何も学ばない愚かしいこと。孫たちの生きる社会が人間が、真に人として豊かに開花できる社会でありたい。そんな未来を実現するためにも老体に鞭打って、厳しく現実の社会も見つめ続け意志表示したい。年の初めにあたり、70代を気力、体力ともにいきいきと過ごせるように休むことなく、頭と身体を活動させ続けるための自己との闘いを厳しくすることを決意したい。これも、フィンランドのクリスマスの人形たち。今年も細々とブログを続けることが出来ること願って。今年もどうぞよろしく。
2014.01.03
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