日々草

日々草

2005.06.15
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カテゴリ: 教育・子育て
これは社会に巣立っていくわが息子に伝えたい言葉である。

現代は教養を身につけることが非常に軽視されている。蔑視さえされている。
現代社会では知識人は無用の長物なのである。
何の利益も生まぬ社会の穀つぶしなのである。
本当に無用の長物か?

効率よく利益を生むものが尊重されている。
教育でさえ、子育てでさえ、効率よく手軽に育てることがもてはやされ、そのためのHow toものが氾濫している。

大学においても然りである。特にバルブ崩壊期から十数年間、日本の大学は教養科目を次々に削減、1年生から専門科目を学ばせようとしてきた。
その結果、日本の大学はどうなりつつあるか、どのような若者を社会に送り出そうとしているか。日本の多くの大学はどこへいこうとしているか。

作家、大江健三郎は現代における知識人について深く思索し、自らも知識人として生きようとしている。

大江健三郎は自らの青年期について、
高校2年のとき読んだ岩波新書の著者、渡辺一夫に感動し教わろうと思い立った。四国の山の森の谷間から上京し、東京大学に入学した。しかし、田舎の青年にとってはフランス語の壁は高く研究者への道は遠かった。大学院を断念した彼の思いは卒業式にでられないほど屈折したものであった。

大学生時代に小説を書き始めていた彼に、渡部一夫先生は、卒業後の4月に彼に研究室に来るように葉書を出された。現れた大江健三郎に、

《小説を書いているだけでは退屈します。ある作家、詩人、思想家をきめて、その人の本、その人についての研究書を、3年間読み続けるように。きみは小説家になるのだから、専門の研究者になる必要はない、そこで4年目には、新しいテーマに向かって進むように。》
と、専門機関とは無関係にひとりで仕事をする卒業生に「独学」の方法を示された。
大江健三郎は先生のこの言葉通りに勉強を続け、この4月から15回目の3年目に入るという。

なんという膨大な、気が遠くなるような時の流れであろう。
大江健三郎の作品が時代とともに進化し続ける秘密はここにあったのだ。
古典の中からの汲めども尽きないこのような膨大な読書の時間の連続があったのだ。

何の実用にも結びつかず、なんらかの専門家になれる補償もない、膨大な時間の浪費のようなこの読書法。

これは現代の教育や子育てが久しく見失っているものである。

実用的な手軽なマニュアル本、才気や誇張のちらばったコーヒータイムにおしゃれに読む本。重厚で長い目で読書に導くようなものは敬遠され、嫌われている。

手軽な心の慰みを求めている。それを癒しと錯覚している。
その刹那だけ癒されたと錯覚し、さらに強い刺激をもとめる麻薬のような読書だ。本質のところでは何も変わっていない。むしろさらに深刻に蝕まれている。

大江健三郎は現代の知識人のあるべき姿を
《現代の知識人はアマチュアたるべきである。アマチュアというのは 社会の中で 思考し憂慮する人間 のことである。その上での活動が、国家や権力、また自国や他国の市民の一般的な風潮と対立する事があっても、こうでなければならない、と知識人はモラルの問題を提起する資格を持つ。》と言っている。

そして、現代の青年たちに、
《アマチュアとして個々それぞれに楽しみ、積み上げた読書をもうひとつの新しい習慣として、専門分野で仕事を重ねつつ、社会に憂慮せざるをえなくなれば、再会して頼りに成る批判層を形成する知識人になることを》期待している。
そうして彼は、すでにそうした青年たちに巡り合っている、とも言っている。

現代の大学は病んでいる。
社会はさらに深刻に病んでいる。
社会の弱者である幼子や、若者たちが、人として全うに育ちそびれている。

この意味からも大江健三郎の知識人としての生き方は多くの示唆を私たちに与えている。

この大江健三郎の読書法は、大学が青年たちにどんな教育をすべきかという教訓に満ちている。
古典の読書に耐え得る強靭な知性を現代の大学は育てようとはしていない。
社会を深く洞察する知性を育てる事が、専門知識教育と同時に大切な事なのではないか。

そうして、子育てや教育はこのような膨大な時間の積み重ねだ。
効率よくは子供は育たない。
効率よくは人は大人にはなれない。







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最終更新日  2005.06.15 09:51:39
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