さよならダブスタ男




男はあるキリスト教系新興宗教の信者だった。

同じく信者である妻子とは様々な理由から別居していた。

教理には禁止されていることが幾つかあった。

婚前交渉もたばこも、不倫もいけない、とあった。

が、男はある女性に声をかける。

女は、その時、自身が創り出した「寂しい病」に取り憑かれていたから、やさしく掛けられた声に簡単に落ちてしまった。

彼が結婚しているとは知らずに。

まして、妻とはまた別の、他の女と同居しているなんて。


男は頻繁に女のアパートへ通うようになった。

しばらくして、彼の同居する女から電話が来る。


「どろぼう猫。」


何のことだろう。

男に問うてみる。

あっさり白状した。

妻子がいること。別れるつもりはないこと。

また別に“面倒みている”女を部屋に棲まわせていること。

それでも。

女は切り捨てることができなかった。

彼には、魅力があった。


彼を取り巻く馬鹿な3人の女は、自分こそが最後に残る人間だと信じて疑わなかった。

私だけが彼を理解できるの。彼を救えるの。

みんな、同じ事を考えていた。


ほんとうは、誰も必要とされていなかったのかもしれない。



信者の中では、彼は熱心な方だったようだ。

週末になると、妻子のいる地方へ車で帰り、「勉強」した。


妻はいつか、この男が真に目覚めるのを待っていた。

今は、○○○(その宗教において人を惑わすとされるもの)に惑わされている。

いつか帰ってくる。

そう思っていた。

同居人の彼女のことさえ、半ば認めていた。

その魂を救おうとさえ、していた。


それでも、やはり嫉妬、ジレンマのなかで、どの女も諍いを起こす。

その度に男は他の女へ泣きつく。

泣きつかれた女は、「やはり私のところへ戻ってくるのね」と安心する。

ただそれは順番にしかすぎないのに。


男は、働かなくなった。一番新しい女と夜毎に飲み歩いた。

女は搾取されているのにも気付かない振りをした。

裏腹に、平穏を求める思いは、彼を苛(さいな)めることで発散された。


あなたの信じて止まない宗教の教えには、こう書かれているじゃないか。あなたのしている事はなんだ。

それは、矛盾というものではないのか?


彼は、そのことに触れられる度に激しく逆上した。


男は自身の行為には甘く、「ソト」の人間には厳しく教理を適用した。

なぜなら。

自分は、神を信じているが、途中の人間だから。未完であるから。

今は○○○に惑わされている。試練のときだから許される。

「ソト」の人間はその神すらを信じようとはしない。


そして滅亡の日、ハルマゲドンを信じていた。

自分達以外の人間、組織外の人間は、いつか滅びてしまう。

それは、自分達の神を信じないからだ。

滅びてよし、なのだ。

つまりは、生に執着しているのだろう。

その割に、彼は陶酔した表情で、自分は今余生を過ごしているのだというのが口癖だった。

もう、あとは人生を消化するのみなのだと。



一方で聖者のような顔をして教理について切々と説きながら、一方で快楽におぼれる。

世の中を穢れと憂いながら、自分の御霊こそは穢れなきものとのたまう。

そして、また周りの女も、その矛盾に敢えて盲目となろうとしていた。

自分かわいさの為だけに。彼に愛されたいだけに。


「俺ってなんだか愛されちゃうんだよね。」


ある日、その言葉を聞いた女は別れることを決意した。

遅すぎる決断だった。

意外にも、自分自身だけを愛していると思われた男は執着を見せた。


説教が始まる。

またそこにも教理が顔を覗かせる。

便利な教えだ。


もううんざりだ。

愛情はまだ確かに存在していたけれども。

彼と費やす時間が、果てしのない無駄のように思われてきた。



さよなら。



あなたのスタンダードの中で、自由に生きてね。






例え、滅亡の日が来ても、

その瞬間をあなたとは迎えたくない。








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