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おちくぼのあかね姫 6
「永泉様におねがいすれば、おもちなんかすぐ整うわ。でも、昨日、几帳や衣をいただいたばかりで、しかも、今度はおもちがいるなんて、永泉様にどうやって説明するの?何でもない日なのにおもちがいるなんて、絶対変に思われるわ……」
悩みながら、藤姫はあかねの部屋に行った。
「神子様、ご機嫌……?」
あかねはうっとりと友雅の衣にくるまっていた。手元には友雅からの後朝の文があった。
「露が持ってきてくれたの。藤姫、私、幸せよ。もう、元の世界に戻れなくてもいい。このまま、友雅さんと幸せに過ごせれば……」
「神子様! それは……龍神の神子としてのおつとめは?」
「友雅さんがいてくれればそれで良いの。もう、ナンにもいらない……」
(……これが鬼の計略だったんだわ!)
藤姫は、歯がゆかった。龍神の神子につとめを忘れさせ、その間に京をけがしにけがして我がものとしようとしているのだ! なんとしても、あかねに正気に戻ってもらわなくてはならない。そのためには……?
(永泉様にお知らせしましょう。このままでは、神子様も友雅殿も鬼の思うつぼにはまってしまう。)
藤姫からの文を見て、永泉は愕然とした。
「神子が、友雅と……!」
出家した身で女人に恋するなど、法の道に反することだと思いながら、永泉はあかねへの思いを断ち切れずにいた。
「神子は友雅を選んだのか……。」
「あかねと少将がデキちまったのか?」
知らない間に、イノリが側に来ていた。
「しかたねえなあ、あっちでも、あかねは少将とばっかり一緒に出かけてたもんな。オレもあかねは気になってたんだけど、オレの方が年下だしなって、あきらめてたんだ。永泉様、悔しいかもしれないけど、あきらめなよ。」
永泉は寂しそうに微笑んで、イノリの顔を見た。
「それより、文を持ってきた露って言うやつが、あかねの様子が変だって言ってたけど?」
「友雅さんがいればいい、と、ふぬけたようになっているそうです。藤姫が書いてきました。」
「しょうがねえやつだなあ、早くあっちへ戻ってお札を集めないと京がだめになっちまうじゃないか。永泉様、どうする?」
できることなら二人の仲を裂いてやりたい衝動に、永泉はとまどっていた。出家の身で女人に執着するなどと自分を信じられなくなっていた。イノリの言葉は、永泉の心を平静に戻した。
「神子と少将が幸福なら、これは仏のよみしたまうこと。私も三日夜の餅を準備して祝ってあげましょう。神子がつとめを忘れそうなのはゆゆしきことです。文を書きましょう。イノリ、神子に届けてください。あなたが自分で神子に渡すように。」
「よっしゃ! そうこなくっちゃ。」
イノリは永泉の文を持って、中納言殿の屋敷へ向かった。
「あかね! なにしてやがんだよ!」
イノリの元気のいい声が中納言殿の屋敷中に響いた。
「イノリくん……。来てくれたのね。」
「来てくれたのね、もないもんだよ。龍神の神子のつとめはどうしたんだよ! 早く仕事しないと、京がだめになっちまうじゃねえか!」
「……わたし、もういいのよ。」
「なにがいいんだよ、なんにもよくねえよ。」
「友雅さんと一緒に暮らすの。赤ちゃんも産んで、幸せになるの。もう、ナンにもいらないの。」
「ばかやろう!!」
イノリは一喝した。あかねはびくっと飛び上がった。
「おまえがお札を集めて京のけがれを祓わないと、一緒に暮らすもできなくなっちまうんだよ! そんなこともわかんなくなるほど、どうかしちゃったのか? 鬼の野郎にはめられてんのがわかんねえのか? 永泉様も心配してるよ、文を見てみろよ。」
あかねは永泉からの文を手に取った。
「……京で鬼が暴れているの……身分ある方のお屋敷が鬼にねらわれて大変だって、泰明さんが言ってたって書いてあるわ……私が仕事を急がなくちゃいけないって、ああ、そうだったんだわ!」
部屋の片隅で小さく「ちっ!」と舌打ちする音が聞こえ、何かがうごめいて消える雰囲気がした。
「鬼は消えました。神子様、気がつかれてようございました。」
藤姫が側に来ていた。
「友雅さんと逢ってはいけなかったの……私、鬼の術にはまっていた。」
あかねの目から涙があふれた。
「友雅さんが好きなのは本当。昨夜はすっぽり包まれて、もう何も怖くないって、すごく自信もわいてきて幸せだった。でも、それを鬼に利用されて……!」
つらかった。取り返しのつかないことをした後悔があかねの心をいっぱいにしていた。後朝の文が胸を刺す。あかねは返事を書かずにはいられなくなった。
あかねの文を見て、友雅は今までに感じたことのない動揺を覚えた。泣かせて別れた女人の数は星の数ほどという友雅だが、あかねへの想いは友雅の心の一番柔らかいところにあった。信じられないほど胸が痛み、息苦しいほどだ。今すぐに逢いたい。抱きしめて慰めたい。自分が悪いのなら許してもらえるまでずっと側にいたい。「もう逢わない」と書いている本心を確かめたい!
「頼久、馬ひけ! 急ぎ出かける!」
今宵は三日夜。二人の契りを本当のものにする大事な夜だ。今宵逢わなければ、あかねに自分の真実は伝わらない。
「神子様はお逢いになりません。そのようにお文を書かれたはずですわ。お読みになったでしょう、友雅殿。神子様は後悔しておいでです。」
友雅を迎えた藤姫は、冷たく友雅に言い放った。友雅の心はさらに沈み込んだ。
「……悪かったよ、藤姫。でも、私の神子姫への想いは本物だ。今まで、こんなに動揺している私をご覧になったことはあるまい? 姫に取り次いでおくれ、友雅の心は真実だと。お願いだ。」
人が少ないので、少し離れたあかねの部屋にも、友雅の来ている気配は伝わっていた。あかねの心も揺れていた。もう、自分たちは戻れないところへ来てしまった。逢わずになどいられない。でも、逢えばまた、鬼の術数にはまるのではないだろうか。自分のために多くの人が苦しみにさらされるなんて、あかねには耐えられなかった。
友雅の声がほのかに響いてきた。
「私も八葉だ。つとめを忘れるようなまねはしない。神子姫をお守りし、京と帝をお救いするのが私の使命なことは重々わかっている。もう二度と、神子姫を我を忘れさせることはない。藤姫、信じてはくれまいか。」
あかねはもうじっとしていられなかった。
「友雅さん……!」
藤姫の部屋に入るなり、あかねは友雅の胸に飛び込んだ。
「わたしが馬鹿だったの! こんなところから早く出て、京にもどらなくちゃいけないのに、すっかり忘れてしまうなんて、私がいけないの! 友雅さんは悪くない、私が悪いの! 藤姫、許して。私が悪いの……!」
あかねの目から涙があふれ出て、友雅の衣をぬらした。友雅はあかねをきつく抱きしめた。
「もう、離れない。あなたのことは私が守るから、神子姫……」
藤姫は、部屋の隅から美しく盛られた餅を持ってきた。
「……仕方のないお二人ですわ。」
小さくため息をつくと、餅を友雅に差し出した。
「三日夜の餅ですわ。作法通り召し上がって、神子様を安心させてあげてください。」
友雅は、藤姫の怒りが収まったのを感じて落ち着きを取り戻した。微笑して藤姫に尋ねた。
「どうやって食べるんだい? まだ結婚したこともない私が作法を知っているわけがないのでね。藤姫、知っていたら教えてくれまいか。」
「……私も存じません!」
藤姫は赤くなって返事をした。
「でも、鷹通殿は、三の君とのご婚儀のときに、3つ、召し上がっておいででした。」
「じゃあ、それが作法なのだろうね。3つも食べるのかい? でも、藤姫が許してくれたようで、安心したらおなかがすいたね。神子姫、あなたも食べるかい?」
「……おなかすいた……」
藤姫がぷっと吹き出し、友雅の磊落な笑い声が響いた。その声に驚いて顔を出した頼久も交えて、みんなで祝うことにした。友雅は大まじめな顔をして3個食べ、みんなの前であかねを一生守ることを誓った。あかねの目から、今度は幸せの大粒の涙がこぼれた。泣き、笑い、恋人達の夜は更けていった……。
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