とりかへばや物語



 私は恥ずかしくて仕方がないのです。なぜだかはわかりません。
「男の子だから」と父上は漢籍や楽をならわせようとなさいますが、なんだかその気になれなくて……。御帳台の中で、乳母や女童たちとお人形遊びとかお絵かきとかしている方が気が休まるのです。
 父君にものすごくしかられたときもあります。でも、私は、自分のこの性分を直せないです。そんなとき、私は、御帳台の中に引きこもってしまう……。新参の女房など、会うものですか。母上と乳母と、友だち役の女童と……それだけが、私の世界のすべてなのです。
 父君はお嘆きですが……。


あかね姫の女房の語れる

 うちの姫様ときたら! 
 姫君らしく、お部屋でじっとしてなんて、姫様の辞書には無いんですわ!
 一日中、屋敷の警護の侍や童と外遊び、しかも、お道具は鞠や小弓ときたもので、またこれがちょっと上手だものですから、若頭領の頼久とかが面白がって教えてしまって、もう、せっかくのお肌が真っ黒に日焼けしてらっしゃる有様で……。
 お客様も大好きで、どなたかいらして朗詠の会とか楽のお遊びとか歌合わせとか始まったりすると、とことことこっとお出ましになって、お習いになったこともないのにまた上手になさいますの。それを鷹通の治部卿様とか橘少将様とかが面白がられてどんどん教えてしまわれるものですから、もう、お二人がいらっしゃったなんてお耳にはいると、とめられないんですっっっっっ!
 殿様がおいでの時なんか、御帳台に押し込めて絶対出られないように私たち見張るんですのよ。なのに、殿様がお着替えとおっしゃって奥にお入りの隙なんか、私たちも人手が取られて手薄になりますでしょ、そうすると、さささっとお逃げになって、出てってしまわれて! 
「こちらの御殿は姫君がおいでだとうかがいましたが、どうやら聞き間違いだったようですね」
とか、少将様に言われてしまいましたわ。ええ、もう、面倒でしたから、そう思わせておきますの。殿様もおあきらめで、そういうことにしておいでになるのですもの、もう、なんでもよろしいわ! 
 私たちとしては、姫様のおかげで橘少将様がしょっちゅうおいでなのが……一度で良いから、デートに誘ってくださらないかしら……


あかねの姫の語れる

 だってー、おもしろいのよ!
 頼久さんや鷹通さんや友雅さんと遊んでると、すっごい楽しいの。
「姫君は、お部屋でおとなしく、お絵かきなさったりお琴を弾かれたり……」
 じょーだんじゃないわ! こんなにお外は明るくて気持ちがいいのに。漢籍や笛の勉強や、友雅さんの冒険のお話とか(どうしていつも女の人がでてくるのかわかんないけど)、難しいことができるのって、すてきじゃない。
 女の子の服は嫌い。重くて動けやしない。なんであんなに何枚もかさねっちゃたりするわけ?あんなの着てちゃ、頼久さんに武芸を教えてもらえないじゃん。動けないもん。
 お父様は、私と別邸のお兄さまがとりかわったらいいと思ってらっしゃるけど、私は私!今の暮らしを変える気は無いわ。悪いけど。最近、あきらめて言わなくなったし、友雅さん達にも、私は若君だと言ってるみたい。きっと、若君だといっとけば、友雅さんが変なことしないって、わかったのよ。らっきぃ!って感じ? 
 ずっとこのまま、いられたらいいと思うわ♪


橘少将友雅の語れる
 私は決して本気にならない。本気になれないのかもしれない。
 人にもものにも執着を抱いたことはない。
 だから、

 大納言の姫への想いも、ただ、ゆかしく想うだけの……

 ……ひとときの事に過ぎないのだろう。

 姫君にそっくりだという若君を見ながら、夢想する。

 冒険がほしいだけだ。
 ただ、それだけ……

 何故、こんなに胸が熱いのだろう。
 目の前の若君は、姫君ではない。
 でも、思わず、抱きしめて口づけしたくなる。
 あやしの恋……? 私が……?

 私を狂わす、あかねの君。



永泉の姫の語れる

父上にまたしかられてしまいましたね。
というか、私が父上を泣かせてしまったのです。

「尼にでもおなりになるしかない、そういうお世話を申し上げよう」

……私がいたらないばかりに。
でも、私は、普通の男の子にはなれません。
人前に顔をさらけ出して交わるなど、そんな、恥ずかしいこと、
それくらいなら死んでしまいましょう。

父上のお嘆きはわからないでもありません。
でも……こればかりは、できないのです。

几帳の中に埋もれて……世に知られず、朽ちていってはいけないのでしょうか……



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