とりかへばや物語 その2



 大納言家の若君が、帝の命でついに出仕することになりました。
 小さい頃から利発な子で、大納言家に参上すると、待っておられたように出てこられて、詩作や楽などご披露くださるので、 よくお教えしたものです。
 元服なさらぬ内から五位の位を賜って、侍従として出仕されました。帝のお側近くにいつも召し出されておいでです。同じように帝の信任あつい橘少将とは良いコンビで、たいていいつも一緒にいます。その姿は絵から抜け出たように美しい、と、内裏の女房達のかしましいこと。橘少将はそういう御達に必ず声をかけていますが、侍従の君はまだ若いからか、顔を赤らめるだけでそそくさと立ち去ろうとします。女人が苦手なのでしょうか? そこがまたかわいいんだそうです。
 ああ、それから、姫君も、東宮の内侍として出仕されました。帝はまだお若く、お子がいられないので、妹宮が東宮としてたたれたのです。その相手役として、父院が指名されましてね。何度も入内をおすすめだったのですが、大納言様がなぜかいつも丁重にお断りされて、姫君の入内はお家の栄えであろうのに、と、宮中の七不思議の一つに数えられていましてね。極端に恥ずかしがりの姫だから、とおっしゃるのですが、これがまたものすごい美女だと評判で。橘少将なども、ゆかしく思っているようですよ。私? 私は女人は苦手で……。それに、大納言の姫君なんて、私には畏れ多くて、近寄れないですよ。
 侍従の君と大納言の姫君は、双子のようにそっくりなのだそうですね。
「当分はこの君の顔を見て、大納言の姫を想うことにするよ。」
とか、少将が言っていましたよ。


あかねの君の語れる

 ついに出仕してしまった。女の身で、男装して、宮中で人と交わるなんて、と、父上がずいぶん心配されて何度も断ってくださったのだけれど、元服もしないのに位はいただくし、もう、出仕するしかないって、追い込まれてしまって。
 私も不安だったんだけど、出仕してみたら、橘少将が兄上のようについてて教えてくださるし、帝もお優しい方だったし、ぜんぜん怖くなかった。今まで学んできたことを生かしてがんばれるのってすてき! 世の中って、人生って、こんなに楽しいんだって、うれしくて仕方ないの。最初侍従だったんだけど、文章も楽もよくできるからとほめてくださって、中納言にしてくださったの。これから、もっと、がんばらなくちゃね。
 でも、最近、一つ困ったことができちゃって……。右大臣が、四の姫と結婚してほしいっておっしゃるの。結婚って……さすがに女の身ではできないじゃない? それなのに、父上ったら、
「橘少将のように浮き名を流されては困るから」
って、お話を受けてしまわれたのよ。いったいどうしろっていうの? 少将に聞いたら、結婚とか恋とかって、一緒にお話ししたりご飯食べたりするんだけじゃなくて、あんなこともこんなこともするんだって、私を男だと思ってるから、あけすけに教えてくれちゃったりしたけど、それ、無理! まあ、深窓の姫君だし、そんなこととかあんなこととかは知らないと思うから、眠くなるまでいろんなお話して、ごまかしちゃおうかなあ……。結構かわいいらしいから、仲良くなれたらいいな。


橘少将友雅の語れる

 驚いたね。中納言の君は、まだ、四の姫を我がものとしていなかったのだよ。どういうことだろう?
 どうしてわかったのかって? 私に聞くのかい?
 先日、話したいことがあって、中納言の君を訪ねたのだよ。大納言様にはおられずに、右大臣邸にいるというから、世の中にはこんなまめな男もいるものだよと思って、出かけたさ。
 そしたら、今の今、大納言邸に帰られたって言うんだねえ、すれ違ってしまったのだね。せっかく行ったから、あそこの御達にもご挨拶をと思って、四の姫付きの女房で以前から親しくしてるのの部屋を訪ねてね。
 四の姫のことも以前からゆかしく思っていたから、垣間見させろとその女房をつついて、暗くなってから姫の部屋に案内させてしまったのだよ。あの中納言が毎日毎晩まめに通う姫だ。宮中の兄役として、一度ご機嫌伺いを……いらない? そうかな?

 これは、過ちというのだろうか? それとも恋だろうか? なんともかわいい姫で、そのまま帰るのが惜しくなってしまった。中納言の君が夜中に帰ってきたと思ったのだろう、抱き寄せても抵抗しなかったよ。ところが、いざ脱がせて……という段になると、気づいたのか、大いに抵抗される。私も男だから、抵抗されて帰るようなことはしない、最後までいただいてしまったのだけれど、やめておけばよかったと思ったのは、これが最初だね。

 ……姫はまだ無垢だったのだよ。

 弟のようにかわいい中納言の君の大事な姫を取ってしまったような気がして、ものすごく気がとがめるのだが、あれだけ真面目に通っているのに、姫が無垢だというのは何だか解せなくてねえ。あれもまだ若いし、姫はまた本当に純なお方だったから、たがいにその気になるまで待っていたのかもしれないが、私が先にいただいてしまったと知ったら、どう思うだろうか。
 当分黙っておくことにしよう。なに、何とかなるだろうよ……。


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