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続「とりかへばや物語」時々「源氏」その3
罪です。あの方との逢瀬を重ねるなんて。
でも、私も、走り出してしまった。止まらなければと思うのに、心が止まらない。ふと気づくと、あの方のことを想っている私がいて、逢いたい心が募ってくるのを感じて、胸が切なくなっていて……。
今宵も、あの方はいらっしゃる。
籐命婦に通ってくるふりをして、私の所へ。
いつまで隠しておけるだろう。お兄さまに。頼久に。
私を守ろうと必死になっているのに、肝心の私が、こんな罪を……。
でも、やはり、私も、あの方なしでは生きていけない。こんな気持ち、宇治へ捨ててきたつもりだったのに……私の心の奥底でふすぶっていた。だって、友雅さんへの気持ちは、ほんとにいつ頃から……あこがれのお兄さまだったのだもの。
小さい頃、乳母によくしかられたわね。
友雅さんが来ると、飛び出していくって。深窓の姫君というものは……!って。
しかられてもしかられてもやめられなかったのは、友雅さんが、私の知らないいろいろをたくさん知ってて、それを教えてもらえるのがすごく楽しかったからだわ。大きくなったら、友雅さんのようになる……。決めてたの。何でもできるかっこいいお兄さま。あこがれだったわ。 だから、あの方と結ばれたとき、私はすごく幸せだったの。そのころ私は永泉のお兄さまの代わりに宮中に出仕する若君で、友雅さんの前で男だったから、結ばれるなんてあり得ないし、あったら大変だと思ってた。あきらめてた。
永泉のお兄さまが男に戻ってくださって、私にも若君ができて、そうね、そのまま、宇治で辛抱強く待っていればよかったのよね。
でも、私、待てなかった。
何を焦っていたのかしら。友雅さんが戻ってくることはわかっていたのに。
「私の北の方はあかねだよ」とおっしゃったのに。
信じ切れなかった。今、これが、その罰なのかしら。
お優しい主上を裏切って。私一人愛してくださるのに。主上に聞こえてしまったら!
中宮御所の警固もあんなに厳しいのに。
私、恐ろしいわ。いったい、私たち……でも、止まらない! 自分で自分をとめられない。何かがはずれてしまった。もう、どこまでも墜ちていくのね。
私、友雅さんとなら、墜ちていけるのかしら……墜ちるのなら、一緒に……。
侍所頭領源頼久の語れる
お二人をとめることはできませんでした。
一生の不覚です。なんと申し開きをしてよいものか。
姫様。友雅殿をお側まで近づけてしまったのは、この頼久の失敗です。あなたをお守りすることができなかった……! どうぞ、ご自分をお責めになるのはおやめください。姫様のお苦しみは私の苦しみ。姫様の罪ではない、私の罪です。
「違うわ。私の罪です。頼久は悪くないわ。最後を許したのは私だもの。」
お優しい姫様! いいえ、私の失敗です。もっと警固を厳重にするべきでした。いえ、私が直接、警固をするべきでした。ちょっと目を離して、下のものにまかせた隙を、友雅殿につかれたのです。
いったい、姫様はどうなさろうというのか。昔、天狗が中宮をたぶらかしたという話を聞いたことがあるが、友雅殿もいったいどうなさろうというのか。これは、反逆だ。謀反だ。お二人とも、それはおわかりのはずなのに……。
私は、姫様を生涯守りたい。かなわぬ恋と知りながら、密かに想う自分をとめられない。若い頃は、その激情を姫様にぶつけてしまったこともあるけれど……だから、姫様の想いもわかる。姫様がお小さい頃から友雅殿だけを見つめておられたのも知っている。でも、今のお立場は……。私は、姫様を守りきれるだろうか。
……何を弱気になっているのだろう。姫様が友雅殿を選ぶというなら、破滅の道をお二人で歩まれるというなら、お供をするだろう。それも、私の運命だ。命に代えても姫様をお守りする。それが、私の想いを姫様にお伝えする、唯一の手段だから。
橘大夫友成の語れる
母上は、中宮様だったのですね。父上がずっとさがしておられた、宇治の姫君。
そんな気がしていました。童殿上の日々、宮様方について中宮御所に参上するたび、私を優しく抱いてくださる。
「お母様は生きていらっしゃると思ってね。」
口癖のようにおっしゃった。そのお母様は、ご自分だったのですね。
どんな事情で母上が父上とお別れなさったかは存じませんが……。中宮様とおなりになった方を、母上とお呼びするのも畏れ多いことですが……。
元服した今では、御簾の中に入ってお会いすることはかないません。人目もありますから、「母上」とお呼びすることもできません。お呼びすれば、喜んでくださるでしょうか。
ええ、かなうものなら、母上とお呼びしてみたい。乳母はよくしてくれましたが、母とはいったいどういうものだろうと、美しかったという母に会ってみたいと、ずっと思っていましたから。
でも、中宮様です。それはかなわぬ夢でしょう、やっぱり。
今はお宿下がり中ですからお会いできませんが、御所にもどられれば、お側に召していただけますから。御簾ごしにお会いすることはできましょう。
いつか、母上とお呼びできたら……。
橘中納言友雅の語れる
あかねをさらってしまう。もう、決めたよ。
あのとき、宇治へあかねをさらったように、もう一度。
今度は、もっと遠くへ、二人で行こう。
伊予の小島で二人で暮らそう。
誰もいない。二人だけだ。あかねは私だけのもの、私もあかねだけのものだ。身分も地位もいるものか、私に必要なものは、あかねの笑顔だけなのだ。
あかねが宿下がりをしているうちに、ことを起こさなければならない。
お忍びで大納言邸にいるなら、帰りもお忍びだろう。そこをねらえれば良いのだが……。
頼久をどうするかな。あれは、どちらの味方に付くだろう。大納言か、あかねか。あれの背後には源武士団がついているから、敵に回すとやっかいだ。なんとか味方につけたいが……昔から、あれの物堅さにはまいっていたよ。あの堅物は、こちらについてくれるのだろうかねえ。 あかねに話してみようか。少々危険だが……一緒に来る気があるのかどうか。私と帝とどちらをとるのか、と聞くことになるがねえ……。頼久は、あかねの言うことならなんでも聞くから、あかねに気があれば、こちらにつくに違いない。ふだんは大納言殿の警固をしているが、宿下がり中は、近衛もあるのに頼久がすべて指揮って警固しているのだから、やはり、あれはあかねを相当想っているに違いない。それもやっかいだがねえ……。
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