【藤姫の紫の物語】若紫の章



 無事四神をを解放しおえ、神子様と天真殿と詩紋殿は元の世界にお帰りになりました。
「藤姫ちゃん、友雅さんに気をつけるのよ。」
 最後に、神子様がおっしゃったのは、どういう意味だったのでしょう?
 私が友雅殿と、何かなるとおっしゃったのでしょうか。そんな、友雅殿のお心はずっと神子様に向いておりましたのに。「あと7,8年したらいくらでも」とお戯れになったことはありますけれど、それは、神子様がいらっしゃるずっと前のお話。
 神子様がお帰りになってしまったので、八葉の皆様はそれぞれ寂しそうです。

 友雅殿は、今までと変わらず、ご機嫌伺いに来てくださいます。おからかいになるのも今までと一緒。ちょっと、心がうつろになっておいでのように感じますが、それは、神子様がいらした場所ですわ。そのうち、どなたかがお入りになるのです。
「あなたが入ってくれますか? 藤姫。」
 また、そのように。お戯れもほどほどになさいませ。八葉を勤め上げられて、少しはお変わりになるかと存じましたのに。
 ほら、お庭から頼久がにらんでおります。いたずらはこのあたりでおやめになって、今宵の姫君のところにいらっしゃいませ。
「はいはい、お姉さま。退散することにいたしましょう。」
 もう、友雅殿は。ちっともお変わりにならない。八葉の皆様はどなたも神子様がお帰りになったのでふさいでおいでだというのに、あの方だけは……。大人でいらっしゃるから、こたえてらっしゃらないのか、それとも、隠しておいでなのでしょうか?




藤姫の乳母の語れる

 あれから何年経ちましたことか。
 星の一族のお役目を果たされて、姫様はすっかり落ち着かれました。
 お小さいのに、重いお役目を負われて、しっかりしなければ、と背伸びしておいでだったので、本当に、橘少将様が時々のぞいてくださらなければ、ご病気になってしまわれたかもしれません。ああしておからかいになって、姫様も憤慨なさっておいでですが、あのように時々小さな姫様に戻られるのは、必要なことなのでございますよ。

 ところがですの。
 今まで、少将様は、御簾の中まで入られても、お泊まりになったのは、姫様が鳴神におびえられたときの宿直だけだったのですのに、昨夜。
 鳴神もならないのに、お泊まりになったのです。
 しかも。
 姫様が、起きていらっしゃらない。
 お起こしせずとも、決まった時間にきっちりお目覚めで、私をお呼びになりますのに。
心配になって、見に参りましたの。
 そうしましたらね、額髪など汗びっしょりになられて、ご病気かと思ったら、
 ……泣いておいでになりましたの。
「友雅殿は、ひどい。あのようなことをお考えだったなんて……私をそのようにご覧だったなんて。神子様が気をつけて、とおっしゃったのは、このことだったのですね……」
 ああ、ついに……。いつか、この日が来るだろうと、乳母は感じておりました。姫様、おめでとうございます。ご身分から言っても、あなた様が友雅殿の北の方。乳母が十分にお世話をしますから、どうぞ、お気持ちを楽になさって……。
 少将様から後朝のお文が届きました。どうぞ、ご覧になって。
「気分が悪いの。見たくもないし、お返事も書きたくありません。」
 まだねんねでいらっしゃる。今日は乳母がお返事を書きましょう。
 さあ、今宵も少将様はこちらへお渡りでしょうから、忙しくなりますよ。お殿様はご承知だったのでしょうね。婿の君を迎えるお支度をいたしましょう。




橘少将友雅の語れる

 藤姫は怒っているだろうね。私が、ひどいことをしたとね。
 でも、私は男だから、男の愛し方しか知らない。神子殿がいなくなった、この大きな隙間を埋められるのは、藤姫しかいない。そう思ったら、抱きしめていた。
 身代わりではないよ。幼いのに、けなげに星の一族の役目を果たそうと精一杯になっている、その痛々しさを見ていられなくてね。時々、気晴らしをおさせしにうかがっていただろう? まだ小さい姫君だと思っていたのに、昨夜見たら、しっとりとすばらしい姫君にお育ちになっておられることに気づいたのだよ。
 左大臣殿は、ずいぶん前に、藤姫を私に託された。そう、私が八葉に選ばれた頃。ことが終わったら、藤姫を頼むと。直系の姫君ではないから、私あたりが格好の婿がねだったのだろうね。帝の目として、懐刀として、橘の家柄以上に重く用いていただいている。左大臣家の婿として、泰明殿流に言えば、「問題ない」だったのだろう。
 でも、左大臣家の婿というのは面倒だね。藤姫とは今までのように気楽に過ごしたいのに。婿君となると、舅殿にもきちんとあいさつしなければならないし。いっそ、こちらの屋敷につれてきてしまおうか。土御門ほど広くはないから、不便をかけるかもしれないが。




藤姫の乳母の語れる

 びっくりしました。橘少将様が、姫様を連れて行ってしまわれたのです。
 ええ、結婚の作法ですから、所露しまではこちらに通われましたよ。あの少将様がついに身を固められたというので、帝からまでお祝いが届いて、盛大な宴になりましたのですけど、内証はかなり苦しゅうございましてね。え? 経済が、ではございませんよ、左大臣家でございますもの。女手が、でございますわ。何しろ、脇腹とはいえ左大臣の姫君様が北の方になられたでしょう? 急な気鬱の病になって寝込んでしまう女房が大勢ありましてね。我こそは、と、みな、競っていたのですよ。 困りましたわよ~。私まで、姫様のお世話は少将様におまかせで、宴のお世話にかり出されましたもの。もう、いったい、誰が主役なんだか。
 それでね、その隙に、ですわよ。お開きになって姫様の元に戻りましたら、いらっしゃらないんです! 姫様のおしとねにお文がありましてね、
「橘の館で過ごすことにするから、乳母もついてきなさい」
て、少将様のお筆跡で! 急に言わないでくださいよ、引き取られるなら引き取られると……。 ああ、宴の最中に、お殿様にお許しをいただかれたのですね。
 忙しくて、気がつきませんでした。
 姫様には、住み慣れたこちらのお屋敷がお好きでしょうが、少将様には気のおけるお屋敷でしょう。今まで、女房達の所へはお通いでしたけど、婿君ともなれば、お気を遣わずにはすみませんもの。
 さあ、姫様が心細がっておいでだといけない。いるものを荷造りして、早速うかがうことにしましょう。




藤姫の語れる

 友雅殿はひどい、ひどい、と、ひどいを100回ほども申し上げましたわ。
 でも、ちっとも反省なさらない。それどころか、
「これが男の愛し方なのですよ、今にお慣れになります。」
なんて言って、にっこりお笑いになる。ほんとにいやな方! いつも私をあのようにからかって。
「では、姫は私がお嫌いですか?」
 嫌いというわけでは……。父上にも許された夫の君、私たちはもうご夫婦なのですから……。 許して差し上げますわ。正式に所露しまでしてくださって。北の方にしてくださって。鳴神の宿直を何度もなさったので、いつの間にかご夫婦になったと思われても仕方がないのに。
 どうぞ、私をこれからも支えてくださいませ。あなたの北の方としてやっていけるよう。
 一つ、お約束してくださいまし。
 私以外の姫君の所には、通われませんように。よそ腹に、私のように寂しい姫ができるのはいやですわ。鷹通殿のように苦しい若君ができるのもいやですわ。友雅殿のお子は、みな、私が産むのです。私たち、よい父上と母上になりましょう。

 神子様、私、友雅殿とご夫婦になりました。
 今まで、ずっと私を支えてくださった方。あれほど大勢恋人がいらした方なのに、今では私だけを守ってくださいます。ちょうどあのころ、神子様を守っていらしたように。

 ……よかったね、藤姫ちゃん。                         (完)



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