HAPPYな人生のために

HAPPYな人生のために

跳ぶことが好き



大切なことを思い出した。
日常生活ではジャンプすることって滅多にない。
歩いたり、急ぐときに走ったりすることはあるけれど、
大人はぴょんぴょん跳んだりはしない。

でも、そのぴょんぴょん跳ぶことが、
昔から好きだった。
小学生の時は、ゴム跳び。
あのときから、どこまで高く跳べるか、の競争をみんなでしていた。
私よりももっと身が軽くてぴょこんと飛び越える子が何人かいたけれど、
きっとこんな年までぴょんぴょんやってるのは私ぐらいだろう(笑)。

陸上競技に一番最初に興味を持ったのは、
小学4年のスポーツテストのとき。
他のことはほとんど覚えていないのに、
その跳んだ瞬間のことだけ覚えてる。
思ったよりもふわっと体が浮いて、”すごい!気持ちいい!”と思った。
そのときはきっと幅跳も3m20とか、そのあたりだったと思うけれど、
その”ふわっ”という感じが好きなのは今もそのときも同じなのだろう。

中学1年生、ハイジャンに出会った。
私が入学したとき、
陸上部は他の部に入らなかった・入れなかったやる気のない人の溜まり場のような場所だった。
マットの上には、常に数人がごろごろして(ベッドと勘違い)、だべってた。
でも、ハイジャンは人気種目で、
普段ごろごろしている人がいっぱいいるのに、(一応ハイジャン選手らしい)その中に数名強い選手がいて、その中でもとりわけ”うちの中学で初めて”近畿大会に出場している3年の男女の先輩が一人ずついた。

で、とにかくその人がごろごろしているマットでハイジャンをやってみることになった。
人をかきわけて隅っこでその場背面跳びの練習。
それから、挟み跳び。(さすがにその頃にはごろごろ星人はよけてくれた)
それから背面跳び。
そこでもまた”ふわっ”。
いい気になって、
楽しくて跳んでばかりいた。

その年は一度も試合に出させてもらえなかったけれど、
その強い女の先輩を目標にした。
そのとき1m30とかを跳んでいるのに、なんと目標は1m56。
そして、1年後、その1m56を越え、全国大会の標準1m58を越え、
近畿大会で1m59を跳び、なんと優勝してしまった。
学校の体育館では式のたびに表彰されるし、
校長先生に応援の声はかけられるし、
卒業アルバムにはでかでかと跳躍の写真を載せてもらうことになった。

それがまた”ふわっ”。
この中学3年間で、
今の中毒のような陸上愛、ハイジャン愛が始まっていただろう。

でも、初めにおいしい思いばかりしたから、
後がつらい・・・。(笑)
周りの人の期待も強いし、
ダメになったときが一番つらかった。

でも、結局、
小学生からの”ふわっ”の気持ちよさにはかけがえない何かがあるのだろう。

”ふわっ”ができなくなって”どすん””どてっ”となってからも、
”ふわっ”を夢見て追い続けているのだから。

最近、重心のとらえ方がうまくなって、
”ふわっ”と浮く感覚がとらえやすくなった。
昔は大嫌いだった、ジャンプドリルが気持ちよくて、
必死になってやってしまう。

高く跳びたい。
またふわりとバーを越えたい。


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