HAPPYな人生のために

HAPPYな人生のために

走り高跳びの喜び



昨日はあまりに読む側にとってはあまりに痛々しい、後悔にあふれた文章だったので、今日は陸上のポジティブな面について語ろうと思う。

陸上をやる上で何がすばらしいかって、やっぱり試合の瞬間。
拍手や声援や、もしくは心の応援に支えられ、
自分の100%のパフォーマンスをする。
その瞬間ほどすばらしいものはないと思う。

そりゃあ、京大に合格したとき、就職の内定をもらったときはうれしかったけれど、陸上の試合に勝る感動は他にない。

しかも、バーを越えるか越えないか、すなわちマルかバツかはっきりしたこのハイジャンの怖さと成功の喜びは大きい。
小学生にでもわかるぐらい明確な結果だ。
そして、あらかじめ越えるべき目標を目の前に提示されているプレッシャーの大きさといったらない。
高さへの恐怖や跳ばなければというプレッシャーがまずあり、それを乗り越えてバーをクリアする。

そのための精神状態を作る。
それは何ヶ月もかけて準備した心身。

大きな舞台で自分のベストが出たその瞬間の喜びを知っているだけで、
陸上を続けた意味があったのかもしれない。

「高跳びのよいところ

いちばん、これやっててよかったー、と思えるのは、おもいきりノッて150以上ぐらいをとぶとき。
それは、ほとんど、試合の時なのだけれど、もうホント、何もかもが、”晴れてる、晴れわたってる”ように感じる。
ちょっぴりお茶をのんで、体をうごかして、準備運動。私の目線上にいるバーにも、隣で跳んでしまった人にも負けないぞ。少しの緊張感も快い。

”さあ、いくぞ”
内田先生も、大事なことをいくつか、私に伝える。ヨシ、わかった。足をパンパンとたたいて、軽くジャンプして、ももあげして、そして合図を送る。右手をぴっと伸ばして。快い、ゴムの赤茶色の地面を、スパイクに感じながら、走り出す。内傾を取って・・・
―――いける!
とぶ直前にそう思った。そして・・・腰が完璧に越えた。足もキレがよく、越えた!
やった!
この瞬間が最高。自分の目線の高さのバーを、たった一人自分の力だけでこえる。晴れた空がよく似合うこの気分。
すべてがうまくいくようなそんな気分。

こんな気持ちになれたら、ラッキー。その後はもう、集中あるのみ。
この場合は、いずれ自分のベスト記録への挑戦となる。ベスト記録への挑戦、または、自分以外に跳ぶ人がいなくなった途端、とべなくなる時もあるのだけれども、でも、でも、自分を信じて、内田先生の注意をよく思い出して、これとこれをやれば跳べる、と信じる。
走る。
ベスト記録への挑戦は、もう自分の心のコントロールだけ。スポーツって何にしても、メンタルなんだって思う」
(94.9.13〔中学3年の日記より〕)

これではあまりにもわかりにくいので、解説を。

中学1年の頃から、時々日記のような詩のようなものを書く
習慣ができた。
主に感動や愚痴、とにかく心の動きが激しいときに、
放出する場所が、このときから言葉だった。

中学3年の私は、
もう今と同じ陸上の喜びを知っていた。
言葉や表現は拙いけれど、言わんとすることはほとんど同じだ。

このときから、心がいわゆる「ハイ」な状態でできることの可能性を知っていた。
メンタルなもの。
私の大事な場面での勝負強さは、ここで培われたものだ。
大学入試も就職活動も英語の試験も、本当に大事な場面で力を出すために
この陸上のバーの前に立った気持ちを感じたのだろう。

ものすごい集中力と高揚感、緊張感、それと自信が必要なのだと思う。

今、ふと気づいたことがある。
ハイジャンの試合で、
ものすごく調子がいいときには、
この日記にあるように
自分がバーをクリアするかしないかが跳ぶ数歩前にわかった。

特に中学の時には、跳ぶ直前に”跳べる”と感じたときには必ず跳べた。
それを今までは、勘のようなものだろうと思っていたけれど、
実はその心の動きは、
根拠のない自信が生み出したものであり、
その自信が結果的によいパフォーマンスにつながっていたのではないかということだ。

「跳べる」と思ったからこそ跳べた。
そのポジティブなイメージが私のパフォーマンスを支えてきた。

自信を失った大学時代に奮わなかったのは、
この無条件の自信が作り出す状況を作れなかったからかもしれないな。

可能性を信じている人は、
成功する。
それはこの世の法則のひとつではないかと思う。

信じること。
それは何につけても持ちあがる難題だけれども、
やはりその力は強い。



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