ごった煮底辺生活記(凍結中

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なんでも屋神人「殺人鬼」 4



 そのころ、なんでも屋では壮絶な戦いが行われていた。

「ふふふ…ほれ、神人、攻撃してこいよ~~」
「む、きたないぞ。待つ気か? なら火を吐いてやる」

 アメリカ空軍の戦闘機F-16の前で、迷彩服を着たほうき頭の軍人と、どく
ろの首飾りをかけているヨガの達人が闘っていた。
 軍人はその場に座り込み、ヨガの男の、手を伸ばす秘術を利用してのパンチを、
すべて防いでいた。しかも、敵の攻撃の隙をついて両手をはやく交差させる事に
よって生じる真空波をはなっているのだ。
 動きが鈍いヨガの男は真空波をかわせない。
 さらに、攻撃の隙をつかれて、真空波の直撃を食らってしまっている。
 二人のダメージを表せば、軍人はほとんど無傷なのに対し、
ヨガの男はすでに絶命寸前であった。

「ふん、あまいぜ神人。火など真空波で相殺してくれるわ」
「…あまいのは君だ桜間くん」

 なんだ? いきなり世界が暗黒に包まれて…。闘いは突然終了した。

「て、てめえ~~自在眼つかってリセットしやがったな~~!!?」

 テレビを向いて座る神人と十兵のすこし前にゲーム機がおいてあった。神人は
コントローラーを握ったままである。十兵の話から推理すれば、神人は手を使わ
ず、ゲーム機をリセットした事になる。

 自在眼…それが神人の能力なのか?

 神人はしばし沈黙し、
「今、わし達はゲームで対戦していたかい?」
 と意味不明な事を言った。
「なにをふざけてやがる! 今、リセットしたのお前だろ!」
 怒りの十兵であった。当然である。

 神人はまた沈黙し、
「…しくじったか…」
 しばらく神人と十兵の口ゲンカが続いた。

 数分後。口ゲンカは終了していた。
「しかし、昨日おめえを襲った男…どうしたんだ?」
 十兵の質問は、昨晩、神人を襲った殺人鬼をどうしたか…というもの。
「ああ、彼か。刃物が好きなようなので両手を刃物にしてあげたよ。」
 さらりと言う美形の店主は、まさか、相沢章子が自分のせいでピンチになって
いる事実など、知るはずもなかった。


 そして日が落ちてきた。西の空は夕焼け色にそまりつつある。明日は晴れにち
がいない。
 誰しもが夕食の事を考える時間である。

 神人は居間の白いテーブルに肱を立てて、うまそうにあんぱんを食べながらテ
レビを見ていた。その後ろから、夕方の稽古を終えた桜間十兵が声をかけた。
「なんだ、テレビ見てんのか。どー? なにかおもしろい事あった?」
 桜間の表情は、そう、富士山が噴火したというニュースを聞いても「あっそ」
と答えるような、つまらなそうな、気の抜けたものだった。
「あったよ。見てごらん」
 神人の声を合図に、テレビがチャンネルを変えた。

 神人はなにもしていない。まさに、テレビが神人の命令を聞いて自分でチャン
ネルを変えた…としか言い様がない。
 そういえば、新田伸二がこの部屋で依頼していた時と同じではないか。
「おめえよ、テレビのチャンネルくらい自在眼使うなよな」
 十兵の言葉から察するに、これも神人の能力、自在眼の仕業なのか。

 それはともかく、十兵はテレビに流れるニュースを見て驚いた。
 ニュースの内容は暴走を続けるバスの物だった。乗客を乗せたまま巡回ルート
をはずれ、現在、国道から町を周回するように走っているとの事だ。しかし、十
兵を驚かせたのは…そんな事ではない。

 暴走バスを待ち構えていた警察のバリケードがテレビに写されたからであった。
数台のパトカーで道路を封鎖するパターンだったのか。
 なんだろう? 元数台のパトカーだった物の残骸と忙しく作業する救急員達。
「神人、見たか? あのパトカーの切り口、達人クラスの腕だぜ…でなけりゃ、
よほどの名刀か…」
 十兵の発言は、バラバラになっているのが、車…パトカーである事を忘れて
いるとしか思えない。
 刀でパトカーを…これほどまでにバラバラにできると言うのか?
 大きい破片でも…大人の拳二つくらいなのだ。
 良く見なければ、いや、それがパトカーである事を見抜いた事が、奇跡と言
っても過言ではない。
「そのバスをジャックしたのは怪物なんだな」
 神人はその顔の表情を少しも変えずに、さらりと言った。
 ともすれば冗談ともとれる発言ではあるが、パトカーの惨状が、それを現実だ
と言っている。

 その時、店先でやかましいほどのサイレンが響いた。続けてドカドカと木床を
歩いてくる音。居間に現れたのは、若く見えるが体はガッチリとした刑事だった。
「…なんですか? 阿影刑事。勝手に侵入されては困りますね」
 神人の声を無視して、阿影刑事は一枚の写真を出した。それを見た二人…神人
と十兵は、なんでも屋唯一の女性店員の死を理解しなければならなかった。
「なんで…相沢さんが…くそ! なんでですか!? 神人さん!!」
 見開いた両目から涙を流し、阿影刑事は表情を崩さぬなんでも屋店主に叫んだ。
 写真には、赤い水溜りに浮かぶ…アイドルと間違えるようなかわいい女だっ
た物の残骸が写っていたのだった。
 涙する阿影刑事に遅れて、小柄な影が姿を現した。
「あの…すいませんでした…」
 こちらも、目を赤くしている。新田伸二だった。なぜ彼はここにいるのか。
「あれ、新田くん…」
 神人の声よりはやく、伸二は土下座していた。そして…。
「ごめんなさい! 相沢さんは…僕を助けるためにっ!」

 伸二はいきさつを語りだした。
 バスで殺人鬼…五月と乗り合わせた事、五月の能力の事…そして。


 立ち塞がる二人を、相沢章子と新田伸二を無視して--いや、二人が五月の
スピードについていけないのだ--女学生が無限長の両手刃に斬殺されてゆく。
 震えた。章子も、伸二も。
 バス先頭にいる五月の刃と化した両手が、目に止まらぬ動きで自分の横を行来
し、そのたびにバス後部での悲鳴・血・斬殺。

 五月の顔は笑っていた。

 女学生を全員バラバラにして、様々な血のブレンド池に沈めた五月は、次に二
人を見た。
 殺すつもりだろう。ああ、家族の、姉ちゃんの仇は…

「まって。あなたはこんな小学生より、あたしを殺すほうがいいわよね」
 その時だった。相沢章子が言った言葉は…。
「ただ殺すの? バラバラにするだけ?後ろの女学生達みたいに?」
「相沢さん!?」
 伸二は思わず声を上げた。相沢章子が…上着を脱いだのである。
 その行為は五月の殺意を弱めさせる事に成功していた。
 両手の刃は通常の長さに戻り、じっと見ている。
「あたしを好きに殺していいわ。そのかわり、この子は逃がしてあげて」
 言うなり、クリーム色のシャツのボタンをはずしだした。ボタンが一つはずれ
るたびに隠されていた肌色の素肌と白い"最後の壁"が見えた。
 そして、それは確実に五月の心を引き付けていた。
 悲しき決心の上での"色じかけ"作戦であった。

 そして、それは成功した。

 五月は首なし運転手に停止の命令を出した。
 そしてバスが止まった。
 バスは新田伸二を一人、偽りの停留場に残して闇に消えた。
 伸二は別れ際に章子が言った言葉を思い出した。
「心配しないで。何を隠そう、あたしは一回死んでるんだよ!
 へへ~すごいでしょ? 
 そうそう、無事に降りれたら、なんでも屋に…神人さんの所へ行くのよ。ね?」

 この言葉を相沢章子は、明るい笑顔で言ったのだ。


 伸二の言葉の終了と同時に阿影刑事が言った。
「そして…野郎、五月が…警察のバリケードを破った時に…くっ、相沢さんをバ
スの窓から…ぐ、ポイポイ捨てやがって…もう飽きたよ、なんて顔しやがってく
ううううううう」
 最後は声になっていなかった。

「…では、阿影さん。その五月とやらをはやく捕まえてくださいね」

 全員が神人を見た。今、神人はなんと言ったのか。

「…神人さん、今、なんと?」
 阿影刑事は静かに言った。

 神人の表情には一切の変化がなかった。
 その場の全員が、できれば神人の返事を聞きたくなかったに違いない。

 だが、現実は非情だった。

「警察の五月逮捕の努力、期待してますよ」

 その時、阿影も伸二も、この色男の横面を殴ろうと思った。が、それより速く
神人は一発、右頬を殴られていた。桜間十兵に。
 桜間は神人の恐ろしさを誰よりも知っている。が、今はそんな事は関係ない。
相沢章子は…仲間じゃないか。
「行くぜ、阿影刑事、伸二君。五月を殺しに」
 桜間十兵は、腰に一本の日本刀を差していた。不思議な事に、桜間の怒りのせ
いか、その日本刀からも闘気…いや、妖気のような物がはっせられているようだ。

 パトカーのサイレンが遠くなってゆく。その音を聞きながら、一人、静かに
あんぱんを食べる神人はなにを思うのか。

 おそらく、あと2時間ばかりある、なんでも屋の営業時間の事だろう。


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